24年後もサバイバー 中島瑞果(9)思いは今も
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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サバイバー日本版(TBS系)でトップ3に残った中島(現姓・丸山)瑞果氏も、島を去る日がやってきた。ファイナル進出を懸けた最後の追放免除ゲームで、今でも悔やむミスで脱落する。”みずっち”のサバイバーは終わった。
◾️『ターザン』を忘れた
中島氏が「姐やん」と慕う松尾純子氏(当時36歳=レストランプロデューサー)が島を去り、残るは中島氏と蓑島恵利氏(当時28歳=ダイビングインストラクター)と吉野大輔氏(当時30歳=元僧侶)の3人となった。
残り2日となった38日目に行われた追放免除ゲームは、審議会が行われる場所で実施され、これまで追放されたサバイバーたちに関するクイズが出された。問題が読み上げられ、それぞれが手元のボードに答えを書き、間違えた段階で脱落していく。
陪審員5人が並ぶ中、最後のゲームに挑む3人。
「ピリピリとした空気を感じて陪審員の顔を見られませんでした。小野っち(小野郷司氏、当時32歳=会社経営)は、私が裏切って投票したと思っていると感じていたし、姐やんを含め『なんでそこにお前がいるんだよ、そこには自分がいるはずだったのに』と思われている気がしていたからです。」(中島氏、以下、断りがない限り同氏)
1問目は全員が正解、2問目は全員が不正解と決着がつかずに迎えた第3問は、合流後に平井琢氏(当時26歳=リバーガイド)が2連勝した追放免除ゲームの内容を答えるものであった。正解は鬼ごっこ(サバイバルゲーム)と、ターザンロープ。ここで中島氏は脱落した。
「緊張したのか、どうしてもターザンジャンプ(ロープ)の名前が出てこなくてダメでした。『終わった』と思いました。」
極度の緊張状態にあったことが、いつもの力を発揮できなかった一因なのかもしれない。もっとも、実際は小野氏、松尾氏らは中島氏を応援しており、後に「口パクでヒント出そうとしてたのにこっちを見ないんだもん。」と冗談めかして言われたそうである。
第4問で吉野氏が正解し、追放免除の証を手にした。ゲームから1時間後に追放審議会が行われると告げられて、いったん、3人はその場を離れる。最後の投票は追放免除で勝った吉野氏だけが追放したい人の名前、すなわち、中島氏か蓑島氏の名前を書く。残る2人は相互に投票し合うしかないからである。
投票を待つ1時間の間、中島氏は「『よっしー、(優勝賞金の)1000万円に目が眩め』、『1位に固執しろ』と念じていました(笑)。以前、私に『一番勝者のイメージがない』と言っていたわけですから、ファイナルにそういう人間を選べば優勝できるかもしれないと考えろ、と。理想の優勝者を選ぶとか言ってないで、どうしたら優勝に近づけるかを考えろと願っていました」と言う。
◾️金色に輝く銅メダル
投票の前、吉野氏は番組の中でこう答えている。
「おそらく今までの投票の中で一番辛い、名前を、僕は書かなければいけなくなった。蓑島恵利と中島瑞果はどこへ出しても恥ずかしくないファイナリストです。」
もっとも、以前に吉野氏は中島氏に面と向かって「勝者のイメージがない」と言い、それ以外にも「コバンザメ、金魚のふん」などの罵詈雑言を浴びせていたというのであるから(参照・24年後もサバイバー 中島瑞果(8)謎めく発言)、内心は別のところにあったように思える。
最終的に吉野氏は、中島氏を最後の追放者に選んだ。投票用紙には中島氏の名前とともに「金色に輝く銅メダルを君に」との文言が付されていた。松明の炎が消された後、中島氏は涙を浮かべて最後の言葉を述べた。
「ベスト3は一生自分の誇りにもなるし、これからの人生ですごいプラスになると思う。本当にどうもありがとう。本当は最後に勝者になってから『ありがとう』って言いたかったけど、それは2人に残しておきます。頑張ってください。」
審議会の場を離れてから、カメラに向かって涙を拭いながら「寂しい、悲しい。あとちょっと、みんなと居たかった。最後まで見たかった。」と話す部分が放送された。
こうして中島氏の38日間にわたる戦いは終わった。サバイバー全39日の1日前での追放、しかも出場期間を通じて、ただ1票だけ投じられた追放票であった。
◾️黒岩氏追放の裏で
あれから24年、最後の追放免除ゲームでターザンロープを失念したことを今でも悔やんでいるとのこと。「子供をアスレチックに連れて行った時に、そうした遊具が目に入ると『ああ、ターザンジャンプが…』という感じで、苦々しい思いが蘇ります」と言う。
中島氏にこうした思いが残るのも、無理からぬことかもしれない。そこにはテレビ局独自の事情が絡んでいるようにも思える。
当時、番組を見ていた筆者を含む視聴者は、終盤になって制作サイドが吉野氏を残したい思惑があったように感じられたのではないか。たとえば女性3人、男性1人のトップ4の時点で、追放免除ゲームが水上綱引きとされ、腕力に勝る男性(吉野氏)に圧倒的に有利で、実際に吉野氏が追放を免除された。これには中島氏も「その時は『ゲームの内容を性差の面からも考えてほしい』と、スタッフサイドに不信感を抱きました。誰を残したいのかバレバレじゃないですか」と語っている(参照・24年後もサバイバー 中島瑞果(8)謎めく発言)。
