少子化対策の効果「分からない」分娩費用保険化迷走

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 厚生労働省で検討が進んでいる分娩費用の保険適用について、保険関係者が導入の場合の少子化対策への影響を「よく分からない」と話した。11日に都内で行われた第4回 妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会での発言。少子化対策のために導入が検討されている分娩費用保険化で、目的の達成に貢献するかどうか分からないと明言したことは、導入する根拠が失われることに繋がる。保険化の問題は混迷の度合いを深めている。

◾️連合からは賛同コメント

イラストはイメージ

 第4回検討会は、引き続き関係者へのヒアリングが行われた。分娩費用の保険化を進める立場である健康保険組合連合会(宮永俊一会長)の佐野雅宏会長代理が「出産費用の保険適用に向けた検討について」と題する資料を用いて報告を行った。

 出産費用の保険適用の目的について「出産費用の保険適用が、『受益者である国民のメリット』、『少子化対策への貢献』にどうつながるかを明確にすべき」とした上で参考として不妊治療の保険適用(2022年4月から)の例を示し、「保険適用後、約900億円(令和4年度)の保険給付が増加する一方、不妊治療により出生数は一定程度増加したと推定」とする資料を示しながら同会長代理は「数万人は(出生数が)増えていると考えています」と話した。

 資料ではさらに「国民の経済的負担の軽減と少子化対策において一定の効果につながっている。」と結論づけている。

 また、「分娩施設の体制維持・確保、産科医の確保や地域偏在の解消など、周産期医療体制の整備は、国のインフラ整備に関わる問題であり、出産費用の保険適用とは切り離して、別途解決策を考えるべき」と資料の中で示されていた。

 佐野会長代理の説明を受けて、構成員である日本労働組合総連合会(連合)生活福祉局・松野奈津子次長から「連合は被保険者の立場として参画しておりますので、構成員(佐野氏)からご指摘のあった被保険者、加入者における保険料負担への納得感というのは、非常に重要だと考えております。出産費用だけでなく、妊娠時や産後の支援においても実態の把握を行い、見える化をした上で費用負担とのバランスとの観点からも検討が必要ではないかと考えております。また、産科医、分娩機関の維持については医療提供体制でのお話でありますので、保険費用との話とは切り離して別途対策が必要と考えております。」と賛同するコメントがなされた。

◾️保険化と出生数増加の関係

 こうして分娩費用の保険化を進めたい人々の立場がはっきりする中で、検討会の構成員である日本医師会(松本吉郎会長)の濱口欣也常任理事が少子化対策の部分について「今、現在で保険者の立場として、もし(分娩費用に)保険適用がなされたならば妊産婦にメリットが生じ、あるいは出生数の増加に貢献するという考えはお持ちでしょうか」と聞いた。

 これは当然の疑問と言うべき。佐野会長代理が示した資料には分娩費用の保険適用が少子化対策となり得る直接の根拠は示されておらず、ただ、不妊治療の保険適用によって出生数は増加したと思われるという、似た事例を示しているにすぎないからである。

 これに対して佐野会長代理は「現時点で直接に出生数に影響するのかどうかはよく分かりません。資料に参考で不妊治療の保険適用の話を書いてしまったものですから、こちらでもって一定の出生数(の増加)に効果があったということで…書き方がまずかったと反省しているのはあるのですが、現時点で出産費用の保険化が出生数にプラスになるかと言うと、そこについては何とも言えないと思います」と分娩費用の保険化と出生数の増加について因果関係の有無は不明であることを認めた。

 さらに同会長代理は「今回、出産費用の保険適用の目的をどこに求めていくかという点で、究極はもちろん少子化対策に貢献するのが最大(の目的)でしょうけども、前回のヒアリングを聞いても、やはり見える化をしたいとかですね、一定の安心感が生まれてですねというのが目的としてですね、候補にはなりうるのではないかと思います」と説明を続けた。

 これを受けて濱口常任理事は「今、佐野構成員が言われたようなこと(少子化対策)と、周産期医療体制のことと保険適用は別に考えていかないといけないのは理解できます。やはり、分娩医療の体制の維持が後退するということが結果的にあってはいけないと思います」とまとめた。

◾️方法と目的の違い

日本産婦人科医会の前田津紀夫副会長(撮影・松田隆)

