<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>あいちトリエンナーレ | 令和電子瓦版</title>
	<atom:link href="https://reiwa-kawaraban.com/tag/%e3%81%82%e3%81%84%e3%81%a1%e3%83%88%e3%83%aa%e3%82%a8%e3%83%b3%e3%83%8a%e3%83%bc%e3%83%ac/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://reiwa-kawaraban.com</link>
	<description>政治、社会、運動、芸能など、様々なジャンルのニュース＆オピニオンサイトです</description>
	<lastBuildDate>Sat, 05 Feb 2022 08:51:26 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.8.5</generator>

<image>
	<url>https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/04/icon.jpg</url>
	<title>あいちトリエンナーレ | 令和電子瓦版</title>
	<link>https://reiwa-kawaraban.com</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>トリカエナハーレ2019 大村秀章知事のためにもう１度やって</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20191030/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20191030/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2019 17:22:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリカエナハーレ]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=4020</guid>

					<description><![CDATA[　10月27日にウィルあいち（名古屋市東区）で「日本人のための芸術祭 あいちトリカエナハーレ2019」という展覧会が開催された。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　10月27日にウィルあいち（名古屋市東区）で「日本人のための芸術祭 あいちトリカエナハーレ2019」という展覧会が開催された。「犯罪はいつも朝鮮人」などと書かれたカルタの読み札を展示するなどしたが、ウィルあいちはそのまま展示を認め、会場使用を許可。これに対して大村秀章愛知県知事は２日後の記者会見で「中止を指示すべきだった」と語った。あいちトリエンナーレでは「表現の自由」の守護者とでも言わんばかりの姿勢だった同知事が態度を一変させている。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■トリカエナハーレ「中止を判断できない」でGOサイン</span></strong></p>
<div id="attachment_4021" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-4021" class="wp-image-4021" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/10c54352fbd2c4f74bfef0428a13290b-300x300.png" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/10c54352fbd2c4f74bfef0428a13290b-300x300.png 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/10c54352fbd2c4f74bfef0428a13290b-150x150.png 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/10c54352fbd2c4f74bfef0428a13290b-768x768.png 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/10c54352fbd2c4f74bfef0428a13290b-200x200.png 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/10c54352fbd2c4f74bfef0428a13290b.png 930w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-4021" class="wp-caption-text">大村知事のためにもう１度</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　「日本人のための芸術祭 あいちトリカエナハーレ2019」（以下、トリカエナハーレ）は今夏話題になった「あいちトリエンナーレ2019」（以下、トリエンナーレ）のパロディーというのはネーミングからも明らか。展示作品には前出の「犯罪はいつも朝鮮人」と書かれたカルタの読み札や、韓国の国旗の一部をゴキブリのようなものに入れ替えている作品などが並んでいた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ウィルあいちではその利用に際して、利用規約にある「本邦外出身者に対する不当な差別的言動が行われるおそれがあると認められるとき」に該当するのではないかと考えたようであるが、報道によると「中止を判断できない」として催しを続行させたという。また、会場でヘイトスピーチを行わないという約束を取り付けていたとも伝えられた。確かにヘイトに関する言動をしないと約束すれば、少なくとも文言上は中止させるのは難しいように思える。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■大村知事「明確にヘイト」の二重基準</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、10月29日になって大村知事は以下のように語った。「明確にヘイトに当たるのではないかと思います。その時点で中止を指示すべきだった」。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この発言については、違和感を覚えた人は少なくないと思う。なぜなら、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」に関して、同知事は<a href="https://www.pref.aichi.jp/uploaded/life/259716_885379_misc.pdf">９月10日付け発表の文書</a>で「もし事前に展示内容を審査し、そのような（筆者注：日本国民の心を踏みにじるもの）理由で特定の展示物を認めないとする対応を採ったとすれば、その展示物を事前に葬ったとして世間から検閲とみられても仕方がなく、いずれにせよ憲法 21条で保障された表現の自由の侵害となることはほぼ異論はないものと考えます。」としているからである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　今回のトリカエナハーレの作品について事前に展示内容を審査し、ヘイトにあたるという理由で展示を認めない対応を取れば、表現の自由の侵害になるのではないか。その点との整合性がとれるのかというのは、誰しもが思うことであろう。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■どちらも芸術性が欠けるように思える作品</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕はトリエンナーレもトリカエナハーレも、生で見ていないので伝えられる限りで判断するが、どちらの作品にも芸術性を感じない。そして、どちらも公序良俗に反すると思うし、公開することで会場も混乱する可能性もある。それを理由にどちらの展示も認めないのが、知事として正しい態度であると思う。仮に展示を認めなくても、それらの作品は他の場所、他の時間で公開することが可能であるから、表現に対する制約も比較的緩やかになると考えるのが通常の思考であろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ただ、大村知事が表現の自由の重要性を政治家として強く意識し、トリエンナーレの展示を認めたのであれば、トリカエナハーレについても表現の自由で保護すべきであろう。確かにヘイトに見えるかもしれないが、それが芸術表現なのかもしれない。トリエンナーレのパロディというだけで、芸術の一ジャンルであることは確かだと思う。「ヘイトはこんなに醜いものだ」と示すことで、反ヘイトという精神で作られているのかもしれない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　仮にヘイトに関する作品を「ヘイトだ！」と決めてつけて展示を認めなければ、それはその後の表現者の萎縮につながることが心配される。実物も見ずに「明確にヘイトに当たる」と断定し、直ちに表現の自由の保護範囲外とするかの如き姿勢はトリエンナーレの時とは正反対のもの。そういう姿勢が多くの国民の不信感の源泉になっていると思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■司法の場で決着を、大村知事に法律のレッスンを</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　結局、大村知事が強調した表現の自由の重要性は、トリエンナーレの作品が個人的な政治信条に合致しているから、表現の自由を持ち出して保護したのではないかと疑わざるを得ない。その点をトリカエナハーレの主催者は見事に突いてきた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　こうなったら、トリカエナハーレはもう１度、同じ会館で使用許可を取っていただきたい。記者会見で明確にヘイトだと言ったのだから、大村知事も止めに入るであろう。そうなると表現の自由について司法の判断を仰ぐことが可能になる。とても東大法学部出身者とは思えないレベルの法的解釈をする知事に、法律のレッスンをする絶好の機会であると思う。</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20191030/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>4</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>トリエンナーレ大村知事の責任は? 「とんがった芸術祭に」と言いましたよね？</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190926-02/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190926-02/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 26 Sep 2019 00:52:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展・その後]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3799</guid>

