メディアに「嘘をつく自由」などない テレビ局発のデマ防止も行政の役割
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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新型コロナウイルスに関する報道に対し、政府側が細かく反論する異例の展開となっている。一部メディアは「萎縮効果」につながるとして反発。しかし、誤報を流して、それを指摘し修正を促す行為が報道の自由、表現の自由への制約となるという主張は「嘘をつく自由を認めろ」と言っているに等しい。メディアにとって新型コロナウイルス問題は大きな転機になる可能性を秘めている。
■TBSが取材に答えた内容と異なる内容を放送
3月7日、日本衛生材料工業連合会はTBSに対して同日放送した「TBS テレビ / まるっと! サタデー」での全国マスク工業会の高橋紳哉専務理事のコメントが電話取材で回答した内容と全く異なる内容であるとして訂正のお知らせを当会のHPに掲載した。それによると、以下のような経緯があったという。
①中国からのマスクの輸入について:
◎マスクの輸入は今でも止まっておらず、2月も輸入されている。平時よりは少ないが、今週くらいから回復していると聞くので期待がある。
×TBS:中国からの輸入が始まった、という話は聞いておりません。
②1か月6億枚のマスクの供給を安倍首相が宣言したことについて:
◎6億枚の組み立ては、聞いていないが…週 1 億枚の実績をふまえたマスク業界への更なる増産へのトライを続けてほしいとの期待値であると受け取っている。
×TBS:月 6 億枚の根拠について、経済産業省と厚生労働省に確認したがあくまで官邸筋からの言葉で数字的な根拠はない
①については完全に異なる事実を報じたことになる。②は、コメントの冒頭部分のみを切り取り、発言者が伝えようとした本来の趣旨を変えている。
この日本衛生材料工業連合会の反論に対し「報道の自由への侵害」などと言うものはいないはず。「問題のある言論についても言論でもって対抗するのが筋」(新世社 基本講義 憲法 市川正人著 p138)という対抗言論の原則に沿ったものであるから、責められる筋合いではない。
■羽鳥慎一モーニングショーへの内閣官房と厚労省の指摘
一方、3月4日放送の「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)の内容に対し、翌5日、厚生労働省が事実関係を指摘する事案もあった。さらに同番組の5日放送分に対し、内閣官房国際感染症対策調整室と自民党も同様の指摘をしている。厚労省の指摘は一部、行きすぎた表現があったという批判もあるが、そもそもコメンテイターの取材が不十分で事実関係を無視した発言自体が問題であろう。
こうした動きに対し、「自由な論評を萎縮させる懸念がある」(毎日新聞電子版3月6日公開)というメディア側からの批判がなされた。
表現の自由に対する規制は、それが萎縮的効果(chilling effect)を生むから慎重にあるべきというのはよく言われる。萎縮的効果とは「自己の行おうとする表現行為が規制対象でないとの確信をもてない者が、規制を受けることをおそれて表現行為を自粛してしまう可能性が高い」(新世社 基本講義 憲法 市川正人著 p138)と説明されることが多い。
この「自己の行おうとする表現行為」に、虚偽の事実の表現行為は含まれないと考えるのは当然である。厚労省や内閣官房のツイートはその虚偽の事実が虚偽であることを指摘したものであり、広い意味での対抗言論の原則に沿ったものとも考えられる。
■一言「…と思う」としていれば…
なお、内閣官房の指摘は、政治アナリストの伊藤惇夫氏の「総理が法律改正にこだわる理由は、『後手後手』批判を払しょくするため総理主導で進んでいるとアピールしたい」というコメントに対するものであった。
仮に伊藤惇夫氏のコメントが「…と思う」というものであったら、内閣官房は指摘をしたかどうかは微妙であろう。それであれば自由な論評に属するものであると言え、それに対して「違う」と指摘(反論)するのは、萎縮的効果に繋がりかねないからである。
しかし、客観的事実として「後手後手批判を払拭のためにやった」と断言したのであれば、「違う」と事実を指摘するのは萎縮的効果とは別次元の話。虚偽の事実の表現行為は表現の自由で保護されるべきものではないという話である。
■自由な論評の阻害の意味をもう一度考えよう
大きな災害が発生した時に流言飛語が飛び交い、国民生活をさらに不安に陥らせたことは我々は何度も見聞きしている。今回でも「トイレットペーパーがなくなる」というデマがSNSから広まって、全国的に品薄状態になった。こうしたデマを潰していくことも大事な災害対策である。内閣官房や厚労省が積極的に事実の指摘を行なっているのはそのような背景を考えるべきである。
菅義偉官房長官は6日の記者会見で、内閣官房の発信について「一般論として、事実関係の誤りを指摘するなど政府から必要な発信をすることが自由な論評を阻害することになるとは考えられない」と言った意味を、メディアはもう一度かみしめる必要がある。