<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>解任 | 令和電子瓦版</title>
	<atom:link href="https://reiwa-kawaraban.com/tag/%e8%a7%a3%e4%bb%bb/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://reiwa-kawaraban.com</link>
	<description>政治、社会、運動、芸能など、様々なジャンルのニュース＆オピニオンサイトです</description>
	<lastBuildDate>Sat, 02 Apr 2022 03:06:27 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.8.5</generator>

<image>
	<url>https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/04/icon.jpg</url>
	<title>解任 | 令和電子瓦版</title>
	<link>https://reiwa-kawaraban.com</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>日刊スポーツの歴史に残る社長解任劇（終）僕が考える三浦社長の解任理由</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190902/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190902/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 01 Sep 2019 16:39:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[市長]]></category>
		<category><![CDATA[三浦基裕社長]]></category>
		<category><![CDATA[解任]]></category>
		<category><![CDATA[佐渡市]]></category>
		<category><![CDATA[三浦基裕]]></category>
		<category><![CDATA[川田員之]]></category>
		<category><![CDATA[社長]]></category>
		<category><![CDATA[会長]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3583</guid>

					<description><![CDATA[　これまで５回に渡って現佐渡市長の三浦基裕氏の日刊スポーツ新聞社の代表取締役の事実上の解任について論じてきた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　これまで５回に渡って現佐渡市長の三浦基裕氏の日刊スポーツ新聞社の代表取締役の事実上の解任について論じてきた。最終回の今回は僕自身が考える三浦基裕社長の解任理由を書き、この連載を締めようと思う。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■会社法の規定からは当たり前の解任・追放</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3584" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3584" class="wp-image-3584" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/0b64996dbcdc403d9a3499a8c57e9d39-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/0b64996dbcdc403d9a3499a8c57e9d39-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/0b64996dbcdc403d9a3499a8c57e9d39-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/0b64996dbcdc403d9a3499a8c57e9d39-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/0b64996dbcdc403d9a3499a8c57e9d39.jpg 706w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3584" class="wp-caption-text">解任の真実は如何に</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　三浦氏を解任した川田員之会長は、従業員に対して直接、自らの言葉で解任理由を説明している。その内容は三浦氏の改革が新聞本体にそれほど目を向けず枝葉末節の部分に終始し、このままでは日刊スポーツの改革は進まないと考えたというものだったことは前回書いた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ここで問題になるのはなぜ電撃的に解任し、しかも日刊スポーツから追放したのかということである。本人が予想もしないような方法を採用したことが「三浦社長による朝日新聞の傘下に入る計画が会長の逆鱗に触れた」といった噂を呼ぶ原因になった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、これは会社法の規定からすれば、ごく当たり前のことである。取締役は株主総会で選任され、通常１期２年で結果が残さなければ再任されないこともある。それどころか株主総会でいつでも解任されうる。実際、これまでに取締役に再任されずにそのまま日刊スポーツから追放された例は少なからず存在している。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■三浦氏の持つ矜持”出世に興味なし”に鼻白む周囲</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ここから先は全くの想像である。連載の第２回で僕は三浦氏は「トップになってはいけない人だな」と思ったと書いた。同じような思いを川田会長が持ったことが解任・追放につながったと考えている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　三浦氏は過去に例がないようなスピードで出世をしていったが、彼の言動を見ていると「自分は誰かに取り入って地位を上げている人間とは違う」という矜持のようなものが感じられた。それがはっきり分かったのは連載第２回で書いた「新人事賃金制度検討委員会」でのこと。当時三浦氏は部長か局次長職にあったが、会社が進めようとしていた新制度に最も反対する立場であった。既に会社の経営に近いポジションにいた人間としては考えられないような姿勢であるが、そういう部分を見せることで「自分は会社の言いなりではない」ということをアピールしたかったのではないかと思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　実際に委員会の議論の中で、専門職の話になった時に「生涯、現場で取材をして、管理職ではないが社員としての格が上がるような専門職に憧れる。自分もそうなりたい」と発言した。（出世には興味がない）というアピールなのだろうが、誰よりも出世している人間の発言に、他の委員の鼻白んだ表情が忘れられない。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■三浦社長誕生に費やされた労力と年月がムダに…</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　三浦氏は社長になる前に取締役として各局のトップを歴任した。川田会長としては三浦社長誕生のために何年も布石を打ち、ようやく社長に就任させたという経緯がある。ところが社長になったら、出てくるのは小手先の策ばかり。大きな理念、プランを示して会社全体をその方向へ動かすタイプのリーダーではなかったということである。シニカルな態度も能力の高さから滲み出てくるものではなく、自らを大きく見せるための小道具の一つでしかなかったと感じた（見破った？）のかもしれない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　川田会長にとってその失望は小さくないと思う。何年もかけて三浦社長誕生の布石を打った労力、年月は全くの無駄になってしまったからである。果たしてこれまでの努力は何だったのかという思いにもなるであろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　三浦氏の矜持に由来すると思われる、時に会社側にも反対する姿勢を見ていると、子会社の社長に左遷したら本社の言うことに反対する可能性があり使いにくい。そうなると日刊スポーツグループ全体で居場所を与えるべきではないという考えも出て当然。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そういった考えから解任・追放という選択肢を選んだのではないか。一言で言えば、三浦氏はグループに残してもいいと思えるような従順さを持ち合わせていなかったということである。株主総会で修正動議を出させ賛成する形にしたのは、直前まで決めかねたために手続き上、その方法しかなかったのだと考えられる。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■佐渡市長選挙の行方、佐渡市民の審判は2020年</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　三浦氏は現在、佐渡市長を務めており、来年４月には二期目の審判を迎える。彼が立候補するのか知らないが、重なる不祥事にも辞職していないところを見ると、二期目に挑戦するのであろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　彼の本質は市主催のイベントで用意した臨時駐車場で55歳の女性が海に転落して死亡した際に、他人事のように「今回の出来事をしっかりと検証し、必要に応じた安全管理に努めてまいります」とコメントした部分に現れている。他人の痛みに対する無関心、無頓着。それは佐渡市の沖合で高速船「ぎんが」が海洋生物とみられる物体と衝突して80人が負傷する大事故が発生したのに、自治会の会合で酒を飲んでいたという部分からも明らかである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　日刊スポーツの社長を１期で事実上解任された三浦氏は、佐渡市長は２期目に入れるのだろうか。来年４月の佐渡市民の審判に今から注目している。（おわり）</span></p>
