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	<title>河村たかし | 令和電子瓦版</title>
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	<description>政治、社会、運動、芸能など、様々なジャンルのニュース＆オピニオンサイトです</description>
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	<title>河村たかし | 令和電子瓦版</title>
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	<item>
		<title>反省無し？河村たかし市長 金メダル噛む失礼</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 06 Aug 2021 08:06:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[東京五輪]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[後藤希友]]></category>
		<category><![CDATA[金メダル]]></category>
		<category><![CDATA[ソフトボール]]></category>
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					<description><![CDATA[　名古屋市の河村市長が４日、表敬訪問に訪れたソフトボールの後藤希友（みう）選手（20）の金メダルを噛んだ。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　名古屋市の河村たかし市長が８月４日、表敬訪問に訪れたソフトボール日本代表の後藤希友（みう）選手（20）の金メダルを噛んだ。その後、批判が殺到したことで、翌５日に謝罪の会見をしたが、とても反省しているように見えないものであった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■ソフトボール後藤希友選手の金メダルを噛む不敬</span></strong></span></p>
<div id="attachment_11441" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/08/596dffa2a77d17d5cdf883281ae68b57.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-11441" class="wp-image-11441" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/08/596dffa2a77d17d5cdf883281ae68b57-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/08/596dffa2a77d17d5cdf883281ae68b57-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/08/596dffa2a77d17d5cdf883281ae68b57-1024x614.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/08/596dffa2a77d17d5cdf883281ae68b57-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/08/596dffa2a77d17d5cdf883281ae68b57.jpeg 1134w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-11441" class="wp-caption-text">後藤選手の金メダルを噛む河村市長（CBC TV画面から）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ソフトボール日本代表の後藤選手が金メダルを獲得した報告のため、４日に名古屋市長を表敬訪問した時に事件は起きた。後藤選手から金メダルを首にかけられた河村市長はマスクをずらして、直接、金メダルを噛んだ。メダリストが獲得したメダルを嬉しさの表現として噛むシーンは目にするが、他者が噛むという行為は過去に例がないように思う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　後藤選手は笑っているように見えたが、場の雰囲気に合わせたのか、本当に面白かったのか、そのあたりは分からない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　市長の行為に対してSNS上で「失礼だ」「感染対策上も問題がある」などと批判の声が殺到した。後藤選手の所属先のトヨタ自動車も「アスリートへの敬意や賞賛、また感染予防への配慮が感じられず、大変残念に思います」というコメントを発表。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　同日、市長は「最大の愛情表現だった。金メダル獲得は、あこがれだった。迷惑を掛けているのであれば、ごめんなさい」と、書面で謝罪コメントを発表した（CBCニュース：<a href="https://hicbc.com/news/article/?id=2021080505">「最大の愛情表現だった。ごめんなさい」…金メダルかじり河村市長が謝罪</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　さらに翌５日には謝罪会見を開いたが、謝罪文をつっかえつっかえ読み、不貞腐れたような話し方で、逆に誠意のなさを感じさせる結果となったと言っていい。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「えーー、ご不快な思い…を、思いを、と、思いとご迷惑を…」</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　謝罪会見の様子は、メ～テレニュースがYouTubeにアップしている（<a href="https://www.youtube.com/watch?v=C0Q9toJ_pow">【ノーカット】“金メダルかじり”で批判殺到　河村たかし名古屋市長が謝罪会見</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　冒頭、名古屋市側は記者に謝罪文書を配布したが、記者から読み上げてほしいという要望が出されると、「あ、読み上げて？」と軽く答えると、視線を下に落として読み始めた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「この度、トヨタ自動車様御所属の、え～後藤…希友（みう）選手はじめ…」と読んだが、後藤選手の下の名前がすぐに出てこないかのような読み方であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　さらに「…優勝報告として、しょ、しょうしょ、しょうしょく（小職）をご訪問をいただいた際、えーーーー、軽率にも、ご本人様の長年の努力の結晶であります金メダルを汚す行為に及びました。名古屋市長としての立場を弁えない、えーー極めて不適切な行為であることを猛省すべき…と痛感しており、ご本人様はもとより、関係者の皆様に多大なる、えーー、ご不快な思い…を、思いを、と、思いとご迷惑をおかけし、まことに申し訳なく心からお詫びを申し上げます」と続けた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　おそらくこの謝罪文は自分で書いたものではないのであろう。後藤選手の名前がすぐに出てこなかったり、「小職」をすぐに読めなかったり、「思いとご迷惑」の中の「と」を「を」と認識していたかのように読んだり、という事実から、部下が書いたものを読み上げていたとしか思えない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　謝罪文をトヨタ自動車に対してアポ無しで副市長らに届けさせ、受付に置いてきたという経緯を市長室長が説明している間、退屈そうに首を横にするような場面も見られた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　記者との応答の中では「（セクハラではという質問に）全然、僕はそんな認識はないですね、はい。」「まあ、あのハラスメントは日本語で言うと嫌がらせという意味ですけど、嫌がらせという認識は全くなかったですけどね。ええ。ただ、あんまり言わん方がええけどね。」とセクハラではないという認識を明らかにした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　今の気持ちを聞かれると「今はだから、もっと、その、えー、まあ、後藤さんにとってすりゃあ宝物だったわけでしょう？　えー、そういうことについて申し訳…思いをデリケートにいたすべきであったなぁ、と、配慮が足らんかったな、まあ、そういう風に思ってますけど。…」と話した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また、あらためて後藤選手への想いを聞かれると「いや、まあ、あの…宝物だったわけで、まあ、配慮が足らん、すいませんと、申し訳ないねということですよ。」と話した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■選手とメダルに対する敬意を持つべき</span></strong></span></p>
