阿部慎之助容疑者の説明に違和感 被害者に謝罪なし
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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読売ジャイアンツ前監督の阿部慎之助容疑者(47)が25日、長女への暴行容疑で現行犯逮捕され、翌26日に釈放された。会見では被害者である長女への謝罪はなく、ファンや球団、関係者へ謝罪の意を表明するにとどまった。この件をめぐり、ネット上では「逮捕はやり過ぎ」「児相の警察への通報は不要」といった趣旨の擁護の声が多く見られる。しかし、子どもや家族内で弱い立場に置かれ得る者の安全確保という大きな目的のために児相が警察に通報したことは当然であり、警察が現場の状況を踏まえて逮捕に踏み切ったことも問題はないと、当サイトでは考える。
◾️自らの責任棚上げ?
報道では、阿部容疑者は「渋谷区の自宅で長女(18)をつかんで倒した」(47NEWS・逮捕、釈放の阿部氏が巨人監督辞任 長女暴行疑い、警視庁)、あるいは「襟元をつかみ、投げ飛ばして倒す」(弁護士ドットコムニュース・巨人・阿部慎之助監督の暴行事件、児相・警察の迅速対応も「長女」に批判の声…児童虐待の専門家に聞く)などの行為があったとされている。
ところが、26日に球団事務所で会見に臨んだ際には、謝罪の対象として「多くのプロ野球ファン、プロ野球関係者、会社、球団関係者」を挙げ、「巨人の名を汚した」と続け、被害者である長女への謝罪はしなかった。
それどころか「娘も高校3年生という年頃な子ですので、どうか皆様温かく見守っていただければ幸いです」とも述べた。長女を思いやっているのであろうが、同時に自らの責任を棚上げし、長女を騒動の一方当事者として扱っているようにも受け取れる。
この件をめぐり、Yahoo!ニュースのコメント欄などでは、「怪我もなく日常的に行われている暴力でもない」「辞任は重すぎる」「たまたま結果的に暴力を振るった形になっただけで逮捕されるのは問題」「きちんと確認もせず、過敏に反応している」などの声があった。阿部容疑者を擁護する声は強く、児童相談所が警察に通報したことや、警察が逮捕したことで監督を辞めざるを得なくなったことを残念とする意見も見られる。
■家庭内のことで済ませてよいのか
こうした幕引きには違和感を覚える。一番の違和感は、長女や家族への謝罪が前面に出てこないことである。
会見や読み上げられた長女の手紙を見ていると、暴行は罪に問われるようなものではなく、むしろ生成AIに相談し、児童相談所に連絡した長女の行為が問題だったかのような空気さえ感じられる。
しかし、現行犯逮捕されたということは、暴行罪の構成要件を満たし、さらに現行犯逮捕の要件も満たしていたのであろう。現行犯逮捕については、「『犯罪と犯人の明白性』と『犯罪の現行性・時間的接着性の明白性』の2つ」(後藤昭・白取祐司編『新・コンメンタール刑事訴訟法 第2版』日本評論社、514頁)が要件とされる。会見では、その点について手続き上の瑕疵があったとの指摘はなく、逮捕の適法性に問題はないとの認識でいると見るのが自然である。
同時に、児童相談所が警察に通報したことについても、問題視する発言はなかった。あくまでも「家族の問題」で多くの関係者に迷惑をかけたという説明である。つまり、一連の手続きに問題があったというより、結果として逮捕され、球団や関係者に迷惑をかけたという論調である。会見が球団事務所で本人が出席して行われた事情も加味すれば、巨人軍がその方向で話を収めたいのかもしれない。
実際、長女は手紙で「殴る蹴るといった事実はない」とし、暴行の程度が軽微であったことを強調している。また、「父との大掛かりな喧嘩は初めて」として常習性を否定し、「仲直りした」と述べている。これらは、検察側に不起訴方向の判断を求める材料として読まれ得る内容であり、関係者の間にそのような意図があることをうかがわせる。
■児相と警察を責める「筋違い」
DVは大きな社会問題である。家庭内で行われるため表に出にくく、被害者は泣き寝入りを余儀なくされることも少なくない。
過去には、児童相談所や関係機関の対応が不十分だったために、幼い命が失われた事件もある。2018年には東京都目黒区で5歳の女児が虐待を受けて死亡し、2019年には千葉県野田市で小学4年の女子児童が死亡した。いずれも、児童相談所などが関与しながら、結果として虐待死を防ぐことができなかった事件である。
