NHKどの口で袴田事件語る 札幌元教師を犯人扱い
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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NHKが24日、袴田事件の関係者のドキュメンタリー「雪冤(せつえん)の歳月~ひで子と巖 奪われた58年~」を放送した。無実を主張し続けた本人と関係者の戦い、苦しみを世に知らしめる内容。冤罪の恐ろしさを視聴者に訴えたが、NHK自身が、全く身に覚えのない事案で免職された札幌市の元教師を”犯人扱い”し続ける内容の記事をホームページ上に掲載しており、(一体、どの口で冤罪被害を言うのか)という声が出るのは避けられそうにない。
◾️NHKのスタンス 報道被害に無関係
NHKスペシャル「雪冤(せつえん)の歳月…」は24日午後9時からNHK総合で1時間枠で放送された。60年近い年月を死刑囚として過ごした元ボクサーの袴田巌さんと、弟の無実を信じて戦い続けた姉の袴田ひで子さんに密着したドキュメンタリー。長時間の取材を通して当事者の苦しみを伝え、この問題に関する社会の不条理が浮かび上がる内容に仕上げられている。
番組内でひで子さんは、十分な証拠なしに犯人と決めつけた警察、検察はもちろん、当時のメディアに対しても厳しい言葉を投げかけていた。
「それ(逮捕)から後はもう、ご存知のとおり。新聞報道とかテレビ報道でね、もう、犯人、犯人。ひどい新聞記事が載ったでしょ? だから新聞記事なんかも見らんだし、もう、テレビも見ないし、ラジオも聴かないし、もう、一切、見なんだ、私は。」
「ひどい新聞記事」が具体的にどれを指しているのか不明であるが、画面には「葬儀の日も高笑い ”ジキルとハイド”の袴田」という見出しの記事が映し出された。事件発生(1966年=昭和41年)当時、NHKがどのように報じていたかは分からないが、当該番組を見る限り、袴田巌さんや関係者が受けた報道被害についてNHKは無関係というスタンスのように見える。
少なくともひで子さんがテレビ報道についても批判しているのであるから、NHKも「自戒を込めて」ぐらいの言及はあって然るべきと思うが、我関せずのスタンスを崩すことはなかった。
◾️袴田事件と同じ構図
NHKが袴田事件を冤罪として扱い、その恐ろしさ、不条理さを取材を通じて明らかにするのは公共放送として当然のことではあるが、ここで問いたいのは「NHKは冤罪による被害を助長するような行為(報道)は一切行っていないのか」という点である。
当サイトが扱っている札幌市の元教師の免職事件(当サイト・免職教師の叫び、札幌・元教師の戦い 免職処分取消訴訟)について、NHKは比較的詳細に報じている。事件は中学教師の鈴木浩氏(仮名)が、処分された2021年から28年前の1993年に生徒で、現在写真家の石田郁子さんに対してわいせつな行為を校内で行ったなどとして免職されたというものである。
鈴木氏は札幌市に復職を求める審査請求をかけたが、2023年3月7日付けで棄却裁決がなされた(参照・免職教師の叫び(終)棄却裁決 舞台は札幌地裁へ)。同年、8月29日付けで札幌地裁に免職処分取消訴訟を提起し、2024年11月27日現在、事件は同地裁に係属中である(参照・免職の元教師法廷へ「絶対に納得できない」(前)ほか)。
この問題でNHKは鈴木氏の免職直後の2021年2月12日付けで「石田郁子さん “懲戒免職処分が終わりではない”」という記事(以下、21年記事)をホームページ上で公開した。これは被害者とする石田氏の言い分を詳細に紹介しているが、鈴木氏側の「判決の事実認定を正しいものとして鵜呑みにするのは許されない」「懲戒処分の取り消しを求める考えを示す」などの言い分も紹介してバランスを取っている。
ところが2023年11月2日付けの日本版DBSに関する記事「どうなる? 日本版DBS 子供たちを守る制度にできるのか」(以下、23年記事)で、鈴木氏の事件を再び扱っている。署名は21年記事と同じ「『性暴力を考える』取材班ディレクター 二階堂はるか」。
23年記事では以下のような記述がある。
「石田さんは中学3年生の時から継続的に、当時通っていた学校の男性教員から性暴力の被害に遭いました。」
