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	<title>東日本大震災 | 令和電子瓦版</title>
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	<description>政治、社会、運動、芸能など、様々なジャンルのニュース＆オピニオンサイトです</description>
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	<title>東日本大震災 | 令和電子瓦版</title>
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	<item>
		<title>揺れる新宿のビル見た中国の少年 ３・11余話</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 11 Mar 2025 02:21:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
		<category><![CDATA[福島第一原発]]></category>
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					<description><![CDATA[　2011年の東日本大震災から今日11日で14年を迎えた。筆者が経験した３・11余話をお伝えする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2011年の東日本大震災から今日11日で14年を迎えた。激甚災害の様子を見てショックを受けた中国人の少年が、その後、ある思いを胸に来日して日本の大学に進学することになる。筆者が経験した３・11余話をお伝えする。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />四川省大地震と東日本大震災</span></strong></span></p>
<div id="attachment_19537" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/303f2ea53188586c1ffa24422a7176cd.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-19537" class="wp-image-19537" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/303f2ea53188586c1ffa24422a7176cd-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/303f2ea53188586c1ffa24422a7176cd-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/303f2ea53188586c1ffa24422a7176cd.jpg 709w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-19537" class="wp-caption-text">写真はイメージ</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中国人の青年Ｔ君と会ったのは2018年末、筆者が日本語学校で日本語を教えていた時であった。当時、大学進学を目指す生徒に志望理由書の書き方、想定される面接のやり取りを日本語で作成し、それをもとに面接練習を実施させて本番に向かわせていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その日本語学校では、生徒の進路指導ができる日本語講師が少なく、受け持ちの生徒の面倒を見てくれと筆者が頼まれることが多かった。Ｔ君もその中の１人。中国の南の方から来た彼は、色白でほっそりとしたタイプで、日本語はＮ２（上から２番目）を保持し、日常会話はもちろん、入試に関する込み入った話もできるレベルだった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　Ｔ君の志望学科は建築学科であった。中国からの留学生に人気があるのは芸術系と経営学系で、理工学部、それも建築学科を志望する生徒は多くない。Ｔ君になぜ、日本に留学しようと思ったのか、なぜ、建築学科を目指すのかを聞くと、以下のような話をした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「僕が子供の頃、四川省で大きな地震がありました。ビルが倒れて多くの人がその下敷きになって死にました。崩れ落ちたビルをテレビのニュースで見てとてもショックを受けました。その３年後、日本の東北地方で大きな地震がありました。YouTubeでその時の映像を見て、もう一度、ショックを受けました。新宿の高層ビルがユラユラと左右に揺れていました。でも倒れなかったんです。四川省のビルは倒れて多くの死者が出たのに、新宿のビルは大きく揺れることで、倒れずにすみました。日本のビルは何て素晴らしいんだろうと思いました。そして僕は中国で大きな地震でも倒れないビルを設計したいと思いました。そうすれば、人が死なずにすみます。だから、僕は優れたビルの建て方を学ぶために日本に留学しました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　四川大地震は2008年５月12日午後２時28分（日本時間同日午後３時28分）、四川省汶川県を震源に、マグニチュード7.9で被害範囲は四川省に加え、重慶特別市、甘粛、陝西、雲南、山西、貴州、湖北、湖南の各省に及び、死者６万9227人、行方不明者１万7923人、建物の被害は全壊約536万棟、半壊2100万棟を超えたとされている（中国国務院９月１８日発表を引用する内閣府防災情報のページ・<a href="https://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/h21/bousai2009/html/honbun/1b_4s_1_02.htm">１－２中国・四川省における地震</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />機能美と耐震性ーせんだいメディアテークー</span></strong></span></p>
<div id="attachment_19539" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/944593fecb1239c387e0126a624f9c09-1.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-19539" class="wp-image-19539" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/944593fecb1239c387e0126a624f9c09-1-300x199.jpg" alt="" width="220" height="146" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/944593fecb1239c387e0126a624f9c09-1-300x199.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/944593fecb1239c387e0126a624f9c09-1.jpg 420w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-19539" class="wp-caption-text">（建築とランドスケープ：<a href="https://furukawa-d.jugem.jp/?eid=40">人と自然の調和を求めて せんだいメディアテーク</a>）内の写真から</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　話を聞き、（こういう学生に日本で学んでほしい）と思っていた筆者に、Ｔ君は続けた。「先生、僕はこういう建物を設計してみたいんです」と言って、スマートフォンに入っている建物の設計図を見せてくれた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　彼が見せたのは「<a href="https://www.smt.jp/">せんだいメディアテーク</a>」という建物の３Ｄの設計図であった。これは建築の世界ではかなり有名な建物であり、見せてくれた設計図は柱が円筒をねじったような形で芸術的ですらある。それが耐震構造の要であるという。「優れた建築物の設計図は美しい」「抜群の耐震性があり、それが機能美のようになっている」という趣旨のことをＴ君はしきりに口にした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　実際に「せんだいメディアテーク」は「地下１階部分の主体構造に履歴減衰型のエネルギー吸収機構を導入」し、「チューブ（鉄骨独立シャフト）は…大小合わせて計13本の独立シャフト（直径2～9m）は、細径厚肉鋼管（径139.8～240mm、肉厚9～45mm、FR鋼）を用いてチューブ状の立体構造を構成することによって、床を支えると同時に耐震構造体でもある主体構造を形成している。」（バーチャルアーキテクチャー・<a href="https://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DKankoub/Publish_db/1997VA/japanese/virtual/05.html">せんだいメディアテークの構造</a>）とのことである。その上、2001年度グッドデザイン賞のグッドデザイン大賞、World Architecture Awards 2002のBest Building in East Asiaに選出されるなど、多くの賞を受賞している（せんだいメディアテーク・<a href="https://www.smt.jp/info/about/prize/">受賞一覧</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そこまで聞いて、筆者はＴ君と具体的な大学選びを始めた。耐震・免震の技術を駆使した建物を設計するために誰に学べばいいのかという観点で調べたところ、「柔剛混合制震構造」という技術で特許を有する教授の存在に気がついた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　一般的に耐震構造のためには柔軟性のある部材を組み合わせればいいように思われるが「柔剛混合制震構造」は硬軟合わせた部材を用いて耐震、免震を図る技術である。その特許を持つ教授の下であればＴ君は自身の学びを探究できるのではないかと考え、志望理由書を仕上げさせ、面接の想定問答を作成した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　理由書を何度か添削して完成させ、想定問答は担任の先生にも渡して何度も練習するように伝えた。こうしてＴ君は見事に合格。その大学へ進学した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　これだけ学ぶ意識が高い、学ぶ対象を明確に持っている留学生は珍しい。日本語もできるし、それ以外の勉強も十分に高いレベルに達しており、順当な合格であったように思う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />感じる人生の不思議さ</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2011年３月11日、筆者は中央区築地の日刊スポーツ新聞社で勤務しており、大きな揺れの中、慌てて机の下に隠れた。その後、地下鉄で新宿に出て、笹塚駅まで歩くという経験をした（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/others/20210311/">３・11 震災当時の日記を再録（前）</a>）。</span></p>
<div id="attachment_19540" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/sinjuku.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-19540" class="wp-image-19540" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/sinjuku-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/sinjuku-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/sinjuku.jpeg 652w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-19540" class="wp-caption-text">写真はイメージ</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　新宿の高層ビルを背に深夜の人の波の中、甲州街道をとぼとぼと歩いたことが忘れられない。その時の新宿の高層ビルの様子を中国でYouTubeで見たＴ君と、震災から７年後の2018年に大学進学を目指して力を合わせたことに人生の不思議さを思ったものである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　東日本大震災により避難生活を余儀なくされている人は2025年２月１日の時点で約２万8000人に及ぶ（復興庁・<a href="https://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20250304hinansya.pdf">全国の避難者数</a>）。福島第一原発の廃炉作業はまだ終わりが見えない。復興は未だ途上にある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　国民の一人として復興に貢献したいと思うと同時に、震災をきっかけに新たな人生を歩み始めた人の手助けができれば、それは復興の一助になるのかもしれないと思う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　Ｔ君のその後の道は分からないが、順調なら大学を卒業し、新たな人生を歩んでいるはず。彼が学び得た知識が、人々の命を守る建築につながることを願っている。</span></p>
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			</item>
		<item>
		<title>ドイツ原発ゼロ 壮大な愚行に学べ</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/economy/20230429/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[石井 孝明&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 29 Apr 2023 00:19:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[経済]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
		<category><![CDATA[原発]]></category>
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					<description><![CDATA[　2023年４月15日、ドイツで最後まで稼働していた３機の原発が停止した。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「ドイツは常に戦略的失敗をして、それを戦術的勝利で補う。だから負けまでの時間が長引く」。私は軍事オタクである。軍オタには色々な種類がある。装備とか軍装が好きな人もいるが、私の興味の中心は戦史と軍の運用だ。ドイツの敗れた第一次、第二次世界大戦を見ると、こんな感想を抱く。（元記事は<a href="https://withenergy.jp">with ＥＮＥＲＧＹ</a>・<a href="https://withenergy.jp/2064">ドイツ原発ゼロ、必ず起こる大混乱</a>）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">◆4月15日に全原発停止</span></strong></span></p>
