「ふてほど」より「オールドメディア」に大賞を

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 2024年の新語・流行語大賞が2日発表され、年間大賞に「ふてほど」が選ばれた。テレビドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS系)の略称。その年を代表する言葉としては、ほとんど浸透していなかった印象で、「オールドメディア」のようなもっと相応しい言葉があるのに、馴染みの薄い言葉しか選べない現状から、このイベントの存在価値そのものに疑問が生じる。

◾️ふてほど最高視聴率8.3%

共同通信KYODO NEWS画面から

 1984年(昭和59)に始まり、今年で41回目となる「ユーキャン新語・流行語大賞」の年間大賞に「ふてほど」が選ばれたという報道を見て、少なくない人が「ふてほどって何?」という感想を抱いたのではないか。実際、ネット上ではこれを「不適切報道」の略ではないかという声も上がり、一時はXのトレンドに「不適切報道」が入る異常事態となった。

 授賞式に登場した俳優の阿部サダヲ氏は「正直“ふてほど”って自分たちでは一度も言ったことがない。周りからも聞いたことないですね」と話し、会場を沸かせたと報じられた。さらに、「『ふてほど』を『不適切報道』と勘違いする人が続出。ネット上で『ふてほどは不適切報道の略?』という声が上がると、『それイイネ!』…と、昨今の報道を受けさまざまな声が上が」ったことが伝えられた(Sponichi Annex・流行語大賞「ふてほど」は知名度低い? 勘違いする人続出…一夜明け「ふてほど=不適切報道」が定着)。

 ドラマ関連の言葉から大賞が選ばれるのは、2013年の「倍返し」以来、11年ぶりとなる。倍返しは「半沢直樹」(TBS系)で用いられて広まったもので、半沢…は全10話が視聴率22%を超え、最終回は32.7%を記録するヒットとなった(サンケイスポーツ電子版・「半沢直樹」有終、令和ドラマ1位の視聴率32.7% 全話で22%超)。

 これに対し、「不適切にもほどがある!」は全10話で最高視聴率が第5話の8.3%で一度も10%を超えることはなかった(スポーツ報知電子版・「不適切にもほどがある!」最終回視聴率は7.9%…前週より上昇「続編も期待」「久しぶりにハマったドラマ」ロス訴える声も)。

◾️流行していない流行語大賞

 新語・流行語大賞を選んでいる「現代用語の基礎知識」を発刊する自由国民社はこの賞について「1年の間に発生したさまざまな『ことば』のなかで、軽妙に世相を衝いた表現とニュアンスをもって、広く大衆の目・口・耳をにぎわせた新語・流行語を選ぶとともに、その『ことば』に深くかかわった人物・団体を毎年顕彰するもの。」(自由国民社・「現代用語の基礎知識」選 ユーキャン新語・流行語大賞とは)と説明している。

 「広く大衆の目・口・耳をにぎわせた新語・流行語を選ぶ」のに、その大賞のワードを多くの人が聞いたことがないことが大きな話題となり、元になったドラマの演者が言ったことも聞いたこともない、と言っている時点で賞の目的を果たせていないのは明らか。

 今年の選考委員は金田一秀穂(杏林大学教授)、辛酸なめ子(漫画家・コラムニスト)、パトリック・ハーラン(お笑い芸人)、室井滋(俳優・エッセイスト・富山県立高志の国文学館館長)、やくみつる(漫画家)、大塚陽子(『現代用語の基礎知識』編集長)となっている(敬称略)。10人に1人も見ていないドラマのタイトルの略称を、その年を代表する言葉として選ぶ選考委員のセンスを理解するのは難しい。

 この賞については以前から問題視されていた。2014年の年間大賞は「集団的自衛権」と「ダメよ~ダメダメ」が選ばれ、2つ言葉を並べることで、一種の安倍政権へのアンチテーゼとしたのではないかという批判が出た。2015年の大賞の1つ「トリプルスリー」はほとんど浸透していなかったのではないかという声も出ている。ちなみにトリプルスリーとはプロ野球で「1シーズンで打率3割、ホームラン30本、30盗塁以上の成績を記録すること」で、この年は柳田悠岐、山田哲人の両選手が達成している。

