<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>若松泰恵 | 令和電子瓦版</title>
	<atom:link href="https://reiwa-kawaraban.com/tag/%E8%8B%A5%E6%9D%BE%E6%B3%B0%E6%81%B5/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://reiwa-kawaraban.com</link>
	<description>政治、社会、運動、芸能など、様々なジャンルのニュース＆オピニオンサイトです</description>
	<lastBuildDate>Sun, 29 Mar 2026 05:26:39 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.8.5</generator>

<image>
	<url>https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2020/04/icon.jpg</url>
	<title>若松泰恵 | 令和電子瓦版</title>
	<link>https://reiwa-kawaraban.com</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>24年後もサバイバー 中島瑞果（6）票を戻せ</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260328/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260328/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 28 Mar 2026 05:06:52 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<category><![CDATA[小野郷司]]></category>
		<category><![CDATA[松尾純子]]></category>
		<category><![CDATA[蓑島恵利]]></category>
		<category><![CDATA[中島瑞果]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/?p=20739</guid>

					<description><![CDATA[　サバイバー日本版に出場した中島（現姓・丸山）瑞果氏の連載第６回をお届けする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバー日本版に出場した中島（現姓・丸山）瑞果氏の連載第６回をお届けする。２チーム合流後、10人中６人を占めて数的優位に立った旧デレブチームは、若者が多い旧ベケウチームのメンバーを次々と追放していった。残るは１人となった時に、中島氏が動く。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />退屈な展開か…</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20740" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20740" class="wp-image-20740" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736.jpg 850w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20740" class="wp-caption-text">無人島で食器として使用していた貝を手に（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　４人で合流した旧ベケウチームで、最初に追放されたのは高波邦行氏（当時23歳＝ボクサー志望）であった。同氏は追放免除ゲームの途中で負傷し、これ以上ゲームを続行することは難しいということで、旧デレブチームが票を集中させたためである（24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260315/">中島瑞果（5）君のための追放</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その後、渋谷美奈氏（当時19歳＝短大生）がドクターストップで島を離れた。続いて、運動能力が最も高く、旧デレブから警戒されていた平井琢氏（当時26歳＝リバーガイド）が追放された（参照・”ごきげんよう” 23年後のサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250525/">平井琢（３）</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして旧ベケウは若松泰恵氏（当時27歳＝自営業手伝い）１人を残すのみとなった。若松氏は、追放免除ゲームに勝たなければ生き残れないと自覚しており、実際、当サイトの取材に対して「小野（郷司、当時32歳＝会社経営）さんから『ワカがどうしても残りたいなら、チャレンジを勝つしかないね』と言われていましたし、私が勝てた場合は和尚（吉野大輔氏、当時30歳＝僧侶）を落とすという話でした。でも、和尚が勝ってしまい、その場で小野さんから『ワカ、ごめんね』と言われました（笑）」（参照・23年後のサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251022/">若松泰恵(4) 友情の舞台裏</a>）と答えている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　若松氏が言うようにこの大事な追放免除ゲーム（綱渡り）を勝ったのは吉野氏で、旧ベケウの最後の１人である若松氏に旧デレブの６票のほとんどが集まる展開が予想された。テレビ的には先が見えてしまう、やや退屈な展開ではある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><strong><span style="color: #000000; font-size: 14pt;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />松尾純子氏との微妙な関係</span></strong></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ところが、その”予定調和”的結末の間隙を突いて中島氏が松尾純子氏（当時36歳＝レストランプロデューサー）落としを計画する。カメラの前で中島氏は語った。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「私的には、かなり目の上のたんこぶの姐やん（松尾氏）を落としたいというのが、最初っからあったので」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　事実、中島氏はチーム戦の時から松尾氏落としを考えていたという。「私たちはゲームも弱く、いつも最下位付近で争っていましたし、本当に仲良しでした」と良好な関係ではあったとするものの、最初から仲が良かったわけではない。松尾氏は当初から桑野京美氏（当時40歳＝主婦）や、岡部泰三氏（当時26歳＝ボーイスカウト元日本代表）落としを積極的に仕掛けていた。優勝を目指していたせいか人間関係には非常に神経質になっていると、中島氏には感じられたようである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「タイゾー（岡部氏）の時もそうでしたし、エリちゃん（蓑島恵利氏、当時26歳＝ダイビングインストラクター）と話をしなければ、『あまり話をしてくれない。私のこと嫌いなのかな』とか、１日中、そういう話でした。それがちょっと嫌だなというのはあって、落とそうというのは考えていました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　しかし、岡部氏を追放してからはチーム戦で２連勝したために結局、追放審議会の機会がないまま合流に至り、合流後は旧デレブで結束して少数派の旧ベケウを追放していったためにチャンスは訪れなかった。そして、”予定調和”的結末、若松氏落としと思われる追放審議会で松尾氏が油断している隙をついて”クーデター”を決行しようと考えたのである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　カメラの前では、こうも語っている。「今だったら姉さんも、もう、だって若松しかいない訳だから、落とすのは。安心してるんじゃないかと。小野っちを説得できれば、お父ちゃん（黒岩敦夫氏、当時56歳＝元漁師）も大丈夫と。あとは若松さん。若松さんに『ここはあなたを残す』と。残す代わりに１票くれないか。そういう話をすれば、ワカに関しては、今は残る為だったら、うん、１票ぐらい。『あなたには入れさせないわよ』っていうような話をすれば、いけるんじゃないかと」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　合流する頃にはかなり仲が良くなっていたようであるが、２人はともに優勝を強く望んでおり、優勝のためにはどこかで相手を追放しないといけないという認識を互いに有していたのは間違いない。中島氏は「姐やんは、私が名前を書いて落としたかった」と言う。お互いにそこは勝負・ゲームということで理解し合える自信を持っているようであった。両者の関係はスポーツマン同士のライバル関係に近いと思われる。お互いに相手を認め合い、相手を倒すなら自分の手で、という感覚か。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また、『キャラ被り』という点も見逃せない。「私が当初想定していたサバイバーでのポジションは、姐やんの立ち位置に近いものでした。自分自身、それまで姐やんから毒気を抜いたような立ち居振る舞いで生きてきましたから。サバイバーでは仲は良かったのですが、同時に、自分が目指していたポジションを姐やんに取られていたのも事実です。だから、『目の上のたんこぶ』でもあるわけです」と中島氏は説明する。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　このように、２人の関係は複雑な要素が絡み合った関係であったのは間違いない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />予想し得ない展開</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20743" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/waka.jpeg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20743" class="wp-image-20743" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/waka-300x198.jpeg" alt="" width="220" height="145" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/waka-300x198.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/waka.jpeg 624w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20743" class="wp-caption-text">若松氏（左）と中島氏のイメージ（ＡＩで生成）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏はまず、撮影クルーに、今から松尾氏落としの話をする、と声をかけてカメラを構えさせ、小野氏と作業をするふりをして密談に入った。制作担当者、スタッフが何を欲しているか、芸能人である中島氏にはよくわかっていた。「テレビにはこれが必要なんです」と言う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「そもそも小野っちと姐やんがお互いを落とそうとしているのは、周囲には『丸見え』の状態でした。そこで小野さんに『順当（に若松氏を落とす）じゃもったいないよね、姐やん落とすチャンスだよね』と話しました。小野さんは最初は難色を示していましたが最終的には『みずっちがやりたいなら、いいんじゃない』と話に乗ってきました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　密談が終盤にかかった時に事件が起きる。若松氏が「何の話をしているの？」といきなり入ってきたのである。そこで２人は松尾氏追放の話をして、若松氏を引き入れて５票としようと試みたのである。若松氏は「わかった」と言って、その場を離れた。そこまでの一部始終がカメラの前で行われ、放送されている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「その後、すぐに小野っちがお父ちゃん（黒岩氏）とエリちゃん（蓑島氏）に確認して２票をまとめました」（中島氏）と、描いたシナリオはほぼ現実化すると思われた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ところが、ここで若松氏が予想もしない行動に出る。海辺で貝を採っていた松尾氏と蓑島氏のもとに行き、聞いたばかりの松尾氏追放の話をしたのである。若松氏はその時のことを、当サイトの取材に以下のように答えている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「…ベケウが順々に消され、タク（平井琢氏）が消され、最後に私では予想通りで面白くないじゃないですか。それで番組を面白くするように、そんな計画があったよみたいなシナリオで盛り上げようとしているのかなと考えていました。松尾さんを落とす話を嘘だと思っていましたから、松尾さんに、こんな話があるんだけど『これ、ネタでしょ？』『（番組サイドが）撮れ高ほしいんでしょ？』みたいな感じで話した記憶があります。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また、「もちろん、若松氏の中には『私が本当に落としたいのは松尾さんではありませんでした。小野さんです。松尾さんと組んで小野さんを落とす方がいい』という考えもあった。」という事情もある（以上、参照・23年後のサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251022/">若松泰恵(4) 友情の舞台裏</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />「鬼のような形相で…」</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　松尾氏追放の準備は整い「審議会までのんびり過ごそう」と、ワクワクして待っていた中島氏のもとへ松尾氏が歩いてきた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「姐やんが鬼のような形相で『みずっち！』と迫ってきました。私は訳が分からず『どしたー？』と軽く聞いたのですが、『ワカが、今、みずっちと小野から私を落とす話をされたと言ってきたけど、マジ？』と言うわけです。もう、こちらが『マジ？』と言いたい気分でした。『ワカ、何を考えてるんだ！』と。ただ、顔には出せません。その前にこの状況をなんとか抜け出す必要があります。とっさに『ワカ落としの話をしていたら、本人が来たから瞬時に話を変えた』と釈明しました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏の話を聞いた松尾氏は「やっぱり小野が言い出したな、あの野郎」と言って去っていったという。作戦が失敗したことを悟った中島氏は、すぐに小野氏のところに向かった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「走って小野っちのところに行き『バレてる、バレてる、姐やんにバレてるから、（黒岩氏と蓑島氏の）票を戻して。姐やんすぐ来るから』とだけ言って、その場を離れました。全くの偶然ですが小野っちの（松尾氏に対する）説明が、私が姐やんにした説明と同じだったために（松尾氏から）信用されたようでした。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして追放審議会直前のドタバタの結果、若松氏に５票が集まり追放となった。松尾氏も「自分が生き残るために、ごめんなさい、あなた（若松氏）を選びました。あなたの仇は絶対、私がとります」と言って若松氏の名を書いて投票している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />無人島を舞台に交錯する思い<span class="Apple-converted-space"> </span></span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏は「もっとワカと仲良くなっていたら、信頼関係が築けていたら、姐やんを落とせたのかなと思います。当時はワカに対して『１位を取りに来てるのに何を考えているんだ』とイライラしたものです。それと、今にして思えば、ワカはTBSのスタッフに言われて来たのかな、という気もします。本当に忍者のようにスルスルっと、突然来ましたから」と振り返る。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この点を若松氏にメールで問い合わせると、以下のような回答が寄せられた。</span></p>
<div id="attachment_20741" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/cc4996dc76f49141a4fba5be4f0061e3.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20741" class="wp-image-20741" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/cc4996dc76f49141a4fba5be4f0061e3-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/cc4996dc76f49141a4fba5be4f0061e3-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/cc4996dc76f49141a4fba5be4f0061e3-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/cc4996dc76f49141a4fba5be4f0061e3.jpg 850w" sizes="(max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20741" class="wp-caption-text">前列中央が中島氏、後列左から２番目が松尾氏（中島氏提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「小野さんとミズッチが話しているところになんで行ったのか…全く覚えてないです！　スタッフから『あそこで何か話してるっぽくない？』というような事を言われて行ったのか、たまたま歩いてたら2人を見つけて近寄ったのか？　今となっては全然思い出せないのですが、ベケウは本当に若いチームでよく言えば自由、悪く言えばチームとしての統率みたいなものがなく、密談してるっぽいところには行かない、みたいな大人の考えはなかったと思います。少なくとも私にはなかったので、偶然にせよ、スタッフから行ってこいと言われたからにせよ、２人が喋ってるところに無邪気に近づいたのは間違いないですね。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　幻の松尾氏追放劇から24年の月日が流れた。パラオの無人島で若者たちの様々な感情が交錯したが、それはあくまでもゲーム上での出来事に過ぎない。５年後に行われた中島氏の結婚式には若松氏らも出席し、交流を深めた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「あんなスリリングなゲームはありません。とても愉しかったです。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ほろ苦い出来事も、24年の星霜を経て中島氏には忘れ得ぬ思い出となっているようである。　</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260329/">中島瑞果（7）味方だけの島</a> に続く</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260328/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>24年後もサバイバー 中島瑞果（5）君のための追放</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260315/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260315/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 15 Mar 2026 01:26:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[平井琢]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<category><![CDATA[小野郷司]]></category>
		<category><![CDATA[松尾純子]]></category>
		<category><![CDATA[高波邦行]]></category>
		<category><![CDATA[蓑島恵利]]></category>
		<category><![CDATA[中島瑞果]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/?p=20720</guid>

