「ニシノ」西山茂行氏ブログで白血病公表 快復願う

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 ニシノ、セイウンの冠の馬名で知られる西山興業株式会社の西山茂行取締役会長(67)が3日、自身のブログで白血病であることを公表した。3月16日から入院していることを明かし、治療がうまくいけば半年で仕事に復帰できるとの医師の所見を紹介している。筆者は大学の後輩で、日刊スポーツ在籍時からお世話になってきた。西山氏の快復を祈りたい。

◾️記事でのミスをきっかけに

西山茂行氏のイメージ(AIで生成)

 西山氏は4月3日投稿の記事で急性骨髄性白血病であることを明らかにした(西山牧場オーナーの(笑)気分・急性骨髄性白血病)。3月に入って体調の悪化を自覚しており、3月12日に主治医の診察を受け、翌13日に急性白血病の疑いを告げられ、大病院で検査を受けた結果、正式な診断を受けた。

 その際に治療プログラムに関して「白血球33,000と言うのは極めて早期発見なので、治療が上手く行けば半年で社会復帰できます。まずは入院して抗がん剤を点滴で…」との説明を受けたとしている(同・白血病・発覚)。

 西山氏は実業家の西山正行氏の長男。親子二代、生産者・馬主として数々の名馬を生産、所有してきた。1992年桜花賞・スプリンターズSを制したニシノフラワー、1998年皐月賞・菊花賞優勝のセイウンスカイ、2017年高松宮記念優勝のセイウンコウセイ、2022年、2024年と2度中山大障害を制したニシノデイジーなど、競馬ファンの記憶に残る馬が多い。

 筆者は日刊スポーツ新聞社の中央競馬担当として、西山氏に取材をお願いする事が多かった。何かと取材に便宜をはかっていただけたし、ニュースそのものや、その裏付けとなる情報をいただくことも少なくなかった。

 とはいえ、取材させていただくようになった端緒は決して褒められるものではなかった。もう40年近く前になるが、西山氏に話をうかがって記事にする際に、西山正行氏と西山茂行氏の名前を取り違える失敗を犯してしまった。全くの不注意によるもので、言い訳のしようがない失態である。

 翌日、会社からの連絡で西山茂行氏からお叱りの電話が入ったことを聞いた。すぐに連絡をしたところ、西山氏も若かったこともあると思うが、かなり厳しい言葉を頂戴した。出張先であったが、上司の許可を得てすぐに東京に戻り、謝罪に出向いた。

 西山興業にお邪魔して、自らの不注意で間違った記事を掲載したこと、その経緯を説明し、非は100%こちらにあるため、深くお詫びした。謝罪して訂正文を掲載する以外には解決策のない事案であるから、言い訳めいたことは口にしなかった。その姿勢が良かったのか、西山氏は電話の時とは違って終始穏やかな話ぶりであった。

 そのうち雑談となり、「ところで、松田さんは大学はどこなの?」と聞かれたので「成蹊大学です」と答えると、「何だ、後輩じゃないか!」「もっと早く言えよ」と西山氏の表情が緩んだ。成蹊大学は全学部合わせても1万人に達しない中規模の大学であり、早大や日大のような大規模の大学とは異なり、同門であることに特別な意識を持ちがちである。西山氏は1981年(昭和56)3月に卒業し、筆者は入れ替わるように同年4月に入学という時期的な近接性もあり、それ以来、西山氏からは記者として目をかけていただいた次第である。

◾️プロビデンスという馬名

写真はイメージ(撮影・松田隆)

 筆者が競馬担当を離れ、日刊スポーツ新聞社も離れた後も変わらぬお付き合いをいただいている。大学の後輩ということもあるとはいえ、競馬ファンなら誰でも知っている有名オーナーが、名もなきライターを気にかけてくださるのはありがたい。

 実は昨年、西山氏のブログに気になる記事があったため、こちらから連絡を取った。1歳馬をセリで購入したという2025年8月24日公開記事である。内容は西山氏が牧場関係者から牡駒(父ビッグアーサー、母ベルシルエット)の購入を勧められ、血統面では気になったものの、1歳馬は既に頭数を確保していることや、セリが行われている現場に誰もいないので競ることができないことから断ったというもの。

 ところが、その後、所有馬を預託している村田一誠調教師に連絡を取った際に、同調教師がまさにそのセリの現場にいたことから、急遽、同調教師を代理人に指定してセリに参加、660万円で競り落とした(西山牧場オーナーの(笑)気分・サマーセール落札の舞台裏)。

 競馬の世界はこうした巡り合わせで名馬の所有者になったり、逆に名馬をのがしたりということは少なくない。そうした偶然が織りなす運・不運は人生に似ている。筆者も自身の父親が戦争で2度死にかけたところを、たまたま偶然が重なって生き延びて、結果、筆者が生まれたという経緯がある(参照・原爆投下直前父に訪れた幸運 命の不思議さ思う8月6日)。

 そういう経緯が非常に気になったので、LINEでブログを読み興味を持ったこと、自分自身がそういう人生の巡り合わせのおかげで生きていることなどを書いて送った。その際に、もし名前をつけるならニシノプロビデンス(Nishino Providence)はどうでしょう、と書き加えた。プロビデンスは「神聖な力(しばしば神や運命と結びつけられる)による保護的な配慮や導きを指す」ことを説明した。

◾️父から連想? 無法者に内定

 この連絡には特に返信もいただけず、筆者もそのことは忘れていた。そこへ今年2月28日、ブログで2歳馬の馬名が内定したという記事が公開された。それによると当該馬はニシノプロビデンスではなく、ニシノムホウモノとなっていた(同・2歳馬58頭、馬名内定)。

 例年、馬名は社員の方が案を持ち寄って決めているらしく、外部からあれこれ言っても正規のルートに乗るようなものではないから、プロビデンスが採用されないのも当然であろう。ニシノムホウモノ(無法者)がどういう理由で内定したのかはわからないが、父ビッグアーサーの連想で人気のゲームソフト「レッド・デッド・リデンプション2」に登場するアーサー・モーガンをイメージしたのかもしれない。

 JRAにはかつて「アウトロー」という馬が登録されており、ニシノムホウモノも馬名審査は通る可能性は十分にある。「馬名は『天の導き』でどうですか?」と言って、決定は「無法者」というのもなかなか趣深い。

◾️西山氏らしい気遣い

成蹊大学(撮影・松田隆、一部を加工)

 4月4日に、いつものように西山氏のブログを見ると、今回の病気の記事が目に入った。LINEでお見舞いの言葉を送ると、すぐにスタンプが2つ送られてきた。西山氏らしいユーモアにあふれ、見ている者が思わず笑みがこぼれてしまいそうなものであった。

 それは(そんなに心配しなくていいよ)という、西山氏らしい気遣いなのかもしれない。病床にあって、この余裕は見習いたいと思う。

 西山氏の知遇を得て40年近くになるが、出来の悪い後輩を長年にわたって気にかけていただき、感謝に堪えない。どうか、早く良くなって、仕事に、競馬にご活躍いただきたいと思う。ニシノムホウモノがG1を制覇して西山氏がウイナーズサークルに立てば、セリから始まったストーリーの最高の結末になるというものである。

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