免許証提示を拒否 警察官ナメてると逮捕も

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 ドライバーが警察官の求める運転免許証を拒否して押し問答を続ける動画(以下、本件動画)が、SNS上で注目を集めている。警察官もかなり激しい口調で最後は怒鳴り合いになっている。ドライバーは免許証の提示が任意であるとの警察官の言葉を根拠に拒否を続けているようであるが、国家権力を甘く見ていると痛い目をみることもあり、この種の動画は誤ったメッセージとして伝わる可能性があり、注意が必要である。

◾️「任意だから見せない」は通用するのか

本件動画の画面から

 本件動画はもともとTikTokにアップされ、その後、YouTubeで270万人以上のフォロワーを誇るインフルエンサー・滝沢ガレソ氏に引用されたことで一気に広まった。

 全編で1分41秒という短い動画で、警察官が車両を停止させ、ドアを開けて免許証の提示を求め、ドライバーは提示が任意であることを理由に拒否。別の警察官が近づいてきて、かなり激しい口調で免許証の提示を求め、さらに車外に出るように要求。同乗している女性にも車外に出るように言うが、ドライバーも時に激しい口調で言い返し、ライブをしていることを明かし、いずれの指示にも従わない。やり取りは平行線をたどったまま終わっている(2024年2月23日午前8時8分投稿)。

 ドライバーが警察官の免許証の提示の求めに対して任意か強制かを問い、任意であると告げられると従わないというやり取りは昭和の時代からあった。筆者が記憶しているのはジャーナリストを自称していた故千代丸健二氏で、「無法ポリスとわたりあえる本」を著し、シリーズ化されていた。

 筆者は大学時代に読んだが、主張している内容は、本件動画のドライバーと大差ないレベルのものであったように思う。

◾️免許提示に関する法令

 それでは、本件動画があくまでも免許証の提示を拒んだ場合、どうなるのかを考えてみたい。まず、運転免許の提示に関する道路交通法の規定を見てみよう。

【道路交通法】

95条 免許を受けた者は、自動車等を運転するときは、当該自動車等に係る免許証を携帯していなければならない。

2 免許を受けた者は、自動車等を運転している場合において、警察官から第67条第1項又は第2項の規定による免許証の提示を求められたときは、これを提示しなければならない。

 95条2項が免許証の提示義務で、これに従わない場合は5万円以下の罰金に処せられる(同法120条1項10号)。

 この提示義務は簡単に生じるものではなく、同法67条1項または2項の規定に抵触した場合に義務が生じるものとされている。同2項は違反があった、もしくは事故を起こした場合に引き続き運転をさせることが適切かどうかを見極めるための提示なので、本件動画で問題になるとすれば1項の方であろう。

【道路交通法】

67条 警察官は、車両等の運転者が第64条第1項、第65条第1項、第66条、第71条の4第4項から第7項まで又は第85条第5項から第7項(第2号を除く。)までの規定に違反して車両等を運転していると認めるときは、当該車両等を停止させ、及び当該車両等の運転者に対し、第92条第1項の運転免許証又は第107条2の国際運転免許証若しくは外国運転免許証の提示を求めることができる。

 64条1項は無免許運転、65条1項は酒気帯び運転、66条は過労運転等であり、それらの規定に違反していると認める時は提示を求められるのである。

◾️警察車両からの逃走

 さて、本件動画である。注目していただきたいのは、運転者が警察車両から逃走を図ったと言う点である。そのやりとりが以下のように記録されている。

警察官A:何かありますか、悪いこと

運転者:何もないから見せたくない

警察官A:何もないんだったら逃げないでくださいよ

運転者:今ライブやってますからね、だって私何もやってないのに…

警察官B:おいおいおいおい、何逃げてんじゃ、オラ、おい! 何逃げてんじゃコラ!

運転者:何が悪い、この野郎! テメェこの野郎!

