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	<title>従軍慰安婦 | 令和電子瓦版</title>
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	<description>政治、社会、運動、芸能など、様々なジャンルのニュース＆オピニオンサイトです</description>
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	<title>従軍慰安婦 | 令和電子瓦版</title>
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	<item>
		<title>韓国軍の残虐行為で賠償命令 花嫁襲った例も</title>
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		<dc:creator><![CDATA[石井 孝明&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 10 Feb 2023 23:15:56 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[国際]]></category>
		<category><![CDATA[ベトナム戦争]]></category>
		<category><![CDATA[従軍慰安婦]]></category>
		<category><![CDATA[慰安婦]]></category>
		<category><![CDATA[韓国軍]]></category>
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					<description><![CDATA[　ソウル中央地裁で２月７日、ベトナム人女性が韓国政府に賠償を求めた訴訟の判決で、約3000万ウォン（約315万円）の支払いを命ずる判決が言い渡された。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ソウル中央地裁で２月７日、ベトナム人女性が韓国政府に賠償を求めた訴訟の判決で、約3000万ウォン（約315万円）の支払いを命ずる判決が言い渡された。ベトナム戦争時の韓国軍による民間人虐殺をめぐるもので、賠償責任が認定されるのは初めて。韓国軍のベトナムでの行動を、文献から抽出してみた。夕刊フジと産経新聞ウェブに2016年７月に掲載させていただいた原稿を再編集し、掲載する。（元記事は<a href="https://andenergy.jp">＆ＥＮＥＲＧＹ</a>・「<a href="https://andenergy.jp/494">ベトナム戦争での韓国兵の性犯罪</a>」）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆レイプして殺害の例が多かった韓国兵</b></span></p>
<div id="attachment_15148" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/02/29f7a4b7f1a631e99c8359632a5c0403-1.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-15148" class="wp-image-15148" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/02/29f7a4b7f1a631e99c8359632a5c0403-1-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/02/29f7a4b7f1a631e99c8359632a5c0403-1-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/02/29f7a4b7f1a631e99c8359632a5c0403-1-768x460.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/02/29f7a4b7f1a631e99c8359632a5c0403-1.jpeg 964w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-15148" class="wp-caption-text">涙を流し陳述する女性（韓国<a href="https://www.youtube.com/watch?v=20cVb7HkpXc&amp;t=51s">SBS</a>画面から）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「韓国兵は恐れられていた。残忍なやり方で女性をレイプして殺す例が多かったからだ」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　米ニューズウィーク誌は2000年４月12日号で、韓国軍のベトナム戦争参戦をめぐる記事を掲載し、現地の人々の恐怖と怒りをこう伝えた。韓国軍は民間人を8000人以上殺害した可能性があるという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　米ジャーナリスト、ディヴィド・Ｗ・コンデ著『朝鮮現代史』（太平出版社、1972年）には、「（1966年に）韓国軍が昼日中に結婚行列を襲い、花嫁を含め７人の女性を強姦。結婚式に呼ばれた客の宝石を残らず奪ったうえ３人の女性を川へ投げ込んだ」（要約）などと、凄惨な描写もある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　北岡正敏神奈川大名誉教授らの『韓国の大量虐殺事件を告発する』(展転社、2014年)では韓国軍による虐殺で生き残った数多くの人々が証言している。37人が虐殺されたビンディン省キンタイ村の85歳の老人、トンさんは以下のように語った。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「韓国軍は、赤子・子供・婦人・老人の住む村の中に侵入して、虐殺した。戦いもせず、家々に火をつけ、家畜を殺し、生活ができないようにした。さらに女性を暴行し、強姦し、子供・婦人を殺した。人間以下の軍隊である」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　なお、２月７日のソウル中央地裁の判決は、1968年、中部クアンナムの村落では原告女性の母や姉を含め、70人以上が殺害されたとしている。判決を伝える韓国メディアによると「判決は当時の村民や参戦した元兵士の証言を基に、韓国軍による虐殺などの事実を認定。韓国軍兵士らが『村民らを一カ所に集め銃殺した』」と指摘している（産経新聞電子版・<a href="https://www.sankei.com/article/20230207-Q5W45EPBDBONHANWN73LUIGMKM/">ベトナム戦争で民間人虐殺　韓国政府の賠償責任を初認定　韓国地裁</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆英雄とたたえられた軍の実態</b></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ベトナム戦争で、韓国は64年から72年まで、延べ32万人の兵士を送り込み、北ベトナム政府軍、南ベトナムの共産勢力と戦った。そして、5099人が戦死した。米国が払った韓国兵の給料の一部は貧しかった国庫に入り、韓国の経済成長「漢江（ハンガン）の奇跡」のために使われた。兵士たちは英雄としてたたえられた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　しかし、ベトナムでは韓国人に対する憎しみが強い。民間人の大量虐殺を含む、韓国兵の掃討作戦の過酷さに加え、現地女性の間に生まれた「ライダイハン」と呼ばれる子どもの問題もある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　韓国政府は戦争犯罪を認めていない。前述のニューズウィーク誌で、派遣韓国軍の司令官だった蔡命新（チェ・ミョンシン）中将（退役）は「償いは必要ない」「生き残るために兵士は相手を殺した」と語った。当時の南ベトナムの共産勢力はゲリラ戦術を使い、時には民間人を装って攻撃を繰り返した。その行動は、批判されるべきだし、韓国軍兵士たちが疑心暗鬼になったことは理解できる。