<div id="attachment_11442" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/08/48d2e1e3841289f6187de7a432d70248.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-11442" class="wp-image-11442" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/08/48d2e1e3841289f6187de7a432d70248-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/08/48d2e1e3841289f6187de7a432d70248-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/08/48d2e1e3841289f6187de7a432d70248-1024x614.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/08/48d2e1e3841289f6187de7a432d70248-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2021/08/48d2e1e3841289f6187de7a432d70248.jpeg 1134w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-11442" class="wp-caption-text">市長、本当に反省してますか？（メ〜テレ画面から）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　話しながら後ろに手を回し、体を揺らし、他人事のように語る姿から、どう見ても誠意のない態度に見える。そもそもメダルを噛んだ４日は「迷惑を掛けているのであれば、ごめんなさい」というコメントを出しているのであるから、その時点では迷惑をかけたかどうかは自分でははっきりと認識していなかったのは明らか。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　１日経って全面謝罪になったという経緯と、翌５日の会見の様子を見ても、反省はしておらず、迷惑をかけたと思ってもいないと判断されても仕方がない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　五輪という大きな目標に向け、人生をかけて競技に取り組む選手を、僕は尊敬する。多くの国民も同じ思いと信じる。結果を出した選手はもちろん、思うような結果を残せなかった選手であっても、ひたむきに努力を重ねた人への敬意は変わらないはず。人として当然はらうべき敬意には選手の年齢も性別も競技の結果も関係ない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　努力を重ねて得た</span><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">象徴がメダルであり、当然、それにも敬意を持って接するべきである。親愛の情を示した、あるいは場を盛り上げて訪問してくれた選手を笑顔にしたいと思ったのかもしれないが、いかに市長が気さくな物言いを売りにしている政治家とはいえ、ベースに選手やメダルに敬意があれば、決してメダルを噛むなどの行為には及ばないはず。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　市長に最も足りなかったのは、訪問してくれた選手や努力の象徴であるメダルに対する敬意であると、僕は思う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　このような行為が新型コロナウイルス禍で行われたことも問題視されている点もうなずけるが、仮にコロナ禍でなくても、市長の行為が許し難いものであることは変わらないと思う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「デリカシーの無さ」で済ませていい問題か</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この件に関し、弁護士の北村晴男氏は「『このおっさんのデリカシーの無さは笑えるなー』が私、『このおっさんのデリカシーの無さは笑えない、絶対に許せない』が皆さん。感じ方は違うな、とつくづく思う。…」とツイートした（８月５日午後３：59<a href="https://twitter.com/kitamuraharuo/status/1423176729854574594">投稿</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この問題を「デリカシーがない」で済ませる、北村氏の考えは理解できない。本質的な問題は選手やメダルへの敬意の欠如であり、それが行動に現れたことが問題になっていると思われる。メダルを噛んだ行為そのものはもちろんだが、そのような行為に及ぶ思考回路、精神構造が批判されている点を殊更無視しているように見える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そして、河村氏も北村氏も後藤選手のことをどこかで（20歳の小娘）という目で見ているように感じられ、同性、かつ、近い世代の人間として極めて不快である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　世代を一括りにして批判する気はないが、こういう感性・考えしか持ち得ない人たちは表舞台から退場していただきたいと願っているのは僕だけではないと思う。</span></p>
]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>トリエンナーレ大村知事の責任は? 「とんがった芸術祭に」と言いましたよね？</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190926-02/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190926-02/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 26 Sep 2019 00:52:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展・その後]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
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					<description><![CDATA[　あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」が開催から３日間で中止になった問題で９月25日、「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」が中間報告をまとめた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」が開催から３日間で中止になった問題で９月25日、「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」が中間報告をまとめた。それを受け、愛知県の大村秀章知事は芸術監督の津田大介氏に厳重注意を与えた。しかし、最高責任者である知事の責任は問われた様子はなく、疑問が残る。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■中間報告「芸術の名を借りた政治プロパガンダ」との批判</span></strong></p>
<div id="attachment_3800" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3800" class="wp-image-3800" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/oomura.jpg 864w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3800" class="wp-caption-text">大村秀章知事の責任はどこへ？</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　中間報告について報じられた内容を総合すると、検証委員会は津田氏に対して①「背信とのそしりを免れない行為」、②「ジャーナリストとしての個人的野心を芸術監督としての責務より優先させた可能性」、③「あいちトリエンナーレの期待水準に達しない、『芸術の名を借りた政治プロパガンダ』と批判される展示を認めてしまった」と厳しい言葉を並べたようである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　また、企画展の中止については④「差し迫った危険のもとの判断でやむをえず表現の自由の不当な制限には当たらない」と判断している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　これらの判断の１つ１つに対する考えは後述するとして、それを受けた知事の対応について考えてみよう。知事は津田氏に対して厳重注意を与え、早期に展示を再開したい意向を示した。わずか３日間で開催中止に追い込まれたことが津田氏に責任があるのは明らか。しかし、それを任命した大村知事（あいちトリエンナーレ2019実行委員会会長）の責任はどうなっているのか。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「ちょっととんがった芸術祭」と言った大村秀章知事</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　2019年８月１日、津田氏が芸術監督に就任したことについて記者会見が行われた。