分娩費用の保険適用化 26年度導入見送りへ

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 分娩費用の保険適用化が、2026年度を目処とされていた導入が難しくなった。12日、厚労省主催の第6回 妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会が実施されたが、相変わらず検討会内部での意見の対立が続き、落とし所が見えてこない状況。スケジュール的に2026年4月までに詳細を詰めて保険適用するのは時間的に無理との声が出ており、当面先送りされる見通しとなった。

◾️1年で全てを整える困難さ

写真はイメージ

 今回で6回目になる検討会では、今後の議論の進め方について事務局より説明があった。発表された資料によると、これまでの議論を整理すると、4つのテーマが問題になっているとした。

(1)周産期医療提供体制の確保について

(2)出産に係る妊婦の経済的負担の軽減について

(3)希望に応じた出産を行うための環境整備について

(4)妊娠期、産前・産後に関する支援策等について

 この4テーマについて、第7回(日時未定)以降、議論を行い、2025年(令和7)春頃にとりまとめを予定している。その後、とりまとめを踏まえ、社会保障審議会医療保険部会等において、さらに検討を行う予定。仮に保険適用化を導入する場合、出産時は現金給付と定めている現行の国民健康保険法(58条)など関連する法令の改正が必要となる。

 その上、保険点数をどのように設定するか、現在支給されている出産育児一時金をどうするのかなど課題は山積み。それらを全て解決して国民に実施を周知させる期間を考えれば、とりまとめの1年後に全て整えるのは不可能と言っていい。

濱口欣也氏(右)と前田津紀夫氏(日本産婦人科医会記者懇談会で撮影)

 この日の検討会でも 日本医師会(松本吉郎会長)の濱口欣也常任理事は「4つのテーマについて議論を深めていくことは問題ありませんが、具体的な議論をするにあたっては『各地域において全ての妊産婦が享受できるような十分な分娩供給体制を確保しなければいけない』、そして『各分娩施設におきましては安心安全な分娩環境が与えられることを念頭にあらゆる可能性を排除せず』、この論点の中にまた論点があるんです。これぐらい課題について1つ1つ十分に時間をかけて整理して議論する必要があると僕はあらためて感じました」と結論を得るまでに相当な時間が必要なことを指摘した。

 こうした状況の下、複数の関係者は「スケジュール的に無理。2026年度の導入はとりあえず延期となる」と話した。もともと分娩費用の保険適用化については2023年12月22日に閣議決定された「こども未来戦略」において2026年度を目処に導入という方向で検討するとされていた。文字通り、あくまでも「目処」であり、ゴールが明確に決められているわけではない。

 拙速な制度の導入は現場に混乱を招きかねず、「とりあえず延期」には合理性、信憑性が認められる。そして、26年度導入が先送りになったとしても、その先に導入が見通せているわけではない。保険適用化そのものに日本産婦人科医会、日本産科婦人科学会などが強力に反対している現状で、実現される見通しは立っていない状況と言える。

◾️保険適用化推進派の発言

 2024年最後の検討会も、厳しい対立が目立った。議題は1. 今後の議論の進め方等について、2. 「出産なび」についての2つ。事務局より今後の議論の進め方について報告が行われた後、保険適用化推進を求めていると見られる健康保険組合連合会(宮永俊一会長)の佐野雅宏会長代理が意見を述べた。

 「本件(周産期医療提供体制の確保)は国のインフラ整備にかかる問題ですので、社会保険医療の財源を使って事業主または被保険者が負担すべきものとは思えない部分がございますので、今後、出産費用の保険適用とは切り離して別途解決策を考えていくべきと考えております」と、体制維持と保険適用化を分離して考えることを主張。

 その上で「妊産婦の方の多様なニーズに対応していくためには出産費用だけではなくて、現状の支援、サポート、実施主体、財源を見える化した上で、途中、井上先生(井上清成弁護士)のお話もございましたけども、妊産婦の多様なニーズに応えるためにも、標準化が、保険化していくことが大変重要と考えております」と、保険適用化を求め、第5回の検討会で参考人として出席した井上清成弁護士(東京弁護士会)が示した案に全面的に賛意を示した(参照・検討会で弁護士暴論「産科医は医療安全に前のめり」)。

