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	<title>ミュンヘン大会 | 令和電子瓦版</title>
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	<title>ミュンヘン大会 | 令和電子瓦版</title>
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		<title>東京五輪 イスラエルのテロ犠牲者の追悼を評価</title>
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		<dc:creator><![CDATA[石井 孝明&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 27 Jul 2021 21:40:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[国際]]></category>
		<category><![CDATA[東京五輪]]></category>
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					<description><![CDATA[　７月23日に東京五輪が始まった。私はそれを歓迎し、選手の活躍に感謝と期待と応援をしたい。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　７月23日に東京五輪が始まった。私はそれを歓迎し、選手の活躍に感謝と期待と応援をしたい。あまり日本で知られていない、この開会式で示された政治メッセージを取り上げてみたい。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><strong>◆日本で伝えられない重要場面</strong></span></p>
<div id="attachment_11395" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/ab823c6f72a0ede995458506a0ff61f9.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-11395" class="wp-image-11395" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/ab823c6f72a0ede995458506a0ff61f9-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/ab823c6f72a0ede995458506a0ff61f9-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/ab823c6f72a0ede995458506a0ff61f9-1024x614.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/ab823c6f72a0ede995458506a0ff61f9-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/ab823c6f72a0ede995458506a0ff61f9.jpeg 1134w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-11395" class="wp-caption-text">イスラエルのナフタリ・ベネット首相（同首相Twitterから）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　1972年のミュンヘン大会で、パレスチナの武装勢力に殺害されたイスラエルチームのメンバーの追悼が、開会式で行われた。報道で初めて知ったが、五輪の正式なプログラムで、この悲劇が追悼されたのは初めてという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　追悼は、俳優でダンサーである森山未來氏の演じる「記憶・追悼」をテーマにした舞踏の中で登場した。彼が倒れる場面の後で、「ミュンヘンオリンピックで失われたイスラエルの人々の記憶を保ち続ける」というアナウンスの下、１分間の黙祷が捧げられた。これは今進行する新型コロナウイルス感染症との戦いの犠牲者の追悼も兼ねたものだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　イスラエルでは大きく報道され、ニュースサイト、テレビ、２大紙の「エルサレム・ポスト」（中道右派系）、「ハーレツ」（中道左派系）で感謝を持って取り上げられた。このテロの遺族も東京の会場に招待されており、ロイター通信は「夫を思い、正義を思い、涙が流れた」と、その中の一人の言葉を伝えている。</span></p>
<div id="attachment_11396" style="width: 195px" class="wp-caption alignright"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/da71c101d45a030c8d844c9e0db54b9b.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-11396" class="wp-image-11396" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/da71c101d45a030c8d844c9e0db54b9b-278x300.jpeg" alt="" width="185" height="200" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/da71c101d45a030c8d844c9e0db54b9b-278x300.jpeg 278w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/da71c101d45a030c8d844c9e0db54b9b-768x829.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/da71c101d45a030c8d844c9e0db54b9b.jpeg 787w" sizes="(max-width: 185px) 100vw, 185px" /></a><p id="caption-attachment-11396" class="wp-caption-text">在日本イスラエル大使館広報官バラク・シャイン氏のツイートから</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　イスラエルのナフタリ・ベネット首相は「この重要で歴史的な瞬間を歓迎します。彼らの記憶が祝福されますように」とツイッターに書いた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　在日本イスラエル大使館広報官バラク・シャイン氏は日本語で次のようにコメントした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><em><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　1972年のオリンピック・ミュンヘン大会期間中に殺害された＃イスラエル人選手11名が、史上初めてオリンピックの開会式で追悼されました。