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	<title>後藤新弥 | 令和電子瓦版</title>
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	<title>後藤新弥 | 令和電子瓦版</title>
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		<title>日刊スポーツ野球記者パワハラ 80年代から</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 05 Mar 2025 13:54:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[メディア]]></category>
		<category><![CDATA[原辰徳]]></category>
		<category><![CDATA[堀内泰夫]]></category>
		<category><![CDATA[後藤新弥]]></category>
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					<description><![CDATA[　日刊スポーツ新聞社の野球部に所属する記者２人が、わいせつ動画に関与し処分されていたと報じられた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日刊スポーツ新聞社の野球部に所属する記者２人が、わいせつ動画に関与し処分されていたと報じられた。週刊文春３月６日号が報じたもので、それ以外にもパワハラがあり、後輩の記者に暴力を振るって骨折させたとされる。日刊スポーツ出身者である筆者も野球部の先輩記者から嫌がらせを受けたことがあり、今でもこんなことが続いているのかという驚きと、新聞という媒体そのものが存亡の危機に瀕している時期に、かつての悪弊が続いているという現場の危機感の欠如ぶりに暗澹たる思いになる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />パワハラにセクハラの現場</span></strong></span></p>
<div id="attachment_19493" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/c96b32e54818bd898c3761092969ae49.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-19493" class="wp-image-19493" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/c96b32e54818bd898c3761092969ae49-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/c96b32e54818bd898c3761092969ae49-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/c96b32e54818bd898c3761092969ae49.jpeg 624w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-19493" class="wp-caption-text">週刊文春の誌面</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日刊スポーツ新聞社の野球担当のＡ氏（エース記者）と、その上司であるＢ氏（国立大サッカー部出身）の２名について、以下のように伝えられている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（１）プレミア12の決勝戦（2024年11月24日）の打ち上げでＡ氏が後輩のＸ記者に知人女性にテレビ電話をかけさせ、画面越しにＸの陰部を露出させた。Ｂ氏もその場におり、ＡＢ両名は停職１か月の処分を受けた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（２）2024年の春季キャンプで後輩記者を連れて那覇市内の居酒屋へ行き、疲れて帰ろうとした後輩記者をＡ氏が殴り、Ｂ氏が蹴った。後輩記者は肋骨にヒビの疑いと診断された。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また、他紙の記者の話では、Ａ、Ｂと巨人キャップ（読売巨人軍担当の現場責任記者）の３人のパワハラは社外で有名であったという。さらに停職処分が明けた際には野球部長は「『一般的に鑑みて、許されない事態』としつつも『クリーンナップを打つ人だから温かく迎え入れてほしい』と説明がありました。」と語ったとされている（以上、週刊文春2025年３月６日号から）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　昭和の時代でも許されなかったはずだが、令和の今、このようなことをする記者がいることに驚きを禁じ得ないが、それ以上に信じ難いのが野球部長の話である。週刊文春に書かれていることが本当であれば、同部長は「行為は許されないが、この２人は仕事ができるから、温かく迎えて」、もっと言うなら「行為に対する責任が仕事の出来・不出来に左右される」と言っているに等しい。「クリーンナップを打つような」記者、つまり組織全体に影響力が大きい社員であれば、通常の社員よりも高い倫理観、遵法精神が求められる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　それを「仕事ができるから大目に見てやってよ」と同趣旨の話をするのであるから、被害者は二次被害を受けたように感じるのではないか。このレベルの発想をする人間が管理職でいることが問題の根幹にあるように思える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />体験したパワハラ被害</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日刊スポーツの野球部がこのような体質であることは、1985年から2014年まで同社に在籍した筆者は身をもってわかっている。入社した1985年に３か月程度であるが、野球部で研修していたが、その時の先輩記者の新人への扱いは酷いものであった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　筆者の前年入社の社員が野球部での業務をしているうちにノイローゼになり退社していたという話は、聞かされていた。それもあってか、当初、野球部で研修とされたのは新入社員で唯一体育会出身の筆者であった。</span></p>
