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	<title>塩谷丸山 | 令和電子瓦版</title>
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	<description>政治、社会、運動、芸能など、様々なジャンルのニュース＆オピニオンサイトです</description>
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	<title>塩谷丸山 | 令和電子瓦版</title>
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	<item>
		<title>免職教師の叫び（38）もはや茶番「山頂の口淫」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 23 Aug 2022 11:42:15 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[石田郁子]]></category>
		<category><![CDATA[鈴木浩]]></category>
		<category><![CDATA[塩谷丸山]]></category>
		<category><![CDATA[免職教師の叫び]]></category>
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					<description><![CDATA[　1994年夏、山頂付近の岩場でわいせつな行為が行われたという塩谷丸山を訪れたレポートの続編をお届けする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　1994年夏、山頂付近の岩場でわいせつな行為が行われたという塩谷丸山（小樽市）を訪れたレポートの続編をお届けする。当時高校１年生だった石田郁子氏（写真家）が主張するわいせつ行為が行われたとする現場はゴツゴツした岩が転がる場所で、落ち着いて行為を行うには極めて困難と思われる場所であった。果たしてこのような場所で言われるような行為があったのか考察する。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■わいせつ行為の舞台とされた場所</span></strong></span></p>
<div id="attachment_14058" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/top.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-14058" class="wp-image-14058" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/top-300x225.jpg" alt="" width="220" height="165" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/top-300x225.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/top.jpg 567w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-14058" class="wp-caption-text">塩谷丸山の山頂</p></div>
<p style="text-align: left;"><span class="Apple-converted-space"> </span><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　前回で示した標高629ｍの塩谷丸山への登山と聞いて、多くの人が抱くであろうイメージについて（１）～（３）については、それが誤りであることは指摘した。今回は（４）についての考察である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（４）山頂付近の岩場では、口淫をするような場所がある。（参考・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20220821/">連載（37）山頂付近で口淫の信憑性</a>）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　登山道の入口で入山届を書いてからおよそ80分。整備されていないため登るのも一苦労の登山道を上がったせいで息が切れ、全身汗まみれになりながら、ようやく辿り着いた山頂は拍子抜けするほど簡素なものであった。「塩谷丸山 629ｍ」と記された木製の小さな看板と、八角柱で上部が円形の方位を示すオブジェが置かれているだけ。広さは８～12畳（約16.6～21.9平方ｍ）ほどか。ごく狭いスペースで、地面には大きな岩がゴロゴロと転がっている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　無粋と言えるような光景にはベンチなど休む場所はなく、登山者は岩に直接腰掛けるか、あるいは八角柱のオブジェに腰を下ろすしかない。そのオブジェは小樽山岳連盟が寄贈し、2012年に設置とされているため、石田氏が登ったとする1994年には存在していない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　前回同様、石田氏の主張を示そう。鈴木氏と札幌市教委を相手に損害賠償を求めた訴訟で提出された訴状には、以下のように記述されている。</span></p>
<div id="attachment_14059" style="width: 210px" class="wp-caption alignright"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/1300f40cb6582e518c31c61f7c35c8b0.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-14059" class="wp-image-14059" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/1300f40cb6582e518c31c61f7c35c8b0-300x189.jpeg" alt="" width="200" height="126" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/1300f40cb6582e518c31c61f7c35c8b0-300x189.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/1300f40cb6582e518c31c61f7c35c8b0.jpeg 567w" sizes="(max-width: 200px) 100vw, 200px" /></a><p id="caption-attachment-14059" class="wp-caption-text">頂上付近の岩場にしゃがみ込む筆者</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">「1994年（平成６）年８月２日にも、小樽市にて山登りに誘い、頂上近くの岩場で、被告●●（鈴木氏の本名、筆者註）は原告（石田氏のこと、筆者註）に対し、被告●●自身の性器を口にくわえるように指示し、口腔性交を行った。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　通常の感覚であれば、石田氏の言う「頂上近くの岩場」は、この山頂付近に広がる岩場と判断されるであろう。その岩場がどのようなものかは写真を見ていただきたい。様々な大きさの岩、最大のもので長径が50ｃｍを超えるようなものが不揃いに、転がっている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この場所で口淫を行うことを想像していただきたい。どのような体勢で行うかと考えれば、この岩場に男性が横たわることは考えられず、男性が立ち、女性が膝をつく姿勢が自然である。そこで実際に筆者がしゃがみこめそうな場所を選んで膝をついてみた。すると、思わずバランスを崩し、不安定な姿勢で岩の間に足を入れる形になった。この姿勢を行為の間（短くて３分程度か）保つのはかなり難しいと感じられた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　写真で筆者が笑みを浮かべているのは「この姿勢で、できるわけないだろう」といった趣旨のことを口にしながら失笑したせい。女性が岩に腰掛け、男性がその直前に立つ形も可能かもしれない。しかし、岩の上に３分程度座り、上半身だけを動かして口腔”性交”を行えば、臀部が痛くなるのは明らかで、中腰の姿勢を保つのも辛く、そのようなアクロバットのような性的行為を高校１年の女子がこなせるとも思えない。しかも、山頂到着時に汗まみれであったに違いない男性器を口に入れるのである（参考・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20220821/">連載（37）山頂付近で口淫の信憑性</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■もう１つの「頂上付近の岩場」<span class="Apple-converted-space"> </span></span></strong></span></p>
<div id="attachment_14060" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/f9e08329885531fc994f51873445d300.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-14060" class="wp-image-14060" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/f9e08329885531fc994f51873445d300-300x190.jpeg" alt="" width="220" height="140" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/f9e08329885531fc994f51873445d300-300x190.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/f9e08329885531fc994f51873445d300-768x487.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/f9e08329885531fc994f51873445d300.jpeg 850w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-14060" class="wp-caption-text">塩谷丸山の見晴台</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　このように「頂上付近の岩場」である山頂で口淫をすることは、岩場の状況を考えると現実的ではない。そうなると、石田氏が示した場所は別にあるのではないかという疑問も生じる。実は、頂上の近くにもう１箇所、岩場が存在する。それが山頂からおよそ60ｍ離れた「見晴台」である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　塩谷丸山を紹介するサイトなどを見ると、その多くが見晴台の景色を掲載している。連なる山や下に広がる町の全景、石狩湾を一望する絶景が楽しめるポイントで、登山者は通常、この場所を目的に訪れると言っていい。祠（ほこら）と、海が見えることから豊漁と安全を祈願したのか、錨（いかり）が鎮座しており、記念撮影をするにも絶好の地点である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　見晴台は頂上よりはるかに広い場所で、多くの人が滞留すると思われる。そして山頂以上の剥き出しの岩が折り重なっているのは写真を見ての通り。この場所も「頂上近くの岩場」と考えることは可能であろうが、そこで口淫をすることは岩場が山頂付近より険しいという状況、滞留者が多いという状況を考えても山頂よりも困難と言えるであろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■わいせつ行為を見て誰も何も言わない？</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ここで見晴台と山頂の位置関係を確認しておこう。イメージ図を作成したので、ご覧になっていただきたい。塩谷丸山の登山道は２つあるが、ほとんどの登山者はＪＲ塩谷駅の方向から入る登山道を利用する。９割ほどであるとするサイトも存在する。</span></p>