 警察官2人が逃げたことを咎め、なぜ逃げたのかを聞いているのに対して、運転者は逃げことを認めている。そうすると本件動画はパトカーの停止命令に運転者は従わずに逃走し、最終的に停止命令に従った後のやり取りと推認される。当然、警察官は運転者が何らかの違反をしているために停止しなかったと考え、その理由を尋ねる。

 こうした場合に疑われるのは、多くの場合、無免許運転か飲酒運転であろう。警察官はやり取りの中で飲酒はしていないと判断できたと思われる。そうすると無免許運転が最も疑われる。警察官の求めに対して頑なに免許証の提示を拒否することで、その疑惑はさらに深まる。警察官Bは運転者、続いて同乗の女性に車外に出るように言うが、これは運転者が急発進して逃走を図る可能性を考慮したものと思われ、事案の解決はもちろん、道路交通の安全を維持するためには必要な措置である。

 運転者だけでなく同乗の女性も車外に出ないということは、無免許運転が発覚しないように逃走する意図を乗車中の2人が有していると警察官が判断する材料の1つとなるのは言うまでもない。

◾️飛躍的に高まる無免許運転の疑い

 パトカーの停止の要請に従わずに逃走し、その後、免許証の提示を拒否、逃走を防ぐために車外に出るように言っても聞かず、引き続き免許証の提示を拒否するのであれば、同法64条1項の無免許運転の疑いは非常に濃くなったと言える。

 そうであれば、警察官は同67条1項の規定で提示を求めることができ、運転者には同95条2項の免許証の提示義務が生じることになる。そして、警察官の提示の要請に従わない場合は同120条1項10号での罰則が加えられることになり、現行犯逮捕(刑事訴訟法213条)が可能となる。

 実際にそのようなことで逮捕した例がある。1988年(昭和63)3月に、原動機付自転車を運転する男が蛇行運転をしていたため、酒気帯び又は無免許運転の疑いが認められたことで道交法67条1項で停止を求めて運転免許証の提示を求めている。

 男が頑なに拒否したことで、現場の警察官は罪証隠滅及び逃走のおそれから逮捕の必要性があると判断して道交法違反の現行犯で逮捕したのである。その後、男が埼玉県に対して損害賠償請求をかけたが、棄却されている(浦和地方裁判所川越支部 昭和63年(ワ)210号 判決)。

 判決の中で免許の提示義務につき「原告(筆者註・逮捕された男)が本件原付を蛇行運転した事実が認められるから⚫︎⚫︎警部補が、原告が乗車していた本件原付を停車させて原告に対し免許証の提示を求めたことは一斉検問によるものではなかったのであり、そうすると、原告には道路交通法67条1項による運転免許証提示義務があった事案であるということができる。」と判断している。

 本件動画とは事情が異なるとはいえ、参考になる。本件動画ではパトカーの停止命令に従わずに逃走し、運転者は逃走したことを認めたにもかかわらずに免許証の提示を拒否し、無免許運転について聞いても、免許証の提示をせずに免許は保有していることを主張するのみ。結果、無免許運転の疑いは飛躍的に高まっていることを思えば、当該運転者にも道交法67条1項の運転免許証提示義務が生じていると警察官が判断しても不思議はない。

◾️いずれは高いレッスン料支払いも

写真はイメージ

 本件動画に対するSNSの評価はさまざまであるが、「提示すればすぐに終わる話じゃないか」というものが少なくなかった。自分自身が余計な時間を取られるだけでなく、公務執行中の警察官に余分な負担をかけることで、他の公務への妨害になりかねず、それは公益を害する結果となり得る。

 運転者も頭ごなしに言われて腹が立つのかもしれないが、警察活動への協力という観点から素直に応じたらどうかというのが多くの人が感じる点なのかもしれない。

 ライブの盛り上げを目的の炎上商法と見る余地もあるが、あまり国家権力を舐めない方がいい。このようなことを続けていると、いずれは高いレッスン料を支払うことになるであろう。

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