<div id="attachment_19491" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/0ac9c639115c104fa8d238d22880ee1a.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-19491" class="wp-image-19491" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/0ac9c639115c104fa8d238d22880ee1a-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/0ac9c639115c104fa8d238d22880ee1a-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/0ac9c639115c104fa8d238d22880ee1a-1024x615.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/0ac9c639115c104fa8d238d22880ee1a-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/03/0ac9c639115c104fa8d238d22880ee1a.jpg 1039w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-19491" class="wp-caption-text">写真はイメージ</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　まずはプロ野球、西武と巨人を中心に回された。ある時、多摩川で取材中に先輩記者に言われてグラウンドにいたら、本社から手配されたハイヤーで３人の先輩記者は帰社してしまい、筆者が一人残されるということがあった。会社に電話して上司にどうすればいいかを聞くと「戻ってこい」と一言だけ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ハイヤーに乗る時に「松田、行くぞ」と言ってくれればすぐに乗り込めるものを、嫌がらせなのか筆者の近くを通って走りすぎるという仕打ち、それで新人を鍛えているという意識であったのかもしれない。（こうやって１年上の人はノイローゼ状態になったのだろう）と思わされた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　それから何日か後のこと。バックネット裏の記者席で試合の取材をしていた時に、グラウンド上で観衆がどよめくようなプレーがあった。思わず筆者も「おぉー」と声を漏らしたら、先輩記者からいきなり後頭部をはたかれた。「いてっ」と言って先輩記者の顔を見ると「ファンみてえな試合の見方をしてんじゃねえ」と一言。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　当時は筆者も血の気が多かったので先輩記者の顔を睨みつけたところ、先輩記者は目を合わせようとしてこなかった。記者室の中が静まり返ったから、周囲も我々のやり取りに注目していたのであろう。それ以後、先輩記者は手を出すことはなかった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ある時、ＮＨＫのサンデースポーツスペシャルという番組でキャスターをしていた星野仙一氏が編集局にやってきた。この時、いつもはふんぞり帰っている先輩記者たちが、へつらうような笑顔で次々に挨拶する姿を見て、筆者の中で完全に野球部の先輩記者への敬意が失われた。入社１年目の最大の学びは（こういう記者、こういう人間にはならないようにしよう）ということであったのは、今になって思えば得難い教訓であったかもしれない（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/sports/20210812/">暴力行為の中田翔選手を「愛すべき」と書く記者</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />素晴らしい先輩記者もいた</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もちろん、日刊スポーツにも素晴らしい先輩はいる。文章表現力では抜きん出た存在で、テレビでも活躍し、後に江戸川大学で教授となる後藤新弥さん（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/media/20220113/">スポーツ紙の発行部数激減 深刻な人材流出</a>）、競馬の本紙予想を長く務め、筆者を温かく見守ってくれた堀内泰夫さん（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/sports/20220502/">ありがとう堀内泰夫さん 日刊スポーツ本紙予想</a>）、新人研修で「取材対象からの利益供与は拒否しなさい」と戒めた芸能関係の取材が長かった小林秀夫さん（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20230831/">ジャニーズ性加害 スポーツ新聞の無反省</a>）らは尊敬する先輩記者であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また、取材対象も、西本聖氏（現解説者）や原辰徳氏（後に巨人軍監督）、藤田元司氏（元巨人軍監督）らは１年目の記者に優しい言葉をかけてくれた。当時テレビ朝日のアナウンサーであった松苗慎一郎氏（現<a href="https://www.tv-asahi-ask.co.jp">テレビ朝日アスク</a>代表取締役社長）も同様であった（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/others/20200416/">唯一、僕に優しく接してくれたテレ朝アナ1985</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　尊敬できる先輩記者や、優しい取材対象の存在が、自社の野球部の記者の振る舞いの異常さを際立たせる。