 この一連のやり取りは、非常に重要な意味を持つように思える。そもそも分娩費用の保険化の話は菅義偉内閣の時に話が出て、岸田政権になった2023年12月22日に閣議決定された「こども未来戦略」において2026年度を目処に導入という方向で検討するとされていた。

 同戦略では少子化対策がこれからの6~7年が最後のチャンスとして「少子化対策は待ったなしの瀬戸際」にあり、「このため、以下の各項目に掲げる具体的政策について、『加速化プラン』として、今後3年間の集中取組期間において、できる限り前倒しして実施する。」として加速化プランの中に保険適用を入れている。

 今後3年間の集中的な取組みとして出産等の経済的負担の軽減を挙げ、「2026年度を目途に、出産費用(正常分娩)の保険適用の導入を含め、出産に関する支援等の更なる強化について検討を進める。…妊婦が安全・安心に出産できる環境整備に向けた支援の在り方を検討する。」というものである(同 p13)。

 このように分娩費用の保険化は、少子化対策の最後のチャンスとして切る重要なカードであるという位置付けであった。ところが、健康保険組合連合会の会長代理が加速化プランの目玉的存在である分娩費用の保険化が出生数増加に効果があるかどうか分からないとしたのである。出生数の増加という目的を達成するための保険化を、直接の保険担当者が目的達成に寄与できる保障はないとするのに導入を進める必要はあるのかという議論になるのは当然であろう。

 もっとも、保険適用で妊産婦にメリットが生じるなら、それでいいではないかという反論は考えられる。ところが、その点については前回第3回の検討会で、日本産婦人科医会(石渡勇会長)の前田津紀夫副会長は出産費用の低減を「保険化という手段で達成しなくてはいけないのか、費用負担を少しでも安くして安心して安全に産める環境を整えることが保険化以外で達成できるならば、それでもいいのか、あくまでも保険化にこだわるのか」と問いかけている。

 この問いに参考人として出席したベネッセコーポレーションたまひよメディア事業部たまひよブランド広報・久保田悠佑子氏は「『保険でないと』という話ではなく、お安くできるとか、かかる費用を分かりやすくというところがポイントになってくると思う。」とした。

 同じく参考人のコネヒト株式会社・青柳有香氏も「一律保険適用をしたからと言って、安くなるかどうかは分からない中で…一概に保険適用をすればいいというものでもないのかなというのは感じている。費用が透明化され、何にいくらかかっているのか、その費用に対する納得感であるとか…」など、要は経済的な負担軽減、支払い内容の明確化などが重要であり、必ずしも保険化にはこだわっていないと答えている(参照・難航する分娩費用の保険化 第3回検討会)。

◾️高市首相で潮目も変わる?

 第3回、第4回の検討会で、分娩費用の保険化について、妊産婦の立場からは「負担減少になれば保険化にはこだわらない」、健康保険組合連合会からは「保険化しても少子化対策に有効かどうか分からない」とされた。今回を含め3度のヒアリング内容からは、構成員や参考人のやりとりを聞く限り、2026年度を目処に保険化しなければならない理由は見当たらないという結論に至ったと言うしかない。

 こども未来戦略が少子化対策に待ったなし、ここ数年が勝負ということで様々な政策を打ち出しているのは内閣として当然。少子化対策の一環として出産に関する費用負担を下げることは、女性にとって子供を産みやすい環境にする上で一定の効果は認められると思われる。

 しかし、それを実現するための方法を「保険適用の導入」と事実上、限定する必要があったのかは疑問が残る。出産育児一時金の増額でも対応は可能なのに、保険適用ありきで話が進められ、適用しても少子化対策に影響があるかどうか分からないというのでは、保険適用は方法ではなく、それ自体が目的だったのではないかという疑いが生じる。

総理官邸の主により結論が変わる?

 実際、首都圏で開業する産婦人科医に聞くと、匿名を条件に「保険化の目的は事実上の増税ではないかと思う。保険化すれば、これまでの政府の出産育児一時金の負担を、保険料アップという形で国民に押し付けられる」と話した。

 この先、検討会は続くが、先行きは不透明。自民党総裁選の行方を見極めないと何とも言えない部分がある。この問題の始まりが菅義偉元首相であり、小泉進次郎氏が次期総理になれば、後ろ盾になっている菅元首相の意向に反することはしないため厚労省も保険化を進めるしかないのではないか。逆に菅首相とは遠い高市早苗氏が次期総理となれば、情勢が変わる可能性もある。

 そうした点も見極めながら、検討会は進められると思われる。

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