					<description><![CDATA[　あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」が開催から３日間で中止になった問題で９月25日、「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」が中間報告をまとめた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」が開催から３日間で中止になった問題で９月25日、「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」が中間報告をまとめた。それを受け、愛知県の大村秀章知事は芸術監督の津田大介氏に厳重注意を与えた。しかし、最高責任者である知事の責任は問われた様子はなく、疑問が残る。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■中間報告「芸術の名を借りた政治プロパガンダ」との批判</span></strong></p>
<div id="attachment_3800" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3800" class="wp-image-3800" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura.jpg 864w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3800" class="wp-caption-text">大村秀章知事の責任はどこへ？</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　中間報告について報じられた内容を総合すると、検証委員会は津田氏に対して①「背信とのそしりを免れない行為」、②「ジャーナリストとしての個人的野心を芸術監督としての責務より優先させた可能性」、③「あいちトリエンナーレの期待水準に達しない、『芸術の名を借りた政治プロパガンダ』と批判される展示を認めてしまった」と厳しい言葉を並べたようである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　また、企画展の中止については④「差し迫った危険のもとの判断でやむをえず表現の自由の不当な制限には当たらない」と判断している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　これらの判断の１つ１つに対する考えは後述するとして、それを受けた知事の対応について考えてみよう。知事は津田氏に対して厳重注意を与え、早期に展示を再開したい意向を示した。わずか３日間で開催中止に追い込まれたことが津田氏に責任があるのは明らか。しかし、それを任命した大村知事（あいちトリエンナーレ2019実行委員会会長）の責任はどうなっているのか。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「ちょっととんがった芸術祭」と言った大村秀章知事</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　2019年８月１日、津田氏が芸術監督に就任したことについて記者会見が行われた。大村知事は会見に先立ち委託状を津田氏に手渡し「ちょっととんがった芸術祭にしたいと思い、色々な情報発信を続けている津田さんに芸術監督をお願いした。その時々の社会情勢を含めて発信してもらえれば」と語ったとされている（朝日新聞電子版2019年８月１日）。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　「ちょっととんがった」という意味は「ありきたりなのものではなく、世間に波風を起こすような」という程度の意味であろう。津田氏はその言葉を受けて自分の中で「とんがった」と感じられるものの展示のお墨付きを得られたと思っても不思議はない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　津田氏は厳重注意を受けても、芸術監督を続ける意向を示している。安易に再開して、また批判が殺到する事態になったらどうなるのか。もし、再開したいなら厳重注意ではなく津田氏を罷免してから行うべきであろう。普通の政治家なら「ここは混乱を招いた責任をとって職を辞する」と言うのであろうが、津田氏はそのようなメンタリティは持ち合わせていないようである。再び、同じことが繰り返されない保障がどこにあるのか。以前にも書いたが、このあたりが大村知事の絶望的な政治センスの欠如である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　河村たかし名古屋市長は中間報告と、その後の知事の対応を受け「今回の騒動の原因を、全部、芸術監督の津田大介氏のせいにしているように見える。作品が選ばれた経緯などをきちんと明らかにすべきだ」と記者団の取材に答えている。まさにその通りであると、僕は思う。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■津田大介氏は「芸術監督の責務を放棄」</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　最後に中間報告について伝えられる範囲で書いておこう。上記①の「背信」が具体的に何を指すか分からないが、３日で開催を中止せざるを得なかった状況に追い込んだことに関する行為全体を指していると考えるのが普通である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　②については、僕は以前、「ジャーナリストとしての立場を優先させることは芸術監督の責務を放棄するということに他ならず、職を辞するのは当然である。」と書いたが（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/blog/20190816/">トリエンナーレ津田大介氏の弁明の空虚さ 要は「月給泥棒でした」？</a> ：８月16日公開）、それが検証委員会の中間報告で認められているのは嬉しい。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　③については、表現の不自由展の展示物が「芸術の名を借りた政治プロパガンダ」とまでは断じておらず、そのように「批判される展示」という表現にとどめている。検証委員会が作品を「政治プロパガンダ」と断じることを避けたのであろう。そこの線引きを問われた時に面倒なことになるのを恐れたのかもしれない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　④は最高裁平成７年３月７日判決、名古屋高裁金沢支部平成12年２月16日判決の考えをベースにしていると思われる。そのあたりは（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/blog/20190804/">「表現の不自由展・その後」の中止は、表現の自由の不当な制約ではない</a>：８月４日公開）に書いたので、参考にしていただければと思う。</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190926-02/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>小島慶子氏に公開質問「KKKのオブジェの横に、キング牧師の像を置けばOK」？</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190825-02/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190825-02/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 25 Aug 2019 02:21:03 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[小島慶子]]></category>
		<category><![CDATA[キング牧師]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展・その後]]></category>
		<category><![CDATA[KKK]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3493</guid>

					<description><![CDATA[　エッセイストの小島慶子氏（47）がAERAに「表現の不自由展、少女像の隣に名古屋市長の像を置いたらどうなっただろう」という一文を寄せた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　エッセイストの小島慶子氏（47）がAERAに「<a href="https://dot.asahi.com/aera/2019082100082.html?page=1">表現の不自由展、少女像の隣に名古屋市長の像を置いたらどうなっただろう</a>」と題する一文を寄せた。あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」の展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長を「矩（のり）を踰（こ）えています」と批判。さらに「もし少女像の隣の空いている椅子に、渋面を作って腕組みをする河村市長の像を置いたらどうだったかな。」と書いている。そこで小島慶子氏には以下の点について公開質問状を掲載することにした。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■元TBSアナウンサー、現在は豪州在住</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3494" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3494" class="wp-image-3494" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk-300x202.jpg" alt="" width="220" height="148" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk-300x202.