海外での代理懐胎困難に 特定生殖補助医療法案

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 参議院に提出済みの特定生殖補助医療法案が成立した場合、現在、海外で行われている代理懐胎が極めて難しくなる。代理懐胎等の対価、あるいはあっせんの報酬として、利益供与を受けることを禁止する規定が盛り込まれているため。海外での代理懐胎を考えている夫婦や、仲介業者からの反発も予想され、審議の行方が注目される。

◾️代理懐胎を厳格に規制

写真はイメージ

 特定生殖補助医療法案(特定生殖補助医療に関する法律案)は特定の生殖補助医療の適正な実施を確保するための制度などについて定めるもので、医師は卵子提供などの特定生殖補助医療ができることとされている。さらに、それによって出生した子が自らの出自を知ることができるための制度の創設なども盛り込まれた(参照・卵子提供など特定生殖補助医療法案提出)。

 一方で、こうした特定生殖補助医療を営利目的で行うことを禁止し、違反者には拘禁刑を含む罰則が設けられた。中でも狙い撃ちされているのが代理懐胎(代理出産)である。罰則規定を含め、少々長いが関係する部分を引用する。

【特定生殖補助医療法案】66条(特定生殖補助医療に用いられるための精子、卵子及び胚の提供等に係る利益の授受の禁止)

 何人も、代理懐胎等(特定生殖補助医療により他人に代わってする懐胎又は当該懐胎に係る出産をいう。以下同じ。)をすること又はしたことの対価として、財産上の利益の供与を受け、又はその要求若しくは約束をしてはならない。

 何人も、前二項に規定する対価として、財産上の利益の供与をし、又はその申込み若しくは約束をしてはならない。

67条(特定生殖補助医療に用いられるための精子、卵子及び胚の提供等のあっせんに係る利益の授受の禁止)

 何人も、代理懐胎等をすること又は代理懐胎等をすることを依頼することについてあっせんをすること又はしたことの報酬として、財産上の利益の供与を受け、又はその要求若しくは約束をしてはならない。

 何人も、前二項に規定する報酬として、財産上の利益の供与をし、又はその申込み若しくは約束をしてはならない。

71条

第六十六条第一項から第三項まで又は第六十七条第一項から第三項までの規定に違反したときは、当該違反行為をした者は、二年以下の拘禁刑若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

前項の罪は、刑法(明治四十年法律第四十五号)第三条の例に従う。

◾️利益供与を認めない代理懐胎

イラストはイメージ

 66条2項はホストマザーが代理懐胎をすることの対価として利益の供与を受けること等を禁止するもので、同3項は、依頼する夫婦が利益を供与すること等を禁じる。67条2項は仲介業者が代理懐胎のあっせんの報酬として利益供与を受けること等を禁止し、同3項は仲介業者に依頼する夫婦が利益を供与すること等を禁じるものである。

 両条はともに4項で、その対価や報酬に通信、情報処理等の必要経費は含まれないとしている。どこまでを必要経費と認めるかは今後の審議の中で線引きがなされるとは思うが、営利目的と見なされない程度にとどまるのは明らか。

 法案が成立した場合、現在、複数の仲介業者によって海外で行われている日本人夫婦の代理懐胎がほぼ不可能になることが予想され、仲介業者は存続自体の危機に陥ってもおかしくない。

 ここで注意すべきは、法案は代理懐胎そのものを禁止しているのではなく、営利目的で行うことを禁止している点。法文を見る限り一連の代理懐胎を通じて利益供与が認められなければ違法とはされない。たとえば、海外の医療機関で子宮性不妊症の日本人女性に代わって現地の女性が代理懐胎し、それに関わる仲介業者がいたとしても、いずれの間にも対価、報酬がない場合には規制の対象とはならない。「ホストマザーも仲介業者も無償の行為ならやっていい」と規定している。

 とはいえ、必要経費以外は一切、懐に入れないことを約束して、見ず知らずの夫婦の子を胎内に宿して産もうという女性や、それを仲介しようという業者(企業)など現実的には考えられない。講学上あり得る例を除いて代理懐胎を禁止することは、全面的な禁止が憲法13条の幸福追求権を侵害しかねないと法案作成者が判断したことによるものと考えられる。法が子宮性不妊症の女性と、その夫の子供を産み育てる権利を侵害するという訴訟を提起されれば違憲判決が出される可能性がありとの判断をしたものと思われる。

◾️違反者への厳罰と国民の国外犯

 罰則規定を見ると、違反した場合は拘禁刑を含む刑罰が科されるのであるから、かなり厳しい姿勢で臨んでいる。71条2項で刑法3条を持ち出している。同条は国民の国外犯の規定である。日本国民が外国で法を犯した場合でも罰するものである。そのため、現在、行われている米露、ウクライナなどでの代理懐胎だけでなく、台湾を中心に行われている卵子提供による妊娠・出産も規制対象となる(同法案66条1項、67条1項)。

 当サイトが法案提出前に実施した生殖補助医療の在り方を考える議員連盟の古川俊治副会長(参院自民党)へのインタビューで、海外での代理懐胎について聞いている。海外での代理懐胎を禁止するかどうかについて、古川副会長は以下のように答えた。

「これからの議論ですが、それはしないと思います。海外でやる人は自由ですから。ただ、国としては国際的に批判されます。発展途上国に行って人身売買に近い、若干、そういう傾向のある行為ですから。あまり歓迎されませんし、倫理的には問題のある行為だと思います。それは国内で子宮移植を進めればいいと思っています。」(代理出産より子宮移植 生殖補助医療の行方(後)から)

 現在、我が国には海外での代理懐胎を手助けする仲介業者は存在する。2003年に代理懐胎で2児を得たタレントの向井亜紀さんも、著書で仲介業者を実名で明かしている。その結果、「海外渡航による代理懐胎事例は増加しており、既に出生児数は100人を超えているという。」(西希代子「代理懐胎の是非」ジュリ1359号44頁から引用する『医事法講義』第2版 米村滋人 日本評論社 p261)との状況となっている。

 代理懐胎が行われる国は米露の他にウクライナ、ジョージアなどの旧ソ連圏諸国が多いとされ、その費用は国によって異なるものの総額で2000万円を超えると言われている。18年前の事情であるが「もちろん、(筆者註・代理母へ)お金は支払われますが、妊娠・出産に加え、準備期間や、分娩後の体調が普段の状態に戻るまでの時間を考えれば…決して大きな額ということではないと感じました。1日に換算すると、4000円ほどの金額です。」(『家族未満』 向井亜紀 小学館 p30)とのことである。当然、仲介業者への報酬も発生する。

 こうした代理母への支払いも「対価」とされて認められない可能性があり、法施行後は代理母は親族など対価が発生しないでも済む関係にある人間に限られ、現地の病院への仲介を行う者もNPOなどの非営利団体が行うという、極めて限定的な形でしか認められなくなると思われる。仲介業者にとってはまさに死活問題。同時に、海外での代理懐胎を考えていた者にとっても計画が大幅に変更を余儀なくされる。

◾️一部勢力からは反発も

写真はイメージ

 同法案は公布の日から起算して3年を超えない範囲内で施行される(附則1条柱書き)ため、実際の施行は2028年初頭までずれ込む可能性はある。

 ところが、上記の罰則規定(77条)に関しては「交付の日から起算して三月を経過した日」(附則1条2号)とされているため、年内には現在一般的に行われている形での海外での代理懐胎が事実上できなくなる可能性がある。

 法案については、これから内閣委員会で審議が始まると思われるが、仲介業者や一部の支援団体からは強い反発も予想され、審議の行方に注目が集まる。

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