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	<title>愛知県知事 | 令和電子瓦版</title>
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	<title>愛知県知事 | 令和電子瓦版</title>
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		<title>朝日新聞が守りたかったのは言論の自由ではなく、津田大介氏とコンセプトだろう</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190807/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 07 Aug 2019 00:44:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県知事]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋市長]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
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					<description><![CDATA[　「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が３日で展示中止になった件で、朝日新聞は８月６日付けの社説で展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長を攻撃した。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　予想通りの朝日新聞の社説である。「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が３日で展示中止になった件で、朝日新聞は８月６日付けの社説「<a href="https://www.asahi.com/articles/DA3S14128795.html?iref=editorial_backnumber">あいち企画展 中止招いた社会の病理</a>」</span><span style="color: #000000;">で展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長を攻撃した。これが何とも理解に苦しむ内容であるので紹介しよう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「絶対的に何をやってもええという自由ではない」になぜ反論しない</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3199" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3199" class="wp-image-3199" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a.jpg 838w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3199" class="wp-caption-text">一体、朝日新聞は何と戦ってるのか（笑）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　朝日新聞のこの日の社説は「市長が独自の考えに基づいて作品の是非を判断し、圧力を加える。それは権力の乱用に他ならない。憲法が表現の自由を保障している趣旨を理解しない行いで、到底正当化できない。」と断じた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　河村市長は「表現の自由は憲法21条に書いてありますが、絶対的に何をやってもええという自由ではありません」と８月５日の記者会見で述べている。これは表現の自由の限界を論じたもので、憲法における重要な論点の１つ。言論の自由について述べるなら、市長のこの部分への反論をしなければならないが、そこはスルーして自説を強調し、市長を「趣旨を理解しない」と批判している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　市長の発言を本件にどう当てはめるかは考え方がいくつかあると思うが、個人的には名古屋高裁金沢支部判決平成12年２月16日にあるように「芸術家が作品を製作して発表することについて公権力がこれを妨げることは許されないが、公権力に対し、芸術家が自己の製作した作品を発表するための作為、たとえば、展覧会での展示、美術館による購入等を求める憲法上の権利を有するものではない」という部分が相当すると思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　展覧会での展示をするかどうかは主催者が最終決定権を持っており、作者や芸術監督という立場の人間が「展示しろ」と求める権利などない。主催者に近い立場の者が事前に作品を観る機会がなく、事後に見て「これは展示すべきではない」と判断して「展示をやめろ」と言うことが、判例の考えに照らせば「表現の自由を保障した憲法の趣旨を理解しない行い」ではないと思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　つまり、市長の「表現の自由は…絶対的に何をやってもええという自由ではありません」という主張は正しい。朝日新聞はここに反論できないから、決めつけ、レッテル貼りのような手法を用いているのであろう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■河村たかし市長の表現の自由はどうなる？</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　確かに朝日新聞が書いたように、「行政には、選任した芸術監督の裁量に判断を委ね、多様性を保障することに最大限の配慮をすることが求められる。その逆をゆく市長らの言動は、萎縮を招き、社会の活力を失わせるだけだ。」という、表現の自由の制約による副次的効果を心配する声は出てくるであろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、市長は芸術祭実行委員会の会長代行に過ぎず、実際に展示中止を決める権限があるのは大村秀章愛知県知事。その知事は市長の発言に対して「公権力を持った方が『この内容はいい』『この内容は悪い』と言うのはですね、これは憲法21条にいう検閲と取られても仕方がないんじゃないでしょうか」と、的外れな検閲論を持ち出しているものの、はっきりと「NO」の意思表示をしている。つまり市長には展示について実際の権限がない事実が示されている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そうなると朝日新聞の主張は「権限のない市長でも一定の地位にある者は自らの信条を語ってはいけない」ということになり、市長に対する言論の自由の封殺に他ならない。このような考えがまかり通るのであれば発言者が萎縮し、社会の活力を失わせることに気づかないのか。表現の自由を守れと主張する朝日新聞は、同時に表現の自由を制約を主張しているのである。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■朝日新聞が守りたかったのは表現の自由ではなかったという疑念</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　津田大介氏が芸術監督になった経緯を僕は知らない。このレベルの人間が芸術監督になること自体、信じ難いことであるが、朝日新聞は「芸術監督は全権を持っているのだから、選任された者のコンセプトに異を唱えることは許されない」という趣旨のことを書いている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕から見ればクレイジーな芸術監督のコンセプトに従えということ自体、クレイジー。朝日新聞の社説を読んでいると、彼らが守りたかったのは津田大介氏の反日コンセプトであり表現の自由などではなかったのではないかと感じられる。</span></p>