しかし韓国軍の反撃は過剰であり、または必要のない「殺すだけ」のものがあった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　歴史の直視は韓国でも難しい。ただし建前と違って兵士は苦しんでいる。韓国の作家、金賢娥（キムヒョナ）氏が書いた『戦争の記憶　記憶の戦争―韓国人のベトナム戦争』（三元社、2009年）では、犠牲者と加害者の双方の言葉を伝える。参戦した兵士は次のように語る。当時、韓国の派遣兵士には、ベトナムの民情やベトナム語を含めた教育はほとんど行われず、また住民保護の必要も教えられず、ただ殺すことだけを教えられたという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「一度だけでも民間人を殺してはならない、強姦してはならないと聞いていたら、しなかった。私が戦う理由がどこにある。しかし生き残らなければならないと考えるようになると、婦女子もベトコン（注・共産兵の蔑称）に見えた」（要約）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆日本を批判する前に自省はないのか</b></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　同書で、金氏は韓国の歴史家のこんな言葉を記している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「日本は犯罪行為を力の論理で包み込んで美化することに忙しい。罪責感と責任感は眼中にもない。日本は理解しなければならない。過去の克服は『ともに記憶すること』であって、『ひとりで埋めてしまうこと』ではないことを」。金氏は日本に強い批判を向けるが、この文章を引用した上で、「国名に韓国という単語を当てはめても同じ」とも指摘した。</span></p>
<div id="attachment_15143" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/02/7866d41caeaedae3027efdb19f509e0e.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-15143" class="wp-image-15143" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/02/7866d41caeaedae3027efdb19f509e0e-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/02/7866d41caeaedae3027efdb19f509e0e-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/02/7866d41caeaedae3027efdb19f509e0e-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/02/7866d41caeaedae3027efdb19f509e0e.jpeg 1020w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-15143" class="wp-caption-text">韓国では新たな少女像が建てられている（<a href="https://www.youtube.com/watch?v=qO1_1xI_A6Q&amp;t=5s">TBS NEWS DIG</a>画面から）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ただし、いわゆる「従軍慰安婦問題」はそもそも韓国から主張される証言の大半が事実ではないと思われるので、日本人は誰も、共に記憶もできないと、私は思う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　戦争で強められた憎悪と狂気が敵の女性への暴力に向かう。どの国でも、こうした悲劇が繰り返されている。韓国も例外ではない。ベトナム戦争での異常な行為が、文献や報道の調査から見えてきた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2001年には当時の金大中大統領がベトナムを訪問した時に謝罪、補償を約束したが賠償はほとんど行われていない。また軍そのものによる検証も行われていない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　筆者は、戦争犯罪など過去の克服は難しく、時には「あいまい」にすることは許されるのではないかと、『<a href="https://andenergy.jp/461">東京のど真ん中の「戦争犯罪」－過去の虐殺にどう向き合うか？</a>』という記事で、私見を述べた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　韓国人が、あいまいにしたがるのは分かる。しかし、韓国が日本を性犯罪で批判するなら、自国の歴史をまず真剣に見つめ、反省することが行われなければならないはずだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　※元記事は石井孝明氏のサイト「<a href="https://andenergy.jp">＆ＥＮＥＲＧＹ</a>」に掲載された「<a href="https://andenergy.jp/494">ベトナム戦争での韓国兵の性犯罪</a>」　タイトルをはじめ、一部表現を改めた部分があります。</span></p>
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		<title>老いぼれ作家 永井荷風を救った迷宮「玉の井」を歩く</title>
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		<dc:creator><![CDATA[石井 孝明&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 28 Mar 2021 17:57:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[濹東綺譚]]></category>
		<category><![CDATA[川本三郎]]></category>
		<category><![CDATA[津川雅彦]]></category>
		<category><![CDATA[従軍慰安婦]]></category>
		<category><![CDATA[永井荷風]]></category>
		<category><![CDATA[日中戦争]]></category>
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					<description><![CDATA[　作家永井荷風が小説「濹東綺譚」（1937年刊）の舞台にした、かつての私娼窟「玉の井」を逍遥した。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　風変わりな散歩をした。作家永井荷風（1879-1959）が小説「濹東綺譚」（1937年刊）（ぼくとうきたん）の舞台にした、かつての私娼窟「玉の井」を逍遥（しょうよう）した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　街は古く静かで、私もほっと心が和んだ。時代から取り残され、作家としても、私生活でも壁にぶつかった荷風は、ここで恋をし、創作の意欲が再び湧き上がり、作家として復活した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　人生には想像もできない転機がやってくる。自分の復活を喜ぶ荷風の姿を想像することで、私も元気が出た。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><b>◆消えた街「玉の井」の今</b></span></p>
