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	酒を”呑む” ネット記事の国語破壊 へのコメント	</title>
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	<description>政治、社会、運動、芸能など、様々なジャンルのニュース＆オピニオンサイトです</description>
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		<title>
		松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5; より		</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/others/20241016/#comment-36560</link>

		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 20 Oct 2024 07:56:29 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[&lt;a href=&quot;https://reiwa-kawaraban.com/others/20241016/#comment-36559&quot;&gt;AuO2&lt;/a&gt; への返信。

酒呑童子の例もそれに近いのかもしれません。酒を味わいながら飲むというより、味わう間もなく丸ごと流し込むみたいなイメージで大酒の時に使う感じでしょうか。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://reiwa-kawaraban.com/others/20241016/#comment-36559">AuO2</a> への返信。</p>
<p>酒呑童子の例もそれに近いのかもしれません。酒を味わいながら飲むというより、味わう間もなく丸ごと流し込むみたいなイメージで大酒の時に使う感じでしょうか。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		AuO2 より		</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/others/20241016/#comment-36559</link>

		<dc:creator><![CDATA[AuO2]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 20 Oct 2024 07:50:27 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[手持ちの辞典で調べてみました。
大辞林２版，新潮現代国語辞典では特に区別がないようでしたが、類語辞典系だと区別されてました。
「飲む」は液体にたいして、「呑む」は固体にたいして使うというのが大雑把な使い分けみたいです。
明鏡国語辞典でも区別されてるんですが、「丸のみにする、ぐいぐいのむ意味合いで」と書かれている中に、「大酒を呑む」という表現も例として出てました。
なので、酒を飲むことに関して「呑む」の表現が出てきたのは、この辺のことも関係あるかもしれません。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>手持ちの辞典で調べてみました。<br />
大辞林２版，新潮現代国語辞典では特に区別がないようでしたが、類語辞典系だと区別されてました。<br />
「飲む」は液体にたいして、「呑む」は固体にたいして使うというのが大雑把な使い分けみたいです。<br />
明鏡国語辞典でも区別されてるんですが、「丸のみにする、ぐいぐいのむ意味合いで」と書かれている中に、「大酒を呑む」という表現も例として出てました。<br />
なので、酒を飲むことに関して「呑む」の表現が出てきたのは、この辺のことも関係あるかもしれません。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		野崎 より		</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/others/20241016/#comment-36558</link>

		<dc:creator><![CDATA[野崎]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 19 Oct 2024 03:07:13 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[松田さん、こんにちは

＞たかが漢字１文字であるが、その１文字で書き手の背後にある人生観のようなものが見えてくることもある。筆者はそこに重きを置いていることを理解してもらえれば幸いである。

又々もう一つ又をプラスして故邱永漢氏ですが、
PCを使えないと揶揄されて、

私は愛用のペンで書き漢字の持つ世界を楽しんでいます、と。
氏は書斎のみならず時を得ればいかなる場所でも執筆したとか、

日本語の衰退と相まって漢字の誤用、誤読、自分自身もしかり、なのですが、
諦観、、、そうなっていくのだろうと、
だが意図しての誤使用は許せん！

諦観といいつつも、いちじるいっさい、にくじる！　はその場で注意しようかと、結局しない、相手のプライド、、

漢字はパターン認識として書けなくとも読める、漢字が持つデザイン性から外国人は何かを感じ壁に装飾品として又Tシャツなどにも、

日本人はさらにその読み方と相まって深みを感じ取る、それ故育まれる感性、、
魑魅魍魎など、まさに暗闇に潜むおどろおどろしい妖怪を、髑髏など、されこうべ、しゃれこうべ、も、

語彙が増えるとIQが上がるとか、何の根拠もない事ですが何となくわかる気もする、、
言葉は言霊とか、漢字もその世界がある。
語彙が増えれば見るもの聞くことに対し思考が深まる、自己の抽象的発想も言語化できる。
こんな意味合いかと、、

