分娩の保険適用化めぐり激論 公的資金導入も
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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政府が2026年度をめどに導入を進める出産費用の保険適用に関して関係者の間で激しい議論が交わされた。厚生労働省などが1日、都内で第2回 妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会を開催。この中で日本産婦人科医会からの出席者は拙速な制度変更に反対の意を表し、経営が危ぶまれる小規模施設に対する公的資金の導入を求める意見を述べた。一方、他の参加者から「反対ありき」はおかしいとの意見が出されるなど、白熱した議論が展開された。
◾️保険適用化の利点に疑問符
検討会議の第2回は出産の現場へのヒアリングが行われた。まず、日本産婦人科医会(会長・石渡勇氏)の前田津紀夫(つぎお)副会長が「『正常分娩』の保険化に対する日本産婦人科医会の考え方」と題するレジメをもとに現状を説明し、会を代表して意見を述べた。
分娩費の保険化は政府の少子化対策の一環として行われ、妊婦の分娩時の費用負担軽減のために行われるというメディアの報道について、出産の現場では全く異なる見解を有していることを説明した。
そもそも報道されている保険化の利点は大きく分けて3つあるとされる。
(1)分娩における妊婦の経済的負担が減少し、少子化対策となる
(2)全国一律のサービスが定額で保証される
(3)分娩費の上昇を抑制できる
報じられる3つの利点に対して以下のような疑問を投げかけた。
(1)給付が保険財源から行われる限り同じ財源から給付される出産育児一時金の減額または廃止が予想され、妊婦の負担減少にはつながらず、少子化対策になるかは疑問。
(2)サービスが一律で行われることは医療機関の減収につながり、サービスの低下、医療安全への投資の減少が懸念される。
(3)ほとんどの医療機関で経営のための適切な分娩費用が定められており、それを抑制するのであれば産科医療機関の分娩からの撤退に繋がる。
同会としては保険化によって産科医療機関の減収となり、機関そのものの数が減少すると懸念している。その結果、妊婦の選択の幅が狭まり、世界に誇る日本の周産期医療の成績が悪化、さらに産科を目指す若手医師の減少に繋がる負の連鎖は避けられないと説明した。
2023年の最新のデータでは、少子化の加速によって産科有床診療所1施設あたり平均で年間844万円の減収(2022年比)となっている現状などを示し、ただでさえ厳しい日本の周産期医療が正常分娩の保険化によって産科医療機関の減少に拍車をかけると危機を訴えた。
こうした事実を踏まえ日本産婦人科医会としては「『少子化対策』と言う美名の下にあまりに拙速に制度変更することには反対の意を表したい」とし、「長い間、周産期医療に携わってきた医師、助産師、看護師、メディカルス タッフ、行政の方々の努力で達成された日本の周産期医療の誇るべき成績を崩 すことのないよう丁寧な議論をお願いしたい。」(以上、同会提出の検討会資料から)と注文をつけた。
◾️拙速な保険適用化は受けいられない
続いて日本産科婦人科学会(理事長・加藤聖子氏)の亀井良政氏が説明に立った。2023年9月に実施した全国111の大学病院の出産費用のアンケート調査の結果を示し、大学病院ならびに総合周産期母子医療センターの1分娩あたりの費用は平均約140万円で、出産育児一時金の50万円とは大きな差異があることを示した。
さらに産婦人科医の医師の働き方に関するアンケート調査を紹介し、多くの施設が人的資源においてギリギリの状況で運営されている実態を訴え、自然重点化・集約化を含め、各地域で検討を進める必要があるとする。こうした状況下での保険適用化は「経営に困窮した一次施設の分娩取扱の終了」から始まる周産期医療安全の崩壊へと進むリスクを示した。
同会としては、妊産婦の経済的負担の軽減がなされ、分娩数が増加するなら保険適用化に同意するとしながらも、医療安全の確保に高額な経費が必要なこと、現状のハイクオリティーな周産期医療の継続のため必要な支援を望むことなどを挙げ、「急速な分娩取扱施設の減少・医療崩壊につながる様な、拙速な分娩費用の保険適用化となるなら、到底受け入れられません。」と断じた。
