ロキタンスキー症候群と特定生殖補助医療法案(前)

The following two tabs change content below.
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 参議院に提出済みの特定生殖補助医療法案が成立することに、不安を感じている人々がいる。子宮性の不妊症に悩む人にとっては、法案成立により現在行われている国外での代理懐胎が実質的にできなくなることで自らの子を持つことが極めて困難になる。法案に対する不安を、一人の女性が当サイトに語った。

◾️海外での代理懐胎 事実上不可能に

オンラインで取材に応じるA子さん(写真は一部加工してあります)

  特定生殖補助医療法案は生殖補助医療の適正な実施を確保するための制度などについて定める法で、2月5日に参議院に提出された(参照・卵子提供など特定生殖補助医療法案提出)。内閣委員会(和田政宗委員長)に付託される見通しで、連休明け後に審議に入るともされている。

 この法案では特定生殖補助医療を営利目的で行うことが禁止され、違反者には拘禁刑を含む罰則が設けられている。特に代理懐胎については、代理懐胎をすることによる対価、あっせんすることの報酬としての利益供与などを禁止した上、刑法の国外犯の規定の準用も定められている。

 そのため、法案成立後は現在、国内外に存在するエージェントによるあっせんで実施されている国外での代理懐胎は事実上、行えなくなる(参照・海外での代理懐胎困難に 特定生殖補助医療法案)。

◾️対価なしに他人の子を産む?

 関西在住、20代半ばのA子さんはロキタンスキー症候群のため、先天的に子宮と膣が欠損している。現在、同じ悩みを抱える仲間とともに法案成立阻止のための署名、SNSでの周知、議員への要望メールを出すなどの活動を行っている。

 A子さんは検査で排卵は可能であることが分かっており、体外受精により得られた胚を移植する代理懐胎であるIVF(in vitro fertilization=体外受精)サロゲートが可能。しかし、特定生殖補助医療法案が成立すれば、あっせんするエージェント、ホストマザーに対価を伴わない場合にしか認められなくなる。

慶應義塾大学病院(撮影・松田隆)

 対価なしに外国人の子を妊娠しようという人間はいそうになく、営利団体のエージェントがボランティアであっせんしていては、企業としては成り立たない。A子さんにとっては法案成立は、僅かに残っていた自身のDNAを受け継ぐ子を得る機会を失うことを意味する。少なくともA子さんはそのような認識を持っている。

 こうした子宮性不妊症の女性の有する問題は、子宮移植によって解消されるべきという趣旨を生殖補助医療の在り方を考える議員連盟の古川俊治副会長(参院自民党)は当サイトのインタビューに答えた(参照・代理出産より子宮移植 生殖補助医療の行方(後))。

 とはいえ、子宮移植は今年2月27日、慶應義塾大学病院が子宮移植についての臨床研究計画が学内の審査委員会で承認されたことを発表した段階にとどまっている(参照・代理懐胎より子宮移植が先に進む理由)。一般の患者が受け入れられるようになるまで、そしてドナーを見つけて自分たちの順番が回ってくるまでにどの程度の年月が必要なのか、先は見通せない。

 このような事情から、A子さんにとって法案の行方は自らの人生を大きく左右することになるだけに、無関心でいられないのは当然である。

◾️15歳で告げられた真実

 以下、A子さんの話によると、自身がロキタンスキー症候群であると診断されたのは15歳の時であった。当時、体が細く、体重も軽かったために生理が始まるのが遅いのかな、ホルモンや薬で生理は始まるのかなと簡単に考えていたところ、母親に病院に連れて行かれた。最初は近所の婦人科に行ったが、大学病院に行くように言われた。

 紹介された大学病院で下された診断はロキタンスキー症候群であった。「もう、絶望でした。母親と(病院の)外に出て大泣きしてしまいました。母親からは『こんなことがあるとは思いもしなかった』と言われ、謝られました。『普通に産んでやれなくてごめんね』という感じで」。

 絶望的な診断結果を知らされた日に、A子さんは代理出産を意識するようになる。「15歳の時に急にその事実を伝えられ、本当に状況が飲み込めない中で、産婦人科の先生が『代理出産という途(みち)もある』ということを診断された日に言ってくださって、その瞬間から、私は将来、もし、結婚して、機会があれば絶対に代理出産を選択しようと思いました」と当時を振り返る。絶望の淵に立ったA子さんを支えたのは、まだ、自分の子をもてるという希望であった。その淡い希望、成功への細い道が15歳の少女の崩れそうな精神を辛うじて支えてきたに違いない。

 今、同じ境遇の人とのネットワークの中で考えた時に「(自分のDNAを受け継ぐ子を望むかどうかは)その人の価値観によると思います。ただ、自分の子を持つということが完全に道が閉ざされているわけではないことに希望を見出している方が多いのは肌で感じます」と語る。

 ところが、特定生殖補助医療法案が成立すれば事実上、海外での代理出産が不可能になる。自分や、同じ境遇の人が持っていた僅かな希望が打ち砕かれることを意味する。特にA子さんの場合、子宮移植が難しいという要因もある。前述のように子宮移植は実用段階には遠いが、仮に始まったとしてもドナーは安全性を考えて身内が中心になると予想される。

 「私の場合、母は高齢ですし、また子宮系の病気を患っていることもあって移植を受けることは難しい状況があります。5年後、10年後には脳死した方の子宮を移植するといった趣旨の記事も目にしましたが、その頃には(自身の)卵子の質の低下もあるでしょうから、そこまで待てません。仮に卵子凍結したとしても5年後、10年後に使える保証もありません。将来ではなく、今、どうにかしてほしいと思います。今、現時点で私は結婚、出産適齢期です。今を考える当事者には(法案は)ひどい話だなと思います」。

◾️政治的に大きな勢力となれず…

 こうしてA子さんは仲間と共に廃案を目指すための活動を始めたが、現実問題として廃案にできる可能性は十分とは言えない。特定生殖補助医療法案は議員立法であり、議員立法は過去の例からして審議入りする時点で、関係政党や委員会との水面下の合意が形成されているケースが多い。審議入りせずに審議未了となるケースはあるものの、審議入りすればほぼ成立すると考えていい。

写真はイメージ(撮影・松田隆)

 ロキタンスキー症候群の患者数は国内の20~39歳で3500人程度とされる。また、ガンなどで子宮を摘出する人は年間約2500人で、子宮がない状態の女性は国内で約6万人と推定される(日テレNEWS・国内初の「子宮移植」手術実施へ 子宮のない女性の選択を広げられるか 課題と期待)。この数では政治的に大きな勢力となり得ず、そもそも、そういった人々を横断的に集める組織が存在しない。

 さらに、世間からの理解も乏しいのが現実。「私たちが代理出産や子宮移植で子供を欲しいという思いに、世間はすごく反対します。エゴだとか、人間がやっていい領域、神の領域を越えているとか…。『いいと思います』という世間からの声は聞いたことがありません」とため息混じりに語る。

 A子さんらは行政や立法から見放されるのを受け入れるしかないのか。後編ではその点の分析とA子さんの話を続ける。

後編に続く)

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です