<div id="attachment_16251" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/a687959586fe35ab881c147b906c85b2.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-16251" class="wp-image-16251" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/a687959586fe35ab881c147b906c85b2-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/a687959586fe35ab881c147b906c85b2-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/a687959586fe35ab881c147b906c85b2-1024x614.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/a687959586fe35ab881c147b906c85b2-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/a687959586fe35ab881c147b906c85b2.jpeg 1337w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-16251" class="wp-caption-text">独の原発は全て稼働を停止</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ドイツ軍は個別戦闘では頻繁に勝利するが、戦略的に賢明な判断を続ける英国や、凄まじい国力を持つアメリカに負けてしまった。皮肉を込めて「ドイツ人は合理的に間違える」と述べていた英国人の歴史家もいた（誰が言ったかは失念してしまった）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　エネルギー問題でもそうだ。2023年４月15日、ドイツで最後まで稼働していた３機の原発が停止した。これはドイツの現時点の発電量の６％になる。これも根本的戦略が間違った政策だろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ドイツは1990年代に2020年代の脱原発を政治方針としていた。それが何度も延期された。2011年の東日本大震災・福島第一原子力発電所事故を受けて、2022年の脱原発を決めた。それも２度延期されたが、とうとう実施してしまった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆イデオロギーが政治を動かす</b></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　最近の世論調査によれば、ドイツ国民の６割以上が原子力発電を支持している。それなのに、脱原発を進めるという。現在の左派連立政権で、経済環境大臣ポストを持つ「緑の党」はそれを推し進めている。緑の党は、1980年代の反核、チェルノブイリ事故による反原発、平和運動から出発した左派政党だ。自分のイデオロギーに忠実だが、現実を見ない人たちのようだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2040年代に温室効果ガスゼロ、カーボンニュートラルという目標をドイツは掲げている。今後は再エネ拡大、ＥＶ普及、ヒートポンプ支援による自家発電増加、ロシア以外からのガス購入という、直近の政策を進めるという。それもコスト増という弊害が大きくなるだろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2022年２月のロシアのウクライナ侵攻を受けて、ＥＵとりわけドイツのエネルギー政策は大混乱に陥った。ドイツの脱原発は、ロシアから供給される天然ガスが拠り所だったのだが、その供給が急速に減少した。ドイツの家庭用電力・ガス価格は、戦争前の３倍になり、冬の厳しい北部地域は４人世帯で、日本円で年60万円、それでも30万円分は国と州政府の補助金で安くなっているなどという報道もあった。（ただ場所と契約によって違うので、この数字は目安。日本の電気代は４人世帯で、年20万円、ガスは都市ガスで10万円程度だろう。）当然、世論は激昂した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そもそも、ドイツ企業は原子力ビジネスを閉じ、サプライチェーンが消滅してしまったので、原子力発電をもう続けられない。ジーメンスの原子力部門の人材はごっそり韓国の斗山（ポサン）重工が引き抜いた。同社の完成が危ぶまれたＵＡＥのバカラ原発建設プロジェクトは、この技術者を使って赤字だが完成に持ち込んだと言われる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆日本と全く国情が違う</b></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日本の変な人たちは、「ドイツを見習え」と叫んでいる。エネルギーでもそうだ。けれども、全く日本と国情が違い参考にならない。その実態を説明してみる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ドイツの脱原発は環境にも人にも優しくなく、サスティナブル（持続可能性）からは程遠い。ロシアからガスを買えず、ドイツは中東から石油と天然ガスの購入を増やしている。同時に石炭の増産もしている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうした取り組みは、エネルギーのコストが上昇すると同時に、環境負荷、二酸化炭素の排出も増える。太陽光や風力といった不安定かつ変動する電源は、思い通りに発電しないので、増やすほど石炭火力でバックアップしなければならない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そしてドイツはフランスから、電気を購入している。特に、電力ビジネスを自由化したので、南部地域の電力会社には、フランス資本が入っている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2022年２月、フランスのマクロン大統領は、脱炭素政策の目玉として最大14基の大型原子力発電所を増設すると発表した。ドイツの原発停止分を賄うことも想定しているだろう。「脱原発」をドイツが達成したとしても、それは見せかけだ。フランスの原発を使うのだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ＥＵは東欧諸国を中心に、石炭火力に偏重している。それを原子力に転換しようという動きがある。ドイツの政策は、ＥＵの大勢には影響がない。結果として、原発による脱炭素の動きが強まるだろう。日本の原子力産業のビジネスチャンスもある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆壮大な失敗確実のドイツの実験を参考に</b></span></p>
<div id="attachment_16199" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/genpatu.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-16199" class="wp-image-16199" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/genpatu-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/genpatu-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/genpatu.jpeg 737w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-16199" class="wp-caption-text">大間原発の建設中の原子炉。保安上、構内の撮影は制限されていた。（撮影・石井孝明）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日本の脱原発・再エネ推進論者は「ドイツを見習え」と、大日本帝国の陸軍軍人や右翼勢力のような発言を繰り返す。それは、間違った認識だ。ドイツがほぼ確実に失敗する壮大な実験をしてくれる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　私は予言するが、ドイツの現在世界最高水準の高額さであるエネルギーコストは一段と跳ね上がり、一人当たりの温室効果ガス排出量も上昇し続けるだろう。昨年から足踏みを始めた、ドイツの経済成長も鈍化、さらに低下すると思う。（不思議なことに、2022年のドイツの工業指数や経済成長はそれほど落ち込んでいないが、そろそろ影響は出るはずだ。）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　外国の真似が好きな岸田文雄首相と、経産省・資源エネルギー庁と、日本の左派勢力がもしドイツ万歳と言ったら、私たち日本人は「間違っている」と指摘しよう。ドイツの壮大な、そしてほぼ確実にコスト増になる脱原発の愚行を見て学びながら、同じ過ちをしないように、日本は政策、ビジネスを組み立てなければならない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">※元記事は石井孝明氏のサイト「<a href="https://withenergy.jp">with ＥＮＥＲＧＹ</a>」で公開された「<a href="https://withenergy.jp/2064">ドイツ原発ゼロ、必ず起こる大混乱</a>」　タイトルをはじめ、一部表現を改めた部分があります。</span></p>
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		<title>建設中の大間原発５つの意味 早期の完成願う</title>
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		<dc:creator><![CDATA[石井 孝明&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 19 Apr 2023 07:03:08 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[経済]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
		<category><![CDATA[福島第一原発事故]]></category>
		<category><![CDATA[原子力規制委員会]]></category>
		<category><![CDATA[プルトニウム]]></category>
		<category><![CDATA[大間原発]]></category>
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					<description><![CDATA[　2030年の完成を目指し建設中のＪパワー（電源開発）の大間原子力発電所（青森県大間町）を３月末に取材した。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2030年の完成を目指し建設中のＪパワー（電源開発）の大間原子力発電所（青森県大間町）を３月末に取材した。この発電所は日本で建設中の唯一の原発だ。燃料として核物質プルトニウムを利用するなど、日本の原子力政策やエネルギーの未来に重要な影響を与える。その現状を報告する。（元記事は<a href="https://withenergy.jp">with ＥＮＥＲＧＹ</a>・<a href="https://withenergy.jp/2004">原子力再生の先駆け、国内唯一建設中の大間原発</a>）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">◆難工事でも進める重要な意義</span></strong></span></p>
<div id="attachment_16199" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/genpatu.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-16199" class="wp-image-16199" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/genpatu-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/genpatu-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/genpatu.jpeg 737w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-16199" class="wp-caption-text">建設中の原子炉。保安上、構内の撮影は制限されていた（撮影・石井孝明）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　大間原子力発電所の建設現場を訪問した日は、晴れだがすさまじい風が吹いていた。ここは日本原燃の六ケ所工場や、東北電力東通原発など、原子力施設が集積する青森県下北半島にある。その最北端である大間崎から約４キロメートル離れ、強風で知られる津軽海峡に面している。風速毎秒15メートル以上の強い風が大間では冬と春先を中心に年120日以上観測されるという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この強風のために建設現場では原子炉建屋などの重要設備で安全に作業を進められるように巨大な覆いがかけられていた。過酷な環境での建設作業の困難を認識し、それを克服する努力に敬意を抱いた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　大間原発の発電出力は国内最大級の138万3000キロワット（kW）となる。炉の形式は安全性を高めた改良型沸騰水型原子炉（ABWR）で、日立GEニュークリアエナジーと東芝を中心とする企業グループが建設を行なっている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">◆5990億円の巨大プロジェクト 早急な稼働が必要</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この発電所の建設は今、さまざまな意味を持つようになっている。５つの意味を示してみよう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　第１に大間原発は、Ｊパワーの経営を左右する重要な施設だ。発電設備を建設、電力を供給する国策会社として電源開発は1952年に国が株を保有する形で設立された。現在は民営化し、株式を東証プライム市場に上場している。この原発は2008年に国から認可が出て、建設が始まった。当初は2014年ごろの運転開始を予定していた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　しかし、2011年の東日本大震災で、東京電力の福島第一原発事故が発生した。そのために、原子力規制がやり直しになり、大間原発も建設が遅れてしまう。建設費用は東日本大震災前の見込みで4690億円、震災後の追加安全対策で1300億円の予定で、合計5990億円という巨額なもの。この投資は財務的には優良企業である同社にとっても大きな負担である。早急に完成、稼働させなければならない。そして、その際には大きな収益が見込まれる。同社は2030年度の運転開始を目指す。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　第２に、大間原発の建設は、日本の原子力発電の技術継承の意味がある。日本で今、建設工事が行われている原発はここしかない。詳細に言うと、福島事故後の規制の見直し前に、ほぼ完成していた中国電力島根3号機（島根県松江市）と着工開始直前だった東京電力東通1号機（青森県東通村）の２つがある。この２つの工事は今、止まっている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中国、ロシアは自国での建設を重ね、輸出に成功し力をつけた。日本の原子力産業は1990年代まで世界の原子力の進歩を牽引したが、その面影はない。中国企業は同国内で22基、海外で数基、原子力発電所を建設している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　技術は使わなければ衰える。日本の原子力技術は、ウクライナ戦争以降、欧州を中心にロシアと中国への依存度を低減するため中露原発離れが続く中で、「自由陣営のもの」という政治的意味が強まっている。大間原発は、日本の原子力産業の建設技術を継承する役割を持つ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">◆地元経済に貢献 電力不足を変える</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　第３に、大間原発は青森県、大間町にとって財政と経済に貢献する重要な施設だ。稼働した場合には固定資産税、電源立地交付金などさまざまな収入を、県や町は得られる。現在の建設工事で、Ｊパワーグループは地元から約100人を雇用し、地元企業への発注もある。完成の場合には、同社社員や関連会社で約500人が常駐する見込みだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　大間町の人口は4865人（2023年２月末）。マグロ漁で有名な町だが、街を歩くと工場などの働き口は少なそうで、日本の各地域と同じように過疎に苦しめられている。この原発の竣工と稼働は、地域経済に大きく貢献する。県や町は繰り返し、同社と経産省に早期完成を要請している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　第４に、大間原発は日本のエネルギー供給のために必要なプラントになっている。電力はここ数年、夏と冬に不足気味で価格も上昇している。電力自由化によって発電所への新規建設が抑制されていることが一因で、この状況は長期化する見通しだ。東日本では原子力発電所の再稼働がさらに遅れている。大間原発から電力の大量供給があれば、その状況が変わる。2021年10月に決定された国の第６次エネルギー基本計画では、大間原発の早期稼働を国が支援することが明記された。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　第５に、大間原発は核物質プルトニウムを消費する重要な場所だ。この大間原発はウラン・プルトニウム混合酸化物（ＭＯＸ）燃料が使える。「フルＭＯＸ」、つまり全て ＭＯＸで発電することも可能だ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日本は核燃料サイクル政策を採用している。原子力発電から出る使用済み核燃料を再処理し、取り出したウランやプルトニウムを新しい燃料として再利用する。プルトニウムとウランの混合燃料はＭＯＸ燃料と言われる。プルトニウムは核兵器の材料になりかねないことから、利用目的がないものを持たないことが、日本の原子力利用でこれまで国際公約になってきた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日本では国の研究機関や各電力会社などが使用済み核燃料などの形で所有している。また再処理して発電用に加工された形で、プルトニウムを約46.1トン保有している。それを燃料とする高速増殖炉の開発は現在止まっている。その増殖炉「もんじゅ」が2016年に廃炉になるなどのトラブルのためだ。大間原発は、ＭＯＸ燃料を使うことで、プルトニウムを最大で年１.7トン消費できる。これはそれに貢献する。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">◆建設は足踏み 審査の長期化や訴訟</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうした意義があっても、大間原発の建設は進んでいない。現地を見ると、広大な土地が整地されているが、その大半がそのままになっていた。原子炉付近の工事は止まり、周囲の道路、送電施設の建設のみが行われていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　これは原子力規制に問題がある。Ｊパワーは2014年に原子力規制委員会に適合性審査を申請していた。ところが、この地域の津波や地震に関する審査が続き、その基準地震動が今も定まらない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また対岸の函館市から国と同社を相手として、同社と国を相手として建設差し止めを求める訴訟が起こされている。住民訴訟は2018年の函館地裁での一審で差し止めを認めなかった。市による裁判は2014年から今も一審が係属している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そもそも安全性の確認は、裁判には馴染まない。また民意は尊重されるべきだが、これまで述べた大間原発の重要性を知り、多くの人が大間原発の稼働で利益を得る事実を認識して、裁判による建設の遅れの問題を考えてほしいと願う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">◆私たちの生活を変える大間原発の完成</span></strong></span></p>
