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	<title>小野郷司 | 令和電子瓦版</title>
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	<description>政治、社会、運動、芸能など、様々なジャンルのニュース＆オピニオンサイトです</description>
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	<title>小野郷司 | 令和電子瓦版</title>
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		<title>24年後もサバイバー 中島瑞果（9）思いは今も</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 16 Apr 2026 05:37:57 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[吉野大輔]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[小野郷司]]></category>
		<category><![CDATA[松尾純子]]></category>
		<category><![CDATA[蓑島恵利]]></category>
		<category><![CDATA[中島瑞果]]></category>
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					<description><![CDATA[　サバイバー日本版（TBS系）でトップ３に残った中島（現姓・丸山）瑞果氏も、島を去る日がやってきた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバー日本版（TBS系）でトップ３に残った中島（現姓・丸山）瑞果氏も、島を去る日がやってきた。ファイナル進出を懸けた最後の追放免除ゲームで、今でも悔やむミスで脱落する。”みずっち”のサバイバーは終わった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />『ターザン』を忘れた</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20832" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/top.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20832" class="wp-image-20832" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/top-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/top-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/top-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/top.jpeg 907w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20832" class="wp-caption-text">トップ３に残った３人（AIで生成）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏が「姐やん」と慕う松尾純子氏（当時36歳＝レストランプロデューサー）が島を去り、残るは中島氏と蓑島恵利氏（当時28歳＝ダイビングインストラクター）と吉野大輔氏（当時30歳＝元僧侶）の３人となった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　残り２日となった38日目に行われた追放免除ゲームは、審議会が行われる場所で実施され、これまで追放されたサバイバーたちに関するクイズが出された。問題が読み上げられ、それぞれが手元のボードに答えを書き、間違えた段階で脱落していく。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　陪審員５人が並ぶ中、最後のゲームに挑む３人。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「ピリピリとした空気を感じて陪審員の顔を見られませんでした。小野っち（小野郷司氏、当時32歳＝会社経営）は、私が裏切って投票したと思っていると感じていたし、姐やんを含め『なんでそこにお前がいるんだよ、そこには自分がいるはずだったのに』と思われている気がしていたからです。」（中島氏、以下、断りがない限り同氏）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　１問目は全員が正解、２問目は全員が不正解と決着がつかずに迎えた第３問は、合流後に平井琢氏（当時26歳＝リバーガイド）が２連勝した追放免除ゲームの内容を答えるものであった。正解は鬼ごっこ（サバイバルゲーム）と、ターザンロープ。ここで中島氏は脱落した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「緊張したのか、どうしてもターザンジャンプ（ロープ）の名前が出てこなくてダメでした。『終わった』と思いました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　極度の緊張状態にあったことが、いつもの力を発揮できなかった一因なのかもしれない。もっとも、実際は小野氏、松尾氏らは中島氏を応援しており、後に「口パクでヒント出そうとしてたのにこっちを見ないんだもん。」と冗談めかして言われたそうである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　第４問で吉野氏が正解し、追放免除の証を手にした。ゲームから１時間後に追放審議会が行われると告げられて、いったん、３人はその場を離れる。最後の投票は追放免除で勝った吉野氏だけが追放したい人の名前、すなわち、中島氏か蓑島氏の名前を書く。残る２人は相互に投票し合うしかないからである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　投票を待つ１時間の間、中島氏は「『よっしー、（優勝賞金の）1000万円に目が眩め』、『１位に固執しろ』と念じていました（笑）。以前、私に『一番勝者のイメージがない』と言っていたわけですから、ファイナルにそういう人間を選べば優勝できるかもしれないと考えろ、と。理想の優勝者を選ぶとか言ってないで、どうしたら優勝に近づけるかを考えろと願っていました」と言う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />金色に輝く銅メダル</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　投票の前、吉野氏は番組の中でこう答えている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「おそらく今までの投票の中で一番辛い、名前を、僕は書かなければいけなくなった。蓑島恵利と中島瑞果はどこへ出しても恥ずかしくないファイナリストです。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もっとも、以前に吉野氏は中島氏に面と向かって「勝者のイメージがない」と言い、それ以外にも「コバンザメ、金魚のふん」などの罵詈雑言を浴びせていたというのであるから（参照・24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260403/">中島瑞果（8）謎めく発言</a>）、内心は別のところにあったように思える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　最終的に吉野氏は、中島氏を最後の追放者に選んだ。投票用紙には中島氏の名前とともに「金色に輝く銅メダルを君に」との文言が付されていた。松明の炎が消された後、中島氏は涙を浮かべて最後の言葉を述べた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「ベスト３は一生自分の誇りにもなるし、これからの人生ですごいプラスになると思う。本当にどうもありがとう。本当は最後に勝者になってから『ありがとう』って言いたかったけど、それは２人に残しておきます。頑張ってください。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　審議会の場を離れてから、カメラに向かって涙を拭いながら「寂しい、悲しい。あとちょっと、みんなと居たかった。最後まで見たかった。」と話す部分が放送された。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして中島氏の38日間にわたる戦いは終わった。サバイバー全39日の１日前での追放、しかも出場期間を通じて、ただ１票だけ投じられた追放票であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />黒岩氏追放の裏で</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20836" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/944593fecb1239c387e0126a624f9c09.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20836" class="wp-image-20836" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/944593fecb1239c387e0126a624f9c09-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/944593fecb1239c387e0126a624f9c09-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/944593fecb1239c387e0126a624f9c09.jpeg 709w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20836" class="wp-caption-text">無人島生活のイメージ（AIで生成）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　あれから24年、最後の追放免除ゲームでターザンロープを失念したことを今でも悔やんでいるとのこと。「子供をアスレチックに連れて行った時に、そうした遊具が目に入ると『ああ、ターザンジャンプが…』という感じで、苦々しい思いが蘇ります」と言う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏にこうした思いが残るのも、無理からぬことかもしれない。そこにはテレビ局独自の事情が絡んでいるようにも思える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　当時、番組を見ていた筆者を含む視聴者は、終盤になって制作サイドが吉野氏を残したい思惑があったように感じられたのではないか。たとえば女性３人、男性１人のトップ４の時点で、追放免除ゲームが水上綱引きとされ、腕力に勝る男性（吉野氏）に圧倒的に有利で、実際に吉野氏が追放を免除された。これには中島氏も「その時は『ゲームの内容を性差の面からも考えてほしい』と、スタッフサイドに不信感を抱きました。誰を残したいのかバレバレじゃないですか」と語っている（参照・24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260403/">中島瑞果（8）謎めく発言</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その前のトップ５での追放免除ゲームはパラオ語暗記クイズで、中島氏が追放免除の証を手にした。この場合、ここまでの人間関係やゲームへの強さを考えれば４人揃って吉野氏に投票するのが自然と思われるが、小野氏追放の後、人が変わってしまったように協調性を失った黒岩敦夫氏（当時56歳＝元漁師）が満票（４票）で追放された。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　いかに協調性を失ったからと言っても、投票については少なくとも中島氏・松尾氏・黒岩氏の３票で吉野氏を落とすことは可能であったはず。「黒岩さんを巻き込んで、吉野さんを落とすことは考えなかったんですか？」と筆者が聞くと、「あそこはそれ（黒岩氏追放）以外の選択肢はありませんでした」と残念そうに語る。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　黒岩氏はメンバーから孤立しただけでなく、制作スタッフとのトラブルも発生していたという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「聞いた話なので詳細は分かりませんし、そもそも話が真実かどうか分かりません。ただ、ここで黒岩さんを追放できなかったら、サバイバールールで失格にされるという話がありました。『お父ちゃんをそんな目に遭わせるわけにはいかない』ということで、私たち４人の考えが一致したわけです。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして吉野氏は２回続けて追放を免れ、トップ３に辿り着いた。制作サイドが番組を盛り上げるために、キャラクターが際立っている小野氏、松尾氏、吉野氏らを中心にしたいという考えを持っても不思議はない。ところが小野氏、松尾氏が追放され、残るは吉野氏のみ。中島氏と蓑島氏はそれまでさほど目立つ行動をしておらず、要は『キャラが立っていない』存在であった。トップ３が中島氏・蓑島氏・黒岩氏となった場合、番組としては地味になってしまうという考えが制作サイドにあったのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />逆転した価値観</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏が忸怩たる思いを抱くのは、上記のような制作サイドの思惑が感じられたこと以外にもあるように思われる。それは番組の趣旨から外れた吉野氏の価値観が少なからず影響している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ここからは筆者の推測である。放送を見る限り、吉野氏のサバイバーに対する価値観は揺らいでいるように見える。松尾氏追放の場面で吉野氏は「この名前を書きたくなかったです。でも、より強い、より尊敬する人を残すための確実な一手はこれしかないんです。」と言って松尾氏に投票した（参照・24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260403/">中島瑞果（8）謎めく発言</a>）。「より強い、より尊敬する人」を落としてこそ、自身が優勝に手が届くのであり、強敵を残すために投票するのは敗退行為に等しい。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そもそも「より強い、より尊敬する人」を選ぶのは陪審員の仕事である。プレイヤーは、そういう人を落として自身が優勝者となるべく振る舞うという、陪審員とはある種、利益相反の関係にある。サバイバー米国版のロゴには「outwit, outplay, outlast」（知恵と身体能力で上回り、誰よりも長く生き残れ）と書かれている。そうやって生き残った者が真のサバイバー、優勝者に相応しいという考えである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そのような戦い方が日本的な価値観では相手を騙し、威圧することで生き残るというネガティブなイメージとして捉えられ、優勝者に払われるべき尊敬が薄れてしまうという不安が制作サイドに生じていた可能性はある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　吉野氏からすれば、陪審員の構成から自身がファイナルに残っても優勝の可能性はほぼゼロと分かっていたはずで、その中では自分が尊敬できる、あるいはお気に入りのプレイヤーを優勝させる、そこに自身の存在価値を見出すしかなかったのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　結果として吉野氏の行為は、陪審員と利益相反の関係にあるべきプレイヤーが陪審員と同じ利益を目指して行動するという番組のよって立つ論理を揺るがしかねない事態を生じさせるとともに、競争相手の利益のために行動する敗退行為と受け取られかねないものであった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　蓑島氏も同様に松尾氏追放の場面で「私にとってサバイバーはゲームとして割り切ることはできませんでした。」と語っている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　一方、中島氏と松尾氏は「outwit, outplay, outlast」を通じてあくまでも優勝を目指していた。その立場からすれば、吉野氏の行為や、その吉野氏を残そうとしているように見える制作サイドには釈然としない思いが残るのは理解できる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />思いは今も胸に</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20833" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/top3.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20833" class="wp-image-20833" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/top3-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/top3-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/top3-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/top3.jpg 1020w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20833" class="wp-caption-text">中島（現姓・丸山）瑞果氏　（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　筆者は、本件取材とは別件で話を聞く機会があり、仕事が終わってから、中島氏が運転する自動車で最寄りの駅まで送っていただいた。雑談を交えながら、自身が追放された追放審議会に話が及んだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「賞金の1000万円には全く執着はありませんでした。アメリカ版の100万ドル（約１億5000万円）とは金額が違いますから。1000万円って、働いていてどうにかなる金額ですしね。お金より、最後の１日がどういう光景だったのか、サバイバーを最初から最後まで見たかったという思いがすごくありました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　狭い道を巧みなハンドル操作で歩行者や自転車を避けて進む中島氏は、一度も助手席の方を向かないまま、静かに話した。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">24年後もサバイバー 中島瑞果（10）へ続く</span></p>
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		<title>24年後もサバイバー 中島瑞果（8）謎めく発言</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Apr 2026 00:16:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[蓑島恵利]]></category>
		<category><![CDATA[中島瑞果]]></category>
		<category><![CDATA[吉野大輔]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
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		<category><![CDATA[松尾純子]]></category>
