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	<title>悲情城市 | 令和電子瓦版</title>
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	<title>悲情城市 | 令和電子瓦版</title>
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		<title>新型コロナが招く台湾映画の黄金期</title>
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		<dc:creator><![CDATA[葛西 健二&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠台北 Taipei&#x1f1f9;&#x1f1fc;]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 15 Apr 2021 14:21:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
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					<description><![CDATA[　今、台湾映画界が活況を呈しています。その理由の１つが、新型コロナウイルスです。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　今、台湾映画界が活況を呈しています。その理由の１つが、世界が新型コロナウイルス禍に苦しむ中、台湾が万全な対策を施したことにあります。ハリウッドの新作が少なくなる中、順調に新作を出し続ける台湾シネマが相対的に地位を上げています。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>■台湾映画産業の興隆を目指し「台灣電影起飛大聯盟」設立</strong></span></p>
<div id="attachment_9986" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/04/56ca0287a0a998344e5ead1ad9a2d36a.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-9986" class="wp-image-9986" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/04/56ca0287a0a998344e5ead1ad9a2d36a-300x160.jpg" alt="" width="220" height="117" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/04/56ca0287a0a998344e5ead1ad9a2d36a-300x160.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/04/56ca0287a0a998344e5ead1ad9a2d36a-1024x546.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/04/56ca0287a0a998344e5ead1ad9a2d36a-768x409.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/04/56ca0287a0a998344e5ead1ad9a2d36a.jpg 1222w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-9986" class="wp-caption-text">魏德聖『賽德克巴萊 セデック・バレ』（2011）画面から、捜索隊隊長を演じる筆者の葛西健二氏</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　2020年７月、文化部のサポートの下、台湾の映画館や配給会社、制作会社などが手を組み「台灣電影起飛大聯盟」が設立されました。台湾映画産業の好況を継続していくことを目的としたもので、連盟の当初の目標は、年間上映本数に占める台湾映画の割合を3年以内に20%に高めることにありました。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　その効果はすぐに現れ、連盟設立からわずか３か月で台湾映画全体の興行収入は２億6500万元（約９億5000万円）に到達。2020年７月から９月末までに公開された台湾映画12本のうち10月初旬までに興行収入が1000万元（約3600万円）を超えた作品は、青春ドラマ『可不可以，你也剛好喜歡我』（簡學彬）や、台湾ホラーという新ジャンルを生み出した人気作品の続編『馗降：粽邪2』（廖士涵）等７本と好調な成績を収めていることが分かりました（<a href="https://www.cna.com.tw/news/amov/202010080277.aspx">中央通訊社 2020年12月16日</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　同年10月には実際に起きた事件を描いた『無聲』（柯貞年）が公開され、スリリングな内容と金馬獎８部門で最優秀賞を独占したことから公開前から話題を集めていました。上映から４週で観客16万人を動員、4000万元（約1億4000万円）のスマッシュヒットとなりました。その他、日台合作の恋愛映画『戀愛好好說』（郭珍弟）やビビアン・スー主演の人情劇『孤味』（許承傑）等、質の高い作品が上映され注目を集めています。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■新型コロナウイルス克服が台湾映画界を後押し</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　國家電影中心によると、2020年度の台湾映画のチケット売り上げは2019年の8.2%から17.8％と大幅に上昇、国内年間チケット売り上げ新記録を達成しました（<a href="https://www.readr.tw/post/2522">讀+  2020年11月20日</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　この台湾映画ブームの要因は、90年代の台湾映画暗黒時代から復活を遂げ質の高い作品を絶えず創り出す製作陣の努力とそれをサポートする政府、つまり官民挙げての推進が大きく関わっていると思います。そしてもう一つ、世界規模で起きている新型コロナウイルス感染拡大との関連が挙げられます。このコロナ禍の影響でハリウッド映画を中心に世界的に映画の公開が見送られたり、撮影自体が中断を余儀なくされたりしています。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　普段はハリウッド映画を上映している台湾の映画館は新作が公開されないことから映画館規模の大小問わず、旧作のリバイバル上映への転換を余儀なくされました。國家電影中心によると、2020年度に映画館で公開された旧作は105本で、これは2019年度の７倍の本数です（<a href="https://www.readr.tw/post/2522">讀+  2020年11月20日</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　海外の映画作品が公開に足踏みをしている中、コロナ封じ込めに成功していた台湾では、台湾映画の製作・上映に大きな変動はありませんでした。そして国内外問わず新作を公開したい映画館と、国内外問わず新作を心待ちにしている人々、ここに台湾映画が絶好のタイミングではまり込み、近年にない台湾映画ブームが生まれました。