大村知事は会見に先立ち委託状を津田氏に手渡し「ちょっととんがった芸術祭にしたいと思い、色々な情報発信を続けている津田さんに芸術監督をお願いした。その時々の社会情勢を含めて発信してもらえれば」と語ったとされている（朝日新聞電子版2019年８月１日）。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　「ちょっととんがった」という意味は「ありきたりなのものではなく、世間に波風を起こすような」という程度の意味であろう。津田氏はその言葉を受けて自分の中で「とんがった」と感じられるものの展示のお墨付きを得られたと思っても不思議はない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　津田氏は厳重注意を受けても、芸術監督を続ける意向を示している。安易に再開して、また批判が殺到する事態になったらどうなるのか。もし、再開したいなら厳重注意ではなく津田氏を罷免してから行うべきであろう。普通の政治家なら「ここは混乱を招いた責任をとって職を辞する」と言うのであろうが、津田氏はそのようなメンタリティは持ち合わせていないようである。再び、同じことが繰り返されない保障がどこにあるのか。以前にも書いたが、このあたりが大村知事の絶望的な政治センスの欠如である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　河村たかし名古屋市長は中間報告と、その後の知事の対応を受け「今回の騒動の原因を、全部、芸術監督の津田大介氏のせいにしているように見える。作品が選ばれた経緯などをきちんと明らかにすべきだ」と記者団の取材に答えている。まさにその通りであると、僕は思う。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■津田大介氏は「芸術監督の責務を放棄」</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　最後に中間報告について伝えられる範囲で書いておこう。上記①の「背信」が具体的に何を指すか分からないが、３日で開催を中止せざるを得なかった状況に追い込んだことに関する行為全体を指していると考えるのが普通である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　②については、僕は以前、「ジャーナリストとしての立場を優先させることは芸術監督の責務を放棄するということに他ならず、職を辞するのは当然である。」と書いたが（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/blog/20190816/">トリエンナーレ津田大介氏の弁明の空虚さ 要は「月給泥棒でした」？</a> ：８月16日公開）、それが検証委員会の中間報告で認められているのは嬉しい。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　③については、表現の不自由展の展示物が「芸術の名を借りた政治プロパガンダ」とまでは断じておらず、そのように「批判される展示」という表現にとどめている。検証委員会が作品を「政治プロパガンダ」と断じることを避けたのであろう。そこの線引きを問われた時に面倒なことになるのを恐れたのかもしれない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　④は最高裁平成７年３月７日判決、名古屋高裁金沢支部平成12年２月16日判決の考えをベースにしていると思われる。そのあたりは（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/blog/20190804/">「表現の不自由展・その後」の中止は、表現の自由の不当な制約ではない</a>：８月４日公開）に書いたので、参考にしていただければと思う。</span></p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>小島慶子氏に公開質問「KKKのオブジェの横に、キング牧師の像を置けばOK」？</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190825-02/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 25 Aug 2019 02:21:03 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展・その後]]></category>
		<category><![CDATA[KKK]]></category>
		<category><![CDATA[小島慶子]]></category>
		<category><![CDATA[キング牧師]]></category>
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					<description><![CDATA[　エッセイストの小島慶子氏（47）がAERAに「表現の不自由展、少女像の隣に名古屋市長の像を置いたらどうなっただろう」という一文を寄せた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　エッセイストの小島慶子氏（47）がAERAに「<a href="https://dot.asahi.com/aera/2019082100082.html?page=1">表現の不自由展、少女像の隣に名古屋市長の像を置いたらどうなっただろう</a>」と題する一文を寄せた。あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」の展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長を「矩（のり）を踰（こ）えています」と批判。さらに「もし少女像の隣の空いている椅子に、渋面を作って腕組みをする河村市長の像を置いたらどうだったかな。」と書いている。そこで小島慶子氏には以下の点について公開質問状を掲載することにした。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■元TBSアナウンサー、現在は豪州在住</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3494" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3494" class="wp-image-3494" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk-300x202.jpg" alt="" width="220" height="148" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk-300x202.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk-768x518.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk-1024x691.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/kkk.jpg 1363w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3494" class="wp-caption-text">小島慶子氏はKKKのオブジェでも展示を認める？</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　小島慶子氏はAERAではエッセイストの肩書きになっているが、以前はTBSのアナウンサーとして活躍し、現在は豪州のパースに在住。日豪を往復する生活をされているようである。AERAに掲載された小島氏の文章は、概ね以下のような内容であった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（１）日本国民の心を名古屋市長が代表して語るのは問題。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（２）大村秀章愛知県知事の「検閲」発言の紹介。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（３）少女像の展示に苦情が殺到、会社員の男が威力業務妨害で逮捕された。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（４）米国でもトランプ政権の下、白人至上主義や女性差別がお墨付きを得て勢いづき、暴力がエスカレートしているようである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（５）少女像の横の空いている椅子に河村市長の像を置いたら、市長が心配する誤解はなさそう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　要は河村市長が展示中止を求めるのは少女像によって日本国民の心が傷つけられると考えているからであって、その横に少女像を批判する主張を象徴するかのような展示物を置き、両論併記の形にすれば中止を求める根拠は失われるだろうと言いたいようである。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■KKKを讃えるオブジェの展示に、名古屋市長は文句を言える？</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　小島氏の主張は、既に橋下徹氏が主張しているものをマイナーチェンジされたものと言える。