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	<title>桐島聡 | 令和電子瓦版</title>
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	<description>政治、社会、運動、芸能など、様々なジャンルのニュース＆オピニオンサイトです</description>
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	<title>桐島聡 | 令和電子瓦版</title>
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	<item>
		<title>古谷経衡氏 間違いだらけの新左翼解説</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Jan 2024 16:00:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[メディア]]></category>
		<category><![CDATA[東アジア反日武装戦線]]></category>
		<category><![CDATA[桐島聡]]></category>
		<category><![CDATA[大道寺将司]]></category>
		<category><![CDATA[連合赤軍]]></category>
		<category><![CDATA[浅間山荘事件]]></category>
		<category><![CDATA[古谷経衡]]></category>
		<category><![CDATA[日本赤軍]]></category>
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					<description><![CDATA[　文筆家の古谷経衡氏（41）が28日、ABEMA的ニュースショーに出演、新左翼運動に関して説明をしたが間違いが多く、その知識不足を露呈する結果となった。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　文筆家の古谷経衡氏（41）が28日、ABEMA的ニュースショーに出演、新左翼運動に関して説明をしたが間違いが多く、その知識不足を露呈する結果となった。1982年生まれの古谷氏が新左翼運動を語るのは無理があり、媒体で語るならもう少し勉強してから出てはどうかと思う。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />連合赤軍と日本赤軍の違い</span></strong></span></p>
<div id="attachment_17033" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_4363.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-17033" class="wp-image-17033" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_4363-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_4363-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_4363.jpeg 709w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-17033" class="wp-caption-text">国際手配中の日本赤軍のメンバー（撮影・松田隆）</p></div>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　連続企業爆破事件の桐島聡容疑者と名乗る男性が警視庁公安部に身柄を確保されたことで、急遽、ABEMA的ニュースショーでは「<a href="https://abema.tv/video/episode/89-76_s10_p264?utm_medium=social&amp;utm_source=youtube&amp;utm_campaign=official_yt_abemateki_202401291623_ap_free">”桐島聡”名乗る男性…49年闘争の謎</a>」というタイトルで生放送を行った。出演した古谷氏は、冒頭で桐島容疑者が所属していた東アジア反日武装戦線とはどういう組織なのか司会の千原ジュニア氏から説明を求められ、それに応えて新左翼運動について語った。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　話したままに書いていくが、団塊の世代の方の失笑を買うような内容となっている。事実関係に間違いが多く、それ以上に、全体の流れを理解していないであろうことは容易に想像がつく。まずは発言の主要部分を以下に示そう。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「<strong>（いわゆる新左翼の）一派が、この（東アジア）反日武装戦線なんですが、その新左翼の中にはさっき、大坂（正明）被告とか出てきましたけれども、中核派とか革マルですとか、ブント（筆者註・共産主義者同盟）とか、そういった色んな派閥があるんですけども、たとえば一番有名なのは多分連合赤軍とかだと思うんですけども、日本赤軍ですね。</strong>」</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　非常に基本的な話だが、連合赤軍と日本赤軍は全く異なる。連合赤軍は国内に残っていた赤軍派と京浜安保共闘が合流して結成されたから”連合”赤軍である。一方、赤軍派の重信房子らは当時、出てきた国際根拠地論に乗ってパレスチナに向かいパレスチナ解放人民戦線への義勇兵として活動に参加し、1974年に日本赤軍を称するようになった。つまり、両者は違う組織である。もちろん、重信房子の友人が連合赤軍に参加するなど人的な繋がりはあった（後にリンチ殺人の被害に遭っている）。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　古谷氏の話ぶりから、連合赤軍と日本赤軍の区別がついておらず、両者が同じ組織と思っているように感じる。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />浅間山荘がペンション？</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　さらに古谷氏の話を示す。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「<strong>1972年に超有名な浅間山荘事件っていうのをやるじゃないですか。あれは群馬のペンションですよね。立て籠ってやるんですけども、結局は立て籠もり、逮捕されたってことなんですけども、それを見て、この東アジア反日武装戦線ってのは要するに都市型のテロじゃないとダメなんだって思うようになるんですね。つまり浅間山荘ってのはわりと何もない山の中でやって、結局、失敗したんじゃないかと。じゃあ、われわれは東京のど真ん中とか、大企業とか、そういうところを狙って革命をやるんだということで、この東アジア反日武装戦線っていうのは出てきた。