<div id="attachment_14061" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/8e7e0dcce53294c44a2aa80d4e6f0a76.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-14061" class="wp-image-14061" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/8e7e0dcce53294c44a2aa80d4e6f0a76-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/8e7e0dcce53294c44a2aa80d4e6f0a76-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/8e7e0dcce53294c44a2aa80d4e6f0a76-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/8e7e0dcce53294c44a2aa80d4e6f0a76.jpeg 1020w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-14061" class="wp-caption-text">塩谷丸山頂上付近のイメージ図</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　つまり、多くの登山者はまず山頂に着き、そこから60ｍ先の見晴台を目指すことになる。そして、見晴台に滞留した登山者は、下山を開始する時に山頂の横の登山道を通ることになる。もちろん、逆の登山道から入ってきた登山者は見晴台を通り、60ｍ先の山頂を目指すことになる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　いずれにせよ、山頂で３分間口淫をしている間に、その横を山頂を目指す人、見晴台を目指す人、下山する人が通ることになる。山頂での口淫は公然わいせつ罪（刑法174条）が成立し、他人が見れば、眉を顰めるだけでなく「みっともないことはやめろ」「別の場所でやれ」などと怒鳴りつけてくることも予想される。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そのような状況が容易に想像がつき、中学教師である鈴木氏がわざわざそのようなリスクを冒してまで行為を指示するというのも考えにくい。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　塩谷丸山にはほとんど登山者などいないのではないか、という考えもある。確かに筆者が登った８月20日（土）には下山時（14:07）、入山届に記されている入山者は３組７名しかいなかった。これは当日の天候が曇りと雨の予報で雷注意報も出されていたことが影響したのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　しかし、前日８月19日（金）は8:45から13:15までの４時間30分の間に27組51人が入山届に記載している。以前、小樽山岳連盟に電話で問い合わせところ「入山届を記載せずに入山する人も存在する」（担当者）とのことで、少なくとも51人が４時間30分の間に入山していたのは間違いない。石田氏が登ったとする1994年８月２日（火）のデータは残っていないが、天候は曇り一時雨（ただし降水量は０ｍｍ、気象庁HP・過去の気象データより）で、一定数の人数が滞留していた可能性は否定できない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■わいせつ行為を再現してみると…</span></strong></span></p>
<div id="attachment_14029" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/f0832846247be3ff248cabe8e3a05c85.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-14029" class="wp-image-14029" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/f0832846247be3ff248cabe8e3a05c85-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/f0832846247be3ff248cabe8e3a05c85-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/f0832846247be3ff248cabe8e3a05c85-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/08/f0832846247be3ff248cabe8e3a05c85.jpg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-14029" class="wp-caption-text">塩谷丸山の遠景（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　前回の連載でも摘示した事実を加え、ここまで明らかになったことから石田氏の言うわいせつな行為を再現してみる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><em><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　昼過ぎまで札幌市中央区の「さいとうギャラリー」で友人と話をしていた鈴木氏は、その後、石田氏と会って登山することを噯（おくび）にも出さず、石田氏と待ち合わせ２時間近くかけて塩谷丸山へ向かう。</span></em></p>
<p style="text-align: left;"><em><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　スポーツのように激しく発汗する運動と言える登山をこなした後で、頂上近くの岩場で鈴木氏は汗まみれの男性器を出して高校１年生の石田氏に口淫を指示する。</span></em></p>
<p style="text-align: left;"><em><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　性的経験の少ない女子高生は足場の悪い中、不安定な姿勢のまま一定の時間（３分程度か）、男性器を口に入れて口腔性交をする。その間、多くの人が滞留していると思われる見晴台や、山頂や見晴台を目指す登山者から見られることはなく、見られたとしても「やめろ」とも言われない。</span></em></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この出来の悪い成人向けの映画のようなシチュエーションを、鈴木氏を免職させるため、損害賠償を求めるため、石田氏は札幌市教委や東京地裁に訴え出たのである。結論を申せば、上記（４）「山頂付近の岩場で口淫するような場所がある」についても、実際に取材してみた感覚ではあり得ない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　現在、鈴木氏は免職処分の取り消しを求めて札幌市人事委員会に審査請求をしている。あくまでも免職が妥当であるとする市教委には、一度、塩谷丸山に登ることをお勧めする。そうすれば石田氏が脳内で組み立てたと思われる妄想が現実にあり得るかどうか、今までと違う考えもできるというもの。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そうせずに、書類だけ見てそれを事実と判断する考えを変えないのであれば、石田氏の言い分と同様、市教委の判断とそれに基づく処分は茶番と言うしかない。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（次回<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20230312/">最終回</a>）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20220821/">第37回</a>に戻る）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210607/">第１回</a>に戻る）</span></p>
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			</item>
		<item>
		<title>免職教師の叫び（15）劣化した看板が語る真実</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/society/20210726/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/society/20210726/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 25 Jul 2021 15:05:05 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[石田郁子]]></category>
		<category><![CDATA[鈴木浩]]></category>
		<category><![CDATA[塩谷丸山]]></category>
		<category><![CDATA[オコタンペ湖]]></category>
		<category><![CDATA[免職教師の叫び]]></category>
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					<description><![CDATA[　中学・高校時代に教師から性的被害を受けたとする石田郁子氏が公開した写真の年代特定に、新たな証拠が出た。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中学・高校時代に教師から性的被害を受けたとする<a href="https://reiwa-kawaraban.com/tag/石田郁子/">石田郁子</a>氏が公開した写真の年代特定に、新たな証拠が出た。1999年10月にオコタンペ湖の展望台を撮影した貴重なショットが見つかり、年代特定がしやすくなるとともに、再検討の必要が生じた。撮影者からの転載許可もいただけたことで、第13回で行った検討をいったん白紙に戻し、新証拠を加えて再度検討する。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■オコタンペ湖展望台1999年夏</span></strong></span></p>
<div id="attachment_11267" style="width: 230px" class="wp-caption alignright"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-1.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-11267" class="wp-image-11267" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-1-300x120.jpeg" alt="" width="220" height="88" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-1-300x120.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-1-768x307.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-1.jpeg 866w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-11267" class="wp-caption-text">フジテレビで紹介された写真①と写真②</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space"> </span>　写真家の石田郁子氏（43）は高校３年の頃（1995年）に、元教師の鈴木浩氏（仮名）と撮影したとする写真をフジテレビに提供、それが昨年９月30日に同系列のニュース番組で紹介された（写真①、写真②）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　上記の写真の撮影場所はオコタンペ湖（千歳市）の展望台であることは分かっており、看板と柵の工事の記録から2000年夏以前に撮影されたものであることは確実である（参照：連載第13回<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210722/">オコタンペ湖の謎</a>）。</span></p>
<div id="attachment_11362" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/okotanpe.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-11362" class="wp-image-11362" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/okotanpe-300x199.jpeg" alt="" width="220" height="146" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/okotanpe-300x199.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/okotanpe-768x510.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/okotanpe.jpeg 866w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-11362" class="wp-caption-text">写真③（川本一俊氏提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　今回、外部から情報提供があり、1999年10月10日に撮影された同所の写真の存在が明らかになった（写真③）。これはある旅行好きの夫婦が「<a href="http://kawakaplan.web.fc2.com/kk_menu.html">夫婦二人の山歩き</a>」というブログで公開していたものである（写真転載については、ブログ主の川本一俊氏の了解を得ています）。この看板と石田氏の写真の看板を見ると、石田氏の写真の方が先に撮影されていると思われる。</span></p>