橋下氏はテレビで以下のような趣旨の発言をしている。「慰安婦像とは別に通帳を持ってにこやかにしてる慰安婦像も出して、お互いにそういう表現がいいのか、お互いの政治主張が並ぶような表現の自由だったらいいが、片一方の日本が悪いということだけを出したのは良くない」。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　個人的には芸術の展覧会を政治主張の場にするのはおかしいと思うが、橋下氏は手続き上のことと断っているから、原則論はここでは触れない。以下、小島氏への質問を示す。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>【質問１】</strong></span>「表現の不自由展・その後」に少女像とは別に「通帳を持ってにこやかにしてる慰安婦像」が展示された場合、名古屋市長は慰安婦像の展示の中止を求めることは許されると考えますか。理由を示してお答えください。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>【質問２】</strong></span>「表現の不自由展・その後」に「ヒスパニックはアメリカから出ていけ」「女は黙って男に従え、政治に口を出すな」という趣旨のプロパガンダが書かれたオブジェが展示された場合、名古屋市長はその展示の中止を求めることは許されると考えますか。理由を示してお答えください。※展示物がヘイトスピーチ対策法の対象外であることが前提です。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><strong><span style="color: #ff0000;">【質問３】</span></strong>「表現の不自由展・その後」で昭和天皇の写真をバーナーで燃やして、その後、足で踏みつける作品がありましたが、あなたはその作品に芸術性を感じますか、またその作品の展示は不適切ではないと考えますか。理由を示してお答えください。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>【質問４】</strong></span>「表現の不自由展・その後」で、KKK（Ku Klux Klan）を讃えるオブジェが展示されている場合、名古屋市長がその展示の中止を求めることは許されると考えますか。理由を示してお答えください。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>【質問５】</strong></span>「表現の不自由展・その後」で、KKK（Ku Klux Klan）を讃えるオブジェの横に、渋面を作って腕組みをするマーチン・ルーサー・キング牧師の像を置いたとしたら、あなたはどのような感想を持ちますか。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　小島慶子氏がこれを読むとも思えないが、もし、読んで回答をいただけるのであればコメントするなり、執筆依頼からどうぞ。もし回答をいただけた場合は必ずこの場で公開します。</span></p>
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		<title>江川紹子さん、表現の不自由展「嫌なら見るな」では済まないよ</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 Aug 2019 13:15:31 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展・その後]]></category>
		<category><![CDATA[江川紹子]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
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					<description><![CDATA[　ジャーナリストの江川紹子氏が「ビジネスジャーナル」であいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」の問題について一文を寄せた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　ジャーナリストの江川紹子氏があいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」の問題について「ビジネスジャーナル」に</span><span style="color: #000000;">一文を寄せた。芸術監督の津田大介氏に対する批判めいたことも書いていたが、同時に展示物に抗議した人々を表現の自由の抑圧者とでも言わんばかりの内容。公費を使って行うことの不当性という問題を全く意識できていない、あるいは言及しないのはジャーナリストとして致命的な資質不足と言われても仕方がない。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■不快なものをスルーできるかで文化的寛容さが決まる？</span></strong></p>
<div id="attachment_3426" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3426" class="wp-image-3426" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/247392d4cd494e9fbc0a411c3c4d0de8-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/247392d4cd494e9fbc0a411c3c4d0de8-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/247392d4cd494e9fbc0a411c3c4d0de8-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/247392d4cd494e9fbc0a411c3c4d0de8-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/247392d4cd494e9fbc0a411c3c4d0de8-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/247392d4cd494e9fbc0a411c3c4d0de8.jpg 852w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3426" class="wp-caption-text">江川紹子さん、大事なことを忘れてますよ</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　江川氏の一文は連載「江川紹子の『事件ウオッチ』第134回」として掲載されたものでタイトルは＜<a href="https://biz-journal.jp/2019/08/post_114896.html">【『表現の不自由展』中止問題】津田大介氏による「お詫びと報告」に対して生じる疑問</a>＞。この中で江川氏は、少女像や昭和天皇の肖像をバーナーで燃やし、足で踏みにじる展示物へ抗議が殺到したことについて、こう書いている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　<span style="color: #0000ff;">「トリエンナーレ」は限られた閉鎖空間で、しかも期間限定で行われる催しだ。そういう場合、展示物が不快なら、見に行かなければいいだけの話だ。…各企画は、それぞれ別の部屋で展示されているので、この企画展だけを「スルー」するのは容易だ。…少女像や昭和天皇の写真が使われたコラージュが燃える映像で心が傷つくなら、テレビのチャンネルを替える。…わざわざ抗議の電話やファクスを入れた人たちは、そういう「スルー力」が弱いのではないか。文化的寛容さとは、結局のところ、不快なものをどれだけ「スルー」できるかにかかっていると思う。</span></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　江川紹子氏は、少女像等の展示に抗議をした人たちを文化的寛容さがない、他者の異論を認めようとしない人たちと考えているのであろう。少なくとも上記の文章からは、そう読める。確かに抗議した人の中にはそういう人もいたかもしれない。しかし、そういう人ばかりではない。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■忘れてはいけない、河村たかし市長の最初の言葉</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　江川氏自身、「報道の不自由展・その後」の展示物について「天皇、憲法9条など、もっぱら政治色の強い課題をテーマにした作品展となった。」と認めているように、極めて政治主張の強い、しかも特定の集団の主張に沿ったものになっているのは事実。そして問題は、そのような特定の主張ばかりを集めた作品を、公費を使って展示することに妥当性があるかという点である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　自らが信じるところを主張するのは個人の自由に属し、それこそが表現の自由が保障する部分である。しかし、その中で特定の主張、たとえば自由民主党の主張に沿った政治色の強い芸術と称する作品が、税金を使って展示する機会が与えられたら自民党支持者以外は「なぜ、自民党だけ特別扱いなのか。私の払った税金をそんなことに使わないでほしい」と言うに違いない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　もともと「報道の不自由展・その後」の展示中止を申し入れた河村たかし名古屋市長は「（展示の中止の）理由の一つは、10億（円）も税金を使っているということ」と明言している。つまり、「報道の不自由展・その後」に対する抗議は、表現の自由を制約することが目的ではなく、行政の公平性に対する異議申し立てとしての性格を強く帯びている。少なくとも河村たかし市長はそのスタンスである。ところが江川氏はその点について全く触れずに、抗議する人に「気分が悪ければ、見なければいい」と言い、表現の自由を理解できない不寛容な人間と貶めているに等しい主張を行ったのである。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■問題の本質に迫ることができないジャーナリスト</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　今回の展示物を民間のギャラリーと契約して展示するなら、抗議する人間はかなり減るであろう。その点を指摘しなければ、この問題の本質には迫れない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　江川紹子氏が故意にその点に触れないなら、ジャーナリストという客観性を求められる地位にありながら特定の政治主張に加担する意図があると言わざるをえない。また、その点が問題であることに気がつかなかったというのであれば、ジャーナリストとしての資質に決定的に欠けると言っていいと思う。</span></p>