</strong>」</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　浅間山荘を「ペンション」と呼ぶ人を初めて見たが、当時、浅間山荘は河合楽器の保養所であって民宿（ペンション）ではない。そこの管理をしていたのがＭ氏夫妻で、人質にされたのがＭ氏夫人である。そのあたりはいいとして問題は、「あれは群馬のペンションですよね。籠ってやるんですけども、結局は立て籠もり、逮捕されたってことなんですけども…つまり浅間山荘ってのはわりと何もない山の中でやって、結局、失敗したんじゃないかと。」という部分。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　古谷氏は連合赤軍が、わざわざ群馬の山奥に出かけて”ペンション”を占拠し、管理人の妻を人質に革命を訴えて失敗したという認識のように思える。連合赤軍は山岳ベースを建設し、山中で軍事訓練などをしながらも仲間を総括の名のリンチで殺害を繰り返した。やがて警察に追われて幹部の森恒夫や永田洋子をはじめ、仲間の多くが逮捕され、残った５人が軽井沢の別荘地「レイクニュータウン」にある浅間山荘に逃げ込んだというのが簡単な経緯。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　当時の連合赤軍は山岳ベースを軍事拠点にという考えだったのは間違いないと思うが、別に閑静な別荘地の建物を根拠に革命を起こそうとして立て籠ったわけではない。「山の中でやって」ではなく、「追い詰められて、仕方なく逃げ込んだ」というのが実態に近い。そのあたりの事情を古谷氏は理解できているようには見えない。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また、東アジア反日武装戦線が大企業を狙ったのは「われわれは、新旧帝国主義者軍国主義や、植民地主義者、帝国主義イデオローグ、同化主義者を抹殺し、新旧帝国主義、植民地主義企業への攻撃、財産の没収などを主要な任務とした”狼”である」（腹腹時計から、20世紀の記憶・連合赤軍・”狼”たちの時代 1969-1975　毎日新聞社 p350）と説明されている。大企業が都会にあるからではなく、戦前から彼らのいう帝国主義に協力していたことを理由としているのである。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />大道寺将司の名前を間違えて…</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　さらに古谷氏の話は続く。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「<strong>そういうような流れでグループの中に狼、大地の牙、さそり、今回、桐島はさそりに属しているんですけれども、これは一種のコードネームのようなもので、役割分担はあるようなんですけども、基本的にはみんな一緒だというふうに考えていいと思いますね。この反日武装戦線のリーダーっていうのが一応、狼部隊ですね、大道寺マサアキという人なんですけれども、これはもうですね、2000年代、2010年代の後半に刑務所の中で病気で死んでおります。ですから、この桐島を含めて逃亡しているのが最後の生き残りというような理解でよろしいかと思います。</strong>」</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　東アジア反日武装戦線の中に狼や大地の牙、さそりという集団があるが、この点については1999年発行の書籍に以下のような説明がなされている。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「組織名でなく、運動の性格を表す仮の呼称として『東アジア反日武装戦線』とし、片岡（筆者註・現姓益永、利明死刑囚）らのグループは『戦線』に志願した一部隊と位置付け、グループ名を”狼”とした。」（20世紀の記憶・連合赤軍・”狼”たちの時代 1969-1975　毎日新聞社 p314）</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　細かい話になるが、古谷氏は、東アジア反日武装戦線が、その組織内に小さな部隊をつくり、それぞれに名前をつけたというイメージで語っているのであろう。実際はそうではなく、後から多くの人が仲間に加われるように仲間で狼という部隊をつくり、帝国主義と戦う戦線を結成する目的で東アジア反日武装戦線という名称を看板のように掲げたというのが実態に近い。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もう少し解説すると、東アジア反日武装戦線のリーダーは、古谷氏の言う「大道寺マサアキ」ではなく、「大道寺将司（マサシ）」である。そして大道寺は確定死刑囚であるから刑務所には入らない。2017年に死亡した際は東京拘置所に収監されていた。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />最低限の知識を持って語れ</span></strong></span></p>
<div id="attachment_17032" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2024/01/c3125ff458f16eb0584010d8e3424cb3.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-17032" class="wp-image-17032" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2024/01/c3125ff458f16eb0584010d8e3424cb3-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2024/01/c3125ff458f16eb0584010d8e3424cb3-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2024/01/c3125ff458f16eb0584010d8e3424cb3-1024x614.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2024/01/c3125ff458f16eb0584010d8e3424cb3-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2024/01/c3125ff458f16eb0584010d8e3424cb3.jpeg 1134w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-17032" class="wp-caption-text">古谷経衡氏（ABEMA画面から）</p></div>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　筆者は新左翼運動の専門家ではないが、高校時代から連合赤軍事件に興味があり、事件から５年後の1977年に浅間山荘を訪れて管理人のＭ氏に内部を見せてもらった（参照・</span><a href="https://reiwa-kawaraban.com/others/20171210/"><span style="font-size: 12pt;">1972年浅間山荘事件が原点、高2の夏の思い出</span></a><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">）。それなりに関連書籍も読んでおり、日刊スポーツ在籍時にある出版社のムックに記事を書くため浅間山荘事件の犯人の１人（加藤倫教氏）を取材している。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そうした人間から見れば、古谷氏の話は（一夜漬けで調べて覚えて話しているんだろう）ぐらいの印象しか持てない。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　個人的には当時の極左暴力集団の卑劣さには怒り、憤りという負の感情しかない。とはいえ、そうしたことを語るなら最低限の知識を持って語るべきであるし、全くそのことについて知らないと思われる古谷氏に解説役をさせるABEMAのやり方には大いに疑問が残る。</span></p>
