蔡英文総統37対4「台湾・台湾・台湾!」
葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼
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中華民国の建国記念日である10月10日、総統府前広場では恒例の祝賀式典が催されました。今年の蔡英文総統による演説は「台湾」を前面に押し出すものとなった点で、記憶に残るものとなりました。
■コロナ対策に始まり中国関連は3番目
演説はまず「新型コロナウイルス対策の成果と国際貢献」について触れ、コロナ対策に貢献した人たちを「防疫英雄」として感謝の言葉を述べました。この新型ウイルスに対する「挑戦」が「證明了國家在逆境中的生存能力,建立了國民的自信 (国の逆境時の生存能力を証明し、国民の自信となった)」としました。
さらに今年8月に訪台した森喜朗元首相、アメリカのアザー厚生長官、チェコのビストルチル上院議長率いる代表団が台湾の防疫成果に敬意を表すなど、封じ込め成功が「堅韌之島(強靱の島)」としての台湾の特性を国際社会に知らしめたとして、「台灣在國際上的面貌,越來越清晰 (国際社会での台湾の存在がますます明晰になっている)」と、演説の冒頭にて国民の自信と国際社会での台湾の存在感が増したことに言及しています(台灣總統府 「團結台灣,自信前行 總統發表國慶演說」、以下、今年の演説はここから引用)。
2019年の演説では対中政策が真っ先に語られました(台灣總統府「『堅韌之國 前進世界』 總統發表國慶演說」)。蔡総統は「中華民國的生存發展受到脅迫 我們就必須站出來捍衛 (中華民国の生存発展は脅威を受けており、我々は防衛に立ち上がらなければいけない)」とし、その上で中国の唱える「一国二制度」を拒絶する点では、政党や立場の関係なく「最大的共識 (最大の共通認識)」であると訴えました。
香港の危険な情勢を目の当たりにし、また2020年1月の総統選挙を控えていた時期だけに、まず中国への姿勢を明確にすることが最重要課題であり、「共同体」台湾として国内に向けて「共に」一致団結するよう呼びかけることが最優先でした。
■国際社会からの評価を背景に見せた余裕
今年の演説では上述のように、国際社会での台湾の地位向上が大きな成果として語られ、アフターコロナの経済戦略と国防戦略と続き、対中政策は3つ目のテーマである国防政策の中で語られました。昨年とは対中政策に関して重要度に差をつけているのが分かります。
さらに、昨年のような「一国二制度拒絶」といった強い言葉は用いず、「我們有決心維持兩岸的穩定(我々には両岸関係の安定を維持する決意がある)」、「和台灣共同促成兩岸的和解及和平對話,相信一定可以化解區域的緊張局勢 (台湾と共に両岸の和解と和平の対話を促進すれば、地域の緊張を解消することができると信じている」と、平和的解決を呼びかけたことは注目すべきでしょう。
また興味深いのは、「維持兩岸關係的穩定,是兩岸共同的利益 (両岸関係の安定は、両岸共通の利益である」、「這不是台灣可以單方面承擔,而是雙方共同的責任 (これは台湾だけが担えるものではなく、双方の共同責任である)」と、「共同」の対象が昨年の「内(国内)」から「外(中国)」になっていることです。ここからはコロナ対策成功でつけた自信に加え、国際社会の評価と注目度の向上で、対中国についても以前より余裕があるようなものが感じられました。これはコロナ禍で、国際社会における中国の地位が低下したことも関係しているのかもしれません。
■台湾は必ず自信を持って前に進む
演説の終わりには、疫病の拡大を防ぎ、経済戦略を発展させ、地域の局勢を安定させるのは「就是要把一個壯大的國家,留給台灣的下一代(壮大な国を台湾の次世代へ残すため)」だと述べました。その上で台湾の専先住民族であるパイワン族の歌手 阿爆(ABAO)のアルバム「母親的舌頭(kinakaian/Mother tongue)」が本年7月台湾で最も権威ある音楽賞「ゴールデン・メロディー・アワード」の年間最優秀楽曲賞など8つの賞にノミネートされたことに触れ、新しい世代が台湾の多元文化の中で輝きを放つのは我々に民主自由の環境があるからで、我々が今努力していること全てが、次の世代の台湾人が自らの文化と価値に誇りを持ち世界へ向け歩むためである、と語りました。
「我々は互いに力を合わせ光のある場所へ進もう」と呼びかけ、最後に謝銘祐氏の台湾語の歌「路」の一節を引用し、演説を締めくくりました。
有路,咱沿路唱歌;無路,咱蹽溪過嶺 (路があれば それに沿って歌う;路がなければ 川を渡り 嶺を越える)
蔡総統はこの一節を引用した意義について自身のFacebookで次のように述べています(蔡英文Facebookページ)。
我們今天所享有的一切,並不是一開始就有的,而是過去許多人的努力,一路一路,才送我們來到現在的地方。接下來,我們也會繼續跨出屬於這個世代的一步一步,台灣,一定會自信前行。
(今、我々が有する一切は初めから有ったのではなく、過去多くの人々が努力をしてひたむきに運んできたものだ。次は我々がこの世代として一歩一歩を踏み出していく。台湾は必ず自信を持って前に進む)。
■台湾vs中華民国 37対4
演説でマンダリンではなく中国福建省南部にルーツを持ち台湾人口の74%以上を話者とする言語である台湾語が用いられるのは異例です。「台湾」アイデンティティを強調するものとして台湾語を引用したことに意味が感じられました。
また「中華民国」建国記念日の演説であるにもかかわらず、演説中「中華民国」と述べられているのは4回、これに対し「台湾」と述べられているのは37回です。昨年の演説では「中華民国」が8回「台湾」が24回であり、昨年と比べ「中華民国」が減りその分「台湾」の使用頻度が増えています。
「中華民国」から「台湾」へ、自国の存在に自信を持ち国際社会へ躍り出そうとしている「台湾」、それを若い世代のアーティスト達が脚光を浴びていく様と重ね合わせ語っている。台湾の未来への希望が感じられる印象深い蔡総統の国慶節演説でした。