<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>ジャパンC | 令和電子瓦版</title>
	<atom:link href="https://reiwa-kawaraban.com/tag/%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%83%91%e3%83%b3c/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://reiwa-kawaraban.com</link>
	<description>政治、社会、運動、芸能など、様々なジャンルのニュース＆オピニオンサイトです</description>
	<lastBuildDate>Thu, 11 Aug 2022 04:34:14 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.8.5</generator>

<image>
	<url>https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/04/icon.jpg</url>
	<title>ジャパンC | 令和電子瓦版</title>
	<link>https://reiwa-kawaraban.com</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>懐かしのオールアロング雌伏40年 曾孫がＧ１圧勝</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/overseas/20220810-02/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/overseas/20220810-02/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 10 Aug 2022 11:36:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[海外競馬]]></category>
		<category><![CDATA[凱旋門賞]]></category>
		<category><![CDATA[ジャパンC]]></category>
		<category><![CDATA[ヴェルメイユ賞]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/?p=13955</guid>

					<description><![CDATA[　1982年のジャパンＣ２着のオールアロングの曾孫がアイルランドでＧ１を優勝、来年のクラシック候補に名乗りを挙げた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　1982年のジャパンＣ２着のオールアロングの曾孫リトルビッグベアがアイルランドでＧ１を優勝、来年のクラシック候補に名乗りを挙げた。６ハロン（約1200ｍ）戦で２着に７馬身差をつける圧勝劇。曽祖母が来日してから40年の時を超え、オールドファンにはたまらない勝利となった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■1200ｍのＧ１で７馬身差</span></strong></span></p>
<div id="attachment_13948" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/56531e37ec6af21e92e33e7ca0884ec5.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-13948" class="wp-image-13948" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/56531e37ec6af21e92e33e7ca0884ec5-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/56531e37ec6af21e92e33e7ca0884ec5-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/56531e37ec6af21e92e33e7ca0884ec5-1024x615.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/56531e37ec6af21e92e33e7ca0884ec5-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/56531e37ec6af21e92e33e7ca0884ec5.jpeg 1417w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-13948" class="wp-caption-text">優勝したリトルビッグベア（Racing TV画面から）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　リトルビッグベアは仏の２歳Ｇ１モルニ賞を制し、Ｇ１ＢＣターフスプリント２着のノーネイネヴァーの産駒。８月６日にアイルランドのカラ競馬場で行われた５頭立てのＧ１フェニックスＳで先手を取り馬群を引っ張り、残り200ｍ付近で後続を突き放して終わってみれば２着のパーシャンフォースに７馬身差をつける楽勝だった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　パーシャンフォースもＧ２ジュライＳを勝った重賞ウイナーで決して弱い馬ではなく、それを問題にせずに勝ったことで評価は急上昇。２着につけた７馬身差というのは、2005年のジョージワシントンの８馬身差の勝利以後、17年間で最大の着差。デビュー戦こそ２着だったが、その後４連勝で来年のクラシックに向けて期待が高まる。実際に2023年のＧ１英2000ギニーのブックメーカーのオッズでは4.5～5.0倍で１番人気に浮上した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もっとも、フェニックスＳは世代最初のＧ１で、この後、来年の2000ギニーやダービーを目指す有力馬が続々と出てくるはず。また、リトルビッグベア自身もマイラーの可能性もあり、ダービーには向かわず、セントジェームズパレスＳからサセックスＳというマイル路線に進む可能性はある。要は今の時点で来年のクラシックをあれこれ言うのはあまり意味がないということである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■血統を遡ると「All Along」の名が</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　欧州の西端の国の世代最初のＧ１ホースをわざわざ取り上げたのは、その勝ちっぷりやクラシックがどうこうというのが理由ではない。