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	条例案反対者をヘイトと断定 毎日新聞の暴走 へのコメント	</title>
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	<description>政治、社会、運動、芸能など、様々なジャンルのニュース＆オピニオンサイトです</description>
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		<title>
		野崎 より		</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/media/20211223/#comment-34729</link>

		<dc:creator><![CDATA[野崎]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 24 Dec 2021 11:28:15 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[こんばんは
毎日が日曜日の爺さんの長々としたコメントにも一つ加えさせて頂きたく思います。

先にえらそうにコメントした存在論としての思想、すなわち生き方に関して、
NHKの朝ドラ、カムカムエブリバディで世良公則さんが歌うシーン、素晴らしかったです、歌のみならずその演出も。
ユーチューブにアップされていますが感動したとの賞賛の声が多く見られます。

●[カムカムエヴリバディ] 世良公則「On the Sunny Side of the Street」歌唱シーン【ネタバレ注意】&#124; 朝ドラ &#124; NHK

 歌詞を見るとやはりキリスト教国、アメリカを思ってしまいます。 調べて見るとこの曲が作られたのは１９３０年代、大恐慌による苦境からの思い、その心の拠り所を歌い上げている歌だと思います。
３０年代、まだリベラリズムが台頭していない米国。 キリスト教信仰が社会に根差していた時代。 
人一人の、一個人の思いではこの歌詞にある思い、その心には至れないと思います。
先にコメントした、正に人としての生き方、その思い、思想性を表した歌だと思います。

今宵はクリスマスイヴ
私はクリスチャンスクールに学びました。歌詞の一部を私なりに、聖書的に解釈して見たいと思います。
★特に圧巻は大恐慌の苦境のただ中にあり、しかしながら信仰により至高至福にある、その心の吐露を、
世良さんがお札を数える表現をもってして歌い表わすわす、その思いを歌い上げるシーン、表現者の表現というものに改めて感動し目が潤みました。

If I never had a cent. I’d be rich as Rockr Feller.
お金持ちをあえてロックフェラーとしていることに当時の状況の米国人ならでは感覚があるのでしょうね。

以下順不同
Grab your coat and get your hat
Leave your worries on the doorstep
Life can be so sweet
On the sunny side of the stre
苦悩を神に委ねあずけよう、そして神の道へと歩みだそう。 
神の光りに照らされた道をあるけば人生はこんなに楽しくなるんだ。

I used to walk in the shade with my blues on parade
But I&#039;m not afraid...this rover&#039;s crossed over
この世の闇を彷徨っていたけれど、神を信じたから もう怖いものなんてない、ああ、われ弱くとも恐れはあらじ。
★If I never had a cent. I’d be rich as Rockr Feller.
お金はもっていないけれど僕は大富豪並みにリッチだよ。→　神よりこの世の富を超え、富では得られぬ至宝を与えられたのだ。 
★ コリント人への手紙 第二 6章10節(詩篇45篇) （私たちは）悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持たないようでも、すべてのものを持っています。 

Gold dust at my feet
On the sunny side of the street
足元に金の砂粒があるんだもの　→　神の道を歩むことこそが人としての幸、至高の歩み喜びなのだ。
Just the life can be、On the sunny side of the street.
人生は光り輝く道となるんだ。

◆その道はどこへ続くのか、、
★ピりピ３章１３節、使徒パウロの言葉が思い浮かびます。 
うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト。イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。

長年続く作家と読者の関係は面白いものがありますね、同じことを作家の立場から述べていた作家もいました。
若いころから石原慎太郎氏を読み続けてきました、最近、まもなくおとずれる死を目前にした石原氏の書籍を読みました。
よくコメントした、石原氏と同期に直木賞を受賞した、株の神様、お金儲けの神様こと故邱永漢氏も若いころから読み続けました。そして、中国での事業展開のさなか、己の死を視野に入れた老境時の邱氏の書籍を読み返しました。その他諸々の作家をも、

愛読した作家達、真の老境に達した作家の皆さんたちの思いは、
尾形乾山の、
憂き事も嬉しき折も過ぎぬれば、ただ明け暮れの夢ばかりなる、という思いでしょうか、そしてやがておとずれる死を人の思いで思っている、その時間、、