					<description><![CDATA[　『サバイバー』日本版に出場した中島（現姓・丸山）瑞果氏が３月３日、市川浦安保護区の保護司として辞令を交付された。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　『サバイバー』日本版に出場した中島（現姓・丸山）瑞果氏が３月３日、市川浦安保護区の保護司として辞令を交付された。その様子は弁護士ＪＰニュースで報じられ、Yahoo! JAPANなどポータルサイトにも転載されている。番組放送から24年、“みずっち”の活動が再び多くの人の目に触れることとなった。同氏の現在については本連載の後半で詳述することとし、第５回は再び時計の針を2002年春に戻す。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />絶妙なポジション</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20721" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/b229847dd2856c0996a199b8ba3c1e21.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20721" class="wp-image-20721" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/b229847dd2856c0996a199b8ba3c1e21-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/b229847dd2856c0996a199b8ba3c1e21-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/b229847dd2856c0996a199b8ba3c1e21-1024x614.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/b229847dd2856c0996a199b8ba3c1e21-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/b229847dd2856c0996a199b8ba3c1e21.jpeg 1134w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20721" class="wp-caption-text">保護司の辞令を手にする中島（現姓・丸山）瑞果氏</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　チーム戦を６回戦い、６人が追放されたところで両チームが合流して10人による個人戦がスタートする。中島氏（当時30歳）のデレブチームは２度チャレンジに敗れた結果、桑野京美氏（当時40歳＝主婦）と岡部泰三氏（当時26歳＝ボーイスカウト日本代表）の２人を追放し、６人で合流することになった。４人を追放し、残る４人で合流することになったベケウに対して圧倒的に有利な立場である。その上で、目立たない、敵を作らない作戦で累積は１票もなく、多数派での合流となった中島氏の戦いぶりは極めて順調であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　合流前のデレブでは、リーダーの小野郷司氏（当時32歳＝会社経営）と松尾純子氏（当時36歳＝レストランプロデューサー）という強烈な個性を持つ２人が並び立つ関係にあったが、中島氏はどちらとも良好な関係を築いていたという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「小野っちは姐やん（松尾氏）をあまり好きではないのはわかっていましたし、姐やんはリーダーシップをとりたかったみたいで、何となく小野っちが気に入らないようでした。『どうして小野がリーダーなのよ』という思いを持っているのが、私には感じられました。２人ともお互いを邪魔な存在と思っていたのではないでしょうか。そのせいか、私のところに『姐やん何か言ってた？』ですとか『あいつ（小野氏）何だって？』と聞いてくることが何度かありました。」（中島氏、以下、ことわりなき限り同氏）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　強烈な個性の間に入り、どちらとも良好な関係を築くという絶妙なポジションに収まり、しかも、独立独歩の傾向が強かった蓑島恵利氏（当時28歳＝ダイビングインストラクター）ともゲーム以外の生活で強い絆を持つという、非常に強固な地盤の上に身を置くことに成功した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />高波氏に投票集中</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　６対４での合流とあり、中島氏の所属するデレブの優勢は明らかであった。チーム内では「個人戦はデレブでベスト６に行こう、がんばろう、という感じでした。そのために（メンバーから浮いていた）よっしー（吉野大輔氏、当時30歳＝元僧侶）は残しておこうという共通認識が、何となく共有されていたように思います」と、数の力で押し切る考えを全員で持てていたという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうした考えは相手にも伝わるものなのであろう。「旧ベケウは『ゲームに勝たないと追放される』という強迫観念のようなものが見て取れて、最後までそれを崩しませんでした。心の距離が近くなるには時間が足りませんでした」と振り返る。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space"> </span>　合流後も旧所属チームの牽制が続く中、例外とも呼べるのが、番組でも紹介された旧ベケウの高波邦行氏（当時23歳＝ボクサー志望）と旧デレブの黒岩敦夫氏（当時54歳＝元漁師）との交流である。高波氏は番組内で父親がいない環境で育った旨を話しており、黒岩氏に父親の影を見ているかのように描かれていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「クニ（高波氏）がお父ちゃん（黒岩氏）と楽しそうに生活しているのは、本当にほっこりしましたし、お父ちゃんも嬉しそうでした。その意味でデレブに一番なじんだのはクニだったと今でも思います。逆にタク（平井琢氏、当時26歳＝リバーガイド）は辛かったと思います。私たちの狙いは（抜群の運動能力を持つ）タク（の追放）でしたから、本人もそれをわかって『追放免除ゲームに勝つしか生き延びる道はない』と思っていたはずです。帰国して仲良くなってから話を聞きましたが『ああ、そんなに辛かったんだ』というのが分かりました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　合流後、最初の追放免除ゲームを勝ったのはその平井氏であった。そこで旧デレブは平井氏同様、若くて運動能力の高い高波氏をターゲットにする。平井氏は番組内で「元デレブは高波君を狙っているという判断をしています」と話している。一方で、番組では松尾氏が小野氏を落とすために画策しているシーンを流した。そして、高波氏は黒岩氏との結びつきを強めていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　松尾氏の小野氏落としがあるかもしれず、黒岩氏は高波氏に投票しないかもしれない、という予測を抱かせる展開の中、追放審議会が行われた。結果として平井氏の判断は正しく、高波氏が旧デレブの６人全員の票が集まり、追放が決定する。黒岩氏も父親のように慕ってくれた高波氏の名前を書いている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />本意ではない追放</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20724" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/06eac217f79d04c8b0f129fc31839f56.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20724" class="wp-image-20724" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/06eac217f79d04c8b0f129fc31839f56-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/06eac217f79d04c8b0f129fc31839f56-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/06eac217f79d04c8b0f129fc31839f56-1024x614.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/06eac217f79d04c8b0f129fc31839f56-768x460.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/06eac217f79d04c8b0f129fc31839f56.jpeg 1276w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20724" class="wp-caption-text">かけがえのない青春の地の舞台（本人提供、ＡＩで画質調整）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　高波氏をめぐる投票は、黒岩氏からも無情に切り捨てられているようで、若干の違和感を覚える。この投票について中島氏に聞くと、意外な事実を明らかにした。最も追放したかった平井氏が追放免除を獲得したために、ベケウの３人のうち１人を選んで追放することになり、本来なら、ターゲットは若松泰恵氏（当時27歳＝家業手伝い）の予定だったところ、事情があって高波氏に変更になったという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「普通だったらタクを落としたいけど、追放免除を勝って落とせなくなりました。そこで次の狙いはワカ（若松氏）でした。クニは（黒岩氏との関係もあり）生活をすごく楽しんでいましたから。ところが、クニが足首をケガしてモチベーションが落ちてしまいました。多分、（追放免除ゲームの）『８時間耐久鬼ごっこ』の時だと思います。その日（21日目）は、ずっと痛がっていました。運が悪いことに船が出られないぐらいの干潮になり、鬼ごっこをした島に残ることになりました。その島には医師がおらず、クニの足の状態は分かりません。本人は『この足ではこれからのゲームをやっていけないから帰りたいかな』と言うようになったので、私たちも『そうしますか…』ということになりました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この点は平井氏も「…高波（邦行）君（当時23歳、プロボクサー志望）が急に『帰りたい』と言い出して戦意を喪失しているように見えたので…」（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250525/">”ごきげんよう” 23年後のサバイバー 平井琢（３）</a>）と話しており、中島氏の話を裏付ける。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この時の追放審議会は追放免除ゲームの翌日の22日目に行われているが、高波氏は黒岩氏と完成させたツリーハウスに腰掛けた時に右足首に包帯のようなものを巻いているのが確認できる。さらに、追放が決まって引き上げる時にはわずかに足を引きずる様子がうかがえる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「追放の中には、本意ではない追放がいくつかありました。タクとワカも『クニを帰らせた方がいい』と思っていたかもしれません。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　自分が優勝するため、強敵となる人間を落としていくのが個人戦の常道である。しかし、長丁場の撮影の中、心身の状態がすぐれない人間も出てくる。そうした時は、落としてあげる、帰らせてあげることが、その人のためという状況が出てくることは容易に想像がつく。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />あなたのための追放</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　上記のような「もう帰らせてあげよう」という追放は、優勝を狙って全力を尽くすサバイバーの趣旨とズレが生じているとの批判が出るのは避けられないのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　しかし、16人は優勝を争う敵同士であるが、同時に優勝を目指して戦う戦友でもある。連帯意識が強まってくれば、戦略・戦術的見地ではなく、その人のためになるからとの理由で追放のための１票を投じる場合も出てくる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　それを「番組の趣旨と違う」と批判するのは容易いが、現場で必死に撮影を続けた出場者を思えば、やむを得ない判断として容認されるべきであろう。実際、出場者は24年を経ても連絡を取り合い、交友関係を続けていることから、その結びつきの強さがうかがえる。その種の追放もあることは、まさにリアリティ番組のリアリティの部分と言える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　同様に、出場者は24年を過ぎても話せない部分がある。それはTBSに対する守秘義務が存在することによる。筆者はその内容は概ね把握しているつもりではあるが、確証はなく、また確証を得られても表に出す気はなく、その必要もないと考えている。</span></p>
<div id="attachment_20722" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/57619ab449ca80727ee75dcba013a661.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20722" class="wp-image-20722" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/57619ab449ca80727ee75dcba013a661-300x199.jpeg" alt="" width="220" height="146" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/57619ab449ca80727ee75dcba013a661-300x199.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/03/57619ab449ca80727ee75dcba013a661.jpeg 624w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20722" class="wp-caption-text">高波氏は笑顔で島を去った（ＡＩで生成）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　なぜなら、守秘義務の部分は番組の展開に決定的な影響を及ぼしているとまでは言えず、そこを除く部分は台本のないストーリー、まさに16人が繰り広げた戦いの痕跡と言えるからである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そうした尊重されるべき部分が、ほんのわずかな守秘義務の対象となる事項の存在で全て否定されてしまうことは番組の評価、そしてそれに基づく出場者のその後の人生の評価そのものを誤りかねない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　われわれ視聴者は撮影後に編集された、ごく限られた無人島での生活の様子を見ているが、16人は映像の背後にある遥かに長い時間を過ごしている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバーとは何だったのかを聞かれた中島氏が「かけがえのない青春ではあったと思います。青春末期のね。」と答えたことが、その長い時間を含めたサバイバーの語るべき価値を示しているように思う。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260328/">中島瑞果（６）票を戻せ</a> に続く</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260315/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>24年後もサバイバー 中島瑞果（3）それぞれの同盟</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260218/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260218/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 18 Feb 2026 05:10:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[平井琢]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<category><![CDATA[中島瑞果]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/?p=20672</guid>

					<description><![CDATA[　サバイバー（TBS系）に参加した中島（現姓・丸山）瑞果氏は「目立たない、敵を作らない」プランを忠実に実行し、早期に安定した地位を築くことに成功した。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバー日本版（TBS系）に参加した中島（現姓・丸山）瑞果氏は「目立たない、敵を作らない」プランを忠実に実行し、デレブの中で早期に安定した地位を築くことに成功した。誰からも追放の投票をされることなく、生き残りのための戦いを優位に進める。しかし、ただ１人、信頼関係を築けなかったメンバーがいた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />日記に出てきた『同盟』<span class="Apple-converted-space"> </span></span></strong></span></p>
<div id="attachment_20673" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/9077.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20673" class="wp-image-20673" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/9077-300x195.jpg" alt="" width="220" height="143" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/9077-300x195.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/9077.jpg 765w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20673" class="wp-caption-text">24年前の事情を語った中島氏（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　日本版に限らず、サバイバーでは出場者間の同盟は不可欠である。追放者を投票で選ぶ以上、多数派を形成する必要があり、そのためには利害関係が一致する、あるいは心情的に共感できる者と同盟を結ぶことが生き残りのために必要となる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　番組では進行役のネプチューンがボードを使ってデレブチームの人間関係を説明しており、そこでは中島氏（当時30歳）、小野郷司氏（当時32歳＝会社経営）、松尾純子氏（当時36歳＝レストランプロデューサー）、吉野大輔氏（当時30歳＝僧侶）の４人が同盟を結び、黒岩敦夫氏（当時56歳＝漁師）と蓑島恵利氏（当時28歳＝ダイビングインストラクター）が中立的立場という扱いをすることが多かった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏は最終オーディションで打ち解けた石毛智子氏（当時25歳＝帰国子女）と秘密の同盟を約束したが、現地では別チームになったために機能することはなかった（参照・24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260208/">中島瑞果（1）PTA会長”みずっち”</a>）。そのため、デレブ内での同盟を組んで生き残りを図ることになり、結果、小野氏を中心としたグループに加わることになった経緯のようである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この点を「（自身がつけていた）日記によれば『同盟』という言葉が出てくるのは生活が始まって９日目です」（中島氏、以下、断りなき限り同氏）と説明する。番組で９日目とされるのは、チームの羊羹（ようかん）が何者かにかじられて、それが原因で岡部泰三氏（当時26歳＝ボーイスカウト日本代表）と吉野氏が怒鳴り合った日である。無人島生活が始まり１週間が過ぎ、見知らぬメンバー同士が24時間ともに過ごし、徐々に人間関係の濃淡が出てくる頃なのであろう。対立関係が生まれれば、対立する相手を投票で追放しようと共通の利害関係を持つ者同士で手を結ぶ機会は増えてくる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏は「目立たない、敵を作らない」を心掛けていたため直接的に対立する人はおらず、特に４人の同盟という意識は希薄であったようで「きっと誰の同盟にも属していたのではないかな」と言う。それでも中島・小野・松尾・吉野の４人の同盟が番組で扱われていたのは「私以外の３人が番組上『おいしい』ので、その４人の同盟がフィーチャーされたのではないかと思います」と振り返る。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />同盟の萌芽</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20676" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/a137dc60bb1d12e4eabbbfaf2313f6b6.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20676" class="wp-image-20676" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/a137dc60bb1d12e4eabbbfaf2313f6b6-300x215.jpg" alt="" width="220" height="158" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/a137dc60bb1d12e4eabbbfaf2313f6b6-300x215.