<div id="attachment_11363" style="width: 174px" class="wp-caption alignright"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/63462c64136fe2bad5e7d3020952ceab.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-11363" class="wp-image-11363" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/63462c64136fe2bad5e7d3020952ceab-247x300.jpeg" alt="" width="164" height="200" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/63462c64136fe2bad5e7d3020952ceab-247x300.jpeg 247w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/63462c64136fe2bad5e7d3020952ceab.jpeg 712w" sizes="auto, (max-width: 164px) 100vw, 164px" /></a><p id="caption-attachment-11363" class="wp-caption-text">写真②と写真③の比較</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もともと、「オコタンペ湖」の看板は、1984年撮影時の写真（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-2.jpeg">連載第13回写真④</a>）から分かるように、焦茶色であった。それが経年の劣化で脱色していった</span><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">。写真②と写真③を比較すると、まず、矢印で示した写真②の石田氏の頭上にある黒の楕円形は、写真③では白く変色している。また、赤い丸で囲った苫小牧営林署の「苫」の文字は、写真②の方が見やすい。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　このような変化について北海道で生まれ育った鈴木浩氏は「オコタンペ湖のあたりは雪も深く、あの看板も冬の間はずっと雪に埋もれているはずです。そのため、こうした看板は劣化が激しく、10年も経てば色が落ちてしまいます」と話す。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　劣化の程度を考えると写真②は写真③より前に撮られたのは明らか。また、写真②の季節は夏で、1999年に撮影されたとすると、わずか２～３か月で写真③のレベルで劣化したことになる。雪に埋もれていない２～３か月での劣化の程度としては激しすぎると言え、おそらく1998年以前の撮影と思われる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■1998年秋に超短髪にした石田氏</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　石田氏が主張する1995年から、念の為1999年までの５年間の中で、撮影された可能性が高い年代を探っていく。1999年は、石田氏も鈴木氏も交際期間は終わっているとしているため、２人が同時に写る形での写真は存在する可能性はないが、写真が合成された可能性を考えると、石田氏が１人で撮影した可能性はゼロではない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　しかし、前述のように看板の劣化具合から1999年撮影と考えることは難しい。さらに石田氏は1998年秋に髪の毛を極端に短くしており、1999年夏に肩まである髪になっている可能性はない。これは、鈴木氏と石田氏の共通の友人である松永なおみ氏（仮名、参照：連載第12回<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210706/">CAN YOU CELEBRATE？</a>）が石田氏がアルバイトとして勤務する焼肉店に行った時に気付いたものである。松永氏から話を聞かされた鈴木氏は言う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「石田は●●駅の近くの焼肉屋でアルバイトをしていたようです。交際が終わった1998年秋ぐらいに松永なおみさんが店に行ったら、石田は坊主頭で働いていたそうです。松永さんが驚いて『どうしたの？』と聞くと『お客さんの前に出られないから、裏で食器洗いしてるんだ』と言ったそうです。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　石田氏の内心は知る由もないが、鈴木氏から交際を打ち切られたことで傷つき、自暴自棄になっていたのかもしれない。1998年秋に”坊主頭”にしたのに、写真①、②では髪は肩まである。ウイッグかもしれないが、ウイッグをするぐらいなら髪は切らないと思われる。実際に、焼肉屋では短髪のままアルバイトをしていた。その意味からも写真①、②が1999年に撮影された可能性はないと言っていい。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■1995年撮影説の苦しさ</span></strong></span></p>
<div id="attachment_11364" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/3.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-11364" class="wp-image-11364" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/3-300x167.jpeg" alt="" width="220" height="122" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/3-300x167.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/3.jpeg 650w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-11364" class="wp-caption-text">写真④（フジテレビ画面に一部加工）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　次に1995年。これについて鈴木氏は「高３の時に（石田氏から）『親のこととか悩んでいるけど、勉強するから先生にも連絡しない』と言われました。半年とか８か月とか長期間、プツッと連絡が途絶えました。次に連絡が来たのは、大学入学後です。入学式が終わって北大が…という話をしていましたから」と話していた。その点から1995年に２人でオコタンペ湖に行く可能性はないと言える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space"> </span>　この話は現在、閲覧制限がかけられている診療経過記録に石田氏の話として掲載されているという話もあり、鈴木氏はその件についてノーコメントとしている（以上、参照：連載第６回<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210618/">疑惑の交際写真</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また、フジテレビの報道の変遷も1995年説を否定する方向へ働く。昨年９月30日、Live News daysでこの問題が報じられ、写真②を紹介した時には「高校３年時」と明記されていた（写真④）。ところが、現在、FNNプライムオンラインに掲載されている写真では、「高校３年生の頃」とされている（写真①）。裁判資料などから高校３年の時と断定できない状況が発生したと考えるのが普通であろう（参照：<a href="https://www.fnn.jp/articles/-/89808">性暴力を受けた少女は「交際」と信じた　教師のわいせつはなぜ裁かれなかったか</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　オコタンペ湖の展望台は観光地と呼ぶにはあまりにお寒い場所。土産物屋はもちろん、ベンチもトイレもなく、当然、訪れる人もほとんどいない。電車もバスも通っておらず、千歳駅からバスで１時間かけて支笏湖温泉に行き、そこからタクシーで30分。大学受験前という事情に加え、金銭的な面からも高校３年生の石田氏が一人で行ける場所ではない。写真が鈴木氏の姿をはめ込んだ合成だったとしたら、１人でオコタンペ湖に行ったことになるが、そのようなことは無理であろうし、そもそもオコタンペ湖に行く理由がない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■1996年オコタンペ湖に行く理由</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　次は1996年、石田氏は大学１年になっている。春先に鈴木氏は「北大に合格しました」という電話を受け、再びファミリーレストランなどで相談に乗るようになったが、交際には至っていない。一方、石田氏は性交を行うようになったとする年齢である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この点、共通の友人である松永なおみ氏が石田氏を恋人として紹介されたのが1997年夏であり1998年夏頃まで自宅での焼肉会で交際している状況を確認できていたと話しており、1996年は交際していたが1997年７月には別れたという石田氏の主張は疑わしい。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また、石田氏が１人で、もしくは友人とドライブで行くということも考えにくい。道内に多くの有名観光地がある中、わざわざオコタンペ湖に行く理由がないのは1995年の場合と同様である。鈴木氏によれば、石田氏は北大入学後、美術部黒百合会に入ったという。同部では例年夏に合宿を行っているそうで、その中でオコタンペ湖に行った可能性がありそうだが、念の為、黒百合会のOBOG組織に問い合わせたところ、石田氏について「当会には所属しておりません、過去にも会員になったことはありません。…（夏合宿で）オコタンぺ湖にいく計画をしたことがありませんし…」という回答であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして考えていくと、写真①、②の撮影時期は1997年か1998年のいずれかということになる。鈴木氏によれば交際期間であり、鈴木氏の自動車を利用すれば行くこと自体は困難ではない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　しかし、鈴木氏は「絶対に２人で行っていない」とする。鈴木氏が行ったのに「行ってない」と嘘をつくメリットはないことは既に論じた（参照：連載第13回<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210722/">オコタンペ湖の謎</a>）。もし、行っているなら行ったと言い、写真①、②は「1995年ではなく1997（８）年に行ったもので、石田氏は嘘をついている」と、逆に相手の主張が虚偽であることを主張できる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その機会を放棄してまで「行ってない」と言うのであれば、少なくとも鈴木氏は本当に行っておらず、石田氏が１人で行って撮影したのではないかという考えも成立しそうである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そうなると引っ掛かるのは1995年、1996年の時に示した「オコタンペ湖に行く理由」が1997年と1998年にはあるのか、という点である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■オコタンペ湖の存在を意識した時期</span></strong></span></p>
<div id="attachment_11365" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/2d163f8654a66d728d63b27c9a5cb67d.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-11365" class="wp-image-11365" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/2d163f8654a66d728d63b27c9a5cb67d-300x212.jpg" alt="" width="220" height="156" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/2d163f8654a66d728d63b27c9a5cb67d-300x212.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/07/2d163f8654a66d728d63b27c9a5cb67d.jpg 644w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-11365" class="wp-caption-text">塩谷丸山の山頂付近から（1990年頃撮影、提供・鈴木浩氏＝仮名、友人と登頂した際に撮影）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　鈴木氏は交際を始めてから、自分が行った場所を自慢げに石田氏に話すことが多かったという。石田氏が「頂上付近でわいせつな行為をさせられた」とする塩谷丸山にも、他の友人と何度か登頂したことがあり、話をしたという。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　オコタンペ湖の展望台についても同様である。鈴木氏は友人と車で何度か展望台の前を通ったことがあり、その時の話を交際中にすることが多かった。そこで石田氏が同地の存在を認識したのは間違いないと思われる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　鈴木氏は言う。