<div id="attachment_9693" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/795316b92fc766b0181f6fef074f03fa.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-9693" class="wp-image-9693" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/795316b92fc766b0181f6fef074f03fa-300x225.jpg" alt="" width="220" height="165" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/795316b92fc766b0181f6fef074f03fa-300x225.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/795316b92fc766b0181f6fef074f03fa.jpg 442w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-9693" class="wp-caption-text">古民家を改造した玉ノ井カフェの格子戸から見るメインストリートいろは通り（東京都墨田区、撮影筆者）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　玉の井という街はもうない。今の東武伊勢崎線東向島駅の周辺地域を指す。公娼制度があった時代に、公認なく営業した私娼の集まった売春街だ。私娼窟と言われる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　1945年３月10日の米軍による東京大空襲で町は燃えてしまった。さらに戦後も売春宿が集まったが、1957年に施行された売春防止法で、なくなってしまった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　現在は、この地域に性風俗店は皆無。木造の建物は次々に取り壊され、当時の面影はほぼない都市の住宅地になっている。ただし区画整理などがされておらず、路地の形はほぼ戦前のままだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　くねくねした、入り組んだ道ばかりで、荷風がここをラビラント（迷宮）と呼んだ状況を想像することはできる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　今の旧玉の井地区の建物の多くは私娼窟が解体された後に建てられたようだ。時間が経過した古い建物が多く、特に賑やかでもない街だ。居住者の方には失礼ながら、古く寂れた印象がある。逆にそれが旅行者には、安心感を与える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;"><b>◆小説「濹東綺譚」の舞台</b></span></p>
<div id="attachment_9695" style="width: 230px" class="wp-caption alignright"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/6d0a88337240f7a4d25de0e3d3868147.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-9695" class="wp-image-9695" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/6d0a88337240f7a4d25de0e3d3868147-300x205.jpeg" alt="" width="220" height="151" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/6d0a88337240f7a4d25de0e3d3868147-300x205.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/6d0a88337240f7a4d25de0e3d3868147-1024x701.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/6d0a88337240f7a4d25de0e3d3868147-768x526.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/6d0a88337240f7a4d25de0e3d3868147.jpeg 1134w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-9695" class="wp-caption-text">晩年の永井荷風（1952年）（Wikipediaより）と、岩波文庫版「濹東綺譚」。表紙にある連載当時の洋画家木村荘八の挿絵も情緒があり高い評価をされている。</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　荷風が玉の井に通いはじめたのは1936年の3月ごろ。同年２月の陸軍青年将校によるクーデター2・26事件の直後だった。当時の新聞を見ると、軍人が威張り出して大きな存在感を占めている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　そして中国や英米で、外交的な衝突事件が頻発している。時代の雰囲気が戦争に向けてきな臭くなり、1937年7月には日中戦争が始まる。そうした世情の中で、「隅田川の東側の奇妙な話」の意味である「濹東綺譚」は、1937年４月から６月まで朝日新聞夕刊に連載された。戦前の日本人が平和を楽しんだ最後の時期だった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　小説の筋は、荷風が自らをモデルとした老作家の大江が、創作に行き詰まる中で、華やかな東京の都心部ではなく、場末の私娼窟をぶらぶらしはじめる。そこでミューズ（女神）と呼ぶ、美しく、擦れていない優しい心を持つ売春婦のお雪の客となる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　共に情が移り、お雪は大江に「おかみさん」にしてほしいと願う。しかし幸福な家庭を作れないと大江は自分のことを考え、お雪の元を黙って去るという話だ。単行本では、その後ろに、江戸趣味への憧れへのエッセイがついており、「濹東」という、珍しい漢字も江戸時代の文献から取ったという説明がある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　荷風は毎夜のように玉の井に通う理由を、小説の登場人物の大江に、銀座など「首都の市街への嫌悪」と説明させる。怪しい男として警察に逮捕され取調べを受ける情景も小説で挿入している。軍国主義と戦争に向かう当時の社会風潮が荷風は嫌だったのだろう。その社会に背を向けて、永井の愛する文人や遊郭文化のあった江戸を思い出させる古い街として、ここを愛したようだ。令和の時代でも、旧玉の井の街の姿は、昭和のままだ。懐かしく、温かい雰囲気がある。荷風が訪れた時も、場末の街として古さを感じさせるものだったのだろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">◆私生活でも閉塞状況だった荷風</span></strong></span></p>
<div id="attachment_9694" style="width: 175px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/66caf9ce37399f5f2a455838389a18f4.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-9694" class="wp-image-9694" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/66caf9ce37399f5f2a455838389a18f4-225x300.jpg" alt="" width="165" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/66caf9ce37399f5f2a455838389a18f4-225x300.jpg 225w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/66caf9ce37399f5f2a455838389a18f4.jpg 296w" sizes="auto, (max-width: 165px) 100vw, 165px" /></a><p id="caption-attachment-9694" class="wp-caption-text">入り組んだ東向島・旧玉の井の街並み。この写真の付近にあった売春宿に、お雪のモデルとなった女性を目当てに通ったとされる（撮影筆者）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　当時の荷風は私生活でも行き詰まっていた。荷風は玉の井に通いはじめた時の年齢は57歳。