朝日新聞に在台邦人激怒の理由
葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼
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朝日新聞の吉岡桂子編集委員が台湾を訪問し、暢気に「隔離日記」をフェイスブック上にアップして炎上、連載が打ち切られ謝罪したのは記憶に新しいところです(参照:朝日新聞記者の日記が炎上 隔離目的? ”鎖国”直前の台湾入国の非常識)。炎上の理由の1つに、マスクに関する記述が在台邦人の神経を逆撫でしたことにあります。
■桃園市から大きな桃色の袋がプレゼントとして届き…
台湾では3月19日から原則として外国人の入国を禁止しました。朝日新聞の吉岡桂子編集委員はその直前に入国。隔離期間中の出来事を「隔離日記」と称してFacebookの朝日新聞アジア・太平洋のアカウント上で連載を始めました。
吉岡編集委員は空港担当者から隔離される場所となるビジネスホテルを紹介されたのですが、そこへホテルのある桃園市からマスクなどが入った袋が届けられました。「隔離日記」の該当部分を紹介しましょう。
午後4時半ごろには、桃園市から大きな桃色の袋がプレゼントとして届き、びっくり。中には、マスク14枚のほか、この措置の手引きとおかしや栄養食品などがたくさん入っていました。(台湾「隔離」日記 3月19日(1回目)から)
この記述が、在台邦人の怒りを買うことになりました。それはなぜか。理由を説明をするには、台湾のマスク事情をお話ししなければなりません。
■台湾の実名制購買制度 メリットとデメリット
台湾ではマスクを全て政府が買い上げ、2月6日から実名制購買制度を実施しています。そのため日本のように転売者が横行したり、決定的な品薄状態になったりすることはありませんでしたが、それでも台北でマスクを手にするのは簡単ではありません。
購入に際しては国民健康保険カードに記されたIDナンバーが必要で、ナンバーの下一桁の数字が奇数の人は月・水・金、偶数の人は火・木・土しか買えず、日曜日だけはどちらも購入できます。制度開始当初は7日間で一人2枚まででしたが、4月5日現在は7日間で大人は3枚、子供は5枚まで購入が認められています。
ところが、このシステムで「マスクを購入する時間が無い」というシンプル、かつ、深刻な問題が生じました。都市部の薬局では混乱を避けるため、午前中に「整理券の発行」を行い、午後に「マスク販売」の2段階方式が導入されています。しかし、台湾、特に都市部では夫婦共働き家庭が多く、大部分の人が朝から並ぶことなどできません。当然、週末に買いに行くことになり、特に奇数・偶数どちらも買える日曜日は大混雑になります。
私の友人は百貨店勤務でシフト制勤務のため日曜日は休みではありません。平日の2日の休みとマスク購入可能日が重ならなければ、その週はマスクを購入することができないのです(夫人もサービス業に従事し、日程調整が困難)。
幸い彼は実家暮らしのため、両親に自分の家族(本人・夫人・子供)の保険カードを渡し、代理で購入してもらう(ただし代理購入は一人3人分までという制限あり)という対応をして確保しています。
■マスクを並んで買うのも1日がかり 一様に疲れた表情
朝、並ぶことができる家庭でも簡単に手に入るわけではありません。私の家の近くの薬局では、毎朝9時から整理券の交付を開始。そのため人々は午前7時頃から整理券取得のために並び始め、交付開始時には長蛇の列です。午後3時から、マスク購入のために再度行列。その結果、どの薬局でも午前・午後と長蛇の列が見られ、並んでいる人は一様に疲れた表情をしています。
このように台北では買いにくいため、人々は週末になると比較的入手しやすい郊外へ出かけます。私は1月末から3月まで台北から車で4時間ほどに位置する埔里という山間の小さな地方都市に滞在していたのですが、そこの薬局には在庫が豊富にありました(衛生福利部のAPPで、どの薬局に何枚の在庫があるかをリアルタイムで知ることができる)。午後7時に整理券発行、その30分後には販売開始と、ほぼ待ち時間なく購入できました。
3月初旬の週末、埔里の薬局で、台北から車を走らせ祖父母と子供含む家族総出でマスクの買い出しに来ている家族に会いました。翌日仕事場で同僚に聞くと「週末になると都市部からマスクやティッシュペーパーの買い出しにくる人が大勢いる」とのことです。長時間の移動の「買い出し」に人々の疲れきった顔が印象深く、また都市部が物資の不足に陥りやすいことも実感させられました。
■朝日新聞編集委員に怒りの声が続々
朝日新聞の話に戻りましょう。台湾の人々がこうして必死にマスクを手にしている状況下で「桃園市からプレゼント!」とウキウキと14枚ものマスクを手にしたことを書けば、台湾人は面白くないでしょう。在台邦人は「この人は今、来る必要があったのか」「日本の恥」とばかりに怒るのも無理はありません。
「台湾在住の私たちが、どんな思いで一週間3枚のマスクを手に入れ(て)いるのか、そのマスクを手に入れるためにどれだけ大変な思いをしているか。」
「あなたがプレゼントと称して貰ったマスクは台湾の人達でも貴重なものなんですよ?」
「吉岡桂子さん。マスクの着け心地はどうでしたか?そのマスクは本来台湾の人たちに行きわたるはずだったもの。台湾の供給力は優れているというものの、あなたのせいで、マスクを付けられないお年寄りが出てくるかもしれません。」
台湾のマスク事情を知れば、このコメントでもまだおとなしい方だと思います。ちなみに台湾人だという方のコメントもありました。
「台湾国民の我々が、健康保険カードを持って、マスクを買うのに週末にも薬局に並んでいます。吉岡さん曰く「14枚のマスクや、栄養食やお菓子」はプレゼントではなく、貴重な検疫物資であり、これはぜひ理解してもらいたいです。この記事内容は不謹慎すぎます。」
■eMask制度開始 欧米に1000万枚贈る台湾政府
マスク不足の現状を解消するため台湾政府は3月12日から「eMask 口罩預購系統 (マスク予約システム)」を始めました。衛生福利部中央健康保險署発行のスマホアプリ「健保快易通」か、インターネットサイトから予約し、カードか振り込みで支払いコンビニでマスクを受け取ります。枚数は7日間で大人3枚、子供は5枚までです。
ネットやスマホにあまり慣れていないお年寄りの方などのために、4月中旬からはコンビニで予約できるようになると発表されました。購入数についても4月9日からは薬局での購入及びインターネットでの予約購入ともに1人あたりの購入可能枚数を大人は14日ごとに9枚、子供は同10枚に増やし、国民健康保険カードのIDナンバーによる購入可能曜日制限は撤廃されることになりました。
こうした状況を踏まえ4月1日、蔡英文総統は台湾での一日のマスク生産量は1300万枚を超え世界第2位であること、台湾国内でのマスク需要は十分に満たすことができると述べ、欧州諸国や米国など新型コロナウイルスの感染状況が深刻な国々にマスクを1000万枚贈る方針を明らかにしました。
台湾政府の努力、国民の努力によって台湾が新型コロナウイルス対策で世界の優等生と言える状況にあることは間違いないでしょう。取材をする専門家がその隠れた努力を知らず「プレゼント!」と暢気に書いた「隔離日記」が炎上するのも当然というのは、お分りいただけると思います。