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk-768x518.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk-1024x691.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk.jpg 1363w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3494" class="wp-caption-text">小島慶子氏はKKKのオブジェでも展示を認める？</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　小島慶子氏はAERAではエッセイストの肩書きになっているが、以前はTBSのアナウンサーとして活躍し、現在は豪州のパースに在住。日豪を往復する生活をされているようである。AERAに掲載された小島氏の文章は、概ね以下のような内容であった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（１）日本国民の心を名古屋市長が代表して語るのは問題。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（２）大村秀章愛知県知事の「検閲」発言の紹介。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（３）少女像の展示に苦情が殺到、会社員の男が威力業務妨害で逮捕された。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（４）米国でもトランプ政権の下、白人至上主義や女性差別がお墨付きを得て勢いづき、暴力がエスカレートしているようである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（５）少女像の横の空いている椅子に河村市長の像を置いたら、市長が心配する誤解はなさそう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　要は河村市長が展示中止を求めるのは少女像によって日本国民の心が傷つけられると考えているからであって、その横に少女像を批判する主張を象徴するかのような展示物を置き、両論併記の形にすれば中止を求める根拠は失われるだろうと言いたいようである。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■KKKを讃えるオブジェの展示に、名古屋市長は文句を言える？</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　小島氏の主張は、既に橋下徹氏が主張しているものをマイナーチェンジされたものと言える。橋下氏はテレビで以下のような趣旨の発言をしている。「慰安婦像とは別に通帳を持ってにこやかにしてる慰安婦像も出して、お互いにそういう表現がいいのか、お互いの政治主張が並ぶような表現の自由だったらいいが、片一方の日本が悪いということだけを出したのは良くない」。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　個人的には芸術の展覧会を政治主張の場にするのはおかしいと思うが、橋下氏は手続き上のことと断っているから、原則論はここでは触れない。以下、小島氏への質問を示す。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>【質問１】</strong></span>「表現の不自由展・その後」に少女像とは別に「通帳を持ってにこやかにしてる慰安婦像」が展示された場合、名古屋市長は慰安婦像の展示の中止を求めることは許されると考えますか。理由を示してお答えください。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>【質問２】</strong></span>「表現の不自由展・その後」に「ヒスパニックはアメリカから出ていけ」「女は黙って男に従え、政治に口を出すな」という趣旨のプロパガンダが書かれたオブジェが展示された場合、名古屋市長はその展示の中止を求めることは許されると考えますか。理由を示してお答えください。※展示物がヘイトスピーチ対策法の対象外であることが前提です。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><strong><span style="color: #ff0000;">【質問３】</span></strong>「表現の不自由展・その後」で昭和天皇の写真をバーナーで燃やして、その後、足で踏みつける作品がありましたが、あなたはその作品に芸術性を感じますか、またその作品の展示は不適切ではないと考えますか。理由を示してお答えください。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>【質問４】</strong></span>「表現の不自由展・その後」で、KKK（Ku Klux Klan）を讃えるオブジェが展示されている場合、名古屋市長がその展示の中止を求めることは許されると考えますか。理由を示してお答えください。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>【質問５】</strong></span>「表現の不自由展・その後」で、KKK（Ku Klux Klan）を讃えるオブジェの横に、渋面を作って腕組みをするマーチン・ルーサー・キング牧師の像を置いたとしたら、あなたはどのような感想を持ちますか。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　小島慶子氏がこれを読むとも思えないが、もし、読んで回答をいただけるのであればコメントするなり、執筆依頼からどうぞ。もし回答をいただけた場合は必ずこの場で公開します。</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190825-02/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>江川紹子さん、表現の不自由展「嫌なら見るな」では済まないよ</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190822-05/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190822-05/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 Aug 2019 13:15:31 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[江川紹子]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展・その後]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3425</guid>

					<description><![CDATA[　ジャーナリストの江川紹子氏が「ビジネスジャーナル」であいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」の問題について一文を寄せた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　ジャーナリストの江川紹子氏があいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」の問題について「ビジネスジャーナル」に</span><span style="color: #000000;">一文を寄せた。芸術監督の津田大介氏に対する批判めいたことも書いていたが、同時に展示物に抗議した人々を表現の自由の抑圧者とでも言わんばかりの内容。公費を使って行うことの不当性という問題を全く意識できていない、あるいは言及しないのはジャーナリストとして致命的な資質不足と言われても仕方がない。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■不快なものをスルーできるかで文化的寛容さが決まる？</span></strong></p>
<div id="attachment_3426" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3426" class="wp-image-3426" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/247392d4cd494e9fbc0a411c3c4d0de8-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/247392d4cd494e9fbc0a411c3c4d0de8-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/247392d4cd494e9fbc0a411c3c4d0de8-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/247392d4cd494e9fbc0a411c3c4d0de8-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/247392d4cd494e9fbc0a411c3c4d0de8-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/247392d4cd494e9fbc0a411c3c4d0de8.jpg 852w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3426" class="wp-caption-text">江川紹子さん、大事なことを忘れてますよ</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　江川氏の一文は連載「江川紹子の『事件ウオッチ』第134回」として掲載されたものでタイトルは＜<a href="https://biz-journal.jp/2019/08/post_114896.html">【『表現の不自由展』中止問題】津田大介氏による「お詫びと報告」に対して生じる疑問</a>＞。この中で江川氏は、少女像や昭和天皇の肖像をバーナーで燃やし、足で踏みにじる展示物へ抗議が殺到したことについて、こう書いている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　<span style="color: #0000ff;">「トリエンナーレ」は限られた閉鎖空間で、しかも期間限定で行われる催しだ。そういう場合、展示物が不快なら、見に行かなければいいだけの話だ。…各企画は、それぞれ別の部屋で展示されているので、この企画展だけを「スルー」するのは容易だ。