週刊文春は日刊スポーツの中でも野球部は特にそうしたパワハラ体質があったとしており、筆者は記事を読んだ時に（80年代からの悪しき伝統がまだ続いていたのか）という思いが浮かんだ。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />未来への危機感の欠如</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　今回、処分された２人の記者がどういう新人教育を受けてきたのか、どういう職場環境で働いているのか分からないが、おそらく、悪しき伝統が「良き風習」と解釈されて生き続けているのであろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　個人的には、２人の記者や野球部長が現状に危機感を持っていないであろうことに一番の不安を感じる。2024年のスポーツ新聞の発行部数は前年から12.9％減となった。ここ10年で半減という凄まじいシュリンクである（日本新聞協会・<a href="https://www.pressnet.or.jp/data/circulation/circulation01.php">新聞の発行部数と世帯数の推移</a>、参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/media/20241224-02/">スポーツ紙過去最大の12.4％減 廃刊ラッシュ間近</a>）。</span></p>
<div id="attachment_19338" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/02/f6fe5186def037ff119e499d39adb3a1.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-19338" class="wp-image-19338" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/02/f6fe5186def037ff119e499d39adb3a1-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/02/f6fe5186def037ff119e499d39adb3a1-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/02/f6fe5186def037ff119e499d39adb3a1.jpeg 652w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-19338" class="wp-caption-text">写真はイメージ</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　数年以内に（紙媒体としての）スポーツ新聞は消滅すると見られるが、そういう中で新人記者を殴り、蹴り、セクハラまがいの行為をしている、そしてそれを上司が「エース記者だから」とばかりにかばう。彼らの言動から現状に関する危機感は全く感じられない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　エース記者としての矜持はあるのかもしれないが、彼らが紙面の中心的な記事を書き続けた結果、発行部数が10年で半減したことをどう受け止めているのか。その売り上げの落ち込みをネットでカバーできているのか、自身が読者離れを加速させた可能性はないのか。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　今までどおりのやり方ではジリ貧、やがて命脈が尽きるという危機感を持つべき時なのに、現場ではパワハラにセクハラ。日刊スポーツの行く末を１人のＯＢとして不安に感じている。</span></p>
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		<title>スポーツ紙の発行部数激減 深刻な人材流出</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 12 Jan 2022 18:10:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[メディア]]></category>
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					<description><![CDATA[　日本新聞協会が昨年末、2021年10月時点の新聞の発行部数を発表した。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日本新聞協会が昨年末、2021年10月時点の新聞の発行部数を発表した。一般紙、スポーツ紙ともに前年から大きく部数を減らした。特にスポーツ紙の落ち込みは激しく、その凋落の原因には優秀な人材の流出がある。「日刊スポーツ在籍30年間で出会った”最優秀記者”」も会社を辞めており、そうしたことがボディーブローのように効いていると思われる。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■スポーツ紙２年で約２割減</span></strong></span></p>