<p style="text-align: right;">【連載<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20190826/">第１回</a>へ】</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190902/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>日刊スポーツの歴史に残る社長解任劇（５）朝日新聞傘下入り報道は真実？</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190901/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190901/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 01 Sep 2019 06:15:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[川田員之]]></category>
		<category><![CDATA[社長]]></category>
		<category><![CDATA[会長]]></category>
		<category><![CDATA[三浦基裕社長]]></category>
		<category><![CDATA[解任]]></category>
		<category><![CDATA[三浦基裕]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3576</guid>

					<description><![CDATA[　現佐渡市長の三浦基裕氏が日刊スポーツ新聞社の社長を解任された2011年６月28日以後、メディアで報じられたことは真実なのか。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　現佐渡市長の三浦基裕氏が日刊スポーツ新聞社の社長を解任された2011年６月28日以後、メディアで報じられたのは、三浦基裕社長は日刊スポーツを朝日新聞の完全な子会社にする考えを持っており、それが川田会長の逆鱗に触れたという内容である。果たしてこれは真実なのか。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■日刊スポーツを朝日新聞傘下に…報道の真実性</span></strong></p>
<div id="attachment_3577" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3577" class="wp-image-3577" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6-1024x1024.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/09/bf10ce7a0d624db39af11b93fa3fc7c6.jpg 1052w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3577" class="wp-caption-text">朝日新聞傘下入り報道は真実？</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　解任から８日後に日刊サイゾーで公開された記事「<a href="https://www.excite.co.jp/news/article/Cyzo_201107_post_7824/">新聞大不況時代にクーデター勃発!?　日刊スポーツ激震の社長交代劇</a>」では「事情通」の話として、以下のようなくだりがある。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">「三浦社長は、…親会社でもある朝日新聞社の完全傘下に入ることを主張。要は、日刊スポーツは朝日の子どもになって、守られながら生きていく路線を走り出そうとしたんです。それが、創業家側にとっては気に入らなかったみたいですね。」</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　当時、そのような噂が実しやかに社員の間で飛び交っていたのは事実。しかし、それを示す証拠は見たことも聞いたこともない。この日刊サイゾーの記事でも三浦氏が日刊スポーツを朝日新聞傘下に入れようとしていた点について何の証拠も示されておらず、これを頭から信じろというのも無理な話である。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■朝日新聞傘下入り、実現性はほぼゼロ？</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　日刊スポーツ新聞社は川田員之会長が過半数の株式を保有している。これを朝日新聞に株の過半数を持たせるためにはいくつかの方法が考えられるが、どのような方法でも支配株主である川田会長の了解なくしては不可能。三浦氏が雇われ社長の身分である以上、その話を朝日新聞に持っていったところで「川田さんは何て言ってるの？」と聞かれて終わってしまう話である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　三浦氏が朝日新聞との連携を強める方向であったのは、第４回の連載でも書いたように明らか。しかし、さすがに三浦氏とて自分にできることとできないことの区別はつくと思う。そう考えるとこの話は真実ではないと思うし、仮に三浦氏がそのようなことを考えていたとしても実現性はほぼゼロである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　このような話が出たのは、三浦氏の解任が朝日新聞にも知られないうちに電撃的に行われたことが一つの要因であろう。また、朝日新聞からやってきた取締役が「もう少し民主的なやり方はなかったのか、残念に思う」と川田会長に意見をしたと言われていることが、そのことに拍車をつける形になったと思われる。そうした点から「全くない話ではない」と多くの人が考えたのではないかと想像している。僕自身は全く信じていない。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■川田員之会長へ出したメール「三浦氏解任を支持します」</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕は早期退職制度を利用して2014年10月末に日刊スポーツ新聞社を退職した。実は退職４日前の2014年10月27日に、川田会長にメールを出している。内容は30年近く雇ってもらったことに対する感謝、そして三浦氏解任に関することである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　株主総会について一言触れたのは、解任直後の会長による説明が冷ややかな空気の中で行われたこと、また、朝日新聞から来た取締役が批判めいたことを言ったという点につき、従業員としてどうしても言っておきたかったからである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　個人の考えとして三浦氏解任を支持すること、法的には全く問題がないこと、解任の理由を従業員の前で自ら説明したことへの感謝、そして、差し出がましいようだが自身の決断に自信を持っていただきたいということを書いた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕の日刊スポーツ新聞社の社員として最後の日となった2014年10月31日に川田会長から返信をいただいた。そこには長い間ご苦労様という労いの言葉と、これからの人生を頑張ってほしいという応援の言葉が綴られていた。それを読んだ時に僕は日刊スポーツ新聞社で働けたことの幸運を思った。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そして、三浦氏解任のことについての記載があった。川田会長からの私信なので、それを明らかにすることはしない。言えるのは、今も昔も僕は三浦氏の解任が日刊スポーツ新聞社にとって最善の方法であったと考えていることである。（次回、<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20190902/">最終回</a>）</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190901/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>日刊スポーツの歴史に残る社長解任劇（４）社員に直接語った川田員之会長</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190831/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190831/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 31 Aug 2019 06:03:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[解任]]></category>