◾️選出する人々の社会的責任

写真はイメージ

 たかが一出版社のイベントなどどうでもいいと思われるが、新語・流行語大賞は今年で41回目を迎え、その結果はNHKのニュースでも報じられ、年末の風物詩的存在となっていることは考慮しなければならない。自由国民社は(民間の一イベントだから)と恣意的な選出を繰り返すことが許されると考えるのではなく、社会的責任を意識して実施しなければならないのは当然のこと。

 現代社会は様々な現象が記録として残されるが、その年に流行した言葉、世相を的確に示す表現を記録として正確に残すのは簡単ではない。本来、言葉は口から出したら、そのまま消えていく。特定の年にどのような言葉が人口に膾炙されたかなどを文書の形で残すのは難しく、新語・流行語大賞はその役割を果たす数少ない存在と言っていい。

 たとえば、今から半世紀後の2074年の人が(50年前にはどんな言葉が流行っていたのだろう)と2024年の新語・流行語大賞を調べた結果、「人気のドラマのタイトルを略した『ふてほど』が流行した。その年は政治の世界を中心に不適切事案が目白押しで、その結果、多くの人がこの言葉を口にして、最も流行した言葉に選ばれた」とレポートするかもしれない。当時、SNSで「そんな言葉知らないぞ」という意見が起きたことを半世紀後の人が知っているとは思えず、こうして歴史は実態から離れたものになっていく。

 未来の人々の研究結果を誤ったものにする可能性がある資料を大手出版社や時代を代表するとされる選考委員が作り出している事態が現在進行形で進んでいることに、当事者は罪悪感を感じた方がいい。

◾️かい人21面相より千円パック?

 第1回の1984年を振り返ってみよう。筆者は当時、大学4年生だったのでその頃のことは肌感覚で覚えており、選出されている言葉に違和感を覚える。たとえば、流行語部門・特別賞の「千円パック」(受賞者・森永製菓)は、当時、聞いたことはあるが流行していたとはとても思えない。グリコ・森永事件で打撃を受けた森永製菓が安全のために完全包装した菓子パックを売り出した、その菓子パックを指しているが、同事件であれば犯人グループが名乗った「かい人21面相」の方が遥かに媒体で扱われ、人々の会話に登場していた。「キツネ目の男」も同様で、少なくとも「千円パック」よりは広まっていた。

 犯罪者、犯罪集団に関する言葉を選出することは犯罪を助長しかねないという考え、「軽妙に世相を衝いた表現とニュアンスをもって、広く大衆の目・口・耳をにぎわせた新語・流行語を選ぶ…」という自由国民社の説明、特に「軽妙に世相を衝いた」の部分に反するという考えがあったのかもしれない。理由として分からないでもないが、その結果、流行していない言葉を選出し、社会の実態を正確に伝えないことになってしまっては、イベントの本来の目的を達成できない。

◾️2025年大賞は「流行語大賞やめろ」

ANN News CH画面から

 こうしたことから考えると、今年の大賞は「オールドメディア」で良かったように思う。7月の都知事選挙ではSNSを巧みに利用した石丸伸二候補が、実質的にテレビや新聞などの伝統的媒体の後押しを受けていた蓮舫候補より得票数が多かったことは、それを象徴的に示す。さらに兵庫県知事選挙ではテレビや新聞が攻撃した斎藤元彦知事がSNSを中心に支持を広げて当選した。

 このことで伝統的媒体を蔑視の意味を含めて「オールドメディア」とし、テレビや新聞の害悪論、不要論が広がっているのは多くの人が認識しているであろう。

 選考委員が「オールドメディア」を選出しないのは、このイベントを大々的に報じるのがまさにオールドメディアであるからではないか。

 こうした疑念がもたれるような賞であれば、もういい加減やめた方がいい。2025年の大賞が「流行語大賞やめろ」になることを今から期待している。

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