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	<title>大村秀章 | 令和電子瓦版</title>
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	<description>政治、社会、運動、芸能など、様々なジャンルのニュース＆オピニオンサイトです</description>
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	<title>大村秀章 | 令和電子瓦版</title>
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		<title>トリカエナハーレ2019 大村秀章知事のためにもう１度やって</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2019 17:22:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリカエナハーレ]]></category>
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					<description><![CDATA[　10月27日にウィルあいち（名古屋市東区）で「日本人のための芸術祭 あいちトリカエナハーレ2019」という展覧会が開催された。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　10月27日にウィルあいち（名古屋市東区）で「日本人のための芸術祭 あいちトリカエナハーレ2019」という展覧会が開催された。「犯罪はいつも朝鮮人」などと書かれたカルタの読み札を展示するなどしたが、ウィルあいちはそのまま展示を認め、会場使用を許可。これに対して大村秀章愛知県知事は２日後の記者会見で「中止を指示すべきだった」と語った。あいちトリエンナーレでは「表現の自由」の守護者とでも言わんばかりの姿勢だった同知事が態度を一変させている。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■トリカエナハーレ「中止を判断できない」でGOサイン</span></strong></p>
<div id="attachment_4021" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-4021" class="wp-image-4021" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/10c54352fbd2c4f74bfef0428a13290b-300x300.png" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/10c54352fbd2c4f74bfef0428a13290b-300x300.png 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/10c54352fbd2c4f74bfef0428a13290b-150x150.png 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/10c54352fbd2c4f74bfef0428a13290b-768x768.png 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/10c54352fbd2c4f74bfef0428a13290b-200x200.png 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/10c54352fbd2c4f74bfef0428a13290b.png 930w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-4021" class="wp-caption-text">大村知事のためにもう１度</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　「日本人のための芸術祭 あいちトリカエナハーレ2019」（以下、トリカエナハーレ）は今夏話題になった「あいちトリエンナーレ2019」（以下、トリエンナーレ）のパロディーというのはネーミングからも明らか。展示作品には前出の「犯罪はいつも朝鮮人」と書かれたカルタの読み札や、韓国の国旗の一部をゴキブリのようなものに入れ替えている作品などが並んでいた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ウィルあいちではその利用に際して、利用規約にある「本邦外出身者に対する不当な差別的言動が行われるおそれがあると認められるとき」に該当するのではないかと考えたようであるが、報道によると「中止を判断できない」として催しを続行させたという。また、会場でヘイトスピーチを行わないという約束を取り付けていたとも伝えられた。確かにヘイトに関する言動をしないと約束すれば、少なくとも文言上は中止させるのは難しいように思える。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■大村知事「明確にヘイト」の二重基準</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、10月29日になって大村知事は以下のように語った。「明確にヘイトに当たるのではないかと思います。その時点で中止を指示すべきだった」。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この発言については、違和感を覚えた人は少なくないと思う。なぜなら、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」に関して、同知事は<a href="https://www.pref.aichi.jp/uploaded/life/259716_885379_misc.pdf">９月10日付け発表の文書</a>で「もし事前に展示内容を審査し、そのような（筆者注：日本国民の心を踏みにじるもの）理由で特定の展示物を認めないとする対応を採ったとすれば、その展示物を事前に葬ったとして世間から検閲とみられても仕方がなく、いずれにせよ憲法 21条で保障された表現の自由の侵害となることはほぼ異論はないものと考えます。」としているからである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　今回のトリカエナハーレの作品について事前に展示内容を審査し、ヘイトにあたるという理由で展示を認めない対応を取れば、表現の自由の侵害になるのではないか。その点との整合性がとれるのかというのは、誰しもが思うことであろう。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■どちらも芸術性が欠けるように思える作品</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕はトリエンナーレもトリカエナハーレも、生で見ていないので伝えられる限りで判断するが、どちらの作品にも芸術性を感じない。そして、どちらも公序良俗に反すると思うし、公開することで会場も混乱する可能性もある。それを理由にどちらの展示も認めないのが、知事として正しい態度であると思う。仮に展示を認めなくても、それらの作品は他の場所、他の時間で公開することが可能であるから、表現に対する制約も比較的緩やかになると考えるのが通常の思考であろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ただ、大村知事が表現の自由の重要性を政治家として強く意識し、トリエンナーレの展示を認めたのであれば、トリカエナハーレについても表現の自由で保護すべきであろう。確かにヘイトに見えるかもしれないが、それが芸術表現なのかもしれない。トリエンナーレのパロディというだけで、芸術の一ジャンルであることは確かだと思う。「ヘイトはこんなに醜いものだ」と示すことで、反ヘイトという精神で作られているのかもしれない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　仮にヘイトに関する作品を「ヘイトだ！」と決めてつけて展示を認めなければ、それはその後の表現者の萎縮につながることが心配される。実物も見ずに「明確にヘイトに当たる」と断定し、直ちに表現の自由の保護範囲外とするかの如き姿勢はトリエンナーレの時とは正反対のもの。そういう姿勢が多くの国民の不信感の源泉になっていると思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■司法の場で決着を、大村知事に法律のレッスンを</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　結局、大村知事が強調した表現の自由の重要性は、トリエンナーレの作品が個人的な政治信条に合致しているから、表現の自由を持ち出して保護したのではないかと疑わざるを得ない。その点をトリカエナハーレの主催者は見事に突いてきた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　こうなったら、トリカエナハーレはもう１度、同じ会館で使用許可を取っていただきたい。記者会見で明確にヘイトだと言ったのだから、大村知事も止めに入るであろう。そうなると表現の自由について司法の判断を仰ぐことが可能になる。とても東大法学部出身者とは思えないレベルの法的解釈をする知事に、法律のレッスンをする絶好の機会であると思う。</span></p>
