美しきホームレスの死に感じる世の不条理

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 昨年11月、渋谷区で住所不定の大林三佐子さん(64)が、路上で頭を殴られて死亡する事件があった。かつてはアナウンサーを志望し、劇団にも所属した、明るく、活発だった大林さんの生涯をNHKが取材。そこから見えてきたのは他者からの施しを潔しとしない誇り高き、そして優しい女性の姿だった。

■息を呑むような美しさ 1980年代初頭の24歳

24歳の頃の大林三佐子さん(NHK事件記者取材noteから)

 はっと息を呑むような美しさである。40年ほど前、1980年頃の大林さんが米国に住む叔父のもとを訪ねた際に撮影された写真。サイドにボリュームのある髪型は、松田聖子さんに代表される当時の流行を意識しているものと思われる。表情はその頃、人気のあった石川ひとみさんによく似ている。

 この美しい女性が40年後、18歳年下の男に石とペットボトルの入ったビニール袋で殴られ命を落とした。

 詳細はNHK事件記者取材noteの「ひとり、都会のバス停で~彼女の死が問いかけるもの」に紹介されている。事件は2020年11月16日深夜に発生した。渋谷区幡ヶ谷の「幡ヶ谷原町バス停」で座っていた大林さんを酒店手伝いの吉田和人(46)が後頭部を殴って殺害。数日後、警察に出頭した吉田は「前日の未明に『お金をあげるからバス停からどいてほしい』と頼んだが、応じてもらえず腹が立った。痛い思いをさせれば、いなくなると思った」(文春オンライン:《渋谷ホームレス殺人》“所持金8円”被害女性の謎を解いた「名刺大メモ」と「電源の入らない携帯電話」)と容疑を認めたという。

 この大林さんの生前の様子をNHKの徳田隼一記者と岡崎遥記者が取材をしている。それによると彼女は広島県内の短大を卒業後、アナウンサーを目指して教室に通い、結婚式場で3年ほど司会を務めた。27歳の時に結婚し上京したが、夫のDVがあったらしく1年余りで離婚する。

 それ以後はコンピューター関連の仕事など職を転々とし、1人暮らしをしていたという。その後、スーパーの試食販売の仕事を始め、4年ほど前に家賃を滞納して部屋を出てからは住居不定のままネットカフェなどを寝所にしていたらしい。

 新型コロナウイルスの感染拡大で仕事が減ったようで、京王線笹塚駅近くのバス停で夜を過ごすようになり、殺害された時の所持金は8円だった。

■憧れた年上の女性が40年後にホームレス、殺害される悲劇

大林さんが弟に送ったクリスマスカード(NHK事件記者取材noteから)

 2020年11月で64歳ということは、1956年(昭和31)の生まれだろう。僕の数年上の世代。冒頭の1980年頃の写真を見ると、当時、僕が出会っていたら「何て美しい人だろう」と、憧れるような思いで見つめていたかもしれない。

 多くの男性に想像していただきたい。20歳前後の頃に憧れた年上の女性が、40年後にホームレスになり、見知らぬ男に殴られて息を引き取ることを。容姿に触れるのはおかしいのかもしれないが、そのように考えると1人のホームレスの女性が殺害されたという事実が、ニュース上の文字や記号ではなく実感をもって感じられる。

 大林さんは年金未加入か、もしくは期間が短いために受け取れても少額だったのかもしれない。自己責任と言ってしまえばそれまでだが、周囲にいた人の話としてNHK事件記者取材noteは「住まいを失ってからは、仕事を増やしてもらうよう派遣元の会社と交渉している姿を、上野さん(※筆者注:大林さんの知人)は何度も見かけていた。誰にも頼らず、自分の力でなんとか生活を立て直そうという強い意志を感じたと、当時を振り返る。」と自力で生きていこうとする思いが強かった面があったことを示す。

 そして、大林さんの人となりを示すエピソードが紹介されている。乳酸菌飲料の試食販売をしている時に、父親と一緒に来た小さな男の子が何度もおかわりをして、試食台から離れようとしない。父親が男の子を引き離すと、男の子はずっと手を振り、大林さんは、その子の姿が見えなくなるまで笑顔で手を振っていたという。

 優しく、自立心のある大林さんの実像が見えてくる。彼女が幡ヶ谷のバス停で夜を過ごしていたのは、生きる場所を探していたのであり、死に場所を求めていたのではない。「明日はもっと幸せな日にしよう、来月にはもっといい人生になっているようにしたい」。そんな思いを胸に秘めていたかもしれない彼女の人生は、見も知らぬ男の理不尽な一撃でポッキリと途中で折れてしまったのである。

■岐阜市の心優しきホームレス81歳の悲劇

 以前、当サイトでは岐阜市で81歳のホームレスの男性・渡邉哲哉さんが殺害された事件を扱った(参照:岐阜ホームレス男性殺害 19歳に極刑を望む)。渡邉さんも心優しき人で、一緒に暮らしていた女性が「ゴミとして出されたアルミ缶を収集してリサイクル業者に売り、生計を立てていた。15キロ分を集めてようやく得た1000円を捨て猫たちの餌代に充て、自分には僅かな生活用品しか買わなかった。『雨の日も風の日も猫のために真面目に働いていた。私のことも守ってくれた。心優しい人だった』」と証言していた。

 2例だけを見て全体を語るのは非科学的ではあるが、少なくとも、住む家のない人の中には他者に対する愛情が強い人が存在するということは言える。そして大林さんのように安易に他者を頼らずに自立していく思いが強いことが、逆に住む場所を失う結果となってしまうのは辛い。