<div id="attachment_14825" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/denki-.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-14825" class="wp-image-14825" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/denki--300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/denki--300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/denki-.jpg 709w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-14825" class="wp-caption-text">写真はイメージ</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　原子力をめぐる批判一色だった社会の雰囲気は変わりつつある。東電の福島第一原発事故の衝撃がようやく落ち着き、冷静な議論をできるようになった。さらにウクライナ戦争による化石燃料価格の上昇で、資源と経済安全保障を誰もが身近に感じた。日本は国の政策を転換し、ＧＸ政策の中で原子力を活用する方針を昨年から打ち出した。世論も冷静にエネルギーをめぐる議論をするようになっている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そうした中で、多くの役割がある大間原発の意義を、ぜひ知ってほしい。この原発は停滞した日本の原子力を再生させ、日本のエネルギーを安定的に、安く、安全に供給するために役立つという大きな意味を持つ。それだけではなく、私たち個人が直面する電力危機、電力料金の上昇という問題を解決する一助にもなる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">注：この記事は国際環境経済研究所（IEEI）に寄稿した「<a href="https://ieei.or.jp/2023/04/ishii_20230405/">原子力再生に重要な意味、建設中の大間原発の今を見た</a>」を石井孝明氏が編集し、サイト「<a href="https://withenergy.jp">with ＥＮＥＲＧＹ</a>」で「<a href="https://withenergy.jp/2004">原子力再生の先駆け、国内唯一建設中の大間原発</a>」として公開されました。タイトルをはじめ、一部表現を改めた部分があります。</span></p>
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		<title>坂本龍一氏の死を政治利用する勢力</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20230412/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[石井 孝明&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 12 Apr 2023 12:20:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
		<category><![CDATA[福島第一原発事故]]></category>
		<category><![CDATA[坂本龍一]]></category>
		<category><![CDATA[日本原燃]]></category>
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					<description><![CDATA[　音楽家の坂本龍一氏が亡くなった。ご冥福を祈る。音楽の素人である私も、彼の楽曲には感銘を受けてきた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　音楽家の坂本龍一氏が亡くなった。ご冥福を祈る。音楽の素人である私も、彼の楽曲には感銘を受けてきた。ただし、その死を政治利用する人が多いのにはうんざりする。（元記事は<a href="https://withenergy.jp">with ＥＮＥＲＧＹ</a>・<a href="https://withenergy.jp/1954">坂本龍一氏と放射能騒動</a>）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">◆ジャパニーズ・ガラパゴス・リベラルの特徴</span></strong></span></p>
<div id="attachment_16134" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/9fe1008f0dfb8b180cb5f7f6441652ee.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-16134" class="wp-image-16134" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/9fe1008f0dfb8b180cb5f7f6441652ee-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/9fe1008f0dfb8b180cb5f7f6441652ee-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/9fe1008f0dfb8b180cb5f7f6441652ee.jpeg 567w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-16134" class="wp-caption-text">神宮外苑の銀杏並木（撮影・石井孝明）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　興味深いのだが、一般論として、保守の人、そして常識のある人は、死者を哀悼し批判を避ける。いいところを政治的な立場に関わらず褒める。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　一方で左、リベラル、特に「ジャパニーズ・ガラパゴス・リベラル」という日本独特の左翼は、人の死を政治に絡めたがる。自己愛が強い人が多く、他人の死などに感情を動かされない人が多いのだろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　昨年７月の安倍晋三元首相のの暗殺を喜ぶような行動をした人がいたのは怒りを覚えた。坂本氏の死でも、その死を利用しようとする人が散見される。ただし坂本氏は頓珍漢な政治的発言を続けたので、その故人の意思にもこうした政治的な利用は合致するのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　特に目立ったのは坂本氏が東京都の神宮外苑の再開発に反対したこと、反原発を主張していたことで、その同調者が大騒ぎをしていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆神宮外苑の再開発 合理的な計画に反対</b></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　私は東京人として、神宮外苑の雰囲気が好きだ。しかし歩くと不便さ、奇妙さに気づく。美しい銀杏並木が、一番奥にある明治神宮絵画館とつながらず、間に変な軟式野球場が二面あるのだ。さらに神宮には、大正時代に建てられた神宮球場、第２球場もある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この無駄な空間は戦後、米軍が占領期に外苑広場を接収し野球場を作った名残りだ。神宮球場は戦災で破損ししばらく使われなかった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ここの土地に権利を持つ、宗教法人明治神宮、独立行政法人日本スポーツ振興センター、伊藤忠商事、三井不動産が合意し再開発計画を出した。すると「木が切られる」などと日本共産党と東京新聞が騒いでいる。これは計画書を見ると、嘘である（東京都都市整備局・<a href="https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/bosai/toshi_saisei/saisei07_qa.html#Q1-1">神宮外苑地区　よくある質問と回答</a>）。</span></p>
<div id="attachment_16136" style="width: 190px" class="wp-caption alignright"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/6d315edb250cebfabfb6b85f769112aa.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-16136" class="wp-image-16136" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/6d315edb250cebfabfb6b85f769112aa-300x180.jpeg" alt="" width="180" height="108" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/6d315edb250cebfabfb6b85f769112aa-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/6d315edb250cebfabfb6b85f769112aa.jpeg 709w" sizes="auto, (max-width: 180px) 100vw, 180px" /></a><p id="caption-attachment-16136" class="wp-caption-text">神宮球場（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　計画では私が望むように、並木道と絵画館が一体になり広場でつながる。戦前の形に戻る。そしてごちゃごちゃした建物が整理されて、空間が増える。木も892本切られるが、植樹で1000本以上植えられ総量は増える。当然、都民に愛される通りの並木道のイチョウは伐採されない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ニューヨーク在住だった坂本氏は、よく知らずに、この公園の騒ぎに飛びついたらしい。変な人たちの騒ぎの象徴に祭り上げられている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆六ヶ所村は放射能で汚染されていない</b></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　私が詳しいエネルギー・原子力関係でも、坂本氏の行動は変だった。彼は反原発運動をしていた。中にはデマめいたものもあった。彼はSTOP ROKKASHOというと六ヶ所村に作られる日本原燃の核燃料サイクル、また低レベル、高レベル放射性廃棄物の貯蔵施設の反対運動を2006年ごろしていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「ロッカショー2万4000年後の地球へのメッセージ」（講談社）というトンデモ本を2007年に出した。その本や発言で「六ヶ所は放射能で汚染される」「地球は放射性廃棄物により壊れる」と繰り返し述べ、被曝の危険を訴えていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その後2011年に東日本大震災で、東京電力の福島第一原発事故が発生した。確かに怒るのは当然だが、彼はそこでも騒いだ。2012年に反原発集会で「たかが電気」と発言し、批判を受けた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2023年３月に私は六ヶ所村を取材で訪問した。15年前騒いだ坂本氏など芸術家たちの反対運動は、今は全くなくなっているそうだ。飽きたのだろう。責任なファッションで行ったようだ。粛々と日本原燃の人は働き、六ヶ所村の人は生活を送っている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　それらの人たちも、私も、当然放射能被曝などしていない。施設は安全に運営されている。あの無駄な騒ぎは何だったのだろう。坂本氏だけではなく、一緒に騒いだ人たち、芸術家たちに、一言、騒ぎの責任について説明してほしい。風評被害、六ヶ所村に生きる人たちの人権侵害をしていたのだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆誰が言ったかではなく事実を確認して判断しよう</b></span></p>
<div id="attachment_16135" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/sono2.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-16135" class="wp-image-16135" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/sono2-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/sono2-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/sono2-768x460.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/sono2.jpeg 794w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-16135" class="wp-caption-text">明治神宮外苑聖徳記念絵画館（撮影・石井孝明）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　坂本龍一氏は、ガンで亡くなった。放射線治療を行なっていたという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　かつて放射線治療は核物質コバルト60を使い、そのガンマ線を当てた。今は別の核物質やリニアックという特殊な機械を使う。ただし強い放射線量が必要な場合、まだコバルト60を使うという。コバルト60は自然界には存在しない、原子炉や特殊設備で、コバルト59に中性子を当てて作る。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうした放射性物質は、原子力発電の発展と共に、医療利用が開発された。坂本氏は、自分が恐怖を煽った原子力から恩恵を受けていた。その行動は矛盾している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　これ以上の批判は避けよう。亡くなったばかりでご冥福を祈るからだ。そして彼の作った音楽は、長く残るものだ。今私は名曲「戦場のメリークリスマス」を聴きながら、この原稿を書いている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　しかし、坂本氏の政治的な発言、行動は、社会に迷惑を与えたことが多かった。彼の言葉と行動を見て思う。情報は誰が言ったかで判断してはいけない。事実を検証して判断するべきだ。左の坂本龍一氏が言おうと、右の安倍晋三氏が言おうと、動かない事実はある。それを直視し、私たちは判断したい。変な話は変な話として扱いたい。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">※元記事は石井孝明氏のサイト「<a href="https://withenergy.jp">with ＥＮＥＲＧＹ</a>」で公開された「<a href="https://withenergy.jp/1954">坂本龍一氏と放射能騒動</a>」　タイトルをはじめ、一部表現を改めた部分があります。</span></p>