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/a137dc60bb1d12e4eabbbfaf2313f6b6-768x550.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/a137dc60bb1d12e4eabbbfaf2313f6b6.jpg 935w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20676" class="wp-caption-text">帰国後の左から松尾氏、中島氏、小野氏、進行役の戸北宗寛氏（中島氏提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もっとも出場者の間では、収録前から同盟に関する話は出ていたという。これは現地入りする時点に話を戻す必要がある。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　関係者の話を総合すると、出場した16人は現地入りする前にいったん８人ずつに分けられていた。これは移動のためのやむを得ない手段であったと思われる。日本からパラオに行くためには通常、成田空港からグアム島を経由し、そこから飛行機を乗り継いでパラオの玄関であるロマン・トメトゥチェル国際空港（現パラオ国際空港、バベルダオブ島）に向かう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ところが、グアムーパラオ間は2002年当時も現在も、大型機の運航は確認できない。現在、就航しているユナイテッド航空は主にボーイング737-800、または最新の737 MAX 8を使用しており（参照・Fly Team・<a href="https://flyteam.jp/airline_route/gum_ror/flight_schedule#google_vignette">グアム→パラオ時刻表</a>）、座席数はともに166。そうなると出場者と撮影スタッフなど全員を１つの便に乗せるだけのチケットの確保は難しい。結果、２便に分けて現地入りせざるを得ない。なお、春日尚氏（当時34歳＝サラリーマン）はパスポートを忘れたとされ、１日遅れての合流となった（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251014/">23年後のサバイバー 若松泰恵(2) 独立系の苦悩</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ロマン・トメトゥチェル国際空港があるバベルダオブ島からコロール島へは2002年１月11日に開通式が行われたばかりの日本・パラオ友好の橋（Japan-Palau Friendship Bridge）を通って陸路での移動が可能。コロール島からサバイバーの舞台となるゲメリス島へはボートでの移動となる。先発組はコロール島で１泊して、後発組の到着を待ち、そこからゲメリス島へ向かったようである。宿泊の間は「見知らぬ男女16人が無人島で生活を始める」という番組のコンセプトのため、ＡＤが部屋のドアを開けて、参加者が他の参加者の部屋に行って交流しないように監視していた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「私は先発組で、他にはタイゾー（岡部泰三氏）、ママ（桑野京美氏）、ぶーちゃん（佐藤徳一氏）、それとワカ（若松泰恵氏）とミナ（渋谷美奈氏）もいたのかな。よっしー（吉野氏）とエリちゃん（蓑島氏）、おのっち（小野氏）はいなかったと思います。収録が始まるまで私語禁止だったのですが、タイゾーが『（見張り役の）ＡＤが寝ている』とみんなに伝えて『集まって飲もうぜ』と言い出しました。それで誰かの部屋に集まってみんなで部屋の冷蔵庫の中の飲み物を飲んでいました。その時に『同盟どうする？』『残ろうね』と、同盟の話をしていました。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　出場者の間では生き残りのために同盟は必須であり、そこに注目していた人は多かったのは間違いない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />蓑島恵利氏との関係</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　中島氏は皆と仲が良かったとされるが、出場16人は個性が強い人の集まりで、他者との繋がりには自ずと強弱が生じる。当時、蓑島氏については「独立独歩が許される空気があった」とのことで、実際、番組では進行役のネプチューンがボードを使って蓑島氏を「独立系」と評していた。中島氏はその蓑島氏とも良好な関係を築いていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「エリちゃんは無人島生活もスポーツとしてのゲームも目一杯楽しんでいました。私のくだらない冗談にも大声で笑ってくれて、一緒に生活していて楽しかったです。『みずっち』『エリちゃん』という仲でした」と、利害関係よりも生活において波長が合うという関係であったとする。そうした思いは、撮影に関して生じる問題を通じて強くなっていった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「撮影スタッフから『そろそろ、これ、しない？』とか『声かけてみない？』などと声をかけられることが、結構ありました。スタッフも番組を成立させるためには撮影をしなければいけないのでしょうが、それがあからさまで、こちらとしては生活に集中できないというのはあります。そういう状況だったので、（『無人島生活を楽しみたい』と言って参加した）エリちゃんと思いが通ずる部分があり、仲良くなっていったというのはあったように思います。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />不仲の参加者との関係『蟻の一穴』</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　逆にどうしても仲良くなれない相手もいた。吉野大輔氏（当時30歳＝僧侶）である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「正直に言うと、最初から好きになれませんでした。私たちがうんざりしていた撮影の誘導にノリノリでしたし、普段の生活では返す言葉が一言多く、相手に媚びるような態度も見えて、日本で生活していたら、関わりたくないタイプ、関わることはないタイプの人でした」と、厳しい評価を口にする。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　敵をつくらないという作戦を遂行していた中島氏にとって、吉野氏の存在、その関係性は作戦の遂行上、大きな障害となるのは明らか。優勝を目指すなら割り切って考える手もあったとは思うが、それができない中島氏なりの理由があった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「実は当時、私の付き合っていた人が僧侶だったんです。私も彼の実家でちょっとですが、おかみさん修行をしました。それがあって、よっしーにはどうしても我慢できない部分がありました。鶏を殺せば殺生ということで念仏を唱えましたが、貝ごはんを炊いた時は念仏はなく、魚も銛で突いて取っていました。そのうち、撮影の時しか念仏を唱えなくなりました。私が交際していた人は普段は僧侶の様子を微塵も見せません。ただ、袈裟をまとい、僧侶となった時は絶対に殺生はせず、蚊もつぶしません。そうしたことがあったので、よっしーの矛盾した言動には辟易としていました。」</span></p>
<div id="attachment_20674" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/c9e981b9f68e4ee0db276b8951b706fa.png"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20674" class="wp-image-20674" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/c9e981b9f68e4ee0db276b8951b706fa-300x200.png" alt="" width="220" height="147" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/c9e981b9f68e4ee0db276b8951b706fa-300x200.png 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2026/02/c9e981b9f68e4ee0db276b8951b706fa.png 369w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20674" class="wp-caption-text">追放審議会での中島氏（イメージ画像、ＡＩで生成）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space"> </span>　当然のように、吉野氏には期間を通じて投票の働きかけをすることは一度もなかった。「彼の票はいらない」と、その思いは強かった。ただ、このような事情を他のメンバーに話すと、吉野氏へ特別な敵意を抱いていることを知られることになり、それが吉野氏に伝われば、中島瑞果落としの動きへ繋がりかねない。そこでこの話は小野氏にだけ話して他のメンバーには一切、明かすことはなかったという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　結局、中島氏は残り３人になった時に、吉野氏から追放票を投じられ、全期間を通じて投じられた、唯一の追放票によってファイナル進出を阻まれる。「敵を作らない」作戦でトップ３に進出したが、最終ステージに進めなかったのは、どうしても嫌悪感を拭い去れなかった相手からの投票というのは何とも皮肉である。吉野氏との関係は、ミッションを完璧にこなしていた中島氏の「蟻の一穴」となってしまったということであろう。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">24年後もサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260221/">中島瑞果（4）少女の正義</a> へ続く</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20260218/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>23年後のサバイバー 若松泰恵(5) 冒険は続く</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251109/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251109/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 09 Nov 2025 08:29:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/?p=20484</guid>

					<description><![CDATA[　人気番組「サバイバー」（TBS系2002年放送）に出場した若松泰恵氏（50）の活躍を振り返る連載の最終回をお届けする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　人気番組「サバイバー」（TBS系2002年放送）に出場した若松泰恵氏（50）の活躍を振り返る連載の最終回をお届けする。番組出場後、自ら目指したモータースポーツの世界での活躍を続ける一方、保育士、認定ベビーシッターなどの資格を立て続けに取得して人生の幅を広げている。ワカの冒険は続く。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />日焼けしたキャンペーンガール</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20485" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/IMG_8597.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20485" class="wp-image-20485" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/IMG_8597-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/IMG_8597-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/IMG_8597-768x460.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/IMG_8597.jpg 794w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20485" class="wp-caption-text">生放送中の若松氏（撮影・松田 隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space"> </span>　パラオから戻った若松氏は、モータースポーツの仕事を続ける。スポーツレポーターを目指していたが、キャンペーンガールの仕事もこなしていた。鈴鹿サーキットでパラソルを持ってにっこりと笑う写真を広告代理店の人に撮影してもらった時に、一緒にいた広告代理店の女性が不思議そうに尋ねた。「何でそんなに肌が黒いの？」　サーキットには多くのキャンペーンガールがいるが、真っ黒に日焼けした女性はさすがにいない。しかも晩春から初夏にかけての時期である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「それは変だな、と思いますよね（笑）。それで『実はテレビ番組に出るので無人島に２か月ほど行ってました。そのため日焼けしてるんです』と答えると、その女性も驚いていました。それで、その人が関係者に私の写真を見せたところ、関係者が『あれ？　この子、今、テレビに出てない？　おれ、知ってるよ』という話になりました。ちょうど、サバイバーが放送している時期だったのが良かったのでしょう。『せっかくだから仕事をしたい』ということで、使っていただきました。そのクライアントさんからは今でも仕事をいただいています」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　YouTube（2005年開始）は影も形もなかった時代、テレビの持つ影響力は今と比べ物にならないほど大きかった。そこで毎週、出演していれば、いやでも人の目につく。「サバイバーは視聴率があまり良くなかったと聞いていますが、とはいえゴールデンの数%ですから」と若松氏は当時のテレビの威力をあらためて思うことになった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この年、鈴鹿８耐、MotoGP世界選手権もてぎでブースMCを務め、2005年には実家の工具店の経理事務を離れてMCとして独立、2006年には個人事務所アリエルを立ち上げた。30代はモータースポーツイベントMCや運営スタッフとして全国を飛び回ることになる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />MCワカを襲った病魔</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　順調に自身の生き方を進めていた<a href="https://mc-waka.jimdosite.com">”MCワカ</a>”を病魔が襲ったのは2013年のことであった。「子宮頸がんです。ステージ２で、『初期ではない』と言われました。６月まで仕事をして、そこから半年間、抗がん剤治療などの闘病生活を送りました。その間は外に出ずに家で死んでる、みたいな状態でした」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　当時は北海道から九州まで全国を飛び回る仕事をしていたが、それを途中で打ち切って入院を余儀なくされた。突然の戦線離脱であったため、病院のベッドの上から電話やメールでクライアントと連絡を取る生活を続けた。半年後に復帰も「体がついていかず」（若松氏）、2014年には全国出張の仕事は控えることにした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　38歳で初めて経験する大きな病気は、今後の仕事のあり方を考えるという意味では１つの転機となった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　復帰後の2015年３月、<a href="https://www.yrp-net.com">幸田サーキットYRP桐山</a>（愛知県幸田町）にて自身のモータースポーツ事業参画15年、さらに生誕40周年記念事業を記念して、モータースポーツイベント「ワカマツリ」を開催。多くの人にモータースポーツを知ってほしいという考えから実施した。「元世界チャンピオン、日本チャンピオンのライダーなど、一緒に仕事をしていた方々が『それなら協力するよ』と言ってくれました。『ギャラはお支払いできないんですけど』と言っていたのですが（笑）。持っている人脈を駆使したイベントでした」（若松氏）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　プロのライダーによる模擬レースを若松氏が実況するなど、モータースポーツファンが楽しめる内容。手作りイベントらしいのが、サブタイトルに「独身披露宴」とついていた点である。これはワカマツリが決まる前に関係者と話していた時に、結婚式に呼ばれることが多い年齢となり、（このまま自身が結婚しなかったら出したご祝儀を回収できない）と冗談めいた話となり、それなら「独身披露宴をしよう」という軽口から始まったことに由来する。その冗談のような話が高じて（ただの独身披露宴では面白くないからモータースポーツイベントに）と発展していったとのこと。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そうした経緯はどうあれ、大学を卒業後、何のコネクションもないままモータースポーツの世界に関わり、途中でがん治療のため半年間、仕事を離れながらも、自身の名前を冠した単独イベントを開催するまでになった。徒手空拳のスタートから掴んだ一つのゴールと言えるのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　このワカマツリは2025年６月14日に10年ぶりに開催された。その様子は業界のウェブサイトを通じてYahoo!などのポータルサイトにも掲載された（AUTO MESSE WEB・<a href="https://www.automesseweb.jp/2025/08/31/1844930">女子アナが主催するモータースポーツイベント！幸田サーキットが笑顔に包まれた</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />保育士資格取得後ジョージアへ</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20486" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/IMG_6260.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20486" class="wp-image-20486" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/IMG_6260-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/IMG_6260-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/IMG_6260-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/IMG_6260.jpeg 907w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20486" class="wp-caption-text">パラオで小野氏（左）とともに（若松氏提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　第１回のワカマツリが開催された2015年の秋、以前から勉強を続けていた子育て支援活動に乗り出す。翌2016年には保育士試験に合格して保育士登録を行い、さらに病児保育、認定ベビーシッターと１年で３つの資格を取得した。この資格取得には、かつてのサバイバーのメンバーが関係している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「私、今でも渋谷美奈（番組当時19歳）と仲良しなんです。美奈がある時、『保育士の資格を取るために仕事をやめて専門学校に行くことにした』と言ったんです。彼女が言うには保育士の試験は難しいので、専門学校に行って資格を取るとのことでした。それを聞いた時に、私は『保育士って専門学校に行かなくても資格が取れるの？』と聞くと『試験に受かれば取れるよ』と言われました。私は子宮頸がんの治療をしていた時で、もう子育てのない人生を考えていましたから、その分、時間があると思いました。子育てをしている人たちの代わりに子育てをしてあげられると。試験に合格すれば保育士になれるのならと、勉強を始めました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2013年に闘病生活を始めた時に勉強も始めようとテキストを取り寄せたものの、抗がん剤治療の厳しさにテキストを開くことすらできなかった。しかし、資格取得への思いは強く、2014年以後も勉強を続けて2016年に合格。2014年はまだ仕事をセーブしていた時期で、その時に余った時間を勉強に充てた。もともと大学時代に教育実習に行き、中学・高校の国語の教師の免許を有していたように、子供を育てることに興味があったことも資格取得の原動力になっている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　様々な仕事をこなしていた2022年４月には、全ての仕事を１年間休んで東欧のジョージアに渡った。これは2018年から始めたライブ配信の事業で知り合った友人が開いたバーの運営を頼まれたものである。現地の日本人や日本好きの人々が集まる「インターナショナル・コミュニケーション・バーみたいな」（若松氏）ものであったという。