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		<title>朝日の二重基準の動かぬ証拠 トリエンナーレ社説</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 10 Aug 2019 13:23:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[シャルリー・エブド]]></category>
		<category><![CDATA[表現の不自由展・その後]]></category>
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					<description><![CDATA[　あいちトリエンナーレ2019が３日で中止になった事件で、朝日新聞は社説で中止による表現の自由の侵害について警鐘を鳴らした。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」が抗議や脅迫の電話、河村たかし名古屋市長による抗議等でわずか３日で中止になった事件で、朝日新聞は８月６日の社説で「<a href="https://www.asahi.com/articles/DA3S14128795.html?iref=editorial_backnumber">あいち企画展 中止招いた社会の病理</a>」というタイトルで、中止による表現の自由の侵害について警鐘を鳴らした。ところが、４年前の2015年のフランスの週刊誌に対するイスラム教徒のテロ事件後の社説では、まるで異なる考えを示していた。「二重基準」と言っていい朝日新聞の２つの社説を検証してみよう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■世界を震撼させたシャルリー・エブド襲撃事件</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3222" style="width: 185px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/asahi.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3222" class="wp-image-3222" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/asahi-239x300.jpg" alt="" width="175" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/asahi-239x300.jpg 239w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/asahi-768x963.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/asahi-817x1024.jpg 817w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/asahi.jpg 898w" sizes="auto, (max-width: 175px) 100vw, 175px" /></a><p id="caption-attachment-3222" class="wp-caption-text">そりゃないよ、朝日新聞さん（笑）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　問題の社説は2015年１月19日に掲載されたもの（<a href="https://www.asahi.com/articles/ASH1L4QN0H1LUSPT003.html">表現と冒涜ー境界を超える想像力を</a>）で、いわゆる「シャルリー・エブド襲撃事件」に関するものである。これはパリに本社を置く週刊風刺新聞の「シャルリー・エブド」が預言者ムハンマド（マホメット）の風刺画を掲載したことに怒ったイスラム過激派のテロリストが本社に乱入し、12人を殺害した事件。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　風刺画を掲載したことの代償が12人の生命であり、許し難いテロ行為である。ところが朝日新聞は、この事件に関する社説でシャルリー・エブド社を責めている。表現の自由は「どんな場合でも無制限というわけではない」とし、特定の集団や民族の存在意義を否定、憎しみをあおる言動については「自由の名で守られるべきものではない」と断言しているのである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ちなみに河村たかし名古屋市長も「表現の自由は憲法21条に書いてありますが、絶対的に何をやってもええという自由ではありません」と記者会見で述べたのは記憶に新しい。その河村市長の批判の急先鋒が朝日新聞であるのはご存知の通りである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ムスリムにとって預言者ムハンマドは絶対の存在であり、そのような人物を風刺することは民族の存在意義を否定し、憎しみをあおる言動であると言うのであろう。そのため、「自由に伴うべき思慮の領域を広く深くもたねばならない」と、要は（相手のことを考えて表現すべき）と諌めているのである。さらに「いつも謙虚に耳を澄ます姿勢が欠かせない」とも。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　12人が射殺された事件で、殺された方に「もう少しムスリムのことを考えて表現活動をしろよ」と言っているのである。確かに一理あるが、これは間違えれば表現の自由の危機に繋がる。「ムスリムを刺激する表現は生命の危機につながるから、控えよう」という萎縮につながるのではないか。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「表現の不自由展・その後」で一変した社説</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　さて「表現の不自由展・その後」で、朝日新聞はどう論じたか。詳細は表を見てほしい。赤文字で書いた部分が今回の社説だが、一部に脅迫を含む抗議電話や名古屋市長による抗議ということで中止になったが、表現する津田大介氏側への擁護ぶりが際立っている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　表現の自由の限界について、シャルリー・エブドでは「どんな場合でも無制限というわけではない」と明言していたのに、その点には言及がない。ヘイトのような言動は「自由の名で守られるべきものではない」としていたのに、今回は「多様性を保障することに最大限の配慮…が求められる」と、180度異なる見解となっている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　昭和天皇の写真を燃やし、最後に踏みにじる動画は「多様性を保障…に最大限の配慮」、ムハンマドの風刺画は「自由の名で守られるべきものではない」。昭和天皇の写真を燃やし、踏みにじる動画はムハンマドの風刺画より、遥かに攻撃的で民族の存在意義を否定し、憎しみをあおる言動であるにも関わらず、この異なる見解は社会通念から著しく外れていると言っても言い過ぎではないだろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　表現者が注意すべきことについて、シャルリー・エブドでは自由に伴う責任の重さを強調し、かつ、謙虚な姿勢を求めていたのに、表現の不自由展・その後に関しては何の言及もない。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■シャルリー・エブド襲撃事件の社説を当てはめると…</span></strong></span></p>