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		<item>
		<title>トリエンナーレ大村知事の責任は? 「とんがった芸術祭に」と言いましたよね？</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190926-02/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 26 Sep 2019 00:52:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展・その後]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
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					<description><![CDATA[　あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」が開催から３日間で中止になった問題で９月25日、「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」が中間報告をまとめた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」が開催から３日間で中止になった問題で９月25日、「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」が中間報告をまとめた。それを受け、愛知県の大村秀章知事は芸術監督の津田大介氏に厳重注意を与えた。しかし、最高責任者である知事の責任は問われた様子はなく、疑問が残る。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■中間報告「芸術の名を借りた政治プロパガンダ」との批判</span></strong></p>
<div id="attachment_3800" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3800" class="wp-image-3800" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura.jpg 864w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3800" class="wp-caption-text">大村秀章知事の責任はどこへ？</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　中間報告について報じられた内容を総合すると、検証委員会は津田氏に対して①「背信とのそしりを免れない行為」、②「ジャーナリストとしての個人的野心を芸術監督としての責務より優先させた可能性」、③「あいちトリエンナーレの期待水準に達しない、『芸術の名を借りた政治プロパガンダ』と批判される展示を認めてしまった」と厳しい言葉を並べたようである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　また、企画展の中止については④「差し迫った危険のもとの判断でやむをえず表現の自由の不当な制限には当たらない」と判断している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　これらの判断の１つ１つに対する考えは後述するとして、それを受けた知事の対応について考えてみよう。知事は津田氏に対して厳重注意を与え、早期に展示を再開したい意向を示した。わずか３日間で開催中止に追い込まれたことが津田氏に責任があるのは明らか。しかし、それを任命した大村知事（あいちトリエンナーレ2019実行委員会会長）の責任はどうなっているのか。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「ちょっととんがった芸術祭」と言った大村秀章知事</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　2019年８月１日、津田氏が芸術監督に就任したことについて記者会見が行われた。大村知事は会見に先立ち委託状を津田氏に手渡し「ちょっととんがった芸術祭にしたいと思い、色々な情報発信を続けている津田さんに芸術監督をお願いした。その時々の社会情勢を含めて発信してもらえれば」と語ったとされている（朝日新聞電子版2019年８月１日）。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　「ちょっととんがった」という意味は「ありきたりなのものではなく、世間に波風を起こすような」という程度の意味であろう。津田氏はその言葉を受けて自分の中で「とんがった」と感じられるものの展示のお墨付きを得られたと思っても不思議はない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　津田氏は厳重注意を受けても、芸術監督を続ける意向を示している。安易に再開して、また批判が殺到する事態になったらどうなるのか。もし、再開したいなら厳重注意ではなく津田氏を罷免してから行うべきであろう。普通の政治家なら「ここは混乱を招いた責任をとって職を辞する」と言うのであろうが、津田氏はそのようなメンタリティは持ち合わせていないようである。再び、同じことが繰り返されない保障がどこにあるのか。以前にも書いたが、このあたりが大村知事の絶望的な政治センスの欠如である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　河村たかし名古屋市長は中間報告と、その後の知事の対応を受け「今回の騒動の原因を、全部、芸術監督の津田大介氏のせいにしているように見える。作品が選ばれた経緯などをきちんと明らかにすべきだ」と記者団の取材に答えている。まさにその通りであると、僕は思う。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■津田大介氏は「芸術監督の責務を放棄」</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　最後に中間報告について伝えられる範囲で書いておこう。上記①の「背信」が具体的に何を指すか分からないが、３日で開催を中止せざるを得なかった状況に追い込んだことに関する行為全体を指していると考えるのが普通である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　②については、僕は以前、「ジャーナリストとしての立場を優先させることは芸術監督の責務を放棄するということに他ならず、職を辞するのは当然である。」と書いたが（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/blog/20190816/">トリエンナーレ津田大介氏の弁明の空虚さ 要は「月給泥棒でした」？</a> ：８月16日公開）、それが検証委員会の中間報告で認められているのは嬉しい。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　③については、表現の不自由展の展示物が「芸術の名を借りた政治プロパガンダ」とまでは断じておらず、そのように「批判される展示」という表現にとどめている。検証委員会が作品を「政治プロパガンダ」と断じることを避けたのであろう。そこの線引きを問われた時に面倒なことになるのを恐れたのかもしれない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　④は最高裁平成７年３月７日判決、名古屋高裁金沢支部平成12年２月16日判決の考えをベースにしていると思われる。そのあたりは（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/blog/20190804/">「表現の不自由展・その後」の中止は、表現の自由の不当な制約ではない</a>：８月４日公開）に書いたので、参考にしていただければと思う。</span></p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>小島慶子氏に公開質問「KKKのオブジェの横に、キング牧師の像を置けばOK」？</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190825-02/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 25 Aug 2019 02:21:03 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展・その後]]></category>