女性との放蕩が続き家庭を持たず、六本木にあった洋館に本に囲まれて一人で暮らしていた。そして理解者だった母親が37年に亡くなった。彼の家は上流階級だったが、好き勝手な人生を過ごしたために、家は弟がつぎ、親戚とは絶縁し、母の葬儀にも出なかった。また長い間、目立った作品が出せなかった。小説の中でもまた日記でも「創作意欲は肉欲の如し」「衰えた」という表現が、玉の井に通う前に出てくる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　その中で荷風は、知らない街で若い売春婦と出会った。小説ではお雪というその女性を「ミューズ」（女神）と讃えて美しさ、心の優しさを描写している。荷風は彼女との精神と肉体の交流という新しい経験で、若さを取り戻した気になったのだろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　この小説を読んで気持ちが良いのは、こうした売春婦という弱い立場の女性に対して、荷風が蔑むことなく、温かい眼差しを向け、対等の存在とみなしている点だ。いわゆる従軍慰安婦や公娼制度など、当時の日本社会は女性の人権を尊重しなかった。売春宿の客だったとはいえ、荷風は弱い立場の女性への、偏見や差別感覚と無縁だった。逆に自分の弱さやダメさをさらけ出して、その女性に救いを求めている。そして自分が家庭生活に向かないと分析し、惚れた女性の幸せのために、小説の中でも、私生活でも、黙って去っていく。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　荷風は、買春がきっかけとはいえ、街と女性に出会い、新しい経験と恋をすることで自分を変えられた。結局は、その女性を裏切ることにはなったが、その悲しさと自分の変化で感じた高揚の中で新しい小説を書き上げる。評論家の川本三郎氏は、朝日新聞の2011年４月30日の「昭和史再訪」で、「荷風は玉の井という隠れ里で、見事に生き返った」と述べている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><b>◆思いがけない人生の転機が訪れることを信じて</b></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　私は1990年代の大学生の頃、この小説を読んだ。またこの小説と荷風の日記を元に作られた新藤兼人監督・脚本で、津川雅彦主演の映画「墨東奇譚」（1992年公開）もみた。当時の私は、哀れな老人の嘆きとしか受け止められず、小説も映画も評価できなかった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　ところが私は今、49歳になった。そして小説と映画を見直した。そこで、加齢した自分の境遇との共通点を見つけ、深く共感してしまった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　新藤兼人氏の映画では、小説には出てこない、荷風の姿が描かれ、より印象深くなっている。名優の津川雅彦氏演じる永井荷風は、お雪との情交で元気を取り戻し、再び創作を再び行う。ところが戦争と空襲でショックを受け、活力を失っていく。一方で、荷風に捨てられたお雪は、戦後、進駐軍相手の商売をして、美しく着飾り、たくましく生きる。荷風は戦後、日々薄汚れ、老い、一人で寂しく死んでいく。それがお雪を捨て、自由な生き方を選んだ荷風の人生の当然の帰結としても、とても哀れだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　津川雅彦氏の名演技でも、荷風自らの小説内の文章でも、初老の男性のあせり、そして人生で成し遂げられなかったさまざまな諦めが出ていた。年を経ることで、私もそれを体感することができた。私は記者であるが、同じ文筆業である荷風ほど大した成果を残していない。焦りばかりが募る。そして同じように時代に取り残されたという思いもある。そうした自分を変えたいという思いは高まるが、その機会はまだない。もしかしたら私だけではなく、男女を問わず人生の後半に入った人が、必ず直面する状況なのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　荷風は買春と逃避という人には自慢できない行為の結果とはいえ、玉の井という場所に逃げ、そして女性に出会い、その人との恋で偶然救われた。荷風には、一人寂しく死ぬ哀れな結末が待っている。しかし生の輝きを、一度は取り戻すことはできた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　私は曲がりくねった旧玉の井を彷徨いながら、同じ道を歩いた荷風の心情を想像した。50歳を超えて恋をし、活力を取り戻した。創作の意欲も湧いた。彼にとって、人生の偶然、その不思議さと素晴らしさに驚く経験であったろう。幸福感を抱きながら、若い恋人の元へ何度も通ったのだろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　同じように惑うおじさんになった私だが、人生の喜びを取り戻す機会は、残念ながらまだ訪れてはいない。ただし、荷風の幸せを、玉の井を歩いて想像しながら、何らかの形で再生の機会を捕まえたい、いつか来ることを信じたいと思った。この街と小説、映画に、元気をほんの少しもらった。</span></p>
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		<title>慰安婦判決の朝日社説 ドイツの国際裁判知らない？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 09 Jan 2021 03:44:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[司法]]></category>
		<category><![CDATA[従軍慰安婦]]></category>
		<category><![CDATA[文在寅]]></category>
		<category><![CDATA[慰安婦]]></category>
		<category><![CDATA[国際司法裁判所]]></category>
		<category><![CDATA[ＩＣＪ]]></category>
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					<description><![CDATA[　朝日新聞は９日付けの社説でソウル中央地裁の原告勝訴の慰安婦訴訟を取り上げ、日本政府にも責任があるとした。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　朝日新聞は９日付けの社説でソウル中央地裁の原告勝訴の慰安婦訴訟を取り上げ、日本政府にも責任がある趣旨の内容を掲載した。韓国の国際法を反する判決が問題であるのは明らかだが、なぜか日本にも責任があるとしている。しかし、国際法では100%韓国に非があるのは明らかで、せめて国際法の基礎ぐらい学んでから社説を書いてほしいと感じさせられる。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■慰安婦判決に「歴史の加害側である日本でも…」</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ソウル中央地裁は１月８日、慰安婦だった女性12人（故人を含む）の日本政府に損害賠償を求めた訴えを認めた。日本側は国家には他国の裁判権が及ばないとする「主権免除」の原則から裁判自体を否定しており、一審判決が確定する見込み。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　これを受け、朝日新聞は「<a href="https://www.asahi.com/articles/DA3S14757182.html?iref=pc_rensai_long_16_article">慰安婦判決　合意を礎に解決模索を</a>」という社説を掲げた。そこでは日本側の責任も追及する姿勢が見える。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　2015年のいわゆる「慰安婦合意」がたなざらしになっている点については文在寅政権が骨抜きにしたのが最大の原因としながらも、以下のように記している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">・歴史の加害側である日本でも、当時の安倍首相が謙虚な態度を見せないことなどが韓国側を硬化させる一因となった。今回の訴訟は合意の翌年に起こされた。合意の意義を原告らに丁寧に説明していれば訴訟が避けられたかもしれない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　その上で、最悪の自体を避けるために韓国が政府が元慰安婦との対話を進めるべきとしつつ、以下のように記した。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">・日本側も韓国側を無用に刺激しない配慮をする必要がある。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　締めは以下である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">・現状は日韓が和解のための最大の努力を尽くしたとは言いがたい。日韓両政府の外交力が問われている。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■独vs伊の国家の裁判権免除事件</span></strong></span></p>
