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	<title>石森かずえ | 令和電子瓦版</title>
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	<title>石森かずえ | 令和電子瓦版</title>
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		<title>調教師試験合格 蛯名正義騎手の最高の奥さん</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 12 Dec 2020 10:28:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[運動]]></category>
		<category><![CDATA[蛯名正義騎手]]></category>
		<category><![CDATA[武豊騎手]]></category>
		<category><![CDATA[石森かずえ]]></category>
		<category><![CDATA[小桧山悟]]></category>
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					<description><![CDATA[　中央競馬の蛯名正義騎手（51）が12月10日、調教師免許試験に合格し、来年３月から調教師に転身することとなった。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　中央競馬の蛯名正義騎手（51）が12月10日、調教師免許試験に合格し、来年３月から調教師に転身することとなった。騎手デビューから10年近く取材した経験のある者としては格別の思いがある。そこで同騎手に関する取材裏話を披露しよう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■土曜競馬中継アシスタント石森かずえさん</span></strong></span></p>
<div id="attachment_8592" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/12/61a96010f0bdd59b45127cba9acd38f2-scaled.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-8592" class="wp-image-8592" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/12/61a96010f0bdd59b45127cba9acd38f2-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/12/61a96010f0bdd59b45127cba9acd38f2-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/12/61a96010f0bdd59b45127cba9acd38f2-1024x614.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/12/61a96010f0bdd59b45127cba9acd38f2-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/12/61a96010f0bdd59b45127cba9acd38f2-1536x921.jpeg 1536w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/12/61a96010f0bdd59b45127cba9acd38f2-2048x1228.jpeg 2048w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-8592" class="wp-caption-text">現蛯名正義騎手夫人の石森かずえさん（右、YouTube画面から）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　蛯名正義騎手の一枝夫人はかつて土曜競馬中継（テレビ東京系、現在、ウイニング競馬として放送中）でアシスタントをしていた石森かずえさんであることはよく知られている。石森さんは1988年～1993年に同番組のアシスタントとして活躍された。当時、僕が所属していた日刊スポーツ新聞社レース部では、競馬のコラムを石森さんに依頼していた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　女性のキャスターにスポーツ新聞がコラム執筆を依頼するのはよくある話で、若い女性に競馬について語ってもらうことで男性読者にアピールし、同時に女性の競馬への垣根を低くする目的がある。競馬番組のキャスターは競馬について一定の専門性をもって語れる上、ビジュアル面でも紙面を華やかにするから、この上ない存在であった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　執筆の依頼は競馬場で僕が本人に打診し、内諾を得てから事務所に正式な依頼という形を取ったように思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　石森さんはほぼ競馬を知らずにアシスタントに就任したようであったが、よく勉強されていたせいか、執筆を依頼した段階ではかなりの知識を有していた。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「ご結婚という報道を目にしますが…」</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そんな石森さんと蛯名正義騎手が交際しているのではないか、結婚するのでは、という話が週刊誌などで扱われるようになった。1993年だったと思う。交際説がかなり表になり、各スポーツ新聞も水面下で動き始めていた。日刊スポーツではコラム執筆を依頼している関係から情報は入りやすく圧倒的に有利な立場にあったわけだが、それは逆に「もし他社に抜かれたら、面目丸潰れ」という状況でもあった。ただし、当事者の口は固く、蛯名正義騎手はその件では一切、沈黙を守っていた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そういう状況下で、1993年の２月末か３月初頭だったと思う。中山競馬場の記者席を出たところで、放送前の石森さんとばったり会った。これは千載一遇のチャンスとばかり、ストレートに聞いた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>松田</strong></span>：大変、申し上げにくいのですが、石森さんがご結婚という報道を目にしますが、実際のところはいかがでしょう</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>石森</strong></span>：え!? そうなんですか？</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>松田</strong></span>：蛯名正義騎手とご結婚というお話が一部で出ていますが</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>石森</strong></span>：やーだぁ、松田さんまで、何言ってるの（笑）。あれは週刊誌が勝手に書いてるだけですから。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>松田</strong></span>：そうなんですか？</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>石森</strong></span>：そうですよぉ。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>松田</strong></span>：僕はてっきり、ご結婚間近だと思っていました</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>石森</strong></span>：そんなこと、ありませんから（笑）</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この話を聞いて、（さすがに本人がここまで言うのだから、仮に交際は真実だとしても結婚はないだろう）と判断し、「蛯名騎手との結婚はガセネタの可能性が高い」と会社に報告した。