		<category><![CDATA[KKK]]></category>
		<category><![CDATA[小島慶子]]></category>
		<category><![CDATA[キング牧師]]></category>
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					<description><![CDATA[　エッセイストの小島慶子氏（47）がAERAに「表現の不自由展、少女像の隣に名古屋市長の像を置いたらどうなっただろう」という一文を寄せた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　エッセイストの小島慶子氏（47）がAERAに「<a href="https://dot.asahi.com/aera/2019082100082.html?page=1">表現の不自由展、少女像の隣に名古屋市長の像を置いたらどうなっただろう</a>」と題する一文を寄せた。あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」の展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長を「矩（のり）を踰（こ）えています」と批判。さらに「もし少女像の隣の空いている椅子に、渋面を作って腕組みをする河村市長の像を置いたらどうだったかな。」と書いている。そこで小島慶子氏には以下の点について公開質問状を掲載することにした。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■元TBSアナウンサー、現在は豪州在住</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3494" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3494" class="wp-image-3494" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk-300x202.jpg" alt="" width="220" height="148" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk-300x202.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk-768x518.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk-1024x691.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk.jpg 1363w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3494" class="wp-caption-text">小島慶子氏はKKKのオブジェでも展示を認める？</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　小島慶子氏はAERAではエッセイストの肩書きになっているが、以前はTBSのアナウンサーとして活躍し、現在は豪州のパースに在住。日豪を往復する生活をされているようである。AERAに掲載された小島氏の文章は、概ね以下のような内容であった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（１）日本国民の心を名古屋市長が代表して語るのは問題。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（２）大村秀章愛知県知事の「検閲」発言の紹介。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（３）少女像の展示に苦情が殺到、会社員の男が威力業務妨害で逮捕された。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（４）米国でもトランプ政権の下、白人至上主義や女性差別がお墨付きを得て勢いづき、暴力がエスカレートしているようである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（５）少女像の横の空いている椅子に河村市長の像を置いたら、市長が心配する誤解はなさそう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　要は河村市長が展示中止を求めるのは少女像によって日本国民の心が傷つけられると考えているからであって、その横に少女像を批判する主張を象徴するかのような展示物を置き、両論併記の形にすれば中止を求める根拠は失われるだろうと言いたいようである。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■KKKを讃えるオブジェの展示に、名古屋市長は文句を言える？</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　小島氏の主張は、既に橋下徹氏が主張しているものをマイナーチェンジされたものと言える。橋下氏はテレビで以下のような趣旨の発言をしている。「慰安婦像とは別に通帳を持ってにこやかにしてる慰安婦像も出して、お互いにそういう表現がいいのか、お互いの政治主張が並ぶような表現の自由だったらいいが、片一方の日本が悪いということだけを出したのは良くない」。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　個人的には芸術の展覧会を政治主張の場にするのはおかしいと思うが、橋下氏は手続き上のことと断っているから、原則論はここでは触れない。以下、小島氏への質問を示す。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>【質問１】</strong></span>「表現の不自由展・その後」に少女像とは別に「通帳を持ってにこやかにしてる慰安婦像」が展示された場合、名古屋市長は慰安婦像の展示の中止を求めることは許されると考えますか。理由を示してお答えください。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>【質問２】</strong></span>「表現の不自由展・その後」に「ヒスパニックはアメリカから出ていけ」「女は黙って男に従え、政治に口を出すな」という趣旨のプロパガンダが書かれたオブジェが展示された場合、名古屋市長はその展示の中止を求めることは許されると考えますか。理由を示してお答えください。※展示物がヘイトスピーチ対策法の対象外であることが前提です。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><strong><span style="color: #ff0000;">【質問３】</span></strong>「表現の不自由展・その後」で昭和天皇の写真をバーナーで燃やして、その後、足で踏みつける作品がありましたが、あなたはその作品に芸術性を感じますか、またその作品の展示は不適切ではないと考えますか。理由を示してお答えください。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>【質問４】</strong></span>「表現の不自由展・その後」で、KKK（Ku Klux Klan）を讃えるオブジェが展示されている場合、名古屋市長がその展示の中止を求めることは許されると考えますか。理由を示してお答えください。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>【質問５】</strong></span>「表現の不自由展・その後」で、KKK（Ku Klux Klan）を讃えるオブジェの横に、渋面を作って腕組みをするマーチン・ルーサー・キング牧師の像を置いたとしたら、あなたはどのような感想を持ちますか。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　小島慶子氏がこれを読むとも思えないが、もし、読んで回答をいただけるのであればコメントするなり、執筆依頼からどうぞ。もし回答をいただけた場合は必ずこの場で公開します。</span></p>
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		<title>トリエンナーレ津田大介氏の弁明の空虚さ 要は「月給泥棒でした」？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 16 Aug 2019 02:09:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[少女像]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
