唯一、僕に優しく接してくれたテレ朝アナ1985

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 テレビ朝日の富川悠太アナが新型コロナウイルスに感染しながら出演を続けていたことに、多くの人から批判の声が出ている。昨今、何かと非難されることの多いテレ朝だが、僕にとって忘れられないアナウンサーがいる。しばし昔話にお付き合いを。

■テレビに出るそのままのソフトな印象

 1985年4月、日刊スポーツ新聞社に入社した僕は、研修終了の翌日、運動部の後藤新弥氏に「お前、明日テニスの取材に行け」と命じられた。後藤氏は後に江戸川大学で教鞭をとることになる人で、当時、スポーツUSAというテレビ朝日の番組に古舘伊知郎氏と出演するなど多才な人であった。

 テニスの取材は当時、トップクラスだった雉子牟田明子選手が出場するとはいえ、それほど大きくない大会。そこで同じように取材に来ていたテレビ朝日の松苗慎一郎アナに初めて会った。当時、松苗氏はwikipediaの生年月日からして、27歳。背が高くイケメンで、(テレビに出る人はかっこいいな)と思ったのを覚えている。

 その松苗氏とどういう経緯で話をすることになったかよく覚えていないが、僕の方から挨拶して名刺交換をしていただいたと思う。当時の僕の名刺は正式に所属が決まっていないため「編集局付」というもの。新人はどこも同じである。

 そんな新人の僕に松苗慎一郎氏はテレビに出てくるそのままのソフトな感じで接してくれた。

■「アナウンサーがディレクターのような仕事で…」

快晴の神宮球場

 その後、野球の取材で神宮球場だったと思うが、そこでも一緒になり、その時は相手も僕のことを覚えてくれていて、他愛のない話をした。よく覚えているのが、松苗氏が「僕は最近、番組の編集ばかりで。アナウンサーではなくてディレクターの仕事ばかりですよ」という嘆きを冗談めかして話してくれたこと。(テレビ局はアナウンサーが番組編集をすることもあるんだ)と驚かされたが、それ以上に、仕事の話をしてくれたことが僕を一人の人間として普通に扱ってくれた気がして嬉しかった。

 その後、夏の甲子園の群馬県予選の決勝の取材でも顔を合わせたような記憶がある。

 当時は携帯電話などなく、各社、球場に電話が設置していたがテレビ朝日はその球場(神宮だったように思う)に設置していなかったようで、松苗氏が「松田さん、電話貸してくれない?」と頼んできたので「どうぞ、どうぞ」と言ったこともあった。

■同期の女性「みんなで辞めちゃおうか?」

 当時の日刊スポーツの編集局は体育会のような体質で、とにかく新人を虐めることが横行していた。それが新人を鍛えることという信じ難い認識が伝統のようになっており、僕が入社する1年前、それを苦に半年も経たないうちに辞めていった社員がいたと聞く。

 今ならブラック企業で社会から批判を集めるに違いないが、1985年当時はそれが当たり前のように行われていた。そして、1年前に辞めた社員のこともあるため「体育会出身者なら、多少のことに耐えられるだろう」という思惑が会社側にはあったようで、剣道部出身の僕がうまくハマったいう部分があるように思う。つまり会社側は全く反省などしていなかったのである。

 新人を虐めるとしか思えない仕打ちに、僕は会社に行くのが嫌になっていた。同期も同じ考えだったようで、同期入社の女性(現スポーツライターの増島みどり氏など)の中の1人が「みんなで一斉に辞めちゃおうか?」と言い出すぐらいであった。

 取材に行っても、大学を出たばかりの記者などまともに相手をしてもらえない。そのため、当時の僕は完全に人間不信になっていた。

■現テレビ朝日アスク代表取締役社長

 そんな僕なりに危機的な状況で、唯一、優しく接してくれたのが松苗慎一郎氏だった。僕の顔と名前を覚えてくれて、挨拶するとニッコリと笑って挨拶を返してくれた。テレビ朝日のアナウンサーが大学を出たばかりのスポーツ新聞の記者に何故そこまで丁寧に接してくれたのか分からない。おそらく、分け隔てなく接する方なのだと思う。

 いずれにせよ、当時の僕にとって松苗氏の存在が心の支えになっていたのは確かであるし、自社の先輩より人間として、社会人として遥かに尊敬していた。

 現在、松苗氏はwikiによると、テレビ朝日アスク代表取締役社長。アナウンサーを養成するスクールのトップである。同スクールからは久冨慶子アナ(テレビ朝日)、笹川友里アナ(TBS)、松村未央アナ(フジテレビ)ら、多くのアナウンサーが羽ばたいている。松苗氏のことを考えるとテレビ朝日の報道を批判するのは多少、気が引ける部分はあるのだが、それは仕方がない。

 話は戻るが、富川悠太アナにはそういう立派な先輩がいるのだから、ぜひ、先輩から学んでいただきたいと思う。彼がバッシングされているのを見て、30年以上前の入社時のこと、優しかった松苗アナのことを思い出してしまった。

2 thoughts on “唯一、僕に優しく接してくれたテレ朝アナ1985

  1. アバター 西村幸祐 より:

    面白かった。近々お会いしましょう。増島さんと同期だったんですね!
    彼女とは20年以上Yによく取材で会いましたよ。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

      >>西村幸祐先生

       コメントをありがとうございます。
       先生にお褒めに預かり、光栄です。先生のご都合のよろしい時にお呼びいただければ、すぐに参上いたします。どうぞよろしくお願いいたします。

       増島氏は入社時から同期では最も評価が高かったのですが、その分、早めにフリーになってしまいました。ファイトを前面に押し出し、それでいて緻密に取材する、とてもいい記者でした。

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