「そもそも1998年夏に石田が東京に１人で行くと言い出したのも、僕が以前、１人で東京の美術館巡りをして、しきりに『楽しかった』と言ったことが理由でした。当時は交際していたので『一緒に（東京に）行こうよ』と言ったのですが、石田は『あなたが１人で美術館を回って楽しかったと言うから、私も１人で行って楽しみたい』と言いました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　石田氏は今風に言えばインスパイアされやすい人だったのかもしれない。そうした流れの中、石田氏がオコタンペ湖の展望台に行ったとしても不思議はなく、行くとしたらオコタンペ湖の存在を意識させられた1997年以降であろう。そう考えると特段、人を惹きつける観光地ではないオコタンペ湖展望台に行くのも頷ける。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もしかすると、石田氏は一人で塩谷丸山に行って写真を撮影しているかもしれず、その時の写真に鈴木氏の姿を組み合わせることもできたはず。しかし、塩谷丸山に行ったと主張しているのは1994年夏、高校２年の時と裁判で明らかにしている点が問題になる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　交際中に塩谷丸山の話を聞いて行こうと思って、頂上付近で写真撮影をしても1997年か1998年の大学２、３年の時の自分の姿を「高校２年の時」と言うのはさすがに無理がある。そのため、使えないという事情があったのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■1997、1998年撮影が有力</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　以上の点から、写真①、②は1997年夏か1998年夏に撮影されたものであることは間違いないと思われる。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; color: #000000;">　そして、２人で行って２人で写ったのだとすれば、「行ってない」という鈴木氏も「1997年７月に交際が終わった」とする石田氏とともに虚偽を言っていることになるが、鈴木氏が虚偽を述べるメリットがないことは前述した。そうなると、石田氏が１人で行ったことになり、写真は鈴木氏の姿をはめ込んだ合成ということになる。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210808/">第16回</a>へ続く）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210607/">第１回</a>に戻る）</span></p>
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		<title>免職教師の叫び（９）妄想と迎合</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 27 Jun 2021 15:03:52 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[石田郁子]]></category>
		<category><![CDATA[鈴木浩]]></category>
		<category><![CDATA[塩谷丸山]]></category>
		<category><![CDATA[金沢美術工芸大学]]></category>
		<category><![CDATA[免職教師の叫び]]></category>
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					<description><![CDATA[　中学の教師である鈴木浩氏（仮名）は2015年11月に受けた石田郁子氏からの電話に戸惑いを隠せなかった。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　中学の教師である鈴木浩氏（仮名）は2015年11月に受けた<a href="https://reiwa-kawaraban.com/tag/石田郁子/">石田郁子</a>氏からの電話に戸惑いを隠せなかった。別れる際のストーカーのようなつきまとい、妄想話を延々とされる煩わしさ・怖さが、別れてから17年という時を経て突然、職場に自分を指名しての電話で感じることは当然である。そのような状況下、鈴木氏は石田氏の会いたいという申し出を受けることを決めた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■石田郁子氏「本来は性暴力として裁かれるべき違法な行為」</span></strong></span></p>
<div id="attachment_10989" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/70f67d591f25e92849c5bc811c6b4cf9.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10989" class="wp-image-10989" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/70f67d591f25e92849c5bc811c6b4cf9-300x173.jpeg" alt="" width="220" height="127" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/70f67d591f25e92849c5bc811c6b4cf9-300x173.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/70f67d591f25e92849c5bc811c6b4cf9-1024x591.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/70f67d591f25e92849c5bc811c6b4cf9-768x443.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/70f67d591f25e92849c5bc811c6b4cf9.jpeg 1134w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-10989" class="wp-caption-text">テレビ出演時の石田郁子氏（フジテレビ画面から）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　石田郁子氏が2015年11月、鈴木氏が勤務する中学に架電し、会うことを申し入れたことは裁判資料でも、その後のメディアの取材でも明らかにされている。2019年２月、東京地裁民事部に提出した訴状から事実をピックアップしよう。「　」内は訴状からの引用である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　石田氏は中学３年・高校（1993年３月～1996年３月）と鈴木氏からわいせつな行為を受け、大学生になると性交をするに至ったが、（大学２年時の）1997年７月にそうした関係は解消された。2015年５月、たまたま児童に対する性暴力事件の裁判を傍聴する機会があった。裁判を傍聴し、自らが受けた行為は「本来は性暴力として裁かれるべき違法な行為」と感じるようになり、その頃から精神的に不安定な状態になった。2015年11月頃からカウンセリングを開始。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　そのような状況の中、直接、鈴木氏に会って「過去の行為をどのように捉えているのか訊いてみたいと考え」、11月24日に架電したというものである。メディアに対しても概ね、同じ説明をしている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　これに対して鈴木氏は、中学３年・高校時代にはそのような関係は全くなかったとする。石田氏が高校生の頃は年に数回、連絡を受けて家族のことなどの相談に乗っていただけ。1997年６月か７月に石田氏の申し出によって交際が始まり、１年後の1998年秋に終了する。別れを告げた際に、石田氏は中学３年・高校の頃にわいせつな行為（塩谷丸山の頂上付近で口腔性交をした等）をしたと全く事実ではない妄想を語り出し、電話番号を書いた紙を投げつけるなど半狂乱の状態になったかと思うと、突然笑顔になって話しかけるなどの異常な反応を見せた（参照：連載第３回・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210611/">妄想と現実の狭間</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　さらに別れを告げた後も３、４回電話をかけてきて押しかけたり、自宅前で待ち伏せをしたり、鈴木氏が新たに交際を始めた女性のアパートに押しかけたり、迷惑行為を繰り返した（参照：連載第８回・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210627/">ホラー映画の如く</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■もし「会う気はない」と断っていたら…</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　石田氏が11月24 日とする架電時の様子は録音されていたようで、そのやり取りの一部始終が裁判で証拠として提出されている（甲27号証の２）。文字にされたやり取りを見る限り、鈴木氏が困惑している様子は感じられない。待ち合わせの際に連絡が取れなくなることを心配し、鈴木氏の携帯電話から石田氏の携帯電話へ、いわゆる”ワン切り”をして着信履歴を残すようにしているほどである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　文面を見る限り、実は鈴木氏も会うことに前向きだったのではないかという考えもできなくはない。この点について鈴木氏は以下のように説明した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　「もしも『会う気はない』と断ったら、石田は勤務していた中学に来たでしょう。さらに僕の自宅と自宅の電話番号を探して、家に来たと思います。今は個人情報は厳しいですが、５、６年前だったら、関係者に電話すれば番号は教えてくれましたから。ここ２、３年はかなり厳しくなりましたが、当時はそうでもありませんでした。携帯の番号を教えたのは、教えたら家の電話は調べないだろうと考えたからです」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　過去の経緯からして電話で冷たい対応をして突き放すと、1998年秋に経験したストーカーのような行為に発展しかねない。職場や家族に「高校生の頃、鈴木先生に塩谷丸山の頂上付近でフェラチオをさせられて…」などと妄想を話し始められたら、平穏な生活が大きく乱されるのは目に見えている。そこで自分の所でこの話を止めよう、職場や家族を巻き込ませないようにしようという判断が働いたという趣旨である。会うことに前向きというのは、その意味では、その通りであったかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　鈴木氏は風の便りで石田氏が北大卒業後に他の大学に進学したと聞いていたが、電話があった後、ネットで検索し、金沢美術工芸大学に進んだことを突き止めた。そのことで嫌な予感はさらに高まったという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■石田氏の思惑通りの状況設定</span></strong></span></p>
<div id="attachment_10990" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/4fd4656575b071db605cd6aa434c2772.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10990" class="wp-image-10990" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/4fd4656575b071db605cd6aa434c2772-300x208.jpeg" alt="" width="220" height="152" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/4fd4656575b071db605cd6aa434c2772-300x208.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/4fd4656575b071db605cd6aa434c2772-1024x709.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/4fd4656575b071db605cd6aa434c2772-768x532.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/4fd4656575b071db605cd6aa434c2772.jpeg 1300w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-10990" class="wp-caption-text">鈴木浩氏（仮名）が描いた店内の間取りと２人の着席位置</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　２人が17年ぶりに顔を合わせたのは、2015年12月３日。待ち合わせは札幌市内の居酒屋が入ったビルの１階。日時も店も部屋も全て石田氏が予約したものであった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　鈴木氏は17年ぶりに会った石田氏から「今、精神科のカウンセリングを受けているんだ」と聞かされた（録音開始前の会話）ことで、石田氏の精神状態が少なくとも健康ではないことを確信した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　「『この人、今、ヤバい状態なんだ』と思いながら居酒屋の中に入っていきました。