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		<category><![CDATA[表現の不自由展・その後]]></category>
		<category><![CDATA[トリエンナーレ]]></category>
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					<description><![CDATA[　「表現の不自由展・その後」が開始から３日後に中止になった件で、あいちトリエンナーレの2019の芸術監督・津田大介氏がネット上にお詫びと報告の文章をアップした。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　「表現の不自由展・その後」が開始から３日後に中止になった件で、あいちトリエンナーレの2019の芸術監督・津田大介氏がネット上に<a href="https://medium.com/@tsuda/あいちトリエンナーレ2019-表現の不自由展-その後-に関するお詫びと報告-3230d38ff0bc">お詫びと報告の文章</a>をアップした。冒頭にお詫びをしているので責任を感じているようにも見えるが、よくよく読むと一社会人として情けなくなる内容である。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■津田大介氏には展示品の決定権がなかった!?</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3309" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3309" class="wp-image-3309" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/325787f32e0e270ee09462b1482c9fcb-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/325787f32e0e270ee09462b1482c9fcb-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/325787f32e0e270ee09462b1482c9fcb-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/325787f32e0e270ee09462b1482c9fcb-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/325787f32e0e270ee09462b1482c9fcb-1024x1024.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/325787f32e0e270ee09462b1482c9fcb-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/325787f32e0e270ee09462b1482c9fcb.jpg 1065w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3309" class="wp-caption-text">愛知県民は怒るでしょうね…</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　津田大介氏の文章で、僕が最も重要と考えたのは以下の部分。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>津田大介氏：「表現の不自由展・その後」にどの作品を展示し、どの作品を展示しないかは、最終的に「表現の不自由展・その後」の出展者である不自由展実行委が決定権を持っていました</strong><strong>。</strong></span></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　驚くことに「表現の不自由展・その後」の出展物の決定権は、出展に協力する団体にあったというのである。主催はあいちトリエンナーレ実行委員会で、事実上、愛知県であろう。その展覧会で一協力団体が決定権を持っていたとは…。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、大村秀章知事は会見で「芸術監督はキャプテンなんで、芸術の中身等々については監督が全責任をもっておられる」と明言している。実際に津田氏は愛知県から報酬をもらっていたはずであり、それはその責務を果たすことに対する報酬であろう。それなのに展示品の決定という重要な責務を行使しない、あるいはできない状況になっていたというのである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　決定権がない理由としては、津田氏は少女像の展示をめぐって議論になった時に不自由展実行委側が「展示の根幹に関わるという理由で『少女像を展示できないのならば、その状況こそが検閲であり、この企画はやる意味がない』と断固拒否されました。」という事情から、「展示しなければ、協力しない」と事実上、圧力をかけられたことを明らかにしている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　その上で、展示作品を自分の判断で出展取りやめにするという状況に陥った際に「芸術監督として現場のリスクを減らす判断をするか、“作家（不自由展実行委）”の表現の自由を守るかという難しい二択を迫られた自分は、不自由展実行委と議論する過程で後者を判断しました。」と説明した。そのことを後日、「自分のジャーナリストとしてのエゴだったのではないか」と語ったという。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■ジャーナリストとしてのエゴを貫くなら、その時点で辞職</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ジャーナリストとしてのエゴという言葉を聞くと、作家の表現の自由を守るのがジャーナリストの務めであると考える人もいるかもしれないし、難しい決断をした津田大介氏にジャーナリストとしての誇りを感じる人もいるかもしれない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　津田大介氏には芸術監督とジャーナリストという２つの肩書きがあるのは確か。展示作品の決定については、そのことで報酬を貰っている芸術監督としての仕事である。ジャーナリストとしての津田大介氏は、あいちトリエンナーレ2019には何の関係もない。そして展示作品の決定という場面で、芸術監督と（彼自身が考える）ジャーナリストとしての立場が相反するものになっていたということである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そうなると、ジャーナリストとしての立場を優先させることは芸術監督の責務を放棄するということに他ならず、職を辞するのは当然である。責務を果たすなら不自由展実行委に「決定権はこちらにある。展示は認めない。それを理由に企画全体に協力しないというのであれば、それで結構だ」と言うことが求められる。それを辞職せずに、つまり責務を果たさないまま報酬だけはもらい続けているのでは、税金を払っている国民（愛知県民）が怒るのは当然と言えよう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■責任は果たさないが報酬をもらい続ける姿勢</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　結局、津田大介氏の文書を読むと、彼の一連の行為は「責任を果たさないで報酬だけもらっていた」ということであり、言葉は悪いが「月給泥棒」である。それを「ジャーナリストとしてのエゴ」と言い換えているに過ぎないと僕は思う。</span></p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>僕なら迷わず「展示認めず」あいちトリエンナーレ大村知事の絶望的な政治センス</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190814-02/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 14 Aug 2019 08:19:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展・その後]]></category>
		<category><![CDATA[芸術監督]]></category>