		<category><![CDATA[三浦基裕]]></category>
		<category><![CDATA[川田員之]]></category>
		<category><![CDATA[社長]]></category>
		<category><![CDATA[会長]]></category>
		<category><![CDATA[三浦基裕社長]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3567</guid>

					<description><![CDATA[　日刊スポーツ新聞社三浦基裕社長は2011年６月28日の定時株主総会で川田員之会長によって事実上解任された。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　日刊スポーツ新聞社三浦基裕社長は2011年６月28日の定時株主総会で川田員之会長によって事実上解任された。１期２年の任期を終え、さあ、これからという時の54歳の若手社長の電撃的な追放劇。メディアでも報じられ社員の動揺も続く中、川田会長は自らが各職場を回り、社員の前でその真意を語ることになった。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■川田員之会長が語った解任理由「紙は生命線」</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　社員に対する説明が行われたのは、株主総会から２日後か３日後だったように記憶している。編集局の広いフロアーに数十人の社員が集まり、編集局長のデスクのあたりで川田会長が解任に至った経緯を話し始めた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（１）日刊スポーツ新聞社の売り上げがこれまでになく下がっており、厳しい経営環境にある。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（２）日刊スポーツ新聞社のメインの売り上げは新聞（紙）であり、それが我が社の生命線である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（３）しかし、三浦社長は枝葉末節の部分での改革・改善ばかりを行おうとし、肝心の新聞の売り上げについては後回しになっている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">（４）これ以上、三浦社長に期待することはできないと考え、自分自身が社長となって会社の立て直しに着手することにした。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　話し終わっても拍手もなく、重い空気が編集局全体を包んでいた。編集局出身の三浦社長の下、三浦社長の人事で編集局のトップに就いた人間ばかりで、基本的には部長・次長もその流れにある。その状況でトカゲの頭が潰されたのだから、尻尾が元気なはずがない。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■社長に求められた改革</span></strong></p>
<div id="attachment_3568" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3568" class="wp-image-3568" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/nikkan-1-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/nikkan-1-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/nikkan-1-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/nikkan-1-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/nikkan-1-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/nikkan-1.jpg 857w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3568" class="wp-caption-text">解任劇は「クーデター」などと報じられた</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　川田会長の説明は、僕には思い当たる部分はあった。前回の連載第３回で触れたが、社長を囲む会に出席した時に三浦社長は参加者に今後の日刊スポーツの改革・改善について語ったのであるが、その内容は以下のようなものだった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">＜１＞締め切り時間が早い、いわゆる早版地域の読者にはプロ野球のナイトゲームの結果が入らない新聞が行っている。そのため、ネットで無料で最終版が見られるサービスを始める。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">＜２＞プロ野球の記事をシーズンを通して朝日新聞に提供することで収益を得る。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">＜３＞当社主催の神宮外苑花火大会を、某有名不動産会社を冠スポンサーにする。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　それを聞いた時、僕は（よくて局長レベルの話だな）と思えた。どれも現場の人間が話をまとめてくればできる話で、社長が陣頭指揮に立ってやるような事案ではない。社長に期待されるのはそうした細かいことではなく、スポーツ新聞全体が右肩下がりの状況の中、日刊スポーツそのものを変えていかなければならないという点である。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■川田員之会長の思惑とのズレに「それはそうだよな」</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ネットの登場で新聞が時代遅れのメディアになったことが、売り上げが下がった大きな原因であろう。しかし、スポーツ新聞の伝えるニュースそのものに多くの読者が興味を失っている点は無視すべきではない。古くはONの時代、あるいは江川・掛布の時代には前夜のプロ野球の結果が職場や学校で話題になることは少なくなかった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、今の時代、前夜のプロ野球の結果を職場で話す人間などいるだろうか？　プロ野球のマーケットそのものが昭和の時代と比べて極端に縮小している。スポーツ新聞も、そういう時代に対応しなければ生き残れないことは意識すべきであろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そうなるとスポーツ新聞の中身も、たとえばスポーツビジネスの側面から分析したり、監督官庁に取材をして行政面との関わりを探るなど、スポーツに関すること全般を扱う専門紙にするなどの大改革が必要になると思われる。「スポーツ・芸能・ギャンブルの日経」のようなイメージ。それは１つの例であるが、それぐらい思い切った改革をしなければメディアとして生き残っていけない時代であると、僕レベルの社員でも思っていた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　おそらく川田会長はそういうドラスティックな改革を三浦社長に期待していたのではないかと思う。それが局長レベルの小手先の話、しかも新聞をどう売るかではなく、別メディアを利用したり、他社との連携を模索したり、本丸に手をつけようともしない状況に「何をやっているのか」と苛立ちを募らせていた部分はあったに違いない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　実際に解任の事情についてその点を挙げて説明したから、（それはそうだよな）と僕は感じていた。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■朝日新聞の完全子会社化目指したとの噂は？</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　三浦社長解任後、メディアで報じられたのは、三浦社長とオーナーサイドとの対立である。三浦社長は日刊スポーツを朝日新聞の完全な子会社にする考えを持っており、それがオーナー家の川田会長の逆鱗に触れたという報道もなされた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　その点は僕は何も情報は持っていない。雇われ社長が、支配株主に株式を手放すことを強制することなどできるはずがないと考えるのが普通であろう。ただ、新聞社の特殊性と周辺の状況を考えれば、全くあり得ない話とまでは断言できない。次回はその点について論じてみる。（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20190901/">第５回</a>へ続く）</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190831/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>日刊スポーツの歴史に残る社長解任劇（３）三浦氏がハマった首切りパターン</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190829/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190829/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 29 Aug 2019 07:39:20 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[解任]]></category>