<div id="attachment_8824" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/home.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-8824" class="wp-image-8824" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/home-300x193.jpg" alt="" width="220" height="142" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/home-300x193.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/home-768x494.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/home.jpg 980w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-8824" class="wp-caption-text">オランダのハーグにある国際司法裁判所（<a href="https://www.icj-cij.org/en">同裁判所のHP</a>から）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　最大の原因は韓国政府にあるとしながらも、なぜか日本側にも責任があるとし、日韓で力を合わせて、と対等の責任を求めているかのような締めになっている。国際法の原則を踏み躙り、国家間合意を無視している韓国に100%の責任があるのは明らか。そのため、菅義偉首相も「我が国としては、このような判決が出されることは、断じて受け入れることはできない」と強く反発しているのである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　朝日新聞は国際法の基礎すら知らずに記事を書いているようにしか思えない。国家の主権免除（sovereign immunityもしくはstate immunity）は「原則として諸国に認められており、慣習法化しているとされる」（柳原正治・森川幸一・兼原敦子編 プラクティス国際法講義第２版 p144 信山社）。その根拠は「主権国家相互の平等に基づき『対等なる者に対して裁判権をもたない』という法諺にあるとされる」（同書p143）。国際法の基本書ぐらいは読んでから社説を書いてほしい。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　実際に国家の主権免除が国際司法裁判所（ＩＣＪ）で争われた例もある。いわゆる「国家の裁判権免除事件（独vs伊）」で、国際司法裁判所が2012年２月３日に判決を下した。これは第二次大戦中にナチスドイツによってイタリアから追放され、ドイツで強制労働をされたとするイタリア人が戦後自国</span><span style="color: #000000;">で民事訴訟を起こし2004年に勝訴、イタリアの裁判所はドイツの文化交流用センターの土地建物に裁判上の抵当権を設定したことが発端となった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　これに対してドイツが主権免除の原則に反するとして2008年にＩＣＪに提訴し、結果はドイツが全面的に勝訴。判旨で「イタリアの裁判所によるドイツの裁判権免除の否定は、ドイツに対するイタリアの義務違反である」とされた（杉原高嶺・酒井啓亘編 国際法基本判例50第２版 p43 三省堂）。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■伊の主権免除不適用の主張を一蹴</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　今回、ソウル中央地裁は主権免除を適用しない理由として慰安婦問題について「『日本によって計画的、組織的に強行された反人道的犯罪』と認定」した上で、「主権免除は『他国の個人に大きな損害を与えた国に、賠償を逃れる機会を与えるために作られたものではない』として、日本政府に適用されないと判断した。」（朝日新聞電子版１月８日付け：<a href="https://www.asahi.com/articles/ASP186QR9P18UHBI01K.html?iref=pc_ss_date_article">韓国の慰安婦訴訟判決、首相「断じて受け入れられない」</a>）と説明しているようである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　実は国家の裁判権免除事件でもイタリア側から主権免除を適用しない理由として①国際人道法の重大な違反、②強行規範違反、③他の救済手段の不存在を根拠とする免除例外が主張された。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、ＩＣＪは①〜③まで、全ての主張を退けている。細かいことを書けば、①についてはそのような国家実行はない、②は裁判権免除は手続き的性格を持ち、問題の行為の合法・違法には関わらず抵触は存在しない、③については、裁判権免除の付与を他の救済手段の存在にかからしめる国家実行が存在しない、としたのである（国際法基本判例50第２版 p43から）。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　慰安婦問題についても①、②のＩＣＪの判断が当てはまり、③については2015年の慰安婦合意などが他の救済手段があるから、韓国側は主張できない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　こうして考えると、ソウル中央地裁が国際法に違反した判決を出したのは明らかで、「<span style="color: #ff0000;"><strong>韓国の裁判所による日本の裁判権免除の否定は、日本に対する韓国の義務違反である</strong></span>」ということは容易に想像がつく。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■朝日新聞が蒔いた種から育った毒樹</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　社説を書く者はこの程度は調べてから書くべきだろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そもそも朝日新聞による誤報がここまで慰安婦問題を国家の問題にしてしまったのである。同紙は最終的に18本の記事を取り消しているが、肝心の韓国にそのようなことをしっかりと説明していないようである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　自分たちが蒔いた種から育った毒樹、知らん顔で自国政府に責任を押し付ける朝日新聞の姿勢には呆れるよりほかはない。</span></p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>安倍首相「土下座」で慰安婦問題は解決しない</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/international/20200803/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[石井 孝明&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 02 Aug 2020 21:25:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[国際]]></category>
