ロキタンスキー症候群と特定生殖補助医療法案(後)

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 生殖補助医療の適正な実施を確保するための制度などについて定める特定生殖補助医療法案について、ロキタンスキー症候群のA子さんが語るシリーズの後編をお届けする。法案によって事実上、国外で実施されている代理懐胎・代理出産ができなくなることからA子さんやその仲間は規定の変更や廃案に向けて活動を続けるが、その思いは届くのか、それ以前に、それ以外に救済方法はないのか、A子さんの話を交えつつ考察する。

◾️実質的な「代理懐胎禁止法」か

写真はイメージ

 A子さんへのオンライン取材の前に、当サイトは文書で法案に関して質問し、回答を求めた。A子さんが所属する団体の関係者が回答を作成したと思われるが、その中に以下のやり取りがある。

Q12:…今回の特定生殖補助医療法案を「代理懐胎を禁止する法案」と「将来、代理懐胎を含めて解禁するための最初の法案」のうち、どちらが実態に近いとお考えでしょうか

A12:「代理懐胎を禁止する法案」が実態に近いと感じる。もし後者だとしても、卵子の質は年々低下するため、「一旦禁止」された時点で選択肢が絶たれる方もいる。

Q15:NPOのような非営利法人が、営利追求するエージェントに代わって仲介の業務を行い、現地の女性には日当相当の経費を支払う、もしくは日本から代理母となる人を連れて行くという形で(筆者註・代理懐胎を)実現できるとお考えでしょうか、また、そのような形を目指すお考えはおありでしょうか

A15:実現できたら良いとは思いますが、金銭授受を伴わずに代理出産の一連の過程を支援することは非現実的だと思います。将来的には、議員を含めた日本国民のリプロダクティブライツへの理解を推進すること、代理母と依頼者双方の権利と義務を守る法整備と、現実的に必要な金銭授受を定めた法律が必要だと思います。

 このようにA子さんや彼女を含む団体は、法案を実質的な「代理懐胎禁止法」の趣旨として捉えているように見える(A12参照)。確かにエージェントやホストマザーへの利益供与を禁止、違反者には刑法の国外犯の規定を適用して罰則を科すことにより現行の国外での代理懐胎システムは機能しなくなる(A15参照)。

◾️見直し条項の意図

 もっとも、法案作成者が同じ考えであったとは思えない。当サイトが昨年5月に実施した生殖補助医療の在り方を考える議員連盟の古川俊治副会長(参院自民党)へのインタビューで、同副会長は以下のように語っている。

ーー代理懐胎・代理出産は将来的にも国内で認められないのでしょうか

古川:この法案には3年後に見直す条項がついています。必要があって、状況を見て、代理出産が必要だということであれば、そう考えるかもしれません。一番最初はみんなが合意できるところで法律をつくろう、それで状況に応じて変えていくということは考えています。まずは法律を作らないことには制度はできません。確かにここに来るまでに「代理出産もいいんじゃないの」という意見もありましたが、なかなかまとまりませんでした。それなら一番小さく作っていこう、そこから広げていこうということで一致できました。

古川俊治氏(撮影・松田隆)

 さらに個人的な見解を問うと「代理懐胎は別にやってもいいんじゃないかなと思っています、1つの方法として。リスクと言っても今までの事例から見てカバーできるリスクだと思っていますから。制度の下でやってもいいのではないかと思っていますけれども、(現段階では)反対意見の方が強いですね。」とのことであった(参照・代理出産より子宮移植 生殖補助医療の行方(後))。

 こうした事実から、前述のQ12への回答は、実は「将来、代理懐胎を含めて解禁するための最初の法案」という考えも成立し得る。そうであれば、代理懐胎を言わば生きる希望としてきたA子さんが同法案の廃止を求めることは、自らの首を絞めるに等しい行為と言えないか。

 その点についてA子さんは「法案の内容を見た時に『代理出産という途は閉ざされるんだ』と思って、もう闇雲に『どうにかして止めたい』と自分でできる範囲のことをやってきました」と振り返る。

◾️法案成立と公益

 この法案の目的は第1条に「特定生殖補助医療の適正な実施を確保するための制度…等について必要な事項を定める」と明記されている。代理懐胎については、1つは海外で人身売買に近いと非難される、利益供与して一定期間現地女性の身体的自由を拘束する状況をなくしたいという点、もう1つは医学の知識も経験もないエージェントが生命の誕生をビジネスの材料として多くの利益を得ている状況を止めたいという点、この2つが立法者の念頭にあるように思える。

 そのことは公益、国益に資する上、多くの女性の生命や健康の保障に繋がるのは間違いない。その意味で法案成立は望ましい。しかし、成立の前提として、A子さんやA子さんの人生が犠牲にされることは許されない。

 15歳でロキタンスキー症候群と診断されたA子さんは、その日以来、「1日たりともそのことを忘れたことはありません」と言う。学生時代に男性と交際する機会はあったが、自らの置かれている状況を明かしたことはない。

 「どこかで恋愛にのめり込まないようにしていた部分はあります。すごく好きになった相手から『それでは結婚できません』と言われた時に、自分がどうなってしまうのか、想像することもできません。そういうことを考えないようにして、そうならないようにして自分の心を守っていました。」