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		<title>人生70年をドブに 連続企業爆破の桐島容疑者確保か</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/society/20240127/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 27 Jan 2024 14:42:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[アイヌ]]></category>
		<category><![CDATA[日本赤軍]]></category>
		<category><![CDATA[重信房子]]></category>
		<category><![CDATA[東アジア反日武装戦線]]></category>
		<category><![CDATA[桐島聡]]></category>
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					<description><![CDATA[　1974年～75年にかけておきた連続企業爆破事件の桐島聡容疑者（70）と見られる男が26日までに警視庁公安部に身柄を確保されたと報じられた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　1974年～75年にかけておきた連続企業爆破事件の桐島聡容疑者（70）と見られる男が26日までに警視庁公安部に身柄を確保されたと報じられた。末期がんで偽名を使って入院中で、余命はわずかという。49年間の逃亡生活の末、偽名を使って治療を受けていたもので、どこまで厚かましく、恥辱に塗れた人生であるかを感じさせられる元ゲリラ兵士の終末である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><strong><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />腹腹時計で示された企業爆破の理由</span></strong></p>
<div id="attachment_17012" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_4367.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-17012" class="wp-image-17012" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_4367-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_4367-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2024/01/IMG_4367.jpeg 709w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-17012" class="wp-caption-text">警察署の前に貼られた桐島聡容疑者の指名手配のポスター（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　桐島容疑者は過激派の「東アジア反日武装戦線」の”さそり”に所属しており、1975年４月の韓国産業経済研究所ビルの爆破事件に関わったとされている。同年に指名手配され、その後49年間、行方をくらましていた。駅や警察署の前など、目立つ場所で指名手配の写真が貼られており、「ああ、あいつか」と報道を見て思った人は少なくないと思われる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その生死すら分からなかった桐島容疑者が１月25日に鎌倉市の病院に入院していると情報が警視庁に寄せられた。事情聴取をした結果、本人が桐島聡を名乗り、「最期は本名で迎えたい」などと供述したと伝えられている（ＮＨＫ・<a href="https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240127/k10014337121000.html">桐島聡容疑者を名乗る男「最期は本名で迎えたい」男は末期がん</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　報道では余命数ヶ月ということで、逮捕も起訴もされず、されたとしても被告人死亡で公訴棄却（刑事訴訟法339条１項４号）が確実と思われる状況の中、ほぼ半世紀ぶりに自分の本名を名乗ったものと思われる。偽名で神奈川県内の病院に入院していたとされる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「東アジア反日武装戦線」は、1974年の三菱重工ビル爆破事件（死者８人、負傷者300人以上）から始まり、次々と大手企業などに爆弾を仕掛けた。「日帝本国に於いて、日帝を打倒せんと既に戦闘を開始しつつある武闘派」を同志とし、「戦闘の開始を決意しつつある」者を潜在的同志としている（同団体が発行した「腹腹時計」の一節から）という文言を見るだけで、まともではない思考回路を持った集団であることは分かる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　大手企業に爆弾を仕掛けた理由については、前出の腹腹時計にこのように記載されているのがヒントになる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「われわれは、アイヌ人民（彼らがアイヌとして闘いを組織する時、日帝治安警察は、在日朝鮮人と対すると同様、外事課がその捜査を担当している。）沖縄人民、朝鮮人民、台湾人民の反日帝闘争に呼応し、彼らの闘いと合流するべく、反日帝の武装闘争を執ように闘う”狼”である。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「われわれは、新旧帝国主義者＝軍国主義者、植民地主義者、帝国主義イデオローグ、同化主義者を抹殺し、新旧帝国主義、植民地主義企業への攻撃、財産の没収などを主要な任務とした”狼”である。われわれは、東アジア反日武装戦線に志願し、その一翼を担う”狼”である。」（シリーズ20世紀の記憶 連合赤軍・”狼”たちの時代1969-1975、毎日新聞社、p314）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　つまり、戦前から活動していた大企業を攻撃することは、日本の帝国主義と戦うための手段であるから許されると考えているのであろう。