日刊スポーツ”自殺行為” 共産党前議員の記事削除

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 日刊スポーツ電子版が3月29日、掲載した記事の削除をした上でお詫びを掲載した。共産党の前衆院議員の池内さおり氏のTwitterへの投稿に関する記事について、被害者を黙らせる圧力につながるという指摘を受けたことなどを理由としている。果たして謝罪する必要があるのか、日刊スポーツのとった措置はメディアとしての自殺行為と言えるものであると思う。

■発端は池内前議員のJR京浜東北線でのトラブル

 3月26日、池内氏がJR京浜東北線に乗車しようとした時に発生した小さな事件が発端となった。池内氏のツイートによると、ホームで電車を待っていた池内氏に対して、大柄の男性が突然方向転換して右肩にぶつかってきた。池内氏は強い衝撃を受け、その男性を追いかけ謝罪を求めた。ところが男性は謝罪せず、逆に「邪魔だ」という趣旨の言葉が返ってきた。このままだと殴られそうな威圧感もあったこと、時間もないことから電車に乗り込んだが、他の乗客はさっといなくなった。

 こうした状況をTwitterに投稿し、「あまりに失礼。女性差別だ。」などとした上で「共に政治を変えようと、呼びかけたい」などとまとめた。

 一連の投稿は同日14時26分から始まり、同41分まで5本に分けてアップされた。

 これを受けて日刊スポーツ電子版は翌27日、「池内さおり氏、駅で男性にぶつかられ『女性差別だ』」とする記事を公開(タイムスタンプは09:46)。池内氏のTwitterの投稿をほぼそのままなぞる形で、記事化した。既に削除されているため、いわゆる”魚拓”で見ると以下のような内容になっている。

この記事のどこが問題なのか(日刊スポーツ電子版から)

 書き出しは「共産党の前衆院議員、池内さおり氏が、駅のホームで激突した男性とのやりとりをつづり、『あまりに失礼。女性差別だ』と訴えた。」とあり、最後は池内氏の5つめの投稿を引用、「『…でもだからと言って、より弱い方に暴力で発散するのは最悪の選択肢だと思う。共に政治を変えようと、呼びかけたい』と結んだ。」というもの。

 池内氏が投稿したツイートをメーンに地の文をつなぎ合わせただけ、事実を淡々と伝えるだけのものでしかない。分かりやすくするために、当該記事の地の文章だけを文字化(青文字)し、池内氏のツイートの引用部分をすべて伏字(●●●●●●●)にして記載したものが以下である(写真参照)。

共産党の前衆院議員、池内さおり氏が、駅のホームで激突した男性とのやりとりをつづり、「●●●●●●●」と訴えた。池内氏は26日、ツイッターで、電車に乗ろうとした際の出来事について書き出した。「●●●●●●●」と状況を説明し、「●●●●●●●」とつづった。「●●●●●●●」と、男性とのやりとりをつづり、「●●●●●●●」と結んだ。

■本来なら池内氏はお礼を言うような案件

 見ての通り、池内氏のツイートをつなぎ合わせて紹介しただけのもの。池内氏の主張を媒体でさらに拡散しているのであるから、本来は池内氏は(ありがとうございます)とお礼を言ってもいいぐらいであろう。

 ところが、日刊スポーツの謝罪を見ると、①「記事は被害者を黙らせる圧力につながるという指摘を複数受け」、②「池内氏への誹謗(ひぼう)中傷につながった点につきましても配慮が足り」ず、③「記事は取材がなく不適切と考え」て削除したという。

 前衆院議員という公人と言っていい池内氏が、誰でも見られるツイッターというSNSで公開した記事を、論評を交えずに淡々と紹介した記事がなぜ、被害者を黙らせる圧力につながり、池内氏の誹謗中傷につながり、なおかつ、本人が投稿した内容について再度取材をしないことが不適切なのか、理解できる人がいるのだろうか。

 ①は、池内氏の投稿をそのまま紹介しているのだから、被害者を黙らせる圧力につながるとしたら、池内氏の投稿に問題がある。

 ②は、池内氏の投稿を論評もまじえず引用したことで池内氏への誹謗中傷につながったのであれば、それは元ツイートの内容が誹謗中傷につながるようなものであったから。

 ③は、池内氏本人のアカウントで以下の内容の投稿がされたというのは疑いのない事実であり、その事実を紹介するのにあらためて取材する必要はない。本人のアカウントでの投稿は、当該人の意思を示しているのは疑いなく、池内氏もそれを前提にこれまでTwitterを使用してきている。