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					<description><![CDATA[　あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が中止になった問題で８月13日、大村秀章知事が定例の記者会見で説明を行った。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が中止になった問題で８月13日、大村秀章知事が定例の記者会見で説明を行った。それによると事前に展示を辞めるように働きかけたが相手側が聞き入れず、</span><span style="color: #000000;">妥協案として「SNSには投稿しない」ということで展示に踏み切ったという。これではっきりしたことは、大村知事が実行委員会の会長として一連の混乱を招いた責任は免れないということ。僕なら、裁判覚悟の強攻策で行ったと思う。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■会見で明らかになった大村秀章知事の政治責任</span></strong></p>
<div id="attachment_3270" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3270" class="wp-image-3270" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/8862c148dce734c4e63b77ea24742a82-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/8862c148dce734c4e63b77ea24742a82-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/8862c148dce734c4e63b77ea24742a82-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/8862c148dce734c4e63b77ea24742a82-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/8862c148dce734c4e63b77ea24742a82-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/8862c148dce734c4e63b77ea24742a82.jpg 873w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3270" class="wp-caption-text">黄色いハッピで記者会見（笑）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　会見での話を聞いて明らかになったのは、大村知事が法律面と行政面の２点から展示にゴーサインを出したということである。法律面は、展示内容への要望を出すことで芸術監督の津田大介氏が企画展をやめるという事態になれば、憲法21条１項の表現の自由を侵害することになると考えたということ。行政面としては、予定された開催を円滑に行うためにギリギリの妥協案でゴーサインを出したということである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この判断が誤っているのはこれまで書いてきたので置いておくとして、結果として大きな混乱を招いたのだから大村知事の責任は免れない。では、大村知事はどうすれば良かったのか。細かい条件はあるにせよ、司法の場での決着も辞さない覚悟で事に当たるべきであったというのが僕の答えである。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■僕が愛知県知事なら、司法の場の決着も辞さない</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕が大村知事なら、内容を知った時点で津田大介氏に「いかなる条件でも、この内容の展示は認めない」とはっきりと展示を拒否する。理由は３点である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（１）作品には強い政治主張が認められ、仮に芸術性が存在するとしても、公金を使って特定の立場の人々の意見を代弁することになる展示は認められない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（２）国家の象徴、国民統合の象徴である天皇陛下の肖像を焼き、それを踏みにじる行為は、仮に芸術性が存在するとしても公序良俗に反し、公金を使って展示することは認められない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（３）名古屋高裁金沢支部平成12年２月16日判決は、公権力に対して芸術家が自己の製作した作品の展覧会での展示を求める憲法上の権利を有しないとしている。その考えに立ち、展示を認めない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この場合、津田大介氏が「表現の不自由展・その後」を中止するというのであれば、それは仕方がない。１か月半前の中止であれば、そのための対応は可能であろう。会場のスペースの割り振りの変更等を行い、HPなどで告知を出す。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　同時に、津田大介氏の方が、何らかの訴訟を提起してくることに備える。「表現の不自由展・その後」がどのような形で中止になるのかは分からないが、取消訴訟のような行政訴訟かもしれないし、民事上の問題として損害賠償請求をしてくるかもしれない。いずれにせよ津田氏のこれまでの行動からすれば憲法21条１項を正面から争う形の訴訟をしてくる可能性は十分にある。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　それを行政の長として受けて立つ覚悟を持ち「表現の自由の問題は司法の場で決着しましょう」というスタンスを崩さない。後は司法が結論を出してくれるであろう。裁判所が仮の義務付け、仮の差し止め（行政事件訴訟法37条の５）を認めることは、この案件ではまずないと思うという判断がベースになっているのは言うまでもない。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■大村知事の失敗は２点、津田氏の起用と覚悟の不存在</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　結局、大村秀章知事の失敗は、①津田大介氏を起用したことと、②展覧会が中止になってでも行政の長として果たすべき責務を果たす覚悟がなかったことの２点である。俗っぽい話をすれば「こんなアブないヤツを何で起用するのか」という思いは誰しもが持つであろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、選んだ以上、うまくコントロールするしかない。暴走しかかっている「アブないヤツ」に対して、自分が傷つくことを覚悟で止めなければならない。それが行政の長というものであろう。それをしなかったから、開催からわずか３日で中止という最悪の選択肢を選ばざるを得なくなったのである。一言で言えば政治センスが悪すぎる。こうなったのも、自業自得というものだと思う。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■大村秀章知事の記者会見での発言</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　最後に、記者会見での大村知事の話を、そのまま文章にしてみよう。彼のこの件に対する覚悟のなさがはっきりと感じられると思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　<span style="color: #ff0000;"><strong>大村秀章知事</strong></span>：繰り返しますけど、私が、内容を、どうもこういう内容があるようだというのを事務方から聞いたのは、６月半ばでありましたから、その段階で、『これ本当にやるのか』ということで、津田監督を通して、津田監督にも、津田監督を通してですね「まあ、これについてはどうか」と「この点についてはやめてもらえんか」とかですね、「これはこうじゃないか」とかですよ、例えば「実物ではなくパネルにしてくれたらどうか」とかですよ、それは中は写真を撮っちゃダメだと、入って見てもらうだけだ、いうこととか、色んな要望、希望は申し上げましたよ。強い要望、希望。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、それを一線越えるとですね、越えると、だから、まあ、多分その憲法21条の話になってしまう虞れがあるわけですよ。ましてや、ましてや、ましてや、その８月１日からの事前ですからね。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ですから、そういう意味で途中段階で私が申し上げて、強い要望・希望、もうその点はね、もう実物ではなくパネルでいいじゃないかとか、いうような話もした、「それだったらこの企画展全てやめる」とかいう話をされたりしてですね、そうなるとまさに憲法21条、そのものの話になってしまうということなんですよね。