 日本労働組合総連合会(芳野友子会長)の松野奈津子生活福祉局次長も、佐野氏の「分離論」に賛成する。保険適用化についても「希望する人が安全、安心に子供を産み、育てることができる環境整備に向けて、産科医療の標準化と質の向上は極めて重要だと考えております。そのためにも、出産については正常分娩も含めて健康保険を適用する、いわゆる現物給付とすることが本当に必要な出産費用の見える化、ひいては安全安心な産科医療の標準化に繋がると考えております」と強力な”援護射撃”を行った。

◾️既に待ったなしの状況

 このような保険適用推進派の意見に対して、日本産婦人科医会(石渡勇会長)の前田津紀夫副会長は佐野氏と松野氏の分離論に一定の理解を示しつつも「現状、そういう悠長なことを言っていると本当に医療機関がなくなってまいります。日医総研(日本医師会総合政策研究機構)が先日出したワーキングペーパーでですね、全国の産科施設の4割がここ2年で赤字経営をしています。4割ですよ。2022年度から2023年度でその赤字幅が増えております。ですから、また新しく会議体をつくって地域の周産期医療体制の確保なんてことをこれから論じる余裕は絶対に残っていません」と力を込めた。

 さらに「保険化ということが新聞の見出しに出る度に『やめる』と言い出す仲間がいます。そうした中でどうして安全な医療供給体制が整備できますか。そんな会議が3年後、4年後に何かをやってくれたとしても、その頃には潰れてしまっています。自治体によっては産科医療機関に対して、500万、1000万出している市があるんです。群馬県にございます。そういった医療機関が減っているところは自治体が危機感を持っています。それを国の会議体が、機関が危機感をもたずにどうするんでしょうかと、私は常々思っています」と、周産期医療体制の維持は既に待ったなしの状況になっていることを強調した。

写真はイメージ

 保険適用化に関しても、出産の現場を説明して反対する。実際の出産では助産師の果たす役割が大きい点に触れて「保険の議論になった時に助産師さんの活躍をどのように(保険)点数で評価するのか…ほとんどタスクシェアを、あるいはタスクシフトをしていると言っていいぐらいです。分娩費の多くは助産師さんの活躍によってなされています。ですから単純に保険化できるわけではなく、現物給付と簡単におっしゃるけれども、そんな簡単な現場ではないんです」と話した。

 また、分娩、出産は状況によって提供すべきサービスを適宜変更せざるを得なくなる場合が多く、それに伴い費用が発生する可能性が出てくるため、通常の医療とは異なる事情があることを説明。「それをなぜ現物給付化できるか分かりませんし、そういう議論があること自体が不思議で仕方がありません。お産の現場は、療養給付と全く別の概念で考えていただかないといけません。…妊婦さんの負担を軽減するためには何か違う策があるはずです。出産育児一時金を上げるもよし、佐野構成員がおっしゃったように保険財源は保ちませんから、違う議論、違う財源を議論してもよし、ただ、少なくとも保険化ではないでしょう、というのが我々の意見です」と語気を強めた。

◾️あらためて感じる溝の深さ

 保険適用化と周産期医療提供体制の確保の分離論と一体論が正面からぶつかり合い、その上で保険適用化への賛否も分かれるという状況。事務局が示した4つのテーマを議論する以前にその部分に決着をつけなければ前に進んでいかない。

 今回の議題の1つ「 今後の議論の進め方等について」は、内容ではなく手続き論。議論の入口で分離論と一体論で対立し、さらに4つのテーマを話す上で不可欠の保険適用化も厳しい言葉の応酬であらためて溝の深さを感じさせるものとなった。

 この状況で2025年春の取りまとめから1年後の実施は常識的に考えて不可能とは言わないまでも、相当な困難が伴うと思われる。2026年度を目処に実施という閣議決定された保険適用化は、この日の議論から見ても、前述の関係者が言ったように先送りは確実と思わされるものとなった。

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