一目見て精神病だと分かるレベルではないにせよ、少なくとも普通ではないと。振り返ってみれば1998年の別れの時も、精神状態がおかしかったんだと思いました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　店内に入ると個室に通された。部屋の入り口の近くに石田氏が座り、鈴木氏は奥に閉じ込められる形になった。個室は数室あるが、他の個室からは話し声が聞こえるが、隣の個室は静まりかえっていた。（もしかすると、こちらの話を聞いているのかもしれない）という不安がよぎる。予約をした石田氏の思惑通りの状況設定に飛び込んでしまったことを後悔するも、時、既に遅し。鈴木氏は自分が危険な状態にあることを認識したという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　「石田と会う半年か１年ぐらい前、交際相手に硫酸をかけた女の話を新聞で読みました。それで劇薬をかけられたり、刃物で刺されたりしたら嫌だなと思っていました。僕も在籍していたから分かりますが、美術系の大学には劇薬が置いてあります。金属を腐食させて加工するための硫酸、塩化第二鉄などです。同様に加工するための刃物も少なくありません。ネットで彼女が金沢美術工芸大学に進学したと知り、居酒屋でも聞きました。その上、精神状態が普通ではないと分かりましたから『これは、危ない』と感じました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■感じる身の危険と迎合の決断</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　この段階で鈴木氏は、石田氏の妄想を否定し、そのことで彼女が半狂乱になったら劇薬や刃物を出してくるかもしれない、あるいは、隣の個室から男性が飛び出してきて危害を加えられるかもしれない、と、さまざまなパターンを想定したという。そのような危険な状態になったら躊躇することなく警察に電話をすることは決めていたが、そうならないようにしたいというのが本音であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　「『やだな』『気持ち悪いな』と思いましたし、本人が納得せずに家まで来られたらたまらないというのは考えていました。そのため『気持ちよく帰ってもらうしかないな』という結論に至ったわけです」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　こうして鈴木氏が石田氏の言い分に迎合せざるを得ない状況が整えられた。鈴木氏がさまざまなプレッシャーを受ける中、17年ぶりに会った石田氏との本格的なやり取りが始まる。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210630/">第10回</a>へ続く）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210627/">第８回</a>に戻る）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210607/">第１回</a>に戻る）</span></p>
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		<title>免職教師の叫び（７）中腰ポーズの謎</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 19 Jun 2021 11:59:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[石田郁子]]></category>
		<category><![CDATA[鈴木浩]]></category>
		<category><![CDATA[塩谷丸山]]></category>
		<category><![CDATA[ニセコ]]></category>
		<category><![CDATA[大通公園]]></category>
		<category><![CDATA[免職教師の叫び]]></category>
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					<description><![CDATA[　石田郁子氏がフジテレビに証拠として提供した写真は、不可解な構図である。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　中学・高校時代に性的被害に遭ったとする<a href="https://reiwa-kawaraban.com/tag/石田郁子/">石田郁子</a>氏がフジテレビに証拠として提供した写真は、不可解な構図である。当時、中学校の教師だった鈴木浩氏（仮名）はカメラに対して横向きで中腰となり、左足を浮き上がらせる、記念に撮影した写真に相応しくないポーズ。ここに写真の秘密が隠されているように思う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■鈴木氏が見たことがない証拠写真</span></strong></span></p>
<div id="attachment_10903" style="width: 230px" class="wp-caption alignright"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/GzT9uQqn-small.png"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10903" class="wp-image-10903" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/GzT9uQqn-small-300x188.png" alt="" width="220" height="138" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/GzT9uQqn-small-300x188.png 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/GzT9uQqn-small.png 554w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-10903" class="wp-caption-text">写真①石田氏が高３の頃に撮影とされる（FNNプライムオンラインから）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　問題の写真（便宜的に写真①とする）は前回の連載「免職教師の叫び（６）<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210618/">疑惑の交際写真</a>」でもお伝えしたが、石田氏がフジテレビに取材に応じ、提出したものである（参照：<a href="https://www.fnn.jp/articles/-/89808">性暴力を受けた少女は「交際」と信じた　教師のわいせつはなぜ裁かれなかったか</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　写真①を見て最初に感じるのは、鈴木氏とされる人物の不可解なポーズ。中腰で横向きになって両手を直角より少し開いている。石田氏が交際していたと誤認していた時期の写真というのであれば、２人が並んで笑顔を見せている写真を提出するのが普通である。それをなぜ、このようなポーズの写真を選んだのか。</span></p>
<div id="attachment_10835" style="width: 190px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/09bbc67ecb3712daf0966a96c43dfd95.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10835" class="wp-image-10835" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/09bbc67ecb3712daf0966a96c43dfd95-300x180.jpeg" alt="" width="180" height="108" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/09bbc67ecb3712daf0966a96c43dfd95-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/09bbc67ecb3712daf0966a96c43dfd95-1024x614.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/09bbc67ecb3712daf0966a96c43dfd95-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/09bbc67ecb3712daf0966a96c43dfd95.jpeg 1134w" sizes="auto, (max-width: 180px) 100vw, 180px" /></a><p id="caption-attachment-10835" class="wp-caption-text">石田氏と交際当時の写真（提供：鈴木浩氏＝仮名）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　鈴木氏は写真①に写っている男性が自分自身であることの確信は持てないという。ただし、1990年代に着用していたズボンや靴は、写真のようなものがあったことは記憶しており、夏はノースリーブのＴシャツ１枚で過ごすことも少なくなかったそうである。実際に似たＴシャツを着た写真は連載第２回「<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210610/">決意した別れ</a>」の中でも紹介した（参照：連載内で紹介した石田氏の<a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/09bbc67ecb3712daf0966a96c43dfd95.jpeg">写真</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　そうした事情を考えると自分の可能性は高いが、この写真は見たこともなく、写真の場所で撮影したことも、このようなポーズで写真を撮ったことも記憶にないとする。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■なぜ塩谷丸山の写真を出さない</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　石田氏が高校時代に交際していたと思うような形で会っていたというのであれば、たとえば高２の夏に小樽市の塩谷丸山に一緒に登ったというのであるから、その際に撮影した写真を出せばいい。標高629m、山頂付近で口腔性交をしたと主張しており、そこで撮った記念写真を出せば、少なくともその場に２人はいた証明にもなる。ハイキングのような山登りに行く際にカメラを持っていかない人の方が少ないのではないか。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　そのような写真を出してこないということは、鈴木氏が主張するように高校時代に２人で写真を撮影する機会がなかったことを推認させる。鈴木氏によると交際が始まったのは石田氏が大学２年だった1997年６月か７月。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　２人で写真撮影をするようになったのは交際開始以後である。そのため、石田氏が出せるとすれば、大学２年以後の写真しかない。その時の写真を「高校３年の頃の写真です」として出したのが写真①という推測が成り立つ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■中腰のポーズの謎と写真シェアのシステム</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　ここからが本題、中腰のポーズの謎である。写真①が撮影されたと考えられる1997年から1998年当時は、スマートフォンもデジタルカメラも普及しておらず、ほとんどがフィルム撮影であった。スマートフォン、デジタルカメラでは撮影した写真はその場で簡単にシェアできる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　しかし、フィルム撮影の場合、写真をシェアするのも一苦労である。撮影後、写真店でネガを現像し、プリントしてもらう必要があり、通常２、３日を要する。しかも一緒に撮影した人に渡す分は焼き増し（ほぼ死語になっているが）、即ち追加料金を支払いプリントを依頼する必要があった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　ここで写真①について、（１）誰のカメラで撮影されたか、（２）誰が撮影したのか、を考えていただきたい。（１）については鈴木氏がこの写真を持っておらず、石田氏が公開したということは、ネガ（フィルム）もカメラも石田氏の所有であることは疑いない。問題は（２）。撮影する際に、近くにいる人に「シャッターを押してくれませんか？」と頼むことは少なくない。しかし、写真①に関してはその可能性は極めて低い。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　シャッターを押す役目を頼まれた人は、２人が並んでから「はい、チーズ」などと言ってシャッターを押す。それはデジタルカメラも同様。１人が中腰で横を向いた状態でシャッターを押すことは考えられない。フィルムは一度感光させてしまうとデータを上書きできないため、決して安くないフィルムを使った撮影ではシャッターの無駄押しは避ける。見ず知らずの人に頼まれた場合、その点は特に意識する。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　そう考えると、撮影者は近くにいた第三者ではない。考えられるのはオート撮影機能。当時のフィルム式のカメラにもこの機能は付いていた。これを使って写真を撮影した場合の失敗例として、ポーズを取る前にシャッターが切られてしまうパターンがある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　写真①で言えば、しゃがんでいる石田氏の横に鈴木氏が座り、二人でにっこりという態勢を取ってからシャッターが切られることを想定していたものと思われる。ところが、タイマーをセットした後、鈴木氏がもたついたのであろう。実際、当時はタイマーが作動し始めたことを認識できないことは少なくなかった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　この場合、石田氏のカメラを鈴木氏がボタンを押すのであるから、タイマーが作動したのを正確に認識するのは簡単ではない。この時もそうであったのではないか。鈴木氏はまさに石田氏の横にしゃがみ込もうとしたが、上記のような事情から想定していたタイミングから遅れてしまった。それがこの謎の中腰のポーズと思われる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■記憶に残る青と白のボーダーのシャツ</span></strong></span></p>