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ですから、そういう意味で、この内容について我々としてですね、この施設の管理・運営を安全に円滑にやっていくということからですね、強い希望・要望は申し上げました、強い要望、希望は。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ただ、それ以上のこと、これはどうしても、こういう対応でやりたいということで、最後、まあ、ぎりぎりあれしたのは「SNSやめてくださいね」と言ったところで、しかし、みんなやられちゃいましたけどね。あれはだから写真を、写真撮っちゃダメとしないとですね、そら守ってくれないっすよね。</span></p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>朝日新聞が守りたかったのは言論の自由ではなく、津田大介氏とコンセプトだろう</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190807/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 07 Aug 2019 00:44:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県知事]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋市長]]></category>
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					<description><![CDATA[　「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が３日で展示中止になった件で、朝日新聞は８月６日付けの社説で展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長を攻撃した。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　予想通りの朝日新聞の社説である。「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が３日で展示中止になった件で、朝日新聞は８月６日付けの社説「<a href="https://www.asahi.com/articles/DA3S14128795.html?iref=editorial_backnumber">あいち企画展 中止招いた社会の病理</a>」</span><span style="color: #000000;">で展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長を攻撃した。これが何とも理解に苦しむ内容であるので紹介しよう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「絶対的に何をやってもええという自由ではない」になぜ反論しない</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3199" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3199" class="wp-image-3199" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a.jpg 838w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3199" class="wp-caption-text">一体、朝日新聞は何と戦ってるのか（笑）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　朝日新聞のこの日の社説は「市長が独自の考えに基づいて作品の是非を判断し、圧力を加える。それは権力の乱用に他ならない。憲法が表現の自由を保障している趣旨を理解しない行いで、到底正当化できない。」と断じた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　河村市長は「表現の自由は憲法21条に書いてありますが、絶対的に何をやってもええという自由ではありません」と８月５日の記者会見で述べている。これは表現の自由の限界を論じたもので、憲法における重要な論点の１つ。言論の自由について述べるなら、市長のこの部分への反論をしなければならないが、そこはスルーして自説を強調し、市長を「趣旨を理解しない」と批判している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　市長の発言を本件にどう当てはめるかは考え方がいくつかあると思うが、個人的には名古屋高裁金沢支部判決平成12年２月16日にあるように「芸術家が作品を製作して発表することについて公権力がこれを妨げることは許されないが、公権力に対し、芸術家が自己の製作した作品を発表するための作為、たとえば、展覧会での展示、美術館による購入等を求める憲法上の権利を有するものではない」という部分が相当すると思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　展覧会での展示をするかどうかは主催者が最終決定権を持っており、作者や芸術監督という立場の人間が「展示しろ」と求める権利などない。主催者に近い立場の者が事前に作品を観る機会がなく、事後に見て「これは展示すべきではない」と判断して「展示をやめろ」と言うことが、判例の考えに照らせば「表現の自由を保障した憲法の趣旨を理解しない行い」ではないと思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　つまり、市長の「表現の自由は…絶対的に何をやってもええという自由ではありません」という主張は正しい。朝日新聞はここに反論できないから、決めつけ、レッテル貼りのような手法を用いているのであろう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■河村たかし市長の表現の自由はどうなる？</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　確かに朝日新聞が書いたように、「行政には、選任した芸術監督の裁量に判断を委ね、多様性を保障することに最大限の配慮をすることが求められる。その逆をゆく市長らの言動は、萎縮を招き、社会の活力を失わせるだけだ。」という、表現の自由の制約による副次的効果を心配する声は出てくるであろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、市長は芸術祭実行委員会の会長代行に過ぎず、実際に展示中止を決める権限があるのは大村秀章愛知県知事。その知事は市長の発言に対して「公権力を持った方が『この内容はいい』『この内容は悪い』と言うのはですね、これは憲法21条にいう検閲と取られても仕方がないんじゃないでしょうか」と、的外れな検閲論を持ち出しているものの、はっきりと「NO」の意思表示をしている。つまり市長には展示について実際の権限がない事実が示されている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そうなると朝日新聞の主張は「権限のない市長でも一定の地位にある者は自らの信条を語ってはいけない」ということになり、市長に対する言論の自由の封殺に他ならない。このような考えがまかり通るのであれば発言者が萎縮し、社会の活力を失わせることに気づかないのか。表現の自由を守れと主張する朝日新聞は、同時に表現の自由を制約を主張しているのである。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■朝日新聞が守りたかったのは表現の自由ではなかったという疑念</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　津田大介氏が芸術監督になった経緯を僕は知らない。このレベルの人間が芸術監督になること自体、信じ難いことであるが、朝日新聞は「芸術監督は全権を持っているのだから、選任された者のコンセプトに異を唱えることは許されない」という趣旨のことを書いている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕から見ればクレイジーな芸術監督のコンセプトに従えということ自体、クレイジー。朝日新聞の社説を読んでいると、彼らが守りたかったのは津田大介氏の反日コンセプトであり表現の自由などではなかったのではないかと感じられる。</span></p>
]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>名古屋市長の一手で愛知県知事は”詰み” 責任取れよ、検閲のわけないだろう！</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190806/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 06 Aug 2019 13:25:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県知事]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋市長]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
