”江の傭兵”本領発揮「反撃能力の前に中国と話を」

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 自民党元総裁の河野洋平氏(85)が1月7日放送の報道特集(TBS系)で”安保3文書”の閣議決定に基づく安保政策の変更を批判した。反撃能力は武力による威嚇であると明言し、事実上、憲法9条1項に反するとしている。中国による軍備拡張を「深刻な懸念事項」とする点では、中国と話し合う必要があるとしており、かつて自民党きっての親中派とされた素顔を見せた。

■党内きっての親中派・河野洋平氏

河野洋平氏(TBS報道特集画面から)

 昨年12月16日に「国家防衛戦略」「国家安全保障戦略」「防衛力整備計画」の安保3文書が閣議決定され、国防能力、抑止力が大幅に向上することになった。一方で周辺国との軋轢を生むなどの理由から、護憲派を中心に反発も強い。

 7日放送の報道特集は、そのような反対する立場の声を多く集めていた。その代表格が久々に表舞台に出てきた自民党・元総裁の河野洋平氏である。引退前から党内きっての親中派、時に媚中派とも表現された中国寄りの姿勢を示した。

 発言の順序は前後するが、ご容赦いただきたい。まず、安保3文書の閣議決定について、以下のように述べている。

 「反撃能力というのは威嚇ですよね。明らかに武力による威嚇。…政治や外交の努力を抜きにして、ただ壁だけ立てていく。壁ならまだいいけれども、壁の隙間から向こうに鉄砲を向けて狙うというのは本当の安全だと思わないです」(TBS NEWS DIG・専守防衛の行く末は…熟議なき“安保政策の大転換” 自民党の重鎮語る「安倍政治に大きな問題があった」【報道特集】 以下河野氏の発言は同サイトから、2023年1月8日閲覧)

 注目したいのは反撃能力を「明らかに武力による威嚇」と表現している点。これは日本が反撃能力を具えることは憲法9条1項に反するという意味となる。

【憲法9条】

①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 公開された国家防衛戦略には反撃能力について以下のように説明されている。

 「この反撃能力とは、我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力をいう。」(国家防衛戦略 Ⅲ我が国の防衛の基本方針1我が国自身の防衛体制の強化(1)我が国の防衛力の抜本的強化クp10 9行~13行)

 この反撃能力の説明の後に1956年2月29日に示された政府見解に基づく自衛の範囲に含まれる能力に当たるものとの説明がなされている(参考・北朝鮮が迎撃困難な弾道ミサイル発射敵基地攻撃のハードル下げ抑止力に)。

 1956年の政府見解は当然、河野氏が政権与党としての自民党総裁であった時期(1993年7月ー1995年9月)も引き継がれている(細川・羽田・村山の3政権)。そうした一連の流れを受けて「反撃能力=違憲」という結論に達するのであるから、一体、この政治家の思考回路はどうなっているのかと思う。政治信条の一貫性に欠ける上、国民の生命や財産を守るという点についてあまりに軽く考えていると言わざるを得ない。

■「江の傭兵」と揶揄されていた政治家

 河野氏はかつて、その名前をもじって「江の傭兵」と揶揄されていた。「江」とは当時の中国の江沢民総書記のことで、その親中・媚中ぶりが江氏の傭兵であるかのよう、という意味である。それが適切なのかどうか分からないが、今回の発言も中国に対しての思いは強く感じさせるものである。

 そもそも「国家防衛戦略」は中国を念頭に置かれているのは間違いない。国家防衛戦略では尖閣諸島の問題や台湾への軍事侵攻への野望を隠さない中国の軍拡路線を説明した上で、以下のように結論付けている。

 「このような中国の対外的な姿勢や軍事動向等は、我が国と国際社会の深刻な懸念事項であり、我が国の平和と安全及び国際社会の平和と安定を確保し、法の支配に基づく国際秩序を強化する上で、これまでにない最大の戦略的な挑戦であり、我が国の防衛力を含む総合的な国力と同盟国・同志国等との協力・連携により対応すべきものである。」(国家防衛戦略Ⅱ戦略環境の変化と防衛上の課題 2 我が国周辺国等の軍事動向p4 11行~15行)

