出産費用の保険適用化 危機感抱く産婦人科医会

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 政府が検討を進める出産費用(正常分娩)の保険適用に関して、日本産婦人科医会が危機感を露わにしている。厚生労働省では2026年度を目処に保険適用したい考えを明らかにしているが、現場の医師や同医会からは妊産婦の安全が担保されないことや、医院経営が立ちいかなくなることから地域医療体制の崩壊へとつながる危険性を指摘する声が出ている。疾病ではない妊娠・出産に保険を適用する法的根拠はあるのかという原則論からも外れているだけに、一筋縄ではいきそうにない。

◾️異次元の少子化対策

日本産婦人科医会の石渡勇会長(撮影・松田隆)

 出産費用の保険適用については、岸田総理が掲げる「異次元の少子化対策」の一環として議論が進められている。2023年3月に政府が出産費用の保険適用の検討に入ることが報じられた(読売新聞オンライン・出産費用への保険適用を検討、31日公表の少子化対策たたき台に明記…政府方針)。

 同年6月13日に発表された「こども未来戦略方針」では「出産費用(正常分娩)の保険適用の導入を含め、出産に関する支援等の更なる強化について検討を進める。」と記載された。さらに今年に入って政府は検討会を近く設置する方針を固めたと報じられている(読売新聞オンライン・出産費用への保険適用に向け検討会設置へ…政府、妊産婦の心身支援策も議論)。

 こうした動きに対して、日本産婦人科医会(会長・石渡勇)では5月8日、「これからの日本の周産期医療を考える」をテーマに記者懇談会を開催、この問題に関する基本的な考えがあらためて明らかにされた。

 懇談では記者からの質問に先立ち、司会進行役から意見を開陳した4人に保険化に関して「反対ですか?」との確認的な質問があり、以下の回答がなされた。

石渡勇会長:もちろん(反対)。

亀井良政常務理事:反対する云々というよりも、今の医療体制を維持していただきたい。これが大前提です。

濱口欣也会長特別補佐(日本医師会常任理事):現行の周産期医療体制がうまく行っていると思いますので、わざわざこの体制を崩して保険化にもっていって違う方向に行くことを、非常に懸念しているということは言えると思います。

 なお、木下勝之名誉会長は最も強く反対の姿勢を示しており、その点は後述する。

◾️出産費用の保険適用化 3つの懸念

 現在、出産については自由診療で行われており、保険は適用されていない。その代わりに出産一時金という形で50万円(2023年4月から、それ以前は42万円)が支給されている。2022年度の正常分娩での出産費用の平均は48万2000円で、超過分は自己負担となる。

 政府は一時金による出産の支援ではなく医療保険に組み込む考えであるが、これは妊産婦に費用の一部を自己負担させることになる。このことは妊産婦に経済的負荷をかけることになるが、それ以上に、産婦人科医、同医院にとっては経営上の大打撃になりかねず、そのことで地域の医療体制が崩れ、結果として世界一の安全性を誇る日本の出産システム、医療体制が崩壊する危険性があるというのが同医会が最も心配する点である。

 同医会の保険適用化に関する見解はすでに2023年4月7日には明らかにされている。立場としては保険化に反対、その理由として3つの懸念を指摘していた。

(1)保険適用の範囲と運用等によっては、かえって妊婦の自己負担が増す可能性がある

(2)妊娠、出産、産後を通して、自費診療の枠組みで行われている医療や保健サービスの取り扱いが不明で、それらが提供できなくなる可能性がある

(3)全国一律の分娩費用になることで、地域によっては分娩取扱施設の運営が困難になり、医療提供体制に支障をきたす懸念がある

(少子化と周産期医療~現状の課題と対策~、日本産婦人科医会会長 石渡勇から)

◾️出産難民の増加も懸念

 石渡会長は懇談の場で保険適用による分娩収入の変化(推計)を示した。それによると仮に医療費用にあたる部分を現行の出産一時金と同額の50万円(保険で5万点)とした場合、保険点数には変更がなく、少子化による分娩数の減少が見込めるため、8年後の総分娩収入は保険化初年度の78.9%になるとする。全国の出産施設のある医院の総売り上げが8割以下になれば経営が立ちいかなくなる施設が出ることは、容易に想像がつく。

 保険化せずに自由診療を続ければ、かかった費用だけ請求できるため分娩数が減少した8年後にも売り上げは89%にとどまると試算する。

写真はイメージ

 そのような事態が想像されるため、スペシャリスト・ドクターズ株式会社が2023年に実施したアンケートでは79%の医療機関が保険適用について反対し、91%の医療機関が保険適用で収益が減り、そのうち67%(全体の60%)が赤字になると答えている。さらに34%の医療機関が保険適用化の場合、分娩の中止を検討すると答えていることが紹介された。