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		<title>回り始める核燃料サイクル 再処理施設完成迫る</title>
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		<dc:creator><![CDATA[石井 孝明&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 01 Apr 2023 10:55:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[経済]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
		<category><![CDATA[核兵器]]></category>
		<category><![CDATA[核燃料再処理施設]]></category>
		<category><![CDATA[プルトニウム]]></category>
		<category><![CDATA[核燃料サイクル]]></category>
		<category><![CDATA[高レベル放射性廃棄物]]></category>
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					<description><![CDATA[　日本原燃の核燃料再処理施設（青森県六ヶ所村）の完成が近づいている。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日本原燃の核燃料再処理施設（青森県六ヶ所村）の完成が近づいている。昨年22年9月に26回目の工事完成の延期を発表したことは残念だが、同社は「2024年度のできるだけ早く」と期限を設定し、それを目指して全社が一丸となって努力を進めている。再処理工場が動き出せば、1960年代から国策として構想されてきた核燃料サイクルが回り始める。これにより、原子力を巡る諸問題が解決に向けて大きく前進することになる。（元記事は<a href="https://withenergy.jp">with ＥＮＥＲＧＹ</a>・「<a href="https://withenergy.jp/1885">核燃料サイクル、施設完成が迫る－原子力活用が進む期待</a>」）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆建設開始から20年、完成にめど</b></span></p>
<div id="attachment_15792" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/eb565a1c0b92e29c3e2db1d095491493.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-15792" class="wp-image-15792" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/eb565a1c0b92e29c3e2db1d095491493-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/eb565a1c0b92e29c3e2db1d095491493-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/04/eb565a1c0b92e29c3e2db1d095491493.jpg 567w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-15792" class="wp-caption-text">建設中の日本原燃の核燃料再処理施設（同社HPから）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日本原燃は、原子力政策の根幹を成す「核燃料サイクル」を担う。1993年に建設を開始したが、短期間試験稼働をしただけで完成に至っていない。増田尚宏社長は年頭に、完工時期を「2024年度のできるだけ早く」と目標を定め「地域の皆様、電力会社との約束である完工を必ず成し遂げる」と表明をしている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2019年1月に社長に就任した増田氏が、長期の停滞していた状況を変え、問題の解決へ前進させたとされる。増田氏は電力・原子力業界では「英雄」として知られる人だ。東日本大震災では東京電力福島第二原発の所長だった。事故を起こした第一原発と同じように津波に襲われたが、彼の指揮でプラントは守られた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　増田氏は、そのリーダーシップを今回も発揮した。原燃は、電力会社の寄り合い所帯でガバナンスに甘いところがあったとされるが、増田氏ら新経営陣はそれを是正しつつある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　工期の遅れは残念だが、これをきっかけに安全性が高く高効率な運用のできるプラントを建設してほしい。規制対応工事は97％まで完成しており、24年の完工目標もかなり余裕を持って設定され、今度こそ予定は達成されそうだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆核燃料サイクルは原子力政策の柱</b></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　核燃料サイクルは日本の原子力政策の柱だ。使用済み核燃料を減らしそれを再利用する。発電で使う核分裂反応ではプルトニウムが出てしまう。それも分離し再利用するという構想だ。それでも使えない核物質を高レベル放射性廃棄物として、地下300メートルより深い安定した地盤に埋める。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　それを支える再処理施設の本格稼働は、日本の原子力の状況を一歩進める。リサイクルで、燃料を再利用することに加え、次のようなメリットがある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25b6.png" alt="▶" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />︎発電に伴う放射性廃棄物の量を減らす。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25b6.png" alt="▶" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />︎高レベル放射性廃棄物の有害さ（放射能レベル）の度合いを低くする。</span><br />
<span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25b6.png" alt="▶" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />︎プルトニウムを消費する。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうした核燃料サイクルの効果が、原子力の状況に前向きの変化をもたらすだろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆使用済み核燃料の量を減らせる</b></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　福島事故以来不信の広がった原子力への社会の見方が変わりつつある。現在の電力不足、そして電力価格の上昇で、原子力の大量発電、それによる電力価格の低減効果について、多くの人が認識している。また安全性も原子力規制の強化によって、事故の可能性が低下していることの認識が知られるようになった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　岸田政権は昨年末に、これまで曖昧だった原子力について「活用」に政策を転換した。その政策転換でも大きな反発は起きていない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　反対派の批判は、使用済み核燃料などの原発で出る放射性廃棄物の問題が中心になりつつある。その処理が決まらないことへの批判だ。それに一般の人々が引っ張られ、不安を抱いているようだ。再処理の実施は、この問題の解決に向けて、状況を変える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　再処理施設が動き出せば、使用済み核燃料の量を減らせる。現在、この燃料の総量は１万8000ｔになり、その大半は各原発の使用済み燃料プールに置かれている。この燃料の総量は、現在保管可能量の７割を超える。再処理が進めばプールに余裕もでき、原発の再稼働もしやすくなるだろう。再処理によってその量が減り、７分の１程度の量の高レベル放射性廃棄物のみを処分すればよくなる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また高レベル放射性廃棄物の最終処分地については、北海道で文献調査に２自治体が立候補するなど、変化の兆しが見られる。すぐに解決できる問題ではないが、処理すべき物質の量が大きく減れば、建設もしやすくなる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　さらにプルトニウムは核兵器の材料になり、放射線量の高い危険な物質だ。日本は原子力の平和利用に際して、これを核兵器に使わず、減らすことを国際的な公約にしてきた。再処理が進み、余剰プルトニウムの量を減らせれば、各国からの懸念や批判がなくなる。また、革新炉開発の推進を背景に、わが国で高速炉の開発が再び進むことになれば、その燃料を抽出する再処理の開始の意味がさらに大きくなるだろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆早期稼働で反対論に再考迫るか</b></span></p>
<div id="attachment_14825" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/denki-.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-14825" class="wp-image-14825" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/denki--300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/denki--300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/denki-.jpg 709w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-14825" class="wp-caption-text">写真はイメージ</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　なぜか核燃料サイクルを目の敵にする人は多い。反原発の立場の人だけではなく、原子力の活用を認める人でも、使用済み核燃料の直接処分を主張する人、プルトニウムの利用を嫌う人が、日本だけではなく、世界的にいる。米国の民主党ではその考えの立場の人が多い。その影響を日本でも受けている人がいるのだろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　特に批判されるのが、その事業費の大きさだ。再処理工場の建設費は当初計画の４倍の３億1000億円、建設開始から2040年ごろまでの総事業費のめどは14兆4000億円になる。確かに巨額であり、その予定外の出費は検証されなければならない。しかし現在の電力市場の規模は2022年で15兆1000億円と巨大なもので、50年間の核燃料サイクル事業費より大きい。核燃料サイクルの実現により、処分問題の解決や、原子力の稼働の実現などが達成されれば、決して高いものではなくなる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　再処理施設を完成させ、さまざまな利益を生み出していけば、その反対論にも現実が再考を迫るはずだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　原燃が適切な形で1日も早く、再処理工場を竣工させることを期待したい。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　がんばれ日本原燃！</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　付記・3月末に私は、同施設を見学する機会がある。その際に、報告リポートを出したい。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">※元記事は石井孝明氏のサイト「<a href="https://withenergy.jp">with ＥＮＥＲＧＹ</a>」で公開された「<a href="https://withenergy.jp/1885">核燃料サイクル、施設完成が迫る－原子力活用が進む期待</a>」　タイトルをはじめ、一部表現を改めた部分があります。</span></p>
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		<title>世界有数の優秀さ 日本の電力会社の底力</title>
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		<dc:creator><![CDATA[石井 孝明&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 02 Jan 2023 01:01:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[経済]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
		<category><![CDATA[東京電力]]></category>
		<category><![CDATA[福島第一原発]]></category>
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					<description><![CDATA[　本州の日本海側と北海道では12月22日（2022年）からの大雪で各所で停電が起きたが、26日早朝までに全て復旧した。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　本州の日本海側と北海道では12月22日（2022年）からの大雪で各所で停電が起きたが、26日早朝までに全て復旧した。被害にあった方にお見舞いを申し上げたい。そして日本の電力会社の電力を止めない能力の高さを讃えたい。このことを誰もほめないので、読者の皆さんに知らせたいし、私はほめたい。（元記事は<a href="https://andenergy.jp">＆ＥＮＥＲＧＹ</a>・<a href="https://andenergy.jp/936">停電させない！　電力会社の凄さはいつまで続く…</a>）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><b>◆大雪でも必ず復旧する電力供給</b></span></p>