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					<description><![CDATA[　あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が３日間で展示中止になった件で、大村秀章愛知県知事と、河村たかし名古屋市長の対立が深まっている。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が３日間で展示中止になった件で、大村秀章愛知県知事と、河村たかし名古屋市長の対立が深まっている。その根本は知事の政治的失策にあり、それを市長が突くという構図である。追い詰められた知事は、東大法学部出身とは思えない法的知識の欠如ぶりを晒すことになり、市長の圧勝という情勢になっている。法的観点から見ると両者の対立は実に趣深い。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「事後検閲だってある」「事後検閲って何ですか、それ？」</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3184" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3184" class="wp-image-3184" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f.jpg 1020w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3184" class="wp-caption-text">事後検閲って…（苦笑）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　発端は８月２日、市長が「表現の不自由展・その後」を視察後に「日本人の、国民の心を踏みにじるものだね」と話し、展示中止の抗議文を愛知県知事に出したことにある。これに対して知事は８月３日、「安全な運営が危惧される」として展示を中止した。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　８月５日になって知事は記者会見で「公権力を持った方が『この内容はいい』『この内容は悪い』と言うのはですね、これは憲法21条にいう検閲と取られても仕方がないんじゃないでしょうか。事後検閲だってありますからね。まさにやめろと言っているのですから」などと発言して、市長を批判した。これを受けて市長は「事後検閲って何ですか、それ？　それならああいう展示はいいんだということを堂々と言われてくださいよ。最低限の規制は必要でしょ」などと反論した。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　知事は展示については表現の自由として認めるべきであり、中止したのは安全上の問題であるという考えを貫き通している。これは、いわゆる天皇コラージュ事件の判決（名古屋高裁金沢支部判決平成12年２月16日）に基づくものであろう。そのことで「自分は表現の自由を制約する政治家ではなく、不当な制約もしていない」とアピールしたいに違いない。そのため河村市長の発言は表現の自由を制約する検閲にあたるとして、表現内容を理由に中止するのは許されないし、自分はそういうことをしていないことを強調したと考えるのが通常の思考である。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■東大法学部卒の大村知事の信じ難い論理</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この知事の主張は法的に考えると苦しい。何より、検閲というものが分かっていない。検閲とは「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止すること」（最高裁大法廷判決昭和59年12月12日）と明確にされている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　まず、今回の展示物が「思想内容等の表現物」と言えるかどうかが疑問であるし、仮にそれに含めるとしても、発表を事前に禁止することが検閲であるから、既に発表された表現物の展示を中止させる行為は検閲には当たらない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この点について知事は「事後検閲もあるでしょ？」と言っているが、上記の定義から事後検閲は検閲ではない。市長が記者会見ですかさず「事後検閲って何ですか？」と発言したのは、それが分かっているからであろう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■知事VS市長、法的論点を整理すれば「表現の自由の限界」</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そうすると、知事による「市長の発言は検閲にあたる」という主張は全く認められないことになる。名古屋市長の発言や行為が憲法21条２項の検閲の問題になることはあり得ない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　２人の間の論点は法的には「表現の自由の限界として、展示を中止することが認められるかどうか」という点に整理できる。だからこそ、市長は「ああいう展示はいいんだということを、堂々と言われてくださいよ」と21条１項を語れとしたに違いない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　知事はその議論から逃れるために21条２項を持ち出したのであろう。それで不勉強なメディアは騙せると思ったのかもしれないし、あるいは自分こそが不勉強だったのかもしれない。検閲に関する最高裁判例は昭和59年のものであり、昭和57年に東大を卒業している知事は大学では教わっていない判例である。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■愛知県知事は詰みの状態、潔く責任を取るべき</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この一連の知事と市長のやり取りは、市長に軍配があがると僕は思う。知事は政治家として信念に基づいて「反日的、天皇を侮辱する表現の自由を守る」と言えばいい。それを言わずに安全上の問題、検閲の問題に逃げようとして、自らの不勉強ぶりを晒してしまったということである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　もし「反日的、天皇を侮辱する作品でも、表現の自由を守る」と言えば、次の選挙は負ける可能性が大きい。かといって「その表現は適切ではない」と発言すれば「そもそも実行委員会の会長として展示を認めた責任を取れ」ということになってしまう。詰みの状態である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そうなると主張すべきは「安全上の管理で中止した」「表現の自由は守った」「自分は表現を認めた者としての責任はない」ということで、市長の要求する表現の自由の限界の議論から逃げるしかないというわけである。責任回避、保身という言葉が今の知事にはピッタリである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ここからは僕の想像だが、知事は津田大介氏がここまでおかしな人間とは知らずに、周囲からの勧めで安易に芸術監督を任せたのではないかと思う。それがこの騒ぎになってしまい、慌てて事態の沈静化に動き出したということではないだろうか。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕が知事なら、もう少しまともな人間を芸術監督に選ぶが、大村知事もよほど忙しかったのであろう。それも知事の責任ではあるから、是非とも現場を混乱させ、世間を騒がせたことに対して責任を取っていただきたいものである。</span></p>
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		<title>「表現の不自由展・その後」の中止は、表現の自由の不当な制約ではない</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 04 Aug 2019 01:23:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[朝日新聞]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[女たちの戦争と平和資料館]]></category>