使途パウロが目指す目標とは、
★その目標とは、この世には無く、この世を去って後にあることを神を信じる者には見えている、目には見えなかったものが見えていると。

メリー　クリスマス]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>こんばんは<br />
毎日が日曜日の爺さんの長々としたコメントにも一つ加えさせて頂きたく思います。</p>
<p>先にえらそうにコメントした存在論としての思想、すなわち生き方に関して、<br />
NHKの朝ドラ、カムカムエブリバディで世良公則さんが歌うシーン、素晴らしかったです、歌のみならずその演出も。<br />
ユーチューブにアップされていますが感動したとの賞賛の声が多く見られます。</p>
<p>●[カムカムエヴリバディ] 世良公則「On the Sunny Side of the Street」歌唱シーン【ネタバレ注意】| 朝ドラ | NHK</p>
<p> 歌詞を見るとやはりキリスト教国、アメリカを思ってしまいます。 調べて見るとこの曲が作られたのは１９３０年代、大恐慌による苦境からの思い、その心の拠り所を歌い上げている歌だと思います。<br />
３０年代、まだリベラリズムが台頭していない米国。 キリスト教信仰が社会に根差していた時代。<br />
人一人の、一個人の思いではこの歌詞にある思い、その心には至れないと思います。<br />
先にコメントした、正に人としての生き方、その思い、思想性を表した歌だと思います。</p>
<p>今宵はクリスマスイヴ<br />
私はクリスチャンスクールに学びました。歌詞の一部を私なりに、聖書的に解釈して見たいと思います。<br />
★特に圧巻は大恐慌の苦境のただ中にあり、しかしながら信仰により至高至福にある、その心の吐露を、<br />
世良さんがお札を数える表現をもってして歌い表わすわす、その思いを歌い上げるシーン、表現者の表現というものに改めて感動し目が潤みました。</p>
<p>If I never had a cent. I’d be rich as Rockr Feller.<br />
お金持ちをあえてロックフェラーとしていることに当時の状況の米国人ならでは感覚があるのでしょうね。</p>
<p>以下順不同<br />
Grab your coat and get your hat<br />
Leave your worries on the doorstep<br />
Life can be so sweet<br />
On the sunny side of the stre<br />
苦悩を神に委ねあずけよう、そして神の道へと歩みだそう。<br />
神の光りに照らされた道をあるけば人生はこんなに楽しくなるんだ。</p>
<p>I used to walk in the shade with my blues on parade<br />
But I&#8217;m not afraid&#8230;this rover&#8217;s crossed over<br />
この世の闇を彷徨っていたけれど、神を信じたから もう怖いものなんてない、ああ、われ弱くとも恐れはあらじ。<br />
★If I never had a cent. I’d be rich as Rockr Feller.<br />
お金はもっていないけれど僕は大富豪並みにリッチだよ。→　神よりこの世の富を超え、富では得られぬ至宝を与えられたのだ。<br />
★ コリント人への手紙 第二 6章10節(詩篇45篇) （私たちは）悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持たないようでも、すべてのものを持っています。 </p>
<p>Gold dust at my feet<br />
On the sunny side of the street<br />
足元に金の砂粒があるんだもの　→　神の道を歩むことこそが人としての幸、至高の歩み喜びなのだ。<br />
Just the life can be、On the sunny side of the street.<br />
人生は光り輝く道となるんだ。</p>
<p>◆その道はどこへ続くのか、、<br />
★ピりピ３章１３節、使徒パウロの言葉が思い浮かびます。<br />
うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト。イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。</p>
<p>長年続く作家と読者の関係は面白いものがありますね、同じことを作家の立場から述べていた作家もいました。<br />
若いころから石原慎太郎氏を読み続けてきました、最近、まもなくおとずれる死を目前にした石原氏の書籍を読みました。<br />
よくコメントした、石原氏と同期に直木賞を受賞した、株の神様、お金儲けの神様こと故邱永漢氏も若いころから読み続けました。そして、中国での事業展開のさなか、己の死を視野に入れた老境時の邱氏の書籍を読み返しました。その他諸々の作家をも、</p>
<p>愛読した作家達、真の老境に達した作家の皆さんたちの思いは、<br />
尾形乾山の、<br />
憂き事も嬉しき折も過ぎぬれば、ただ明け暮れの夢ばかりなる、という思いでしょうか、そしてやがておとずれる死を人の思いで思っている、その時間、、</p>
<p>使途パウロが目指す目標とは、<br />
★その目標とは、この世には無く、この世を去って後にあることを神を信じる者には見えている、目には見えなかったものが見えていると。</p>
<p>メリー　クリスマス</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
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		<title>
		野崎 より		</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/media/20211223/#comment-34727</link>

		<dc:creator><![CDATA[野崎]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 24 Dec 2021 02:59:09 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/?p=12468#comment-34727</guid>