<div id="attachment_14824" style="width: 150px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/screenshot_a.jpg-1.webp"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-14824" class="wp-image-14824" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/screenshot_a.jpg-1-300x298.webp" alt="" width="140" height="139" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/screenshot_a.jpg-1-300x298.webp 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/screenshot_a.jpg-1-150x150.webp 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/screenshot_a.jpg-1.webp 500w" sizes="auto, (max-width: 140px) 100vw, 140px" /></a><p id="caption-attachment-14824" class="wp-caption-text">表１（電力中央研究所•報告書番号Ｙ11027から）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　北海道紋別町では森の木が倒れ送電線が切れたり鉄塔が倒れたりしたことで2回停電し、停電時間はのべ３日になった。世界最大級の原子力発電所の柏崎刈羽原発のある新潟県柏崎市が半日停電した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この大雪で死者がいなかったのは幸いだった。住民の方が雪害を警戒して準備をしたためで、日本の民度の高さのためだろう。それに加えて、北海道電力、東北電力と関連会社の人たちは、この雪の中を復旧に頑張り、命綱になった電力供給を早期に回復させ、人々の生活を守った。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　電気はスイッチを押せば、簡単に使えるように利用者には思えてしまう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そうではない。発電、送電をするインフラの建設と維持には大変な労力とコストがかかり、それを支える人たちがいる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆日本の停電は世界一少ない</b></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　東京電力の福島第一原発事故以来、原子力発電に絡めて、電力会社は批判の渦に巻き込まれた。しかし日本の電力会社の社風はどこも真面目で、現場の人たちは素晴らしい成果を上げている。それが知られていない。一例として日本の停電時間の少なさを紹介してみよう。停電はどうしても起きてしまうが、日本は異常に復旧が速いのだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2021年度末時点で、日本の電力会社の１年あたりの停電時間は27分、東京電力は８分だ。「自然エネルギーが普及している。参考にしよう」と怪しげな日本の研究者やメディアが絶賛する、アメリカのカリフォルニア州は同737分にもなる（東京電力・<a href="https://www.tepco.co.jp/corporateinfo/illustrated/electricity-supply/1253673_6280.html">停電時間の国際比較</a>、2023年１月２日閲覧）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また電力はライフラインの中で、復旧が早い。2011年の東日本大震災での被災３県のライフライン復旧率の推移」（表１）を見ると、地震で274万戸が停電したが、６日後には電力の復旧率は９割を超えた。水道やガソリン、都市ガスは１か月半が経過しても復旧は８割台だった。電線が地上に露出しているために他のインフラより整備がしやすいという点もあるのだろうが、東北電力、東京電力の復旧能力の高さによるものだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ある東京電力社員が次のような経験を話してくれた。「自然災害の警報が鳴ると、会社からはあっという間に人が消え、持ち場に向かいます。電力供給を守るためです。それが当然の行動で、文化であり、見よう見まねをしているうちに体に染みつき、やがて自分自身の『本能』となっているのです」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆アメリカでは自由化の後で復旧力が低下</b></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうした復旧能力の高さは、世界でも稀だ。2012年のハリケーン「サンディ」では米国東部のニューヨーク州、ニュージャージー州では850万世帯が停電し、復旧の遅れで、いくつかの電力会社を持つ親会社のファースト・エナジー社が批判を浴びた。15％程度で停電は１か月程度続いた。この親会社は、停電した地区から離れた米国中西部オハイオ州にある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　米国は各州で電力の制度が違うが、上記２州（ニューヨーク州、ニュージャージー州）では1990年代に発送電分離、地域電力会社を分割、民営化した。効率を重視して災害関連の設備投資を怠り、復旧力が落ちたのではないかと、メディアは批判をしていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日本でも、その状況が懸念される。エネルギーシステム改革で、電力とガスの自由化が進行し、電力会社の発送電分離、小売り自由化などが進んだ。2021年４月に電力会社の発送電分離が完成した。この世界に誇る復旧力が維持できるか心配だ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆責任だけを負わされる気の毒な電力会社</b></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　私は原則として、あらゆる産業で自由競争を支持するが、電力・ガスのようなインフラ産業では、国民生活への影響が大きいので制度づくりは慎重に行われるべきと考える。ところが、電力・ガスの自由化は、拙速に行われた。2011年の福島第一原発事故の後で電力会社批判が強まった。当時の政権与党の民主党が世論におもねって注目を集める政策として進めた面がある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　以前からその案を持っていた経産省・資源エネルギー庁は、それに乗り原子力事故の批判を避けようとする、ずるい行動をした。世論は当時、ヒステリックに電力会社と原子力発電を攻撃し、民主党の政策を後押しした。自民党は政権に返り咲いても、この動きを放置した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　電力システムでは、これまで10社の電力会社の特定地域の独占が認められる代わりに、 地域への電力供給義務があった。これが自由化で、両方なくなった。今は建前上では、電力会社が停電させても、その責任は、個別の供給者との間に発生するにすぎないということになっている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ビジネスにドライなアメリカでは、前述の東部の電力会社のように、電力自由化の後で、供給安定のために手を抜いた。しかし、日本では日本らしく、法律の義務はないのに、電力会社を頑張らせてしまう。また利用者も行政も、過去の状況が続いていると錯覚している。さらに、電力会社は真面目な社風のゆえに、そうした要請に義務でもないのに応える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　自由化の結果、新電力が参入したが、それらの会社の大半は既存の電力会社に依存。また既存電力会社は、原子力発電の停止に加え、料金自由化、化石燃料価格の高騰などの諸問題に直面して、軒並み赤字だ。とても気の毒だ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><b>◆仕組みが物事を解決する</b></span></p>
<div id="attachment_14825" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/denki-.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-14825" class="wp-image-14825" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/denki--300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/denki--300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/01/denki-.jpg 709w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-14825" class="wp-caption-text">写真はイメージ</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そして供給力維持の対応策は考えられていない。電力自由化を勧告した経産省の「電力システム改革専門委員会報告書」（13年2月）では、災害対応と電力会社の供給能力の維持は「期待したい」「電力会社の社内文化の維持を支える制度づくりが必要」という指摘はあったが、具体策が書かれていなかった。私は当時読んで呆れた。つまり、具体的政策ではなく「希望」が、堂々と政策文書に書いてあったのだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その後、小手先の制度が作られたが、22年になってもこの供給制度の問題はほぼ放置され、電力各社の頑張りに期待する仕組みのままだ。面倒な取り決めが必要であり、また電力自由化と矛盾するために、政治家も、経産省・資源エネルギー庁も放置しているのだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏に、「善意で物事は解決しない。仕組みが物事を解決する」という名言がある。この言葉通り、電力会社の頑張りだけに期待するといずれ問題が発生する。仕組みを作らなければいけない。国民全体が、設備維持の大変さに気づかないと、今後、日本の電力供給の脆弱化は進んでしまう。ただでサービスを受けられる、うまい話はない。ある程度のコスト負担が必要だ。今回の大雪からの復旧が、「日本のインフラ復旧、最後の成功例」にならないことを祈る。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　※元記事は石井孝明氏のサイト「<a href="https://andenergy.jp">＆ＥＮＥＲＧＹ</a>」に掲載された「<a href="https://andenergy.jp/936">停電させない！　電力会社の凄さはいつまで続く…</a>」　タイトルをはじめ、一部表現を改めた部分があります。</span></p>
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		<title>福島原発事故 放射能パニックからの生還</title>
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		<dc:creator><![CDATA[石井 孝明&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 08 Nov 2022 15:03:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
		<category><![CDATA[福島第一原発事故]]></category>
		<category><![CDATA[福島第一原発]]></category>
		<category><![CDATA[ノイローゼ]]></category>
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					<description><![CDATA[　2011年の福島原発事故のあまり知られていない被害に、人々の心を傷つけ、パニックに陥らせたことがある。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2011年の福島原発事故のあまり知られていない被害に、人々の心を傷つけ、パニックに陥らせたことがある。そのような人々は被害者であるが、同時に被災地に対する風評被害や差別を行う加害者になりかねない。彼らの存在がパニックの伝染により社会に混乱を広げた側面はある。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">◆不安による心身の変調と家庭不和</span></strong></span></p>
<div id="attachment_14424" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/11/denki.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-14424" class="wp-image-14424" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/11/denki-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/11/denki-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/11/denki-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/11/denki.jpg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-14424" class="wp-caption-text">写真はイメージ</p></div>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　主婦でセミナー企画などの自営業を経営する東京在住の白川由美さん（仮名）は原発事故後に放射能パニックに陥り、そこから抜け出した。冷静に自己分析できる白川さんのような女性でも、こうしたパニックに陥ってしまった。遠い存在ではなく、私たちの身近に存在する心の病なのかもしれない。2012年５月に公開した記事を再掲し、原発事故のもう１つの側面を感じていただければと思う。（元記事は<a href="https://andenergy.jp">＆ENERGY</a>・<a href="https://andenergy.jp/317">放射能パニックからの生還－ある主婦の経験から</a>）</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span style="color: #0000ff;"><strong>石井</strong></span>：放射能パニックとしてどのような状況になったのですか。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #ff0000;">白川</span></strong>：震災直後からおかしくなりました。2011年9月から10月にかけてが一番ひどかったです。原発の状態と放射能汚染の事ばかりを考え、情報収集に明け暮れ、ノイローゼでした。「このままでは放射能汚染で死んでしまう。その前に関東で地震が起きて死ぬ可能性もある」という思いに取りつかれ不安が拭えず、めまい、頭痛、だるさ、激しい動気に悩まされ、体調も最悪の状態でした。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　生活もおかしくなっていました。食材は東北から離れた西日本や北海道、外国産のものだけを利用。原発事故前につくられた米を大量備蓄しました。私の家は母子家庭なのですが、子どもにマスク登校を強要し、教育委員会には給食やプールの安全性について問い合わせをしました。子どもは私に反発して毎日親子喧嘩を繰り返しました。それでも私は、「自分が正しい」と思い込み、子どもの気持ちを無視して、毎日おかしな情報を集め、それを自らも拡散していたのです。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span style="color: #0000ff;"><strong>石井</strong></span>：医師や専門家などが発信する、正しい情報を集めなかったのでしょうか。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #ff0000;">白川</span></strong>：情報の入手先は、ネットが中心でした。ツィッターをメインにしてブログやUSTREAM。情報ソースは、暗く悲惨な情報を流していることで有名になっている人ばかり。匿名の人たちから大学の先生、研究者まで色々でした。今になるとおかしな人々を信じてしまったと思いますが、当時は正しいと思っていました。そして「御用学者」とされた正確な情報を発信する人の話が間違っていたと思い込み、話を聞きませんでした。また原発事故まで原発や放射能についての知識はほとんどなく、情報の真偽を確かめられませんでした。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　放射能パニックに陥った人の集まりに出たことがあります。私のように思い込みが激しく、偏った情報を信じる人ばかりでした。私は他人との交際はある程度ありますが、その人々はネットばかりを使い、リアルでコミュニケーションを取ることが上手ではない人が多かったようです。頭の片隅で「この人たちはパニックになっているな」と思ったのですが、自分がおかしくなっていることには思いが至りませんでした。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">◆福島県民の苦しみを知り自分の狂気に気づく</span></strong></span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span style="color: #0000ff;"><strong>石井</strong></span>：恐怖がピークに達した際にどうしたのですか。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #ff0000;">白川</span></strong>：疎開先を探し、北海道の田舎に移り住もうとしました。引っ越しの準備を始めようとした矢先、私の狂乱ぶりを心配した現実での友人たちが何人も「やめなさい」と忠告をしてくれました。仕事に支障が来たすし、私が常軌を逸していたことを指摘してくれました。しかし同じ放射能パニックに陥っていたネット上だけの知人達からは「疎開決定おめでとう」コールが殺到しました。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　生活や収入のことを考え、東京にとどまることにしました。当時住んでいた所は、池袋のそばで、家賃は高いのに住環境が悪く、まともに太陽を見ることもできない所でした。多摩に引っ越しましたが、緑がいっぱいで、空も良く見えます。家賃は安くなったのに、部屋の間取りが広くなり、清潔さも増しました。これで私の心は一息つくことができたのです。とはいえ放射能ノイローゼはそのまま。食生活に気を使いながら、相変わらず毎日、ネットで情報取集していました。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span style="color: #0000ff;"><strong>石井</strong></span>：そこから、なぜ変わることができたのですか。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #ff0000;">白川</span></strong>：少しずつ変化をしました。疎開を止めたころから考え直したり、しっかりした人の本を読んだり、行動が少しずつ変わったのです。そして友人である福島出身の若い男性が「福島から来た」というだけで、ひどい差別とイジメを受けたことを聞きました。彼は私の前で泣きました。それを見て、私は大きな間違いを犯していたことに気が付いたのです。私は被災者のことは考えずに自己中心的な思いだけで「放射能」を捉えていたのだと理解したのです。</span></p>