当時、コロナ禍直後でMCの仕事は少なく、また、ベビーシッターの仕事も年度末で一区切りつけられる状態であったために１年間の約束でバーの運営に携わった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />消えたテレビへの憧れ</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバーの放送から四半世紀近くの時間が経過し、今では「がんサバイバーです」と冗談ぽく笑うが、若松氏にとってサバイバーはどのようなものであったのか。「特に人生観が変わったとか、そういうことはありません」と飄々と語る。あえて、考えが変わったとすれば、テレビへの憧れがなくなったことだという。制作サイドのトップの傲慢さを間近で見た経験が、それまでの考えを一変させたとする。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「（一部の制作者は）俺たちが世界を動かしている、みたいな感じでした。私たちはコマ扱い、『あいつら、コマだから』みたいなことを言った人がいるということも聞きました。それを聞いた時に『あの人、言いそうだよね』と思いました（笑）。もちろん、優しい人もいましたが、あの業界には魔物が棲んでいる感じがします。高学歴を鼻にかけたり、下の者に暴力を振るったりというのを見せられると『ここは、人の心を持っていたらやっていけないのか』と思うぐらいでした」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ジョージアから帰国した2023年からは、現在も行っている<a href="https://heartfm.jp">ハートFM</a>でのパーソナリティも開始した。40代が終わろうとする時期に新たな挑戦を始めるのは、前向きに生きる若松氏らしい。「現場でMCをやっていましたが、ラジオでは初めてです。以前からメディアで話せればいいなとは思っていました。モータースポーツの世界に関わった時から、何かを伝える、伝えたい、みたいな思いが強くあって、それは今も同じです。今も、何かを伝える人でありたいと思っています。自分が伝えたいものが少しでも聴いている人に伝わればという思いでマイクに向かっています」と話す。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　20代後半、華やかな世界とその裏側を見た経験は、メディアの原点に身を置くことを後押ししているのかもしれない。サバイバーを夢中で見ていた筆者のような人間には、出場者の番組への冷静な思いを聞くと、がっかりさせられる面もあるが、それが人生なのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバーの後、モータースポーツの世界に身を置き、１年後はどうなっているかわからないフリーランスとして生き続け、ステージ２と宣告されたがんの治療、子育て支援のための資格取得、東欧のバーの経営と激動の人生を歩んできた若松氏にとっては、多くの視聴者に影響を与えたサバイバーも人生の１つの通過点に過ぎないのであろう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　パラオでの日々、カメラの前で残した言葉は「素晴らしい経験でしたね」であった。その時の真意を聞くと「それはそうです。無人島に行って２か月も生活するなんて、普通の人生ではあり得ないことで、今でも素晴らしい経験だと思っています」と話す。１つの通過点であるが、忘れ難い通過点というのが若松氏にとっての評価と言えるように思う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />美しき路傍の花</strong></span><span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<div id="attachment_20487" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/waka.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20487" class="wp-image-20487" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/waka-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/waka-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/waka-768x460.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/11/waka.jpg 794w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20487" class="wp-caption-text">ハートFMの前で（撮影・松田 隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　１時間を超えるインタビューの中で、筆者が忘れられないシーンがある。第４回でも紹介した若松氏に、自身が追放審議会で追放され、涙ながらに語る場面を見ていただいた時のことである（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251022/">23年後のサバイバー 若松泰恵(4) 友情の舞台裏</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「めっちゃ覚えてる、と思いました。このインタビューを受けようと決めた時に『昔のこと、そんなに覚えてない』と思ったし、最近はそれこそ昨日のことも覚えてない場合もありますが、この時の経験は印象的だったせいか、23年経ってもすごく覚えています。色々と聞かれて、もちろん忘れていることもあるのでしょうが、それでもあの頃のことを思い出せるって、すごいなと思いました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　敷かれたレールのない人生を歩き続ける若松氏にとって、ふと振り返った23年前の記憶は今でも鮮やかな色を保つ路傍の花のようなものであったのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（おわり）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">23年後のサバイバー 若松泰恵<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250930/">(1)始まりは扁桃腺へ戻る</a></span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（SNS関連投稿⇨ <a href="https://x.com/rd_kawaraban/status/1987441419766964530">X</a> 　若松泰恵氏の投稿⇨ <a href="https://x.com/mc_waka/status/1988965167858962579">Ｘ</a>）</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251109/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>23年後のサバイバー 若松泰恵(4) 友情の舞台裏</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251022/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251022/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 22 Oct 2025 06:51:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[平井琢]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/?p=20467</guid>

					<description><![CDATA[　現在、コミュニティFMでＭＣを務める若松泰恵氏（50）のサバイバー（TBS系、2002年）での苦闘の日々を振り返る連載の４回目をお届けする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　現在、コミュニティFMでＭＣを務める若松泰恵氏（50）のサバイバー（TBS系、2002年）での苦闘の日々を振り返る連載の４回目をお届けする。薄氷を踏むような思いで２度の審議会を切り抜けた若松氏は３人の仲間とともに相手チームと合流する。少数派での合流であったため仲間が次々と追放され、ベケウチームの最後の１人となる。そして、美談として紹介された友情物語を残し、”ワカ”のサバイバーは終了する。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />ゲームメーカー小野氏<span class="Apple-converted-space"> </span></span></strong></span></p>
<div id="attachment_20468" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/944593fecb1239c387e0126a624f9c09.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20468" class="wp-image-20468" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/944593fecb1239c387e0126a624f9c09-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/944593fecb1239c387e0126a624f9c09-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/944593fecb1239c387e0126a624f9c09.jpg 765w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20468" class="wp-caption-text">ハートFMスタジオ前でリスナーと歓談（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバーは16人が２つのチームに分かれチーム戦を行い、６人が追放された時点で残った10人が合流して個人戦へと移る。若松氏のベケウが４人、相手のデレブが６人での合流となり、旧チームの人的な繋がりが残る中、不利な状況であるのは明らかだった。しかも、デレブには巧みな戦略・戦術を駆使するゲームメーカー・小野郷司氏（当時32歳＝会社経営）や、その影響力の強さから”女帝”とたとえられる松尾純子氏（当時36歳＝レストランプロデューサー）ら、強敵揃いであった。その中にあっては、最終的に優勝する蓑島恵利氏（当時28歳＝ダイビングインストラクター）も目立たない存在であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「恵利ちゃんは正直、ノーマークでした。いつもニコニコして、いい人というイメージだったので優勝というイメージは、あまりありませんでした」と、小野・松尾両氏の前では後の優勝者も影が薄かったことを口にする。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その上で少数派としての合流については逆転への動きを小野氏に巧みに封じられたと振り返る。６人のデレブではあるが、小野氏らのデレブ内に存在する同盟から離脱して孤立している吉野大輔氏（当時30歳＝元僧侶）という火種を抱え、数的優位をそのまま活かせる状況ではなかった。そこを突けば、少数派のベケウにも勝機はあったのかもしれないが、そのあたりは小野氏も抜かりはない。ベケウのリーダーの平井琢氏（当時26歳＝リバーガイド）や若松氏にアプローチして対策を施していた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　若松氏は23年前を振り返る。「小野さんが本当にうまかったと思います。私やタク（平井氏）に『（人数は）６対４だけど、６は一枚岩ではないんだ』と言うわけです。吉野さんが精神的にまいっていて、もう、キャパオーバーでここを乗り越えられないと思うから帰らせてあげた方がいい、みたいな話をしてきました。私にすれば、自分が残るために吉野さんがいなくなってくれるのはありがたいなという思いもあり、吉野さんを味方につけて５対５にという考えはなくなりました。小野さんはそういうところに長けていました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />次々と去っていく仲間</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして合流後の最初の審議会からベケウ出身者が追放のターゲットとされた。まず、高波邦行氏（当時23歳＝ボクサー志望）が追放された。旧デレブ６人が票をまとめた結果である。一方の旧ベケウは平井氏が松尾氏、若松氏ら残る３人が小野氏へ投票しており、少数派の上に結束もできず、小野氏のゲームメークに完敗の形となった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　続いて渋谷美奈氏（当時19歳＝短大生）にドクターストップがかかり、投票が実施されずに離脱となった。残るベケウは若松氏と平井氏の２人。これに続く審議会ではベケウのリーダーの平井氏が追放された。合流後、追放免除チャレンジに２連勝して圧倒的な身体能力を示していた平井氏であるが、この時の追放免除チャレンジで蓑島氏に敗れたのが致命傷となった。本人は全員が受けたヘルスチェックの際に食べた食材で胃けいれんを起こし、１日遅れで島に戻った時に雰囲気が一変していてターゲットにされたことを悟ったと後に証言している（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250525/">”ごきげんよう” 23年後のサバイバー 平井琢（３）</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もっともこの点、若松氏の見解は若干異なる。「美奈（渋谷氏）がドクターストップで離脱した時からタク（平井氏）は狙われていました。個人戦の最初もタクがチャレンジに勝ったからクニ（高波氏）が落ちただけだし、次もタクを落としたかったけども、また投票免除を取り、美奈がドクターストップで離脱したということです。その次に落とされたのは『強いからどこかで落とさないとね』ということです。順番です」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />松尾純子氏の追放計画</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20471" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20471" class="wp-image-20471" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-300x189.jpeg" alt="" width="220" height="138" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-300x189.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-1024x644.jpeg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-768x483.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-1536x966.jpeg 1536w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3.jpeg 1858w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20471" class="wp-caption-text">若松氏追放時の人間関係</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　残るは若松氏と旧デレブの６人の合計７人となり、その命運は風前の灯の状態であった。唯一生き残りの可能性があった追放免除チャレンジ（綱渡り）も、吉野氏が制してしまう。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「小野さんから『ワカがどうしても残りたいなら、チャレンジを勝つしかないね』と言われていましたし、私が勝てた場合は和尚（吉野氏）を落とすという話でした。でも、和尚が勝ってしまい、その場で小野さんから『ワカ、ごめんね』と言われました（笑）」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ところがここで状況が動く。中島瑞果氏（当時30歳＝珈琲豆専門店店員）が松尾氏追放を計画し、小野氏に相談しているところに若松氏がたまたま足を踏み入れたのである。追放を覚悟していた若松氏は、そこで松尾氏追放計画を持ちかけられる。小野氏・中島氏に若松氏が加われば３票。最年長の黒岩敦夫氏（当時56歳＝元漁師）は小野氏と親しいため過半数は超える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この絶好のチャンスに若松氏は松尾氏に追放計画を伝えるという意外な行動に出る。若松氏と松尾氏はチーム戦の頃から因縁があった。追放免除チャレンジの「はしご登りリレー」では同じ区間を登り、敗れた松尾氏が手袋を若松氏の側に叩きつけた。さらに物資調達チャレンジの「夜相撲」では直接対決し、松尾氏の張り手が若松氏の顔面をとらえた。さらに「ファイアートライアスロン」（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251020/">若松泰恵(3) 薄氷踏む日々</a>）では、若松氏のルール違反に松尾氏が激昂して番組に抗議してベケウチームを反則負けとさせた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　このような因縁から両者の感情的な対立があるかのように番組では扱っていたが、合流してからは良好な関係を保っていた。松尾氏に対する思いの根底にはリスペクトや感謝の思いがあるという。「女性としてバリバリのキャリアですし、とても尊敬していました。それに対して、松尾さんは私のことは『自分のことしか考えていない』という見方をしていたのではないかと思います。私がルールを破ったせいでチームが負けて他の人に迷惑をかけたことがありましたけど、そういうことを『あなたも25歳を過ぎてるんだから、それぐらいわかるでしょ』という感じで注意されました。私は会社勤めの経験がなく上司のいる生活をしたことがなかったので、自分の成長になるようなことを厳しい言葉で言ってくれる人はありがたかったです」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　松尾氏は若松氏から自身の追放の謀議を聞いた時点で、一緒にいた蓑島氏を誘って若松氏とともに小野氏追放へ舵を切ることもできたはず。孤立している吉野氏は頼まなくても小野氏に投票するであろうから、勝ち目はある。しかし、松尾氏は小野氏と直接話をする道を選ぶ。そこで小野氏は中島氏と投票の話をしている時に突然、若松氏がやってきたので、「話の筋を変えた」と釈明。その時点で松尾氏追放の意図はないことを両者で確認した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　若松氏に自らが生き残る道を捨てて松尾氏に計画を教えたのはなぜなのかと聞くと、意外な答えが返ってきた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「番組が終わった後に中島さんからも『ワカ、あの時に話に乗っていたら、松尾さんが本当に落ちたんだよ』と言われました。でも、その頃の私には小野さんと松尾さんも、ミズッチ（中島氏）と松尾さんも仲が良さそうに見えていましたから『松尾って名前を書けば、ワカを残してあげるよ』と言われた時に『何言ってんの？』『そんなことあるわけないじゃん』と思ってしまいました。ベケウが順々に消され、タクが消され、最後に私では予想通りで面白くないじゃないですか。それで番組を面白くするように、そんな計画があったよみたいなシナリオで盛り上げようとしているのかなと考えていました。松尾さんを落とす話を嘘だと思っていましたから、松尾さんに、こんな話があるんだけど『これ、ネタでしょ？』『（番組サイドが）撮れ高ほしいんでしょ？』みたいな感じで話した記憶があります」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もちろん、若松氏の中には「私が本当に落としたいのは松尾さんではありませんでした。小野さんです。松尾さんと組んで小野さんを落とす方がいい」という考えもあったという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />23年後の最後の言葉</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして松尾氏追放計画は幻に終わる。投票結果は７票中５票が投じられた若松氏が追放となり、松明の炎が消された。若松氏は皆の前で語った。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「当然、狙われることは覚悟してこの投票に臨んだので、いろいろやったことは、まあ、私にとっては間違いじゃないと思っています。デレブが６人残ったので、この中でのせめぎ合いっていうのをこの後、楽しみに陪審員として見たいと思います」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　さらに、審議会終了後、カメラの前で「ちょっと今、思い出すと泣けちゃうけど、動いたことは、何て言うのかな、今までと違うことだったけど、でも悪あがきしてみて、それで分かったこともあったので、今日。素晴らしい経験でしたね」と語り、涙を拭っている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その様子を23年後に見てもらうと「『めっちゃ覚えてるな』と思いました。最近は昨日のことも覚えていないのに、この時の経験は23年前のことだけど、よく覚えています。今、色々と聞かれてあの時はこうだった、この時はああだってと思い出せるのは、すごいなと感じます」と口にした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />私の仇をとった</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　若松氏の追放回では、松尾氏との友情がクローズアップされた。激しい対立を経て友情を育み、追放計画を事前に本人に知らせ、我が身を捨てて松尾氏を守ったストーリーが強調された。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「番組でフィーチャーされたような厚い友情が私たちの間にあったかと言われると、どうかなとは思いますが、そんな友情はなかったということは絶対にありません」と振り返る。</span></p>