		<category><![CDATA[渡辺美奈]]></category>
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					<description><![CDATA[　愛知県内で開催されている「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が開始から３日目の８月３日に展示が中止とされた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　愛知県内で開催されている「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が開始から３日目の８月３日に展示が中止とされた。展示の中止について反対する人たちのコメントを見ると、「表現の自由は、いかなる場合でも保障されなければならない」と考えているようである。しかし、それは大きな間違い。今回の愛知県知事の決定は何の違法性もないと、僕は考えている。過去に同様の事例の裁判例もあることは忘れてはならない。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■表現の自由は無制約で認められるものなのか</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3177" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3177" class="wp-image-3177" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/bcfa0464e7b98f9b59874fef2229b3bc-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/bcfa0464e7b98f9b59874fef2229b3bc-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/bcfa0464e7b98f9b59874fef2229b3bc-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/bcfa0464e7b98f9b59874fef2229b3bc-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/bcfa0464e7b98f9b59874fef2229b3bc-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/bcfa0464e7b98f9b59874fef2229b3bc.jpg 853w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3177" class="wp-caption-text">法律以前に、展示に値しないクレイジーな展示物だと思いますがね</p></div>
<p><span style="color: #000000;">「表現の不自由展・その後」は慰安婦を表現した少女像など、各地の美術館から撤去されるなどした作品を展示されている。その内容に対して抗議の電話が殺到。河村たかし名古屋市長が大村秀章愛知県知事に抗議文を提出し、同知事は「表現の不自由展・その後」の中止を発表したという経緯がある。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　また、報道ではあまり出ていないが、昭和天皇の御真影を焼いて踏みにじる動画も展示されており、SNSなどではこれに対する反発の方が少女像よりも強いように見受けられる。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　言うまでもないが、表現の自由は日本国憲法21条１項で保障されており、芸術家が自分の作品を発表する自由も、それに含まれる。それに対する制約は、公共の福祉に反するような場合を除いては認められないのが通常である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　芸術監督を務めた津田大介氏は８月２日の記者会見で「表現の自由が相当制限されてきた公共施設で、行政と作家が協議し、自己規制や検閲なしに展示できる実例を示したかった」と話している（８月３日付け朝日新聞電子版）。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■芸術家が「自分の作品を展示しろ」という権利</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、逆に芸術家が自分の作品を公権力に対して展覧することを求める権利までは有しない。つまり、自分の家や民間の美術館で自分の作品を展示することを公権力は止められないが、同時に公権力は芸術家から展示を求められる謂われはないということである。この点、いわゆる「天皇コラージュ事件」で名古屋高裁金沢支部平成12年２月16日判決はこう判示している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　「芸術家が作品を製作して発表することについて公権力がこれを妨げることは許されないが、公権力に対して、芸術家が自己の製作した作品を発表するための作為、たとえば、展覧会での展示、美術館による購入等を求める憲法上の権利を有するものではない」。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この判決は最高裁でも維持されているので、確定した判例と言っていい。「あいちトリエンナーレ2019」はあいちトリエンナーレ実行委員会が主催し会長は大村秀章知事であるから、愛知県が主催と言っていい。愛知県が芸術家の作品の展示を中止したこの事案で、「作品を展示させないから表現の自由の侵害」と主張するのは、この判例の考え方からしても無理があると思う。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■作品展示に公の施設の利用を認めない理由</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　とはいえ、いったんは認めた展示を勝手に中止すること、つまり公の施設の利用制限をすることについて表現の自由に対する制約ではないかという考えもあろう。中止が決まった後、「女たちの戦争と平和資料館」（東京都新宿区）の渡辺美奈館長は「展示に税金を使っていたとしても、行政は展示内容に口出しをすべきでない」とし、「多様な価値観を表現する場所を確保していく必要がある。作品を見て感じたいと思っている人もたくさんいる状況で、展示の中止はその権利を奪うことになるのではないでしょうか」と答えている（８月３日、BuzzFeed News）。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この点、大村知事は「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」など、京都アニメーション事件の凄惨な事件を想起させるような脅迫があったことなどを中止の理由とした。「芸術祭を、安全安心で楽しんでいただきたいという思いで、一番いい方策は何かということで、今回こういう判断にさせていただいた」（８月３日、HUFFPOST）としている。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■公の施設の利用制限について「正当な理由」</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　実は前述の判例は、このような点についても触れている。展示が中止になった作品の特別観覧を認める申し出を公権力（富山県）が拒否した点についての判断である。「県立美術館の管理運営上の支障を生じる蓋然性が客観的に認められる場合には、管理者において…公の施設の利用の制限についての地方自治法244条２項の『正当な理由』があるものとして許されるというべきである」。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この判例には「この作品の展示をするな」ということではなく「ここでは展示するな」ということであり、「どこか別の場所でやれ」という意味を含むという考えがベースにあると思われる。それは表現を全面的に禁止するものではなく、この場所、時間でやるのは不測の事態が起きかねないから、やめてくれという性質であるから認められるということと考えていい。別の言い方をすれば、公の施設の円滑な運営と個人の表現の自由とのせめぎ合いについての合理的な調整と言っていい。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　以上の点を考えれば、今回の愛知県が決定した「表現の不自由展・その後」の中止は、全く違法性はないと考えるべきであろう。一部識者の言う「表現の自由の侵害である」という主張には理由がない。</span></p>
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