その血統にある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　リトルビッグベアの血統を辿ると、３代前の母に「All Along」の名前が出てくる。オールアロングは1979年フランス産で現役時代は主にパトリック・ビアンコーヌ調教師が管理していた。３歳時にＧ１ヴェルメイユ賞を制し、続くＧ１凱旋門賞は15着と大敗。その後、来日してジャパンＣに参戦した。時は1982年、黎明期の第２回の競馬の祭典への出走だった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　第２回ジャパンカップは一般に史上最高の招待馬と呼ばれる。ターフクラシックＳなどＧ１を４勝したエイプリルラン、1981年の米年度代表馬ジョンヘンリー、同年の加最優秀３歳牡馬のフロストキング、そしてこのオールアロングである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　レースは好位を進んだオールアロングが内から抜け出し、勝ったかと思ったところを米国からの招待馬ハーフアイストに外から差し切られた。上位４着までを招待馬が占め、日本馬はヒカリデユール（河内洋騎手）の５着が最高で、外国馬との力の差を感じさせるものであった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　このオールアロングは４歳になった1983年、さらに成長を遂げ、凱旋門賞からワシントンＤＣ国際までＧ１を４連勝、米国と仏国で年度代表馬に輝いた。ジャパンＣから飛躍して欧米のＧ１戦線を席巻した姿を見て、日本のファンは「凄い馬が来日していたんだな」とあらためて思ったに違いない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　僕自身、当時は大学生だったので全く認識がなかったが、後に日刊スポーツで当時の話を聞き、エイプリルラン、ジョンヘンリー、オールアロングなどの名前を覚えることになる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■オールアロングのその後</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そのオールアロングは1984年まで現役を続け、11月10日にハリウッドパーク競馬場（2013年閉場）で行われたＧ１ＢＣターフ２着を最後に引退、通算成績21戦９勝で繁殖に上がった。名牝が必ずしも良き母になるわけではないのは、古今東西事情は似たようなもの。オールアロングも繁殖牝馬としては現役時代の活躍からすれば物足りないものであった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　米ケンタッキー州で繋養されミルリーフ、ダンシングブレーヴ、リファール、ヌレイエフ、ミスワキなど当時の一流種牡馬と交配されたものの、最も活躍したのは最初の産駒アロングオール（父ミルリーフ）の重賞２勝で、その次にアルナケ（父ミスワキ）の重賞２着がある程度。合計で13頭の産駒を誕生させたが、残る11頭は１勝馬が２頭、未勝利が７頭、不出走が２頭とお寒い結果であった（世界の名馬列伝集・<a href="http://lunameiba.blog.enjoy.jp/jp/AllAlong.html">オールアロング</a>）。</span></p>
<div id="attachment_7138" style="width: 210px" class="wp-caption alignright"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/05/IMG_72122.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-7138" class="wp-image-7138" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/05/IMG_72122-300x180.jpg" alt="" width="200" height="120" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/05/IMG_72122-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/05/IMG_72122-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/05/IMG_72122.jpg 850w" sizes="(max-width: 200px) 100vw, 200px" /></a><p id="caption-attachment-7138" class="wp-caption-text">写真はイメージ</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　産駒の中に2002年生まれのアメリカンアドヴェンチャー（父ミスワキ）という牝馬がいた。この馬は出走した記録がないことから不出走の１頭と思われる。おそらく血統の良さが買われて繁殖牝馬となれたのであろう。何と言ってもオールアロングに種牡馬ミスワキという良血、産駒が誕生すれば結構な値段で売れると生産者は考えるはず。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうしてアメリカンアドヴェンチャーは2007年に仏ダービー馬ベーリングと交配され、2008年にアドヴェンチャーシーカーという牝馬を産む。こちらは６戦２勝、総収得賞金が15万5312ドル（約2100万円）というから、その活躍は推して知るべし。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　繁殖に上がったものの、一向に活躍馬は出ない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">2013年産駒：アンドレアマンテーニャ（騸、父ジャイアンツコーズウェイ）57戦８勝</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">2014年産駒：アラカ（牝、父イルーシヴクォリティ）６戦未勝利</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">2015年産駒：ザリンカーンロイヤー（騸、父ローマン）16戦未勝利</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">2016年産駒：アメリカングラフィティ（騸、父ピヴォタル）８戦２勝</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">2017年産駒：ソヨユニーク（騸、父シユーニ）30戦１勝</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">2018年産駒：ヴァンルージュ（騸、父ゾファニー）17戦未勝利</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ここまでくるとオールアロングの曾孫という威光は全く消えてしまっていると言っていい。これがサラブレッド生産の現実。子孫を残す馬はいるが、多くは子孫を残せずに消えていく。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうした状況の中、2020年１月15日に誕生したのがリトルビッグベアである。これまで兄姉に活躍馬が出ていないのを考えたのか、初めてノーネイネヴァーと交配された。それが奏功したのかは分からないが、ここまで通算５戦４勝２着１回、重賞２勝と兄姉とは比べものにならないような成績を上げている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■オールアロングのジャパンＣから40年を経て…</span></strong></span></p>