…少女像や昭和天皇の写真が使われたコラージュが燃える映像で心が傷つくなら、テレビのチャンネルを替える。…わざわざ抗議の電話やファクスを入れた人たちは、そういう「スルー力」が弱いのではないか。文化的寛容さとは、結局のところ、不快なものをどれだけ「スルー」できるかにかかっていると思う。</span></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　江川紹子氏は、少女像等の展示に抗議をした人たちを文化的寛容さがない、他者の異論を認めようとしない人たちと考えているのであろう。少なくとも上記の文章からは、そう読める。確かに抗議した人の中にはそういう人もいたかもしれない。しかし、そういう人ばかりではない。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■忘れてはいけない、河村たかし市長の最初の言葉</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　江川氏自身、「報道の不自由展・その後」の展示物について「天皇、憲法9条など、もっぱら政治色の強い課題をテーマにした作品展となった。」と認めているように、極めて政治主張の強い、しかも特定の集団の主張に沿ったものになっているのは事実。そして問題は、そのような特定の主張ばかりを集めた作品を、公費を使って展示することに妥当性があるかという点である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　自らが信じるところを主張するのは個人の自由に属し、それこそが表現の自由が保障する部分である。しかし、その中で特定の主張、たとえば自由民主党の主張に沿った政治色の強い芸術と称する作品が、税金を使って展示する機会が与えられたら自民党支持者以外は「なぜ、自民党だけ特別扱いなのか。私の払った税金をそんなことに使わないでほしい」と言うに違いない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　もともと「報道の不自由展・その後」の展示中止を申し入れた河村たかし名古屋市長は「（展示の中止の）理由の一つは、10億（円）も税金を使っているということ」と明言している。つまり、「報道の不自由展・その後」に対する抗議は、表現の自由を制約することが目的ではなく、行政の公平性に対する異議申し立てとしての性格を強く帯びている。少なくとも河村たかし市長はそのスタンスである。ところが江川氏はその点について全く触れずに、抗議する人に「気分が悪ければ、見なければいい」と言い、表現の自由を理解できない不寛容な人間と貶めているに等しい主張を行ったのである。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■問題の本質に迫ることができないジャーナリスト</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　今回の展示物を民間のギャラリーと契約して展示するなら、抗議する人間はかなり減るであろう。その点を指摘しなければ、この問題の本質には迫れない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　江川紹子氏が故意にその点に触れないなら、ジャーナリストという客観性を求められる地位にありながら特定の政治主張に加担する意図があると言わざるをえない。また、その点が問題であることに気がつかなかったというのであれば、ジャーナリストとしての資質に決定的に欠けると言っていいと思う。</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190822-05/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>7</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>僕なら迷わず「展示認めず」あいちトリエンナーレ大村知事の絶望的な政治センス</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190814-02/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190814-02/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 14 Aug 2019 08:19:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展・その後]]></category>
		<category><![CDATA[芸術監督]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3269</guid>

					<description><![CDATA[　あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が中止になった問題で８月13日、大村秀章知事が定例の記者会見で説明を行った。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が中止になった問題で８月13日、大村秀章知事が定例の記者会見で説明を行った。それによると事前に展示を辞めるように働きかけたが相手側が聞き入れず、</span><span style="color: #000000;">妥協案として「SNSには投稿しない」ということで展示に踏み切ったという。これではっきりしたことは、大村知事が実行委員会の会長として一連の混乱を招いた責任は免れないということ。僕なら、裁判覚悟の強攻策で行ったと思う。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■会見で明らかになった大村秀章知事の政治責任</span></strong></p>
<div id="attachment_3270" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3270" class="wp-image-3270" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/8862c148dce734c4e63b77ea24742a82-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/8862c148dce734c4e63b77ea24742a82-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/8862c148dce734c4e63b77ea24742a82-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/8862c148dce734c4e63b77ea24742a82-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/8862c148dce734c4e63b77ea24742a82-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/8862c148dce734c4e63b77ea24742a82.jpg 873w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3270" class="wp-caption-text">黄色いハッピで記者会見（笑）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　会見での話を聞いて明らかになったのは、大村知事が法律面と行政面の２点から展示にゴーサインを出したということである。法律面は、展示内容への要望を出すことで芸術監督の津田大介氏が企画展をやめるという事態になれば、憲法21条１項の表現の自由を侵害することになると考えたということ。行政面としては、予定された開催を円滑に行うためにギリギリの妥協案でゴーサインを出したということである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この判断が誤っているのはこれまで書いてきたので置いておくとして、結果として大きな混乱を招いたのだから大村知事の責任は免れない。では、大村知事はどうすれば良かったのか。細かい条件はあるにせよ、司法の場での決着も辞さない覚悟で事に当たるべきであったというのが僕の答えである。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■僕が愛知県知事なら、司法の場の決着も辞さない</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕が大村知事なら、内容を知った時点で津田大介氏に「いかなる条件でも、この内容の展示は認めない」とはっきりと展示を拒否する。理由は３点である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（１）作品には強い政治主張が認められ、仮に芸術性が存在するとしても、公金を使って特定の立場の人々の意見を代弁することになる展示は認められない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（２）国家の象徴、国民統合の象徴である天皇陛下の肖像を焼き、それを踏みにじる行為は、仮に芸術性が存在するとしても公序良俗に反し、公金を使って展示することは認められない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（３）名古屋高裁金沢支部平成12年２月16日判決は、公権力に対して芸術家が自己の製作した作品の展覧会での展示を求める憲法上の権利を有しないとしている。その考えに立ち、展示を認めない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この場合、津田大介氏が「表現の不自由展・その後」を中止するというのであれば、それは仕方がない。１か月半前の中止であれば、そのための対応は可能であろう。会場のスペースの割り振りの変更等を行い、HPなどで告知を出す。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　同時に、津田大介氏の方が、何らかの訴訟を提起してくることに備える。「表現の不自由展・その後」がどのような形で中止になるのかは分からないが、取消訴訟のような行政訴訟かもしれないし、民事上の問題として損害賠償請求をしてくるかもしれない。いずれにせよ津田氏のこれまでの行動からすれば憲法21条１項を正面から争う形の訴訟をしてくる可能性は十分にある。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　それを行政の長として受けて立つ覚悟を持ち「表現の自由の問題は司法の場で決着しましょう」というスタンスを崩さない。後は司法が結論を出してくれるであろう。裁判所が仮の義務付け、仮の差し止め（行政事件訴訟法37条の５）を認めることは、この案件ではまずないと思うという判断がベースになっているのは言うまでもない。