		<category><![CDATA[従軍慰安婦]]></category>
		<category><![CDATA[福島みずほ]]></category>
		<category><![CDATA[吉原遊郭]]></category>
		<category><![CDATA[福島瑞穂]]></category>
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					<description><![CDATA[　韓国のある私立植物園で、土下座する安倍晋三首相を模した像を置くことが問題になった。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">－公娼制度の理解から始めよう</span></strong></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">性産業、男女での捉え方の違い</span></strong></span></p>
<div id="attachment_7837" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-7837" class="wp-image-7837" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/49a60ac5091388332f242526ec6b3891-300x206.jpg" alt="" width="220" height="151" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/49a60ac5091388332f242526ec6b3891-300x206.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/49a60ac5091388332f242526ec6b3891-768x528.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/49a60ac5091388332f242526ec6b3891.jpg 1024w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-7837" class="wp-caption-text">「吉原花魁日記&#8211;光明に芽ぐむ日」と「春駒日記&#8211;吉原花魁の日々」</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　ネットは知らない世界を見せてくれる。私はアダルトビデオを見たことはあるが、出演した女性の人生を深く考えたことはなかった。単なる動く「絵」にすぎなかった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ところが数年前、Yという当時20歳のAV女優が、自分の引退表明のブログで、苦しみを綴っていた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　「今だから正直に言いますが あの時はその仕事を選ぶしか私には道はありませんでした。後戻りもできず。その場から逃げることもできず。自分の感情も何かの力でコントロールされているかの様。今だったら絶対選ぶ道ではなかった…でも当時の私はこの先に自分の夢が叶うと錯覚してました。だから自分なりに頑張ったんです。でも、夢は叶わなかった」</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　興味を持ち彼女の素性を検索した。以下はネットの噂で、本当かは確認できないが、痛々しいものだ。この女性は、実姉と共演する形でAVに出演。姉は人気アイドルグループの最初のメンバーで、まだこのグループが売れていないときに精神疲労でそこを辞めたという。父は教師。母親が事業に失敗し借金の肩代わりとして姉妹でAVに出演した。「マルチタレントになりたい」と初出演のAVで語っていたそうだ。仮に事実とすれば、少女の夢と金を使って騙すとは、このAVの制作者とマネジメント会社は、恐ろしい人たちだ。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　私は初めて「絵」が実在の女性であると意識した。正直に言えば、私には性風俗に従事する女性に対する軽蔑や無関心があった。彼女のブログで、私は男性視点で、性産業と女性の関係をとらえていたと認識し、一面的な見方をした自分を反省した。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　このエピソードが、なぜ心にぐさりと来たのか。騒ぎになっている「いわゆる従軍慰安婦問題」の参考に、戦前の公娼制度の実態を知ろうと『<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022645350/ref=cm_sw_r_tw_dp_yAcZrb0YMNM2J">吉原花魁日記&#8211;光明に芽ぐむ日</a>』、『<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022645849/ref=cm_sw_r_tw_dp_5AcZrb10KJ9XY">春駒日記&#8211;吉原花魁の日々</a>』（朝日文庫）という本を読んだからだ。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">男の天国、女郎の地獄－公娼制度の現実</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　東京台東区にあった吉原遊郭を題材とした落語や時代小説は数多くある。女郎、花魁（やや高級な女郎）と呼ばれた売春婦たちが、そこで男性に奉仕した。吉原は江戸から東京まで、社交場、服や文学など文化を生む場所、男性の性欲の発散場、そして産業としての役割を持っていた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ところがこうした歴史書、現代の文章からは、女性の視点が抜け落ち、本当の姿は伝わってこない。この本によれば、女性が事実上奴隷として酷使されていた。私は衝撃を受けた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　作者は森光子というが、おそらく仮名だろう。大正13年（1924年）に19歳で群馬県高崎から吉原に売られた。そして２年後に逃げ出し、社会活動家・歌人の柳原白蓮と、夫で弁護士の宮崎竜介のところに飛び込んで助けられた。この人たちの支援で借金を返し、役人と結婚するが、それがばれて夫は職を失う。その後の経歴は知られていない。彼女が、幸せで静かな後半生を送ったことを願う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　光子の吉原への身売り代は1350円だ。当時の米１俵（60キロ）卸価格10円50銭、今の米価60キロ小売価格（新潟県産こしひかり）の価格平均３万円を比べると、物価水準は約2860倍になる。粗い計算だが、現在価値で約380万円にすぎない。家に入ったのはそのうち800円で、仲介者（女衒・ぜげん）に手数料を含め４割以上を抜かれた。彼女は飲食店の奉公人と信じて、父が死亡した後の家族を助けるためと思い身売りに応じた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　彼女の生活は凄惨だ。客は１日数人から、多い時で10人以上。売春の料金は男と接する時間、休日などでさまざまだが、飲食費も含め、３円から10円程度だった。今の感覚からすると数万円程度の代金だ。今の風俗の相場は知らないが、かなり安い感じがする。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　借金は６年の契約分だったのに飲食費、服の代金で天引きされる。収入の７割５分が雇い主に渡った。彼女の稼ぎは月に300円程度で、手元に残るのは30円程度だが、そこから必要経費や病院代などが次々引かれ、これが40円前後にもなる。追借りすることになり、一向に借金は返せなかった。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">いつの時代も弱い女性が虐げられる</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　本によれば、女性の中でも社会的に弱い立場の人が遊郭に放り込まれた。彼女の楼の女郎13人のうち、両親のある者４人、両親のない者７人、父子もしくは母子家庭が２人。