		<category><![CDATA[三浦基裕]]></category>
		<category><![CDATA[川田員之]]></category>
		<category><![CDATA[社長]]></category>
		<category><![CDATA[会長]]></category>
		<category><![CDATA[三浦基裕社長]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3551</guid>

					<description><![CDATA[　2011年６月28日、日刊スポーツ新聞社の三浦基裕社長が事実上解任された定時株主総会から遡ること９か月、2010年９月６日（月）、僕は三浦氏と直接、話す機会を得た。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　2011年６月28日、日刊スポーツ新聞社の三浦基裕社長が事実上解任された定時株主総会から遡ること９か月、2010年９月６日（月）、僕は三浦氏と直接、話す機会を得た。この時にその後の解任に繋がる予兆を僕なりに感じたので紹介しよう。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■定例の「社長を囲む会」に参加</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3552" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3552" class="wp-image-3552" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/377dd1078cb23eeaf8c9ad4ac421e9f5-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/377dd1078cb23eeaf8c9ad4ac421e9f5-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/377dd1078cb23eeaf8c9ad4ac421e9f5-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/377dd1078cb23eeaf8c9ad4ac421e9f5-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/377dd1078cb23eeaf8c9ad4ac421e9f5-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/377dd1078cb23eeaf8c9ad4ac421e9f5.jpg 952w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3552" class="wp-caption-text">三浦氏は首切りパターンに嵌ったのか</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　2009年に日刊スポーツ新聞社の社長に就任した三浦氏は末端の社員の声を聞きたいという趣旨から「社長を囲む会」を１か月に１回程度の頻度で定期的に開催していた。これは社員の中で希望者数人が社長室を訪れて話をするというもの。特に話題は指定されておらず、自由な議論をすることになっていた。川田員之会長の「会長を囲む会」も同時に開催されていた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕はこの「社長を囲む会」に参加希望を出し９月６日に本社７階の社長室に行くことになった。別に三浦氏と話がしたいわけではない。当時、僕は青山学院大学大学院に在籍中で、卒業間近であったその時期、勉強に専念したいという理由から半年ほど休職する希望を持っていた。しかし、過去に日刊スポーツにそのような理由で休職した者はいない。僕の直属の部長も「何とかしてやりたいが、オレがどうこうできる問題じゃない」と言って頭を抱えてしまう状況であった。そこで僕が「社長を囲む会に出て、直接、社長に聞いてみましょうか？」と提案し、部長も「是非、そうしてくれ」というので参加することになったのである。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■川田会長を嘲（あざけ）る発言に唖然</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　参加者は僕を入れて４、５人であったように記憶している。社長と直接１時間から２時間話を出来るのであるから、僕以外の参加者は張り切っているように見えた。別に悪いことではない。サラリーマンなら当然であろう。妙な色気のない僕はひたすら聞き役で一言も発せず、会の終盤、話が途切れた時に休職の話を持ち出した。社長はその時、前向きな回答をしたので嬉しかったが、僕がこの日、喋ったのはその時だけである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　会はビールも出され、２時間ほどで終了。参加者で後片付けをして部屋を出る前に、三浦社長は参加者に向かって、こう切り出した。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><strong>三浦</strong>：<span style="color: #0000ff;"><strong>お前ら、会長を囲む会にも出てやれよ。俺の方にばかり人が集まって、川田さんの方が全然参加者がいないんだよ。それで川田さんが妬んでさ。大変なんだよ、これでも。</strong></span></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　社長のジョークだと思ったのか参加者はドッと笑った。僕以外は。参加者の一人が「会長は何か話しにくそうで」と言うと、「いや、そんなことないから。冗談抜きで頼むよ、参加希望出しておいてくれよ」と笑いながら言った。参加者は「分かりました」などと言って会はお開きになった。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■日刊スポーツ社長は”雇われマダム”？</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　帰りの電車の中で僕は三浦氏の最後の言葉が頭から離れなかった。僕は会社法はあまり得意ではなかったが、支配株主と取締役の関係がどのようなものかぐらいはロー・スクールにいる人間ならすぐに分かる。川田会長は株式の過半数を持っているのだから、三浦氏をいつでも解任できる（会社法339条１項）のである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　オーナーの川田員之氏との関係で見れば、社長は雇われマダムのようなもので、川田氏の機嫌を損ねればすぐにクビを切られる立場。それを三浦氏は自分は川田氏と同格であるとでも感じているのか、「会長を囲む会にも出てやれ」と見下ろす発言をしたのである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　（三浦氏は自分の置かれている立場が分かっているのだろうか）と不思議に思えたし、おそらく社長という立場に就いて自分自身を客観的に見られなくなっているに違いないと僕には思えた。過去に日刊スポーツでは多くのプロパーが取締役、時には代表取締役になったが、その末路は悲惨な例が少なくない。解任されて追放された者もいれば、追放は免れたが相談役という名目で報酬は３分の１程度にされた例もあった。彼らに概ね共通するのは、（自分は偉くなったんだ）と思うのか、人を人と思わなくなるような振る舞い、言動をしがちなことである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　自分の置かれた立場を理解できない人間に会社の経営を任せるのは危険である。判断力の乏しい人間に重要な判断を任せれば、会社が傾きかねない。プロパーの取締役が切られるのは、オーナーサイドの会社の防衛手段という側面があるのだと思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　<strong><span style="color: #ff0000;">（三浦さんも、クビを切られるパターンに嵌ってきている）</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕は電車に揺られながらそんなことを思っていた。それが９か月後に現実のものになるとまでは予想できなかったが。（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20190831/">第４回</a>に続く）</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190829/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>日刊スポーツの歴史に残る社長解任劇（２）三浦氏の”脅し”に芽生えた不信感</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190827/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190827/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 26 Aug 2019 23:17:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[社長]]></category>