<div id="attachment_10911" style="width: 160px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/image0.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10911" class="wp-image-10911" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/image0-225x300.jpeg" alt="" width="150" height="200" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/image0-225x300.jpeg 225w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/image0.jpeg 480w" sizes="auto, (max-width: 150px) 100vw, 150px" /></a><p id="caption-attachment-10911" class="wp-caption-text">２人で行ったという大通公園（写真提供・鈴木浩氏＝仮名）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　フィルムカメラでは、撮影したショットがうまく撮れているかその場で確認できない。現像して初めてどのように写っているかが分かる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　半信半疑なら撮り直せばいいという考えもある。しかし、当時、フィルムは貴重品で１本が12枚撮り、20枚（24枚）撮り、36枚撮りが普通で、無駄な撮影はできないという考えは撮影者の共通認識としてあったと言っていい。結果的に同じショットが２枚撮影されてしまうリスクを避けるため、絶対に必要なショット以外は何枚も撮影しないものである。その結果、出来上がった写真を見て「あ、失敗しちゃった」と笑った経験のある人もいるのではないか。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　鈴木氏は「交際中（1997年６、７月～1998年秋）には何度か２人で撮影しました。（写真①で）石田が着ている服（薄い青と白のボーダー柄のシャツ）も交際中に着ていた記憶があります。会う時に、僕も石田もカメラを持ってきたことはありましたし、僕は三脚も持ち歩くことは少なくありませんでした」と交際時に写真撮影したことはあるとする。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　その際に、オート撮影も行ったという。「オート撮影は何度かしています。三脚にカメラを乗せた時もあれば、レンガの台のような所に直接カメラを置いたこともありました。オート撮影の際のシャッターを押すのは僕がやっていました。誤解を恐れずに言えば『こういうのは男がやるもの』という意識がありましたから。撮影した場所は大通公園、北大（ともに札幌市）、ニセコ（ニセコ町ほか）などです」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　ただし、石田氏のカメラでオート撮影したかまでは記憶が確かではないとのこと。「石田のカメラにもセルフタイマーが付いていたかどうか…。大分、昔のことなので、そのあたりははっきりとは覚えていません」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■失敗した写真を証拠として公開した理由</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　鈴木氏は写真①の場所で撮影した記憶はないとしているが、それはひとまず措くとしよう。中腰のポーズがオート撮影の失敗例だとしても、なぜ、その写真を石田氏が公開したのかという謎は残る。同時に、写真が右下がりになっているのも不自然。三脚で固定する、あるいは路上に置けば、このように傾いた写真にはならない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　まず、石田氏が高校生の頃に交際していたと誤認するような形で会っていたというのであれば、２人が並んで笑顔の写真を公開し「これは高３の頃」と偽った方が説得力がある。それをせずに、撮影としては失敗の写真①を出したのは、それなりの理由があるはず。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　写真を提供、公開した場合、鈴木氏が同じ写真を持っている場合には「それは石田が大学２、３年の交際時（1997年６、７月～1998年秋）に撮影したものだ」として、シェアされた写真を示して反論してくる恐れがある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　また、当時のフィルム写真には右下に日付が自動的に入るタイプが多く、その日付により写真に関する撮影時期（石田氏は写真①は高３＝1995年頃とする）が虚偽であるだけでなく、1997年７月に別れたという主張も虚偽であることが判明してしまう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　それらのリスクを避けるためには、石田氏は相手が絶対に持っていない写真を、自分の主張にとって都合が悪い1997年７月以降の日付が見えない状態で示さなければならない。フィルム写真をシェアする時は、出来上がった写真を見て「これを相手に渡そう」と決め、写真店でネガの番号を指定し、焼き増しをしてもらう。そのシステムからして、20年ほど前に撮影されたもので「絶対に相手に渡していない」と確信できる写真を選ぶとすれば、撮影に失敗して相手に渡していないことが分かっている写真である。写真①はまさにその条件に当てはまる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　しかも、日付を見えなくする必要があり、スキャン後、写真加工の段階で右下を隠すために右下がりの写真にしたことは想像に難くない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■石田氏の主張を証明する写真の不存在の可能性</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　以上、指摘した点は推測の部分が多いが、鈴木氏が「こんなポーズを取ったことはない」「この写真は見たことがない」という点は、上記のような理由で失敗した写真であったら、説明がつく。日付が見えない点も、写真全体が右下がりに傾いて右下にあったと思われる日付部分が見えなくなっている点も同様である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　繰り返すが石田氏が高校時代に交際と思っていて、実際は性的な被害を受けていたというのであれば、高校時代に撮影した写真を堂々と示せばいい。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　そうせずに、写真そのものからは時期が判明しない、しかも男性がおかしなポーズを取っていて、２人が親密な関係にあるのかが分からない写真を出すことは、石田氏の主張を証明する写真が不存在であることを思わせる。それは、石田氏の主張の信憑性の問題でもあることは言うまでもない。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210627/">第８回</a>へ続く）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210618/">第６回</a>に戻る）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210607/">第１回</a>に戻る）</span></p>
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		<title>免職教師の叫び（５）まるでＡＶ元教え子の証言</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 13 Jun 2021 15:05:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[除斥期間]]></category>
		<category><![CDATA[免職教師の叫び]]></category>
		<category><![CDATA[石田郁子]]></category>
		<category><![CDATA[鈴木浩]]></category>
		<category><![CDATA[塩谷丸山]]></category>
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					<description><![CDATA[　前回に続き、鈴木浩氏（仮名）から性的な被害を受けたとする元教え子の石田郁子氏の主張の信憑性を検討する。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　前回に続き、鈴木浩氏（仮名）から性的な被害を受けたとする元教え子の<a href="https://reiwa-kawaraban.com/tag/石田郁子/">石田郁子</a>氏の主張の信憑性を検討する。５つの指摘のうち、前回は前半の３点を検討したが、連載第５回では残る２点を見ていく。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■10月か12月 季節の異なる２日間で迷う？</span></strong></span></p>
<div id="attachment_10885" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/2fc4a087d9a1625ed6dd099aaa111e35.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10885" class="wp-image-10885" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/2fc4a087d9a1625ed6dd099aaa111e35-300x176.jpeg" alt="" width="220" height="129" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/2fc4a087d9a1625ed6dd099aaa111e35-300x176.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/2fc4a087d9a1625ed6dd099aaa111e35-768x450.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/2fc4a087d9a1625ed6dd099aaa111e35.jpeg 945w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-10885" class="wp-caption-text">競技用の自転車で疾走（写真提供は鈴木浩氏＝仮名）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　石田氏が主張する４点目と５点目は以下である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">（４）1993年10月か12月：鈴木氏のアパートでキスされ、口腔性交をした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">（５）1994年８月：小樽市の塩谷丸山に登り、山頂付近で口腔性交をした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　（１）から（３）ではキスや服を脱がされるなどの被害に遭っていたとする石田氏だが、（４）、（５）では性交に近い行為が行われたと主張している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">（４）の事実について</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【東京高裁の事実認定】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　1993年10月か12月に、鈴木氏のアパートで抱きしめられ、キスをされ、その後、口腔性交をした。さらに石田氏が母親に、15歳の頃、鈴木氏とキスをして、今は交際していると告げたところ、母親が鈴木氏に手紙を出し、鈴木氏は石田氏が好きだという趣旨の返信をした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【鈴木氏の反論】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　訴状では10月２日か12月12日となっていた。