<div id="attachment_20469" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/968c2e8f3185fda1932fada9bdd3b2f8.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20469" class="wp-image-20469" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/968c2e8f3185fda1932fada9bdd3b2f8-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/968c2e8f3185fda1932fada9bdd3b2f8-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/968c2e8f3185fda1932fada9bdd3b2f8-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/968c2e8f3185fda1932fada9bdd3b2f8.jpg 992w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20469" class="wp-caption-text">当時の映像を見る若松氏（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　若松氏が追放された審議会で、松尾氏は若松氏の名前を書いて投票する時に「書く瞬間までかなり迷いました。できればあなたの思うとおりの人（小野氏）の名前を書きたかったんですが、私が生き残るために、ごめんなさい、あなたを選びました。あなたの仇は絶対私がとります」と語った場面が放送されている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そのシーンを、若松氏は後になって知ったという。「『仇をとります』というのをテレビで見たのはずっと後です。それより私が追放された次の追放審議会では陪審員として投票結果を見ていましたが、そこで小野さんが落ちたんです。その時に思いました。『姉さんが仇を取ってくれた』って。松尾さんがこっちを見て『ワカ、やったよ』みたいな感じで合図をしてくれました。私はもう、姉さんと目を合わせて『よっしゃー』『やったー』という感じでしたね」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　このシーンを語る時、若松氏はこぼれるような笑顔を見せたのが印象的であった。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（SNS関連投稿⇨ <a href="https://x.com/rd_kawaraban/status/1980890930975768987">X</a> ）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">23年後のサバイバー 若松泰恵<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251109/">(5)冒険は続く</a> へ続く</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251022/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>23年後のサバイバー 若松泰恵(3) 薄氷踏む日々</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251020/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251020/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 Oct 2025 07:40:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[平井琢]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/?p=20458</guid>

					<description><![CDATA[　今でも根強いファンがいる「サバイバー」（ＴＢＳ系）の出演者のその後を追うシリーズ、若松泰恵氏（50）の第３回をお届けする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　今でも根強いファンがいる「サバイバー」（ＴＢＳ系）の出演者のその後を追うシリーズ、若松泰恵氏（50）の第３回をお届けする。誰とも連係せず、独立系として無人島での戦いを続け、２度の追放審議会で１票も投じられることなく生き残った若松氏であるが、独立系ゆえに標的にされるようになる。生き残りのための厳しい局面へと進んでいく。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />追放する側から追放候補へ</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20459" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20459" class="wp-image-20459" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736.jpg 935w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20459" class="wp-caption-text">ハートFMで生放送を終えてスタジオを出る若松氏（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　２度の追放審議会は若松氏の投票が運命を分け、佐藤徳一氏（当時23歳＝無職）、春日尚氏（当時34歳＝サラリーマン）の２人がともに１票差で島を去った。ベケウチームは残り６人。ここまで追放する側であった若松氏であるが、15日目に行われた追放免除チャレンジ「ファイアートライアスロン」以後、立場が危うくなる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ファイアートライアスロンは、浜辺に設定された全長150mのコースで４種目の競技をリレー形式で行うもの。①計算問題ー②２人１組でバラバラの竹筒を一本にして運搬ー③２人１組で長下駄を履いて前進ー④ドラム缶で火を起こして松明に点火、それをもって点火台に火をつける、という流れであった。なお、それぞれの走者には決して手を貸してはならないと番組で紹介されていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ゲームはベケウチームが勝利したが、そこにデレブチームから抗議が入った。最後の火起こしで、メンバーが手を貸したというのである。番組側が撮影した動画を確認した結果、チャレンジは一転デレブチームの勝利となり、ベケウチームは翌日の審議会で追放者を出さなければならなくなった。この時、アンカーに手を貸し、反則負けの原因を作ったのは主に若松氏であった。番組内で「ルールもちゃんと頭に入っていたはずだけど、でも、興奮しちゃって、もう手の方が先に出ちゃってて、ゲームに対する勝ちへの執念とか以前にそういうルールへの認識が、すごい私は甘かったし…」と沈んだ表情で語っている様子が放映された。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この時点でチームは男性２人が追放されており、残る男性は２人に対して女性は４人。平井琢氏（当時26歳＝リバーガイド）は男女間に溝があることを明らかにしており、このまま男女対決になれば高波邦行氏（当時23歳＝ボクサー志望）が標的にされかねない。高波氏から若松氏に対してアプローチがあり、ここで男性が落とされたら体力勝負になりがちな追放免除チャレンジで不利になり、さらなる追放者を出すことになりかねないと、女性陣から追放者を出すよう、暗に促すシーンが放送された。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　さらに若松氏が石毛智子氏（当時25歳＝帰国子女）と２人で会話をしている場面も放映され、そこで若松氏は「勝ちにこだわってるから、私は多分。勝てるメンバーを残す」と話している。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />追放審議会で『ワカ追放』２票</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして迎えた追放審議会では男性２人と若松氏、そして平川和恵氏（当時31歳＝主婦）の４人が運動能力で若干劣ると見られる石毛氏へ投票し、追放する。一方で、石毛氏と渋谷美奈氏 （当時19歳＝女子大生）は若松氏に投票し、若松氏は島に来て初めて追放対象として投票されることとなった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　石毛氏と渋谷氏が若松氏を狙った理由は分からないが、この後のチャレンジを考えると男性は残さざるを得ない。そうなると女性３人とは関係の薄い独立系の若松氏を狙うのは当然の選択である。まして、若松氏は石毛氏に直接「勝てるメンバーを残す」と言っており、石毛氏にすれば「あなたに投票する」と言われたと感じた可能性はある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　若松氏は当時を振り返り、「『あなた（石毛氏）に入れるよ』というよりも、私の中のルールですがチーム戦なのでチャレンジに勝てるメンバーを残すということです。それは他のメンバーにも言っていましたから」と言う。要はいつもの一般論を語っただけとする。</span></p>
<div id="attachment_20460" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/15b6c00a13a453be5be728659c0de82e.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20460" class="wp-image-20460" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/15b6c00a13a453be5be728659c0de82e-300x198.jpeg" alt="" width="220" height="145" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/15b6c00a13a453be5be728659c0de82e-300x198.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/15b6c00a13a453be5be728659c0de82e-768x507.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/15b6c00a13a453be5be728659c0de82e.jpeg 1020w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20460" class="wp-caption-text">ベケウチームの人間関係</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　23年後の今、話を聞く限り、当時は微妙なコミュニケーション上のすれ違いがあったように感じる。それは若松氏が表と裏を使い分けるようなタイプではなく、真っ直ぐな性格であることが影響しているように思う。若松氏は、チャレンジに負けると１人落とされるという厳しい現実に直面した時などに、重要な目的のためには目の前の人に対して自らの本音を覆い隠して人間関係を良好に維持するような行動はとらない人なのであろう。取材を通じてそうした一本気な性格は十分に感じ取れた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そんな若松氏にすれば考えていることを口にするごく当たり前のことであるが、それによって石毛氏が（男性陣と若松氏は自分に投票してくる）と解釈したのではないか。少なくとも筆者にはそう感じられた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　最終的に平川氏も石毛氏に投票して４対２で若松氏は生き残った。ここまでの３回の若松氏の投票行動を見ると、同盟関係を築いて戦略的に人を落としていっていないことは見て取れる。実際、女性３人（平川氏、渋谷氏、石毛氏）のグループとは若干、距離を置いていたように見える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　若松氏に女性３人との関係を聞くと、あまり覚えていないとしながらも「３人とは深い話はしていないかも…です」と特に濃厚な関係にあったわけではないとする。とはいえ、放送されていた内容と実態には若干の差異があるとする。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「現地では平川さんが石毛さんと美奈を囲い込んでいるという感じはありませんでした。（撮影スタッフは）女性３人が話をしているところを撮って、私１人のところを撮ってみたいなことが多かったですが、撮っていない時間には私が平川さんと喋ったり、ゲッチ（石毛氏）や美奈と喋ったりというのは日常的にありました。ですから、３対１の構図になっている、孤立している感覚はありませんでした。そう見えるように（取材クルーが）素材を集めていたとは思います。テレビ局的にはこういうシナリオでいきたいというのがあったのでしょうね。」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　実際に平川氏はこの時は石毛氏に投票していることを思えば、当時のベケウの６人の人間関係は、若松氏の話すことが実態に近いように思われる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />逆転で残留、合流へ</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして５人になったベケウチームであるが、チーム戦最後の追放免除チャレンジでも敗れ、さらに１人追放しなければいけなくなった。この投票を最後にチームは合流するため、「チャレンジに勝てるメンバーを残す」という理由は消滅しており、追放のターゲットとなり得る若松氏が追放者を選ぶ理由は、自らが生き残るためということを大前提として考えなければいけない状況となっていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　チーム内で男女間の溝があったのは確かで、若松氏の１票を取り合う可能性は引き続きあるものの、独立系の若松氏追放で男女間で折り合う可能性もまたあった。実際、前回の審議会で若松氏は２票投じられ、そのうち１票を投じた渋谷氏は残っているだけに、若松氏としては、当然危機感を覚える。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ここで若松氏が他のメンバーと積極的に会話を交わすシーンが多く放送された。そこで平井氏から平川氏追放の相談を持ちかけられる。若松氏がそれに乗るのは当然としても、平川氏と渋谷氏が自身に投票してくることは予想され、残る男性１人・高波氏がそれに乗れば追放されてしまう。そこで高波氏と直接、話をすることにした。ところが、率直に「自分の身を守りたい」という若松氏に対して高波氏からは「オレは別にワカのことを守ってやろうとは思わない」という厳しい答が返ってきた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「審議会に行く前は多少、焦っていました。（高波氏と）事前に話をした時に『えっ！？　嘘でしょ？』『私の名前を書く気なの？』と思ったので。女子２人が狙うのは私でしょうから、『高波君が私の名前を書いたら落ちるのか』みたいな考えはありました。それまでは男子２人は平川さんの名前を書くと思っていました。姉さん（平川氏）とタク（平井氏）や高波君が仲良しには見えなかったものですから」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして生き残りへの確信を得られないまま若松氏は審議会の会場へと向かう。投票の結果は５票のうち３票が開いた時点で若松氏２票、平川氏１票。残る２票のうち１票でも入っていたら若松氏の追放が決まる。しかし、そこから２票続けて平川氏の名前が書かれており、逆転で若松氏の残留が決まった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />累積４票をもって合流</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20461" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/951243403c9e2d2b5396e00a2069614c.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20461" class="wp-image-20461" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/951243403c9e2d2b5396e00a2069614c-300x194.jpeg" alt="" width="220" height="142" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/951243403c9e2d2b5396e00a2069614c-300x194.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/951243403c9e2d2b5396e00a2069614c.jpeg 709w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20461" class="wp-caption-text">帰国後の出演者（若松泰恵氏提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　23年前を振り返り、若松氏は言う。「後で放送を見た時に、もっと平川さんと仲良くしておけばよかったのかなとは思いました。『あそこであの人ともうちょっと仲良くしておけば、協力してくれたかな』という感じです。でも、それは放送で自分がいない場所で行われた話などを聞いたら、そう思うということであって、現地ではそういうことは分かりません」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　同盟を結んで集団の一員として行動するのではなく、独立系として行動するのはその場、その時での適切な判断が求められる。他者とのしがらみがないのは気楽ではあるものの、ターゲットにされた時は守ってくれる仲間がいないだけに脆いというデメリットを抱える。終盤のチャレンジでチームが２連敗という厳しい状況の中、独立系として２度の審議会を切り抜けたのはお見事と言うしかない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　最後は１票差で残る際どい勝負を生き残り、累積票４票を持って合流することになる。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（SNS関連投稿⇨ <a href="https://x.com/rd_kawaraban/status/1980178599295758632">X</a> ）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">23年後のサバイバー 若松泰恵<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251022/">(4) 友情の舞台裏</a> へ続く</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251020/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>23年後のサバイバー 若松泰恵(2) 独立系の苦悩</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251014/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251014/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 13 Oct 2025 15:04:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[平井琢]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<category><![CDATA[石毛智子]]></category>
		<category><![CDATA[佐藤徳一]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/?p=20437</guid>

					<description><![CDATA[　「サバイバー」（2002年、TBS系）に出場、現在はラジオのパーソナリティなどで活躍する若松泰恵氏（50）の連載の第２回をお届けする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「サバイバー」（2002年、TBS系）に出場、現在はラジオのパーソナリティなどで活躍する若松泰恵氏（50）の連載の第２回をお届けする。16人の出場者に選ばれた若松氏は他の出場者とともに2002年３月、パラオへ向かった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />赤道直下の無人島へ<span class="Apple-converted-space"> </span></span></strong></span></p>