		<category><![CDATA[会長]]></category>
		<category><![CDATA[川田博美]]></category>
		<category><![CDATA[三浦基裕社長]]></category>
		<category><![CDATA[解任]]></category>
		<category><![CDATA[株主総会]]></category>
		<category><![CDATA[三浦基裕]]></category>
		<category><![CDATA[修正動議]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3525</guid>

					<description><![CDATA[　2011年６月28日、三浦基裕社長が事実上解任された定時株主総会が終わった時、僕は本社ビルの４階で仕事をしており、総会があったことすら知らなかった。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　2011年６月28日、三浦基裕社長が事実上解任された定時株主総会が終わった時、僕は本社ビルの４階で仕事をしており、総会があったことすら知らなかった。しかし、総会には株式を持っている社員も出席しており、そこから話が伝わり職場に三浦社長解任の報は一気に広がった。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■三浦さん、やっぱり切られたんだ…</span></strong></p>
<div id="attachment_3526" style="width: 260px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3526" class="wp-image-3526" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/1687740249_106-300x169.jpg" alt="" width="250" height="141" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/1687740249_106-300x169.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/1687740249_106.jpg 320w" sizes="auto, (max-width: 250px) 100vw, 250px" /><p id="caption-attachment-3526" class="wp-caption-text">2011年３月11日、大地震当日の日刊スポーツ横の築地川公園</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　僕も同僚から「社長がクビになった」と聞かされ、驚いて当時の直属の上司に聞くと「修正動議が出されて、会長が賛成したらしいよ。いやあ、びっくりだねえ」と教えてくれた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　（三浦さん、やっぱり切られたんだ）とその時に思った。実は総会の９か月前の2010年９月、三浦社長と直接話す機会があり、その時に（ひょっとしたら、この人、クビを切られるんじゃないかな）と思っていたのである。もっともそれは関連会社の社長や、相談役などへの左遷、棚上げと思っていたのだが、まさか日刊スポーツから追放という形になるとは考えもしなかった。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■日刊スポーツ労働組合委員長経験者の三浦氏</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　ここで時代が一気に遡る。三浦氏に対して「この人はダメだ」と思った出来事があったので紹介しておく。ほんの短いやり取りであるが、それが三浦氏に対する決定的な評価につながり（いずれは底が割れるのではないかな）と考える遠因となっている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕は1996年から日刊スポーツ労働組合の執行部に入った。１年目が書記長、２年目が委員長である。僕が委員長となった時に会社が新しい人事賃金制度の導入を組合に提案してきた。これまでの年功序列制度を廃止し、実力主義・成果主義を取り入れようというものである。そのために社内に「新人事賃金制度検討委員会」といった名称の委員会が立ち上げられ、12～13人程度の社員が集められた。管理職もいれば、定年直前の平社員もおり、組合からは委員長である僕と書記長が入った。最後は組合が会社と新しい労働協約を締結することになるから入るのは当然であろう。当時、部長職か局次長職にあった三浦氏も入っていた。そして、三浦氏は僕の数代前の労働組合委員長でもある。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■1990年代の日刊スポーツの前近代的制度</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　当時の日刊スポーツはほぼ年功序列と言っていいような人事制度で、社歴のある者が地位も給料も高いという組織になっていた。それによって生じる弊害を緩和するために若くして出世するエリートコースに乗る社員を作り、若い血を経営に入れていたのである。その代表例が三浦氏と言っていい。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　新制度は社歴による社員の格と管理職という地位を分離して、機能的な組織にしようという趣旨。管理職のリストラを進め、収益を成果に見合って適正に再配分するのが会社の狙いであったと思う。同時に社員の格を決めるために客観的な評価を取り入れて、人事権を総務局が主導し、より透明度の高いものにする狙いもあると考えられた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　これには裏の狙いもあったと思う。当時は先代の川田博美会長が絶対的な権力を持ち、そこに総務の職員として入社したMという女性が寵愛を受け「女帝」と呼ばれるほどの権勢を誇っていた時代。メディアでもよく取り上げられていたのでご存知の方もいるかもしれない。「女帝」対策で人事の客観性の確保、人事権を総務を中心とした会社側に移すという狙いもあったと想像している。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■新制度導入へネックとなった組合の体質</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　新制度の話を聞いた時は、半信半疑だった。というのも委員会の責任者である労務担当の取締役が当時の社長に取り入って出世していったプロパーで、無能を絵に描いたような人物だったからである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　それが一気に新制度導入に傾いたのは、委員会が２週に一度開催される中、６月の株主総会で無能な取締役が当時の社長とともに左遷され、新たな労務担当取締役が朝日新聞からやってきたことによる。新しい取締役は前近代的な制度を変革しようという意識を持っていたようで、（この人ならうまくやってくれるだろう）と感じられた。その時から（次の組合委員長は新制度の導入に反対するかもしれない。僕が組合委員長でいる間に署名しよう）と決め、その方向で動いた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕の考えに気付いたのか、新しい取締役は秋ぐらいから「本当に君は１期１年で委員長をやめるのか？」と２、３度聞いてきた。その度に「絶対に辞めます。過去に２年やった例はありません」と断言して、暗に（僕の任期内に妥結しないと先は見えないから、早く進めてくれ）とアピールしていた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　ここでネックになるのは組合の古い体質である。日刊スポーツの労働組合の代々の執行部は会社側の経営をチェックする組織で、野党のような精神を持つべきという考えが支配的であった。それだけに会社と協力して新人事・賃金制度を導入するのは、組合が会社の言いなりになるもので望ましくないと考える者も少なくなく、実際に僕と一緒に参加していた書記長はそうした考えだったように見えた。そして、三浦氏は僕の数代前の委員長であったことは前に述べた通りである。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■三浦氏が僕に放った脅しのようなセリフとは</span></strong></p>