<div id="attachment_12739" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/01/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-12739" class="wp-image-12739" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/01/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/01/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/01/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3.jpeg 709w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-12739" class="wp-caption-text">新聞の発行部数は激減（イメージ写真）</p></div>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　新聞協会の発表によると、2021年10月時点の新聞の発行部数は3302万7135部で、１年前の2020年10月の3509万1944部から206万4809部減少している。減少率はおよそ5.9％。コロナ禍が本格的に広まった２年前からの減少率は約12.6%となっている。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　スポーツ新聞に関してはさらに落ち込みが激しく、今年が236万9982部で、前年の263万7148部から約10.0％減、２年前からは約19.2％減少となった。２年で市場が８掛け。日本に衰退産業は数多くあれど、これだけ急激に市場がシュリンクしていく業界も珍しい。10年前からは約44.3％減、20年前からは約61.3％減。20年で６掛けになったのではない。減少率が６割を超えており、20年前の４掛け以下という数字である（以上、日本新聞協会・</span><a href="https://www.pressnet.or.jp/data/circulation/circulation01.php"><span style="font-size: 12pt;">新聞の発行部数と世帯数の推移</span></a><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"> から）。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日刊スポーツ（東京本社）の発行部数が最も多かった日は、僕の記憶が正しければ1994年10月９日、いわゆる巨人と中日の10・８決戦の翌日で、120万部程度だったはず。僕が在籍していた当時、販売担当から聞いた話である。現在の日刊スポーツの発行部数は分からないが、大体、想像はつく。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　僕は2014年10月の退職時に同社と秘密保持契約を結んだため詳細は書けないが、スポーツ新聞の発行部数の推移や独自に聞いた内部情報などから現在32万部～35万部、おそらく33万部程度と思われる。2008年の<a href="https://www.nikkansports.com/advertising/ad_guide.pdf">媒体資料</a>では東京本社が84万946部となっているが、水増しされた数字であろう。仮に70万部と考えると、33万部はその約47.1%にあたる。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ここで新聞協会の資料でスポーツ新聞全体を見ると、2021年10月時点の発行部数は2008年10月時点と比べ約48.1％になっている。僕が予想する日刊スポーツの減少率がスポーツ紙全体の減少率とほぼ同一となることから、33万部説は当たらずとも遠からずと言えそうである。そこから想像すると、スポニチも同程度で30万部と少し、報知・サンスポは30万部を切っていると思われる。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■発行部数の減少で広告収入も減少</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　発行部数がここまで減少すると、広告料金もかなり減少していることが予想される。そうした分をカバーするには単価を上げることも考えられるが、下手に上げるとさらなる新聞離れを起こしかねない。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そこでネットで収益を上げることが考えられるが、新聞とほぼ同じ内容のサイトにお金を払ってみようという奇特な人間などいるはずがない。</span></p>
<div id="attachment_12572" style="width: 190px" class="wp-caption alignright"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/01/454e9847bd7d45b4a39b3b897d33a42a.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-12572" class="wp-image-12572" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/01/454e9847bd7d45b4a39b3b897d33a42a-300x180.jpeg" alt="" width="180" height="108" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/01/454e9847bd7d45b4a39b3b897d33a42a-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/01/454e9847bd7d45b4a39b3b897d33a42a-1024x614.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/01/454e9847bd7d45b4a39b3b897d33a42a-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/01/454e9847bd7d45b4a39b3b897d33a42a.jpeg 1134w" sizes="auto, (max-width: 180px) 100vw, 180px" /></a><p id="caption-attachment-12572" class="wp-caption-text">「深田恭子結婚へ」を伝える日刊スポーツ動画ニュース画面から</p></div>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうした構造的な問題から日刊スポーツを含めスポーツ新聞はどこも危機的状況を迎えていると思われる。これはネットの発展だけが理由だけではない。