<div id="attachment_1037" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2017/12/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-1037" class="wp-image-1037" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2017/12/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6-300x229.jpg" alt="" width="220" height="168" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2017/12/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6-300x229.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2017/12/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6.jpg 663w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-1037" class="wp-caption-text">もう沈んで朝日新聞</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　シャルリー・エブド襲撃事件での朝日新聞の社説を、津田大介氏が引き起こした事件に当てはめてみると、非常に納得がいく主張になる。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　津田大介氏が展示した昭和天皇の写真を燃やし、最後に踏みにじる動画について「表現の自由はどんな場合でも無制限というわけではない」のであって、特定の民族（日本人）の存在意義を否定し、憎しみを煽る言動だから「自由の名で守られるべきものではない」。それに対する抗議があったとしても「批評や風刺にも最大限の自由が保障されねばならない」。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　その上で津田大介氏ら表現する立場の人間は「自由に伴うべき思慮の領域を、広く深くもたねばならず、いつも謙虚に耳を澄ます姿勢が欠かせない」ということである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　これなら納得のいく読者が多いのではないだろうか。それなのに、シャルリー・エブド襲撃事件の時とは全く違う見解を打ち出したのはなぜか。彼らの頭の中を想像するのは難しい。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　社説を書いた人間が政治的意図を持ち、特定の主義・思想を擁護する意図があったと考えるのが普通の思考ではないか。そうでなければ、よほどのバカか、そのどちらかであろう。</span></p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>朝日新聞が守りたかったのは言論の自由ではなく、津田大介氏とコンセプトだろう</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190807/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 07 Aug 2019 00:44:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県知事]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋市長]]></category>
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					<description><![CDATA[　「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が３日で展示中止になった件で、朝日新聞は８月６日付けの社説で展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長を攻撃した。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　予想通りの朝日新聞の社説である。「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が３日で展示中止になった件で、朝日新聞は８月６日付けの社説「<a href="https://www.asahi.com/articles/DA3S14128795.html?iref=editorial_backnumber">あいち企画展 中止招いた社会の病理</a>」</span><span style="color: #000000;">で展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長を攻撃した。これが何とも理解に苦しむ内容であるので紹介しよう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「絶対的に何をやってもええという自由ではない」になぜ反論しない</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3199" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3199" class="wp-image-3199" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/9a4f4cb9624784bd0da96007a8c4d78a.jpg 838w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3199" class="wp-caption-text">一体、朝日新聞は何と戦ってるのか（笑）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　朝日新聞のこの日の社説は「市長が独自の考えに基づいて作品の是非を判断し、圧力を加える。それは権力の乱用に他ならない。憲法が表現の自由を保障している趣旨を理解しない行いで、到底正当化できない。」と断じた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　河村市長は「表現の自由は憲法21条に書いてありますが、絶対的に何をやってもええという自由ではありません」と８月５日の記者会見で述べている。これは表現の自由の限界を論じたもので、憲法における重要な論点の１つ。言論の自由について述べるなら、市長のこの部分への反論をしなければならないが、そこはスルーして自説を強調し、市長を「趣旨を理解しない」と批判している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　市長の発言を本件にどう当てはめるかは考え方がいくつかあると思うが、個人的には名古屋高裁金沢支部判決平成12年２月16日にあるように「芸術家が作品を製作して発表することについて公権力がこれを妨げることは許されないが、公権力に対し、芸術家が自己の製作した作品を発表するための作為、たとえば、展覧会での展示、美術館による購入等を求める憲法上の権利を有するものではない」という部分が相当すると思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　展覧会での展示をするかどうかは主催者が最終決定権を持っており、作者や芸術監督という立場の人間が「展示しろ」と求める権利などない。主催者に近い立場の者が事前に作品を観る機会がなく、事後に見て「これは展示すべきではない」と判断して「展示をやめろ」と言うことが、判例の考えに照らせば「表現の自由を保障した憲法の趣旨を理解しない行い」ではないと思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　つまり、市長の「表現の自由は…絶対的に何をやってもええという自由ではありません」という主張は正しい。朝日新聞はここに反論できないから、決めつけ、レッテル貼りのような手法を用いているのであろう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■河村たかし市長の表現の自由はどうなる？</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　確かに朝日新聞が書いたように、「行政には、選任した芸術監督の裁量に判断を委ね、多様性を保障することに最大限の配慮をすることが求められる。その逆をゆく市長らの言動は、萎縮を招き、社会の活力を失わせるだけだ。」という、表現の自由の制約による副次的効果を心配する声は出てくるであろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、市長は芸術祭実行委員会の会長代行に過ぎず、実際に展示中止を決める権限があるのは大村秀章愛知県知事。その知事は市長の発言に対して「公権力を持った方が『この内容はいい』『この内容は悪い』と言うのはですね、これは憲法21条にいう検閲と取られても仕方がないんじゃないでしょうか」と、的外れな検閲論を持ち出しているものの、はっきりと「NO」の意思表示をしている。つまり市長には展示について実際の権限がない事実が示されている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そうなると朝日新聞の主張は「権限のない市長でも一定の地位にある者は自らの信条を語ってはいけない」ということになり、市長に対する言論の自由の封殺に他ならない。このような考えがまかり通るのであれば発言者が萎縮し、社会の活力を失わせることに気づかないのか。表現の自由を守れと主張する朝日新聞は、同時に表現の自由を制約を主張しているのである。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■朝日新聞が守りたかったのは表現の自由ではなかったという疑念</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　津田大介氏が芸術監督になった経緯を僕は知らない。このレベルの人間が芸術監督になること自体、信じ難いことであるが、朝日新聞は「芸術監督は全権を持っているのだから、選任された者のコンセプトに異を唱えることは許されない」という趣旨のことを書いている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕から見ればクレイジーな芸術監督のコンセプトに従えということ自体、クレイジー。朝日新聞の社説を読んでいると、彼らが守りたかったのは津田大介氏の反日コンセプトであり表現の自由などではなかったのではないかと感じられる。</span></p>