					<description><![CDATA[いつもながらえらそ～に以下。

思想とは何でありましょうか？　究極、存在論であると考えます。
人が生きるとは何か、いかに生きるか、それを問い追い求める思考、導き出されるもの。

岸田首相が新資本主義と主張している。思想性は無い。
共産党，志位氏が資本主義の後には共産主義が来ると教科書どおりの教条主義のアホな主張をしている。同じく思想などない。

共に単にシステムのことだ。

NHKの大河ドラマの主人公、渋沢栄一に、論語とそろばん、がある。
これは、ウェーバーのプロテスタントリズムと資本主義の精神に基本同じだ。
神の啓示あってこそ資本主義は上手く回転すると。
いかに生きるか、まさしく思想である。

米国の共産化をくいとどめているのはキリスト教信仰であるとコメントした。
日本においては天皇の存在であると。
大紀元エポックタイムスが先の大統領選挙を、キリスト教とサタンとの闘いと記事にしたのは正鵠を射抜いている。ファシズムは究極サタニズムなのだ。

米国人が共産主義になじまない要素の一つとして社会に富を自発的に還元する、寄付をする特質があるからとの指摘があった、誰の指摘かは忘れたが識者である。
それも莫大な寄付をする。

AmazonのCEOの別れた妻が数千億の寄付をした、自己顕示欲もあるであろうがいずれにせよ莫大な寄付をした。米国の富豪は莫大な寄付をする、それも米国内に止まらず。

偶然にもNHKでこのことが放送された。１２月７日　未来スイッチ、さりげない寄付
米国人と日本人の社会に対する寄付は１０倍以上の差があると、その統計は専門機関により成された。

プロテスタントリズムと資本主義の精神。　（論語とそろばんは未読です。）

勤労、勤勉、質素を旨とする、得た富を社会へ還元する。
クリスチャンの収入の十分の一献金は聖書の教えにあり、米国人の寄付に対する価値観はこれに根差すと考えます。

NHKで放送された、さりげない寄付とはシステム化された寄付の事であり、このシステムを動かすものはこのシステムにより利得を得る。まった～く違う。

前にもコメントしましたが、自由社会、近代国家を形成した価値観はキリスト教によると。
さらに社会学者、故小室直樹氏の指摘として。
キリスト教の契約の概念がなければ近代国家は成立しなかったと、この点は気が付きませんでした。

共産主義は宗教を認めません、それは彼らの理論、唯物論故ではなく又宗教が共産主義にとってかわる権威となる恐れがあるからでもなく。
キリスト教の価値感では共産主義は成立しないからです。
その一つとして私有財産はキリスト教の価値感による。
も一つ、全体主義が否定する基本的人権もキリスト教の価値感によるからです。

えらそ～　]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>いつもながらえらそ～に以下。</p>
<p>思想とは何でありましょうか？　究極、存在論であると考えます。<br />
人が生きるとは何か、いかに生きるか、それを問い追い求める思考、導き出されるもの。</p>
<p>岸田首相が新資本主義と主張している。思想性は無い。<br />
共産党，志位氏が資本主義の後には共産主義が来ると教科書どおりの教条主義のアホな主張をしている。同じく思想などない。</p>
<p>共に単にシステムのことだ。</p>
<p>NHKの大河ドラマの主人公、渋沢栄一に、論語とそろばん、がある。<br />
これは、ウェーバーのプロテスタントリズムと資本主義の精神に基本同じだ。<br />
神の啓示あってこそ資本主義は上手く回転すると。<br />
いかに生きるか、まさしく思想である。</p>
<p>米国の共産化をくいとどめているのはキリスト教信仰であるとコメントした。<br />
日本においては天皇の存在であると。<br />
大紀元エポックタイムスが先の大統領選挙を、キリスト教とサタンとの闘いと記事にしたのは正鵠を射抜いている。ファシズムは究極サタニズムなのだ。</p>
<p>米国人が共産主義になじまない要素の一つとして社会に富を自発的に還元する、寄付をする特質があるからとの指摘があった、誰の指摘かは忘れたが識者である。<br />
それも莫大な寄付をする。</p>
<p>AmazonのCEOの別れた妻が数千億の寄付をした、自己顕示欲もあるであろうがいずれにせよ莫大な寄付をした。米国の富豪は莫大な寄付をする、それも米国内に止まらず。</p>
<p>偶然にもNHKでこのことが放送された。１２月７日　未来スイッチ、さりげない寄付<br />
米国人と日本人の社会に対する寄付は１０倍以上の差があると、その統計は専門機関により成された。</p>
<p>プロテスタントリズムと資本主義の精神。　（論語とそろばんは未読です。）</p>
<p>勤労、勤勉、質素を旨とする、得た富を社会へ還元する。<br />
クリスチャンの収入の十分の一献金は聖書の教えにあり、米国人の寄付に対する価値観はこれに根差すと考えます。</p>
<p>NHKで放送された、さりげない寄付とはシステム化された寄付の事であり、このシステムを動かすものはこのシステムにより利得を得る。まった～く違う。</p>
<p>前にもコメントしましたが、自由社会、近代国家を形成した価値観はキリスト教によると。<br />
さらに社会学者、故小室直樹氏の指摘として。<br />
キリスト教の契約の概念がなければ近代国家は成立しなかったと、この点は気が付きませんでした。</p>
<p>共産主義は宗教を認めません、それは彼らの理論、唯物論故ではなく又宗教が共産主義にとってかわる権威となる恐れがあるからでもなく。<br />
キリスト教の価値感では共産主義は成立しないからです。<br />
その一つとして私有財産はキリスト教の価値感による。<br />
も一つ、全体主義が否定する基本的人権もキリスト教の価値感によるからです。</p>
<p>えらそ～　</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		野崎 より		</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/media/20211223/#comment-34726</link>