 10代から20代にかけての多感な時期に、心に大きな重荷を抱えて生きる辛さはいかばかりであったか。A子さんは望んでそのような境遇になったわけではなく、かつ、自分の努力で与えられた運命を変えることはできない。自らを救う唯一の方法が代理出産、それさえできればと思って生きてきた女性に「あなたはそういう運命だから、自分の子は諦めなさい。それが公益に資することになります」と言うことが望ましい立法や行政のあり方のはずがない。

◾️具体的な救済方法

 法案の意義を認めつつ、A子さんのような女性を救済するのがあるべき立法、行政と言えるように思う。これまで規制の網にかからずにいた国外での代理出産を事実上できなくすることによって、決定的な影響を受ける人に対しては何らかの救済措置を取るべき。

 現実的な方法としては子宮移植が軌道に乗るまでの期間、国内での代理懐胎を一部解禁することが考えられる。その対象はA子さんのように現行制度の下では代理懐胎以外に子をつくる方法がなく、子宮移植を待つ間に卵子の劣化によって目的が達成できなくなるおそれがある人に限られ、その上でエージェントを排除し、ホストマザーへの利益供与も行わなければ、成立した新法に抵触することもない。

 そもそも国内での代理懐胎を禁止する法令はない。国内で実施できないのは日本産科婦人科学会が2003年5月の会告で会員に禁止を通達したことによる。その際の付帯事項には「代理懐胎が唯一の挙児の方法である場合には、一定の条件下(例えば第三者機関による審査、親子関係を規定する法整備など)において、代理懐胎の実施を認めるべきとする意見も一部にあり、また、将来には社会通念の変化により許容度が高まることも考えられる。…社会的合意が得られる状況となった場合は、医学的見地から代理懐胎を絶対禁止とするには忍びないと思われるごく例外的な場合について、本会は必要に応じて再検討を行う。」と明記されている(内閣府・重篤な遺伝性疾患)。

 一定の条件下とされた「親子関係を規定する法整備」については、「生殖補助医療特例法(生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律)」によって整備は完了している。

 例外的な場合について再検討を行っても問題のない時期にあると考えられる。それも永続的なものではなく、子宮移植が一般化されるまでの期間とすれば、再検討のハードルはさらに下がる。こうした点を踏まえ、A子さんは「そういった話をお聞きすると、特例措置を主張するのが現実的というか、自分にとって一番いいのかなと感じました。同じ会の中でも、皆さんの主張がそれぞれ異なるというのが正直なところです」と揺れる内心を吐露した。

◾️A子さんからのメッセージ

オンラインで取材に応じるA子さん(写真は一部加工してあります)

 法案はゴールデンウイーク明けにも審議入りするのではないかと言われている。A子さんらの活動のために残された時間は決して多くない。

 その慌ただしい時期、A子さんとメールでのやり取りを続ける中、以下のような内容のメールをいただいたので、ご本人の了解を得た上で公開する。

 「私も、“ただ子どもが欲しいのではなく、私との子どもが欲しい”と言ってくれるような方と結婚し、そんな人と一緒に生きていきたいと思っています。この病気で生まれたことは、誰のせいでもなく、ただ運命だったとしか言いようがありません。ですが、幸せになる権利までは決して奪われてはならない、と強く思っています。私はこれからもこの疾患と共に向き合いながら生きていきますが、前向きに希望を持って生きられるような法律になることを、心から願っています。」

 これ以上、語るべき言葉を筆者は持ち合わせていない。

前編に戻る)

    "ロキタンスキー症候群と特定生殖補助医療法案(後)"に3件のコメントがあります

    1. 市原恭代 より:

      20年前だったら、私が代理懐胎をしますと手を挙げたでしょう。私は61歳の女性です。2002年、39歳で私は10個の卵子凍結をしました。その3年後にも再び数個の卵子凍結をしました。なぜなら夫が無精子で睾丸を開く手術をしても見つからなかったからです。私達夫婦は15年以上、科学の進歩待ちました。しかし、ラットでは可能性があるところまで来ていますが精子の原細胞、あるいは普通の体細胞から精子を作る技術はヒトまで行っていません。
      このかたのロキタンスキー症候群の子宮移殖もまだまだ15年、20年かかると思います。

      私は本気で40代の頃、代理母になりたかったです。なぜなら、なぜ自分が代理母を目指して産んだのか、私ならその子供に出自の合理的説明ができます。私も夫の科学の進化を待っているからです。待っている女性に自分の今ある子宮で赤ちゃんを産んで、その受精卵の父母にわたせられたらと思います。

      私たち夫婦はついに子孫なしで終わるかと思われたのですが、奇跡的に、49歳夫46歳妻の時、東北大震災の震災遺児と巡り合い、9か月から養育、1歳半で特別養子縁組して実子扱いとなりました。今、子どもは16歳になります。出自の教育も小さい時からして、去年の夏には子ども本籍ある陸前高田市へ家族で行きました。