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		<title>名古屋市長の一手で愛知県知事は”詰み” 責任取れよ、検閲のわけないだろう！</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 06 Aug 2019 13:25:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県知事]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋市長]]></category>
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					<description><![CDATA[　あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が３日間で展示中止になった件で、大村秀章愛知県知事と、河村たかし名古屋市長の対立が深まっている。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が３日間で展示中止になった件で、大村秀章愛知県知事と、河村たかし名古屋市長の対立が深まっている。その根本は知事の政治的失策にあり、それを市長が突くという構図である。追い詰められた知事は、東大法学部出身とは思えない法的知識の欠如ぶりを晒すことになり、市長の圧勝という情勢になっている。法的観点から見ると両者の対立は実に趣深い。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「事後検閲だってある」「事後検閲って何ですか、それ？」</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3184" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3184" class="wp-image-3184" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f.jpg 1020w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3184" class="wp-caption-text">事後検閲って…（苦笑）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　発端は８月２日、市長が「表現の不自由展・その後」を視察後に「日本人の、国民の心を踏みにじるものだね」と話し、展示中止の抗議文を愛知県知事に出したことにある。これに対して知事は８月３日、「安全な運営が危惧される」として展示を中止した。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　８月５日になって知事は記者会見で「公権力を持った方が『この内容はいい』『この内容は悪い』と言うのはですね、これは憲法21条にいう検閲と取られても仕方がないんじゃないでしょうか。事後検閲だってありますからね。まさにやめろと言っているのですから」などと発言して、市長を批判した。これを受けて市長は「事後検閲って何ですか、それ？　それならああいう展示はいいんだということを堂々と言われてくださいよ。最低限の規制は必要でしょ」などと反論した。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　知事は展示については表現の自由として認めるべきであり、中止したのは安全上の問題であるという考えを貫き通している。これは、いわゆる天皇コラージュ事件の判決（名古屋高裁金沢支部判決平成12年２月16日）に基づくものであろう。そのことで「自分は表現の自由を制約する政治家ではなく、不当な制約もしていない」とアピールしたいに違いない。そのため河村市長の発言は表現の自由を制約する検閲にあたるとして、表現内容を理由に中止するのは許されないし、自分はそういうことをしていないことを強調したと考えるのが通常の思考である。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■東大法学部卒の大村知事の信じ難い論理</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この知事の主張は法的に考えると苦しい。何より、検閲というものが分かっていない。検閲とは「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止すること」（最高裁大法廷判決昭和59年12月12日）と明確にされている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　まず、今回の展示物が「思想内容等の表現物」と言えるかどうかが疑問であるし、仮にそれに含めるとしても、発表を事前に禁止することが検閲であるから、既に発表された表現物の展示を中止させる行為は検閲には当たらない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この点について知事は「事後検閲もあるでしょ？」と言っているが、上記の定義から事後検閲は検閲ではない。市長が記者会見ですかさず「事後検閲って何ですか？」と発言したのは、それが分かっているからであろう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■知事VS市長、法的論点を整理すれば「表現の自由の限界」</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そうすると、知事による「市長の発言は検閲にあたる」という主張は全く認められないことになる。名古屋市長の発言や行為が憲法21条２項の検閲の問題になることはあり得ない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　２人の間の論点は法的には「表現の自由の限界として、展示を中止することが認められるかどうか」という点に整理できる。だからこそ、市長は「ああいう展示はいいんだということを、堂々と言われてくださいよ」と21条１項を語れとしたに違いない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　知事はその議論から逃れるために21条２項を持ち出したのであろう。それで不勉強なメディアは騙せると思ったのかもしれないし、あるいは自分こそが不勉強だったのかもしれない。検閲に関する最高裁判例は昭和59年のものであり、昭和57年に東大を卒業している知事は大学では教わっていない判例である。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■愛知県知事は詰みの状態、潔く責任を取るべき</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この一連の知事と市長のやり取りは、市長に軍配があがると僕は思う。知事は政治家として信念に基づいて「反日的、天皇を侮辱する表現の自由を守る」と言えばいい。それを言わずに安全上の問題、検閲の問題に逃げようとして、自らの不勉強ぶりを晒してしまったということである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　もし「反日的、天皇を侮辱する作品でも、表現の自由を守る」と言えば、次の選挙は負ける可能性が大きい。かといって「その表現は適切ではない」と発言すれば「そもそも実行委員会の会長として展示を認めた責任を取れ」ということになってしまう。詰みの状態である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そうなると主張すべきは「安全上の管理で中止した」「表現の自由は守った」「自分は表現を認めた者としての責任はない」ということで、市長の要求する表現の自由の限界の議論から逃げるしかないというわけである。責任回避、保身という言葉が今の知事にはピッタリである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ここからは僕の想像だが、知事は津田大介氏がここまでおかしな人間とは知らずに、周囲からの勧めで安易に芸術監督を任せたのではないかと思う。それがこの騒ぎになってしまい、慌てて事態の沈静化に動き出したということではないだろうか。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕が知事なら、もう少しまともな人間を芸術監督に選ぶが、大村知事もよほど忙しかったのであろう。それも知事の責任ではあるから、是非とも現場を混乱させ、世間を騒がせたことに対して責任を取っていただきたいものである。</span></p>
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