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		<title>名古屋市長の一手で愛知県知事は”詰み” 責任取れよ、検閲のわけないだろう！</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 06 Aug 2019 13:25:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[あいちトリエンナーレ]]></category>
		<category><![CDATA[愛知県知事]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋市長]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
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					<description><![CDATA[　あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が３日間で展示中止になった件で、大村秀章愛知県知事と、河村たかし名古屋市長の対立が深まっている。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が３日間で展示中止になった件で、大村秀章愛知県知事と、河村たかし名古屋市長の対立が深まっている。その根本は知事の政治的失策にあり、それを市長が突くという構図である。追い詰められた知事は、東大法学部出身とは思えない法的知識の欠如ぶりを晒すことになり、市長の圧勝という情勢になっている。法的観点から見ると両者の対立は実に趣深い。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「事後検閲だってある」「事後検閲って何ですか、それ？」</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3184" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3184" class="wp-image-3184" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/20b7eb907cce76cb49b1f87d4fefd98f.jpg 1020w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3184" class="wp-caption-text">事後検閲って…（苦笑）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　発端は８月２日、市長が「表現の不自由展・その後」を視察後に「日本人の、国民の心を踏みにじるものだね」と話し、展示中止の抗議文を愛知県知事に出したことにある。これに対して知事は８月３日、「安全な運営が危惧される」として展示を中止した。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　８月５日になって知事は記者会見で「公権力を持った方が『この内容はいい』『この内容は悪い』と言うのはですね、これは憲法21条にいう検閲と取られても仕方がないんじゃないでしょうか。事後検閲だってありますからね。まさにやめろと言っているのですから」などと発言して、市長を批判した。これを受けて市長は「事後検閲って何ですか、それ？　それならああいう展示はいいんだということを堂々と言われてくださいよ。最低限の規制は必要でしょ」などと反論した。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　知事は展示については表現の自由として認めるべきであり、中止したのは安全上の問題であるという考えを貫き通している。これは、いわゆる天皇コラージュ事件の判決（名古屋高裁金沢支部判決平成12年２月16日）に基づくものであろう。そのことで「自分は表現の自由を制約する政治家ではなく、不当な制約もしていない」とアピールしたいに違いない。そのため河村市長の発言は表現の自由を制約する検閲にあたるとして、表現内容を理由に中止するのは許されないし、自分はそういうことをしていないことを強調したと考えるのが通常の思考である。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■東大法学部卒の大村知事の信じ難い論理</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この知事の主張は法的に考えると苦しい。何より、検閲というものが分かっていない。検閲とは「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止すること」（最高裁大法廷判決昭和59年12月12日）と明確にされている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　まず、今回の展示物が「思想内容等の表現物」と言えるかどうかが疑問であるし、仮にそれに含めるとしても、発表を事前に禁止することが検閲であるから、既に発表された表現物の展示を中止させる行為は検閲には当たらない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この点について知事は「事後検閲もあるでしょ？」と言っているが、上記の定義から事後検閲は検閲ではない。市長が記者会見ですかさず「事後検閲って何ですか？」と発言したのは、それが分かっているからであろう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■知事VS市長、法的論点を整理すれば「表現の自由の限界」</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そうすると、知事による「市長の発言は検閲にあたる」という主張は全く認められないことになる。名古屋市長の発言や行為が憲法21条２項の検閲の問題になることはあり得ない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　２人の間の論点は法的には「表現の自由の限界として、展示を中止することが認められるかどうか」という点に整理できる。だからこそ、市長は「ああいう展示はいいんだということを、堂々と言われてくださいよ」と21条１項を語れとしたに違いない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　知事はその議論から逃れるために21条２項を持ち出したのであろう。それで不勉強なメディアは騙せると思ったのかもしれないし、あるいは自分こそが不勉強だったのかもしれない。検閲に関する最高裁判例は昭和59年のものであり、昭和57年に東大を卒業している知事は大学では教わっていない判例である。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■愛知県知事は詰みの状態、潔く責任を取るべき</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この一連の知事と市長のやり取りは、市長に軍配があがると僕は思う。知事は政治家として信念に基づいて「反日的、天皇を侮辱する表現の自由を守る」と言えばいい。それを言わずに安全上の問題、検閲の問題に逃げようとして、自らの不勉強ぶりを晒してしまったということである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　もし「反日的、天皇を侮辱する作品でも、表現の自由を守る」と言えば、次の選挙は負ける可能性が大きい。かといって「その表現は適切ではない」と発言すれば「そもそも実行委員会の会長として展示を認めた責任を取れ」ということになってしまう。詰みの状態である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そうなると主張すべきは「安全上の管理で中止した」「表現の自由は守った」「自分は表現を認めた者としての責任はない」ということで、市長の要求する表現の自由の限界の議論から逃げるしかないというわけである。責任回避、保身という言葉が今の知事にはピッタリである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ここからは僕の想像だが、知事は津田大介氏がここまでおかしな人間とは知らずに、周囲からの勧めで安易に芸術監督を任せたのではないかと思う。それがこの騒ぎになってしまい、慌てて事態の沈静化に動き出したということではないだろうか。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕が知事なら、もう少しまともな人間を芸術監督に選ぶが、大村知事もよほど忙しかったのであろう。それも知事の責任ではあるから、是非とも現場を混乱させ、世間を騒がせたことに対して責任を取っていただきたいものである。</span></p>