      今まで悩み苦しみ選んできた道に後悔はないです。子どもも実子だと思っています。
      一つだけ、悔しいのは50歳頃、子宮腺筋症で子宮を摘出しており、もう特別養子縁組の子どもがいるのだからでいいでしょうと、それまで10年近くも卵子保存料を払って来ているにもかかわらず、病院に卵子を全部廃棄させられてしまったことです。私は永久保存して卵子の作れない方に差し上げたいと思っていました。

      私たちは欠けているものだらけです。精子、卵子がないもの。うまく子宮に着床しない、子宮がない、なぜ欠けたものを互いに埋め合ってはなぜいけないのでしょう。
      精子や卵子が無いということは、配偶者には余っている精子と卵子もあるということなのです。余っている子宮もあります。私は夫の無精子症がわかった32歳から特別養子縁組の子どもが来てくれる46歳まで、ずっと自分の子宮を使って代理母をしたいと思っていました。また、私の寿命が尽きても夫の精子が作れる日が来たら、受精卵にして誰かの夫妻に託したかってです。

      欠けた生きてきた者たちには、生き様があります。私は卵子提供でも代理母でも、もし子どもが出自を尋ねにやってきたら、ちゃんとなぜそうしたのかを話してあげることができます。なぜ卵子提供しなければならなかったのか、なぜ代理母を志したのか自分の言葉で話せます。
      15歳での出自を知る権利は、特別養子縁組と同じです。筋道の通った合理的な説明ができるなら、子どもはちゃんと理解できます。

      全面的禁止は愚かな道と感じます。もっと全体をみてください。

      1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

        貴重なお話をありがとうございます。今回の法案では出自を知る権利について、それに配慮すべきことも盛り込まれています。ご存知かと思いますが、慶應義塾大学病院がAIDのドナーに対して生まれた子からの要請があればドナーの情報を提供する可能性があることを告げた結果、ドナー確保がうまくいかなくなりました。HPを見ると、現在もAID初診の新規予約の受け付けを中止している状況のようです。

        市原様のように子供に理解させることができる人ばかりではない、そんな自信がないという人も多いのが実情なのかもしれません。ただ、それでも出自を知る権利に最大限配慮するように定めようというのですから、その権利の重要性は社会的に認知されているのかなというのは感じます。

        >>全面的禁止は愚かな道と感じます。もっと全体をみてください。

        これは私の記事に対する批判でしょうか。細かい話をすれば、この法案は全面的禁止ではなく、それに伴う利益供与を禁じただけです。ただし、実質的に全面的禁止とほぼ同義であるのも確かでしょう。

        僕も「(代理懐胎そのものを)全面的禁止」ということであれば、「愚かな道と感じます」には同意できます。そのため、法案が成立するのであれば、日本産科婦人科学会は会告の付帯事項にある再検討に踏み切るべきという考えです。

        法案にはいい面もあります。しかし、法案が成立することで決定的に影響を受けるA子さんのような方が出てきてしまうわけで、そうした人を救済できないのであれば、違憲判決が出される可能性はあるかもしれません。

        法案が成立しないことになれば、会告の再検討が行われないように思います。僕は両者は併存し得ないであろうというのが前提です。

        そうなると、海外での代理懐胎という高額で医療関係者ではないエージェントが主導的な役割を果たす場だけが選択肢に残るのがいいか、それとも国内で安価で利益供与なしに行われる代理懐胎が認められるのがいいか、という問いかけに、僕は後者を選ぶという考えです。法案に反対しない人は全体をみていないというご意見であれば、それは僕にとって受け入れ難いものです。

    2. 市原恭代 より:

      松田様
      ご返信ありがとうございます。
      私の全面的禁止への反対は松田様の意見への反対ではありません。
      そもそも精子や卵子の欠失や子宮の機能不全は、少数者のものです。
      そしてその欠失は、その配偶者(パートナー)にとっては子どもに結びつかない配偶子や子宮の余剰でもあります。
      多数派の不妊を経験したことのない人間にとって、配偶子を与えることや子宮を貸すことに、ショックを受け反対するのは当然と思います。私だって、不妊を知る前は同様でしたから。

      しかし、何年も何10年も子どもを待ち続けて、なおも得られない少数派の人々にとって、事態は切実なのです。非常事態であり、危機的状況なのです。
      安全地帯にいる多くの不妊でない人々が作った法案に感じます。当事者のことを考えた法案ではない。
      外国とか国内とかそんな問題ではない。むしろ、国は、不妊の人間のそのパートナーの配偶子の余剰をマッチングすべきです。そして、なぜ、第3者の生殖者介入がなされることになったのか、正々堂々と子どもに話せる環境を作るべきと思います。
      慶應大学のAIDも不妊と関係ない人から募集するのではく、妻(パートナー)が不妊の者から受けつけるのが良いと思うのです。卵子や子宮の欠失も、その逆です。パートナーに精子のない者で私のように提供したい者も存在するのです。

      誰だってなりたくて不妊になるわけではありません。誰も悪いことなどしたくありません。子どもにとって正当な理由があれば時間をかけて語り合いながら育てることができます。それはすでに特別養子縁組をした家族が本当の家族であることと同様です。

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