<p><span style="color: #000000;">　委員会は２週間に１回程度の頻度で行われたが、僕は前出のような事情から表面上は導入に積極的な姿勢を見せないようにしていたが、やはり前向きな部分は見えてきてしまう。定例の委員会終了後、三浦氏が僕のところにやってきて、こう言った。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>三浦</strong></span>：組合は新制度に賛成なのか？</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>松田</strong></span>：少なくとも頭から反対ではありません。制度についてよく聞いてみないと今の段階では分かりません。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>三浦</strong></span>：最後は組合員の意思だからな。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>松田</strong></span>：そうですね。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>三浦</strong></span>：お前、会社と一緒になって導入する気か？　組合の立場というものはどうなんだ。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>松田</strong></span>：何から何まで反対するのが組合ではないでしょう。会社が健全化することで組合員に還元されればいいんじゃないですか。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>三浦</strong></span>：そんなこと言ってると、お前、（組合員から）不信任食らうぞ。</span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="color: #0000ff;"><strong>松田</strong></span>：あなたは管理職で、もう組合員じゃない。組合員じゃないあなたに、そんなことを言われる筋合いはない。組合委員長は僕だから、僕が決める問題だ。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　最後は強い口調で言ったのを覚えている。三浦氏は黙って歩いていってしまったが、これをきっかけに少なくとも僕は三浦氏を信用することはなくなった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　当時の三浦氏の真意は分からないが、僕には彼が組合の思想のようなものにとらわれて、組合を含む会社全体が見えていないように思えた。（この程度の考えしか出来ないのに、何で出世しているのだろう）と不思議に思えたし、（トップになってはいけない人だな）と思った。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　しかし、そうした不安をよそに三浦氏は出世を続け、2009年には社長になった。そして僕が（ひょっとしたら、この人、クビを切られるんじゃないかな）と思う直接のきっかけとなった出来事が2010年９月に起きるのである。（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20190829/">第３回</a>へ続く）</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190827/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>日刊スポーツの歴史に残る社長解任劇（１） 修正動議に散った三浦基裕氏</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190826/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190826/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 26 Aug 2019 11:59:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[三浦基裕]]></category>
		<category><![CDATA[川田員之]]></category>
		<category><![CDATA[修正動議]]></category>
		<category><![CDATA[社長]]></category>
		<category><![CDATA[会長]]></category>
		<category><![CDATA[三浦基裕社長]]></category>
		<category><![CDATA[解任]]></category>
		<category><![CDATA[株主総会]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3516</guid>

					<description><![CDATA[　2011年６月28日、日刊スポーツ新聞社の三浦基裕社長が株主総会で電撃的に解任された。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　新潟県佐渡市の三浦基裕市長の日刊スポーツ新聞社社長時代の話を書いたところ、結構な数のPVをいただいた。８月に佐渡市で発生した自動車ごと海中に転落して運転手が死亡するという悲惨な事故の責任が市長にあるのは歴然としており、３月の高速船「ぎんが」の事故時の対応を含め、市長に対する社会の怒りが根底にあると思われる。そこで三浦市長の日刊スポーツ新聞社時代を知る身として、各メディアでも大きく取り上げられた同社長の解任劇を当時の社員の目線で連載でお届けする。そこから三浦市長の人となりを感じていただければと思う。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■東日本大震災から３か月後の株主総会</span></strong></span></p>
<div id="attachment_3523" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3523" class="wp-image-3523" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/nikkan-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/nikkan-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/nikkan-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/nikkan-768x768.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/nikkan-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/nikkan.jpg 970w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3523" class="wp-caption-text">自宅にあった日刊スポーツ在職時に使用していた封筒</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　株主総会が行われたのは、東日本大震災からおよそ３か月後の2011年６月28日。前にも説明したが、日刊スポーツ新聞社の株式は過半数を会長の川田員之（かずゆき）氏が所有しており、朝日新聞はおよそ30%程度。川田氏が支配株主のオーナー会社である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　三浦氏は1980年入社で野球部の記者としてスタート。順調に出世の階段を登り2009年に52歳の若さで社長に就任した。就任前に各セクションの担当取締役を何年かずつ経験しているが、それは社長就任の準備と目されていた。そのため52歳という若さでも社内事情からは満を持しての社長就任であり、相当な長期政権が予想されていた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　三浦社長にとって２期目となるための株主総会は中央区築地にある本社で行われ、社長自らが壇上で議事進行を行なっていた。ここから先は僕が在職中に総会に出席していた社員に直接聞いた話である。その社員はまだ在職しているため人物が特定できるような内容は書くのを控えるので、ご承知いただきたい。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■室内に響く「修正動議！」の声</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　取締役の選任の議題に移る時に、ある株主が大声で「修正動議！ 修正動議！」と叫び挙手した。その株主は日刊スポーツの外部の人間で編集プロダクションのような事業を行う会社の代表という。所有するのは数株の”泡沫”株主である。修正動議は６名の取締役選任を、三浦基裕氏を除く５名とする動議であったと聞く。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　その時「三浦社長は冷静に見えた」と出席していた社員は言っていた。川田会長と朝日新聞で８割以上の株式を持っているから、わずか数株の株主が修正動議を出したところで通るわけがない。要は三浦社長に恨みを持つ株主が嫌がらせで修正動議を出した、その程度に考えた上での余裕であろう。「『うるせえなぁ』とか『面倒くさいなぁ』みたいな感じに見えたね。