<div id="attachment_14425" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/11/IMG_0792.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-14425" class="wp-image-14425" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/11/IMG_0792-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/11/IMG_0792-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/11/IMG_0792.jpeg 624w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-14425" class="wp-caption-text">写真はイメージ</p></div>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　私のノイローゼが悪化したのは、自分の生活や、心の問題があったためです。落ち着き始めると、それに気づきました。東日本大震災から私の生活は悪化しました。私はセミナー、イベント企画などの自営業をやっていますが震災自粛ムードで、仕事が減りました。そして震災や原発事故のテレビ映像にばかり関心を向けて、何もできなくなってしまったのです。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　すると、あらゆることにやる気を失いました。どうせあがいても、放射能で東北と関東は壊滅する、もう未来はないと思い込みました。絶望感でいっぱいでした。ところが同時に、当時は正直に言うと、うれしい気持ちもあったのです。「放射能と地震で、私の苦しみが解放される」という矛盾する気持ちも、わいてきたのです。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span style="color: #0000ff;"><strong>石井</strong></span>：「苦しみからの解放」とはどのようなことでしょうか。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #ff0000;">白川</span></strong>：数年前から幾つかの大きな壁に直面して、困惑していました。私は44歳です。まず自分の年齢により、容姿とスタイルが以前より明らかに劣化しています。「おばさん」として社会から扱われ、自分もそう見ている。この現実が受け入れられませんでした。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そして仕事の問題がありました。大きなことをして世間をアッと言わせたい。長年そんな願望がありました。けれども、何もできていません。他にも子育てや人間関係など悩みは一杯ありましたが、どれも解決の見通しは立っていませんでした。自信を喪失していました。「心に大きな穴」というか、絶望めいたものがあったのです。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そんなときに、放射能問題によって、すべてがリセットされて、一から人生をやり直すことができるのではないかという思いが起こったのです。破壊の中に救いを求める気持ちです。私が震災情報に夢中になったのは、それが刺激的で、これまでの人生の悩みを忘れる事ができるほどのものであったためです。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span style="color: #0000ff;"><strong>石井</strong></span>：つまり「強烈な不安」が「心の穴」に蓋をして、生きる目的までつくってしまったのですね。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #ff0000;">白川</span></strong>：ええ、そうです。不安が強ければ強いほど現実の問題から目を背ける事ができました。「放射能で子どもが死ぬ」というのは強烈なメッセージで心底怯えました。しかも母親として子供を救う使命感もありました。「母親」という立場が、パニックに拍車をかけたと思います。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　私は役割を得たとも思いました。思うような人生を歩むことができない事を、社会のシステムの責任にしていました。「原発」問題は社会に反撃を行うチャンス。原発というこれほど分かりやすい「悪」はありません。「反原発」を唱えることで、特別な使命を持った選民意識を持てましたし、自己愛が満たされました。自分のパニックの背景に「自尊心の維持」があったと、今になって思います。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">◆脱パニックは周囲の理解でゆっくりと行うべき</span></strong></span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span style="color: #0000ff;"><strong>石井</strong></span>：パニックから目覚めた後で、何が起こりましたか。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #ff0000;">白川</span></strong>：おかしさに気づく過程で自分の嫌な面に気づき、自己嫌悪に陥りました。またおかしな情報を拡散したことや、福島や被災地の差別に加担したことの罪悪感も抱きました。また自分の心の先行きにも心配しています。私は極端から極端に触れやすく精神のバランスの悪い人間です。以前は放射能ノイローゼに依存しましたが、今は「脱放射能」に傾きすぎているのではないかと不安を抱きます。放射能や生活のリスクを直視せずに「これでいいのか」という心配があります。パニックから抜け出ることも、かなり精神的に苦しいことでした。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span style="color: #0000ff;"><strong>石井</strong></span>：放射能パニックに陥った方をどのように救うべきでしょうか。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #ff0000;">白川</span></strong>：放射能パニックはカルト宗教への依存と似たものがあったと感じています。パニックに陥った人々の世界には、不満や不安を抱いている自分を心地よく受け入れてくれる仲間がいます。同類同士が傷の舐め合うことができます。しかも現実の煩わしさの少ない、ネットでの情報のやり取りが多かったのです。さらに自分の頭で考えることを放棄できます。道を示してくれる崇拝者、つまり「恐怖情報ソース」がいるのでとても楽でした。居心地のいい場所で、現実の世界にはない絶対的安心感を抱けました。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　しかし、それが何も問題を解決しないこと、さらに虚構の上に成り立っていることを、この中にいる人は知りませんし認めたがりません。そこからの脱出の道筋は人それぞれであると思いますが、他の人が示す情報によって、少しずつ気づかせ、変えることしかできないのではないでしょうか。周囲の協力が必要であると思います。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　私は「心の闇」を持ち、それが放射能パニックに陥った大きな原因であると思います。ただし、私のような人ばかりではないでしょう。情報を調べることが得意ではないとか、子どもへの心配が大きすぎて冷静ではいられないとか、人間関係も苦手で情報が手に入らないとか、多様な視点から問題を考えられない状況にいるだけの人もいると思います。そのような人は私よりも、気づかせることで簡単に状況から抜け出せると思います。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　私はできるなら、こうした方々を救うお手伝いをしたいと思ってインタビューに応じました。パニックに陥った人を批判、攻撃するのではなく、温かく見守ってほしいと思います。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">◆虚しさが残る日々</span></strong></span></p>
<div id="attachment_14423" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/11/genpatu-.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-14423" class="wp-image-14423" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/11/genpatu--300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/11/genpatu--300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/11/genpatu--768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/11/genpatu-.jpeg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-14423" class="wp-caption-text">福島第1原発（2017年10月、石井孝明撮影）</p></div>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　筆者は2012年から2017年までエネルギー問題の情報サイトの運営に関わり、エネルギー、福島の放射線に関するデマを正しい情報で是正しようとした。震災の記憶も生々しい時期、世論を巻き込む反原発の狂乱の中で、その効果はどれほどあったか。正しいことを言っても、どんなに分かりやすく解説しても、騒ぐ人はその説明を聞いていなかった。もしくは自分の利益になるために騒いでいるためか、無視した。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　福島第１原発事故から11年が経過した。社会もようやく落ち着きを取り戻し、筆者の主張していたことも（今となっては正しかったな）と思ってくれる人も少なくないはず。だからといって、（見ろ、俺の言った通りだろう）などと胸を張る気分でもないし、真実を発信し続けられたことの喜びもない。あるのはただ、虚しさだけ。風評は今も続き、壊された福島のイメージ、そしてエネルギーシステム、原子力の評判は変わらない。当時、騒いだおかしな人たちや、メディアの多くは「ツボガー」「アベガー」と別の問題を騒いで、また無駄なエネルギーを社会の他の人たちに費やさせている。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　社会不安→パニック→回復という問題は、誰でも経験することなのかもしれない。今話題の統一教会問題でも同じようにおかしくなった信者の人はいるだろう。物事を見る参考になるはずだ。また2011年前後に、日本が狂気を覆っていたことの歴史上の記録でもある。11年前の白川氏は、明日の自分かもしれない。ーー多くの人にそんな意識を持ってもらえれば、と今は願っている。</span></p>
<p style="font-weight: 400; text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">※元記事は石井孝明氏のサイト「&amp;ENERGY」に掲載された「<a href="https://andenergy.jp/317">放射能パニックからの生還－ある主婦の経験から</a>」　タイトルをはじめ、一部表現を改めた部分がありますが、取材部分はそのまま掲載しています。</span></p>
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		<title>３・11 震災当時の日記を再録（後）</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 11 Mar 2021 20:26:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
		<category><![CDATA[自衛隊]]></category>
		<category><![CDATA[地震]]></category>
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					<description><![CDATA[　東日本大震災当時のSNSでの日記を再録するシリーズの後編は、地震から60時間後に書いた記事を紹介する。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　東日本大震災当時のSNSでの日記を再録するシリーズの後編は、地震から60時間後に書いた記事を紹介する。計画停電や、原発事故に関して注意を呼びかけるテレビの様子などを伝えた内容。さらに復興に向け、日本と日本人を信じるという思いを文章にした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■被曝の可能性を呼びかけるテレビ</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>＜2011年３月14日午前２時50分投稿＞</strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #ff0000; font-size: 12pt;"><strong>タイトル：今こそ頑張らねば</strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　東日本大震災は死者は宮城県だけで万単位と言ってるし、戦後最大の危難というのは間違いないと思う。東京ではコンビニに行けば食料棚は空っぽだし、ガソリンを入れようと思ったら大行列。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　テレビでは原発事故に関連し「外へ出る時は肌を出さないようにしましょう」と被曝の可能性が出た時のための注意を呼び掛けるなんて、本当に日本での出来事なのか、信じられない気持になる。まるで悪い夢をみているかのようだ。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■もはや東京も準被災地 計画停電へ</span></strong></span></p>