スポーツ新聞の内容が、多くの人から必要とされなくなっていることに気付くべき。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　これだけ部数が減少しているにも関わらず、日刊スポーツは今年の元日付け紙面で「深田恭子さんが今年中にも婚姻届を提出する方向で調整」という、どこも後追いしない記事を掲載した。十年一日のような報道をしていたら、読者が離れない方がおかしい。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■30年間で出会ったベスト記者</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　スポーツ新聞の衰退の理由の１つに、優秀な人材の流出もある。日刊スポーツでみれば、たとえばスポーツジャーナリストの増島みどり氏は1997年に退職してフリーランスとなった。<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/増島みどり">ウィキペディア</a>では1984年入社となっているが、実際は彼女は僕と同期の1985年入社で、わずか12年で離職したことになる。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　彼女が退職する時に同期で集まって送別会を行った。その時に退職の理由なども耳にしたが、私見であるが、彼女が辞めたのは日刊スポーツには彼女を使いこなせるだけの人材も体制も存在しなかったという点が大きいと思う。読者を呼び込める記事を書ける彼女が辞めたことは、日刊スポーツにとって大きな損失となったのは間違いない。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　阪神タイガースや北海道日本ハムファイターズのＧＭを務めた吉村浩氏も、早々に日刊スポーツを離れている。彼は僕の１年後の入社だと思うが、1988年、出張の時に北海道本社で一緒に仕事をする機会があった。当時、人気が爆発した巨人軍の呂明賜選手の連載を書いており、（なかなかいい取材をするな）と感じたのを覚えている。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　彼が会社に残っていれば、おそらく相当な出世をしたと思う。プロ野球のチーム作りで手腕を発揮した実績から、日刊スポーツの組織全体の成長が彼によってなされたかもしれない。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　現在フリーライターとして活躍している<a href="https://yukoshimazawa.com">島沢優子</a>氏も日刊スポーツ出身。『<a href="https://www.amazon.co.jp/桜宮高校バスケット部体罰事件の真実-そして少年は死ぬことに決めた-島沢-優子-ebook/dp/B00T683SYW">桜宮高校バスケット部体罰事件の真実　そして少年は死ぬことに決めた</a>』（朝日新聞出版）などの著作があるのでご存じの方も多いのではないか。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　通常、スポーツ紙では、たとえば日本ハムの中田翔選手が暴力事件を起こした時に「愛すべき『やんちゃくれ』…」と書いた記者がいたように（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/sports/20210812/">暴力行為の中田翔選手を「愛すべき」と書く記者</a>）、その行為の持つ社会的な意味を全く理解せず、取材対象への盲目的な愛情を示す文章を書く者が少なくない。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　島沢氏はその点、在職中からバランスの取れたものの見方をしていた。1990年代の半ばだと思う。彼女がバスケットボールに関してある事件が起きた時に「記者の目」のようなコラムを書いたことがあった。スポーツ紙では見たことのないレベルの、正義感に溢れた、バランスの良い記事であった。僕が「この記者はいい記事を書くなぁ。モノが違うよ」と他の記者に話したところ本人の耳に届いたらしく、後日、社内で会った時に「松田さんに褒められたのは嬉しいです」と言われた。上記の桜宮高校の事件の著書が彼女の真骨頂であると思うし、そのような優れた著書を書く素地のようなものは以前から感じさせていた。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　内輪の話をすれば、彼女が静岡支局勤務当時の支局長が、かつての僕の直接の上司（レース部長）であった。破天荒なタイプの支局長だったのだが、たまに東京本社に顔を出すと、「シマ子（島沢氏の愛称）は出来るよ〜」と自慢そうに話していた。島沢氏については、一部ではかなり高い評価を得ていたのは間違いない。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　僕は日刊スポーツに30年近く在籍したが「他紙を含め30年間で出会った記者で、最も優れた記事を書くのは誰か」と聞かれたら、島沢氏の名をあげるようにしている。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;">■現役でも優れた記者はいるが…</span></strong></span></p>
<div id="attachment_12755" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/01/1011.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-12755" class="wp-image-12755" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/01/1011.jpg" alt="" width="220" height="147" /></a><p id="caption-attachment-12755" class="wp-caption-text">江戸川大学の後藤新弥教授（同学HPから）</p></div>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　このように優れた人材の多くが、日刊スポーツを去った。写真部のエース格だったカメラマンもネット媒体に転職している。