新型コロナウイルスは中国からの”挑戦” 蔡英文総統の徹底した対策に政治の匂い
葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼
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中国の武漢が発生源とみられる新型コロナウイルスが猛威を振るっています。台湾でも感染が確認された人は2月4日時点で11人出ており、他人事ではありません。これに対して蔡英文政権は新型コロナウイルスを自国に対する「挑戦」と位置づけ、迅速で厳格な対策を次々と打ち出しています。他国も見習ってほしいような措置の実際と、「挑戦」は実は政治的な意味合いを含んでいるように思える点をレポートします。
■全てのマスクを政府が買い上げ 徹底的な管理体制
台湾政府は1月20日に「中央流行疫情指揮センター」を設置し、強力な政策を推し進めています。2月6日には香港、マカオを除く全ての中国人の入境禁止、海外クルーズ船寄港を全面禁止と完全に大陸からの入国をシャットアウトしました。
国内では新型コロナウイルスによる肺炎の症状の疑いのある者には隔離検査を実施。感染が確認された患者と接触した者や、湖北省への渡航歴がある者には14日間自宅待機を命じました。1月29日からは約2000人の自宅待機者にスマートフォンを支給。GPSによる位置把握とテレビ電話による定時の報告を義務づけ、違反者は即時強制隔離としたのです。また、教育部は、2月10日までの予定だった教育学術機関(小中高大)の春節冬休みを2週間延長し、24日まで休校としました。
1月31日から国内の全てのマスクを政府が買い上げ、2月1日からはマスクの購入を一人3枚に制限、価格も一律1枚6台湾ドル(約20円)に固定する措置を始める徹底ぶり。その後、2月6日からは実名制を導入。購入に際し国民健康保険カードに記されたIDナンバーが必要になり、購入は7日間で一人2枚までとなりました。本来自由であるはずの個人の経済活動も徹底的に国家の管理下に置いてしまったわけです。
日本では人権問題も絡み、こうした強制的な手段が取れないのでしょうが、それは民主国家の持つ宿痾と言えるのかもしれません。緊急時には台湾の方がドラスティックな対応が可能なのは明らかです。
■SARSの経験が迅速で厳格な対応に
こうした台湾の厳格な手法は2002年11月に中国広東省で最初の症例が報告されたSARS(重症急性呼吸器症候群)での経験が大きいと思います。この時、台湾では73名の死者が出ました。2003年4月24日、台北市立和平病院内でSARSの集団感染が発生(40~50人が感染、うち7人が死亡)。すぐに病院は封鎖され、患者やスタッフは院内に閉じ込められ、周辺から隔離されました。
和平病院は官庁街に近いことも影響したのか、大通りから脇道にいたるまで周囲はバリケードで封鎖され、物々しい監視態勢が敷かれ異様な雰囲気でした。また当時は人々も、今回のウイルス流行同様皆マスク着用、少しの咳やくしゃみにも敏感な状況で、街全体がピリピリと、そして眼に見えない敵に対する恐怖心を抱いていた、そのような雰囲気、世相でした。
■SARSと最前線で戦っていた現総統+副総統
2003年のSARS流行時、当時の民進党陳水扁政権下で行政に関わっていたのが、現在の蔡英文総統(当時は行政院大陸委員会主任委員)と陳建仁副総統です。とりわけ陳建仁副総統は疫学を専門とする医者で、SARS流行の際には衛生署署長として感染拡大阻止に努めたことで知られています。
2016年、蔡英文総統は陳建仁氏を副総統に指名。この「SARS専家」の異例の抜擢は当時話題となりましたが、今、蔡政権の直面している問題を考えると、(総統は予知能力があったのではないか)と思えるほどです。1月22日の会見で総統はこう述べています。
「17年前我們一起挺過SARS風暴;17年後的今天,我們也有足夠的經驗、足夠的準備、足夠的信心面對挑戰。請大家無需驚慌,維持正常生活,隨時注意政府提供的各項疫情資訊」。(17年前我々は共にSARSの猛威に立ち向かった。17年後の今日、我々には十分な経験、十分な準備、十分な自信で挑戦に立ち向かう。慌てないで。正常の生活を維持し、政府の提供する疫病の情報にいつも注意ほしい。)
今回のウイルス流行を台湾への「挑戦」と位置づけたことが、興味深いところです。再選後間もない蔡政権が直面した国内の危機は17年前の経験とこれまでの準備があるからこそ自信を持って「挑戦」に対応できるのであり、それが今回の迅速で少々過剰とまで思える対応になっているのだと思います。
そして個人的にはタイミングを考えても、総統は「挑戦」の言葉の中に「中国からの挑戦」の意味も含めているように思われます。中国からじわじわと侵食してくる影響力、それはまさに今の政治状況ですが、それを新型コロナウイルスと同様に考え、どちらも断固として撥ね付ける、中国の影響力を排除するという強い意志を示しているようにも感じます。
それは少し深読みかもしれませんが、当たらずとも遠からずではないでしょうか。いずれにせよ、2003年当時、SARS対策に奔走していたメンバーが再びこのような状況に直面するということに不思議な縁を感じますし、そういう状況を呼び込むような蔡英文氏は「持ってる」政治家なのかもしれません。