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					<description><![CDATA[　日本版サバイバー（TBS系）に出場した中島（現姓・丸山）瑞果氏は、いよいよ優勝に手の届くところまでやってきた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日本版サバイバー（TBS系）に出場した中島（現姓・丸山）瑞果氏は、いよいよ優勝に手の届くところまでやってきた。キープレーヤーらが追放され、優勝を狙うメンバー間でギリギリの戦いが繰り広げられた。その際に各メンバーが発した言葉には、それぞれの内心の葛藤がにじみ出ているかのようである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />女性３人対男性１人の構図</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20766" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/14f5188b99a0a578650a3487a015642d.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20766" class="wp-image-20766" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/14f5188b99a0a578650a3487a015642d-300x189.jpeg" alt="" width="220" height="138" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/14f5188b99a0a578650a3487a015642d-300x189.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/14f5188b99a0a578650a3487a015642d-768x483.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/14f5188b99a0a578650a3487a015642d.jpeg 964w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20766" class="wp-caption-text">トップ４人の人間関係（作成・松田隆、画像はＡＩで生成）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　残り６人となった時点で、小野郷司氏（当時32歳＝会社経営）というカリスマ性のある強力なゲームメーカーが追放されたことの影響は小さくなかった。中島氏は言う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「エリちゃん（蓑島恵利氏）が望むような穏やかな、自然を愛でるような空気、生活に変わりました。今後はみんな、追放を恐れて隙を見せずに行動する必要もありませんでしたし、『もう、誰が勝ってもいいかな』という感じの緩い空気が流れていました。」（以下、断りがない限り、コメントは中島氏）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もっとも、負の影響を受けたメンバーもいた。特に顕著だったのが黒岩敦夫氏（当時56歳＝元漁師）である。黒岩氏は他の４人と決定的に対立し、小野氏追放の次の審議会で４票を投じられて追放された。その事情は次回第９回で触れるとして、残るは４人となった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">★中島瑞果（当時30歳＝珈琲豆専門店店員・累積票０）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">★蓑島恵利（当時28歳＝ダイビングインストラクター・累積票０）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">★松尾純子（当時36歳＝レストランプロデューサー・累積票４）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">★吉野大輔（当時30歳＝元僧侶・累積票８）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　吉野氏は中島氏と強い敵対的関係にあり、松尾氏とも敵対的な関係にあった。蓑島氏とは良くはないが、悪い関係でもなかったようである。そして女性３人は良好な関係を保っていた。そのため、女性のうち誰かが追放免除ゲームに勝てば、問題なく吉野氏に３票が投じられる状況であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ところがこの回の追放免除ゲームは、海上に設置されたステージ上で綱引きを行う「水上綱引き」という、腕力のある男性に有利な競技で、順当に吉野氏が追放免除の証しを手にする。中島氏は「その時は『ゲームの内容を性差の面からも考えてほしい』と、スタッフサイドに不信感を抱きました。誰を残したいのかバレバレじゃないですか」と振り返る。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もっともその結果として、３人の女性が、常に追放候補の吉野氏を追い出すというありきたりな展開が避けられ、仲のいい３人が切り付け合うという見ている者が胸が痛くなるような流れとなった。その分、番組としては盛り上がりを見せることとなった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />３人が残した謎の言葉</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20770" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/9ebdbddc417d19350df966fce1c08532.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20770" class="wp-image-20770" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/9ebdbddc417d19350df966fce1c08532-300x199.jpeg" alt="" width="220" height="146" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/9ebdbddc417d19350df966fce1c08532-300x199.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/9ebdbddc417d19350df966fce1c08532-768x510.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/9ebdbddc417d19350df966fce1c08532.jpeg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20770" class="wp-caption-text">トップ４人の投票行動（作成・松田隆、画像はＡＩで生成）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　吉野氏を追放できなくなった段階で３人の女性は、自分以外の２人の女性のどちらかに追放のための票を投じる必要が出た。この時点で吉野氏が最も追放したいと考えていたのは中島氏である。小野氏追放の後、吉野氏は番組内で面と向かって「勝者像ということから、全くかけ離れている」と言い放っている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏は「よっしーは、やっと私に言いたかったことが言えたのでしょう。コバンザメ、金魚のふんなど。言われたことのない言葉のオンパレードでしたね」と、放送された場面以外でも、その発言はバーバル・アビューズと言っていいレベルであったとする。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この状況の中、中島氏と松尾氏はファイナルに残った時に強敵となる蓑島氏をターゲットに据える。一方、蓑島氏は、次の審議会で松尾氏に投票することを本人に伝えた。その理由を「中島さんの方が生活に対しても自分で色々楽しみを見つけたり、ゲームに対するやる気もやっぱり楽しく、でも頑張ってやろうってのがすごい伝わってきていたので。そういう姿勢で臨む人の方が私の理想とするサバイバー像には近いのかなと」と説明している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この段階での各自の予定される投票行動は以下。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">中島⇨蓑島</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">松尾⇨蓑島</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">蓑島⇨松尾</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">吉野⇨不明（希望は中島追放）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　吉野氏の態度次第で追放者が決定する状況となったが、本人が最も追放したい中島氏に１票を投じたら、蓑島氏が追放になる。蓑島氏に入れても同様。逆に松尾氏に１票を投じれば、蓑島氏と松尾氏が２票ずつで並ぶ。つまり、この段階で吉野氏は中島氏を追放したくてもできない状況に陥ってしまい、それでも感情に任せて「中島」と投票用紙に書けば、最も残したい蓑島氏を追放する結果になってしまうのである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　結果的に吉野氏が選んだのは松尾氏で、投票数が同数のため累積票の勝負となり、０票の蓑島氏に対して松尾氏は累積４票のため追放が決定する。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そして、４人が身を切られるような思いで投票したであろう審議会で、各自が謎めいた言葉を残した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>吉野</strong>氏：この名前を書きたくなかったです。でも、より強い、より尊敬する人を残すための確実な一手はこれしかないんです。（投票時）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span style="color: #ff0000;"><strong>蓑島</strong></span>氏：私にとってサバイバーはゲームとして割り切ることはできませんでした。（投票時）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span style="color: #ff00ff;"><strong>松尾</strong></span>氏：今、追放されて本当に良かったと思っています。１位になっていたら悔いが残っています。（追放決定後）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この謎めいた言葉を読み解いていくと、この追放審議会における各自の考え方が明らかになってくる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />蓑島氏の割り切れない思い</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20772" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/069f79e6651e2750eb1f6f2565c9720b.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20772" class="wp-image-20772" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/069f79e6651e2750eb1f6f2565c9720b-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/069f79e6651e2750eb1f6f2565c9720b-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/069f79e6651e2750eb1f6f2565c9720b-1024x614.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/069f79e6651e2750eb1f6f2565c9720b-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/069f79e6651e2750eb1f6f2565c9720b.jpg 1134w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20772" class="wp-caption-text">中島（現丸山）瑞果氏（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　最もわかりやすいのが、吉野氏である。「この名前（松尾氏）を書きたくなかったです。でも、より強い、より尊敬する人（蓑島氏）を残すための確実な一手はこれしかないんです。」と言っている。これは「中島」と書き、中島氏を追放したいが、蓑島氏を残すためには、書きたくないが「松尾」と名前を書くしかない、と言っているのである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　一方、蓑島氏が、サバイバーをゲームと割り切れなかったと言って松尾氏に投票したことは、裏返せば「ゲームと割り切れば中島氏に投票する」に他ならない。仮に「中島」と書けば、吉野氏が中島氏を追放したいと考えているのは明らかなため、確実に中島氏に２票。松尾氏が勝ち馬に乗ってくれば３票に増える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もし、中島・松尾連合が蓑島氏に票を揃えても、２対２の同数で累積票もゼロ同士のため、最後は何らかのゲームで決着をつけることになる。いずれにせよ、自身が生き残る可能性は50％はある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ところが、松尾氏に投じたらどうなるか。中島・松尾連合の２票が自身に投じられ、吉野氏が追放したいと考える中島氏に投じれば、蓑島氏は「即死」である。優勝を考える、ゲームに勝つことを考えるのであれば、吉野氏が「松尾」と書いてくれるのを期待するしかない。ところが、吉野氏は小野氏の名前を３回連続で書いているように、最も追放したいと考えている人の名前を書く傾向があり、とてもではないが、そのような危ない橋は渡れない。これが蓑島氏の言う「ゲーム」と「割り切り」の関係であろう。では、なぜ割り切れなかったのか。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏は「私たちはいつも貝でチョーカーを作ったり、全く柔らかくならない海藻を煮て食べて笑いあったり、新発見に喜んだり、無邪気な無人島ガールズトークをしたり、今思い出しても楽しい話しかしませんでした。まだ一緒に楽しみたいと思ってくれたのかなと思います」と蓑島氏との極めて良好な関係を口にする。そして「エリちゃんは私のことを参加者の中で唯一『みずっち』ではなく『みいちゃん』と呼んでくれていました。帰国してから、エリちゃんが私をある意味評価してくれていたというのを知って、びっくり＆超嬉しい！でしたね」と振り返る。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　蓑島氏にすれば、こうした特に親しい関係にあった中島氏を、中島氏が嫌っている吉野氏と票を合わせて追放することなどできないと考えたのではないか。吉野氏が「松尾」と書く可能性もないわけではなく、自身が「即死」するかもしれないが、そちらに期待をかけた方がましだ、と考えたのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏にすれば、蓑島氏とはもちろん、松尾氏ともある種、スポーツのライバル関係のようなもので追放を画策したこともあるが良好な関係にある。仲の良い２人のうちどちらかに追放のための１票を投じなければならないのであれば、ゲームと割り切って、より強敵となると思われる方を追放するしかない。中島氏もまた、辛い立場ではあった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />松尾氏が選択しなかった方法</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして第１回の優勝者になりたいと公言していた松尾氏が追放された。誰よりも優勝への思いが強かったと言っていい同氏が「今、追放されて本当に良かったと思っています。１位になっていたら悔いが残っています」との言葉は最も謎に満ちている。多くの視聴者は戸惑ったに違いない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この難問は、４人の投票行動を考えればある程度合理的な説明がつく。最終的な投票は松尾氏・蓑島氏ともに２票ずつで、累積票の違いで蓑島氏が生き残った。松尾氏にすれば蓑島氏から「あなたに投票する」と言われた状況でも、かなり高い確率で助かる手はある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　それは中島氏に対して「蓑島氏を落とそう」と呼びかけて投票させ、吉野氏に対しては「中島氏に入れるから」と言って中島氏を落とすことで手を結ぶのである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">中島⇨蓑島</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">松尾⇨中島</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">蓑島⇨松尾</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">吉野⇨中島</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　吉野氏が中島氏を追放したがっており乗ってくる可能性が高い。そのため二重の同盟を組み、一方を裏切って落とす作戦が可能となる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏とは「それがゲームだ」と分かり合える関係なのかもしれず、また、自分も中島氏から一度は狙われたのであるから、そうしたことをしても道義的に許されるのかもしれない。しかし、松尾氏はそれを選ばず、吉野氏が中島氏に入れることを期待する作戦に出て、玉砕したのである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「そんな人を裏切るような真似をして優勝しても、後になって『本当に良かったのか』『讃えられるべき勝者と言えるのか』という悔いが残るに違いない。それをするぐらいなら、正々堂々と勝負を挑んで負けた方がマシだ。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そんな思いがあったのではないか。真実はわからない。ただ、そのように考えると、一見矛盾している松尾氏の言葉に合理的な説明が可能となる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />松尾氏の散り際</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうした松尾氏の行動は「花は桜木、人は武士」といった風情で、散り際の美学を体現しているかのようである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　松尾氏は言い終わると、中島氏の前まで歩いていき、２人は立ったまま抱き合った。時に対立し、追放しようとしたこともあった２人であるが、最後は涙を流しての抱擁。優勝を目指して倒すべき相手ではあるが、１か月以上、生活を共にした仲間でもある。そうした２人にしか分からない強い結びつきがあったことは容易に想像がつく。松尾氏が一言、二言、言葉をかけると、中島氏も何か答えた。</span></p>
<div id="attachment_20767" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/d66fb13d690f3b5ed30fac88203a3b5e.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20767" class="wp-image-20767" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/d66fb13d690f3b5ed30fac88203a3b5e-300x201.jpeg" alt="" width="220" height="147" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/d66fb13d690f3b5ed30fac88203a3b5e-300x201.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/d66fb13d690f3b5ed30fac88203a3b5e-768x514.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/04/d66fb13d690f3b5ed30fac88203a3b5e.jpeg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20767" class="wp-caption-text">松尾・中島涙の抱擁（ＡＩで生成）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　マイクがうまく拾えなかったやり取りは、「頑張んなよ」「うん、ありがとう」という短いやり取りであったと、中島氏は24年前の会話を明かす。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この４人による追放審議会は屈指のエキサイティングな審議会であり、松尾・中島涙の抱擁は、サバイバー日本版全４シリーズを通じて、最も美しいシーンであると思う。醸成された人間関係の中、優勝を目指して自分なりの美学で戦った結果の残酷な結末が、２人の姿に凝縮されているかのようである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「今、動画を見ていても奥歯を噛み締めて涙してしまいます。松明を消されるのは、命の象徴が消されることを意味するので、辛かったです。姐やんからすれば、私は妹のような、可愛い子分だったのかもしれません。私も姐やんが大好きでした。姐やんを落とすなら、私がゲームで落としたかったです。さよならも言えないまま、姐やんが消えるのはどうにも辛かったです。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏はこの時のことが、今でも強烈なイメージとして残っているという。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260416/">中島瑞果（9）思いは今も</a> へ続く</span></p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>24年後もサバイバー 中島瑞果（7）味方だけの島</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260329/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 29 Mar 2026 05:25:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[小野郷司]]></category>
		<category><![CDATA[松尾純子]]></category>
		<category><![CDATA[蓑島恵利]]></category>
		<category><![CDATA[中島瑞果]]></category>
		<category><![CDATA[吉野大輔]]></category>