その前のトップ5での追放免除ゲームはパラオ語暗記クイズで、中島氏が追放免除の証を手にした。この場合、ここまでの人間関係やゲームへの強さを考えれば4人揃って吉野氏に投票するのが自然と思われるが、小野氏追放の後、人が変わってしまったように協調性を失った黒岩敦夫氏(当時56歳=元漁師)が満票(4票)で追放された。
いかに協調性を失ったからと言っても、投票については少なくとも中島氏・松尾氏・黒岩氏の3票で吉野氏を落とすことは可能であったはず。「黒岩さんを巻き込んで、吉野さんを落とすことは考えなかったんですか?」と筆者が聞くと、「あそこはそれ(黒岩氏追放)以外の選択肢はありませんでした」と残念そうに語る。
黒岩氏はメンバーから孤立しただけでなく、制作スタッフとのトラブルも発生していたという。
「聞いた話なので詳細は分かりませんし、そもそも話が真実かどうか分かりません。ただ、ここで黒岩さんを追放できなかったら、サバイバールールで失格にされるという話がありました。『お父ちゃんをそんな目に遭わせるわけにはいかない』ということで、私たち4人の考えが一致したわけです。」
こうして吉野氏は2回続けて追放を免れ、トップ3に辿り着いた。制作サイドが番組を盛り上げるために、キャラクターが際立っている小野氏、松尾氏、吉野氏らを中心にしたいという考えを持っても不思議はない。ところが小野氏、松尾氏が追放され、残るは吉野氏のみ。中島氏と蓑島氏はそれまでさほど目立つ行動をしておらず、要は『キャラが立っていない』存在であった。トップ3が中島氏・蓑島氏・黒岩氏となった場合、番組としては地味になってしまうという考えが制作サイドにあったのかもしれない。
◾️逆転した価値観
中島氏が忸怩たる思いを抱くのは、上記のような制作サイドの思惑が感じられたこと以外にもあるように思われる。それは番組の趣旨から外れた吉野氏の価値観が少なからず影響している。
ここからは筆者の推測である。放送を見る限り、吉野氏のサバイバーに対する価値観は揺らいでいるように見える。松尾氏追放の場面で吉野氏は「この名前を書きたくなかったです。でも、より強い、より尊敬する人を残すための確実な一手はこれしかないんです。」と言って松尾氏に投票した(参照・24年後もサバイバー 中島瑞果(8)謎めく発言)。「より強い、より尊敬する人」を落としてこそ、自身が優勝に手が届くのであり、強敵を残すために投票するのは敗退行為に等しい。
そもそも「より強い、より尊敬する人」を選ぶのは陪審員の仕事である。プレイヤーは、そういう人を落として自身が優勝者となるべく振る舞うという、陪審員とはある種、利益相反の関係にある。サバイバー米国版のロゴには「outwit, outplay, outlast」(知恵と身体能力で上回り、誰よりも長く生き残れ)と書かれている。そうやって生き残った者が真のサバイバー、優勝者に相応しいという考えである。
そのような戦い方が日本的な価値観では相手を騙し、威圧することで生き残るというネガティブなイメージとして捉えられ、優勝者に払われるべき尊敬が薄れてしまうという不安が制作サイドに生じていた可能性はある。
吉野氏からすれば、陪審員の構成から自身がファイナルに残っても優勝の可能性はほぼゼロと分かっていたはずで、その中では自分が尊敬できる、あるいはお気に入りのプレイヤーを優勝させる、そこに自身の存在価値を見出すしかなかったのかもしれない。
結果として吉野氏の行為は、陪審員と利益相反の関係にあるべきプレイヤーが陪審員と同じ利益を目指して行動するという番組のよって立つ論理を揺るがしかねない事態を生じさせるとともに、競争相手の利益のために行動する敗退行為と受け取られかねないものであった。
蓑島氏も同様に松尾氏追放の場面で「私にとってサバイバーはゲームとして割り切ることはできませんでした。」と語っている。
一方、中島氏と松尾氏は「outwit, outplay, outlast」を通じてあくまでも優勝を目指していた。その立場からすれば、吉野氏の行為や、その吉野氏を残そうとしているように見える制作サイドには釈然としない思いが残るのは理解できる。
◾️思いは今も胸に
筆者は、本件取材とは別件で話を聞く機会があり、仕事が終わってから、中島氏が運転する自動車で最寄りの駅まで送っていただいた。雑談を交えながら、自身が追放された追放審議会に話が及んだ。
「賞金の1000万円には全く執着はありませんでした。アメリカ版の100万ドル(約1億5000万円)とは金額が違いますから。1000万円って、働いていてどうにかなる金額ですしね。お金より、最後の1日がどういう光景だったのか、サバイバーを最初から最後まで見たかったという思いがすごくありました。」
狭い道を巧みなハンドル操作で歩行者や自転車を避けて進む中島氏は、一度も助手席の方を向かないまま、静かに話した。
24年後もサバイバー 中島瑞果(10)へ続く