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■報知新聞がスクープした蛯名正義騎手結婚</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ところがこの２、３日後のこと、報知新聞（現スポーツ報知）が「蛯名正義騎手が石森かずえさんと結婚」というスクープ記事を飛ばしたのである。それを追認するかのように蛯名騎手の師匠である矢野進調教師が結婚を発表。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　おそらく、仲人となった吉田照哉氏サイドからのリークだと思う（当時、社台グループと報知新聞は蜜月関係にあった）。記事に使用されていた石森さんの写真は、タレントの記事を扱うにしてはあり得ないモノクロの資料写真だった。仮に石森さんサイドからのリークであれば、笑顔のカラー写真を提供していたはず。その事実からも石森さんサイドからの情報ではないのはもちろん、記事が出ることすら知らなかったであろうことは、見る者が見ればすぐに分かる記事だった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000;">　とはいえ、日刊スポーツとその担当記者としては</span><span style="color: #000000;">コラム執筆者の結婚報道で遅れをとるという、何とも屈辱的な結末。２、３日前に「ガセです」と報告した僕に対し、社内の風当たりが強くなるのは当然のことである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　その週の土曜日の中山競馬場、僕は記者席を出たところで、またしても石森さんとばったり会った。彼女は僕の顔見ると、軽く会釈をしつつ申し訳なさそうな表情をした。そこで僕の方から声をかけた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>松田</strong></span>：おめでとうございます。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>石森</strong></span>：…ありがとうございます。…松田さん、本当にごめんなさいね。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>松田</strong></span>：いえ、（石森さんにとって）一生に関わる事ですから。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>石森</strong></span>：色々あって、メディアに先に言えない事情がありました。本当にごめんなさい。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　放送前なのに泣き出しそうな表情で言う彼女を見て（何ていい人なんだろう）と思ったのを覚えている。古い世界の厩舎村でのこと、先に報告しなければならない人が多く、そういったしがらみなどでがんじがらめになっていたことは想像に難くない。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■1993年10月 蛯名正義騎手の自宅に電話をかけると…</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　後日談がある。彼女が結婚後の1993年10月、蛯名正義騎手のお手馬マイヨジョンヌ（美浦・畠山重則厩舎）という馬が、当時菊花賞トライアルだったＧ２京都新聞杯に出走することになった。前走まで蛯名騎手が手綱を取っていたが、栗東入り後、武豊騎手にスイッチという話が出た。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　それをサンケイスポーツが記事にするらしいという話を締め切り時間間際に栗東出張中だった僕が聞きつけ、同じ話を聞いたスポーツニッポンの記者とともに急遽現場で取材協力することにして、裏取りに走った。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、携帯電話も普及していない時代、関係者がなかなかつかまらない。そこで僕が蛯名正義騎手の自宅に電話をかけた。こういう場合、降ろされる騎手に聞いても「そんなの調教師に聞けよ」とブチ切れられることは少なくない。それを覚悟で電話をかけると、出たのは蛯名騎手夫人となった石森さんであった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　蛯名騎手は外出中だという。騎手の奥さんに「この馬に乗りますか？」と聞いても「分かりません」と答えられるのは目に見えている。それでも締切間際であり、ダメ元で聞いてみた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>松田</strong></span>：今週のマイヨジョンヌですが、蛯名騎手は騎乗されるのでしょうか</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>石森</strong></span>：……乗らないと思います。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　この時点で蛯名騎手の降板は間違いないことになった。会社に連絡して「蛯名降板、武豊と新コンビ」の予定原稿を送り、その後、スポニチの記者とともに、マイヨジョンヌを連れて栗東入りしていた小桧山悟調教助手（現調教師）をつかまえ、「こんな夜遅くに何だよ」と怒る同助手をなだめつつ話を聞くと武豊騎手へのスイッチを認めたため、記事はそのまま掲載となった。翌日の新聞ではサンスポ、スポニチ、日刊スポーツと横並びで記事が出たのはそうした事情である。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■調教師夫人として厩舎経営を支える存在に</span></strong></span></p>
<div id="attachment_15075" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/02/uma.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-15075" class="wp-image-15075" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/02/uma-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/02/uma-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2023/02/uma.jpg 567w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-15075" class="wp-caption-text">写真はイメージ</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　石森さんがあの時、「乗らないと思います」と言ってくれなかったら、少なくとも予定原稿を出すことはなかったから、記事の掲載はなかったと思う。</span></p>
<p style="text-align: left;">　後になって、彼女の答えに彼女が難しい立場を乗り越えて答えてくれていることに気付いた。彼女は「乗らないと思います」と答えたのだが、仮に<span style="color: #000000;">「乗りません」と断定的に答えれば、それは騎手夫人として夫の騎乗馬に関する情報をメディアに伝えたことになり、厩舎サイドからは（女房が何を出しゃばっているんだ）との批判は避けられず、何より、騎手の奥さんとしてすべきことではない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そこで、騎手夫人という立場ではなく、元キャスターとして自身の推測という形で「…と思います」と語ったのではないか。騎手夫人として最低限守るべきものを守りつつ、自分ができる範囲で精一杯のことをしてくれたのは、僕に対する義理立て、（あの時の借りを返そう）という思いだったのかもしれない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　最高の奥さんだな、と思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　その石森さんは来年３月からは調教師夫人となる。厩舎経営を陰で支える存在になるのだろうが、是非とも、日本の競馬を盛り上げていただきたいと思う。</span></p>
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