簡単に否決できると思ったんだろうな」と僕の情報源になった社員は言う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　三浦氏が「修正動議に賛成する方は挙手してください」と言ったところ、修正動議を出した株主が挙手。そして、壇上ではなく株主席にいた川田員之氏が挙手したのである。予想もできない事態に会場はどよめく。ざわめきが続く中、川田氏はこう言った。「私は過半数の株式を持っています。それを計算して採決してください」。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■解任された三浦社長「これからの日刊スポーツをよろしく」</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　総会後、解任された三浦氏は川田氏の所へ行き「これからの日刊スポーツをよろしくお願いします」という趣旨の挨拶をしているのを、情報提供してくれた社員が目撃している。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　オーナーに向かって雇われ社長が何を言うかという気がするが、解任された社長として精一杯の虚勢を張っていたのかもしれない。これに対して川田氏は「長い間、ご苦労様でした」とだけ答えたそうである。（<a href="https://reiwa-kawaraban.com/society/20190827/">第２回</a>へ続く）</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/society/20190826/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>2</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>新潟県佐渡市の三浦基裕市長は日刊スポーツ前社長、不祥事連発に「やっぱりな」</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190824-04/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190824-04/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 25 Aug 2019 14:06:20 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[日刊スポーツ]]></category>
		<category><![CDATA[解任]]></category>
		<category><![CDATA[株主総会]]></category>
		<category><![CDATA[佐渡市]]></category>
		<category><![CDATA[三浦基裕]]></category>
		<category><![CDATA[川田員之]]></category>
		<category><![CDATA[アースセレブレーション]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=3507</guid>

					<description><![CDATA[　新潟県佐渡市で８月19日、市主催のイベント「アースセレブレーション」の臨時駐車場で軽自動車が海に転落、運転していた55歳の女性が死亡した。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　新潟県佐渡市で８月19日、市主催のイベント「アースセレブレーション」の臨時駐車場で軽自動車が海に転落、運転していた55歳の女性が死亡した。三浦基裕市長は「今回の出来事をしっかりと検証し、必要に応じた安全管理に努めてまいります」とコメントしたが、死者が出た後に「安全管理に努める」という市民を舐めたようなセリフには唖然とさせれられる。この三浦市長は、日刊スポーツ新聞社の前社長。社歴は僕より５年長く、出世は早かった。しかし、僕の見た目では「トップにしてはいけない人」であり、不祥事発生に「やっぱり、やらかしたな」という思いである。</span></p>
<p><strong><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">■低すぎる車止め、死者が出てから「安全管理に努める」</span></strong></p>
<div id="attachment_3508" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3508" class="wp-image-3508" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/fd5822afd1364c40e63afc3631063a08-300x300.jpg" alt="" width="220" height="220" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/fd5822afd1364c40e63afc3631063a08-300x300.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/fd5822afd1364c40e63afc3631063a08-150x150.jpg 150w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/fd5822afd1364c40e63afc3631063a08-200x200.jpg 200w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2019/08/fd5822afd1364c40e63afc3631063a08.jpg 699w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /><p id="caption-attachment-3508" class="wp-caption-text">三浦市長の写真は佐渡市HPから</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　55歳の女性が死亡した臨時駐車場はテレビで見る限り、危険極まりない。車止めは目測で15cmほどの高さしかなく、自動車で簡単に乗り越えられてしまいそうである。佐渡西署の発表では「車は方向転換をした後に前進し、車止めを乗り越えて海に転落した。目立ったブレーキ痕はなかった」（読売新聞オンライン）。こんな危険な場所を臨時駐車場にすること自体、信じられないが、せめて車止めの部分にバリケードを置くなどの措置が必要であったろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　それを死者が出てから「検証して安全管理に努める」とは行政のトップとして完全に失格。死者が出る前に安全管理に努めるのが市長の務めであるのは言うまでもない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　三浦市長の不祥事はこれだけではない。今年３月９日に佐渡市の沖合で高速船「ぎんが」が海洋生物とみられる物体と衝突して80人が負傷する大事故が発生。佐渡市の両津港では市の指揮本部が設けられ副市長ら職員が救急隊と連携して救助作業が行われていたが、三浦市長は市内の自治会との会合に出席しており現場には出向かなかった。会合では酒を飲んでいたというのだから呆れるしかない。３月11日の市議会で「現地とは連絡をとっていた。負傷者の搬送活動がもうすぐ終わるという連絡を受けたので懇親会に出席した」（朝日新聞DIGITAL）と現場に行かなかった理由を説明し、陳謝したという。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■80人負傷の大事故の時に「かんぱ～い」の三浦市長</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　80人の負傷者はまさに生きるか死ぬかの思いをしたことであろう。それを市の職員が救急と連携して必死に救助活動している時に「かんぱ～い」と酒を飲んでいたというのであるから、辞職を求められるのも当然である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　こうした三浦市長の他人の痛みを感じない性癖は日刊スポーツにいた時代から見られていた。三浦氏は僕の記憶では30代で野球部長になり出世街道を順調に歩んでいたせいか、とにかく自意識の強さだけは人一倍で、他人の痛みを感じる様子は全く見られなかった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　社長になる前後だったと思うが、社内でライバル関係にあった社員Aさんを編集局付けという完全な閑職に追いやる人事を断行。Aさんは仕事を与えられず、１日中、周囲の目にさらされるという境遇にされたのである。リストラ対象の人に会社を辞めさせるために、何も仕事を与えずに１日中、部屋に座らせておくハラスメントが一時社会問題となったが、それが問題になる前に三浦氏は実際にそれを行なっていたのである。そのような行為が社会的に許されないことが、全く理解できていなかったと言ってもいい。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　僕にとってAさんは上司であり、色々とお世話になった人である。新聞社の人間としては極めて優秀で一時は出世街道に乗り、将来の日刊スポーツを背負う人間として周囲から期待されていた。そんなAさんが閑職に追いやられた姿を見るのは辛かった。僕が会社を辞める2014年、最後の出勤日にAさんと２人で食事をした。Aさんは「俺がラインから外れたら、それまですり寄ってきた連中が、みんな手のひらを返したように去っていった。