漢字のデサイン性、書、日本人でなければわからない、同じ女と言う字でも水茎のあとも麗しく小筆で又ひらがなで、書体、書き手の表わし方により、終筆のかすれ具合など墨絵に通じるものがある、、は大げさか、

漢字一文字に価値を置く松田さんのお人柄、それは大げさではなく生き方、
人生とは何をどう見るか、何を思うか、である！　爺さんの断言。
でも真に見るべきものを価値を置くべきものを人は見えないのだと先達は言う、、

★生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終りに冥(くら)し
　空海

★まだ目が見たことの無いもの、まだ耳が聞いたことの無いもの、人の心に思い浮かんだことのない　　　　　　　もの
第一コリント２章９節

神を信じれば与えられると、

大江山酒呑童子は映画としてリメイクすれば、（もちろんその完成度！）ヒットするのではと（世界的にも）時代錯誤かな？

先ごろ話題の侍タイムスリッパ―はSF作家小松左京のパクリとまではいかないが影響を受けたのではと、類似した作品があります。

御返信は不要です。
　]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>松田さん、こんにちは</p>
<p>＞たかが漢字１文字であるが、その１文字で書き手の背後にある人生観のようなものが見えてくることもある。筆者はそこに重きを置いていることを理解してもらえれば幸いである。</p>
<p>又々もう一つ又をプラスして故邱永漢氏ですが、<br />
PCを使えないと揶揄されて、</p>
<p>私は愛用のペンで書き漢字の持つ世界を楽しんでいます、と。<br />
氏は書斎のみならず時を得ればいかなる場所でも執筆したとか、</p>
<p>日本語の衰退と相まって漢字の誤用、誤読、自分自身もしかり、なのですが、<br />
諦観、、、そうなっていくのだろうと、<br />
だが意図しての誤使用は許せん！</p>
<p>諦観といいつつも、いちじるいっさい、にくじる！　はその場で注意しようかと、結局しない、相手のプライド、、</p>
<p>漢字はパターン認識として書けなくとも読める、漢字が持つデザイン性から外国人は何かを感じ壁に装飾品として又Tシャツなどにも、</p>
<p>日本人はさらにその読み方と相まって深みを感じ取る、それ故育まれる感性、、<br />
魑魅魍魎など、まさに暗闇に潜むおどろおどろしい妖怪を、髑髏など、されこうべ、しゃれこうべ、も、</p>
<p>語彙が増えるとIQが上がるとか、何の根拠もない事ですが何となくわかる気もする、、<br />
言葉は言霊とか、漢字もその世界がある。<br />
語彙が増えれば見るもの聞くことに対し思考が深まる、自己の抽象的発想も言語化できる。<br />
こんな意味合いかと、、</p>
<p>漢字のデサイン性、書、日本人でなければわからない、同じ女と言う字でも水茎のあとも麗しく小筆で又ひらがなで、書体、書き手の表わし方により、終筆のかすれ具合など墨絵に通じるものがある、、は大げさか、</p>
<p>漢字一文字に価値を置く松田さんのお人柄、それは大げさではなく生き方、<br />
人生とは何をどう見るか、何を思うか、である！　爺さんの断言。<br />
でも真に見るべきものを価値を置くべきものを人は見えないのだと先達は言う、、</p>
<p>★生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終りに冥(くら)し<br />
　空海</p>
<p>★まだ目が見たことの無いもの、まだ耳が聞いたことの無いもの、人の心に思い浮かんだことのない　　　　　　　もの<br />
第一コリント２章９節</p>
<p>神を信じれば与えられると、</p>
<p>大江山酒呑童子は映画としてリメイクすれば、（もちろんその完成度！）ヒットするのではと（世界的にも）時代錯誤かな？</p>
<p>先ごろ話題の侍タイムスリッパ―はSF作家小松左京のパクリとまではいかないが影響を受けたのではと、類似した作品があります。</p>
<p>御返信は不要です。<br />
　</p>
]]></content:encoded>
		
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