このようなイカれた人間に命を奪われた方とその遺族の方の無念を思うと、胸が痛む。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />この男の人生は何だったのか</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　私ごとで恐縮だが、年の離れた姉が1974年８月30日、当時、勤務していた金属関係の会社から東京・丸の内へ出張を命じられ、まさにその日に三菱重工ビルが爆破された。凄惨な現場の映像がテレビで流れる中、携帯電話などない時代、姉と連絡の取りようがなく、両親は姉が爆発に巻き込まれたのではないかと心配していた。夜になって帰宅した姉を家族で（無事でよかった）と迎えたのを覚えている。一歩間違えば、姉も被害を受けていた可能性があった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　筆者の家族は幸運にも厄災を避けられたが、彼らの身勝手な行動で不幸のどん底に突き落とされた家族も大勢いた。桐島容疑者は三菱重工ビル爆破事件には今のところ関与した証拠はないようであるが、仲間たちが行った行為をどう考えているのか、他の爆破事件に関与しながら責任もとらずに逃げ続けることに良心がいたまないのか、人としてわずかな倫理観も持ち得ないのか、70歳になってそうした点に向き合わずに逃げ続ける人生に何の疑問も持たなかったのか不思議に思う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　桐島容疑者は1972年４月に明治学院大学に入学し、1974年12月の鹿島建設爆破事件に関与していると認定されていることから、10代の終わりには道を踏み外していたのであろう。それから50年、人生の大半を指名手配犯として過ごし、逃亡生活の終わりは末期がんで余命いくばくもない状態というのであるから、一体、この男の人生は何だったのかと思わずにはいられない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　前出のように、東アジア反日武装戦線は現在の日本政府も「日帝」として帝国主義的政策を実行していると考え、それを打倒するのが自分たちの使命と考えて活動を続けているのであろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ところが、自らが末期がんになり、入院したというのである。偽名で入院、保険証を提示せずに自費で治療を受けていたと報じられている（ANN NEWS・<a href="https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000334589.html">桐島聡容疑者を名乗る男確保 保険証提示せず…身元隠しか</a>）。本当に社会保険を利用していなかったとしても日本の社会保険制度で成り立つ病院に治療してもらっているのであるから、「日帝の社会保障制度で命を存（ながら）えた」と言っていい。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />最後まで卑怯な逃亡犯</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　一部をとらえて全体を批判するのは好ましいことではないが、この類のアナーキーな人々は国家権力を否定しながら、国家権力の庇護を受けて命を存えることが少なくない。日本赤軍のメンバーだった重信房子元最高幹部は、服役中にがんの手術を４回行なっている（週刊文春電子版・<a href="https://bunshun.jp/denshiban/articles/b3161">日本赤軍・重信房子　“指導者”が明かした「知られざる獄中生活」</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また、日本赤軍の元メンバーで、映画監督の足立正生氏は生活保護を受けていると報じられている（日刊スポーツ電子版・<a href="https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202209260000331.html#goog_rewarded">三浦マイルド、山上容疑者モデルの映画の監督が生活保護受給報道に「俺から言わすとダサいわ」</a>）。それが事実であれば、権力の庇護を受けつつ、反権力の映画を作るという、全く理解に苦しむ言動と言うしかない。</span></p>
<div id="attachment_13807" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/05/46163f4d293a618116c5f726210afb4e.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-13807" class="wp-image-13807" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/05/46163f4d293a618116c5f726210afb4e-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/05/46163f4d293a618116c5f726210afb4e-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/05/46163f4d293a618116c5f726210afb4e.jpg 588w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-13807" class="wp-caption-text">日本赤軍の重信房子元最高幹部（FBから）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この種の左翼系の人間が社会から忌み嫌われているのは、右とか左とかの思想・信条の良し悪しではなく、人間として最低限備えなければならない倫理観すら持ち合わせていないからという点に気付いたらどうかと思う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　桐島容疑者の「最期は本名で」という言い分に、多くの国民が本音の部分でどう感じているのか分からない。半世紀に及ぼうとする逃亡犯にも人間らしい感情があったと多少なりとも肯定的にとらえる人もいるかもしれない。しかし、筆者は全く違う感想を持つ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「死期が迫っているから国家権力の裁きを受ける前に死ねる。それなら真実の自分の姿、本名を名乗って死にたい」と感じたから名乗ったのであろう。最後まで卑怯・卑劣な逃亡犯の評価が相応しいと思う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　桐島容疑者に同情すべき点があるとすれば、もし、一斉検挙の際に捕まっていたら、刑期を務めた後に社会復帰して多少なりともまともな人生を歩めたかもしれないということか。もっとも、自身がそれを拒否して逃げ回っていたのであるから、全く無価値の人生にしたのは自らの責任であることは言うまでもない。</span></p>
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