挨拶もしない。今、まともに話をするのはお前と、もう１人ぐらいだ」と自嘲気味に笑っていたのを思い出す。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■１期２年で解任、三浦社長の早すぎる失脚</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　三浦氏は僕が会社を辞める前、2011年６月に定時株主総会で１期２年で事実上解任された。日刊スポーツは創業家で会長の川田員之氏が過半数の株式を有するオーナー会社であり、川田氏が株主としての権利を行使したのである。この解任は「<a href="https://www.excite.co.jp/news/article/Cyzo_201107_post_7824/">新聞大不況時代にクーデター勃発!?　日刊スポーツ激震の社長交代劇</a>」などと大きく報じられた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　三浦社長が解任された日、僕は「ああ、やっぱりな」という感想を持った。日刊スポーツは三浦氏のように若くして出世する社員は少なくないが、その多くは取締役になった後に放逐されている。三浦氏もその例に漏れなかった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　Aさんの例でも明らかなように、三浦氏は他人の痛みを感じられない人だと僕は思っていたし、恣意的な人事を行ない、反発を感じている社員も少なくなかった。そうした空気をオーナーの川田氏は感じていたのかもしれない。実はもう１点、僕は三浦氏が解任される予兆を感じていたのだが、それはまた別の機会に。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■末端の人間などどうでもいい？</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　団体のトップとなったら、全ての人の人生を背負う覚悟がなければならない。それがトップの務めである。しかし、三浦氏の場合、A氏の例などを見る限り「末端の人間なんてどうでもいい」という発想が根幹にあったように思える。そんな人間が佐渡市長選挙に出馬すると聞いて（当選して、佐渡市の方が後々泣くようなことにならなければいいが）と思っていたら、案の定である。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　55歳の女性の死亡事故を聞いた時、佐渡市民の投票行動がこの事故の遠因になっていると思うと、何ともやりきれない思いになった。</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/politics/20190824-04/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>3</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>日本代表の監督交代劇、JFAという組織に思う</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/sports/20180410/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/sports/20180410/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 10 Apr 2018 08:00:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[運動]]></category>
		<category><![CDATA[ワールドカップ]]></category>
		<category><![CDATA[ハリルホジッチ監督]]></category>
		<category><![CDATA[解任]]></category>
		<category><![CDATA[JFA]]></category>
		<category><![CDATA[西野朗]]></category>
		<category><![CDATA[大仁邦弥]]></category>
		<category><![CDATA[日本代表]]></category>
		<category><![CDATA[サッカーW杯]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/wp/?p=1450</guid>

					<description><![CDATA[　日本代表監督に西野朗氏が就任することになった。W杯まで2カ月の時点での監督交代劇をどう評価すればいいのか。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;">　日本代表監督に西野朗氏が就任することになった。サッカーW杯まで2カ月の時点での監督交代劇をどう評価すればいいのか。</p>
<div id="attachment_1453" style="width: 260px" class="wp-caption alignleft"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-1453" class="wp-image-1453" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2018/04/f376238be408e3ab97c6615012c057d6-300x241.jpg" alt="" width="250" height="201" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2018/04/f376238be408e3ab97c6615012c057d6-300x241.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2018/04/f376238be408e3ab97c6615012c057d6-768x617.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2018/04/f376238be408e3ab97c6615012c057d6-1024x823.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2018/04/f376238be408e3ab97c6615012c057d6.jpg 1639w" sizes="auto, (max-width: 250px) 100vw, 250px" /><p id="caption-attachment-1453" class="wp-caption-text">奪われた旭日旗、原因はJFA</p></div>
<p style="text-align: left;">　これではダメという状況のまま本番に突入するよりはマシなのかもしれないが、4年に一度のW杯舞台に向けて4年間準備期間があったにもかかわらず、指揮を執る監督が2カ月前に決まるという状況は、先の見えない世界とはいえ、というか、だからこそ、どう考えても賢い組織のやることではないだろう。</p>
<p style="text-align: left;">　僕は新聞記者の時代に少しだけ、フリーランスになってからも「<a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/portforlio/月刊voice-2017年7月号%E3%80%80「奪われた旭日旗」/">奪われた旭日旗</a>」で日本サッカー協会（JFA）を取材した。その程度の接点しかないが、「どんな組織だと思いますか？」と聞かれたら、厳しすぎるかもしれないが「無能な集団」と答えると思う。</p>
<p style="text-align: left;">　詳細は「<a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/portforlio/月刊voice-2017年7月号%E3%80%80「奪われた旭日旗」/">奪われた旭日旗</a>」をご覧になっていただきたいが、日本代表の試合で旭日旗を振れなくなったのは、日本サッカー協会の前会長の大仁邦彌氏、現会長の田嶋幸三氏の国際感覚の欠如、なぜか「韓国にへりくだって仲良くしていただくことが、最も重要」と言わんばかりの姿勢に原因がある。</p>
<p style="text-align: left;">　「奪われた旭日旗」を執筆する際にJFAに対して質問状を出したにもかかわらず、まともに答えもせずに自分の見解を繰り返すのみという対応。しっかりとした信念、自分たちの行動を論理的に説明する能力も持っていない組織なのだろうと感じていた。</p>
<p style="text-align: left;">　今回のハリルホジッチ監督解任の理由は「選手とのコミュニケーションや信頼関係が多少薄れてきたこと、さまざまことを総合的に評価してこの結論に達した」とのことである。</p>
<p style="text-align: left;">　多少薄れたぐらいで解任ですかね（笑）。</p>
<p style="text-align: left;">　ワールドカップというゴールは決まっているのだから、そこから逆算して物事を考えたらどうなのか。西野監督の下、ワールドカップで1次リーグを突破できるかもしれない。しかし、仮にそうなっても結果オーライではなく、そこに至る過程の議論はしっかりとしておいた方がいいと思う。</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/sports/20180410/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