<div id="attachment_13952" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/tokyo.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-13952" class="wp-image-13952" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/tokyo-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/tokyo-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/tokyo-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/tokyo.jpg 850w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-13952" class="wp-caption-text">オールアロングが走った東京競馬場</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　オールアロングのジャパンカップから40年が経過し、３つの世代を重ねて誕生してようやくＧ１ホースが誕生した。これがあるから競馬は面白い。来年、３歳での活躍次第ではリトルビッグベアは種牡馬になれるかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もし、そうなればオールアロングの血がさらに次なる世代へと繋がっていく可能性が出てくる。また、既にＧ1を制覇したことで、たとえば半姉のアラカは繁殖牝馬としての需要が出てくるかもしれない。生まれた子はＧ１馬のおい・めいになるのは大きなセールスポイントになるからである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　リトルビッグベアのＧ１勝利はネットでも伝えられているようであるが、オールアロングに言及した記事がないのは残念と言うしかない。これも40年という月日の流れがなせるわざか。オールドファンは静かにアイルランド調教馬の活躍を祈り、いつの日か、リトルビッグベアが曽祖母が走った東京競馬場を走るのを期待しようではないか。</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/overseas/20220810-02/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>2</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>昭和最後のジャパンＣにやってきた陽気なイタリアン トニービンの調教師に合掌</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/sports/20200120/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/sports/20200120/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 Jan 2020 12:40:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[運動]]></category>
		<category><![CDATA[堀内泰夫]]></category>
		<category><![CDATA[昭和]]></category>
		<category><![CDATA[G1]]></category>
		<category><![CDATA[トニービン]]></category>
		<category><![CDATA[ジャパンC]]></category>
		<category><![CDATA[ルイジ・カミーチ]]></category>
		<category><![CDATA[大川慶次郎]]></category>
		<category><![CDATA[ペイザバトラー]]></category>
		<category><![CDATA[オグリキャップ]]></category>
		<category><![CDATA[タマモクロス]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=4731</guid>

					<description><![CDATA[　今週発売の週刊競馬ブックに2019年の物故者が出ており、その中にルイジ・カミーチ（Luigi Camici）さんの名前を見つけた。1988年の凱旋門賞馬トニービンの調教師。同調教師とは競馬担当時代に少しだけ関わりを持っただけに、特別な思いがある。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　今週発売の週刊競馬ブックに2019年の物故者が出ており、その中にルイジ・カミーチ（Luigi Camici）さんの名前を見つけた。1988年の凱旋門賞馬トニービンの調教師。同調教師とは競馬担当時代に少しだけ関わりを持っただけに、特別な思いがある。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「レース後の優勝会見で会おうぜ」</span></strong></span></p>