これらの事件では、児童相談所や関係機関の対応に世間から厳しい批判が集まった。児童相談所が子どもの生命、安全を守る使命を負っている以上、危険の可能性がある場合に安全側に倒すのは当然である。
結果的に、今回の長女は18歳の成人であり、生成AIに相談したうえで深く考えずに児童相談所へ連絡し、それが父親の逮捕、監督辞任という結果につながったのかもしれない。しかし、児童相談所や警察は、それぞれの使命に基づいて行動したのであり、そこに違法性が認められない以上、責められるいわれはない。
児童相談所が警察に連絡したことを過剰反応と批判するのは、結果論に過ぎない。もし児童相談所が通報をためらい、その後に重大な結果が起きていれば、「なぜ警察に連絡しなかったのか」と批判が集中することは容易に想像がつく。児相には、警察に通報すべき案件かどうかを犯罪捜査のように詳細に調査する権限はない。それでも、児童の生命と安全を守らなければならないのである。
■長女に謝罪しない理由は何か
会見で長女への謝罪を口にしなかった理由は分からない。もし、自分は全く悪いと思っていないのだとすれば、相当に壊れた人権意識というしかない。
ここから先は筆者の想像である。今回の会見は、巨人軍関係者による処理、恐らく弁護士も関与したうえでの論法ではないか。そもそも巨人軍は、辞任を受け入れている。暴行罪で現行犯逮捕された事案であれば、通常は解任となっても不思議ではない。それを辞任としたのは、将来の監督復帰を考えたものかもしれない。
その場合、長女への暴行の事実を明確に謝罪すれば、「子どもに暴行を働いた者が巨人軍の監督になる」というイメージがつきまとう。それは球団にとって不都合なのだろう。そこで、「長女が安易に生成AIに相談し、児童相談所に連絡したところ、警察に通報されてしまった。本来なら警察に通報されるような問題ではなく、家庭内で解決すべき問題だった」という幕引きが求められたのではないか。
もし、そうした企業の思惑が今回の会見に反映されたのだとしたら、親会社である読売新聞社の倫理観を疑わざるを得ない。同紙も、過去の虐待死事件やDV問題を厳しく追及してきたはずである。それが、身内のDV事案では一転して責任逃れを許しているように見える。
そもそもの事件は、長女と次女の喧嘩をきっかけに、父親に反抗的な態度を示した長女に対して暴行したというものと報じられている。暴行しなければ18歳のわが子を監護、教育できないのか。怒りに任せて暴行することで、何を解決しようとしたのか。
親の懲戒権を定めていた民法822条は、2022年に削除された。代わって、民法821条は、親権者が子の人格を尊重し、体罰その他、子の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならないと明記している。
【旧民法822条】
親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。
【民法821条】
親権を行う者は、前条の規定による監護及び教育をするに当たっては、子の人格を尊重するとともに、その年齢及び発達の程度に配慮しなければならず、かつ、体罰その他の子の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならない。
こうした事情を考えれば、阿部容疑者の行為は決して許されるものではない。まず、被害者である長女にお詫びし、家族に謝罪するのが筋である。
■「被害者を温かく見守って」と言う前に
今回の巨人軍の幕引きに、多くの人が引きずられているのではないか。だからこそ、ネット上では「逮捕はやり過ぎ」「児相の通報は不要だった」といったコメントが目立つのであろう。
しかし、責められるべきは、児童相談所でも警察でも、もちろん生成AIでもない。責任を負うべきは、長女に対して暴行を働いた阿部容疑者本人である。
会見で「娘も高校3年生という年頃な子ですので、どうか皆様温かく見守っていただければ幸いです」と語った。
被害者を温かく見守ってほしいと語る前に、まず自らが被害者である長女に謝罪すべきではないか。日本を代表する球団の監督経験者が、この程度の認識であることには絶望的な思いがする。