		<dc:creator><![CDATA[野崎]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 24 Dec 2021 02:53:23 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/?p=12468#comment-34726</guid>

					<description><![CDATA[こちらでファシスト共！を連呼している団塊の世代の爺です。

ファシスト、すなわち自由社会、普遍的価値観を破壊せんとする奴バラ、その破壊工作に関してコメントして来ました。（頭のおかしな爺だと思われていたかと）
その戦略戦術に関しても、互いに呼応し合い行う多面波状攻撃、事実、今般、神奈川新聞の石橋記者とその仲間達が現れた。

毎日新聞の記事は神奈川新聞と同じく、ヘイトという言葉を使うことで印象操作、ルールオブニューマ、空気の支配を形成するためのプロパガンダでしょう、これは有効性を持つ。事実条例化されるに至った。

又一点突破の全面展開は７０年代左翼の常套句でありその戦術は今に継承されている、武蔵野市は正にその一点を突破されるところであった。

ジャーナリスト山口敬之氏が今回の武蔵野市の問題に対し極めて深く切り込んだ情報を発信している、つまり問題の背景にあるものに関してだ。私が連呼するファシスト共も決して的外れでは無い、ない～！
山口氏の主張を是非ユーチューブでご覧いただきたい。

●山口敬之】なぜ「武蔵野市」でこんなことが起こったのか？松下市長・活動家・菅直人…その他諸々、点と点が繋がった…。武蔵野発「国家解体計画」…
↓↓↓
山口氏は現地で石橋記者と悶着を起こしたと、無論仕掛けたのは石橋記者だ。山口氏は石橋、石橋と呼び捨て、そ～と～頭に来ていることがうかがえる。

山口氏は神奈川新聞に公開質問状を送付したと又今般の問題を含め菅直人氏が再選を続ける武蔵野市の特殊性、その深層をこれより取材するとの事。記事を期待したい。

動画の内容を以下に要約します。↓

故松下圭一（法政大学名誉教授）という頭のおかしな学者がいて（山口氏の弁）小選挙区をそれぞれ独立国家にする、そして連邦国家を形成する、天皇制、自衛隊を解体すると、その主張を信奉していたのが菅直人だ。
松下氏の書籍を枕にして寝ていたと公言していたくらいだ。
その仲間が松下市長だ。今般の条例はその為のものだ。
松下圭一（法政大学名誉教授）は武蔵野の父と呼ばれていた。菅直人が何故か連続当選する武蔵野市の深層を調査する。
上記、ほぼ正確な要約かと。

山口氏の今般の問題に対する切り込み、そのジャーナリストとしての才覚を評価したい。

松下圭一は知っていたがその主張は知らなかった。
松下圭一の主張は思想などといえるものではない、ファシストの破壊願望に過ぎない。

姜尚中氏が暴力をもってする反グローバリズム運動（ファシスト共）に対してまだ体系化された思想はない。と述べていた。
ある訳はない。先の米国大統領選における反トランプ派に同じくだ、その暴力性も。

ファシスト共に思想などない。表面何らかの思想性を有しているかのようであるが、その本質は自由社会への破壊願望だ。
共産主義思想というが共産主義にも思想などない。

元慶應義塾学長、故小泉信三氏の言葉、共産主義とは組織化された嫉妬である。
共産主義の本質を見事に看破した言葉であり（見事は私の評価）その本質が破壊であることを暗示している。