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■大村知事の失敗は２点、津田氏の起用と覚悟の不存在</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　結局、大村秀章知事の失敗は、①津田大介氏を起用したことと、②展覧会が中止になってでも行政の長として果たすべき責務を果たす覚悟がなかったことの２点である。俗っぽい話をすれば「こんなアブないヤツを何で起用するのか」という思いは誰しもが持つであろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、選んだ以上、うまくコントロールするしかない。暴走しかかっている「アブないヤツ」に対して、自分が傷つくことを覚悟で止めなければならない。それが行政の長というものであろう。それをしなかったから、開催からわずか３日で中止という最悪の選択肢を選ばざるを得なくなったのである。一言で言えば政治センスが悪すぎる。こうなったのも、自業自得というものだと思う。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■大村秀章知事の記者会見での発言</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　最後に、記者会見での大村知事の話を、そのまま文章にしてみよう。彼のこの件に対する覚悟のなさがはっきりと感じられると思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　<span style="color: #ff0000;"><strong>大村秀章知事</strong></span>：繰り返しますけど、私が、内容を、どうもこういう内容があるようだというのを事務方から聞いたのは、６月半ばでありましたから、その段階で、『これ本当にやるのか』ということで、津田監督を通して、津田監督にも、津田監督を通してですね「まあ、これについてはどうか」と「この点についてはやめてもらえんか」とかですね、「これはこうじゃないか」とかですよ、例えば「実物ではなくパネルにしてくれたらどうか」とかですよ、それは中は写真を撮っちゃダメだと、入って見てもらうだけだ、いうこととか、色んな要望、希望は申し上げましたよ。強い要望、希望。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、それを一線越えるとですね、越えると、だから、まあ、多分その憲法21条の話になってしまう虞れがあるわけですよ。ましてや、ましてや、ましてや、その８月１日からの事前ですからね。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ですから、そういう意味で途中段階で私が申し上げて、強い要望・希望、もうその点はね、もう実物ではなくパネルでいいじゃないかとか、いうような話もした、「それだったらこの企画展全てやめる」とかいう話をされたりしてですね、そうなるとまさに憲法21条、そのものの話になってしまうということなんですよね。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ですから、そういう意味で、この内容について我々としてですね、この施設の管理・運営を安全に円滑にやっていくということからですね、強い希望・要望は申し上げました、強い要望、希望は。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ただ、それ以上のこと、これはどうしても、こういう対応でやりたいということで、最後、まあ、ぎりぎりあれしたのは「SNSやめてくださいね」と言ったところで、しかし、みんなやられちゃいましたけどね。あれはだから写真を、写真撮っちゃダメとしないとですね、そら守ってくれないっすよね。</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190814-02/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>1</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>朝日の二重基準の動かぬ証拠 トリエンナーレ社説</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190810-02/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190810-02/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 10 Aug 2019 13:23:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[シャルリー・エブド]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展・その後]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3221</guid>

					<description><![CDATA[　あいちトリエンナーレ2019が３日で中止になった事件で、朝日新聞は社説で中止による表現の自由の侵害について警鐘を鳴らした。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」が抗議や脅迫の電話、河村たかし名古屋市長による抗議等でわずか３日で中止になった事件で、朝日新聞は８月６日の社説で「<a href="https://www.asahi.com/articles/DA3S14128795.html?iref=editorial_backnumber">あいち企画展 中止招いた社会の病理</a>」というタイトルで、中止による表現の自由の侵害について警鐘を鳴らした。ところが、４年前の2015年のフランスの週刊誌に対するイスラム教徒のテロ事件後の社説では、まるで異なる考えを示していた。「二重基準」と言っていい朝日新聞の２つの社説を検証してみよう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■世界を震撼させたシャルリー・エブド襲撃事件</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3222" style="width: 185px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/asahi.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3222" class="wp-image-3222" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/asahi-239x300.jpg" alt="" width="175" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/asahi-239x300.jpg 239w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/asahi-768x963.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/asahi-817x1024.jpg 817w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/asahi.jpg 898w" sizes="auto, (max-width: 175px) 100vw, 175px" /></a><p id="caption-attachment-3222" class="wp-caption-text">そりゃないよ、朝日新聞さん（笑）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　問題の社説は2015年１月19日に掲載されたもの（<a href="https://www.asahi.com/articles/ASH1L4QN0H1LUSPT003.html">表現と冒涜ー境界を超える想像力を</a>）で、いわゆる「シャルリー・エブド襲撃事件」に関するものである。これはパリに本社を置く週刊風刺新聞の「シャルリー・エブド」が預言者ムハンマド（マホメット）の風刺画を掲載したことに怒ったイスラム過激派のテロリストが本社に乱入し、12人を殺害した事件。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　風刺画を掲載したことの代償が12人の生命であり、許し難いテロ行為である。ところが朝日新聞は、この事件に関する社説でシャルリー・エブド社を責めている。表現の自由は「どんな場合でも無制限というわけではない」とし、特定の集団や民族の存在意義を否定、憎しみをあおる言動については「自由の名で守られるべきものではない」と断言しているのである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ちなみに河村たかし名古屋市長も「表現の自由は憲法21条に書いてありますが、絶対的に何をやってもええという自由ではありません」と記者会見で述べたのは記憶に新しい。その河村市長の批判の急先鋒が朝日新聞であるのはご存知の通りである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ムスリムにとって預言者ムハンマドは絶対の存在であり、そのような人物を風刺することは民族の存在意義を否定し、憎しみをあおる言動であると言うのであろう。そのため、「自由に伴うべき思慮の領域を広く深くもたねばならない」と、要は（相手のことを考えて表現すべき）と諌めているのである。さらに「いつも謙虚に耳を澄ます姿勢が欠かせない」とも。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　12人が射殺された事件で、殺された方に「もう少しムスリムのことを考えて表現活動をしろよ」と言っているのである。確かに一理あるが、これは間違えれば表現の自由の危機に繋がる。「ムスリムを刺激する表現は生命の危機につながるから、控えよう」という萎縮につながるのではないか。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「表現の不自由展・その後」で一変した社説</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　さて「表現の不自由展・その後」で、朝日新聞はどう論じたか。詳細は表を見てほしい。赤文字で書いた部分が今回の社説だが、一部に脅迫を含む抗議電話や名古屋市長による抗議ということで中止になったが、表現する津田大介氏側への擁護ぶりが際立っている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　表現の自由の限界について、シャルリー・エブドでは「どんな場合でも無制限というわけではない」と明言していたのに、その点には言及がない。ヘイトのような言動は「自由の名で守られるべきものではない」としていたのに、今回は「多様性を保障することに最大限の配慮…が求められる」と、180度異なる見解となっている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　昭和天皇の写真を燃やし、最後に踏みにじる動画は「多様性を保障…に最大限の配慮」、ムハンマドの風刺画は「自由の名で守られるべきものではない」。昭和天皇の写真を燃やし、踏みにじる動画はムハンマドの風刺画より、遥かに攻撃的で民族の存在意義を否定し、憎しみをあおる言動であるにも関わらず、この異なる見解は社会通念から著しく外れていると言っても言い過ぎではないだろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　表現者が注意すべきことについて、シャルリー・エブドでは自由に伴う責任の重さを強調し、かつ、謙虚な姿勢を求めていたのに、表現の不自由展・その後に関しては何の言及もない。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■シャルリー・エブド襲撃事件の社説を当てはめると…</span></strong></span></p>