<div id="attachment_9477" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/d425695fcc26e4bef9866b27ec7535c5.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-9477" class="wp-image-9477" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/d425695fcc26e4bef9866b27ec7535c5-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/d425695fcc26e4bef9866b27ec7535c5-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/d425695fcc26e4bef9866b27ec7535c5-1024x614.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/d425695fcc26e4bef9866b27ec7535c5-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/d425695fcc26e4bef9866b27ec7535c5.jpg 1134w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-9477" class="wp-caption-text">地震から３日後の14日から関東地方は計画停電に入った（写真はイメージ）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　14日から関東地方も計画停電に入る。普段なら１日３時間×２の停電が４月まで続くなんてとんでもない大事件だが、被災地の状況を見れば、それも仕方がないと納得してしまう。少なくとも僕はそうだ。停電によって公共交通機関もズタズタだろう。もはや東京も準被災地だ。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　しかし、これで暴動が起きたなんて話は聞かない。恐らく多くの人が「この状況だから仕方ない」と受け止め　「明日からどうしよう」と対策を考えているように思う。特に僕の住む地域は１日に２度の停電がある第２グループ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　18時20分から22時まで停電って、真っ暗の家の中で何をすればいいんだ？　食事をそれまでに済ませて、家族で布団にくるまって寝るしかないのか…。それもこういう状況だから仕方がない。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　●●●氏も前の日記にコメントしてくれたように、海外ではこういう日本人をすごいと感じるのかもしれない。いや、すごいよ、実際。この我慢強さ、不屈の魂、困難に立ち向かう気概が日本人のすごさであり、日本という国がここまで発展した原動力だと思う。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■こんな時にも日本を信じたい</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　地震の前、沈滞ムードが日本を覆っていたように思う。それは長引く経済の不況であったり、国際社会における相対的な存在感、地位の低下であったり、政治的な混乱もあっただろう。だが、自衛隊など関係者の必死の救出劇を見て、あるいは「命があっただけでも良かった」と喜ぶ人たちを見て、僕は（日本人はこういう状況から頑張れるんだ）と確信している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ガレキに覆われた被災地が、２年後、３年後にはまた美しい海辺の町に戻ると思う。何たって僕たちの父祖は敗戦の19年後にはオリンピックを開催したのだ。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　直接の被害がなかった僕も、少しでも復興の力になりたいと思う。電気を使うなと言われれば、それに合わせた生活をしよう。電車が止まるなら時間を変えて出勤しようじゃないか。募金が必要なら出せる範囲で出そう。こうした１人１人の小さな力が復興への底力になると思う。今こそ、１人１人の日本人が頑張る時なんだろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">※プライバシー保護のため、一部、伏字にしました。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/others/20210311/">前編</a>に戻る）</span></p>
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			</item>
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		<title>３・11 震災当時の日記を再録（前）</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 11 Mar 2021 01:56:05 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[地震]]></category>
		<category><![CDATA[青山学院大学]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
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					<description><![CDATA[　10回目の３・11がやってきた。死者約１万6000人、行方不明者約2500人を出した2011年の東日本大震災から10年。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　10回目の３・11がやってきた。死者約１万6000人、行方不明者約2500人を出した2011年の東日本大震災から10年。今でも避難生活を続けている方は４万人を超えるという。震災の悲劇を忘れないために、10年前、震災翌日にSNSで公開した日記を再録、２度に分けてお伝えする。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■SNSで公開していた日記を再掲</span></strong></span></p>
<div id="attachment_9471" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/1687740249_106.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-9471" class="wp-image-9471" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/1687740249_106-300x169.jpg" alt="" width="220" height="124" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/1687740249_106-300x169.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/1687740249_106.jpg 320w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-9471" class="wp-caption-text">地震直後、築地の公園に避難した人々</p></div>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2011年３月、僕は日刊スポーツ新聞社に勤務しながら、青山学院大学大学院法務研究科に在籍し、法律の勉強をしていた。朝から学校に行き、午後の授業が終わると出勤して午前１時ころまで働き、タクシーで帰宅する日々。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　３月11日は授業がなく、昼過ぎから日刊スポーツ本社ビルの４階で勤務をしており、午後10時過ぎに帰宅する予定だった。14時46分に突然の揺れを感じた。それ以後の様子を当時、SNSで一部の人に公開していた日記を書き、翌12日に公開した。当時の文章を読みやすくするために見出しを入れ、プライバシーに関わる部分は省略して再録する。</span></p>
<p><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>＜2011年３月12日13時55分投稿＞</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt; color: #ff0000;"><strong>タイトル：地震</strong></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　すごい地震だった。３月11日は会社で午後３時から定例の会議が予定されており、そろそろ会議に行こうかという時に激しい揺れ。ビルが大きく揺れた。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その後も大きな揺れが２度あり、付近の会社の人は近くの公園に避難した。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　会議は中止になって、その後は余震が続く中、不安な気持ちで仕事を続けた。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■会議は中止、コンビニに客が殺到</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　電車はすべてストップして帰宅できないと考えた人がコンビニに殺到したため、商品棚のおにぎりや弁当、サンドイッチなどはすぐに売り切れ。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<div id="attachment_9472" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/89369609b102e63e131e2aa2a51ed01e.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-9472" class="wp-image-9472" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/89369609b102e63e131e2aa2a51ed01e-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/89369609b102e63e131e2aa2a51ed01e-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/89369609b102e63e131e2aa2a51ed01e-1024x614.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/89369609b102e63e131e2aa2a51ed01e-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/89369609b102e63e131e2aa2a51ed01e.jpg 1134w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-9472" class="wp-caption-text">地震当日、半蔵門線は早めに運転を再開した（写真は半蔵門線も通る九段下駅）</p></div>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 12pt;">　僕は午後10時30分に仕事を終えて会社を出た。会社に宿泊することもできたが、朝、自宅に戻れる保証はないので、無理をしてでも帰ることにした。都心部の会社から多摩地区の僕の家まで直線距離で20キロ。歩けば５時間程度かかる。</span><span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　会社を出た時点で動いているのは地下鉄だけで、大江戸線、銀座線、半蔵門線。銀座線で渋谷に出るか、大江戸線で新宿に出るか迷ったが、会社を出る直前に運行を開始した銀座線は人が殺到したために再び停止したというので、大江戸線へ。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　最寄駅に行くと改札で入場規制。20分ほど待ってようやく乗れたものの、時間調整で動いたり止まったりで、８つめの駅である新宿駅に到着したのが11時45分ころ。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　新宿駅から僕の家まで16キロ程度。そこから甲州街道を徒歩で下り始めたが、道路は大渋滞。夜中の甲州街道はサラリーマンやＯＬがゾロゾロと歩く異様な光景だった。制服を着たカップルの高校生もいたのには驚かされた。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■井の頭線・京王線、運転再開の報に小躍り</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　新宿－初台－幡ヶ谷と、１つの駅の間隔がこれほど長いとは…。自宅につくのは午前４時頃だろうと思って、ひたすら歩いた。幡ヶ谷のあたりで自宅に電話をしようと思ったが、当然通じず。しかし嫁さんからメールが入っていた。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「井の頭線・京王線、運転再開だって」<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　おお！　京王線が動いている！　そこで幡ヶ谷駅に向かおうと思ったが、京王線は京王線と京王新線があり、幡ヶ谷は京王新線の駅だ。次の笹塚に行くとどちらも止まるから笹塚で乗ることにした。こうして笹塚から各駅停車に乗って、僕の住む町の駅に到着したのが午前１時過ぎ。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　いつもならタクシーに乗るところだが、ここが長蛇の列のため諦めて徒歩で30分かけて自宅へ。帰宅が午前１時30分。会社を出てから３時間、通常なら１時間とちょっとだが、とにかく帰れたのだから文句は言えない。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 12pt;">　帰宅して風呂に入り、その後、ビールを飲んで軽い食事をとった。嫁さんには京王線運行再開のメールが非常に有効だったことを伝えた。知らなかったら甲州街道を明け方までトボトボ歩いていたことだろう。全くこういう時の情報は貴重だ。</span><span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■被災された東北の方々を思うと胸が痛む</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　家はそれほど被害は受けていなかった。食器がいくつか割れた程度。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（略）</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　これぐらいで済んだからまだ良かった。被災された東北地方の方々のことを思うと胸が痛む。一刻も早い救出、そして復興へと向かってほしい。…今日も東京は余震が続いている。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space">（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/others/20210312/">後編</a>へ続く）</span></span></p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>８割が台湾好き 尋常ではない日台関係</title>
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		<dc:creator><![CDATA[葛西 健二&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠台北 Taipei&#x1f1f9;&#x1f1fc;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 27 Jan 2021 13:31:28 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[国際]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
		<category><![CDATA[921大地震]]></category>
		<category><![CDATA[チュンチュン]]></category>
		<category><![CDATA[呉函峮]]></category>
		<category><![CDATA[台北駐日經濟文化代表處]]></category>
		<category><![CDATA[熊本地震]]></category>
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					<description><![CDATA[　台湾に親しみを感じる日本人は８割近くに達することが、台北駐日經濟文化代表處の調査で分かりました。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　台湾に親しみを感じる日本人は８割近くに達することが、台北駐日經濟文化代表處（大使館に相当）の調査で分かりました。日台関係は相思相愛がデフォルトになっているため今更という感じもありますが、二国間の関係で、これほど好感度が高いのは世界的にも珍しいのではないでしょうか。私は台湾在住23年ですが、その間、日台関係も、台湾人の日本に対する思いも大きく変わったことを感じさせられます。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>■チュンチュンも一役 日本人の台湾びいき</strong></span></p>