 また、濱口氏は、有床診療所の立場から保険適用化に関して意見を述べた。現状で様々な課題が山積されている事実を指摘。例えば、保険適用の範囲と運用、医療安全の確保(常時及び緊急事態に対応するためには人的・設備的資源確保・投資)、全国一律の出産費用保険化と地域特性の調整、収益減による経営難を理由に分娩取扱い施設数の減少と出産難民の増加など、9項目にわたる。

 その上で「正常分娩という現象だけについての給付では、分娩の全体像を反映した給付にはならない」と結論づけた。

◾️木下名誉会長の熱弁

 こうした説明を受けて、最後に木下名誉会長が出産の現場の声を代表する形で保険化への反対の声を上げた。同氏は以前から保険化の動きがあることを懸念し、大臣や国会議員に話を聞きに行ったがその際は、そんなことは考えていないとばかりに「一笑に付されました」(同氏)という。

 ところが岸田政権誕生後、分娩料の保険化の話が出て厚労省が動き始めた。それが上述した2023年3月以降の動きである。

 政府の安易とも思える保険適用化に対しては、安全な分娩のために現場がいかに手間暇もコストもかけて努力しているか、それが日本の世界一安全な分娩環境の作出に貢献していることを強調した。

 「分娩は赤ちゃんが出てくる、それだけではありません。陣痛が始まって10何時間の間、我々はずっと監視しています。安全な妊娠・分娩を経過して健康な赤ちゃんを産みたい、母体が安全のままでいたい、それが皆様方の基本的な願い、望みです。そういったことを如何にかなえるか、我々は日夜努力しているわけでありまして、そのために結果が正常ならば正常分娩でありますけども、それはその裏でさまざまな配慮をした結果です。」と、正常分娩の裏には医療関係者の苦労があることを強調する。

 その上で「皆さんの願いである安全な出産のためには、助産師さんを何人も雇わないといけない、医師も2人、3人雇わないといけない。そして、ずっと監視しなければなりません。ただ見ているだけではなく、胎児の心拍、心電図を測る機械をつけてモニターで監視しています。分娩というものを赤ちゃんが出る、胎盤が出るだけと思ってはいけません。分娩の1期から4期に至るまでの全てを通した結果が出産です。時間も状況も違いがあるものを保険でどう評価するというのでしょうか。」と疑問を投げかけた。

 木下氏の話は、施設も人員も整った産婦人科医院を高級寿司店に、出産のための特別な設備・人員は置いていない医院を回転寿司店に置き換えてみれば分かりやすい。

 同じ寿司を食べるのだから料金は同じでいい、1割を客が負担し、残りは政府が負担する(保険でカバー)という制度になった場合、施設・人員にコストをかけ、少しでも美味しい寿司を提供しようと努力する高級寿司店は利益はほとんど出ないどころか赤字に転落しかねない。店舗を存続させるためには、人員削減、働き手も時間外での勤務を抑え精一杯コストカットするしかない。美味しくするための努力、投資が考慮されなかったら、店舗は存続できなくなる。

 これが寿司なら食べるのを我慢すればいいが、出産は命懸けの作業。安全を担保するための努力を保険で評価されないのであれば医院の存続と妊産婦の安全に関わる。そう考えると産婦人科医会が保険適用化に簡単には同意できないのも頷ける。

 木下氏は言う。「保険化になったとしたら、我々の施設はやっていけません。辞めざるを得なくなった時には、地域の集団医療体制は崩れます。地域の分娩を地域で完全に確保できるシステムを不可能にするような状況は絶対につくってはいけません。」

◾️保険適用化に賛成の可能性

木下勝之名誉会長(撮影・松田隆)

 保険適用化という政府方針に関して直接の対象となる産婦人科医会がこのような厳しい態度を示していることは、制度の導入の行方が不透明であることを意味する。

 当サイトでは「保険適用化と妊産婦の安全、地域の医療体制の維持等が可能であれば、つまり両立できれば、賛成する可能性はありますか」という質問を投げかけた。

 これに対して亀井氏は「正常分娩は全ての分娩の中の10%もありません。そのことだけを保険の対象にするのであれば、それ以外は全て異常分娩となりますから、その加算はどうするのか、その費用はどうするのか、どこに(原資を)求めるのか。これは一筋縄ではいきません。それを厚労省や保険庁の方がどうとらえているのか、ちょっと僕には見えてきません。」と話した。

 保険適用化に関しては冒頭で示したように、検討会が近く設置される見通しで、その中で議論されていくことになる。妊産婦の安全と地域医療体制の維持という大きな目的の達成のためには、政府も現場の産婦人科医の意向を尊重すべきなのは言うまでもない。

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