<div id="attachment_1037" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2017/12/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-1037" class="wp-image-1037" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2017/12/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6-300x229.jpg" alt="" width="220" height="168" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2017/12/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6-300x229.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2017/12/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6.jpg 663w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-1037" class="wp-caption-text">もう沈んで朝日新聞</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　シャルリー・エブド襲撃事件での朝日新聞の社説を、津田大介氏が引き起こした事件に当てはめてみると、非常に納得がいく主張になる。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　津田大介氏が展示した昭和天皇の写真を燃やし、最後に踏みにじる動画について「表現の自由はどんな場合でも無制限というわけではない」のであって、特定の民族（日本人）の存在意義を否定し、憎しみを煽る言動だから「自由の名で守られるべきものではない」。それに対する抗議があったとしても「批評や風刺にも最大限の自由が保障されねばならない」。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　その上で津田大介氏ら表現する立場の人間は「自由に伴うべき思慮の領域を、広く深くもたねばならず、いつも謙虚に耳を澄ます姿勢が欠かせない」ということである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　これなら納得のいく読者が多いのではないだろうか。それなのに、シャルリー・エブド襲撃事件の時とは全く違う見解を打ち出したのはなぜか。彼らの頭の中を想像するのは難しい。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　社説を書いた人間が政治的意図を持ち、特定の主義・思想を擁護する意図があったと考えるのが普通の思考ではないか。そうでなければ、よほどのバカか、そのどちらかであろう。</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190810-02/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>江川紹子氏の”笑”撃の主張、表現の自由を理解できない人なのか？</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190810/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190810/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 10 Aug 2019 00:38:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[江川紹子]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3212</guid>

					<description><![CDATA[　あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」中止問題の余波で、神戸市が８月９日、開催予定だったシンポジウムの中止を発表した。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」中止問題の余波で、神戸市が８月９日、開催予定だったシンポジウムの中止を発表した。津田大介氏ら３名が登壇する予定だったが電話が約100件寄せられ、「現在の状況では本来の趣旨に沿って開催できない」と判断したという。これについてジャーナリストの江川紹子氏はyahoo!に「<a href="https://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko/20190809-00137758/">神戸市に再考を促す～『電凸』で『言論・表現の自由』をやせ細らせないために</a>」という文章を掲載した。この内容が、思わず首を捻ってしまうような代物である。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■神戸市に再考を促す、江川紹子氏の主張の流れ</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3213" style="width: 210px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/af79fee54dfbc958138fffcaa83c19cc.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3213" class="wp-image-3213" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/af79fee54dfbc958138fffcaa83c19cc-300x300.jpg" alt="" width="200" height="200" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/af79fee54dfbc958138fffcaa83c19cc-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/af79fee54dfbc958138fffcaa83c19cc-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/af79fee54dfbc958138fffcaa83c19cc-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/af79fee54dfbc958138fffcaa83c19cc-1024x1024.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/af79fee54dfbc958138fffcaa83c19cc-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/af79fee54dfbc958138fffcaa83c19cc.jpg 1065w" sizes="auto, (max-width: 200px) 100vw, 200px" /></a><p id="caption-attachment-3213" class="wp-caption-text">江川紹子先生、それはないと思いますよ</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　江川紹子氏の本文は概ね、このような流れになっている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（１）抗議電話が多数あり、自民党市議が断固反対を公言していた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（２）中止によって、津田氏らの発言の機会が失われ、トリエンナーレ事件の顛末を聞き出す絶好の機会が失われた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（３）神戸市は津田氏らの発言の機会を奪い、話を聞きたい人の知る権利も損なった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（４）神戸市は状況の変化に柔軟な対応をすべきだった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（５）抗議電話で催しが潰れることが続けば、日本の言論・表現の自由がやせ細っていくことを懸念する。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（６）神戸市に再考を促す。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　神戸市の判断については、僕は詳細な事情が分からないが、津田大介氏が芸術監督として関わった展覧会が社会から大きな批判を浴びて、世間を騒がせてわずか３日で中止された直後という事情を考えれば至極真っ当なものであると思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　シンポジウムは「アート・プロジェクトKOBE2019 TRANS－」の関連行事だそうで、芸術を語るものなのかもしれない。しかし、会場に反対する人々が入ってきて津田大介氏への批判を始めたり、それに対する擁護の声が起きるなどすれば、本来の芸術に関するシンポジウムという趣旨から外れてしまう可能性は十分にある。