<div id="attachment_7267" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/05/bed1331331e9ed228659c613006d0297-scaled.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-7267" class="wp-image-7267" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/05/bed1331331e9ed228659c613006d0297-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/05/bed1331331e9ed228659c613006d0297-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/05/bed1331331e9ed228659c613006d0297-1024x614.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/05/bed1331331e9ed228659c613006d0297-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/05/bed1331331e9ed228659c613006d0297-1536x921.jpg 1536w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/05/bed1331331e9ed228659c613006d0297-2048x1228.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-7267" class="wp-caption-text">日本でも人気のチュンチュン（呉函峮）さん YouTube（投稿者：尼胖阿氏）画面から</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　台北駐日經濟文化代表處は2021年１月６日、日本人1000人を対象に行った「台湾に対する意識調査」の結果を発表しました。「台湾に親しみを感じる」と答えた人の割合は77.6％、これは前回の78.1%とほぼ同水準です（<a href="https://www.roc-taiwan.org/jp/post/20037.html">台北駐日經濟文化代表處2019年12月26日</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　代表処は「2016年の調査開始から通して見ても傾向に大きな変化はなく、安定して親しみ・信頼を得、良好なイメージを保っている」「これは台日関係の発展に対する評価の表れ」と分析しています（以上<a href="https://www.roctaiwan.org/uploads/sites/43/2021/01/%E3%80%902020%E3%80%91%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E6%84%8F%E8%AD%98%E8%AA%BF%E6%9F%BB_%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8.pdf">【2020】台湾に対する意識調査報告書</a>から）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　このニュースに関心を示した台湾ネットユーザーの間では、「日本人は台湾のどこ・何が好きなのか」で盛り上がりを見せました。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;"><strong>九份，神隱少女的聖地</strong>　（九份、千と千尋の神隠しの聖地だよ）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;"><strong>台南街道的昭和感吧</strong>　（台湾の街並みは昭和感が漂う）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;"><strong>滷肉飯 但都有八角</strong>　（豚の角煮飯、でも八角が入っているよ）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;"><strong>牛肉麵比拉麵好吃</strong> 　（牛肉麺は（日本の）ラーメンより美味い）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;"><strong>ASUS的手機&#8230; cp值高</strong>　（ASUSのスマホ･･･コスパ高い）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;"><strong>因為有峮峮</strong>　（チュンチュン&lt;呉函峮&gt;がいるからだろ）（参照：<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20200528/">チュンチュン呉函峮と素顔の台湾チアの魅力</a>）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　日本人を惹きつけてやまない台湾の魅力について、様々な意見が交わされました（<a href="https://term.ptt.cc/">PTT 批踢踢實業坊</a>、<a href="https://tw.news.yahoo.com/">yahoo!新聞</a>コメント欄から抜粋）。こうした意見もその通りだと思いますが、それ以上に、日本人は台湾人の心に惹かれているのではないかと、私は感じています。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>■日本人の８割が好感を持つ国が台湾以外にあるだろうか</strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　日本人に聞きたいのですが、日本国民の８割が好感を持つ国が台湾の他にあるでしょうか。政治的・経済的には結びつきが強くても、アメリカに好感を持つ人が８割になるとは思えません。基地問題や覇権主義に嫌悪感を持つ人は一定程度存在するからです。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　中国や韓国は…言わぬが花。８割が好感を持つというのは、国際社会では珍しいように思います。豪州とニュージーランドなど、歴史的に繋がりが深い成熟した二国間の関係ではあるのかもしれませんが、日台が豪・新のような関係だったかと言えば、それは違うでしょう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　昨今の日本人の台湾への好感度アップは、2011年の東日本大震災時に台湾の人々が見せた支援がきっかけになっていると推測します。当時、台湾からは250億円を超える義援金と600トン近くもの支援物資が送られました。義援金についてはそのうち慈善団体から寄せられたものと直接義援金を届けた個人と団体とで合わせて約220億円にもなります。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　それまで日本は近隣に友好国はなく、どちらかと言えば「戦争で迷惑をかけた」と言われ、メディアも自国を被虐的に扱いがちでした。日本人は他国から愛されることに慣れていなかったところに、こうした国ぐるみの支援があったことで、ごく身近にいた友人の存在に気付いたという部分があるのではないでしょうか。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>■好感度アップを示す訪台日本人の増加</strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　こうした日本人の台湾への好感度の上昇は、訪台日本人の増加が如実に示しているように思います。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　2019年12月9日、訪台日本人延べ人数が年間で初めて200万人を突破しました。2011年130万人、2013年 142万人、2015年162万人、 2017年190万人、2019年217万人と、年々増加（但し2020年は渡航制限のため26万人）、9年間で約７割増です（交通部観光局観光統計資料庫 「<a href="https://stat.taiwan.net.tw/">来台旅客 Inbound visitors</a>」）。</span></p>
<div id="attachment_9071" style="width: 230px" class="wp-caption alignright"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/2002-2019.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-9071" class="wp-image-9071" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/2002-2019-300x215.jpg" alt="" width="220" height="158" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/2002-2019-300x215.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/2002-2019-768x552.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/2002-2019.jpg 1004w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-9071" class="wp-caption-text">「中華民国交通部観光局観光統計資料庫」から。○囲みは筆者が付け足したもの。2002年～2019年（民国91年～108年）の日本からの訪台延べ人数推移。下部年数は中華民国表記。民国100年（2011年）以降訪台日本人が大幅に増えている。</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　台北市内でもここ数年、日本人観光客を見かける機会が以前に比べ多くなっています。私の妻が勤める百貨店では、増える日本人観光客対応のため４年前から社内で毎年短時間の日本語研修が実施されています。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　また、私の住む地域は台北市街地から山を隔てた場所にあり、観光名所もないごく普通の住宅街なのですが、一昨年ごろから近所の行きつけの水餃子屋さんで日本人観光客を見かけるようになりました。不思議に思い店主に尋ねると「日本の雑誌社が取材にきてその後ガイドブックに掲載された」とのこと。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　店主は嬉しそうでしたが、今までガイドブックではまず紹介されなかった地域、更に地元民御用達の店が掲載されたということに、私は「ついにこんなところまで目をつけられたか」と、大げさですが少々危機感を感じたのも事実です。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　2002年から2010年を見ると、2002年99万人、2004年89万人、2006年116万人、2008年109万人、2010年110万人。この９年間の傾向は微増または横ばい、若しくは減少となっています。増加率にすると11%、僅か１割増に過ぎません。このように、2011年を境に日本人の訪台が急増しているのは客観的な事実です。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　2011年からの９年で訪台日本人が急増したのは、台湾に対する好感度の上昇とリンクしていると考えていいのではないでしょうか。台北駐日經濟文化代表處の好感度調査は2016年から始まっており、それ以前の好感度に関しては推測するしかありません。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　しかし、３・11の時の支援の心が契機となって台湾に興味・感心を抱いた人や、（感謝・恩返しの気持ちで）台湾旅行を選んだ人等が訪台数の大幅増加に繋がったように思います。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>■憧れから感謝、良き隣人へ 変化した台湾人の日本観</strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　私が台湾に来たのは1998年、今から23年前です。振り返ると当時の台湾の人々は「日本・日本人」に対して何か憧れのようなものを抱いていたように思います。実際私が「日本人」だということに、台湾の人が何かと「好好喔 （いいなあ）」「羨慕 （うらやましい）」と反応する場合が多かったからです。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　また当時は日本統治時代を経験した多くの方が存命でした。当時私の住んでいたアパートの近所に幼少時代台湾で日本教育を受けたおじいさんがいました。この方は私を見かけるといつも嬉しそうに日本語で声を掛けてきて、決まっていつも「あの頃はよかった」「懐かしい」と昔を偲ぶ気持ちを口にしていました。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　その「憧れ」に新たな変化が加わったのが、1999年９月21日に台湾中部で発生した「921大地震」に際する日本の対応です。921大地震に際して、日本は他国に先駆け国際緊急救助隊として国際消防救助隊員145名を被災地に派遣しました。この救助と活躍は台湾でも連日大きく報道されていました。私はこの日本の支援を機に、日本に対する「感謝」の気持ちが大きくなっていったと考えています。</span></p>
<div id="attachment_9072" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/taiwan-can-help.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-9072" class="wp-image-9072" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/taiwan-can-help-300x198.jpg" alt="" width="220" height="145" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/taiwan-can-help-300x198.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/taiwan-can-help-768x507.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/01/taiwan-can-help.jpg 891w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-9072" class="wp-caption-text">2020年4月21日台湾から200万枚のマスクが成田空港に到着。物資には「Taiwan can help」「台湾日本友好」の文字が躍る（<a href="https://www.cna.com.tw/news/firstnews/202004215015.aspx">中央通訊社 2020年4月21日付</a>）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　2011年の東日本大震災時に、台湾の人々が自発的に差し伸べた日本への支援の手。当時台湾のコンビニエンスストアには日本に対する支援金専用のアクリル容器がレジそばに設けられ、どのコンビニでもそこが紙幣で埋められていた光景が強く印象に残っています。当時台湾社会は一体となって日本への支援へ動いていました。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　それが921大地震時の日本の支援に対する「報恩 （恩返し）」と「互相幫助 （助け合い）」の気持ちから起きたというのが台湾社会での共通認識となっています（参照：<a href="https://reiwa-kawaraban.com/international/20200314/">３・11から新型コロナ禍へ続く日台友好「一起抗疫、一起加油」</a> ）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　つまり、日本も台湾も、苦しい時に手を差し伸べてくれた相手への感謝を忘れず、信頼関係を高めていったのです。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　ここに至り、台湾の人々にとって「日本」とは、互いに「助け合う」べき「好鄰居 （良きご近所さん）」へと変化を遂げ、2016年の熊本地震及び台南地震に対する官民含めた支援活動等、助け合いの精神は今でも続いています。これが現在の緊密な日台関係の根底にあると考えています。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　「憧れ」から「感謝」そして良き隣人としての「助け合い」へと変化してきた台湾の人々の対日本観。最近、台湾では昨年夏頃から次のようなメッセージを目に、耳にする機会が増えています。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;"><strong>Taiwan can help </strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　コロナ封じ込めに成功し「自信」を得た台湾が世界へ伝えるメッセージです。日本だけでなく世界が、成功のモデルケースである台湾の一助で、難局を乗り越えることができるよう、台湾の人々は願っています。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>■日台友好は貴重な財産</strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　世界的にも珍しい日台の信頼関係、相思相愛の関係は、両国にとって貴重な財産です。これからもお互いに良き隣人を大事にして、成熟した両国関係を築いていこうではありませんか。</span></p>
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