10月２日は学校祭の前で昼は美術部の大作制作、夜は学級の飾りつけ材料の白のポスターカラー等を購入のため、店舗を回っていた。12月12日は陶芸の展覧会の最終日で、午前９時の開会からずっと会場にいて、帰宅したのは夜遅くである。どちらの日も、アパートに連れてくる時間的余裕はない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　また、当時の自分の部屋はアトリエのように使っており、狭く乱雑で、友人以外は入室させなかった。また、そのような場所でわいせつな行為を行うスペースはない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　母親から手紙はもらっていないし、自分も手紙を出していない。５年前に市教委から自分が出したとする手紙を見せられたが、自分が書いたものではなかった。その手紙は裁判所には書証として提出されていない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【松田私見】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　訴状に書かれている10月２日と12月12日のいずれかであるという主張が合理的ではない。「<a href="https://weather.goo.ne.jp">goo天気</a>」で検索すると1993年10月２日の気温は最高15.5度、最低8.5度で午前中は雨で午後から晴れている。12月12日は最高3.7度、最低マイナス0.3度で午前中は晴れて午後から曇りになっている。最高気温で10度以上異なり、天候も異なるのに「どちらかの日」と迷うことがあるとは思えない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　母親が手紙を出したというのも、理解に苦しむ。娘が１年半前に卒業した中学校の教師とキスをしたと聞かされたら、まずは中学校に連絡するであろう。15歳の少女に男性教員がキスをした、交際していると聞かされたら、学校に知らせてその教員の処罰を求めるのが普通である。仮に手紙を出したとしても、教員が「お嬢さんのことが好きです」などという返事を出したら、保護者の怒りの炎に油を注ぐようなもの。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　特にこの（４）は、石田氏の話に信憑性がない部分である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■16歳の少女にAVのようなシチュエーション</span></strong></span></p>
<div id="attachment_10886" style="width: 230px" class="wp-caption alignright"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/892b35ef58d23bd0970c9806f8717822.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10886" class="wp-image-10886" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/892b35ef58d23bd0970c9806f8717822-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/892b35ef58d23bd0970c9806f8717822-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/892b35ef58d23bd0970c9806f8717822.jpg 640w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-10886" class="wp-caption-text">写真はイメージ（提供・鈴木浩氏＝仮名）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">（５）の事実について</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【東京高裁の事実認定】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　1994年８月に小樽市の塩谷丸山に登り、山頂付近で口腔性交をした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【鈴木氏の反論】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　訴状では８月２日となっている。その日は札幌市内のギャラリーを昼頃に訪れ、大学の後輩と会っていた。<a href="https://otaru.gr.jp/tourist/sioyamaruyamatozan68">塩谷丸山</a>はハイキング等で利用される人気スポットで、家族連れも多い。頂上付近には樹木がなく、隠れる場所はない。そのような場所でわいせつな行為ができるはずがない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【松田私見】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　見通しのいい山頂付近で口腔性交、まるで安物のアダルトビデオである。16歳の少女がそのような行為をするとは思えず、実際、19歳～20歳の頃の石田氏と交際していた鈴木氏は、彼女との間で口腔性交は一度もすることはなかったという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　塩谷丸山は標高629m、気軽に登れるハイキングコースではあるが、登山する際には入山届の提出が求められる。小樽市役所に問い合わせると2020年８月の入山届はおよそ1000人だったという。管理している小樽山岳連盟（HPなし）の連絡先を聞き、その点を電話で問い合わせると、登山道の入口で入山届を書いてもらっているという男性が話をしてくれた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　「入山届を出しているのは印象として７割程度。出さずに勝手に登っていく人もおり、実際に登っている人間はもっと多いと思う。ただ８月でも人出に波はあり、週末は多く、平日は少ない。雨が降るとほとんど人が入っていかないということもある。頂上付近は樹木がないので見通しが良い。家族連れもいる中、わいせつな行為をするというのは難しいと思う。ただ、塩谷丸山の登山道は２つあり、普通の人はあまり使わない、もう一方の方を少し下ればちょっとした物陰はある。もう一方の登山道を知っていたら、可能性はないとは言えない。もっとも、そういうことをしていた、目撃したという話は聞いたことがない。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　1994年８月２日は火曜日で天候は曇り。それほど多くはないにせよ、雨の日ほど少なくはないと思われる。見通しのいい場所で口腔性交、他の登山者に見つかれば、場合によっては公然わいせつ罪（刑法174条）で検挙されかねない。現役の教師が元教え子の16歳の少女にということになれば、検挙された時点で全てを失う。交際して常習的にわいせつな行為をしていたのであれば、そのような高リスクの行為を敢えてする必要があったのか疑問に感じる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■本人尋問がなかったことが影響か</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　以上のように（４）、（５）ともに疑わしい内容である。しかも物証はない。このような内容の主張が事実認定されてしまった理由の一つは除斥期間の経過で請求棄却という点にあると思われる。１、２審を通じて本人尋問が行われなかった。もし、除斥期間が経過していなければ、厳しい反対尋問にさらされて石田氏の主張は崩されていたかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　また、別れから17年経った2015年に、事実を聴きに来た石田氏に対して事実を認める発言をして、それを録音されたという事実が大きい。録音に関しては別の機会にお伝えする。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210618/">第６回</a>へ続く）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210612/">第４回</a>に戻る）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210607/">第１回</a>に戻る）</span></p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>免職教師の叫び（４）疑わしい元教え子の主張</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/society/20210612/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/society/20210612/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 12 Jun 2021 13:34:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[石田郁子]]></category>
		<category><![CDATA[鈴木浩]]></category>
		<category><![CDATA[北海道立近代美術館]]></category>
		<category><![CDATA[塩谷丸山]]></category>
		<category><![CDATA[免職教師の叫び]]></category>
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					<description><![CDATA[　元教え子にわいせつな行為をしたとして懲戒免職になった中学校の教師・鈴木浩氏（仮名）の連載第４回をお届けする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　元教え子にわいせつな行為をしたとして懲戒免職になった中学校の教師・鈴木浩氏（仮名）だが、問題とされた行為については裁判では全くの虚偽であると主張し続けた。連載の第４回は処分の理由とされた元教え子の<a href="https://reiwa-kawaraban.com/tag/石田郁子/">石田郁子</a>氏の主張した事実を検証する。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■認定された被害は５点</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　石田氏が裁判で主張し、東京高裁が認定した性的な被害とされるものは以下。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">（１）1993年３月14日：展覧会に誘われ、その後、鈴木氏のアパートで告白されて、キスをされた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">（２）同３月～４月：中学卒業後、高校入学までに校内でキスされ、胸を触られ、床に段ボールを敷いてキスをされた（２度行ったとされる）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">（３）同８月：海に行き、鈴木氏の自家用車内で上半身の服を脱がされるなどした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">（４）同10月か12月：鈴木氏のアパートでキスされ、口腔性交をした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">（５）1994年８月：小樽市の塩谷丸山に登り、山頂付近で口腔性交をした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　これらは鈴木氏によると石田氏の妄想であり、1998年秋に別れ話をした時から繰り返し言うようになったという。実際の裁判や、2021年１月に札幌市教委に提出した陳述書でも事実ではないと主張している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　これらの事実を否定するということは、なかったことを証明するという非常な困難を伴う。それでも可能な限りの反論をしている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■卒業式前日に生徒を美術展に誘う無理筋</span></strong></span></p>