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　それだけでなく、会場付近で反対運動も行われ、強行しようとする勢力と主催者との間で不測の事態が起きかねない。神戸市側としては安全に円滑にシンポジウムを開催する責務があるが、それが担保しきれない状況であれば中止するのは主催者として当然の判断である。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■発言の機会を失った津田大介氏、表現の機会まで失ったのか？</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　これに対して、江川氏は（２）で津田氏らの発言の機会が奪われたと指摘する。それが何か問題なのか。シンポジウムでの発言の機会は失われたとしても、津田氏はSNSはもちろん、従来のメディアを使っての発言の機会は十分に持ち合わせているのである。そしてそれはシンポジウムより遥かに広範に伝播できる媒体と言っていい。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　神戸市は津田氏に対して「君の考えを一切、口にするな」と言っているのではないことに留意しなければならない。憲法学的に言えば「表現内容規制」ではなく「内容中立的規制」である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この内容中立的規制も「ある時・場所・方法での表現行為が極めて重要」という状況であるなら、規制することは簡単に許されるべきではないと考えることも必要とする考えもあるが、このシンポジウムに津田氏にとってそれだけ重要なものである事情は報道される限り、見出せない。別の場所、時間に言えば済むことであろう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■江川紹子氏の言う「知る権利」とは何だ？</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　さらに江川氏はシンポジウム中止によって「その話を聞きたい人の『知る権利』も損なってしまったことになる」としている。「知る権利」は、「要するに、この知る権利とは、政府保有の情報の開示を請求する権利であるということができ」（戸松秀典　「憲法」初版　P186）とあるように、江川氏が指摘するような場合を含むとは考えにくいし、そう考える人はほとんどいないであろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　法律用語を使うのであれば、正確に使わなければならない。あたかも神戸市が国民の憲法上の権利を侵害したかのように読める表現は、世論をミスリードするから絶対に控えなければならない。それ以前の問題として、言葉を使う前にそれを十分に調べることは、文章を書く者として最低限やらなければならない準備である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そして、仮にシンポジウムで話が聞きたい人が津田氏の話を聞けないということになったとしても、津田氏の発言の場はSNS等で確保されている以上、それらを利用して目的を達成することが可能である。つまり、江川氏の言う「知る権利も損なってしまった」という表現は、明らかに間違っている。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■芸術家が公権力に発表の場を請求する権利などない</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　以前にも書いたが、公権力が芸術家による作品の発表を妨げることは許されないが、逆に芸術家が作品を発表するために公権力に作為を求める憲法上の権利などない。名古屋高裁金沢支部平成12年２月16日判決がその旨を明示し、最高裁でも確定している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　今回のシンポジウムは芸術作品の発表ではないが、芸術家が表現の場を公権力に請求する権利がないのは同様であろう。公の場をどう運営するかは主催する公権力が様々な要素を検討して決定するものであり、個人の表現の自由や言論の自由がそれを常に凌駕するということではない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　江川紹子氏１人の原稿を見て「日本のジャーナリズムはこの程度か」などと言う気はないが、彼女が高名なジャーナリストであることを思えば、何とも哀しい現実である。</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190810/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>2</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>朝日新聞が守りたかったのは言論の自由ではなく、津田大介氏とコンセプトだろう</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190807/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190807/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 07 Aug 2019 00:44:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県知事]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋市長]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3198</guid>

					<description><![CDATA[　「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が３日で展示中止になった件で、朝日新聞は８月６日付けの社説で展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長を攻撃した。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　予想通りの朝日新聞の社説である。「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が３日で展示中止になった件で、朝日新聞は８月６日付けの社説「<a href="https://www.asahi.com/articles/DA3S14128795.html?iref=editorial_backnumber">あいち企画展 中止招いた社会の病理</a>」</span><span style="color: #000000;">で展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長を攻撃した。これが何とも理解に苦しむ内容であるので紹介しよう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「絶対的に何をやってもええという自由ではない」になぜ反論しない</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3199" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3199" class="wp-image-3199" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a.jpg 838w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3199" class="wp-caption-text">一体、朝日新聞は何と戦ってるのか（笑）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　朝日新聞のこの日の社説は「市長が独自の考えに基づいて作品の是非を判断し、圧力を加える。それは権力の乱用に他ならない。憲法が表現の自由を保障している趣旨を理解しない行いで、到底正当化できない。」と断じた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　河村市長は「表現の自由は憲法21条に書いてありますが、絶対的に何をやってもええという自由ではありません」と８月５日の記者会見で述べている。これは表現の自由の限界を論じたもので、憲法における重要な論点の１つ。言論の自由について述べるなら、市長のこの部分への反論をしなければならないが、そこはスルーして自説を強調し、市長を「趣旨を理解しない」と批判している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　市長の発言を本件にどう当てはめるかは考え方がいくつかあると思うが、個人的には名古屋高裁金沢支部判決平成12年２月16日にあるように「芸術家が作品を製作して発表することについて公権力がこれを妨げることは許されないが、公権力に対し、芸術家が自己の製作した作品を発表するための作為、たとえば、展覧会での展示、美術館による購入等を求める憲法上の権利を有するものではない」という部分が相当すると思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　展覧会での展示をするかどうかは主催者が最終決定権を持っており、作者や芸術監督という立場の人間が「展示しろ」と求める権利などない。主催者に近い立場の者が事前に作品を観る機会がなく、事後に見て「これは展示すべきではない」と判断して「展示をやめろ」と言うことが、判例の考えに照らせば「表現の自由を保障した憲法の趣旨を理解しない行い」ではないと思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　つまり、市長の「表現の自由は…絶対的に何をやってもええという自由ではありません」という主張は正しい。朝日新聞はここに反論できないから、決めつけ、レッテル貼りのような手法を用いているのであろう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■河村たかし市長の表現の自由はどうなる？</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　確かに朝日新聞が書いたように、「行政には、選任した芸術監督の裁量に判断を委ね、多様性を保障することに最大限の配慮をすることが求められる。その逆をゆく市長らの言動は、萎縮を招き、社会の活力を失わせるだけだ。」という、表現の自由の制約による副次的効果を心配する声は出てくるであろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、市長は芸術祭実行委員会の会長代行に過ぎず、実際に展示中止を決める権限があるのは大村秀章愛知県知事。