3・11 震災当時の日記を再録(後)

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 東日本大震災当時のSNSでの日記を再録するシリーズの後編は、地震から60時間後に書いた記事を紹介する。計画停電や、原発事故に関して注意を呼びかけるテレビの様子などを伝えた内容。さらに復興に向け、日本と日本人を信じるという思いを文章にした。

■被曝の可能性を呼びかけるテレビ

<2011年3月14日午前2時50分投稿>

タイトル:今こそ頑張らねば

 東日本大震災は死者は宮城県だけで万単位と言ってるし、戦後最大の危難というのは間違いないと思う。東京ではコンビニに行けば食料棚は空っぽだし、ガソリンを入れようと思ったら大行列。

 テレビでは原発事故に関連し「外へ出る時は肌を出さないようにしましょう」と被曝の可能性が出た時のための注意を呼び掛けるなんて、本当に日本での出来事なのか、信じられない気持になる。まるで悪い夢をみているかのようだ。 

■もはや東京も準被災地 計画停電へ

地震から3日後の14日から関東地方は計画停電に入った(写真はイメージ)

 14日から関東地方も計画停電に入る。普段なら1日3時間×2の停電が4月まで続くなんてとんでもない大事件だが、被災地の状況を見れば、それも仕方がないと納得してしまう。少なくとも僕はそうだ。停電によって公共交通機関もズタズタだろう。もはや東京も準被災地だ。 

 しかし、これで暴動が起きたなんて話は聞かない。恐らく多くの人が「この状況だから仕方ない」と受け止め 「明日からどうしよう」と対策を考えているように思う。特に僕の住む地域は1日に2度の停電がある第2グループ。

 18時20分から22時まで停電って、真っ暗の家の中で何をすればいいんだ? 食事をそれまでに済ませて、家族で布団にくるまって寝るしかないのか…。それもこういう状況だから仕方がない。 

 ●●●氏も前の日記にコメントしてくれたように、海外ではこういう日本人をすごいと感じるのかもしれない。いや、すごいよ、実際。この我慢強さ、不屈の魂、困難に立ち向かう気概が日本人のすごさであり、日本という国がここまで発展した原動力だと思う。 

■こんな時にも日本を信じたい

 地震の前、沈滞ムードが日本を覆っていたように思う。それは長引く経済の不況であったり、国際社会における相対的な存在感、地位の低下であったり、政治的な混乱もあっただろう。だが、自衛隊など関係者の必死の救出劇を見て、あるいは「命があっただけでも良かった」と喜ぶ人たちを見て、僕は(日本人はこういう状況から頑張れるんだ)と確信している。

 ガレキに覆われた被災地が、2年後、3年後にはまた美しい海辺の町に戻ると思う。何たって僕たちの父祖は敗戦の19年後にはオリンピックを開催したのだ。 

 直接の被害がなかった僕も、少しでも復興の力になりたいと思う。電気を使うなと言われれば、それに合わせた生活をしよう。電車が止まるなら時間を変えて出勤しようじゃないか。募金が必要なら出せる範囲で出そう。こうした1人1人の小さな力が復興への底力になると思う。今こそ、1人1人の日本人が頑張る時なんだろう。

※プライバシー保護のため、一部、伏字にしました。

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