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					<description><![CDATA[　2002年放送のサバイバー日本版（TBS系）に出場した中島（現姓・丸山）瑞果氏の連載第７回は、ゲーム終盤を振り返る。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2002年放送のサバイバー日本版（TBS系）に出場した中島（現姓・丸山）瑞果氏の連載第７回は、ゲーム終盤を振り返る。２つのチームが合流して10人の「シルス賢者」チームとなり、少数派を１人１人追放していった旧デレブチームだが、残り６人となった段階で中島氏を含む旧チーム内の争いへと移行した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />消えた敵の存在</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20748" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/084266d1ecae847e5d1e80204b6d7210.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20748" class="wp-image-20748" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/084266d1ecae847e5d1e80204b6d7210-300x195.jpeg" alt="" width="220" height="143" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/084266d1ecae847e5d1e80204b6d7210-300x195.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/084266d1ecae847e5d1e80204b6d7210-768x500.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/084266d1ecae847e5d1e80204b6d7210.jpeg 907w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20748" class="wp-caption-text">６人の人間関係（AIで生成）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　若松泰恵氏（当時27歳＝自営業手伝い）が戦いの場を去り、旧デレブから続く６人だけとなったことで、新たな段階を迎える。これまでは内部で対立があっても、「旧デレブで結束していこう」という合言葉でまとまることができたが、旧ベケウが１人もいなくなったためにそうした「敵の存在によって味方で固まる」ことができなくなったのである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　６人の関係は、放送内容や中島氏の認識をベースにすると、概ね図表に示した通りになる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏は小野郷司氏（当時32歳＝会社経営）と蓑島恵利氏（当時28歳＝ダイビングインストラクター）の関係について「２人で話し込むことはあまりなく、たまたま同じクラスになった同級生のような空気感でした。小野っちは、お父ちゃん（黒岩敦夫氏、当時56歳＝元漁師）に頼めばエリちゃん（蓑島氏）の票をもらえるという意識でいたと思います」と話している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　さらに自身と黒岩氏との関係については「友好的であったと思います。元気な娘っぽく振る舞い、『こら、中島！　バカ者！』『お父ちゃんごめん、テヘヘ』みたいな関係ができていました」と説明する。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また、「そもそも小野っちと姐やん（松尾純子氏、当時36歳＝レストランプロデューサー）がお互いを落とそうとしているのは、周囲には『丸見え』の状態でした」と、両者の緊張関係を明らかにしている（参照・24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260328/">中島瑞果（6）票を戻せ</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　６人から２人を選ぶ組み合わせは15通りあり、それぞれの関係を「友好的」「敵対的」「中立的（どちらでもない）」で色分けすると、６：５：４となる。ここで友好的＝＋１、敵対的＝－１、中立的＝０として６人のポイントを計算すると以下のようになる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">★ 中島＝＋３　黒岩＝＋２　蓑島＝＋２　小野＝０　松尾＝－１　吉野＝－４</span></strong></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　黒岩氏は小野氏追放後、人が変わったようになり、４人全員を敵に回して”満票”で追放されており、吉野大輔氏（当時30歳＝元僧侶）と同レベルのポイントに陥ったと言える。その点を考えると、ポイントの高い中島・蓑島両氏が最終的にそれぞれ３位、１位となっているのは興味深い。サバイバーはいかに敵を作らないかということが、上位進出の条件となるゲームと考えられる。実際、敵対的関係が１つもない蓑島氏が優勝している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　一方で、敵対的関係が多かった吉野氏が２位なのは、終盤、追放免除ゲームを制したことや、旧ベケウのメンバーの追放が優先されたことが原因と考えられる。「いつでも追放できる、反吉野ですぐに仲間が集まる」と追放が先延ばしになるという、ポイントの低さゆえにゲームの死角に入り込むことができた結果、ファイナルまで生き延びたという見方が可能であろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />松尾純子氏の勝利のダンス</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20751" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/3780a65655364b6e825046912d0f5988.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20751" class="wp-image-20751" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/3780a65655364b6e825046912d0f5988-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/3780a65655364b6e825046912d0f5988-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/3780a65655364b6e825046912d0f5988.jpeg 680w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20751" class="wp-caption-text">追放審議会のイメージ（手前が黒岩氏、奥が中島（丸山）瑞果氏、AIで生成）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　前回の追放審議会では、松尾氏追放プランが実行直前に漏れて白紙に戻された。若松泰恵氏によるリークがなければ、松尾氏が追放されていたのは間違いなく、本人もそれなりに危機感を抱いていたのは想像に難くない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この時の追放免除ゲーム（片足耐久）では松尾氏が優勝し、初めてその証しを手にした。吉野氏、蓑島氏と３人が残る中、30分近く海上に設けられた足場で片足バランスを取り続け、優勝が決まると足場の上でダンスをするパフォーマンスを披露している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏はその時のことをよく覚えている。「さあ、ビーチに帰ろうとなった時に姐やんが『もうちょっと喜んでくれないわけ？　あたしが勝ったんだよ？』と言ったんです。私からすれば、あまりの喜びように、あからさまにライバルに見せつけているような感じがしていました。でも、そう言われましたから、『おめでとう！』と手を叩きました。すると『えーっ、何かちょっと違うなぁ』と言って、結構な勢いで怒られました。もしかすると、『追放免除を取れなかったら、私に入れようと考えていたんじゃないの』と疑っていたのかもしれません」と振り返る。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この片足耐久で中島氏は早々に脱落し、砂浜に上がって、黒岩氏、小野氏とともにゲームの行方を見ていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「３人で（審議会を）どうする？　と話していました。姐やんは海上の足場の上で、それに気付いて『あそこに３人一緒にいさせるの嫌だな』という感じで、こちらを見ていました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして松尾氏が追放免除を獲得したことで、小野氏、黒岩氏、中島氏で吉野氏追放で意見がまとまった。中島氏にすれば、吉野氏追放は本人のためでもあると感じており、本人のための追放という思いがあったという（参照・24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260315/">中島瑞果（5）君のための追放</a>）。吉野氏はこれまで体調を崩して撮影を止めたり、４人での同盟から離れてチームから孤立したり、かなりストレスが溜まっているように見えたとのことであった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「その時期になると、精神的に目に見えて危険な状態であるように思えました。生活場所にはナタがあったので、夜中にそれを持って暴れるのではないかと心配になり、撮影スタッフに『よっしーが危なそうだから、夜はそっちで持っていて』とナタを隠していたほどです。それぐらい危険な感じでした。この時の審議会の前にエリちゃんには『よっしー、帰った方がいいね』と話した気がします。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />存在感を増す蓑島・中島氏ら</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この時の追放審議会は吉野氏と小野氏に３票ずつ投じられ、累積票の勝負で小野氏が追放とされたのである。小野氏に投票したのは吉野氏と松尾氏、そして蓑島氏。松尾氏は自身が追放免除を勝ち取った時の他のメンバーの反応が薄かったことや、前回の投票で若松氏に『仇は取る』と言ったこと、以前から小野氏追放の意向を持っていたことなどを考えて、小野氏追放へ舵を切った可能性はある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　一方、中島氏にすれば、これまで誰が追放されるか、事前の票固めで全て把握していたが、初めて自身の予測を裏切る結果となった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「小野っちが安心し切っていて、追放のチャンスが生まれたのでしょう。その動きには気がつきませんでした。エリちゃん（蓑島氏）だからこそ、絶好のタイミングで票を投じられたのだと思います。この頃からエリちゃんは快適な無人島生活を特に望んでいるようでしたから、『（小野氏と吉野氏の）どちらに投票するのかな』と思う部分はあったのですが、それでも今回は順当によっしー（吉野氏）じゃないの、と思っていました。それと、この時の投票結果全般に関してですが、『誰かを帰らせてあげる』みたいなことではなく、『みんなゲームをちゃんとやっていたのだな』という感想も持ちました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　なお、中島氏によると、小野氏は追放後に「みずっちに裏切られた」と憤慨していたそうであるが、後に蓑島氏の１票で追放されたと知り、最終投票（ファイナル）で蓑島氏を真のサバイバーと認める投票をしている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space"> </span>　小野氏から裏切ったと思われた中島氏であるが、実際のところはその結果に涙を流している。「思い出がたくさんありましたから。自分にとってお兄ちゃんがいきなりいなくなるのはやはりショックでした。受け入れにくい現実ではありました」とのことであった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　小野氏の追放は、ゲームメーカーという立場が自身の安全を担保する一方で、反感を買うことも多く、リスクを抱え込みやすいことを示しているように思う。人数が多い段階では多数派工作も比較的やりやすい。敵対的関係にある者に対しても、共通の敵を設定することで戦略的に手を結ぶことが可能になるからである。</span></p>
<div id="attachment_20749" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/top.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20749" class="wp-image-20749" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/top-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/top-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/top-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/top.jpeg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20749" class="wp-caption-text">現在の中島（丸山）瑞果氏（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もっとも、それを続けていると敵対勢力からターゲットにされやすい。それを防ぐために全方位外交を進め、ほとんどの人と友好的関係を築いていけば、友好的関係にある人を落とさざるを得ず、結果「笑顔で近づき、情け容赦なく落としていく人間」として全員から信用を失う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そうしたゲームメーカーのジレンマに陥る中、敵対勢力を消していくと、味方の中から新たな標的（敵）を作り出していかなければならず、ゲームメークのリスクは飛躍的に高まっていくのであろう。小野氏はサバイバーというゲームが持つシステム上、生じる制約と戦っていたと言えるように思う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その点、満遍なく友好関係を築く中島氏や蓑島氏が終盤になって存在感を示してきたのは、ある意味、必然であったのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　いよいよゲームは最終盤へと向かっていく。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260403/">中島瑞果（8）謎めく発言</a> へ続く</span></p>
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		<title>24年後もサバイバー 中島瑞果（6）票を戻せ</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 28 Mar 2026 05:06:52 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<category><![CDATA[小野郷司]]></category>
		<category><![CDATA[松尾純子]]></category>
		<category><![CDATA[蓑島恵利]]></category>
		<category><![CDATA[中島瑞果]]></category>
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					<description><![CDATA[　サバイバー日本版に出場した中島（現姓・丸山）瑞果氏の連載第６回をお届けする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバー日本版に出場した中島（現姓・丸山）瑞果氏の連載第６回をお届けする。２チーム合流後、10人中６人を占めて数的優位に立った旧デレブチームは、若者が多い旧ベケウチームのメンバーを次々と追放していった。残るは１人となった時に、中島氏が動く。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />退屈な展開か…</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20740" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20740" class="wp-image-20740" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736.jpg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20740" class="wp-caption-text">無人島で食器として使用していた貝を手に（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　４人で合流した旧ベケウチームで、最初に追放されたのは高波邦行氏（当時23歳＝ボクサー志望）であった。同氏は追放免除ゲームの途中で負傷し、これ以上ゲームを続行することは難しいということで、旧デレブチームが票を集中させたためである（24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260315/">中島瑞果（5）君のための追放</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その後、渋谷美奈氏（当時19歳＝短大生）がドクターストップで島を離れた。続いて、運動能力が最も高く、旧デレブから警戒されていた平井琢氏（当時26歳＝リバーガイド）が追放された（参照・”ごきげんよう” 23年後のサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250525/">平井琢（３）</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして旧ベケウは若松泰恵氏（当時27歳＝自営業手伝い）１人を残すのみとなった。若松氏は、追放免除ゲームに勝たなければ生き残れないと自覚しており、実際、当サイトの取材に対して「小野（郷司、当時32歳＝会社経営）さんから『ワカがどうしても残りたいなら、チャレンジを勝つしかないね』と言われていましたし、私が勝てた場合は和尚（吉野大輔氏、当時30歳＝僧侶）を落とすという話でした。でも、和尚が勝ってしまい、その場で小野さんから『ワカ、ごめんね』と言われました（笑）」（参照・23年後のサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251022/">若松泰恵(4) 友情の舞台裏</a>）と答えている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　若松氏が言うようにこの大事な追放免除ゲーム（綱渡り）を勝ったのは吉野氏で、旧ベケウの最後の１人である若松氏に旧デレブの６票のほとんどが集まる展開が予想された。テレビ的には先が見えてしまう、やや退屈な展開ではある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><strong><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />松尾純子氏との微妙な関係</span></strong></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ところが、その”予定調和”的結末の間隙を突いて中島氏が松尾純子氏（当時36歳＝レストランプロデューサー）落としを計画する。カメラの前で中島氏は語った。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「私的には、かなり目の上のたんこぶの姐やん（松尾氏）を落としたいというのが、最初っからあったので」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　事実、中島氏はチーム戦の時から松尾氏落としを考えていたという。「私たちはゲームも弱く、いつも最下位付近で争っていましたし、本当に仲良しでした」と良好な関係ではあったとするものの、最初から仲が良かったわけではない。松尾氏は当初から桑野京美氏（当時40歳＝主婦）や、岡部泰三氏（当時26歳＝ボーイスカウト元日本代表）落としを積極的に仕掛けていた。優勝を目指していたせいか人間関係には非常に神経質になっていると、中島氏には感じられたようである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「タイゾー（岡部氏）の時もそうでしたし、エリちゃん（蓑島恵利氏、当時26歳＝ダイビングインストラクター）と話をしなければ、『あまり話をしてくれない。私のこと嫌いなのかな』とか、１日中、そういう話でした。それがちょっと嫌だなというのはあって、落とそうというのは考えていました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　しかし、岡部氏を追放してからはチーム戦で２連勝したために結局、追放審議会の機会がないまま合流に至り、合流後は旧デレブで結束して少数派の旧ベケウを追放していったためにチャンスは訪れなかった。そして、”予定調和”的結末、若松氏落としと思われる追放審議会で松尾氏が油断している隙をついて”クーデター”を決行しようと考えたのである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　カメラの前では、こうも語っている。「今だったら姉さんも、もう、だって若松しかいない訳だから、落とすのは。安心してるんじゃないかと。小野っちを説得できれば、お父ちゃん（黒岩敦夫氏、当時56歳＝元漁師）も大丈夫と。あとは若松さん。若松さんに『ここはあなたを残す』と。残す代わりに１票くれないか。そういう話をすれば、ワカに関しては、今は残る為だったら、うん、１票ぐらい。