</span></em></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><em>　この心温まる瞬間を与えてくださいました＃Tokyo2020に感謝します。お心遣いは、イスラエル一人一人の心の琴線に触れました。</em>（<a href="https://twitter.com/BarakShine/status/1418573601184260096">@BarakShine</a> 2021年７月23日午後11時７分投稿）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　筆者は、この追悼問題を放置してきたI O C（国際五輪委員会）の対応と、それを許した国際世論のおかしさを改めて知った。I O Cの姿勢の変化と、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の対応を歓迎し、高く評価したい。そしてテロリズムや暴力への批判を改めて認識した。また日本で行われた五輪で、犠牲者の哀悼を行ったことを誇りに、そして嬉しく思う。加えて、日本とイスラエル、そしてイスラエル国民の多数を占めるユダヤ人との関係が、この動きから深まることを期待する。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><strong>◆ミュンヘンでの惨劇を振り返る</strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ミュンヘン五輪テロ事件は、アラブ系テロ組織の「黒い９月」が、1972年9月5日にオリンピックの選手村を襲撃し、イスラエル選手を殺害。さらに人質にしてアラブ系テロリストの釈放を、イスラエル政府に求めた事件だ。西ドイツ当局（当時）による救出作戦は失敗し、イスラエル選手団の団員が合計11人、１人のドイツ人警官が亡くなった。５人のパレスチナ人テロリストも死んでいる。イスラエル政府はその後、テログループ幹部の報復暗殺工作「神の怒り作戦」を実行。その経緯は、スティーブン・スピルバーグ監督の「ミュンヘン」という悲しい映画にまとめられている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　遺族やイスラエル政府は、事件の追悼をI O Cに求めたが、「適切でない」と、応じなかったという。イスラエルと対立するアラブ諸国の反発を恐れたのかもしれない。2013年に就任したドイツ人のトーマス・バッハ会長は遺族の要請に好意的に応じた。I O Cは2016年に、ブラジルのリオデジャネイロ大会で喪の場を作り、今回は正式なプログラムの中に入れた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　今回の東京大会では、I O Cの思想、つまり多様性、反差別、ジェンダーフリー、平和というメッセージが色濃く出ていた。今の世界の主要国の政治的な思想の主流と同じだ。1896年の第一回アテネ大会から掲げていた理念だが、さらに強く強調されている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　しかし、平和を掲げても、テロとの戦いは、政治的問題として五輪で忌避されていた。この背景には、見えないものの、西欧の底辺に流れる反ユダヤ主義の思想も少し残っているのかもしれない。その流れを東京五輪は変えた。日本は、中東の政治紛争から離れ、イスラエルとも、アラブ諸国とも友好関係にある。そうした中立の立場であるからこそ、東京で行えたのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が、どのようにこの決定に関与したか、踊った森山氏の心境は伝えられていない。ぜひ、準備段階での数多い失敗と共に、評価される点であるこの追悼も、内実を知りたいものだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><strong>◆軽薄な評価ではなく、問題を深く見つめる</strong></span></p>
<div id="attachment_11397" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/74e8a57c192a1b3a22e32371c3bce15a.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-11397" class="wp-image-11397" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/74e8a57c192a1b3a22e32371c3bce15a-300x189.jpg" alt="" width="220" height="139" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/74e8a57c192a1b3a22e32371c3bce15a-300x189.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/74e8a57c192a1b3a22e32371c3bce15a.jpg 567w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-11397" class="wp-caption-text">開会式当日の国立競技場（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日本のメディアは、反イスラエルの論調で知られる。この追悼にほとんど言及していない。テロへの批判は、どのような政治的心情を持とうと、共通して持つべき課題なのに、不思議な無関心だ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　今回、開<span style="text-decoration: line-through;">幕</span>会式に参加したある演出家が、ユダヤ人ホロコーストをからかう発言をした20年前のコントの映像を掘り出されて、オリンピック組織委員会に解任された。日本のメディアや反政府の政治活動家は、日本政府批判につながる解任騒動には熱心に言及したが、イスラエル人のテロ犠牲者の追悼はなぜか大きく伝えなかった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　五輪などの国際的な行事には、歴史や文化が織り込まれている。日本では、そうした背景を深く考えずに、軽薄な政治に絡めた反対論や、底の浅いオリンピックの議論が、メディアの報道や評論で目立った。特に今回は、新型コロナウイルス感染症の流行に絡んで「命を守れ」という単純化した議論からの反対が、立憲民主党や日本共産党、主要メディアで繰り返された。開幕すると、そうした批判者の多くが、日本選手の活躍にはしゃいでいる。軽薄さに、悲しく、哀れみを感じてしまう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「ユダヤ」「イスラエル」という日本に馴染みのない視点から問題を眺めると、五輪には深く悲しい歴史が織り込まれている。鍛えられたアスリートの妙技を見ることは、得難い素晴らしい経験だ。しかし、それ以外の視点を持って眺めると、また違った印象を抱け、深く多角的に問題を見つめられるだろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「道に迷わば木を伐りて年輪を見よ」という西欧の諺があるという（寺島実郎「20世紀から何を学ぶか」、あとがき、新潮社）。ここでいう「年輪」とは、その森を作った環境と歴史だ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この諺のように、複合的な視点は観戦に役立つだけではない。あらゆる問題で、軽薄に「賛成」、「反対」などの単純な答えを急いで叫んでも、それは解決しない。問題を取り巻く様々な情報を仕入れ思索することで、指針が見えるものだ。日本で伝えられない英文メディアからの情報を紹介するこのエッセイが、多角的に物事をみる一例となって、読者の方の思索を広げていただければ幸いだ。</span></p>