◾️健保組合連合会の立場
2つの会からの説明が終わった後で、健康保険組合連合会の佐野雅宏会長代理が質問に立った。周産期医療の厳しい現状に理解を示しながらも、日本産婦人科医会の前田副会長に対して「保険医療の適用について『拙速に制度変更することには反対』とありますけれども、本件については数多くの課題があるというのは我々重々認識しております。最初から賛成ありき、反対ありきと、こういうことで議論をスタートすべきではないと考えています。」と牽制した。
さらに「正常分娩が保険になじまないとありますが、仮にそうだとして、自由診療でなければならないとお考えになっておられるのかどうか、お考えをお聞きかせいただきたい」と迫った。
前田副会長は「正常分娩に限らず分娩は費用がどの程度かかるかという問題だけではありません。医療提供をしている側の存続の問題があると思います。少なくとも地方圏での分娩(へのサービス)の提供は収益が上がりません。その中でたとえば物価の変動ですとか、分娩の減少ですとか、そういったことが発生した時に従来の保険診療の枠組みの中では救済措置が後手後手に回りますし、実際問題としてそれでは賄いきれないような形になります。そのために値上げをしていいというものではありませんが、自由診療の方がそういうことに対する融通がきくと考えております」と回答した。
それに続けて四国のある市の診療所の例を持ち出し、月に10件程度の分娩があっても医師だけでなく看護師、助産師らを含め、分娩だけでは食べていけない状況で、医療機関が成り立たなくなる状況とする。それを医師らの工夫で何とかやりくりしている状況であり、それを保険で賄うのは難しいと説明。
その上で「分娩というのは極めて文化的なものですので、自分の町で産めて当たり前です。それを当たり前だと思わないようなら、分娩を語る資格はないと思います。そういった意味で保険適用化するということは、硬直した費用がはっきり定められて、何かあったときは救済措置は行われますが、1年2年経ってから救済されるような形しかとれませんので、それでは分娩施設は守れません。そういう意味で保険適用には馴染まないと申し上げております」と話した。
◾️保険以外の財源利用を
続いて奈良県立医科大学の今村知明教授が、分娩数の減少は、婚姻数の減少もあってさらに深刻化することが予想される中、どのような姿勢で臨むのかを問いかけた。
日本産科婦人科学会の亀井常務理事は集約化、重点化が避けて通れないという見通しを語った上で「今回の保険適用化が進み、出産育児一時金が減額されるなどで1次施設が次々と消えていくとなった場合には、集約化・重点化がきちんと進む前に特に地方では医療の崩壊が起きるのではないかということを、学会では非常に心配しています」と話した。集約化や重点化は必然的であり、やむを得ないこととはいえ、保険適用化に関して拙速な結論を出さないように求めた。
前田副会長もマイクを握り、自分の町で分娩ができない状況が発生するのはよくないというのであれば「保険以外の財源から公的な援助が必要だと思います。今の小規模な施設は、このままいけば保険化されなくても経営は成り立たなくなると思います。ですから、日本での分娩をどのような状態にもっていきたいのかを議論すべきであって、我が町で産める環境を残してほしいとおっしゃるのであれば、小規模施設に対して公的資金の導入は避けて通れないのではないでしょうか。保険財源には限界がありますので、それ以外の財源を利用するしかないと思います」と強調した。
この日はそれ以外にも日本看護協会、日本助産師会の代表者からも現状の説明があり、分娩の現場からの声を届けられ、活発な質疑応答が行われた。
政府は2026年度を目処に保険適用化を目指しているが、現場からは反対の声が強い(参照・産婦人科医が不安吐露 出産費用の保険適用)。一方、この日の話からは健康保険組合連合会は保険適用化を進めたい考えのようで、今後の検討会の中で同連合会の立場からの意見も聞くよう求めている。保険適用化は今後の日本の出産のあり方を左右しかねず、今後も激しいやり取りが予想される。