<div id="attachment_10865" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/fc838d8d951ced02a8313719acd17c27.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10865" class="wp-image-10865" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/fc838d8d951ced02a8313719acd17c27-300x238.jpeg" alt="" width="220" height="174" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/fc838d8d951ced02a8313719acd17c27-300x238.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/fc838d8d951ced02a8313719acd17c27-768x608.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/fc838d8d951ced02a8313719acd17c27.jpeg 864w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-10865" class="wp-caption-text">木材を使った作品を製作（写真提供鈴木浩氏＝仮名）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　（１）の事実について</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【東京高裁の事実認定】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　卒業式の前日の３月14日（日）、鈴木氏から誘われて美術展に行った。その後、自動車で鈴木氏のアパートに行き、告白され、キスをされた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【鈴木氏の反論】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　当日は生徒への記念品にするため、午前中に大丸藤井セントラルなどで色紙を36枚購入し、午後から自宅で作成していた。夜遅くまでかかり、学級生徒36人分を完成させた。また、石田氏は当日、所属していた部活動のお別れ会があり、部長である石田氏が「欠席することはあり得ない」と関係者は語っている。鈴木氏が作成した色紙は翌日、本人が職員室に持ち込んでいるのを２人の同僚が目撃している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【松田私見】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　仮に鈴木氏が石田氏に対して下心を抱いていたとしたら、わいせつな行為を決行するのが卒業式前日というのは合理的ではない。翌日、石田氏は確実に登校するから、学校に「鈴木先生にキスされました」と被害を訴えるリスクはある。もし、決行するなら卒業してからの方が学校に知られるリスクが低く好都合であろう。あと２日我慢すればリスクは軽減されるのに、生徒を自分のアパートに連れて来てわいせつな行為をするという、バレたら一発でクビになるリスクを負う理由があるとも思えない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　訴状では鈴木氏が「招待券があるので３月14日に一緒に行こう」と言ったとある。卒業式の前日の日曜日、準備で多忙になることが分かっている教師が、その日を指定するというのも考えにくい。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　これは石田氏の虚言であるとしたら、こうした”無理筋”とも思われる日にちを選択するのは不合理であるが、それには理由があるものと思われる。石田氏が行ったとする「個性（こころ）の北帰行ー岩橋英遠と片岡球子の世界」（北海道立近代美術館）は２月５日に始まり、３月14日が最終日（北海道立近代美術館：<a href="http://www.dokyoi.pref.hokkaido.lg.jp/hk/knb/exhibition/list_04.htm">過去の展覧会1992（平成４）年～1996（平成８）年から</a>）。同美術館の次の特別展は４月10日開始であり、この日を逃すと一緒に美術館に行き、その後、春休み中にわいせつな行為が続いたというストーリーを構築できなくなる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　逆にもっと早い時期に行ったとすると、その後、春休みまで何もしないのは不自然になるため、授業を行なっている時期にわいせつな行為をするという難しいストーリーの構築が必要となる。そうした様々な事情を考え、３月14日を選んだという推理は成り立つのではないか。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　同美術館では、過去の展覧会のタイトルと実施年月日をホームページで公開しており、簡単に調べることができる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■わいせつ行為をしたとされる場所の人の出入り</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">（２）の事実について</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【東京高裁の事実認定】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　中学卒業（３月15日）後、高校入学までに校内の美術準備室でキスをされたり胸を触られたりした。床に段ボールを敷いて横にされ、その上からキスをされた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【鈴木氏の反論】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　訴状では「中学の春休みから高校入学まで」とされている。その場合は３月26日～４月５日までとなる。その間は以下のように過ごしていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">・３月26～31日：年休を取り春スキーに行っており、学校に行っていない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">・４月１～５日：新１年生の担任で学級編成など多忙であり、職員室と会議室を中心に勤務し、美術準備室に行っていない。３日（土）、４日（日）は出勤していない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　美術準備室は喫煙可（当時）で、４人の教師が頻繁に出入りしていた。１日３箱吸うヘビースモーカーの教師もいた。また、運動部は雪解けが進んでいない時期でグラウンドを走れないことから、１階から４階までの廊下をランニングしていた。春休み中は筋トレを美術準備室の前で行っている。そのように人が多く出入りし、すぐ外では生徒が活動をしている中で、性行為を行うことなどできない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【松田私見】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　高裁判決は石田氏が卒業後から高校入学までとしており、その場合、３月15日～25日も範囲に含まれる。鈴木氏の陳述書ではその11日間については触れていない。だが、３年生が卒業した後、修了式（３月25日）までは通常の授業が行われており、美術準備室は本来の目的で使用されている上、喫煙者が出入りする中、卒業生がやってきて室内で性的な行為を行うことは考えにくい。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■自家用車内でキスし、上半身を裸に</span></strong></span></p>
<div id="attachment_10867" style="width: 195px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/image2.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10867" class="wp-image-10867" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/image2-293x300.jpeg" alt="" width="185" height="190" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/image2-293x300.jpeg 293w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/06/image2.jpeg 480w" sizes="auto, (max-width: 185px) 100vw, 185px" /></a><p id="caption-attachment-10867" class="wp-caption-text">写真はイメージ（提供：鈴木浩氏＝仮名）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">（３）の事実について</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【東京高裁の事実認定】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　1993年８月に自家用車で一緒に海に行き、後ろから抱きしめられたり、車内でキスされ、上半身の服を脱がされた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【鈴木氏の反論】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　８月の過ごし方は以下の通り。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">１～12日：仲間と旅行及び両親とともに墓参</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">13日：ハードなスケジュールのため体調を崩し、終日、自宅で過ごす。一緒に旅行した仲間の１人から「セカンドバッグをなくした」と自宅に電話があり、レンタカー会社に電話して問い合わせるなどしていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">14～15日：町内の盆踊りの運営に協力、14日は自ら太鼓をたたいた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">16～19日：美術部の大作の制作に部員とともに取り組む。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">20日：札幌から美幌へ移動（320km・約５時間）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">21～22日：美幌のスポーツ大会に参加。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">23～24日：23日は気温17度、24日は気温19度低かった。北海道ではお盆を過ぎたら海水浴は行かないし、24日は始業式前日で学級通信を作成するなど多忙である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">25日：始業式で、以後、授業が行われる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">28日：土曜日。雨であり、石田氏の書証にある「昼間のきらきらした光」という表現に当てはまらない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">29日：日曜日で、旭川美術館「人と神と神々」を見学に行った。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　当時の自家用車は三菱ランサーで、透明ガラスで車内のカーテンもなく、車内でキスをすれば外から見えてしまう。そのような状況で女性の上半身の服を脱がすことなどあり得ない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">【松田私見】</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　石田氏が指摘した５つの点の中で、日時の曖昧さが目立つ。訴状の段階では（１）、（４）、（５）は日にちが特定されており、（２）は「学校の春休み」と11日間に限定されている。ところが（３）のみ「８月」と１か月も幅を持たせているのは不自然と言うしかない。（５）で登山に行った日が８月２日と特定できているのに、なぜ、こちらは特定できないのか。せめて上旬、下旬ぐらいは言えるであろう。それをしなかったのはなぜか。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　鈴木氏と石田氏は卒業後も家庭の相談事などで連絡をとっていた（参照：連載第２回・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210610/">決意した別れ</a>）。そのため、鈴木氏がこの年の８月に自宅を留守にしがちであったことを把握していたのではないか。下手に日時を特定すると、「その期間は札幌にいなかった」と証拠付きで反論されかねない。逆に（５）では、長期の旅行に出ていないことが確認できていたので、その日を選んだという推理は成り立ちそうである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■信憑性が薄い３点の主張</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　以上のように前半３つを見ただけでも、石田氏の言い分の信憑性は薄い。もし、石田氏の訴訟が除斥期間の経過を理由に請求棄却されなければ、不法行為の有無は徹底的に審理されたであろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　その場合、これらの事実が認定されたかは疑わしい。次回は残る２つの主張を検証する。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210614/">第５回</a>へ続く）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210611/">第３回</a>に戻る）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20210607/">第１回</a>に戻る）</span></p>
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