『あなたには入れさせないわよ』っていうような話をすれば、いけるんじゃないかと」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　合流する頃にはかなり仲が良くなっていたようであるが、２人はともに優勝を強く望んでおり、優勝のためにはどこかで相手を追放しないといけないという認識を互いに有していたのは間違いない。中島氏は「姐やんは、私が名前を書いて落としたかった」と言う。お互いにそこは勝負・ゲームということで理解し合える自信を持っているようであった。両者の関係はスポーツマン同士のライバル関係に近いと思われる。お互いに相手を認め合い、相手を倒すなら自分の手で、という感覚か。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また、『キャラ被り』という点も見逃せない。「私が当初想定していたサバイバーでのポジションは、姐やんの立ち位置に近いものでした。自分自身、それまで姐やんから毒気を抜いたような立ち居振る舞いで生きてきましたから。サバイバーでは仲は良かったのですが、同時に、自分が目指していたポジションを姐やんに取られていたのも事実です。だから、『目の上のたんこぶ』でもあるわけです」と中島氏は説明する。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　このように、２人の関係は複雑な要素が絡み合った関係であったのは間違いない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />予想し得ない展開</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20743" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/waka.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20743" class="wp-image-20743" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/waka-300x198.jpeg" alt="" width="220" height="145" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/waka-300x198.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/waka.jpeg 624w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20743" class="wp-caption-text">若松氏（左）と中島氏のイメージ（ＡＩで生成）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏はまず、撮影クルーに、今から松尾氏落としの話をする、と声をかけてカメラを構えさせ、小野氏と作業をするふりをして密談に入った。制作担当者、スタッフが何を欲しているか、芸能人である中島氏にはよくわかっていた。「テレビにはこれが必要なんです」と言う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「そもそも小野っちと姐やんがお互いを落とそうとしているのは、周囲には『丸見え』の状態でした。そこで小野さんに『順当（に若松氏を落とす）じゃもったいないよね、姐やん落とすチャンスだよね』と話しました。小野さんは最初は難色を示していましたが最終的には『みずっちがやりたいなら、いいんじゃない』と話に乗ってきました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　密談が終盤にかかった時に事件が起きる。若松氏が「何の話をしているの？」といきなり入ってきたのである。そこで２人は松尾氏追放の話をして、若松氏を引き入れて５票としようと試みたのである。若松氏は「わかった」と言って、その場を離れた。そこまでの一部始終がカメラの前で行われ、放送されている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「その後、すぐに小野っちがお父ちゃん（黒岩氏）とエリちゃん（蓑島氏）に確認して２票をまとめました」（中島氏）と、描いたシナリオはほぼ現実化すると思われた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ところが、ここで若松氏が予想もしない行動に出る。海辺で貝を採っていた松尾氏と蓑島氏のもとに行き、聞いたばかりの松尾氏追放の話をしたのである。若松氏はその時のことを、当サイトの取材に以下のように答えている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「…ベケウが順々に消され、タク（平井琢氏）が消され、最後に私では予想通りで面白くないじゃないですか。それで番組を面白くするように、そんな計画があったよみたいなシナリオで盛り上げようとしているのかなと考えていました。松尾さんを落とす話を嘘だと思っていましたから、松尾さんに、こんな話があるんだけど『これ、ネタでしょ？』『（番組サイドが）撮れ高ほしいんでしょ？』みたいな感じで話した記憶があります。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また、「もちろん、若松氏の中には『私が本当に落としたいのは松尾さんではありませんでした。小野さんです。松尾さんと組んで小野さんを落とす方がいい』という考えもあった。」という事情もある（以上、参照・23年後のサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251022/">若松泰恵(4) 友情の舞台裏</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />「鬼のような形相で…」</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　松尾氏追放の準備は整い「審議会までのんびり過ごそう」と、ワクワクして待っていた中島氏のもとへ松尾氏が歩いてきた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「姐やんが鬼のような形相で『みずっち！』と迫ってきました。私は訳が分からず『どしたー？』と軽く聞いたのですが、『ワカが、今、みずっちと小野から私を落とす話をされたと言ってきたけど、マジ？』と言うわけです。もう、こちらが『マジ？』と言いたい気分でした。『ワカ、何を考えてるんだ！』と。ただ、顔には出せません。その前にこの状況をなんとか抜け出す必要があります。とっさに『ワカ落としの話をしていたら、本人が来たから瞬時に話を変えた』と釈明しました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏の話を聞いた松尾氏は「やっぱり小野が言い出したな、あの野郎」と言って去っていったという。作戦が失敗したことを悟った中島氏は、すぐに小野氏のところに向かった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「走って小野っちのところに行き『バレてる、バレてる、姐やんにバレてるから、（黒岩氏と蓑島氏の）票を戻して。姐やんすぐ来るから』とだけ言って、その場を離れました。全くの偶然ですが小野っちの（松尾氏に対する）説明が、私が姐やんにした説明と同じだったために（松尾氏から）信用されたようでした。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして追放審議会直前のドタバタの結果、若松氏に５票が集まり追放となった。松尾氏も「自分が生き残るために、ごめんなさい、あなた（若松氏）を選びました。あなたの仇は絶対、私がとります」と言って若松氏の名を書いて投票している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />無人島を舞台に交錯する思い<span class="Apple-converted-space"> </span></span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏は「もっとワカと仲良くなっていたら、信頼関係が築けていたら、姐やんを落とせたのかなと思います。当時はワカに対して『１位を取りに来てるのに何を考えているんだ』とイライラしたものです。それと、今にして思えば、ワカはTBSのスタッフに言われて来たのかな、という気もします。本当に忍者のようにスルスルっと、突然来ましたから」と振り返る。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この点を若松氏にメールで問い合わせると、以下のような回答が寄せられた。</span></p>
<div id="attachment_20741" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/cc4996dc76f49141a4fba5be4f0061e3.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20741" class="wp-image-20741" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/cc4996dc76f49141a4fba5be4f0061e3-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/cc4996dc76f49141a4fba5be4f0061e3-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/cc4996dc76f49141a4fba5be4f0061e3-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/cc4996dc76f49141a4fba5be4f0061e3.jpg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20741" class="wp-caption-text">前列中央が中島氏、後列左から２番目が松尾氏（中島氏提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「小野さんとミズッチが話しているところになんで行ったのか…全く覚えてないです！　スタッフから『あそこで何か話してるっぽくない？』というような事を言われて行ったのか、たまたま歩いてたら2人を見つけて近寄ったのか？　今となっては全然思い出せないのですが、ベケウは本当に若いチームでよく言えば自由、悪く言えばチームとしての統率みたいなものがなく、密談してるっぽいところには行かない、みたいな大人の考えはなかったと思います。少なくとも私にはなかったので、偶然にせよ、スタッフから行ってこいと言われたからにせよ、２人が喋ってるところに無邪気に近づいたのは間違いないですね。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　幻の松尾氏追放劇から24年の月日が流れた。パラオの無人島で若者たちの様々な感情が交錯したが、それはあくまでもゲーム上での出来事に過ぎない。５年後に行われた中島氏の結婚式には若松氏らも出席し、交流を深めた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「あんなスリリングなゲームはありません。とても愉しかったです。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ほろ苦い出来事も、24年の星霜を経て中島氏には忘れ得ぬ思い出となっているようである。　</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260329/">中島瑞果（7）味方だけの島</a> に続く</span></p>
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		<title>24年後もサバイバー 中島瑞果（5）君のための追放</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 15 Mar 2026 01:26:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[高波邦行]]></category>
		<category><![CDATA[蓑島恵利]]></category>
		<category><![CDATA[中島瑞果]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[平井琢]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<category><![CDATA[小野郷司]]></category>
		<category><![CDATA[松尾純子]]></category>
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					<description><![CDATA[　『サバイバー』日本版に出場した中島（現姓・丸山）瑞果氏が３月３日、市川浦安保護区の保護司として辞令を交付された。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　『サバイバー』日本版に出場した中島（現姓・丸山）瑞果氏が３月３日、市川浦安保護区の保護司として辞令を交付された。その様子は弁護士ＪＰニュースで報じられ、Yahoo! JAPANなどポータルサイトにも転載されている。番組放送から24年、“みずっち”の活動が再び多くの人の目に触れることとなった。同氏の現在については本連載の後半で詳述することとし、第５回は再び時計の針を2002年春に戻す。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />絶妙なポジション</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20721" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/b229847dd2856c0996a199b8ba3c1e21.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20721" class="wp-image-20721" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/b229847dd2856c0996a199b8ba3c1e21-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/b229847dd2856c0996a199b8ba3c1e21-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/b229847dd2856c0996a199b8ba3c1e21-1024x614.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/b229847dd2856c0996a199b8ba3c1e21-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/b229847dd2856c0996a199b8ba3c1e21.jpeg 1134w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20721" class="wp-caption-text">保護司の辞令を手にする中島（現姓・丸山）瑞果氏</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　チーム戦を６回戦い、６人が追放されたところで両チームが合流して10人による個人戦がスタートする。中島氏（当時30歳）のデレブチームは２度チャレンジに敗れた結果、桑野京美氏（当時40歳＝主婦）と岡部泰三氏（当時26歳＝ボーイスカウト日本代表）の２人を追放し、６人で合流することになった。４人を追放し、残る４人で合流することになったベケウに対して圧倒的に有利な立場である。その上で、目立たない、敵を作らない作戦で累積は１票もなく、多数派での合流となった中島氏の戦いぶりは極めて順調であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　合流前のデレブでは、リーダーの小野郷司氏（当時32歳＝会社経営）と松尾純子氏（当時36歳＝レストランプロデューサー）という強烈な個性を持つ２人が並び立つ関係にあったが、中島氏はどちらとも良好な関係を築いていたという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「小野っちは姐やん（松尾氏）をあまり好きではないのはわかっていましたし、姐やんはリーダーシップをとりたかったみたいで、何となく小野っちが気に入らないようでした。『どうして小野がリーダーなのよ』という思いを持っているのが、私には感じられました。２人ともお互いを邪魔な存在と思っていたのではないでしょうか。そのせいか、私のところに『姐やん何か言ってた？』ですとか『あいつ（小野氏）何だって？』と聞いてくることが何度かありました。」（中島氏、以下、ことわりなき限り同氏）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　強烈な個性の間に入り、どちらとも良好な関係を築くという絶妙なポジションに収まり、しかも、独立独歩の傾向が強かった蓑島恵利氏（当時28歳＝ダイビングインストラクター）ともゲーム以外の生活で強い絆を持つという、非常に強固な地盤の上に身を置くことに成功した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />高波氏に投票集中</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　６対４での合流とあり、中島氏の所属するデレブの優勢は明らかであった。チーム内では「個人戦はデレブでベスト６に行こう、がんばろう、という感じでした。そのために（メンバーから浮いていた）よっしー（吉野大輔氏、当時30歳＝元僧侶）は残しておこうという共通認識が、何となく共有されていたように思います」と、数の力で押し切る考えを全員で持てていたという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうした考えは相手にも伝わるものなのであろう。「旧ベケウは『ゲームに勝たないと追放される』という強迫観念のようなものが見て取れて、最後までそれを崩しませんでした。心の距離が近くなるには時間が足りませんでした」と振り返る。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space"> </span>　合流後も旧所属チームの牽制が続く中、例外とも呼べるのが、番組でも紹介された旧ベケウの高波邦行氏（当時23歳＝ボクサー志望）と旧デレブの黒岩敦夫氏（当時54歳＝元漁師）との交流である。高波氏は番組内で父親がいない環境で育った旨を話しており、黒岩氏に父親の影を見ているかのように描かれていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「クニ（高波氏）がお父ちゃん（黒岩氏）と楽しそうに生活しているのは、本当にほっこりしましたし、お父ちゃんも嬉しそうでした。その意味でデレブに一番なじんだのはクニだったと今でも思います。逆にタク（平井琢氏、当時26歳＝リバーガイド）は辛かったと思います。私たちの狙いは（抜群の運動能力を持つ）タク（の追放）でしたから、本人もそれをわかって『追放免除ゲームに勝つしか生き延びる道はない』と思っていたはずです。帰国して仲良くなってから話を聞きましたが『ああ、そんなに辛かったんだ』というのが分かりました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　合流後、最初の追放免除ゲームを勝ったのはその平井氏であった。そこで旧デレブは平井氏同様、若くて運動能力の高い高波氏をターゲットにする。平井氏は番組内で「元デレブは高波君を狙っているという判断をしています」と話している。一方で、番組では松尾氏が小野氏を落とすために画策しているシーンを流した。そして、高波氏は黒岩氏との結びつきを強めていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　松尾氏の小野氏落としがあるかもしれず、黒岩氏は高波氏に投票しないかもしれない、という予測を抱かせる展開の中、追放審議会が行われた。結果として平井氏の判断は正しく、高波氏が旧デレブの６人全員の票が集まり、追放が決定する。黒岩氏も父親のように慕ってくれた高波氏の名前を書いている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />本意ではない追放</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20724" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/06eac217f79d04c8b0f129fc31839f56.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20724" class="wp-image-20724" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/06eac217f79d04c8b0f129fc31839f56-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/06eac217f79d04c8b0f129fc31839f56-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/06eac217f79d04c8b0f129fc31839f56-1024x614.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/06eac217f79d04c8b0f129fc31839f56-768x460.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/06eac217f79d04c8b0f129fc31839f56.jpeg 1276w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20724" class="wp-caption-text">かけがえのない青春の地の舞台（本人提供、ＡＩで画質調整）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　高波氏をめぐる投票は、黒岩氏からも無情に切り捨てられているようで、若干の違和感を覚える。この投票について中島氏に聞くと、意外な事実を明らかにした。最も追放したかった平井氏が追放免除を獲得したために、ベケウの３人のうち１人を選んで追放することになり、本来なら、ターゲットは若松泰恵氏（当時27歳＝家業手伝い）の予定だったところ、事情があって高波氏に変更になったという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「普通だったらタクを落としたいけど、追放免除を勝って落とせなくなりました。