両親はあっても１人は病的なまでの大酒飲み、１人は目が不自由で、どの家庭も収入は少なかった。原因は家のため10人、男のため２人、前身は料理店奉公６人、女工３人だった。自分で覚悟してその仕事になった人が大半で、騙されて身を落とす人はまれだったようだ。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　女郎はさまざまな事情で学校を卒業できない、もしくは通えなかった女性が多かった。しかし光子は聡明な女性で、文章は現代の女性が話しているような感じだ。彼女はマンドリンをたしなみ、本を買い、石川啄木の叙情詩や客から手に入れた雑誌を大切に読む文学好きの女性だ。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　吉原を記した男視点の記録には出てこないが、彼女の文章から見えるのは売春への苦痛、嫌悪感だ。売春を強要されショックを受けて自殺を考えた後で、彼女は日記を記すことで生き抜く力を得る。アウシュビッツ強制収容所から生還したユダヤ人精神科医にピーター・フランクル氏という人がいる。彼は著書『夜と霧』で、日常の中に生きる意味を探し、それに集中して精神の崩壊を乗り越えたと記す。それを思い出すが、光子も書くことが生きる糧になり、精神の崩壊を食い止める。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　「自分の仕事をなしうるのは、自分を殺すところより生まれる。わたしは再生した。花魁春駒として、楼主と、婆と、男に接しよう。何年後において、春駒が、どんな形によって、それらの人に復讐を企てるか。復讐の第一歩として、人知れず日記を書こう。それは、今の慰めの唯一であるとともに、また彼らへの復讐の宣言である。わたしの友の、師の、神の、日記よ、わたしは、あなたと清く高く生きよう」</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　「牢屋とちっとも変わりはない。鎖がついていないだけ。本も隠れて読む。親兄弟の命日でも休むことも出来ない。立派な着物を着たって、ちっともうれしくなんかない…。みな同じ人間に生まれながら、こんな生活を続けるよりは、死んだほうがどれくらい幸福だか。ほんとに世の中の敗残者。死ぬよりほかに道はないのか…。いったい私は、どうなっていくのか、どうすればよいのだ」</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　20歳前後の女性がこのような言葉を書くのは痛々しい。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　彼女が身の危険を犯してまで逃げ出したきっかけは、将来への恐怖だった。彼女は子宮を傷めても、客を取り続けさせられる。抗生物質のない時代に、細菌感染による性病で、多くの花魁が苦しみながら死んだ。彼女は汚い病院で、女性たちの惨状を恐怖感を込め描写している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　「東京の下層社会」（紀田順一郎、筑摩書房）によると、大正末期から昭和初期の全国の公娼（吉原など登録で政府の規制下にある場所）は５万人、酌婦・私娼は10万人という。当時の人口は6000万人ぐらいだが、全人口に比べるととても少ない。そのころ女性の権利は制限され、働く場も女工ぐらいしかなかった。そして日本政府は公式見解として「本人たちの契約によるもの」と繰り返したという。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　冒頭で私を材料に現代の男性の不幸な女性への無関心を示したが、当時の多くの男性に取っても性産業に従事する女性の姿は他人事、もしくは利用対象にすぎなかった。不正義があっても「気の毒だねえ」という程度の関心で終わっていたようだ。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">私たちにできること―「事実を受け止め、被害者を尊重し、現代に活かす」</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　今の日本と韓国で、80年前の「いわゆる従軍慰安婦問題」が騒がれている。この７月には、韓国では、ある私立植物園で、土下座する安倍晋三首相を模した像を置くことが問題になった。韓国は国を挙げて嘘の歴史を拡散し、日本人を挑発している。大変不快な行為だ。</span></p>
<div id="attachment_7840" style="width: 230px" class="wp-caption alignright"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-7840" class="wp-image-7840" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/kaisha_20200729203439-300x300.jpg" alt="" width="220" height="219" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/kaisha_20200729203439-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/kaisha_20200729203439-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/kaisha_20200729203439.jpg 655w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-7840" class="wp-caption-text">彫刻を伝える韓国の連合通信</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　私は一貫して、この騒動をばかばかしいと考えている。ただし「ばかばかしい」とは、不幸な女性たちを罵る意味ではなく、騒ぎの大きさについてのものだ。過去の日本の公娼制度は、女性の人権が無視された当時の慣習、制度の中で生まれた。その状況の中で、「いわゆる慰安婦問題」が起きた。こうした過去の不幸な出来事に、今を生きる私たちは責任を取る必要は、まったくない。しかし一連の騒動を批判することと、苦しんだ女性たちを悼むことは、まったく別の話である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この騒動では、騒ぎを元に利益を得ようとしているとしか思えない参議院議員の福島瑞穂氏のような日韓の政治活動家、誤報を垂れ流して責任を取らない朝日新聞などのメディア、そして話を混乱させ日本を攻撃する韓国政府、毅然とした態度を示さない日本政府に対しての怒りを感じている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そして内外の騒ぐ人の姿を観察すると、当時の公娼制度の中で売春に従事した人たちの不幸を悲しみ、悼む気持ちがまったく見えない。自分のために、不幸な女性たちを利用し、日本への攻撃や自己の利益などに使っている。それは冒頭に記した少女を利用したA V製作者や、少女の生き血を啜って金を儲けた過去の女衒たちと何も変わらない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　一方で「商行為」と矮小化し、問題を罵倒する批判者もいる。侮日行為への怒りや正義感は分からなくもない。そして、嘘をついている「自称」韓国人慰安婦はたくさんいるようで、そうした問題は指摘しなければならない。しかし状況を理解しないまま罵倒することは、苦しんだ女性たちへの冒涜に思える。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　従軍慰安婦の約８割以上を占めたとされる日本人慰安婦は、30年前のこの騒動が始まったころから、まったく名乗り出ていない。そのまま大半が年齢的に亡くなりつつあるのだろう。騒動のばかばかしさや政治利用を感じ取り、距離を置いているのだろう。それはこの問題が、公娼制度の中で売春を体験した女性に与えた傷の深さを物語るのかもしれない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　従軍慰安婦問題、またそれを産んだ過去の日本の公娼制度、そして不本意に性産業に従事する現代に続く女性の苦しみに、私たちそれぞれがどのように向き合うかは自由だ。けれども、それを語る時は事実に基づき、浮ついた気持ち、また「政治利用」などの邪念を持って向き合ってはいけないと思う。「慰安婦問題」で、嘘や政治利用ばかりが目立つ、今の姿は残念だ。