「石田さんが中学・高校時代に男性教員から受けた行為は、2020年の東京高等裁判所の判決で、性的な行為だと事実認定されています。また判決を受け、当時通っていた中学校を管轄する札幌市教育委員会は男性教員を「懲戒処分」としました。(元教員は処分の取り消しを求め札幌地裁に提訴)」
「石田さんが男性教員の行為が性暴力だと気付いたのは、被害から20年近くたった37歳の時。公訴時効は既に過ぎていたため刑事告訴ができなかったのです。」
このように鈴木氏が石田氏にわいせつな行為をしたことは客観的事実であるかのように記載されている。鈴木氏が免職処分取消訴訟を提起していることを明らかにしているが、記事を見る限り取消訴訟の中で鈴木氏がわいせつな行為そのものをでっち上げであると主張していることは読み取れない。それどころか公訴時効を過ぎていたために刑事告訴ができなかったとしており、わいせつな行為そのものはあったことが前提の書き方であるのは、まさに冤罪被害を助長するメディアの姿勢そのものである。
◾️訴状を読んでいるのか
鈴木氏は今に至るまで、23年記事を書いたと思われる二階堂はるかディレクターから一度も取材をされたことはないという。同ディレクターは、記事公開の時点で鈴木氏の提訴は認識しており、そして、訴状には以下のような記述がある。
★「全く虚偽の事実を行ったことが処分事由である」
★「虚偽事実のわいせつ行為を行ったとされて多大な人格的利益の侵害を受けており、その取消を求める法律上の利益があることは明らかである。真実に反した全く虚偽の行為を原告(筆者註・鈴木氏)が行ったとする旨の原処分を取り消さなければ、教諭の職を回復できないし重大な人格的利益侵害の回復もない。」
★「原告が行ったとされる上記『わいせつ行為』は被害者(筆者註・石田郁子氏)と称する者の作り話であって、その実体(わいせつ行為の存在)がない。」などの記述がある。
鈴木氏は真実を求めて司法に救済を求め、免職された事件は基本的な構図として袴田事件と同様の冤罪事件であると主張している。袴田事件で姉のひで子さんが当時のメディアの報じ方が酷すぎると語ったのは、要は捜査機関や司法が無実の人間を犯罪者に仕立て上げ、メディアはそれに乗って社会を扇動したことへの怒りであることは明らか。
NHKは報道機関として、その重みを理解しているとは思えない。東京高裁の判決確定後も札幌市への審査請求、札幌地裁への提訴と、鈴木氏は無実の叫びを止めようとしない。事案が異なるとはいえ、袴田ひで子さんが弟の無実を信じて戦い続けたことと同様の構図である。
冤罪被害を世に問いながら、23年記事のような記事をホームページ上に掲載するのであれば、NHKの冤罪被害に対するスタンスは形ばかりのものと言われても仕方がない。もっと言えば、マッチポンプの類である。
◾️マスメディアのやり方に気付いた時
鈴木氏は今、マスメディアの情報には接しない生活をしているという。「テレビもラジオもない生活で、新聞も購読していません。この騒動が起きてから、見たり聴いたりするのが嫌になりましたので」と理由を説明する。
23年記事で(元教員は処分の取り消しを求め札幌地裁に提訴)とだけ書かれているのは、訴状の中身は無視して、前提となる事実はあったが、それにしては処分が重すぎると主張しているかのように読める。その点について鈴木氏は「訴状を読んで、こういう書き方をしたのでしょうか。訴状を読まずに記事を書いた可能性もありそうですね」と淡々としている。達観したかのような言い方は、以下のような事情から来るのであろう。
「私はメディアは公正、公平、中立だと思っていたので、最初の頃はメディアに回答書を送るなど対応していました。それなのに、何で私の主張を伝えてくれないんだろうと不思議に思っていました。しばらくして気がつきました。そうか、結論ありきなんだ、と。私の意見を聴く、聴かないではなくて石田氏が被害者だという大前提があり、その方針に従って記事をつくっていただけなんだと。マスメディアは真実を追求する気はないと分かったあたりから、テレビも新聞も見なくなりました。」
札幌地裁の判決で鈴木氏の訴えが認められたら、そして、判決で石田氏の主張は虚偽であることが明らかという判断をくだされたら、NHKはどういう報道をするのか。袴田氏の時と同じように「無実を叫び続けた鈴木さんに、ようやく笑顔が戻りました」とでも報じるのか。我々はその時、過去に何度も見たメディアお鮮やかな手のひら返しを目にすることになるのであろう。