コロナ感染拡大の世界的影響が台湾映画の躍進を後押ししたのです。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■1962年台湾版アカデミー賞「金馬獎」創設</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　ここで台湾映画産業の歴史を、簡単に紹介しましょう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　第二次世界大戦後、台湾では国（党）営の映画製作会社による中国語（國語）映画と、民営による台湾語映画が製作されていました。中華民国政府は1962年に中国語映画促進を目的に台湾版アカデミー賞とも言われる「金馬獎」を創設。翌年、李翰祥の香港映画『梁山伯與祝英台 （梁山伯と祝英台）』が台湾で大ヒット、第二回金馬獎で最優秀作品賞等６部門を獲得します。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　このヒットを受け国民党営の中央電影公司は、社会の美徳や人々の温情を描く「健康寫實電影 （健康写実映画）」と呼ばれる作品を複数製作、その中心を担った李行『養鴨人家 （アヒルを飼う家）』（1965）は第三回金馬獎最優秀作品賞及び最優秀監督賞を受賞します。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　1970年代は日本と台湾（中華民国）の断交により、日本人を「侵略者」「敵」として描く劉家昌『梅花』（1975）等の抗日愛国映画が多数制作されます。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　1980年代以降、テレビに押され下降線を辿っていた台湾映画産業振興の為、中央電影公司は若手監督主体による作品製作に傾注していきます。ここから現れたのが侯孝賢、楊德昌、吳念真等その後の台湾映像界を牽引していく監督でした。戦後生まれの彼らによって作られた作品は芸術性が高く、かつ台湾社会を深く掘り下げた新しい路線の台湾映画として台湾ニューシネマと呼ばれました。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　台湾社会の実情を映す台湾ニューシネマでは劇中で中国語（國語）だけでなく台湾語や客家語も用いられたことが特徴です。同時に日本統治時代の名残を作中に散りばめた作品、侯孝賢『冬冬的假期 （冬冬の夏休み）』（1989）、呉念真『多桑 （父さん）』（1994）や、外省人の悲哀をユーモラスに描いた作品 、王童『香蕉天堂 （バナナ・パラダイス）』（1989）等、台湾社会を歴史的、多角的に描き出す優れた作品が数多く輩出されていきます。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　そして国民党の台湾接収とそれに続く本省人への弾圧を描いた侯孝賢『悲情城市』（1989）はヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞、戒厳令下の1960年代に起きた実話を元に当時の若者達を描いた楊德昌『牯嶺街少年殺人事件』（1991）は東京国際映画祭にて審査員特別賞を受賞する等、台湾ニューシネマは世界からも知られるようになりました。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">次ページ：<strong><span style="color: #0000ff;">1990年代以降の停滞期から復興へ</span></strong></span></p>
<p>【<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20210415/2/">２ページ目</a>へ】</p>
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		<title>台湾の８・15  驚くほど普通の日</title>
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		<dc:creator><![CDATA[葛西 健二&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠台北 Taipei&#x1f1f9;&#x1f1fc;]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Aug 2020 22:06:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[国際]]></category>
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					<description><![CDATA[　日本では８月15日は終戦の日として特別な１日ですが、台湾は特別な記念日としていません。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　日本では８月15日は終戦の日として特別な１日ですが、台湾は特別な記念日としていません。それは台湾が置かれた微妙な位置にあるせいです。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■台湾の光復節は10・25</span></strong></span></p>
<div id="attachment_8005" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/66a6c90cbd4cd59b08d8606b503e80f5.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-8005" class="wp-image-8005" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/66a6c90cbd4cd59b08d8606b503e80f5-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/66a6c90cbd4cd59b08d8606b503e80f5-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/66a6c90cbd4cd59b08d8606b503e80f5.jpg 517w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-8005" class="wp-caption-text">8月15日も変わらず盛況の日本キャラクター展。新光三越デパート中山店の名探偵コナン展</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　台湾にとって８月15日が特別な日でないことは、日本の皆さんには意外に思われるかもしれません。例えば韓国ではこの日を日本の支配から脱した日として記念し、同日の日本の動向を注視します。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　台湾のマスメディアは８月15日をアジアでの戦争が終わった日として特集を組むことはありますが、中華民国政府として第二次世界大戦や日本政府の動向について発言することはありません。1945年、日本統治下であった台湾は敗戦国として終戦を迎え、同年10月25日に「戦勝国」である中華民国（国民党政府）によって接収されたからです。台湾はこの10月25日を、台湾が中華民国に戻ったことを記念して「光復節（光復：失われたものが回復する）」としています。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　台湾ではこの光復節が戦争に関する日付として浸透しています。