<div id="attachment_20438" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/ef4e8c3beb2aec7585c9f3f2e9c4f4d0.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20438" class="wp-image-20438" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/ef4e8c3beb2aec7585c9f3f2e9c4f4d0-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/ef4e8c3beb2aec7585c9f3f2e9c4f4d0-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/ef4e8c3beb2aec7585c9f3f2e9c4f4d0-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/ef4e8c3beb2aec7585c9f3f2e9c4f4d0.jpeg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20438" class="wp-caption-text">パラオでの若松氏、左は平井氏（若松氏提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバーの舞台は、番組では「パラオの無人島」と紹介されている。TBSの社内報によると「誰にも邪魔されずに、四〇日間生活できる無人島を探してくれ」と言われたＹディレクターが「ゲメリス島という最高の環境を見つけ出してくれました」（TBS 新・調査情報2002 9-10：creator’s voice サバイバー 安田淳 p61）と記載されている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ゲメリス島はNgemelis Islandと思われ、日本での表記はンゲメリス島、ジメリス島、ガムリス島と統一されていない。第二次大戦時の日米の激戦地であるペリリュー島（Peleliu Island）の北西、直線距離で12～15kmほどの場所に浮かぶ、おおむね南緯７度８分、東経134度13分に位置する赤道直下の無人島である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバーは16人が8人ずつの２チームに分かれ、さまざまなゲームを行なって負けた方がメンバーの１人を投票で追放していく。総勢10人になった時に両チームが合流し、仲間内でゲームを行なって１人ずつ追放していき、最後に残った２人のうちどちらが真のサバイバーに相応しいかを、追放された３位から８位までの６人の陪審員の投票で決定するという仕組みである。米ＣＢＳの人気番組「Survivor」の日本版である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ところが、このルールを若松氏は事前に理解できていなかった。米国版サバイバーも視聴したことはなく、「現地に行くまでルールを正確に理解していませんでした。ゲームに勝ったチームが負けたチームのメンバーについて『あの人、強そうだから落とそう』と、投票して落とすものだと思っていました。そもそも自分のチームで投票して自分のチームのメンバーを落とすという感覚がなくて、ロケが始まって他の人にルールの説明を聞いて『えっ！？』という感じでした」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　当然のように「戦略とかゼロです。何も考えていませんでした。そもそも『無人島に行ける、面白そう』という程度の考えで応募しましたから」（若松氏）と、優勝への道筋を深く考えることなく、現地に乗り込んだのである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />誰とも相談せずに投票<span class="Apple-converted-space"> </span></span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　若松氏が所属したベケウ（Bekeu=パラオ語で勇者）は、平均年齢26.0歳の若いチームで、リーダーにはリバーガイドの平井琢氏（当時26歳）が選ばれた（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250522/">”ごきげんよう” 23年後のサバイバー 平井琢（２）</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　チームの中で最初に問題を起こしたのが佐藤徳一氏（当時23歳＝無職）であった。支給されたペットボトル１本分の水を早々と飲み切ってしまい、メンバーから少しずつ分けてもらうという甘さ、無計画さが非難の対象となった。さらに、生活に必要なナタを紛失し、それが原因でメンバーと口論になり、高波邦行氏（当時23歳＝ボクサー志望）と殴り合いの喧嘩となってしまった。チーム内で孤立しているのは明らかで、追放される最有力候補と目されていた。</span></p>
<div id="attachment_20441" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/0a250334a6e99fb66074cee164633e2e.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20441" class="wp-image-20441" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/0a250334a6e99fb66074cee164633e2e-300x190.jpeg" alt="" width="220" height="139" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/0a250334a6e99fb66074cee164633e2e-300x190.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/0a250334a6e99fb66074cee164633e2e-768x486.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/0a250334a6e99fb66074cee164633e2e.jpeg 1020w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20441" class="wp-caption-text">ベケウチームの人間関係（作成・松田隆、イラストはＡＩで生成）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　幸いにも第１回の投票免除ゲームに勝って追放者は出なかったが、３日後の第２回の投票免除ゲームではデレブチームに敗れて追放者を出さなければいけなくなった。ベケウチーム８人が誰に投票し、誰を追放するのか。番組スタート当時は仲間による多数派工作もそれほど活発ではない。事実、若松氏には誰に投票するかという相談は全くなかったという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「他の人は話をしていたのか分かりませんが、私は誰とも（第１回の投票での追放者に関して）話していませんでした。あの時はぶーちゃん（佐藤氏）に７票集まると思っていました。『他に落とす人いないでしょ』、『話し合いなどする必要はないでしょ』、と。投票免除ゲームがスポーツ系のため、ぶーちゃんがいたら勝てませんから。勝たないと人がどんどん減っていくので負ける訳にはいきません。そのため、開票時に春日（尚）さん（当時34歳＝サラリーマン）に３票集まった時は愕然としました。（何で春日さんに３票入ってるの？）って、すごく思いました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　若松氏が愕然としたのは自身の予想と開票結果が大きく乖離していたことだけが理由ではなかった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「（ゲームの勝利を考えずに）誰かに帰って欲しいというのであれば私の中では断然、春日さんだったんです。ですから、春日さんに３票集まったのを見た時に『（事前に）言ってよ！』という感じでした。もし、その３人から『春日さんを落とそうと思うからワカも乗って』と言われれば乗ったでしょう」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><b>　</b>実際は何の相談もないまま投票した若松氏の１票が効いて、佐藤氏が４票で最初の追放者となった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />春日氏への複雑な思い</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　番組では放送されなかったが、若松氏は春日氏に対してはいい印象を抱いていなかったという。ことはパラオへの出発時に遡る。そもそも春日氏は他の15人とは別の便で遅れて現地入りした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「関係者から、春日さんは成田空港に来る際にパスポートを忘れて飛行機に乗れなかったと聞きました。それが本当かどうか分かりませんが、当時の私はそれを信じていました。そのため、私の中では『この人、やる気あるのか』という感じで見ていたのは事実です。そもそもテレビに出るのは非日常じゃないですか。それを『ただ、フワッときて、フワっと帰るつもりなのかな』と。春日さんはいつも飄々としていたので、『いやいやいや、テレビ番組だぞ、これは』と思っていました。ぶーちゃんも『変わりたい』と言っていたので、撮影のない時間には２人（春日氏と佐藤氏）にパワー注入です。『気合いを入れていくぞ！』という感じで。私も何様なんだという話はありますけど（笑）」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もちろん、若松氏も葛藤を抱えていたのは間違いない。最近、当時の日記を読み返したそうで「2人に『私、言い過ぎ？』って聞いたり、自分も完璧に色々こなせてもないのに、キツいこと言ってていいのかな？相手を傷つけてないか凹むこともあるけれど、言い方が加減出来ない。感情むきだし。はぁ～(ため息)』と書いてありました」と内容を説明する。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もともと若松氏はメディアでの活躍を目指して名古屋から横浜へと出て、日々、活動の場を広げることに腐心してきた。コネとも呼べない関係を頼りに、仕事を取ろうとしてきた若松氏にすれば、積極的に番組を盛り上げようという姿勢が見えない２人にもどかしさを感じたであろうことは容易に想像がつく。出場者の間で番組への温度差が存在したことは確かなようである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　当時のことを平井氏は「不安や戸惑いから『もう帰りたい』と漏らす人も多かったですね。そんな中でも、『私は残るよ』と力強く言っていたのは、若松さんだけでした」（参照・<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250522/">”ごきげんよう” 23年後のサバイバー 平井琢（２）</a>）と証言する。その点を受けて若松氏は以下のように説明した。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「もともとスポーツのレポーターになろうとしていましたし、業界に憧れもありました。それが鳴かず飛ばずで仕事がなく、地元に帰ってきたわけです。テレビに映るのなら長い時間映った方がいいし、よく見えるように映った方が得です。それを『売名だ』と言う人もいるかもしれませんが、『売名以外に何のメリットがあるの？』と言いたいですね。思い出作りで来ている訳ではありませんから。賞金1000万円を取りに来た人もいるでしょうし、松尾（純子）さん（当時36歳＝レストランプロデューサー）のように初代の優勝者になりたいと栄誉・称号を手に入れたい人もいました。そういう目的を持つことが正しいことだと当時の私は思っていました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />23年後の出場者の関係</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ベケウチームは続く投票免除ゲームにも敗れ、チームとしての２人目の追放者を出さなければいけなくなった。追放審議会もチームで２度目となると、追放者を巡って多数派工作が活発化していく様子は番組から見てとれる。若松氏を除く女性３人が集まって会話を交わすシーンや、平井氏が男女間で溝ができている状況を説明するシーンも流された。極めつけは高波氏で、「戦力的には男３対女３、プラス、ワカ（若松氏）という感じで…」と話す場面が放送された。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　若松氏はこの時、はっきりと男女どちらにも与しない独立系と見られていたようである。実際、この頃のことを振り返り「私の中ではぶーちゃんの次は春日さんでした」と、他のメンバーには相談せずに春日氏に投票したことを明かす。開票の結果は春日氏４票、石毛智子氏（当時25歳＝帰国子女）が３票で、１票差で春日氏の追放が決まった。</span></p>
<div id="attachment_20439" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20439" class="wp-image-20439" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-300x169.jpg" alt="" width="220" height="124" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-300x169.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-768x432.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-320x180.jpg 320w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/10/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3.jpg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20439" class="wp-caption-text">佐藤氏（右）と一緒に（若松氏提供、2025年撮影）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　２度の投票は共に１票差、そしてどちらにも与しない若松氏の１票が勝敗を分けた。本人は意識がなかったのかもしれないが、結果だけ見れば、完全にキャスティングボートを握る存在となっていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　投票から23年、20代・30代だったメンバーは熟年と呼ばれる世代へとなった。ゲームとはいえ、若松氏が追放した形の佐藤氏、春日氏との関係は気になるところである。筆者がそんなことをあれこれ考えていたところ、若松氏からメールが届いた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「久しぶりにサバイバーのことを思い出して懐かしくなったのと、ちょうど週末に…出張が重なりましたので、ぶーちゃんこと佐藤くんに連絡をとって、10数年ぶりに会ってきました。…懐かしい話に花が咲きました。」</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（SNS関連投稿⇨ <a href="https://x.com/rd_kawaraban/status/1977753258203496616">X</a> ）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">23年後のサバイバー 若松泰恵<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251020/">(3) 薄氷踏む日々</a>へ続く<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251014/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>3</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>23年後のサバイバー 若松泰恵(1) 始まりは扁桃腺</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250930/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250930/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Sep 2025 15:03:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<category><![CDATA[石毛智子]]></category>
		<category><![CDATA[中島瑞果]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/?p=20391</guid>

					<description><![CDATA[　「サバイバー」（TBS系）の出場者のその後を辿り、彼らにとってサバイバーがどのようなもので、今にどう活かされているかを探るシリーズ第２弾・若松泰恵氏をお届けする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「サバイバー」（TBS系）の出場者のその後を辿り、彼らにとってサバイバーがどのようなもので、今にどう活かされているかを探るシリーズ第２弾・若松泰恵氏をお届けする。”弱小”ベケウチームのメンバーとして最後まで生き残って第７位に入る見事なサバイバルぶりは、2002年の放送当時から目立つ存在であった。今も元気に地元メディアやモータースポーツの現場で活躍を続けており、第１回の今回は出場までの経緯を明らかにする。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />MCワカはFMで活躍中</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20392" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/top-waka.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20392" class="wp-image-20392" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/top-waka-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/top-waka-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/top-waka-768x461.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/top-waka.jpg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20392" class="wp-caption-text">ハートFMでMCを務める若松泰恵氏（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space"> </span>　名古屋市中区にある千早交差点の一角、一際目立つ赤く塗られた壁の奥に、ガラス張りの<a href="https://heartfm.jp/">ハートFM</a>のスタジオがある。９月25日（木）午後４時、「BEAT WAVE」という番組が始まり、MCワカ（<a href="https://heartfm.jp/team/mc-waka/">WAKA</a>）の声が流れた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「今日はですね、わたくし、このBEAT WAVE Thursday（木曜日）のですね、なぜだか取材が入っておりまして。この番組全体に取材が入るのは初めてだと思うんですけども、それでわざわざ東京から取材の方が来てくださっておりまして。多分、遅れてはいけないということで４時からの番組なのに、めっちゃ早く昼ぐらいにもう名古屋に到着して（ハートFMっていうのはどういうところなのかな）っていうので…」</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この日、取材に訪れた筆者を話の枕に振って、通常のトークへと入っていく。そのスムーズな進行と滑舌の良い話し方は、喋りのプロとしてのスキルを感じさせる。コミュニティFMとして名古屋地区の人だけでなく、インターネットを通じて全国の人に声を届けている（JCBA・<a href="https://www.jcbasimul.com/">インターネットサイマルラジオ</a> 東海地区）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　MCワカ（WAKA）は本名、若松泰恵（50）。2002年４月から始まったサバイバーファーストシーズンに27歳の時に出場、全行程39日のうち31日目まで残り、旧チームのメンバーが全員追放された後も孤軍奮闘して７位に入った。166cmのスラリとした体型に、端正な顔立ちから男性ファンが多かったことでも知られる。ネット上では「1stシリーズにおけるヒロイン的な立ち位置の人物」と紹介されている（Wikipedia・<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/サバイバー_(日本のテレビ番組)">サバイバー (日本のテレビ番組)</a>）。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />中高の教員免許取得も実家に”就職”</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　若松氏は1975年、愛知県西尾市の出身。実家は工具店を営んでおり、３人きょうだいの長女で、番組出場時は実家の手伝いもしていたことから「工具店の看板娘」などと紹介されることもあった。小学校の頃、当時、人気のあったＦ１をテレビで見て、その魅力に惹かれた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space"> </span>　「最初にハマったのが（アイルトン）セナ、（アラン）プロストとか、中島（悟）さん、そのあたりの時代です。その後に（ミヒャエル）シューマッハです」と言う。好きだったセナの事故死（1994年５月１日）には「ショックでしたね。シュンとなってしまって、『もう見るのやめようかな』と思うぐらい」と言いつつも、一方で「人が亡くなったのにファンが減らないスポーツって何だろうと思いました。（ドライバーが）命懸けでやっているということも（人気の理由として）あるのかな」と複雑な思いを抱いたという。その後、『バイクも面白いな』と感じて興味の範囲を広げていく。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　地元・西尾市で高校時代まで過ごして1993年に名古屋市内にある大学の文学部日本文学科に進学、近代文学を専攻した。受験科目では国語が得意で文章を書くことが好きだったこと、マスコミに入り編集やライティングをしたいという漠然とした思いがあり、４年制大学への進学を決めた。在学中には教職課程も履修、教育実習も行って中学・高校の国語の教員免許を取得した。</span></p>