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		<title>「表現の不自由展・その後」の中止は、表現の自由の不当な制約ではない</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 04 Aug 2019 01:23:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[朝日新聞]]></category>
		<category><![CDATA[津田大介]]></category>
		<category><![CDATA[大村秀章]]></category>
		<category><![CDATA[河村たかし]]></category>
		<category><![CDATA[女たちの戦争と平和資料館]]></category>
		<category><![CDATA[渡辺美奈]]></category>
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					<description><![CDATA[　愛知県内で開催されている「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が開始から３日目の８月３日に展示が中止とされた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　愛知県内で開催されている「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が開始から３日目の８月３日に展示が中止とされた。展示の中止について反対する人たちのコメントを見ると、「表現の自由は、いかなる場合でも保障されなければならない」と考えているようである。しかし、それは大きな間違い。今回の愛知県知事の決定は何の違法性もないと、僕は考えている。過去に同様の事例の裁判例もあることは忘れてはならない。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■表現の自由は無制約で認められるものなのか</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3177" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3177" class="wp-image-3177" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/bcfa0464e7b98f9b59874fef2229b3bc-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/bcfa0464e7b98f9b59874fef2229b3bc-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/bcfa0464e7b98f9b59874fef2229b3bc-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/bcfa0464e7b98f9b59874fef2229b3bc-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/bcfa0464e7b98f9b59874fef2229b3bc-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/bcfa0464e7b98f9b59874fef2229b3bc.jpg 853w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3177" class="wp-caption-text">法律以前に、展示に値しないクレイジーな展示物だと思いますがね</p></div>
<p><span style="color: #000000;">「表現の不自由展・その後」は慰安婦を表現した少女像など、各地の美術館から撤去されるなどした作品を展示されている。その内容に対して抗議の電話が殺到。河村たかし名古屋市長が大村秀章愛知県知事に抗議文を提出し、同知事は「表現の不自由展・その後」の中止を発表したという経緯がある。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　また、報道ではあまり出ていないが、昭和天皇の御真影を焼いて踏みにじる動画も展示されており、SNSなどではこれに対する反発の方が少女像よりも強いように見受けられる。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　言うまでもないが、表現の自由は日本国憲法21条１項で保障されており、芸術家が自分の作品を発表する自由も、それに含まれる。それに対する制約は、公共の福祉に反するような場合を除いては認められないのが通常である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　芸術監督を務めた津田大介氏は８月２日の記者会見で「表現の自由が相当制限されてきた公共施設で、行政と作家が協議し、自己規制や検閲なしに展示できる実例を示したかった」と話している（８月３日付け朝日新聞電子版）。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■芸術家が「自分の作品を展示しろ」という権利</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、逆に芸術家が自分の作品を公権力に対して展覧することを求める権利までは有しない。つまり、自分の家や民間の美術館で自分の作品を展示することを公権力は止められないが、同時に公権力は芸術家から展示を求められる謂われはないということである。この点、いわゆる「天皇コラージュ事件」で名古屋高裁金沢支部平成12年２月16日判決はこう判示している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　「芸術家が作品を製作して発表することについて公権力がこれを妨げることは許されないが、公権力に対して、芸術家が自己の製作した作品を発表するための作為、たとえば、展覧会での展示、美術館による購入等を求める憲法上の権利を有するものではない」。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この判決は最高裁でも維持されているので、確定した判例と言っていい。「あいちトリエンナーレ2019」はあいちトリエンナーレ実行委員会が主催し会長は大村秀章知事であるから、愛知県が主催と言っていい。愛知県が芸術家の作品の展示を中止したこの事案で、「作品を展示させないから表現の自由の侵害」と主張するのは、この判例の考え方からしても無理があると思う。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■作品展示に公の施設の利用を認めない理由</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　とはいえ、いったんは認めた展示を勝手に中止すること、つまり公の施設の利用制限をすることについて表現の自由に対する制約ではないかという考えもあろう。中止が決まった後、「女たちの戦争と平和資料館」（東京都新宿区）の渡辺美奈館長は「展示に税金を使っていたとしても、行政は展示内容に口出しをすべきでない」とし、「多様な価値観を表現する場所を確保していく必要がある。作品を見て感じたいと思っている人もたくさんいる状況で、展示の中止はその権利を奪うことになるのではないでしょうか」と答えている（８月３日、BuzzFeed News）。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この点、大村知事は「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」など、京都アニメーション事件の凄惨な事件を想起させるような脅迫があったことなどを中止の理由とした。「芸術祭を、安全安心で楽しんでいただきたいという思いで、一番いい方策は何かということで、今回こういう判断にさせていただいた」（８月３日、HUFFPOST）としている。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■公の施設の利用制限について「正当な理由」</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　実は前述の判例は、このような点についても触れている。展示が中止になった作品の特別観覧を認める申し出を公権力（富山県）が拒否した点についての判断である。「県立美術館の管理運営上の支障を生じる蓋然性が客観的に認められる場合には、管理者において…公の施設の利用の制限についての地方自治法244条２項の『正当な理由』があるものとして許されるというべきである」。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この判例には「この作品の展示をするな」ということではなく「ここでは展示するな」ということであり、「どこか別の場所でやれ」という意味を含むという考えがベースにあると思われる。それは表現を全面的に禁止するものではなく、この場所、時間でやるのは不測の事態が起きかねないから、やめてくれという性質であるから認められるということと考えていい。別の言い方をすれば、公の施設の円滑な運営と個人の表現の自由とのせめぎ合いについての合理的な調整と言っていい。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　以上の点を考えれば、今回の愛知県が決定した「表現の不自由展・その後」の中止は、全く違法性はないと考えるべきであろう。一部識者の言う「表現の自由の侵害である」という主張には理由がない。</span></p>
]]></content:encoded>
					
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