中華民国政府は1945年8月15日当時、台湾ではなく首都南京を中心とした中国大陸にありました。中華民国国民党政府にとって台湾を接収した10月25日が重要な日なのです。政府の活動やキャンペーンも10月25日の光復節の日が中心になります。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　特に今年は、６月に解職された韓国瑜氏に替わる高雄市長選挙の投票が８月15日に行われたことで、世間の関心はそちらに集中。台湾各メディアは日本での終戦の日に関する動きとして戦没者追悼式が規模を縮小して開催されたことや、４年ぶりに閣僚（高市早苗総務相ら４人）が靖国神社を参拝したことを簡潔に伝えたにとどまりました。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■8月15日は敗戦か戦勝か 二つの立場</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　8月15日は台湾に於いて複雑な日です。上述のように戦勝国として台湾を接収した中華民国国民党政府は1949年、国共内戦に敗れたため、台北を臨時首都として台湾へ政府機能を移し、台湾の実効支配を始めました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そして1987年まで戒厳令が敷かれ、人々が終戦時期の出来事について語ることは許されませんでした。国民党政府の実効支配下台湾では8月15日を「日本としての敗戦」と位置付ける人と、「中華民国」としての戦勝と位置付ける人が同時に存在することになったのです。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　韓国は日本の支配を脱して、独立国家としてスタートしました。しかし、台湾は上述のように日本の支配が終わって中華民国の支配下に入り、その後、地理的にも「中華民国≒台湾」という状況になったという経緯があります。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　国民党を支持する人は８・15と10・25の両方を喜ぶのかもしれません。しかし、もとから台湾にいた人たちは８・15は敗戦の日であるから悔しいでしょうし、10・25は新しい支配者が来た日で、その結果、40年近い戒厳令となったのですから、どちらも喜ぶ気にはならないのかもしれません。そうした複雑な事情が台湾にはあります。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■義務教育での８・15「何の日か忘れていた」</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　では、義務教育で8月15日はどのように扱われているのでしょうか。私の職場の同僚（30代後半）によると、1945年8月15日は「日本の降伏と中華民国勝利の日」として教わったということです。また教科書にもそう記述されていたということです。ただ、彼曰く、それは歴史的出来事の一つとして教わったことで、教科書も特に多くの頁を割いて紹介されているわけでもなかった、学校側も特に重要な日として８月15日を強調したこともなかったということです。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　別の同僚（40代後半）は、学校で教わった記憶はあるが、社会に出てから８月15日を意識することもなく何の日か忘れていたということです。面白かったのは、彼が侯孝賢監督の『悲情城市』（1989年）を観て1945年８月15日の出来事を再認識したということです。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　『悲情城市』はベネチア国際映画祭金獅子賞を獲得したことで台湾国内でも話題となり、結果多くの人々が映画館に足を運びこの映画を観ました。作品はラジオから流れる昭和天皇の玉音放送を背景に男児が生まれるシーンから始まります。この場面は台湾が日本から離れ新たな時代へ進むことを暗示しています。映画は続いて国民党政権による弾圧事件と台湾社会を描いていきます。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　約40年にわたる戒厳令が解除され、タブーであった第二次世界大戦後の国民党政権の台湾実効支配を強烈に描いた当作品は、私の同僚のように歴史の再確認と再認識をさせることになりました。とても興味深いことだと思います。またこのように民主化を推進したのが故李登輝氏であったことに、あらためて氏の功績の偉大さを感じます。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■葛西健二の8・15 拍子抜けした21年前の記憶</span></strong></span></p>
<div id="attachment_8007" style="width: 230px" class="wp-caption alignright"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/164b93b469156b1d24e6405094de39cf.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-8007" class="wp-image-8007" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/164b93b469156b1d24e6405094de39cf-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/164b93b469156b1d24e6405094de39cf-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/08/164b93b469156b1d24e6405094de39cf.jpg 412w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-8007" class="wp-caption-text">８月15日、新光三越デパート中山店でのシルバニアファミリー展</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　私が台湾で初めて８月15日を迎えたのは1999年でした。「日本の終戦は台湾解放の日」と考えていた私は、８月15日は政府主体で戦勝記念集会が行われるのでは、街中で日本人と知られたら身の危険があるのでは等、とても不安でした。当日用事があったため外出をせざるを得なかったのですが、そのときも万が一のためパスポートを携帯、日本交流協会（日本の対台湾窓口機関）の電話番号をメモして家を出ました。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、結果は拍子抜けするほど何も起こりませんでした。日本人であるからと何をされることもなく、無事に過ごすことができました。ただそのときはまだ光復節の存在を知りませんでした。日本人として注意をしなければならないのが10月25日であることは後ほど知ることになります（これはまた10月にお伝えしたいと思います）。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　台湾では戦争にまつわるものとして10月25日の光復節が記念の日となります。10月は10日が国慶節（中華民国の建国記念日）、25日が光復節、31日が蒋介石の生誕記念日となります。第二次世界大戦を交えた台湾の歴史と、日本を含む諸外国との現在の関係や情勢について語られ注目が高まるのは８月ではなく、記念日が続く10月になるのです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
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