■謝罪も削除も必要なし、堂々と正論で応えるべき

 以上のような状況であるから、本来なら、日刊スポーツは記事を削除する必要も、池内氏に謝罪する必要もない。ユーザーからの抗議、さらに池内氏サイドから抗議があっても、上記①~③を主張し、しつこく言ってくるようなら「表現の自由を制約する試みには屈しない」と突っぱねれば済む。報道機関であればそうすべきである。もちろん、池内氏サイドから抗議があったかどうかは謝罪文からは明らかではないので、あくまでも仮定の話である。

 こんな簡単に解決できるトラブルなのに、日刊スポーツは謝罪と記事の削除を行い、さらに池内氏の事務所から「記事を書く際には、その背景にある女性蔑視やマイノリティーへの配慮、根本の問題まで考えていただきたい」と指摘されると、それを真摯に受け止め、一層留意することを約束している。つまり「一定の政治的主張により留意します」と公言しているに等しい。表現の自由と、それに含まれる報道の自由を放棄する、メディアとしての自殺行為と言って差し支えない。

 もっとも、一般には信じ難い対応だが、同社OBである僕からすれば十分にあり得る話と感じられた。なぜなら、個人的見解であるが、日刊スポーツは実際に抗議してくる団体には滅法弱いからである。

 僕の入社直後、1987年頃、プロ野球担当が西武ライオンズの記事を書いた際に、食肉処理場で働く人たちへの偏見を助長するような表現をしたことで、強い抗議を受けた。大久保博元(デーブ大久保)選手に関する記事だったように記憶している。

 編集局長をはじめ、局次長、野球部長、デスク、執筆した記者が何度も謝罪に出向き、さらに、その団体の差別解消に関する研修を受けたと聞く。しばらくして3面だったと思うが、トップにデカデカと謝罪の記事が掲載された。その経緯は、当時の僕たち若手社員も社内の研修で聞かされ、「君たちも記事を書く際には気をつけてくれ」と言われたものである。

 その時のことがトラウマになっているのか、抗議してきた団体に対して報道の自由を盾に戦うことは、僕が知る限り一度もなかった。「円満に収めること」が優先され、それが出来る人が社内的な評価が高いという傾向があったように思う。報道の自由に関する最高裁判例も読んだことがない人ばかりで、抗議団体相手にまともに議論をすることができないという事情もあったのかもしれない。

■読者の支持を失う報道姿勢

日刊スポーツ2月29日付け紙面(右)

 僕も在職中に取材対象から「記事を事前に全部チェックさせろ」と取材の条件をつけられてきたことがある。それに対して「その条件なら取材は結構です。電話でのコメントの確認ならできます」と言ったところ、後日、その取材対象から「松田は失礼だ」とクレームを付けられた。

 社内で協議したところ、上司が僕の態度を責めるような口ぶりだったので「編集権を放棄する条件で取材し、記事を書けと言うのか」と、かなり激しく言い返した。

 しかし、当該上司から「でも、実際に相手が怒って、今後取材に応じないと言ってるし、大阪本社からも『何とかしてくれ』と言われている。大きな問題になっているんだから、謝ろうよ」と言われた。(これが日刊スポーツの管理職か)と全身から力が抜ける思いであった。

 こうした事情を間近で見てきたから、今回の件も特段、驚いていない。(また、いつものパターンか)という諦観のようなものがある。

 昨年2月29日付けで日刊スポーツは1面で政権批判をする記事を書いた(参照:K-1開催を強行「安倍ふざけるな」日刊スポーツが後援 これこそ「ふざけるな!!」)。一部ではその姿勢を評価する向きもあった。しかし、ここまで書けば、種明かしをするまでもない。どんなに政権を叩いても、直接会社に抗議に来ない。だから書けるのであろう。逆に遥かに弱い立場の野党の前議員であっても、実際に抗議されると、あっさり記事削除、謝罪するものと思われる。

 出身母体の情けない姿を見るのは愉快ではないし、今更、厳しいことを書くのも気が引けるが、OBとして愛の鞭を振るう時だと思う。

 敢えて書く。今回のような報道姿勢が、読者からの信頼を失っていることに、いい加減気付いたらどうか。

"日刊スポーツ”自殺行為” 共産党前議員の記事削除"に6件のコメントがあります

  1. 月の桂 より:

    日刊スポーツの謝罪内容、何度読んでも???です。書くことのプロなのに、ずいぶんと折れやすいペンをお使いなんですね。

    〉「円満に収めること」が優先され、それが出来る人が社内的な評価が高いという傾向があったように思う。

    *****
    悲しいかな、この評価基準が変わることは、無さそうですね。円満解決の為、下げる必要の無い頭を下げるのは日常の風景となりました。記者ならば、クレーマーに屈しない信念と正義のペンを持って欲しいです。

    この記事を読んだ時、池内氏にぶつかってきた人は、単に失礼なのではなく、痴漢目的だったんじゃないの?と思ってしまいました。
    女性に体当たりして、身体に触る輩がいるんですよ。痴漢とバレないような巧妙な手口を使う最低男。皆様、気をつけましょうね。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

      >>月の桂様

       コメントをありがとうございます。

      >>ずいぶんと折れやすいペンをお使いなんですね。

       実際に30年近く在籍した僕からすれば、ボキボキと折れまくりのペンです。スポーツ新聞が売れないのは、ネットの発達だけではありません。伝える内容に読者が必要性を感じなくなったからでしょう。その傍証として、部数減のペースが一般紙に比べ、スポーツ新聞の方が大きいというのがあると言っていいと思います。

       いずれなくなる存在です、スポーツ新聞は。一連の騒動を見ていると、その日は近いかなと感じます。

  2. 高山椎菜 より:

    松田様、おはようございます。
    日刊スポーツはそういえば、ふかしのニッカンなんて言われてましたっけ・・・。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

      >>高山椎菜様

       コメントをありがとうございます。

       正直なところ、「ふかしのニッカン」は聞いたことがありませんでした。「欠陥スポーツ」と言われたことは何度かありますが(笑)。

       僕の出身母体も10年後にはどうなっているのかなという気がします。

  3. ミスターシクレノン より:

    はじめまして。不躾ながらコメントさせていただきます。
    競馬記者時代からお名前や予想は拝見してましたが、このHPは今年になって知りました。

    >1987年頃、プロ野球担当が西武ライオンズの記事を書いた際

    ありましたね。
    対象選手がデーブ大久保さんだったかは不明ですが、キツイ居残り練習を命じたコーチがその選手の表情を例えたコメントが問題になったと記憶してます。
    編集局長・運動部長ほか数名が職場に見学行ったり研修受けたとか、大々的な謝罪文が掲載されましたよね。

    学生時代に紙媒体でバイトした経験があるので、メディアが抗議された相手によって対応が全く違うということも実際に目の辺りにしてます。有り体に言えば、スポンサー関係や邪険にするとややこしい相手には下手に、そうでない一般人には適当にお茶を濁すみたいな感じでしたね。

    いろいろ書かれている記事を読んでも、松田様はそういう体質を受け入れられない事がフリーになった動機の一つだと感じられますので、その気持ちを忘れずに、いろいろな圧力に負けず「是々非々」の記事を書き続けて下さい。
    これからも舌鋒鋭く切り込んた物言いでの記事を期待しています。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

      >>ミスターシクレノン様

       コメントをありがとうございます。返信が遅れて申し訳ございません。

      >>キツイ居残り練習を命じたコーチがその選手の表情を例えたコメントが問題になったと記憶してます。

       それです。コーチのその時の話を、そのまま記事にしたのが大問題になりました。あの一件以来、使用禁止用語についての社内教育が行われるようになりました。

      >>松田様はそういう体質を受け入れられない事がフリーになった動機の一つだと感じられますので、その気持ちを忘れずに、いろいろな圧力に負けず「是々非々」の記事を書き続けて下さい。

       おっしゃる通り、最後は自分の会社の新聞を見るのも嫌でした。自分の考えとは異なることが書いてあるので、自分が全く気に入らない洋服を毎日着ているような、そんな気持ちの悪さを感じていました。やめた時に(あの気持ち悪さから解放される)という嬉しさは今でも忘れられません。

       これからも自分なりの価値観で、さまざまな事案を扱っていきたいと思います。ご丁寧なコメント、心から感謝いたします。ありがとうございました。

       

       

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