 尖閣諸島の海域では中国公船が常駐する状況が続き、日本の漁船が安全に操業ができない状態が続いている。しかも尖閣諸島は中国の領土であると公言している。台湾に関しては2005年に反国家分裂法が制定され、台湾独立を阻止するためにいかなる手段も辞さないとしている。

【反国家分裂法第8条】

 「台独」分裂勢力がいかなる名目、いかなる方式であれ台湾を中国から切り離す事実をつくり、台湾の中国からの分離をもたらしかねない重大な事変が発生し、または平和統一の可能性が完全に失われたとき、国は非平和的方式その他必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる。(中華人民共和国駐日本国大使館・反国家分裂法 から、2023年1月8日閲覧)

 このように中国による現在の秩序に対する挑戦は誰の目にも明らかであると思われる。ところが、河野氏は、番組で以下のように述べた。

 「中国が自分の言い分を正当化して押しかけてきている。それなら、やっぱり話し合う必要がありますね。その努力をどのくらいしたのか。外交関係でこの問題をテーブルにのせて、真剣に議論したことはあるか。私はそういう情報を聞いておりません。」

 中国は1949年の建国以来、一貫して台湾は中国の不可分の領土であると主張している。尖閣諸島については1970年代から自国の領土と主張している。チベットやウイグルでなりふり構わず力で制圧してきた力の信奉者の中国に対し、外交によって拡張主義、力による現状変更の野心を捨てさせることができるのであれば、とっくにしている。

 「正当化して押しかけてきている」のは中国との話し合いがつかない、そもそも中国は話し合おうともしないからであり、そのために日本は抑止力を働かせるしかない状況に追い込まれているのである。国際情勢はその段階まで来ていることの認識があれば、このような発言はできないと思う。

 河野氏の発言は泥棒が侵入しようと窓のすぐ横にまで来ている状況で「侵入しないように話し合いはしたのか。もう窓の外まで来ているなら話し合う必要がある。」と言っているに等しい。

■国家の安全保障は相対的

 河野氏は冒頭で以下のように述べている。

 「70数年前に日本は決心したじゃないかと。尊い命を犠牲にして、我々今ここに繁栄を得ているのです。決して忘れません、決してあの過ちは繰り返しません。何十年も言い続けて、その結果がこの政策転換というのは、私はあり得ないと、そう思っているのです」

 政策転換については、河野氏が言うように戦後間もない時期の人々との考えと異なるであろう。しかし、だからこその政策”転換”が必要となる。戦後間もない時期はGHQの占領政策で日本は非武装化されたが、朝鮮戦争(1950-1953)によって、1950年に警察予備隊が設置され、その後、保安隊を経て現在の自衛隊へと改組された。

防衛省(撮影・松田隆)

 このように終戦直後、河野氏の言う”70数年前の決心”は、国際社会の現実を踏まえ大きく転換されている。こうした転換そのものは批判されるようなものではない。なぜなら国家の安全保障は相対的なものであり、相手の状況によって対応を変える必要があるから。1980年代に世界に約7万発あった核弾頭は冷戦の終結に伴い減少し、2022年には約1万3000発となっているのはその好例、証左と言っていい。

 中国が経済的に発展する前、北朝鮮が核兵器を開発せず、ソ連も崩壊した1990年代であれば、今回のような反撃能力は必ずしも必要ではなかったかもしれない。しかし、中国が軍備を拡大し、力による現状変更を試み、北朝鮮が核実験をしてミサイル発射を繰り返し、ロシアはウクライナに侵攻し核兵器の使用を公言する時代である。ここに至ってもなお、外交で全てが決着が可能で、抑止力強化を不要と考えているのであれば、もはや河野氏は平和と安全・安定を願う国民の敵と言って差し支えない。

 2009年に政界を引退して14年、河野洋平氏は変わらず”江の傭兵”であることが分かったのは、もしかすると、国民にとっては安全保障を考える機会を与えられたという点からすれば、いいことなのかもしれない。

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