<div id="attachment_20395" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/1a99daf53e8413bf5b66ecfba0d953ce.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20395" class="wp-image-20395" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/1a99daf53e8413bf5b66ecfba0d953ce-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/1a99daf53e8413bf5b66ecfba0d953ce-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/1a99daf53e8413bf5b66ecfba0d953ce-1024x614.jpg 1024w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/1a99daf53e8413bf5b66ecfba0d953ce-768x460.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/1a99daf53e8413bf5b66ecfba0d953ce.jpg 1191w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20395" class="wp-caption-text">幼い頃の若松氏（本人提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　大学時代は就職氷河期と呼ばれた時代、母親が体調を崩したこともあり就職活動はせずに実家の事業を手伝うことにした。こうして「工具店の看板娘」というサバイバー出場時のプロフィールの土台が出来上がることになる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もっとも実際に家の仕事を手伝うことになると、私生活も仕事も24時間、家族と一緒に過ごすことになり、それが苦痛になった。もともとマスコミ志望、タレント事務所の研修生に合格したこともあって横浜で一人暮らしを始め、東京で仕事をこなすようになる。しかし、簡単には仕事はもらえない。「CMのエキストラなどをしましたが、（定期的な）仕事は何もなくて。『25歳にもなって、私、何をやってるんだろう』と思って」（若松氏）、2000年に愛知県に戻る。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　帰郷してすぐに自宅のPCを利用してホームページを作成、スポーツレポーターを目指し個人サイト「ワカの部屋」を開設（現在は<a href="https://mc-waka.jimdosite.com">mc_waka</a>）。スポーツの観戦記をアップしていたが、同年10月には知人の勧めもあって得意分野のモータースポーツに活動の照準を合わせた。たまたまその知人がレース関係者に知り合いがいたため、ライダーヘルパーやイベントスタッフの仕事もこなすようになる。やがてトライアルデモンストレーションのMCという、重要なポジションも経験することとなった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして「コネとも言えないような関係」（若松氏）を必死に手繰り寄せて、モータースポーツの世界に自らの居場所を確保していった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />オーディション会場で会った個性豊かな人々</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　モータースポーツの世界で格闘していた2002年１月、たまたまテレビでサバイバーの出場者募集のＣＭを目にする。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「その頃、扁桃腺の手術をして、たまたま家にいました。普段なら絶対にテレビを見ない時間です。ＣＭを見て『無人島で生活するって面白そう』と興味を持ち、ネットで検索して応募しました。住所、氏名に志望動機を書く程度で写真も送っていないと思います。応募フォームからの応募で、（あっさりし過ぎて）自分で出したことを忘れるぐらいでした」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　名古屋地区の会場に行くと面接があり「自分はどういう性格だと思うか」「男女が混じって集団生活をすることになりますが、うまくやっていく自信がありますか」など、「当たり障りのないこと」（若松氏）を聞かれた。「その時、私は『誰とでも仲良くなれるので大丈夫だと思います』みたいなことを言った記憶があります。面接担当の方が『こういう人が来るかも』『こんな人もいるかも』みたいな変な人の例を出したのですが、私は『全然平気ですね』と言いました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その受け答えがよかったのか、名古屋でのオーディションに合格してＴＢＳで行われる面接に臨むことになった。指定された日にＴＢＳに行くと大きな会議室のような部屋に集められた。50人程度が集まっていたという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　全国から集まった出場候補者を見ていると、個性豊かな人が集まっているのが感じられた。「すごく綺麗な女性が２人いました。タレントさんみたいなオーラをまとっていて。その２人はオーディションで仲良くなったのか、よく分からないのですが、私など名古屋の田舎の子ですので、その２人はいかにも東京の人という感じの華やかで綺麗な人だなと思いましたし、とても目立っていました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　さらに自分の隣に座った男性に驚かされた。「その人、鏡を持っていたんです。自分の髪を気にしている様子で、言葉を選ばずに言えばナルシストっぽい感じでした。それでアンケート用紙が配られて『無人島に３つ持っていけるとしたら、何を持っていくか』というような質問があったのですが、その男性が『鏡』って書いているのが見えてしまって…。『この人、ヤバい』という印象を持ちました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />集合した16人のサバイバー</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　この時の合格者の発表はＴＢＳの特番の中に組み込まれた。若松氏の自宅にＴＢＳのスタッフが合否が入った封筒を持って訪れ、封を開けてそのリアクションを撮影したいという趣旨の話を事前に伝えられた。「それを聞いた時に完全に合格したと思いました。『まさか愛知県まで来て不合格はないでしょう』『不合格を撮りに来ないでしょう』と」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　若松氏の予想通り、封筒の中には合格通知が入っており、後に番組で使用するスポーツレポーターとして選手をインタビューするシーンなどを撮影していった。</span></p>
<div id="attachment_20393" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/IMG_8487.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20393" class="wp-image-20393" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/IMG_8487-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/IMG_8487-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/09/IMG_8487.jpg 652w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20393" class="wp-caption-text">ハートFM外観（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　こうして2002年４月から始まる番組の出演者16人が決定し、舞台となるパラオに向かう前にＴＢＳに全員が集められた。会場に行くと「いかにも東京の人という感じの華やかで綺麗な人たち」と感じた２人の女性も合格していたことを知った。それが中島瑞果氏（当時30歳、珈琲豆専門店店員）と石毛智子氏（当時25歳、帰国子女）であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　また、隣で鏡を見ていた”ナルシスト”の匂いがする男性の姿を見かけて、（あ、いた！）と声を出しそうになったという。それが岡部泰三氏（当時26歳、ボーイスカウト日本代表）であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　石毛氏とはベケウチームで一緒になり、最後は追放の対象としてお互いの名前を書いて争うことになる。また、中島氏は31日目に若松氏の名前を書いて追放のための１票を投じる。もちろん、その時点で若松氏にはそんな未来は想像すらできなかった。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（SNS関連投稿⇨ <a href="https://x.com/rd_kawaraban/status/1972679618617606388">X</a> ）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">23年後のサバイバー 若松泰恵<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20251014/">(2) 独立系の苦悩</a> へ続く</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250930/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>”ごきげんよう” 23年後のサバイバー 平井琢（４）</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250526/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250526/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 26 May 2025 06:58:54 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[平井琢]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<category><![CDATA[小野郷司]]></category>
		<category><![CDATA[松尾純子]]></category>
		<category><![CDATA[蓑島恵利]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/?p=20079</guid>

					<description><![CDATA[　2002年に放送され、今でも根強い人気を誇る「サバイバー」（TBS系）に出場した平井琢氏（49）の連載の最終回をお届けする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2002年に放送され、今でも根強い人気を誇る「サバイバー」（TBS系）に出場した平井琢氏（49）の連載の最終回をお届けする。番組出演当時26歳だった若者は2025年の今は埼玉県長瀞町でアウトドアスポーツを目的とするツアー企画、運営などを手掛ける会社を経営するとともに、同町観光協会副会長を務めている。多忙な日々を送る社長にとって、23年前のサバイバーとは何だったのか。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />2012年にアムスハウス＆フレンズ設立</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20086" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/fbba7224ff30d535ce0307c24796fb48-1.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20086" class="wp-image-20086" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/fbba7224ff30d535ce0307c24796fb48-1-300x200.jpg" alt="" width="220" height="146" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/fbba7224ff30d535ce0307c24796fb48-1-300x200.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/fbba7224ff30d535ce0307c24796fb48-1.jpg 520w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20086" class="wp-caption-text">アムスハウス＆フレンズ公式サイトから、最後方が平井氏</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバーが2002年４月に収録が終了して帰国後は仕事に復帰する。繁忙期を中心に、ラフティングのガイドとして雇ってくれる現場があれば出向き、長野県白馬村や北海道十勝地方など、全国各地を回った。サバイバー放送後、しばらくは修学旅行でラフティングに来た学生などから「リーダー！」と声をかけられていたという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その後は長瀞町でパソナの先輩社員が立ち上げた会社に戻り、ラフティングのガイドを続けた。30代半ばになると独立を考えるようになり、2012年３月に株式会社アムスハウス（商号・<a href="https://amshouse.co.jp">アムスハウス＆フレンズ</a>）を立ち上げる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「これも偶然が重なったのですが、もう、やめるという会社があり、使用していた機材を安く譲っていただけることになりました。それで自己資金と借入を合わせてスタートしました。２年ぐらいは自分の給料が出ないような状態が続きましたが、３年目ぐらいから何とかなったという感じです」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　このアムスハウス（Amshouse）という言葉はジャマイカの言語であるパトワ語の「掘立て小屋」に由来するという。同社HPには以下の説明が掲載されている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「広い野原に立つ掘っ立て小屋のような場所があれば、そこに集まる仲間たちと一緒に、ワクワクするような悪巧みや冒険ができる―そんな「秘密基地」を作りたいという思いを込めて、【アムスハウス】という名前をつけました。まるで幼い頃、仲間が集まって自由に遊び、何か新しいことを企てたあの頃の感覚を大人になった今でも取り戻したい、そんな夢のある場所を作りたかったのです。」（同社HP・<a href="https://amshouse.co.jp/company/">ご挨拶</a> から）</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　ラフティングというアウトドアスポーツを扱う会社としての方向性が示されていると同時に、そのコンセプトに「サバイバー」に通ずる部分が感じられるのは興味深い。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />地域貢献・業界への貢献の思い</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そもそも平井氏は、パソナ時代の先輩が始めた会社の立ち上げに関わったことから長瀞で働き始めた（”ごきげんよう” 23年後のサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250521/">平井琢（１）</a>参照）。たまたま働き始めた長瀞であるが、ラフティングに関して「安全第一」 を考える上では絶好のフィールドであったことから、同地に落ち着くこととなった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2014年に結婚し、現在は２児の父。長瀞町に居を構え、長瀞ラフティング業者協議会の会長職も2020年まで通算で６年就いた。現在は同町の観光協会副会長も務めている。リスクマネジメントの講演で呼ばれることも少なくない。</span></p>
<div id="attachment_20084" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/d6e5bea0d5384e776ed6b1c7251fcc57.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20084" class="wp-image-20084" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/d6e5bea0d5384e776ed6b1c7251fcc57-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/d6e5bea0d5384e776ed6b1c7251fcc57-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/d6e5bea0d5384e776ed6b1c7251fcc57.jpeg 624w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20084" class="wp-caption-text">サバイバー出場前、豪ケアンズでリバーガイドをしていた頃（本人提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　30代後半から業界や地域への貢献を意識した生活にシフトしていった。以前は「サバイバーに始まって海外に行きたいとか、フラフラしていた」（平井氏）ものが、地域に根付いた活動を始めた理由は２つあるという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「昔は、ただ好きなことをやっていましたが、起業したことと家族を持ったことで、そこに付随することにも目を向けないといけないというのを感じるようになりました。結婚して家族をもって自分が本当に社会の一員になったという意識が芽生えました。お金を稼いで家族を養うだけではなく、自分の子供が行っている学校など、地域社会はものすごく大事だと思うようになりました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　起業が36歳、結婚が38歳。サバイバーから10年の月日を経て、ベケウのリーダーは地域のリーダーへと変わっていったということであろう。もともと、頼まれたら嫌と言えない性格。観光協会の理事から始まり、さまざまな役職を頼まれては引き受けてきた。そのことで業界や地域のことがより理解できるようになり、貢献への意識も高めてきた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「色々な役職を経験するうちに、地域社会の仕組みをブラッシュアップしたり、スムーズに世代交代をしたり、という役割は僕たちがしなければいけないと感じるようになりました。それをすることが一番の地域貢献であり、課せられた社会的責任と感じています」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />点にとどめず線に繋がるチャレンジを</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバーのメンバーとは今も交流がある。特に交流が多いのが巧みな戦術でゲームメイクして番組を盛り上げた小野郷司氏（当時32歳、会社経営）で、家族ぐるみの付き合いになっている。平井氏の夫人はサバイバーをリアルタイムで視聴していなかったため、小野氏と初めて会うことになった時に、録画したものを見せて「小野さんについて予習」（平井氏）してから、会わせたとのこと。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　冷徹なゲームメーカーの小野氏は番組内では「悪魔」と呼ばれるなどヒールと言っていい役回りであったが、実際は「すごくいい人」（平井氏）で、そうした異業種の人と今でも繋がっていられるのはサバイバーに出場したからこそという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　平井氏にサバイバーで得たものは何かを問うと、今でも付き合いのある仲間の存在とともに、現在の生活に繋がる出発点であることを強調する。「（サバイバーで）得たものは、物事を俯瞰することの重要性です。瞬間だけで物事を捉えて導き出す判断では、あまりうまくいかないことを最初に実感したのがサバイバーでした。今、レスキューの講習などで『様々な視点から物事を見ましょう』と言っています。視点取得という言葉を使っていますが、自分の中で、その始まりはサバイバーにあったように思います」と言う。それが今の会社経営やそれ以外の講習などで役に立っているという認識である。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　昨日の敵と今日の友が頻繁に入れ替わるような状況で、時に協力しながらも最終的には互いを追放し合う人間関係の中で１か月近くモマれれば、物の見方が変わって当然。最終的な優勝というゴールから逆算して、今、何を為すべきかを考える思考は嫌でも身に付くのかもしれない。<span class="Apple-converted-space"> </span></span></p>