<div id="attachment_4732" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-4732" class="wp-image-4732" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/01/2906ff2e7cb67ee2225f26293185308c-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/01/2906ff2e7cb67ee2225f26293185308c-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/01/2906ff2e7cb67ee2225f26293185308c-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/01/2906ff2e7cb67ee2225f26293185308c-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/01/2906ff2e7cb67ee2225f26293185308c-1024x1024.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/01/2906ff2e7cb67ee2225f26293185308c-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/01/2906ff2e7cb67ee2225f26293185308c.jpg 1334w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-4732" class="wp-caption-text">コリエレデロスポルト電子版（2019年12月20日付け）から</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　ルイジ・カミーチさんは2019年12月21日、93歳で老衰のため亡くなったという。イタリアのコリエレデロスポルト紙によると、1926年11月６日、伊トスカーナ州のリヴォルノ出身。1976年に調教師となった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　1988年に管理馬のトニービンでＧ１凱旋門賞を優勝。その後、Ｇ１伊ジョッキークラブ大賞２着を経由し、この年のジャパンＣに駒を進めた。凱旋門賞馬としては初のジャパンＣ参戦ということでＪＲＡ職員もかなり高揚した雰囲気であり、それは取材する僕たちも同じだった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　カミーチ調教師が東京競馬場に姿を見せたのはレース前日の1988年11月26日。トニービンの前日調教を終え、それを見届けてから記者の囲み取材に応じた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　当時62歳のカミーチ調教師は人の良さそうなおじさんで、ニコニコ笑いながら取材に応じていたのを覚えている。凱旋門賞馬の参戦で盛り上がる日本へのリップサービスもあったのだろう、サムアップして「いい状態だよ」「レース後の優勝会見で会おうぜ」という感じで大一番を前に自信をのぞかせていた。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■故大川慶次郎氏「オグリキャップを褒めてやってください」</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　当時、僕は27歳。競馬担当になって４年目だった。今のように気軽に凱旋門賞を取材に行くことなど考えられない時代で、テレビの中でしか見られない凱旋門賞馬の調教師に話を聞けることが夢のようであった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　日刊スポーツでは１面か裏１面でトニービンを扱い、僕はその原稿を書いた。「日本代表として悲壮な覚悟で本番に臨むタマモクロス、オグリキャップ陣営とは対照的に、陽気なイタリアンが『レース後の記者会見で会おう』と自信を見せた」という感じでまとめた。自分としてはかなりいい出来に仕上げられ、わざわざ担当の堀内泰夫デスクに「原稿、どうですか？」と聞きにいったほど。その時、堀内デスクは「力が入ってるなぁ」と苦笑していたが、何も直されずにそのまま掲載されていたから、悪くない原稿だったのであろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　 第８回ジャパンＣ、勝ったのは単勝９番人気の伏兵、米国のペイザバトラーで、２着タマモクロス、３着オグリキャップ。トニービンは５着に終わった。テレビ解説の故大川慶次郎氏が「オグリキャップを褒めてやってください」と言ったレースである。個人的にはこの1988年がジャパンＣのベストレースだと思っている。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■当時の堀内泰夫デスクに脱帽…（神か）</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　あれから30年以上の時が過ぎ、陽気なイタリアンのカミーチさんが亡くなったことを知った。海外競馬に対して、ほんの少ししか扉を開いていなかった時代に行われた昭和最後のジャパンＣを盛り上げてくれたカミーチさん、それに少しでも関われたことは幸運であったように思う。どうか、安らかにお休みください。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　最後に後日談を２つほど。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　トニービンを所有していたアレバメント・ホワイトスター社の代表はルチアーノ・ガウチ氏。同氏はトニービンで稼いだ賞金をもとにサッカーのクラブチームを買収したと言われる。それが後に中田英寿氏が所属することになるセリエＡのペルージャである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　もう１つは、今でも日刊スポーツＯＢとして競馬に携わっている堀内泰夫さん（75）の話。僕がトニービンの原稿を出した日、帰る間際に堀内さんが僕のところにやってきて「明日、競馬場に行けないから、馬券買ってくれよ」と5000円札と買い目を書いた紙を差し出した。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　「単勝16番　5000円」</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　16番は単勝14.9倍のペイザバトラーである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　（この人は神か）</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　レース後にそんなことを思ったのを今でも覚えている。</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/sports/20200120/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>2</slash:comments>
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