外で稼げる人は、サラリーマンより稼げるからやめていくのは当然と言えば当然なのだが、残ってもらえない会社というのも問題があるのは確か。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もちろん、今、在籍している、あるいは定年まで在籍した記者でも優れた記者はいる。退職後に江戸川大学で教授となった後藤新弥氏は大先輩であるが、語学力もあり、博識で文章力も相当なものだった。オールドファンには「スポーツＵＳＡ」（テレビ朝日系）での古舘伊知郎アナとのやりとりが思い出されるであろう。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その後藤氏も</span><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">実力に見合った地位を得ていたとは言えなかった。組織の中で立ち回ることが嫌いな人だったのかもしれない。僕は（もったいないなぁ）（何で後藤さんを使わないのか）と会社の人事の不味さを思いながら、先輩の仕事ぶりを見ていた。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もう１人は現職の社員。僕が褒めることで、その記者の立場が悪くなっても困るので文化社会部の女性記者とだけ書いておくが、その女性記者は若い頃から取材力も文章のセンスも抜群であった。トップアイドルの結婚を単独で抜いたスクープには、自社の記事ながら驚かされた。後藤氏も、彼女もともに溢れるような才能を持ちながら上級管理職として組織を引っ張るような存在になっていないあたりに日刊スポーツの衰退の一因を見る思いである。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ＯＢの１人として残念と言うしかない現状。経営陣には生き残りのために大胆な手を打ってほしいと願っているが、果たしてどれだけの時間が残されているのか。</span></p>
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		<title>唯一、僕に優しく接してくれたテレ朝アナ1985</title>
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		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 15 Apr 2020 16:57:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[アナ]]></category>
		<category><![CDATA[テレビ朝日アスク]]></category>
		<category><![CDATA[テレビ朝日]]></category>
		<category><![CDATA[雉子牟田明子]]></category>
		<category><![CDATA[松苗慎一郎]]></category>
		<category><![CDATA[後藤新弥]]></category>
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					<description><![CDATA[　テレビ朝日の富川悠太アナが新型コロナウイルスに感染しながら出演を続けていたことに、多くの人から批判の声が出ている。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #000000;">　テレビ朝日の富川悠太アナが新型コロナウイルスに感染しながら出演を続けていたことに、多くの人から批判の声が出ている。昨今、何かと非難されることの多いテレ朝だが、僕にとって忘れられないアナウンサーがいる。しばし昔話にお付き合いを。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■テレビに出るそのままのソフトな印象</span></strong></span></p>
<div id="attachment_12755" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/01/1011.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-12755" class="wp-image-12755" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2022/01/1011.jpg" alt="" width="220" height="147" /></a><p id="caption-attachment-12755" class="wp-caption-text">江戸川大学の後藤新弥教授（同学HPから）</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　1985年４月、日刊スポーツ新聞社に入社した僕は、研修終了の翌日、運動部の後藤新弥氏に「お前、明日テニスの取材に行け」と命じられた。後藤氏は後に江戸川大学で教鞭をとることになる人で、当時、スポーツUSAというテレビ朝日の番組に古舘伊知郎氏と出演するなど多才な人であった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　テニスの取材は当時、トップクラスだった雉子牟田明子選手が出場するとはいえ、それほど大きくない大会。そこで同じように取材に来ていたテレビ朝日の松苗慎一郎アナに初めて会った。当時、松苗氏はwikipediaの生年月日からして、27歳。背が高くイケメンで、（テレビに出る人はかっこいいな）と思ったのを覚えている。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　その松苗氏とどういう経緯で話をすることになったかよく覚えていないが、僕の方から挨拶して名刺交換をしていただいたと思う。当時の僕の名刺は正式に所属が決まっていないため「編集局付」というもの。新人はどこも同じである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そんな新人の僕に松苗慎一郎氏はテレビに出てくるそのままのソフトな感じで接してくれた。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■「アナウンサーがディレクターのような仕事で…」</span></strong></span></p>