そこで次の狙いはワカ（若松氏）でした。クニは（黒岩氏との関係もあり）生活をすごく楽しんでいましたから。ところが、クニが足首をケガしてモチベーションが落ちてしまいました。多分、（追放免除ゲームの）『８時間耐久鬼ごっこ』の時だと思います。その日（21日目）は、ずっと痛がっていました。運が悪いことに船が出られないぐらいの干潮になり、鬼ごっこをした島に残ることになりました。その島には医師がおらず、クニの足の状態は分かりません。本人は『この足ではこれからのゲームをやっていけないから帰りたいかな』と言うようになったので、私たちも『そうしますか…』ということになりました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この点は平井氏も「…高波（邦行）君（当時23歳、プロボクサー志望）が急に『帰りたい』と言い出して戦意を喪失しているように見えたので…」（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250525/">”ごきげんよう” 23年後のサバイバー 平井琢（３）</a>）と話しており、中島氏の話を裏付ける。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この時の追放審議会は追放免除ゲームの翌日の22日目に行われているが、高波氏は黒岩氏と完成させたツリーハウスに腰掛けた時に右足首に包帯のようなものを巻いているのが確認できる。さらに、追放が決まって引き上げる時にはわずかに足を引きずる様子がうかがえる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「追放の中には、本意ではない追放がいくつかありました。タクとワカも『クニを帰らせた方がいい』と思っていたかもしれません。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　自分が優勝するため、強敵となる人間を落としていくのが個人戦の常道である。しかし、長丁場の撮影の中、心身の状態がすぐれない人間も出てくる。そうした時は、落としてあげる、帰らせてあげることが、その人のためという状況が出てくることは容易に想像がつく。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />あなたのための追放</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　上記のような「もう帰らせてあげよう」という追放は、優勝を狙って全力を尽くすサバイバーの趣旨とズレが生じているとの批判が出るのは避けられないのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　しかし、16人は優勝を争う敵同士であるが、同時に優勝を目指して戦う戦友でもある。連帯意識が強まってくれば、戦略・戦術的見地ではなく、その人のためになるからとの理由で追放のための１票を投じる場合も出てくる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　それを「番組の趣旨と違う」と批判するのは容易いが、現場で必死に撮影を続けた出場者を思えば、やむを得ない判断として容認されるべきであろう。実際、出場者は24年を経ても連絡を取り合い、交友関係を続けていることから、その結びつきの強さがうかがえる。その種の追放もあることは、まさにリアリティ番組のリアリティの部分と言える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　同様に、出場者は24年を過ぎても話せない部分がある。それはTBSに対する守秘義務が存在することによる。筆者はその内容は概ね把握しているつもりではあるが、確証はなく、また確証を得られても表に出す気はなく、その必要もないと考えている。</span></p>
<div id="attachment_20722" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/57619ab449ca80727ee75dcba013a661.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20722" class="wp-image-20722" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/57619ab449ca80727ee75dcba013a661-300x199.jpeg" alt="" width="220" height="146" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/57619ab449ca80727ee75dcba013a661-300x199.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/57619ab449ca80727ee75dcba013a661.jpeg 624w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20722" class="wp-caption-text">高波氏は笑顔で島を去った（ＡＩで生成）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　なぜなら、守秘義務の部分は番組の展開に決定的な影響を及ぼしているとまでは言えず、そこを除く部分は台本のないストーリー、まさに16人が繰り広げた戦いの痕跡と言えるからである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そうした尊重されるべき部分が、ほんのわずかな守秘義務の対象となる事項の存在で全て否定されてしまうことは番組の評価、そしてそれに基づく出場者のその後の人生の評価そのものを誤りかねない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　われわれ視聴者は撮影後に編集された、ごく限られた無人島での生活の様子を見ているが、16人は映像の背後にある遥かに長い時間を過ごしている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバーとは何だったのかを聞かれた中島氏が「かけがえのない青春ではあったと思います。青春末期のね。」と答えたことが、その長い時間を含めたサバイバーの語るべき価値を示しているように思う。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260328/">中島瑞果（６）票を戻せ</a> に続く</span></p>
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		<title>24年後もサバイバー 中島瑞果（1）PTA会長”みずっち”</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 08 Feb 2026 06:06:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[小野郷司]]></category>
		<category><![CDATA[松尾純子]]></category>
		<category><![CDATA[石毛智子]]></category>
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					<description><![CDATA[　2002年放送の「サバイバー」（TBS系）出場者のその後をたどるシリーズ第三弾は中島瑞果（みずか）氏を取り上げる。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2002年放送の「サバイバー」（TBS系）出場者のその後をたどるシリーズ第三弾は中島瑞果（みずか）氏を取り上げる。当時30歳、可憐な容姿に、大胆な水着姿で無人島を駆け回り、優勝まであと一歩の３位となった”みずっち”の活躍に、目を奪われた男性視聴者も多かったに違いない。54歳の今は３児の母として主婦業をこなす傍ら、PTA会長の重責を果たしつつ更生保護の担い手として地域に貢献している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />３月から保護司に</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20658" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/52701d57e15f6c7bd3ff1a9c34b97d7c.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20658" class="wp-image-20658" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/52701d57e15f6c7bd3ff1a9c34b97d7c-300x198.jpeg" alt="" width="220" height="145" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/52701d57e15f6c7bd3ff1a9c34b97d7c-300x198.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/52701d57e15f6c7bd3ff1a9c34b97d7c.jpeg 737w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20658" class="wp-caption-text">現在の中島瑞果氏（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2025年７月18日、文部科学省で特別支援教育に携わる教員への給与の調整額削減に反対する保護者らの記者会見が行われた。同年６月に成立した「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法等の一部を改正する法律」を受けて、特別支援教育の現場で働く教員の給料の調整額が現行の給与月額に対して３％支給から、2028年には1.5％まで引き下げられることの見直しを文科省と財務省に要請したことを報告した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　会見場には６人の保護者が並んだ。盛夏の時期、カジュアルなクールビズの服装で臨む保護者の中、ただ一人フォーマルな黒いスーツを着込んだ女性の姿があった。会見に参加した記者も、同席した保護者さえも、その女性がかつてサバイバーで３位の”みずっち”であることを知らないと思われる（以上、教育新聞「<a href="https://www.kyobun.co.jp/article/2025071804">特別支援教育の調整額削減は見直しを 保護者らが改めて要請</a>」参照）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバー出場時、「珈琲豆専門店店員」「フリーター」などと紹介された中島氏は、現在は夫の姓（丸山）となり、様々な役職をこなす。肩書きは、自身の子が通う市川市内の小学校のPTA会長（来年度で３年目）と学校運営協議会・委員、同市PTA連絡協議会・副会長、千葉県公安委員会少年指導員、千葉県警察少年補導員などを入れて７つを数える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2026年３月から千葉県市川浦安地区保護司、５月からは千葉県PTA連絡協議会・理事・代議員などの役職が加わる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　保護司は法務大臣が委嘱するもので、その使命は「…社会奉仕の精神をもつて、犯罪をした者及び非行のある少年の改善更生を助けるとともに、犯罪の予防のため世論の啓発に努め、もつて地域社会の浄化をはかり、個人及び公共の福祉に寄与すること」（保護司法第１条）と規定されている。保護司になる者の条件は以下のとおり。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">１　人格及び行動について、社会的信望を有すること。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">２　職務の遂行に必要な熱意及び時間的余裕を有すること。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">３　生活が安定していること。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">４　健康で活動力を有すること。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（保護司法第３条第１項）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　お堅い肩書きとは対照的に、カメラの前で見せてくれた笑顔はサバイバー出場時の”みずっち”の愛らしさそのままであった。そのギャップに中島氏が歩んだサバイバー後の24年の重みを感じずにはいられない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />目に飛び込んできた「日本版サバイバー募集開始」</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20660" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/41fb2316a831563c0f461807ec37041d.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20660" class="wp-image-20660" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/41fb2316a831563c0f461807ec37041d-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/41fb2316a831563c0f461807ec37041d-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/41fb2316a831563c0f461807ec37041d-1024x614.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/41fb2316a831563c0f461807ec37041d-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/41fb2316a831563c0f461807ec37041d.jpeg 1417w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20660" class="wp-caption-text">サバイバー出演の頃の中島氏（本人提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　今から24年前の2002年初頭、６月に開幕する日韓共催のサッカー・ワールドカップに向けて緊張が高まっていた時期、都内の珈琲豆専門店に勤務していた当時30歳の中島氏は、レジの前で、客に見えないように手元に置いた新聞のテレビ欄を何気なく見ていた。すると、「日本版サバイバー募集開始」という小さな活字に目を奪われた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　既に日本でもTBSの深夜枠などで放送さ れていた米国版（ファーストシーズンは2001年１月から）を視聴しており、「あの世界観、映像のきれいさ、あそこに身を置いてみたい」という願いを持っていた。その憧れの番組が日本でも始まることを悟ったのである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「絶対にいつか日本でもやると思っていました。（アメリカ版は）日本だと松尾（純子、当時36＝番組での肩書き・レストランプロデューサー）さんや小野（郷司、当時32＝会社経営）さんみたいなキャラの人たちが怖そうだなとか、追放されたらどんな気持ちがするのかなとか、（ゲームでやっていた）虫を食べられるかなとか、協調性があるかどうかもわからないし、でも、行ってみたいよね～という気持ちでした。それで医師が付いていて絶対安全というのがあったので『それなら行ってもいいかな』と思いました。もう頭の中はそれでいっぱいです。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　高校卒業後に芸能活動をしていた中島氏にとっては、米国版サバイバーは憧れの番組でもあった。そこでテレビ欄を当時の雇用主に見せて「これ、やりたかったものです。行きたいです」と言うと、あっさりとＯＫを貰えた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして番組に応募をすることになったが、素人参加番組に興味本位で応募するというものではなかった。前年2001年に30歳という区切りの年齢に達したこともあり、「合格しなかったら芸事を廃業しよう。18歳からここまで頑張ってきてオーディションで一般の方に負けるようなら、辞める」と、並々ならぬ決意を持って臨むことになる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　芸能活動をしていたことから、テレビ番組ではキャラクターをはっきりさせた方がいいという番組サイドの事情はわかっていた。そこで選んだのが、口の悪いセクシー系。米国版サバイバーでは１人はいるタイプで、かつ、日本のテレビ業界でも好まれるタイプになり切ろうと決めた。もっとも、「『口の悪い』というのは姐やん（松尾純子氏）が抜きん出ていたので、役をとられました」とのことで、現地では素顔の自分で臨む結果になったという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そして、オーディションでは「めちゃくちゃバストを詰め物でボリューミーにしてタイトな服で行きました」と、セクシー系を強調する作戦に出て最終審査に駒を進めた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />出発前の秘密の同盟の相手</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　最終オーディションはTBSで行われる。こうしたオーディションでは開始１時間前に現地入りすることにしていた中島氏は、早めに現場に到着。近くのコーヒーショップに入り、ゆっくりと椅子に腰掛けた。当時は飲食店では喫煙が可能であったため、灰皿を近くに置く。注文したコーヒーの蓋を外し、手にしたコーヒーフレッシュを静かに流し込んだーー灰皿に。「落ちたら芸事廃業」の決意の下、極度の緊張状態にあったことを実感し、店内で自らの行為に大笑いしてしまった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　集合場所のTBSのロビーに行き、一人がけのソファーに座って開始を待った。そのうち、カメラクルーが現れ、オーディション参加者と思われる人の撮影を始めた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　（やだ、これ出来レース？）と不信感が募り、近くに座っていた女性と目を合わせた。相手の女性も同じことを考えていたのかもしれない。どちらともなしに話を始め、すぐに意気投合した。その女性が石毛智子氏（当時25、帰国子女）であった。その後、カメラクルーは２人のもとにもやってきて、撮影を始めた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ロビーでの撮影後、最終オーディションまで６時間ほど時間があったので、石毛氏をその頃住んでいた世田谷区喜多見の自宅に招き、おしゃべりを続けた。コーヒーフレッシュを灰皿に流し込んだ失敗談に、石毛氏は大笑いしていたという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　連絡先を交換した２人は「もし、合格したら秘密の同盟ね」と約束した。この秘密同盟は、両者が別々のチームに所属することになり、石毛氏がチーム戦で追放されて合流を果たせなかったため実現することはなかった。石毛氏追放直後の投票免除ゲーム「ワニの生けどり」の際、相手チームに石毛氏の姿が見えなかったことについて「トモちゃん（石毛氏）が来なかったゲームの日、心から落ち込んだことは忘れていません」と語る。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　すっかり打ち解けた２人は、周囲から見ると目立つ存在であったのは間違いない。最終会場にいた若松泰恵氏（当時27＝工具店の看板娘）は「すごく綺麗な女性が２人いました。…その２人はオーディションで仲良くなったのか、よく分からないのですが、…いかにも東京の人という感じの華やかで綺麗な人だなと思いましたし、とても目立っていました」と後日語っている（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250930/">23年後のサバイバー 若松泰恵(1) 始まりは扁桃腺</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />ボディピアスを釣り針にしない約束</strong></span><span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<div id="attachment_20659" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/51dc133fcdcde2d60b0ce649a07fbbdd.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20659" class="wp-image-20659" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/51dc133fcdcde2d60b0ce649a07fbbdd-300x200.jpg" alt="" width="220" height="146" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/51dc133fcdcde2d60b0ce649a07fbbdd-300x200.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/51dc133fcdcde2d60b0ce649a07fbbdd.jpg 709w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20659" class="wp-caption-text">番組ではバイクを押している姿が紹介された（ＡＩで生成）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして後がない思いで臨んだオーディションを見事に勝ち抜いた。家族への報告は直前になったことで両親は激怒したというが、動き出した歯車を止めることはできない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　出発前、歯科で木の枝で歯の磨き方を尋ねたり、島で着用する水着を買ったり、忙しい時間を過ごした。TBSによる衣装チェックもあったが、用意した衣装はすべて認められた。</span><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">渋谷のOCTOPUS ARMY（オクトパスアーミー）でアルバイトしていた中島氏にすれば当たり前のことである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また、ボディピアスの装着も認められた。ただし「釣り針に使用しないこと」という制約付きであった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして、2002年３月にパラオの無人島・ゲメリス島に向かうことになる。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">24年後もサバイバー 中島瑞果<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260211/">（2）生き残るために</a> に続く</span></p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>”ごきげんよう” 23年後のサバイバー 平井琢（４）</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250526/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 26 May 2025 06:58:54 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[平井琢]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<category><![CDATA[小野郷司]]></category>