 1990年代の話だが、僕の友人でフリーランスで活動をする男性がいた。外部から委託されていたメインの仕事を失い、ほとんど収入が途絶えてしまった。彼が選んだ道は生活保護だった。まだ若く、かなり元気で、友人と酒を飲みに出かける生活を続けていながら生活保護を受けようという考えに至ったことが、僕には信じられなかった。

 生活保護のためには「病気が2つ以上ないといけない」と彼は言っており、それを申請して生活保護を認められた後も、友人と酒を飲んでいた。僕は「自分で稼げるだろう、まずは営業して仕事を取ってこい」と何度か忠告したが、彼はそれを疎ましく思ったのか、僕は絶交されてしまった。

■人生にとって何が正解なのか

高校生の頃の大林三佐子さん(NHK事件記者取材noteから)

 自立を目指した大林さんは理由もなく殺害され64年の生涯を閉じた。彼女と面識はないが、同じ時代を生きてきた者として胸が痛む。

 自分で人生を切り拓こうとする人がこうした悲惨な目に遭い、事実かどうか分からない申請をして行政から保護を受け、人並み以上の生活をする人もいる。大林さんは自ら選んだ人生、その結果を社会システムのせいにする気はないが、人生は何と不条理なのかと思う。

 日本では古来より「清貧」が美徳の一種とされ、対価なしにゲインを得る行為を蔑む風潮がある。その思いが強すぎると、住む家を失い最低限度の生活も営めなくなってしまうこともある。

 その一方で、人生にとって最も大事なのは誇りであり、他人の施しをあくまでも拒否し、住む家を失ってもプライドを守りたいという思いを貫く人生もある。大林さんはその思いで明日を信じて生きていたのだから、本人が納得して選んだ道と言えるのかもしれない。実際、大林さんは他者からの施しの申し出を断っていたとされる。

 人生にとって何が正解なのか、僕如きに何が分かろう。

 1つだけ言えるのは、真面目に前向きに生きた人が損をするような社会であってほしくないということである。

 大林三佐子さんのご冥福をお祈りします。

合掌

"美しきホームレスの死に感じる世の不条理"に4件のコメントがあります

  1. ななし より:

    松田さんこんにちわ
    女性の路上生活者といえば「浜のメリー」さんを思い出します。
    メリーさんは化粧品店の奥さんがお金を貸してくれて郷里に帰り病没したと。
    この方も誰かが背中を押してくれたら違う人生だっかもしれません。
    が、一番いかんのは弱者を暴力で殺める人心です。痛い目どころか殺意に溢れています。
    どうしてこんな事になるのか?
    自分もいつ巻き込まれるかわからない怖い事件です。
    ご冥福をお祈りいたします。

  2. スッパまん より:

    松田様

    今回の記事は、本当に考えさせられました。
    このニュースは記憶に残っており、ホームレスと通行人のいざこざが原因と思っておりました。亡くなられた女性の過去を知り、なぜホームレスにまでなってしまったのかを知る事ができて改めて考えさせられました。

    話しは少しそれたり論点がずれてしまいますが、平にご容赦のほどを。
    仕事やプライベートで海外と東京を往復して良く感じるのが、日本は本当に貧乏になったのかという点です。東京を見ていると、未だに新しいオフィスビルや高層ホテル、商業施設が建設され他の海外の大都市と比べても活気のある方だと思います。(仕事の関係上、中国には通常渡航禁止なので行くつもりはありませんので中国の都市については知りません)また未だに世界有数の債権国でもあり、日本国内にあるとされるタンス預金も数兆円以上とされ、そのほんの数パーセントでも国内市場に流れれば景気拡大の起爆剤になりうると何度も聞いています。これでいて日本が貧しくなったという意見には、納得しがたいものがあります。大雑把に言えば、ある所にはあるにもかかわらず市場に供給されなくなったために一般の人々の生活に支障が出ているように感じます。

    色々な理由でなってしまったホームレスにはまだまだ辛い時代が続くのかと思うと、いたたまれなくなります。この場を借りて事件に巻き込まれ亡くってしまったホームレスの方々にはご冥福をお祈り申し上げます。

  3. 名無しの子 より:

    伊是名氏や伊藤詩織氏の記事が続いた後のこの記事。なおさら深く考えさせられました。
    「障がい者だから」と不当な要求をする伊是名氏。夫が高給取りで裕福な筈なのに、ヘルパーの不正疑惑、ディズニーランド子供料金疑惑。私は弱者だ、差別は許さないと強気な発言を続ける彼女。
    また、性被害者だと、満面の笑みで話しながら、国内外のマスコミを利用し、次から次へと野心をかなえようとする伊藤氏。
    この二人と亡くなった大林さんは、対照的ですね。世の中、厚かましい人が勝つのか。「憎まれっ子、世にはばかる」のことわざを思い出し、悲しくなりました。
    コロナ禍の今、大変な思いをされている方がたくさんいらっしゃると思います。大林さんの生き方を決して否定はしませんが、あまりにも悲しすぎます。どうか、甘える時は甘えてほしいです。親や兄弟といった近親者はもちろん、見知らぬ私達も、そのようなお話を聞くと、とてもつらくなりますので。
    私達は、伊是名氏や伊藤氏のような人物を許さないと同時に、大林さん、そして渡邊さんのような方々の、命と生活を大切にする気持ちも忘れてはいけませんね。松田さん、今回も考えさせられる記事、ありがとうございます。
    大林さん、渡邊さん、お二人のご冥福をお祈りいたします。

  4. 匿名 より:

    詩人の平田俊子さんも記事や作品にしていた事件ですね。彼女の『私もこのバス停を選ぶだろうな』という言葉が頭に残って、いつか現場を訪れて何かを拾ってみたいという気持ちにさせられます。
    番組の方は見ていないのですが、こうして番組や松田さんも取り上げていらっしゃるのを見て、何か日本人の心に刺さる事件だったのだなと改めて感じました。

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