嫉妬であるか否か、何故わかるのか？　今や立派に科学として確立されている心理学を応用するまでもなく、それは奴バラの二重規範でわかる。

６～７０年代の焼結を極めた学生性運動、極左の活動も表面思想を口にしてはいたが、それは仮面にすぎなかった、それはその暴力性、卑劣さ、二重規範から明確にわかる。

奴ばらは平然と虚偽、情報を捏造する、武蔵野市、松下市長の偽善、隠ぺい工作を見よ。
そしてこの毎日新聞の記事だ。

ご返信は不要です。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>こちらでファシスト共！を連呼している団塊の世代の爺です。</p>
<p>ファシスト、すなわち自由社会、普遍的価値観を破壊せんとする奴バラ、その破壊工作に関してコメントして来ました。（頭のおかしな爺だと思われていたかと）<br />
その戦略戦術に関しても、互いに呼応し合い行う多面波状攻撃、事実、今般、神奈川新聞の石橋記者とその仲間達が現れた。</p>
<p>毎日新聞の記事は神奈川新聞と同じく、ヘイトという言葉を使うことで印象操作、ルールオブニューマ、空気の支配を形成するためのプロパガンダでしょう、これは有効性を持つ。事実条例化されるに至った。</p>
<p>又一点突破の全面展開は７０年代左翼の常套句でありその戦術は今に継承されている、武蔵野市は正にその一点を突破されるところであった。</p>
<p>ジャーナリスト山口敬之氏が今回の武蔵野市の問題に対し極めて深く切り込んだ情報を発信している、つまり問題の背景にあるものに関してだ。私が連呼するファシスト共も決して的外れでは無い、ない～！<br />
山口氏の主張を是非ユーチューブでご覧いただきたい。</p>
<p>●山口敬之】なぜ「武蔵野市」でこんなことが起こったのか？松下市長・活動家・菅直人…その他諸々、点と点が繋がった…。武蔵野発「国家解体計画」…<br />
↓↓↓<br />
山口氏は現地で石橋記者と悶着を起こしたと、無論仕掛けたのは石橋記者だ。山口氏は石橋、石橋と呼び捨て、そ～と～頭に来ていることがうかがえる。</p>
<p>山口氏は神奈川新聞に公開質問状を送付したと又今般の問題を含め菅直人氏が再選を続ける武蔵野市の特殊性、その深層をこれより取材するとの事。記事を期待したい。</p>
<p>動画の内容を以下に要約します。↓</p>
<p>故松下圭一（法政大学名誉教授）という頭のおかしな学者がいて（山口氏の弁）小選挙区をそれぞれ独立国家にする、そして連邦国家を形成する、天皇制、自衛隊を解体すると、その主張を信奉していたのが菅直人だ。<br />
松下氏の書籍を枕にして寝ていたと公言していたくらいだ。<br />
その仲間が松下市長だ。今般の条例はその為のものだ。<br />
松下圭一（法政大学名誉教授）は武蔵野の父と呼ばれていた。菅直人が何故か連続当選する武蔵野市の深層を調査する。<br />
上記、ほぼ正確な要約かと。</p>
<p>山口氏の今般の問題に対する切り込み、そのジャーナリストとしての才覚を評価したい。</p>
<p>松下圭一は知っていたがその主張は知らなかった。<br />
松下圭一の主張は思想などといえるものではない、ファシストの破壊願望に過ぎない。</p>
<p>姜尚中氏が暴力をもってする反グローバリズム運動（ファシスト共）に対してまだ体系化された思想はない。と述べていた。<br />
ある訳はない。先の米国大統領選における反トランプ派に同じくだ、その暴力性も。</p>
<p>ファシスト共に思想などない。表面何らかの思想性を有しているかのようであるが、その本質は自由社会への破壊願望だ。<br />
共産主義思想というが共産主義にも思想などない。</p>
<p>元慶應義塾学長、故小泉信三氏の言葉、共産主義とは組織化された嫉妬である。<br />
共産主義の本質を見事に看破した言葉であり（見事は私の評価）その本質が破壊であることを暗示している。</p>
<p>嫉妬であるか否か、何故わかるのか？　今や立派に科学として確立されている心理学を応用するまでもなく、それは奴バラの二重規範でわかる。</p>
<p>６～７０年代の焼結を極めた学生性運動、極左の活動も表面思想を口にしてはいたが、それは仮面にすぎなかった、それはその暴力性、卑劣さ、二重規範から明確にわかる。</p>
<p>奴ばらは平然と虚偽、情報を捏造する、武蔵野市、松下市長の偽善、隠ぺい工作を見よ。<br />
そしてこの毎日新聞の記事だ。</p>
<p>ご返信は不要です。</p>
]]></content:encoded>
		
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