		<category><![CDATA[松尾純子]]></category>
		<category><![CDATA[蓑島恵利]]></category>
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					<description><![CDATA[　2002年に放送され、今でも根強い人気を誇る「サバイバー」（TBS系）に出場した平井琢氏（49）の連載の最終回をお届けする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2002年に放送され、今でも根強い人気を誇る「サバイバー」（TBS系）に出場した平井琢氏（49）の連載の最終回をお届けする。番組出演当時26歳だった若者は2025年の今は埼玉県長瀞町でアウトドアスポーツを目的とするツアー企画、運営などを手掛ける会社を経営するとともに、同町観光協会副会長を務めている。多忙な日々を送る社長にとって、23年前のサバイバーとは何だったのか。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />2012年にアムスハウス＆フレンズ設立</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20086" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/fbba7224ff30d535ce0307c24796fb48-1.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20086" class="wp-image-20086" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/fbba7224ff30d535ce0307c24796fb48-1-300x200.jpg" alt="" width="220" height="146" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/fbba7224ff30d535ce0307c24796fb48-1-300x200.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/fbba7224ff30d535ce0307c24796fb48-1.jpg 520w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20086" class="wp-caption-text">アムスハウス＆フレンズ公式サイトから、最後方が平井氏</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバーが2002年４月に収録が終了して帰国後は仕事に復帰する。繁忙期を中心に、ラフティングのガイドとして雇ってくれる現場があれば出向き、長野県白馬村や北海道十勝地方など、全国各地を回った。サバイバー放送後、しばらくは修学旅行でラフティングに来た学生などから「リーダー！」と声をかけられていたという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その後は長瀞町でパソナの先輩社員が立ち上げた会社に戻り、ラフティングのガイドを続けた。30代半ばになると独立を考えるようになり、2012年３月に株式会社アムスハウス（商号・<a href="https://amshouse.co.jp">アムスハウス＆フレンズ</a>）を立ち上げる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「これも偶然が重なったのですが、もう、やめるという会社があり、使用していた機材を安く譲っていただけることになりました。それで自己資金と借入を合わせてスタートしました。２年ぐらいは自分の給料が出ないような状態が続きましたが、３年目ぐらいから何とかなったという感じです」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　このアムスハウス（Amshouse）という言葉はジャマイカの言語であるパトワ語の「掘立て小屋」に由来するという。同社HPには以下の説明が掲載されている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「広い野原に立つ掘っ立て小屋のような場所があれば、そこに集まる仲間たちと一緒に、ワクワクするような悪巧みや冒険ができる―そんな「秘密基地」を作りたいという思いを込めて、【アムスハウス】という名前をつけました。まるで幼い頃、仲間が集まって自由に遊び、何か新しいことを企てたあの頃の感覚を大人になった今でも取り戻したい、そんな夢のある場所を作りたかったのです。」（同社HP・<a href="https://amshouse.co.jp/company/">ご挨拶</a> から）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ラフティングというアウトドアスポーツを扱う会社としての方向性が示されていると同時に、そのコンセプトに「サバイバー」に通ずる部分が感じられるのは興味深い。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />地域貢献・業界への貢献の思い</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そもそも平井氏は、パソナ時代の先輩が始めた会社の立ち上げに関わったことから長瀞で働き始めた（”ごきげんよう” 23年後のサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250521/">平井琢（１）</a>参照）。たまたま働き始めた長瀞であるが、ラフティングに関して「安全第一」 を考える上では絶好のフィールドであったことから、同地に落ち着くこととなった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2014年に結婚し、現在は２児の父。長瀞町に居を構え、長瀞ラフティング業者協議会の会長職も2020年まで通算で６年就いた。現在は同町の観光協会副会長も務めている。リスクマネジメントの講演で呼ばれることも少なくない。</span></p>
<div id="attachment_20084" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/d6e5bea0d5384e776ed6b1c7251fcc57.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20084" class="wp-image-20084" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/d6e5bea0d5384e776ed6b1c7251fcc57-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/d6e5bea0d5384e776ed6b1c7251fcc57-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/d6e5bea0d5384e776ed6b1c7251fcc57.jpeg 624w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20084" class="wp-caption-text">サバイバー出場前、豪ケアンズでリバーガイドをしていた頃（本人提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　30代後半から業界や地域への貢献を意識した生活にシフトしていった。以前は「サバイバーに始まって海外に行きたいとか、フラフラしていた」（平井氏）ものが、地域に根付いた活動を始めた理由は２つあるという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「昔は、ただ好きなことをやっていましたが、起業したことと家族を持ったことで、そこに付随することにも目を向けないといけないというのを感じるようになりました。結婚して家族をもって自分が本当に社会の一員になったという意識が芽生えました。お金を稼いで家族を養うだけではなく、自分の子供が行っている学校など、地域社会はものすごく大事だと思うようになりました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　起業が36歳、結婚が38歳。サバイバーから10年の月日を経て、ベケウのリーダーは地域のリーダーへと変わっていったということであろう。もともと、頼まれたら嫌と言えない性格。観光協会の理事から始まり、さまざまな役職を頼まれては引き受けてきた。そのことで業界や地域のことがより理解できるようになり、貢献への意識も高めてきた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「色々な役職を経験するうちに、地域社会の仕組みをブラッシュアップしたり、スムーズに世代交代をしたり、という役割は僕たちがしなければいけないと感じるようになりました。それをすることが一番の地域貢献であり、課せられた社会的責任と感じています」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />点にとどめず線に繋がるチャレンジを</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバーのメンバーとは今も交流がある。特に交流が多いのが巧みな戦術でゲームメイクして番組を盛り上げた小野郷司氏（当時32歳、会社経営）で、家族ぐるみの付き合いになっている。平井氏の夫人はサバイバーをリアルタイムで視聴していなかったため、小野氏と初めて会うことになった時に、録画したものを見せて「小野さんについて予習」（平井氏）してから、会わせたとのこと。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　冷徹なゲームメーカーの小野氏は番組内では「悪魔」と呼ばれるなどヒールと言っていい役回りであったが、実際は「すごくいい人」（平井氏）で、そうした異業種の人と今でも繋がっていられるのはサバイバーに出場したからこそという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　平井氏にサバイバーで得たものは何かを問うと、今でも付き合いのある仲間の存在とともに、現在の生活に繋がる出発点であることを強調する。「（サバイバーで）得たものは、物事を俯瞰することの重要性です。瞬間だけで物事を捉えて導き出す判断では、あまりうまくいかないことを最初に実感したのがサバイバーでした。今、レスキューの講習などで『様々な視点から物事を見ましょう』と言っています。視点取得という言葉を使っていますが、自分の中で、その始まりはサバイバーにあったように思います」と言う。それが今の会社経営やそれ以外の講習などで役に立っているという認識である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　昨日の敵と今日の友が頻繁に入れ替わるような状況で、時に協力しながらも最終的には互いを追放し合う人間関係の中で１か月近くモマれれば、物の見方が変わって当然。最終的な優勝というゴールから逆算して、今、何を為すべきかを考える思考は嫌でも身に付くのかもしれない。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<div id="attachment_20081" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/0e317333ae281faf116ac277938f90b4.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20081" class="wp-image-20081" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/0e317333ae281faf116ac277938f90b4-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/0e317333ae281faf116ac277938f90b4-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/0e317333ae281faf116ac277938f90b4.jpg 765w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20081" class="wp-caption-text">長瀞の名勝「岩畳」で笑顔の平井氏（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　パラオの無人島で16人が共同生活をしながら戦いを続けてから23年。26歳だった平井氏はまもなく50歳を迎える。番組当時に生まれた子供が、出場時の平井氏の年齢に達しようかという年月を経た今、現代の若者に伝えたいことを聞いた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「やりたいことにチャレンジしつつ、チャレンジの先をイメージすることが大事だと思います。僕は失敗してきた人間だと思っています。でも、失敗してもチャレンジが次に生かされればそれでいいと思います。チャレンジを点にしないで、線にする作業が大事ではないでしょうか。若松（泰恵）さん（当時27歳、自営業手伝い）は、その先のステップとしてサバイバーにチャレンジしたのでしょう。僕は先をイメージせずにサバイバーにチャレンジしましたが、結果として、そこから先に繋げました。どういう形にせよ点にとどめず、線にすることが大事なことと思います」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2025年の長瀞と2002年のパラオの無人島は、平井氏の中で確実に繋がっている。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（おわり）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">”ごきげんよう” 23年後のサバイバー<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250521/"> 平井琢（１）</a>へ戻る</span></p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>”ごきげんよう” 23年後のサバイバー 平井琢（３）</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 25 May 2025 09:52:28 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[小野郷司]]></category>
		<category><![CDATA[松尾純子]]></category>
		<category><![CDATA[石毛智子]]></category>
		<category><![CDATA[蓑島恵利]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[平井琢]]></category>
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					<description><![CDATA[　「サバイバー」（2002年、TBS系）に出場した平井琢氏（49、当時26歳）の連載の第３回をお届けする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「サバイバー」（2002年、TBS系）に出場した平井琢氏（49、当時26歳）の連載の第３回をお届けする。同氏が率いたチーム”ベケウ”は追放者４人を出し、残った４人で６人の”デレブ”と合流した。平井氏は持ち前の運動能力で投票免除（追放を逃れる権利を争う）ゲームを制して勝負強さを発揮する。しかし、思わぬアクシデントがきっかけとなり追放されることとなった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />戦意喪失していた？若手２人</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20065" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/04cdbaba60b2b695ae15e771783629ab.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20065" class="wp-image-20065" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/04cdbaba60b2b695ae15e771783629ab-300x200.jpg" alt="" width="220" height="147" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/04cdbaba60b2b695ae15e771783629ab-300x200.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/04cdbaba60b2b695ae15e771783629ab.jpg 652w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20065" class="wp-caption-text">陪審員６人が集合（平井氏提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　合流したチームは10人で構成され、平井氏のベケウは４人という少数派であった。その少数派のリーダーで、しかも運動能力が高い平井氏はマジョリティであるデレブから警戒され、ターゲットにされる存在であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「数の原理で言えば普通に勝てません。それと同じベケウの渋谷（美奈）さん（当時19歳、短大生）と高波（邦行）君（当時23歳、プロボクサー志望）が急に『帰りたい』と言い出して戦意を喪失しているように見えたので、『これはまずいぞ』という思いがありました。もしかすると（デレブのリーダーの）小野（郷司）さん（当時32歳、会社経営）や松尾（純子）さん（当時36歳、レストランプロデューサー）に掌握されていたのかもしれません。それなら（先に追放した）平川（和恵）さん（当時31歳、主婦）やゲッチ（石毛智子さん、当時25歳、帰国子女）を残した方が良かったのかなと思いました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その厳しい状況で勝ち残りを狙うには、ゲームを制して我が身の安全を確保した上で多数派の分裂を狙うしかない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「合流して個人戦になってもゲームで勝ち続ければという思いはありましたし、それしかないと思っていました」と振り返る。その上で、「合流後は相手チームも結構、内紛が始まりそうな雰囲気がありましたから、少し勝ち続けて僕を落とせない状況が続けば、風向きが変わるかなと考えました」と自分なりの戦略を明かした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　実際、合流後に平井氏はゲームを２連勝する。戦意を喪失していたように見えた高波氏は最初の追放者となったが、追放決定後、メンバーに話しかける時には笑顔で感謝の言葉を述べた。その様子は画面越しに見た限りでは敗退を悔しがる様子はなく、言われるように戦意を喪失していたのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　続いて渋谷氏がドクターストップで島から離れ、デレブ６人に対してベケウは若松泰恵氏（当時27歳、自営業手伝い）との２人だけになってしまう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />幻に終わった３人連合</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　パラオの無人島での生活から20年以上の月日が流れたが、当時の記憶は鮮明に残っているようである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「僕たち（ベケウ）がしっかりと固まって、あちらから１人引き入れていれば勝ち筋はあったと思います。でも、僕たちにはそこまでの団結力がありませんでした。