<div id="attachment_6568" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/04/e8df94a6dc0603fe4ab83d19c789ebc7.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-6568" class="wp-image-6568" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/04/e8df94a6dc0603fe4ab83d19c789ebc7-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/04/e8df94a6dc0603fe4ab83d19c789ebc7-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/04/e8df94a6dc0603fe4ab83d19c789ebc7-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/04/e8df94a6dc0603fe4ab83d19c789ebc7.jpg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-6568" class="wp-caption-text">快晴の神宮球場</p></div>
<p><span style="color: #000000;">　その後、野球の取材で神宮球場だったと思うが、そこでも一緒になり、その時は相手も僕のことを覚えてくれていて、他愛のない話をした。よく覚えているのが、松苗氏が「僕は最近、番組の編集ばかりで。アナウンサーではなくてディレクターの仕事ばかりですよ」という嘆きを冗談めかして話してくれたこと。（テレビ局はアナウンサーが番組編集をすることもあるんだ）と驚かされたが、それ以上に、仕事の話をしてくれたことが僕を一人の人間として普通に扱ってくれた気がして嬉しかった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　その後、夏の甲子園の群馬県予選の決勝の取材でも顔を合わせたような記憶がある。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　当時は携帯電話などなく、各社、球場に電話が設置していたがテレビ朝日はその球場（神宮だったように思う）に設置していなかったようで、松苗氏が「松田さん、電話貸してくれない？」と頼んできたので「どうぞ、どうぞ」と言ったこともあった。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■同期の女性「みんなで辞めちゃおうか？」</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　当時の日刊スポーツの編集局は体育会のような体質で、とにかく新人を虐めることが横行していた。それが新人を鍛えることという信じ難い認識が伝統のようになっており、僕が入社する１年前、それを苦に半年も経たないうちに辞めていった社員がいたと聞く。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　今ならブラック企業で社会から批判を集めるに違いないが、1985年当時はそれが当たり前のように行われていた。そして、１年前に辞めた社員のこともあるため「体育会出身者なら、多少のことに耐えられるだろう」という思惑が会社側にはあったようで、剣道部出身の僕がうまくハマったいう部分があるように思う。つまり会社側は全く反省などしていなかったのである。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　新人を虐めるとしか思えない仕打ちに、僕は会社に行くのが嫌になっていた。同期も同じ考えだったようで、同期入社の女性（現スポーツライターの増島みどり氏など）の中の１人が「みんなで一斉に辞めちゃおうか？」と言い出すぐらいであった。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　取材に行っても、大学を出たばかりの記者などまともに相手をしてもらえない。そのため、当時の僕は完全に人間不信になっていた。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #000000;">■現テレビ朝日アスク代表取締役社長</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;">　そんな僕なりに危機的な状況で、唯一、優しく接してくれたのが松苗慎一郎氏だった。僕の顔と名前を覚えてくれて、挨拶するとニッコリと笑って挨拶を返してくれた。テレビ朝日のアナウンサーが大学を出たばかりのスポーツ新聞の記者に何故そこまで丁寧に接してくれたのか分からない。おそらく、分け隔てなく接する方なのだと思う。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　いずれにせよ、当時の僕にとって松苗氏の存在が心の支えになっていたのは確かであるし、自社の先輩より人間として、社会人として遥かに尊敬していた。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　現在、松苗氏はwikiによると、<a href="https://www.tv-asahi-ask.co.jp">テレビ朝日アスク</a>代表取締役社長。アナウンサーを養成するスクールのトップである。同スクールからは久冨慶子アナ（テレビ朝日）、笹川友里アナ（TBS）、松村未央アナ（フジテレビ）ら、多くのアナウンサーが羽ばたいている。</span><span style="color: #000000;">松苗氏のことを考えるとテレビ朝日の報道を批判するのは多少、気が引ける部分はあるのだが、それは仕方がない。</span></p>
<p><span style="color: #000000;">　話は戻るが、富川悠太アナにはそういう立派な先輩がいるのだから、ぜひ、先輩から学んでいただきたいと思う。彼がバッシングされているのを見て、30年以上前の入社時のこと、優しかった松苗アナのことを思い出してしまった。</span></p>
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