ニシノデイジー降板劇 僕には勝浦騎手の必死さが伝わってこなかった
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
最新記事 by 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 (全て見る)
- 藤田菜七子騎手 処分も引退も当然 - 2024年10月12日
- 共同通信報道に元教師の怒り ”全くの虚偽” - 2024年10月5日
- 武豊騎手に勝機 アルリファーで挑む凱旋門賞 - 2024年10月3日
9月16日に行われたG2セントライト記念でニシノデイジーは5着に敗れ、その晩、西山茂行オーナーは自らのブログで騎手のスイッチを宣言した。こういう騎手の交代劇を見ていると、かつてサラリーマンをしていた人間としては身につまされる部分がある。
■西山茂行オーナーからの絶大な信頼
勝浦騎手は降板すべきという声がネットを中心にあふれていた春先、西山オーナーは「ダービーまで勝浦で」と周囲の雑音をシャットアウトした。騎手を選ぶのは技術だけでなく、人との繋がりというものを大事にするがゆえの選択であったと思われる。
もし、勝浦騎手の技術を問題にするのであれば、G1ホープフルS(3着)かG2弥生賞(4着)で降ろしていたであろう。それを3歳の秋まで引っ張ってもらったのだから、オーナーからの信頼の大きさが分かろうというもの。
例えば僕がサラリーマンで社長のお気に入りの社員だとしよう。いまひとつビジネスの才能がなく、大きなビジネスでは常にライバル会社に契約を取られている状況を考えてみてほしい。
何度失敗しても「プロジェクトの担当者は松田でいく」と社長に言われたら、それは感激だし責任の重さに押しつぶされそうになるし、とにかく必死にやるしかない。「あいつは社長のお気に入りだから、いいポジションについている」という声を打ち消すため、死に物狂いでやるだろうし、信頼して自分を起用してくれた社長のために寝る間を惜しんで仕事に打ち込む。それが勤め人の性である。
■僕には感じられなかった「勝浦騎手の必死さ」
そういう元サラリーマンの僕から見て、申し訳ないが勝浦騎手には春先から、そういう必死さを感じることができなかった。例えばセントライト記念5着後のコメント。「リズムは良かったが、結果的には位置取りが後ろだったのかも。乗りやすすぎたほどで、それはいいこと。一度使えばスイッチが入るだろうし、次は間違いなく良くなる」(スポーツ報知電子版9月16日付け)とあった。
周囲から見ると敗因は状態どうこうではなく、位置取り・コース取りの問題なのは明らか。聞きようによっては仕上げている高木調教師、担当厩務員への批判ともとれるコメントは自らの責任の軽減を図ったと取られても仕方がない。プロジェクトの責任者に抜擢された社員が、「同僚があまりいい仕事をしてなくて…」とエクスキューズを言うようなものだろう。
ホープフルSからセントライト記念まで、本来得られるはずだった賞金はどれほどか。もしかすると1億円ぐらいの逸失利益はあるかもしれない。そうなると西山オーナーは8000万円、高木調教師は1000万円、担当厩務員は500万円の利益が手元から逃げてしまった計算になる。勝浦騎手がその重みを感じていたら「一度使えば…」など、口が裂けても言えないと、僕は思う。
■元・勤め人として考えさせられた降板劇
勝浦騎手は西山オーナーから絶大な信頼を寄せられていたのは間違いない。信頼を寄せられた限りは死に物狂いで結果を出さなければならない。信頼に応えるのは結果を出すことだが、常に結果が出せる保証などない。しかし、結果を出すために最善の取り組みをしたかは常に問われる。そういう姿勢で臨むことによって相手も信頼してくれるのであり、それは社会の普遍的な仕組みと言っていい。その上で結果が出なかったら、騎手を選んだオーナーの責任である。
そういう状況を考えると、勝浦騎手の春先からのレースには「負けたら次はない」「起用した思いに応えよう」とか「関係者の生活がかかっている」という姿勢が少なくとも僕には伝わってこなかった。大学の先輩である西山オーナーにはどう映ったのかは分からないが。
ブログでの降板宣言を知った勝浦騎手は西山オーナーにラインでこれまでのお礼を伝えたそうである。その真摯な思いをターフの上でも闘志という形で出していれば、また違った展開もあったかもしれない。
元サラリーマンとしては色々と考えさせられる降板劇であった。