若い２人（高波氏と渋谷氏）は帰りたがっていたし、若松さんは１人で戦うタイプですから」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ベケウの２人が追放されて残り８人になった時点で、デレブの吉野大輔氏（当時30歳、元僧侶）からアプローチを受けたが、平井氏は拒絶した。仮に吉野氏と手を結べば、２対６の不利な構図は３対５となり、さらに小野氏との関係があまり良くなかった松尾氏を引き込めば形勢逆転の芽も見えたが、その場にいた若松氏が吉野氏に拒否反応を示し、平井氏も同様に拒絶したことで３人の連合は幻に終わる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「そこは僕の未熟さです。実は小野さんから『吉野はもう壊れてるから、話を聞かない方がいいよ』とよく言われていました。それに洗脳されたわけではないのですが、本当に吉野さんが普通の状態ではないように見えました。そこはやはり小野さんがすごかったということなのでしょう」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />サバイバーメンバーによる撮影ボイコット</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20066" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/IMG_8019.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20066" class="wp-image-20066" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/IMG_8019-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/IMG_8019-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/IMG_8019.jpg 652w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20066" class="wp-caption-text">長瀞の岩畳に立つ平井氏（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　平井氏の追放は思わぬ形でやってくる。きっかけは25日目、渋谷氏がドクターストップで失格したことであった。平井氏によると、以下のような経緯であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　渋谷氏のドクターストップの原因は栄養失調による胃腸炎であり、残されたメンバーの間で不満が高まった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そもそも出演時の契約書にはヘルスチェックを受けるという項目が盛り込まれていた。しかし、実際に行われたチェックは形式的なものにすぎず契約が十分に履行されていないという思いが、メンバー間で広まっていた。各々の体調も十分ではないことから、残っていた８人は撮影ボイコットという強硬手段に出る。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　これには撮影スタッフも驚き、いったん撮影を中断してパラオ諸島の病院にメンバーを連れて行き、健康診断をすることとなった。メンバーはこの日はゲームではないのだから、食事を出してほしいと要求し、交渉の結果、一食だけ提供されることになった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「栄養士もついていませんでしたから、（栄養失調気味のメンバーに対して）いきなり（高カロリーの）中華料理が出されました。油っぽい料理をみんなで貪るように食べました。その結果、僕は胃けいれんを起こして救急車で病院に搬送されました。他の７人はヘルスチェックの翌日に島に戻ったのに、僕は搬送先で入院です。病院で太い注射を打たれ、気がついたら24時間後でした。『ああ、終わったな』と思い、『失格ですよね』とスタッフに聞きました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />向いた追放の矛先</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　渋谷氏がドクターストップを受けた時に、テレビ画面ではルールが表示されている。それは「病気・ケガの場合、メディカルチェックを受け、12時間以内に完治しなかったり、ドクターストップになると、失格」というものであった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　発病から24時間前後経過していた平井氏が失格と思ったのも無理からぬところ。ただ、このルールもプレー続行中の病気・ケガの場合は12時間以内に戻らなくてはいけないとの考えでつくられたものと思われる。プレー以外の時間が設けられることも、まして、その時間内に病人・怪我人が出ることなど想定していなかったことは容易に想像がつく。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　健康診断実施時はゲームではなく、実際に食事が提供されている。その時点で発症した病気による一時的な離脱に、プレー中のルールを適用するのは疑問が残る。結果的に平井氏は他のメンバーから１日遅れて島に戻り、投票免除ゲームへの参加を許される。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「スタッフからは『健康診断中の出来事なので、ノーカウントにします』とは言われました。でも、島に戻ると、みんなの態度がよそよそしく何か打ち合わせができているような印象はありました。小野さんともすごく仲がよかったのですが、（矛先は）『若松さんではなく、僕だな』というのは感じました。だから（投票免除）ゲームを勝つしかないという思いは、すごく強かったです」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その時のゲームは海上に設けられた板の上をヤシの実を持ちながら、いかに速くゴールできるかを競うものであった。そこでも平井氏は好タイムをマークして投票免除の証を手にしたかと思われたが、平井氏のタイムを２秒上回った者がいた。それが最終的な優勝者・蓑島恵利氏（当時28歳、ダイビングインストラクター）であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />平井氏の別れの言葉</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして平井氏は生き残りをかけたゲームで敗れ、追放されることになる。追放審議会では８票中５票、吉野氏以外のデレブの票が集中した。「何か色々決まったな」という思いは、当たっていたようである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　投票者のコメントが番組内で紹介されたが、以下のように、皆が同じ理由を挙げていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">「ゲームが強いので、今落としておかないと」（小野）、「最大の強敵」（中島）、「ゲームに強すぎる」（松尾）、「圧倒的な強さを見せた人を選んだ」（蓑島）、「自分が生き残るためには仕方がない」（黒岩）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　個人戦でゲーム２連勝、３度目も２秒差の２位と他者を圧倒する実力が仇となったのは皮肉としか言いようがないが、それもサバイバーの面白さの１つ。嫌われたり</span><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">、戦力にならなかったり、といったネガティブな理由ではなく、リスペクトされるあまり追放されるのは、名誉ある去り方と言える。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<div id="attachment_20069" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/0e5a9b674ff85206789f99961fa5330f.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20069" class="wp-image-20069" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/0e5a9b674ff85206789f99961fa5330f-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/0e5a9b674ff85206789f99961fa5330f-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/0e5a9b674ff85206789f99961fa5330f-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/0e5a9b674ff85206789f99961fa5330f.jpg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20069" class="wp-caption-text">サバイバーから23年、現在の平井氏（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　最後に皆に語りかけた言葉は印象的であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「本当に楽しかったです、ここにいて。すごいみんないい人で、本当にもっとみんなと一緒にいたかったのが本音で、ホント楽しかったです。だから、いつ帰ってもいいなと思っていたんですけど、ここで帰るのはちょっと悔しいですね。僕は陪審員になりますんで、最後の一人をこの目でしっかりと見届けて、選定していきたいと思います。ありがとうございました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　戦いが終われば、そこに敵味方はないーー中学、高校、大学とラグビーに打ち込んだ平井氏には、ノーサイドの精神が染み付いていたのであろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　23年前の発言に対する現在の思いを聞くと「若い頃の等身大の自分だったと思います。自分を良く見せたいというのがありつつも、自分らしさを表現していた…そんな感じですかね」と、笑顔を交えつつ振り返った。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">”ごきげんよう” 23年後のサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250526/">平井琢（４）</a>へ続く</span></p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>”ごきげんよう” 23年後のサバイバー 平井琢（２）</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 May 2025 10:01:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[平井琢]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<category><![CDATA[小野郷司]]></category>
		<category><![CDATA[松尾純子]]></category>
		<category><![CDATA[平川和恵]]></category>
		<category><![CDATA[高波邦行]]></category>
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					<description><![CDATA[　23年前に人気を博したバラエティ番組「サバイバー」（TBS系）に出場した平井琢氏（49）のその後を追う連載の第２回をお届けする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　23年前に人気を博したバラエティ番組「サバイバー」（TBS系）に出場した平井琢氏（49）のその後を追う連載の第２回をお届けする。「あいのり」（フジテレビ系）への出演依頼を受けた平井氏であるが、タッチの差で契約書にサインしたTBS系の番組に出場することになり、舞台となるパラオに向かった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />デレブとベケウ 30代vs20代の構図</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20053" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/044e39eb62a1d7474a3e9f7a28e6271a.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20053" class="wp-image-20053" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/044e39eb62a1d7474a3e9f7a28e6271a-300x200.jpg" alt="" width="220" height="147" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/044e39eb62a1d7474a3e9f7a28e6271a-300x200.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/044e39eb62a1d7474a3e9f7a28e6271a-768x512.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/044e39eb62a1d7474a3e9f7a28e6271a.jpg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20053" class="wp-caption-text">サバイバー出演当時の平井氏（本人提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　米国版サバイバーも見たことがなかった平井氏はサバイバーがどのようなものなのか、勝利のための戦略の立て方など詳細はよく分からないまま現地入りした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　参加した16人はデレブとベケウの８人ずつのチームに分かれ、それぞれ離れたビーチを拠点とした。デレブは最も若い岡部泰三氏（ボーイスカウト日本代表）でも26歳、最年長は黒岩敦夫氏（漁師）の56歳と平均年齢34.75歳の熟年チームであった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　対して平井氏が属したベケウチームは最年長でも春日尚氏（会社員）の34歳、最も若い渋谷美奈氏（短大生）に至っては未成年（当時）の19歳、平均年齢26.0歳という若いチームであった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　このあたりは制作サイドの意向が働いたものと思われる。構成メンバーを均等に割り振ると、各チームの特色が出にくいため、一方は30代を中心に人生経験豊富で人生の機微を心得たチームとし、他方は20代を中心に体力面で優れたチームとしたと推測される。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その結果、”熟年”デレブは戦略に長けた小野郷司氏（当時32歳、会社経営）がゲームメーカーとなってチームをコントロールし、合流後もその構図は変わることはなかった。それに対して平井氏の”青年”ベケウは社会的には未成熟な20代が多いだけに各構成員がチームの重要性を理解しながらも、個性を主張する場も多く、まとまりきれない場面が目立った。分裂の火種を残したまま合流した結果、相手を切り崩せずに１人１人追放されていくマイノリティの悲哀を味わうことになった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　平井氏自身26歳、そうしたベケウの若さによる脆弱さを感じていたという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「高波（邦行）くん（当時23歳、プロボクサー志望）もそうですが、みんな若くて、どこか落ち着かない雰囲気がありました。現地では日が沈むとやることが限られてしまい、夜は自然と焚き火を囲んで話す時間になります。そんな中で、不安や戸惑いから『もう帰りたい』と漏らす人も多かったですね。そんな中でも、『私は残るよ』と力強く言っていたのは、若松（泰恵）さん（当時27歳、自営業手伝い）だけでした」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その若松氏がベケウチームの構成員として最後まで残った（第７位）のは偶然ではないのかもしれない。「若松さんは野心家ですね。サバイバーをきっかけに、その後の活躍を目指していたと思います」と、平井氏は言う。実際に若松氏は出場時には実家の工具店の経理事務と並行してスポーツレポーターとしての活動も行っており、モチベーションの部分で他のメンバーとは異なる次元にあったのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そんな若松氏とは今でも交流が続いている。「２年前（2023年）にいきなり、ここ（長瀞町）に来てくれました。海外に行くとかで『その前に会いたかったんだ』とやってきて、他愛のない話をしました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　かつてのサバイバーたちが今でも交流を続けているのは、番組を視聴していた者としては何か嬉しさを感じる部分ではある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />平井氏と主婦・平川氏との関係</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20057" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/dd297e71300577650f23da28df267538.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20057" class="wp-image-20057" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/dd297e71300577650f23da28df267538-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/dd297e71300577650f23da28df267538-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/dd297e71300577650f23da28df267538.jpg 709w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20057" class="wp-caption-text">長瀞町の観光名所”岩畳”に立つ平井氏（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space"> </span>　ベケウチームの若さという弱点を感じていた平井氏は、本来なら集団を引っ張るべき30代の春日尚氏、平川和恵氏（当時31歳、主婦）が十分にリーダーシップを発揮しなかったことを残念に思っている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「（30代の２人は）何をしにきたのだろうと思いました。テレビの番組なのに、テレビに対してアピールすることが全くなくて『これじゃあ、番組にならないな』と。特に平川さんはキャラクターもいいのにカメラの前でアピールしないので、もったいないと思っていました。彼女は僕より年齢が上でしたから、彼女がリーダーをやるべきだったと思うのですが、あまりやりたがりませんでした」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　30代が”控え”のポジションに回ったことでベケウチームが若さを前面に押し出す形になり、それがウイークポイントになってしまったのかもしれない。もっとも、平井氏は平川氏に対して悪いイメージは持っていない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「彼女とは裏（カメラが回っていない場所）でよく話しました。番組では僕と対立しているように描かれていましたが、途中まですごく仲が良かったです。僕の悪口も放送されましたが、それは面と向かって言われていたことですから」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />演出と現実の狭間</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　平井氏がリーダーとして苦悩する部分は番組内でも大きなトピックとして扱われた。デレブチームの小野氏がカリスマ性をもってメンバーを把握しているのに対して、自身はリーダーシップを発揮できていないというものである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　物資調達チャレンジ（ゲームで買ったチームが物資を手にできる）で、ベケウチームがバーベキューをする権利を勝ち取った際に、デレブチームの誰か１人を呼ぶことができることになった。その時にベケウチームの選択は、相手のリーダーの小野氏であった。普通であれば、チームで浮いていそうな人を選び、合流後に仲間に引き入れられるように考えそうなものであるが、なぜか多数意見は小野氏であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「思った以上に、みんなが『小野さん、小野さん』と持ち上げていたので、正直（みんな、ちょっと単純だな…）と思いつつも、『みんながそう決めたなら、まあ呼んでもいいかな』という気持ちでした。今振り返ると、僕以外には何かしらの演出が入っていたのかもしれません。小野さんを含めて、『平井くんをちょっと…』と仕掛けたくなるような雰囲気のディレクターたちだったので（笑）」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その後、ベケウチームが家の修復を巡って意見が対立し、平井氏が激怒して椰子の葉のような大きな枝でできた雨よけを壊し、涙を流す姿が放送された。若干、演出めいた感じのシーンであるが、平井氏はその事情についても語った。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「あれは演出だったと思います。実は『サバイバー』は途中で演出担当が変わっているんです。前半を手がけていたのは、今では考えられないような大胆な演出をする方で、非常に勢いのある方でした。ただ、その演出が物議を醸し、途中で交代となりました。僕が家を壊した場面も、その方の演出の一環だった気がします。生活中にスタッフと面談して色々と聞かれますが、その時に『チームがだらけているから喝を入れてくれ』と言われました。そこで石毛さんと『どうすればいいかな』と話して、『女性陣はムダ毛ばかり抜いている、という話からしようか』という話をしていました」。</span></p>