<div id="attachment_20081" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/0e317333ae281faf116ac277938f90b4.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20081" class="wp-image-20081" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/0e317333ae281faf116ac277938f90b4-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/0e317333ae281faf116ac277938f90b4-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/0e317333ae281faf116ac277938f90b4.jpg 765w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20081" class="wp-caption-text">長瀞の名勝「岩畳」で笑顔の平井氏（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　パラオの無人島で16人が共同生活をしながら戦いを続けてから23年。26歳だった平井氏はまもなく50歳を迎える。番組当時に生まれた子供が、出場時の平井氏の年齢に達しようかという年月を経た今、現代の若者に伝えたいことを聞いた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「やりたいことにチャレンジしつつ、チャレンジの先をイメージすることが大事だと思います。僕は失敗してきた人間だと思っています。でも、失敗してもチャレンジが次に生かされればそれでいいと思います。チャレンジを点にしないで、線にする作業が大事ではないでしょうか。若松（泰恵）さん（当時27歳、自営業手伝い）は、その先のステップとしてサバイバーにチャレンジしたのでしょう。僕は先をイメージせずにサバイバーにチャレンジしましたが、結果として、そこから先に繋げました。どういう形にせよ点にとどめず、線にすることが大事なことと思います」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　2025年の長瀞と2002年のパラオの無人島は、平井氏の中で確実に繋がっている。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">（おわり）</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">”ごきげんよう” 23年後のサバイバー<a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250521/"> 平井琢（１）</a>へ戻る</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250526/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>”ごきげんよう” 23年後のサバイバー 平井琢（２）</title>
		<link>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250522/</link>
					<comments>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250522/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[松田 隆&#x1f1ef;&#x1f1f5;　＠東京 Tokyo&#x1f1ef;&#x1f1f5;]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 May 2025 10:01:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[芸能]]></category>
		<category><![CDATA[サバイバー]]></category>
		<category><![CDATA[平井琢]]></category>
		<category><![CDATA[若松泰恵]]></category>
		<category><![CDATA[小野郷司]]></category>
		<category><![CDATA[松尾純子]]></category>
		<category><![CDATA[平川和恵]]></category>
		<category><![CDATA[高波邦行]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://reiwa-kawaraban.com/?p=20052</guid>

					<description><![CDATA[　23年前に人気を博したバラエティ番組「サバイバー」（TBS系）に出場した平井琢氏（49）のその後を追う連載の第２回をお届けする。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　23年前に人気を博したバラエティ番組「サバイバー」（TBS系）に出場した平井琢氏（49）のその後を追う連載の第２回をお届けする。「あいのり」（フジテレビ系）への出演依頼を受けた平井氏であるが、タッチの差で契約書にサインしたTBS系の番組に出場することになり、舞台となるパラオに向かった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />デレブとベケウ 30代vs20代の構図</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20053" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/044e39eb62a1d7474a3e9f7a28e6271a.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20053" class="wp-image-20053" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/044e39eb62a1d7474a3e9f7a28e6271a-300x200.jpg" alt="" width="220" height="147" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/044e39eb62a1d7474a3e9f7a28e6271a-300x200.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/044e39eb62a1d7474a3e9f7a28e6271a-768x512.jpg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/044e39eb62a1d7474a3e9f7a28e6271a.jpg 850w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20053" class="wp-caption-text">サバイバー出演当時の平井氏（本人提供）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　米国版サバイバーも見たことがなかった平井氏はサバイバーがどのようなものなのか、勝利のための戦略の立て方など詳細はよく分からないまま現地入りした。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　参加した16人はデレブとベケウの８人ずつのチームに分かれ、それぞれ離れたビーチを拠点とした。デレブは最も若い岡部泰三氏（ボーイスカウト日本代表）でも26歳、最年長は黒岩敦夫氏（漁師）の56歳と平均年齢34.75歳の熟年チームであった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　対して平井氏が属したベケウチームは最年長でも春日尚氏（会社員）の34歳、最も若い渋谷美奈氏（短大生）に至っては未成年（当時）の19歳、平均年齢26.0歳という若いチームであった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　このあたりは制作サイドの意向が働いたものと思われる。構成メンバーを均等に割り振ると、各チームの特色が出にくいため、一方は30代を中心に人生経験豊富で人生の機微を心得たチームとし、他方は20代を中心に体力面で優れたチームとしたと推測される。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その結果、”熟年”デレブは戦略に長けた小野郷司氏（当時32歳、会社経営）がゲームメーカーとなってチームをコントロールし、合流後もその構図は変わることはなかった。それに対して平井氏の”青年”ベケウは社会的には未成熟な20代が多いだけに各構成員がチームの重要性を理解しながらも、個性を主張する場も多く、まとまりきれない場面が目立った。分裂の火種を残したまま合流した結果、相手を切り崩せずに１人１人追放されていくマイノリティの悲哀を味わうことになった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　平井氏自身26歳、そうしたベケウの若さによる脆弱さを感じていたという。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「高波（邦行）くん（当時23歳、プロボクサー志望）もそうですが、みんな若くて、どこか落ち着かない雰囲気がありました。現地では日が沈むとやることが限られてしまい、夜は自然と焚き火を囲んで話す時間になります。そんな中で、不安や戸惑いから『もう帰りたい』と漏らす人も多かったですね。そんな中でも、『私は残るよ』と力強く言っていたのは、若松（泰恵）さん（当時27歳、自営業手伝い）だけでした」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その若松氏がベケウチームの構成員として最後まで残った（第７位）のは偶然ではないのかもしれない。「若松さんは野心家ですね。サバイバーをきっかけに、その後の活躍を目指していたと思います」と、平井氏は言う。実際に若松氏は出場時には実家の工具店の経理事務と並行してスポーツレポーターとしての活動も行っており、モチベーションの部分で他のメンバーとは異なる次元にあったのかもしれない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　そんな若松氏とは今でも交流が続いている。「２年前（2023年）にいきなり、ここ（長瀞町）に来てくれました。海外に行くとかで『その前に会いたかったんだ』とやってきて、他愛のない話をしました」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　かつてのサバイバーたちが今でも交流を続けているのは、番組を視聴していた者としては何か嬉しさを感じる部分ではある。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />平井氏と主婦・平川氏との関係</span></strong></span></p>
<div id="attachment_20057" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/dd297e71300577650f23da28df267538.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-20057" class="wp-image-20057" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/dd297e71300577650f23da28df267538-300x180.jpg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/dd297e71300577650f23da28df267538-300x180.jpg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/05/dd297e71300577650f23da28df267538.jpg 709w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-20057" class="wp-caption-text">長瀞町の観光名所”岩畳”に立つ平井氏（撮影・松田隆）</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space"> </span>　ベケウチームの若さという弱点を感じていた平井氏は、本来なら集団を引っ張るべき30代の春日尚氏、平川和恵氏（当時31歳、主婦）が十分にリーダーシップを発揮しなかったことを残念に思っている。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「（30代の２人は）何をしにきたのだろうと思いました。テレビの番組なのに、テレビに対してアピールすることが全くなくて『これじゃあ、番組にならないな』と。特に平川さんはキャラクターもいいのにカメラの前でアピールしないので、もったいないと思っていました。彼女は僕より年齢が上でしたから、彼女がリーダーをやるべきだったと思うのですが、あまりやりたがりませんでした」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　30代が”控え”のポジションに回ったことでベケウチームが若さを前面に押し出す形になり、それがウイークポイントになってしまったのかもしれない。もっとも、平井氏は平川氏に対して悪いイメージは持っていない。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「彼女とは裏（カメラが回っていない場所）でよく話しました。番組では僕と対立しているように描かれていましたが、途中まですごく仲が良かったです。僕の悪口も放送されましたが、それは面と向かって言われていたことですから」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />演出と現実の狭間</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　平井氏がリーダーとして苦悩する部分は番組内でも大きなトピックとして扱われた。デレブチームの小野氏がカリスマ性をもってメンバーを把握しているのに対して、自身はリーダーシップを発揮できていないというものである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　物資調達チャレンジ（ゲームで買ったチームが物資を手にできる）で、ベケウチームがバーベキューをする権利を勝ち取った際に、デレブチームの誰か１人を呼ぶことができることになった。その時にベケウチームの選択は、相手のリーダーの小野氏であった。普通であれば、チームで浮いていそうな人を選び、合流後に仲間に引き入れられるように考えそうなものであるが、なぜか多数意見は小野氏であった。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「思った以上に、みんなが『小野さん、小野さん』と持ち上げていたので、正直（みんな、ちょっと単純だな…）と思いつつも、『みんながそう決めたなら、まあ呼んでもいいかな』という気持ちでした。今振り返ると、僕以外には何かしらの演出が入っていたのかもしれません。小野さんを含めて、『平井くんをちょっと…』と仕掛けたくなるような雰囲気のディレクターたちだったので（笑）」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　その後、ベケウチームが家の修復を巡って意見が対立し、平井氏が激怒して椰子の葉のような大きな枝でできた雨よけを壊し、涙を流す姿が放送された。若干、演出めいた感じのシーンであるが、平井氏はその事情についても語った。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「あれは演出だったと思います。実は『サバイバー』は途中で演出担当が変わっているんです。前半を手がけていたのは、今では考えられないような大胆な演出をする方で、非常に勢いのある方でした。ただ、その演出が物議を醸し、途中で交代となりました。僕が家を壊した場面も、その方の演出の一環だった気がします。生活中にスタッフと面談して色々と聞かれますが、その時に『チームがだらけているから喝を入れてくれ』と言われました。そこで石毛さんと『どうすればいいかな』と話して、『女性陣はムダ毛ばかり抜いている、という話からしようか』という話をしていました」。</span></p>
<div id="attachment_19365" style="width: 230px" class="wp-caption alignleft"><a href="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/02/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-1.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-19365" class="wp-image-19365" src="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/02/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-1-300x180.jpeg" alt="" width="220" height="132" srcset="https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/02/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-1-300x180.jpeg 300w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/02/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-1-768x461.jpeg 768w, https://reiwa-kawaraban.com/wp/wp-content/uploads/2025/02/3e82518db10b0b7ec0b3d02389c5d736-1.jpeg 992w" sizes="auto, (max-width: 220px) 100vw, 220px" /></a><p id="caption-attachment-19365" class="wp-caption-text">写真はイメージ</p></div>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　もっとも、平井氏は台本のある場面を演じるような100％の演出ではないとする。自分の心の中のものが引き出されたもので、演出をもちかけられたのは、そのきっかけと考えられるからである。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　「あれは演出かもしれませんが、半分は本当です。確かに打ち合わせはしましたけど、途中から僕も感情が溢れてきて、涙が出てきてしまいました。ある意味、アツくなってしまったというか。けしかけられはしたけど、そう思っていなかったわけではなく、小野さんの件も僕が全く気にしていなかったわけではありません」。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　サバイバーはバラエティ番組であり、制作サイドの思惑をどこまで番組に反映させるかは、報道やドキュメンタリーとは自ずと異なる。誰を追放するかなど、番組の主軸の部分が演出によっていたのであれば倫理上の問題は発生するかもしれないが、そうではない部分では視聴者もある程度割り切って見ていた部分はあるように思う。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="font-size: 14pt;"><strong><span style="color: #000000;"><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/16.0.1/72x72/25fe.png" alt="◾" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" />合流前に苦戦を予感</span></strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><span class="Apple-converted-space"> </span>　こうして26歳の平井氏は仲間たちと苦労を重ねながら南の島の生活を続けた。結局、ベケウチームはゲームで敗れて４人を追放し、残った４人で、６人のデレブと合流することになる。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　数的に劣る状況は、単純な投票での決着となれば勝ち目がないのは明らかで、全員が追放のリスクを背負い込む形での合流となった。相手チームの”浮き駒”を引きずり込む多数派工作に活路を見出すしかないが、合流前の時点で平井氏は勝ち目が薄いことを感じていた。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">　詳細は次回へ。</span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #000000; font-size: 12pt;">”ごきげんよう” 23年後のサバイバー <a href="https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250525/">平井琢（３）</a>へ続く</span></p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://reiwa-kawaraban.com/entertainment/20250522/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>2</slash:comments>
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
