熊本で震度7 今度こそ問われるメディアの姿勢

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 熊本県で7月28日午後4時27分ごろ、最大震度7を観測する地震が発生した。気象庁によると震源の深さは16キロ、地震の規模はマグニチュード7.1と推定されている。震度7を観測したのは宇城市と氷川町で、熊本市南区などでは震度6強を記録した。熊本県内では平成28年(2016年)熊本地震以来の大規模な地震となり、各地に大きな被害をもたらしている。今回の地震で、報道機関には10年前の教訓が改めて突きつけられている。

◾️10年前の地震に続く災害

熊本城の崩れた石垣(2022年撮影・松田隆)

 熊本県内では建物の倒壊や火災が相次ぎ、各地で大きな被害が出ている。

 各種報道を総合すると、嘉島町の大型商業施設「イオンモール熊本」では、地震の約1時間半後に爆発が発生し、建物の2階部分が崩落した。熊本県によると、29日早朝までに20代とみられる女性2人の死亡が確認され、別の女性1人が心肺停止となっている。

 国の特別史跡である熊本城跡でも、石垣が27カ所で崩落し、土壁の亀裂など建物被害も確認された。熊本城は10年前の地震でも石垣や建造物に甚大な被害を受けている。当サイトが2022年に現地を訪れた際にも、崩落した石垣の修復工事が続いていた。長い年月をかけて復旧が進められてきた熊本城が、再び大きな地震に襲われたことになる。

 被災地では余震や倒壊、火災、土砂災害などの危険が続いている。被災した方々には、何よりも自らの安全を最優先にしていただきたい。

◾️10年前のメディアの罪

 こうした大災害で必ずと言っていいほど問題になるのがメディアの姿勢である。2016年の熊本地震では、被災者の事情や感情を顧みない取材姿勢が強い批判を浴びた。代表的な事例は3つある。

 (1)TBSの中継打ち切り事案。同局の番組「Nスタ」が益城町の避難所から生中継を行った際に、被災者とみられる男性から「見世物ではない」「車、邪魔、どかせよ」と怒鳴られた。リポーターと、画面上で「ピースボート」と紹介されたボランティア女性は言葉を失い、スタジオからの指示で中継は打ち切られた(YouTube動画ほか)。

 (2)関西テレビの中継車による給油待ちの列への割り込み事案。同局の中継車は菊陽町のガソリンスタンドで、給油を待つ車の列に割り込んで給油を行った。これがSNSなどで伝えられると批判が集まり、同局は事実を認め、「あってはならない行為」と謝罪した。担当者は、取材のスタンバイ場所へ急いでいたと説明したという(産經新聞電子版・給油割り込みで、関西テレビが番組で謝罪「深くおわび申し上げます」)。

 (3)MBSの山中真アナウンサーが、被災地で調達した弁当やラーメンの写真をツイッター(現X)に投稿した事案。同アナが「やっと今日の1食目」などと記した写真付きの投稿を行ったことに対し、被災者の食料が不足する中で現地調達するのは不適切だとの批判が相次いだ。同局では「被災者の方々に対して配慮を欠いた行為で、おわびするしかない」と謝罪した(産經新聞電子版・「食料最低限なのに…」MBS山中アナ、取材用弁当写真をツイッターに上げ批判続出 「配慮欠けた」謝罪

◾️傲慢なメディアの姿勢

熊本市内(2022年撮影・松田隆)

 (3)については、被災者の弁当を奪ったという事実が確認されたわけではない。営業していた店で通常の手続きにより購入したものとされる(デイリースポーツ電子版・被災地で弁当ツイート 毎日放送が謝罪)。被災地では、水や食料を手に入れられず、次の食事がいつになるか分からない人が多数存在する。その場所に外部から取材班が入り、「やっと食事にありつけた」と自らの苦労を発信すれば、被災者の窮状を伝えるというより、過酷な環境で働く自分を演出しているように受け取られかねない。

 災害現場の食料事情の厳しさを報道すること自体の必要性を否定するものではない。報道する側は、食料、飲料水、燃料、宿泊場所を可能な限り自前で確保し、被災地の限られた資源を極力消費しないことを前提に、現地入りすべきである。取材者自身の苦労を発信する前に、自分たちが被災地の負担になっていないかを考えるべきなのは、小学生でも分かる話であろう。

 (1)のTBSの中継も同様である。突然、生活の基盤を奪われ、避難所で不安な時間を過ごす人々を背景に置けば、画面から「被災地の今」が伝わる。しかし、被災者はテレビ局の映像を成立させるための背景ではない。弱った姿や混乱する生活を全国に映されることを望まない人も当然いる。

 全ての情報が、避難所を背景にしなければ伝えられないというものではない。中継車が通行や救援活動を妨げていないか。取材を受けるボランティアも、被災者のための活動よりテレビ出演を優先しているように見えないか。報道機関は、カメラを回す前に考えるべきである。

 (2)の関西テレビの割り込みに至っては論外である。燃料を求める被災者の列に割り込んだ理由が「取材場所へ急ぐため」であれば、それは報道機関が自らを特別な存在だと錯覚していたことを示すと言っても過言ではない。ニュースを伝えることが、被災者の安全や生活より優先されるはずはない。典型的なメディアの傲慢さが表れた行為と言える。

◾️メディアのあり方が問われる

 SNSにも大きな危険がある。2016年の熊本地震直後には「動物園からライオンが逃げた」という虚偽の投稿が拡散され、投稿した20歳の会社員が熊本市動植物園の業務を妨害したとして逮捕された(HUFFPOST・「ライオン逃げた」熊本地震のデマ情報を拡散した疑い 20歳男を逮捕)。

 災害時には、人の不安や恐怖を利用したデマが広がりやすい。利用者一人ひとりが、発信元、日時、場所、自治体や警察・消防の発表との整合性を確かめ、真偽不明の情報を安易に拡散しない姿勢が必要である。

 被災地の情報をテレビや新聞だけに頼る時代ではなくなった。自治体や官公庁の公式発表、地元住民の投稿、ライブ映像、地図情報などを組み合わせれば、現地に大量の取材班を送り込まなくても把握できる情報は多い。旧メディアは、現地に行くこと自体を報道の価値と考える発想を捨てるべきである。

 インターネット広告費がテレビメディア広告費を上回ったのは2019年である(電通・2019年 日本の広告費)。その後も両者の差は広がり、2025年にはインターネット広告費が日本の総広告費の半分を超えた(電通・2025年 日本の広告費)。テレビをはじめとする旧メディアが、情報流通を独占していた時代は終わっている。

 そのため、災害報道では必要最小限の人員に絞り、食料や燃料を持ち込み、救援や避難の妨げにならない場所から取材することが求められる。SNS上の情報も活用しながら、事実確認という報道機関本来の役割に力を注げばよい。

◾️時代の変化 今こそ求められるメディアの姿勢

熊本城(2022年撮影・松田隆)

 阪神・淡路大震災や東日本大震災の時代と比べ、情報を伝える手段は大きく変貌している。2016年の熊本地震からも10年が経過した。

 それにもかかわらず、被災者を背景や素材として扱い、取材する側の都合を優先する姿勢が繰り返されるなら、メディアは何も学んでいないと批判されるであろう。

 災害報道で最優先されるべきなのは、迫力ある映像でも、他媒体より早い中継でもない。言うまでもなく被災者の安全、尊厳、生活である。

 報道機関はあらためて「被災者ファースト」を心すべきである。

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