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		<title>呪われた五輪 血塗られた1972年ミュンヘン</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 18 Mar 2020 14:20:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[運動]]></category>
		<category><![CDATA[麻生太郎]]></category>
		<category><![CDATA[東京五輪]]></category>
		<category><![CDATA[ボイコット]]></category>
		<category><![CDATA[オールブラックス]]></category>
		<category><![CDATA[アパルトヘイト]]></category>
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		<category><![CDATA[ミュンヘン大会]]></category>
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					<description><![CDATA[　麻生太郎財務相が18日の参院財政金融委員会で東京五輪・パラリンピックについて「呪われたオリンピック」と表現し、「40年ごとに問題が起きてきた」と自説を開陳した。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　麻生太郎財務相が18日の参院財政金融委員会で東京五輪・パラリンピックについて「呪われたオリンピック」と表現し、「40年ごとに問題が起きてきた」と自説を開陳した。麻生氏自身、五輪出場の経験があり（1976年夏季モントリオール大会・クレー射撃）、それなりの見識を持っているのであろうが、五輪については40年毎にだけ問題が起きている訳ではない。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■最大の呪われた五輪は1972年ミュンヘン大会</span></strong></span></p>
<div id="attachment_5485" style="width: 185px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/03/51GXQYNXNSL._AC_-210x300.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-5485" class="wp-image-5485" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/03/51GXQYNXNSL._AC_-210x300.jpg" alt="" width="175" height="250" /></a><p id="caption-attachment-5485" class="wp-caption-text">映画「21 Hours a Munich」から</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　麻生財務相は1940年に戦局の悪化で冬季札幌大会、夏季東京大会を返上し、その40年後の1980年の夏季モスクワ大会が日本を含む西側諸国が旧ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議しボイコットしたことを挙げた。その40年後の2020年の夏季東京大会が、新型コロナウイルスで開催が危ぶまれる事態になっていることを指しているのであろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　確かに麻生財務相の言う通り、40年毎に大きな事件で五輪の存続そのものが危ぶまれるような事態になっている。しかし、僕が知る限り五輪の危機は40年ごとという訳ではなく、もっと頻繁に起きている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　呪われた五輪といえば1972年の夏季ミュンヘン大会である。この大会は血塗られた大会となった。パレスチナ武装組織「ブラックセプテンバー」が選手村のイスラエル選手団を襲撃。選手らを人質にとり、イスラエルに収監されているパレスチナ人の解放を要求したのである。</span><span style="color: #000000;">最終的に犯人グループによって人質９名</span><span style="color: #000000;">は全員殺害されることになる。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　多数の死者が出た後、五輪を途中で中止にすべきかどうか話し合われたが、当時のＩＯＣのアベリー・ブランデージ会長は大会の続行を決定した。</span><span style="color: #000000;">このあたりは映画「<a href="https://www.youtube.com/watch?v=gDZfofNs8Ag">21 hours at Munich</a>」にもなっているので、興味のある方はご覧になっていただきたい。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■麻生財務相が出場したモントリオール大会もボイコットあり</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　麻生財務相は1980年の夏季モスクワ大会をボイコットということで呪われた五輪としているが、1984年の夏季ロサンゼルス大会もモスクワ大会のボイコットの報復としか思えない旧ソ連を中心とした東側諸国によるボイコットがあり、当時、「片肺五輪」などと呼ばれた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　また、麻生財務相が出場した1976年の夏季モントリオール大会はアフリカ諸国がボイコットし、出場国は92にとどまった。ちなみにその前の1972年の夏季ミュンヘン大会は121の国と地域が参加している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　アフリカ諸国のボイコットは少し複雑なのだが、当時、アパルトヘイト（人種隔離）政策で世界から孤立していた南アフリカに、ラグビーのニュージーランド代表（オールブラックス）が遠征したことが原因。ニュージーランドが五輪に出場することにアフリカ諸国が抗議のため、ボイコットしたのである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　以上、僕が知る限りの、呪われた五輪である。別に麻生財務相の揚げ足を取ろうという訳ではなく、呪われているのは決して40年毎だけではないというのをお分かりいただきたいという、どうでもいい話である。</span></p>
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