過去の正確な事実を知れば、私たちは女性たちの苦しみを考え、厳粛な態度で問題に向き合わざるをえないはずだ。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そして、今やるべきことは、問題に対して、大きな責任がない安倍首相を土下座させることではない。性をめぐり女性が被害を受けかねない社会状況は今でも残る。90年前の光子のように、今も韓国をはじめ、どの国でも少女が同じ苦しみを経験しているはずだ。冒頭の元A V女優は、現代日本で私たちと同じ時間と場を共有している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　公娼制度、そして慰安婦問題を現代に考える場合にするべきことは、「過ちを繰り返さず、女性たちが幸せを追求できる社会をつくる」という、未来に向けた前向きな取り組みではないだろうか。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　事実の確認と、苦しんだ女性の尊重、そして過去ではなく未来に向けた行為に変えることから、こじれた「いわゆる慰安婦問題」の解決への第一歩が始まると、私は思う。そして、その方向転換の責任の大半は、これまでこの問題を自分のために利用し混乱させた、恥ずべき人たちにあるだろう。こうした活動家たちは、誠実な提言にも、決して耳を傾けないだろうが。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">石井孝明　ジャーナリスト</span></p>
<p><span style="color: #000000;">ツイッター：<a href="https://twitter.com/ishiitakaaki">@ishiitakaaki</a></span></p>
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		<title>防犯の必要性を諄々と説く盗人の如く（1/14朝日新聞社説）</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 14 Jan 2019 03:40:40 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[朝日新聞]]></category>
		<category><![CDATA[社説]]></category>
		<category><![CDATA[従軍慰安婦]]></category>
		<category><![CDATA[徴用工]]></category>
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					<description><![CDATA[　1月14日は成人の日の朝日新聞の社説は、主にその新成人に向けてのものになっている。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　1月14日は成人の日の朝日新聞の社説は、主にその新成人に向けてのものになっている。タイトルは「<a href="https://www.asahi.com/articles/DA3S13848108.html?ref=editorial_backnumber">成人の日に　思考の陰影感じる世界へ</a>」。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　まず中身を見てみよう。オーストラリアの人気風刺画家のキャシー・ウィルコックスさんが描いた作品「怒りの時代に、ニュアンスある議論へ与えられた空間」が示されている。これはノートの見開きのような長方形があり、左が真っ黒、右が真っ白、そして真ん中に細いグレーのゾーンがあるもので、そのグレーのゾーンこそが「ニュアンスある議論へ与えられた空間」だという。この「ニュアンスある議論」について「あなたの意見に共感はできないが、意図するところは理解する――。そんな結論に至ることができる意見交換」という作者の説明を紹介している。</span></p>
<div id="attachment_2001" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/20190114.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-2001" class="wp-image-2001" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/20190114-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/20190114-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/20190114-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/20190114-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/20190114-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/20190114.jpg 828w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-2001" class="wp-caption-text">中央の細いグレーのゾーンが「ニュアンスある議論へ与えられた空間」らしい</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　ここで朝日新聞は現代の社会の問題に触れるのである。米国の大学の心理学者の話を借りて、ネットの世界では「いいね」で共感を表明する人たちと意見交換に終始する傾向が強く、異なる考えの人たちは無視し合うという傾向を指摘。その上でこう書いた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　「賛成と反対、好きと嫌い、敵と味方。社会には二択では決められない、微妙で複雑な感情があふれている。ツイートに積み上がる「（いいね）」の陰には、いろいろなサイレントマジョリティーの思いがあることを想像してみてほしい。」</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　朝日新聞の社説でもたまにはいいことを言う。新成人にそのように語りかけているのであろうが、実は、それを最も感じなければならないのは、あなた方、朝日新聞ですよ！　そこに気づいていないのであろうか。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　年が明けてからの社説だけでも、「どうにかしなさいよ」というものが少なくない。例えば、１月11日の社説、いわゆる徴用工問題では、韓国の国際法違反に対して「あくまでも二国間の話し合いで合意を築くことを諦めるな」と書き、1月10日は憲法論議で「憲法に縛られる側の権力者が自ら改憲の旗を振るという『上からの改憲』が、いかに無理筋であるかを証明したといえよう。」と書き、1月5日の社説は選挙に関して「首相はこれまで、与党に有利なタイミングを狙った政略優先の衆院解散を繰り返してきたが、解散権の私物化は決して許されない。」と書いた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　もし、この日1月14日の社説で「いろいろなサイレントマジョリティーの思いがあることを想像してみてほしい。」と書くのであれば、こうしたおそらく少数派の声を代弁しているような一方的な決めつけはやめようよ。そして、サイレントマジョリティーの思いがあることを想像しなければならないのは、まさに君たち、朝日新聞であることに気付きなさい。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　言葉は悪いが、この日の社説は、盗人が防犯の必要性を諄々と説いているように感じる。盗人だけにそれが非常に説得力があるというのは皮肉である。朝日新聞は従軍慰安婦に関する報道では32年間、読者を欺き続けてきた。それが物言わぬ多数派どころか、物言う多数派、ボーカルマジョリティーとでも言うのか知らないが、そこから攻撃されて、ようやく記事を削除するという状況になった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　新成人に贈った言葉は、まず、君たち朝日新聞が心すべきである。</span></p>
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