その知事は市長の発言に対して「公権力を持った方が『この内容はいい』『この内容は悪い』と言うのはですね、これは憲法21条にいう検閲と取られても仕方がないんじゃないでしょうか」と、的外れな検閲論を持ち出しているものの、はっきりと「NO」の意思表示をしている。つまり市長には展示について実際の権限がない事実が示されている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そうなると朝日新聞の主張は「権限のない市長でも一定の地位にある者は自らの信条を語ってはいけない」ということになり、市長に対する言論の自由の封殺に他ならない。このような考えがまかり通るのであれば発言者が萎縮し、社会の活力を失わせることに気づかないのか。表現の自由を守れと主張する朝日新聞は、同時に表現の自由を制約を主張しているのである。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■朝日新聞が守りたかったのは表現の自由ではなかったという疑念</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　津田大介氏が芸術監督になった経緯を僕は知らない。このレベルの人間が芸術監督になること自体、信じ難いことであるが、朝日新聞は「芸術監督は全権を持っているのだから、選任された者のコンセプトに異を唱えることは許されない」という趣旨のことを書いている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕から見ればクレイジーな芸術監督のコンセプトに従えということ自体、クレイジー。朝日新聞の社説を読んでいると、彼らが守りたかったのは津田大介氏の反日コンセプトであり表現の自由などではなかったのではないかと感じられる。</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190807/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>名古屋市長の一手で愛知県知事は”詰み” 責任取れよ、検閲のわけないだろう！</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190806/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190806/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 06 Aug 2019 13:25:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県知事]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋市長]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3183</guid>

					<description><![CDATA[　あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が３日間で展示中止になった件で、大村秀章愛知県知事と、河村たかし名古屋市長の対立が深まっている。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が３日間で展示中止になった件で、大村秀章愛知県知事と、河村たかし名古屋市長の対立が深まっている。その根本は知事の政治的失策にあり、それを市長が突くという構図である。追い詰められた知事は、東大法学部出身とは思えない法的知識の欠如ぶりを晒すことになり、市長の圧勝という情勢になっている。法的観点から見ると両者の対立は実に趣深い。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「事後検閲だってある」「事後検閲って何ですか、それ？」</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3184" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3184" class="wp-image-3184" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f.jpg 1020w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3184" class="wp-caption-text">事後検閲って…（苦笑）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　発端は８月２日、市長が「表現の不自由展・その後」を視察後に「日本人の、国民の心を踏みにじるものだね」と話し、展示中止の抗議文を愛知県知事に出したことにある。これに対して知事は８月３日、「安全な運営が危惧される」として展示を中止した。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　８月５日になって知事は記者会見で「公権力を持った方が『この内容はいい』『この内容は悪い』と言うのはですね、これは憲法21条にいう検閲と取られても仕方がないんじゃないでしょうか。事後検閲だってありますからね。まさにやめろと言っているのですから」などと発言して、市長を批判した。これを受けて市長は「事後検閲って何ですか、それ？　それならああいう展示はいいんだということを堂々と言われてくださいよ。最低限の規制は必要でしょ」などと反論した。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　知事は展示については表現の自由として認めるべきであり、中止したのは安全上の問題であるという考えを貫き通している。これは、いわゆる天皇コラージュ事件の判決（名古屋高裁金沢支部判決平成12年２月16日）に基づくものであろう。そのことで「自分は表現の自由を制約する政治家ではなく、不当な制約もしていない」とアピールしたいに違いない。そのため河村市長の発言は表現の自由を制約する検閲にあたるとして、表現内容を理由に中止するのは許されないし、自分はそういうことをしていないことを強調したと考えるのが通常の思考である。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■東大法学部卒の大村知事の信じ難い論理</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この知事の主張は法的に考えると苦しい。何より、検閲というものが分かっていない。検閲とは「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止すること」（最高裁大法廷判決昭和59年12月12日）と明確にされている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　まず、今回の展示物が「思想内容等の表現物」と言えるかどうかが疑問であるし、仮にそれに含めるとしても、発表を事前に禁止することが検閲であるから、既に発表された表現物の展示を中止させる行為は検閲には当たらない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この点について知事は「事後検閲もあるでしょ？」と言っているが、上記の定義から事後検閲は検閲ではない。市長が記者会見ですかさず「事後検閲って何ですか？」と発言したのは、それが分かっているからであろう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■知事VS市長、法的論点を整理すれば「表現の自由の限界」</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そうすると、知事による「市長の発言は検閲にあたる」という主張は全く認められないことになる。名古屋市長の発言や行為が憲法21条２項の検閲の問題になることはあり得ない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　２人の間の論点は法的には「表現の自由の限界として、展示を中止することが認められるかどうか」という点に整理できる。だからこそ、市長は「ああいう展示はいいんだということを、堂々と言われてくださいよ」と21条１項を語れとしたに違いない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　知事はその議論から逃れるために21条２項を持ち出したのであろう。それで不勉強なメディアは騙せると思ったのかもしれないし、あるいは自分こそが不勉強だったのかもしれない。検閲に関する最高裁判例は昭和59年のものであり、昭和57年に東大を卒業している知事は大学では教わっていない判例である。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■愛知県知事は詰みの状態、潔く責任を取るべき</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この一連の知事と市長のやり取りは、市長に軍配があがると僕は思う。知事は政治家として信念に基づいて「反日的、天皇を侮辱する表現の自由を守る」と言えばいい。それを言わずに安全上の問題、検閲の問題に逃げようとして、自らの不勉強ぶりを晒してしまったということである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　もし「反日的、天皇を侮辱する作品でも、表現の自由を守る」と言えば、次の選挙は負ける可能性が大きい。かといって「その表現は適切ではない」と発言すれば「そもそも実行委員会の会長として展示を認めた責任を取れ」ということになってしまう。詰みの状態である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そうなると主張すべきは「安全上の管理で中止した」「表現の自由は守った」「自分は表現を認めた者としての責任はない」ということで、市長の要求する表現の自由の限界の議論から逃げるしかないというわけである。責任回避、保身という言葉が今の知事にはピッタリである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ここからは僕の想像だが、知事は津田大介氏がここまでおかしな人間とは知らずに、周囲からの勧めで安易に芸術監督を任せたのではないかと思う。それがこの騒ぎになってしまい、慌てて事態の沈静化に動き出したということではないだろうか。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕が知事なら、もう少しまともな人間を芸術監督に選ぶが、大村知事もよほど忙しかったのであろう。それも知事の責任ではあるから、是非とも現場を混乱させ、世間を騒がせたことに対して責任を取っていただきたいものである。</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190806/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