<div id="attachment_19365" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/02/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-1.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-19365" class="wp-image-19365" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/02/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-1-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/02/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-1-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/02/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-1-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/02/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-1.jpeg 992w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-19365" class="wp-caption-text">写真はイメージ</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もっとも、平井氏は台本のある場面を演じるような100％の演出ではないとする。自分の心の中のものが引き出されたもので、演出をもちかけられたのは、そのきっかけと考えられるからである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「あれは演出かもしれませんが、半分は本当です。確かに打ち合わせはしましたけど、途中から僕も感情が溢れてきて、涙が出てきてしまいました。ある意味、アツくなってしまったというか。けしかけられはしたけど、そう思っていなかったわけではなく、小野さんの件も僕が全く気にしていなかったわけではありません」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバーはバラエティ番組であり、制作サイドの思惑をどこまで番組に反映させるかは、報道やドキュメンタリーとは自ずと異なる。誰を追放するかなど、番組の主軸の部分が演出によっていたのであれば倫理上の問題は発生するかもしれないが、そうではない部分では視聴者もある程度割り切って見ていた部分はあるように思う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />合流前に苦戦を予感</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space"> </span>　こうして26歳の平井氏は仲間たちと苦労を重ねながら南の島の生活を続けた。結局、ベケウチームはゲームで敗れて４人を追放し、残った４人で、６人のデレブと合流することになる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　数的に劣る状況は、単純な投票での決着となれば勝ち目がないのは明らかで、全員が追放のリスクを背負い込む形での合流となった。相手チームの”浮き駒”を引きずり込む多数派工作に活路を見出すしかないが、合流前の時点で平井氏は勝ち目が薄いことを感じていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　詳細は次回へ。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">”ごきげんよう” 23年後のサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250525/">平井琢（３）</a>へ続く</span></p>
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			</item>
		<item>
		<title>”ごきげんよう” 23年後のサバイバー 平井琢（１）</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250521/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 21 May 2025 08:24:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[平井琢]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<category><![CDATA[小野郷司]]></category>
		<category><![CDATA[松尾純子]]></category>
		<category><![CDATA[石毛智子]]></category>
		<category><![CDATA[帰国子女]]></category>
		<category><![CDATA[ラフティング]]></category>
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					<description><![CDATA[　今から23年前の2002年４月、TBS系で視聴者参加のバラエティ番組「サバイバー」の放送が始まった。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　今から23年前の2002年４月、TBS系で視聴者参加のバラエティ番組「サバイバー」の放送が始まった。16人の男女が無人島などで暮らし、さまざまなゲームで体力、知力を競い、仲間内の投票で追放者を決めながら最後の１人、最強のサバイバーを決するもの。番組開始から四半世紀、出場した若者たちは、今や社会の中核を担う世代となった。番組の出場者たちのその後の人生を辿り、彼らの人生にとってサバイバーがどのようなものであったのかを探っていく。１人目はファーストシーズンで「ベケウチーム」のキャプテンを務めた平井琢氏（49）。今回はサバイバー出演までの経緯を明らかにする。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />長瀞町観光協会副会長の要職<span class="Apple-converted-space"> </span></span></strong></span></p>
<div id="attachment_20043" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/64f43923e3f0c03fd0b3b1c3c45ebc9d.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20043" class="wp-image-20043" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/64f43923e3f0c03fd0b3b1c3c45ebc9d-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/64f43923e3f0c03fd0b3b1c3c45ebc9d-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/64f43923e3f0c03fd0b3b1c3c45ebc9d-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/64f43923e3f0c03fd0b3b1c3c45ebc9d.jpg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20043" class="wp-caption-text">現在の平井琢氏（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバーは米CBSで2000年から始まった人気シリーズ。出場者は２チームに分かれて無人島などでサバイバル生活を送り、ゲームで敗れたチームが仲間内の投票によって追放者を決定する。一定の人数になると両チームは合流し、１つのチームの中で投票により追放者を決めていく。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ただし、チーム内で行われるゲームでの勝者は追放対象から免除される特権を得る。最後は残った２人から、真のサバイバーに相応しい者を投票で決定するが、その際の投票者は陪審員と呼ばれる、以前に投票で追放された者である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　米国版は2001年から日本でもTBSチャンネルなどで放送されて一部で人気を集め、2002年４月から日本版の放送が始まった。ゴールデンタイムの放送で視聴率は決して高かったとは言えないが、インターネットの匿名掲示板では継続的にスレッドが立ち、実況しながら結末を予測したり、出場者に対する批評がされたりなどで賑わった。ネットを巻き込みつつ、融合しながら人気が高まった現代的な番組であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　平井氏は26歳の時にリバーガイドの肩書きで第１回のシリーズ（ファーストシーズン）に出場、ベケウチームのリーダーとなった。当時のプロフィールで178cm、90kgという恵まれた体格、圧倒的な身体能力で合流後も追放免除ゲームを制するなど活躍。残り８人になった28日目（全行程39日）に追放されるも、最終的に勝者を決める『陪審員』として残った。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　50歳を目前にした今、平井氏は埼玉県秩父郡長瀞町で暮らしている。アウトドアスポーツを目的とするツアー企画、運営などを手掛ける株式会社アムスハウス（商号・<a href="https://amshouse.co.jp">アムスハウス＆フレンズ</a>）の代表取締役となっている。ラフティングやパックラフト（一人乗りのラフティング）のツアーを開催し、多くの観光客を楽しませる傍ら、<a href="https://www.nagatoro.gr.jp">長瀞町観光協会</a>副会長の要職に就き、地域社会に貢献している。ラフティング協会のマスターリバーガイド、技術安全部会長兼理事で、通算６年に渡り長瀞ラフティング業者協議会の会長を務めた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　放送から23年、顔には深い皺が刻まれたが、人懐っこい笑顔は番組で見せたそのまま。当時と変わらぬヒゲをたくわえ、サバイバーの頃の面影を今もとどめている</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />リバーガイドとしての出発</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　平井氏は東京都品川区出身。日大二中・二高ではラグビー部に所属し、ナンバーエイトとして活躍した。日本大学商学部に入学後もプレーを続け、1998年に卒業して人材派遣業のパソナに入社した。当時、パソナは1989年の設立から９年目と若い会社で、同期入社が300人ほどいたという会社の成長期での採用であった。そこで平井氏は銀行担当となり、401K（確定拠出年金）の営業に携わることになった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　営業先に行くと打ち合わせでは自然と英語が使われ、自分だけ話から取り残されることが多くなった。普通なら落ち込むところかもしれないが、平井氏は逆にポジティブな方向にベクトルを切り替える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「みんな大学時代に様々な経験をして英語力を身につけたんだな、と思いました。その頃は22歳か23歳だったので『今からやっても遅くないんじゃないか』と思い、何をやるかを決める前に自分自身の視野を広げたいなと、ぼんやりとですが思い始めました」。</span></p>
<div id="attachment_20047" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/raguby.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20047" class="wp-image-20047" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/raguby-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/raguby-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/raguby-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/raguby.jpeg 907w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20047" class="wp-caption-text">学生時代はラグビーで活躍した平井氏（本人提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうした思いを胸に2000年に退職し、海外を目指してワーキングホリデーを考え始める。ある時、”ワーホリ”のガイドブックで、ラフティングのガイドの手記が掲載されていたのを目にした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「これ簡単そうだな、と思いました。この能力を日本で身につければ、英語が喋れなくても（英語圏で）雇ってくれるんじゃないかなと」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そこで在籍していたパソナのラフティングの経験者に話を聞きに行くと、その人がたまたま長瀞で起業する時期であった。まさに渡りに船、事業の立ち上げに関わり、ラフティングの勉強もできるということで、そこで半年間、働くことになった。こうして後にサバイバー出場時の肩書きである「リバーガイド平井琢」が誕生する。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />タッチの差でサバイバー出場決定</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2000年秋、平井氏は予定通り豪州へ渡り、リバーガイドの仕事を始めた。繁忙期（南半球の夏）が終わった2001年春（北半球）に日本でレスキューの講座を受講するためにいったん帰国。すぐに豪州に戻る予定をしていたが、ビザの申請に手間取り、なかなか戻れない。そうこうするうちに2001年の冬を迎える。ラフティングガイドは冬はシーズンオフのため、国内でアルバイトをする以外に働く予定が立たない。しかし、自身は海外志向が強い。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　何とか、コストをかけずに海外へ行きたいと思った時に頭に浮かんだのがフジテレビ系「あいのり」であった。７人の男女が１台のワゴン車に乗って様々な国を旅する中で恋愛模様を描くバラエティ番組に出演すれば、無償で海外へ行けると考えたのである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　すぐに応募したものの、当時のあいのりの人気は高く、面接に行くとキャラの濃い人が多かったこともあり、危機感を覚えた。そこで他のテレビ局で何かないかと探した時に、たまたまネットで目にしたのが、新番組のサバイバーの出場者募集であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして豪州に戻るまでの間に「あいのり」と「サバイバー」の双方に応募した状態で、2001年から2002年にかけて過ごすことになったのである。その頃の平井氏は面接で自分のキャラを伝えることができるノウハウを身につけており、どちらも合格する自信があったという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「どちらが本命というわけではありませんが、サバイバーの方は３回ぐらい面接して、すぐに決まりました。『今から40日間ぐらい拘束する可能性があるので、契約書にサインしてください』と言われて、サインしました。その日はTBSの近くのホテルに宿泊だったのですが、そこへフジテレビから電話がかかってきました。『来月から（あいのりの撮影に）行ってほしいんだけど』と言われて。『えーっ！　今、TBSのサバイバーって番組に出ますって、契約書にサインしちゃいました』と言うと、あちらは超人気番組ですからね。『そうですか、分かりました』ということで、そこで終わりました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　まさにタッチの差でサバイバー出場は決定する。もし、サバイバーの決定が１日遅れていたら、平井氏はラブワゴンに乗って世界を旅していたであろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「僕としては長期間行きたかったので、サバイバーは短い（現地に39日滞在）こともあり、あいのりでもいいかなという気持ちはありました。超人気番組ですし、自分は根っからの目立ちたがり屋ですから。あいのりの方が早く決まれば、あいのりにしていたと思います。今となっては、サバイバーで良かったと思いますが（笑）」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />帰国子女が好きだった？</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space"> </span>　サバイバーの優勝賞金は1000万円。本気で優勝を狙うなら米国版を視聴し、仲間の作り方、ライバルの蹴落とし方などを学ぶのは必須であろうが、平井氏は米国版サバイバーを見たこともなく、そもそも「サバイバーが何かを知りませんでした」と言う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「よく分からないまま（ロケ地のパラオに）行ってましたし、僕が入ったチーム（ベケウ）も、そんな人たちばかりでした。その一方で”ガチ勢”みたいなのがいました。しっかり予習してきた、（敵チームの）小野（郷司）さんや松尾（純子）さんのような」。</span></p>
<div id="attachment_20045" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/cd61bc29a50fff75304604065b99380c.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20045" class="wp-image-20045" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/cd61bc29a50fff75304604065b99380c-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/cd61bc29a50fff75304604065b99380c-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/cd61bc29a50fff75304604065b99380c-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/cd61bc29a50fff75304604065b99380c.jpg 992w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20045" class="wp-caption-text">パソナ入社後の平井氏（本人提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その結果、ベケウチームは少数派としての合流を余儀なくされ、１人ずつデレブチームに消されていく。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ネットでは平井氏は同じチームの帰国子女の石毛智子さん（当時25）が好きだったという話がよく語られていた。その辺りを聞くと「そうですね。（恋愛バラエティーの）あいのりの志向でしたから、女の子と仲良くなれるかなという邪（よこしま）な気持ちもありつつ、現場がビーチだというのでビキニの女の子と戯れることができるかなと思っていました（笑）。撮影前に記者会見などがあり、その休憩時間に他の人と話ができましたが、その中では石毛さんが好みであったかな、と。彼女が帰国子女というのも（自身の海外志向からも好ましく思った理由として）あったと思います。実際、彼女は英語はうまかった記憶があります」と話した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「あいのり」のノリのままであった平井氏の当時の状況が垣間見られるようなエピソードである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />豪州に戻らずパラオへ</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして平井氏は豪州に戻るのに手間取っているうちに、とんとん拍子に話が進み、サバイバーのロケ地であるパラオに向かうことになる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　次回はサバイバー撮影中の話を紹介する。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">”ごきげんよう” 23年後のサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250522/">平井琢（２）</a>へ続く</span></p>
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