”冤罪”札幌の元教師が年頭所感「2025年勝負の年」
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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2021年1月に、28年前の身に覚えのない行為を理由に免職された元教師・鈴木浩氏(60=仮名)が復職に向けて年頭の所感を当サイトに明らかにした。免職から満4年を迎える今年は係属中の免職処分取消しを求める裁判で勝訴し、再び教壇に立つという強い思いを語った。
◾️予想もしなかった4年の歳月
札幌市の中学の教師だった鈴木氏は2021年1月28日、28年前に教え子にわいせつな行為をしたとして懲戒免職とされた。被害を受けたとするのは、現在、写真家の石田郁子氏であるが、鈴木氏は一貫して、言われるような行為はしていないと否定し、復職を目指して札幌市に審査請求をするも棄却裁決。2023年8月29日に免職処分取消し訴訟を提起し、現在、札幌地裁に係属中である(参照・札幌・元教師の戦い 免職処分取消訴訟、免職教師の叫び)。
免職から間もなく満4年となり、本人も予想もしなかったロングランの戦いとなっている。教師という肩書きをなくして迎える4度目の正月は本人も予想しなかった状況ではないのか。
ーー復職に向けてここまで時間がかかるというのは、審査請求の前に想像していたでしょうか
鈴木:予想はしていませんでした。札幌市の人事委員会審査請求で、2年間で結果が出て復職できると思っていました。ところが審査請求では裁決文で「(免職に至る)手続き上ミスはなかったということで(復職は認められず)、『こんな終わり方があるんだ』ということには驚きました。次は裁判となりますから、『さらに2年か、合計4年か5年はかかるのかな』とは思いました。そんなことは最初は予想もしていませんでした。
ーー4度目の正月ですが、何か思うところはありますか
鈴木:美術教師が4年間、別の仕事をしているわけですから、(僕は何をやっているんだ)と思うことはあります。また、嘘をついている訴外・石田(郁子氏)に対する怒り、その嘘を見抜くことを出来なかった市教委に対しての怒りは当然あります。正しいことを言っても、それが通るわけではないということを感じながら4年間過ごしてきました。ただ、恨み言ばかり言っても仕方がありません。今年判決が出るかもしれないので何としても勝たないと、そういう思いは当然あります。
◾️復職して定年退職を
鈴木氏は免職後は一般の会社に勤務し、教育とは全く異なる仕事に就いている。当初は免職から2年ほどで復職と考えていたようであるが、中途半端な状態が満4年になろうとすれば日々感じるストレスも相当なものと思われる。先が見えない生活の中、仕事との向き合い方も難しいのは容易に想像がつく。
望んで始めた仕事ではないが、生活のためには働くしかない、とはいえ、前の仕事に戻るために裁判で戦っているという状況でモチベーションを保つのは至難の業であろう。
ーーこの4年でご自身の生活はどのように変わり、そして、それに対応できていますでしょうか
鈴木:生活の変化で言えば、ありとあらゆるものが根本から変わりました。今は会社勤めをしていますが、民間の仕事の考え方、同僚の考え方は、僕がそれまで携わってきた教育とは全く異なり、民間の仕事はこういうものなんだなというのは感じます。教員の頃は、趣味で絵を描き、自分の感情を絵にぶつけたり、個展をやったりという生活をしていましたが、今はものを創るということが極端に減りました。その代わりに、事案に関する資料を綴じたファイルは50冊になりました。それまで大量にあったスケッチブックを取り払って、ファイルを置いています。これが一番生活として変わったところかもしれません。今の生活に対応できているか…どうでしょうか、気力、体力を振り絞って何とか頑張ろうとしているところです。
ーー今の仕事を始めた当時は「教員に戻るまでの仮の仕事」みたいな思いは心のどこかにありましたか
鈴木:正直なところ、最初は多少ありました。ただ、僕も教員でしたから、仕事には真面目に取り組みたいというのはあります。教員としての性(さが)みたいなものかもしれません。それに生徒には常々(何事にも真面目に取り組め)と言ってきましたから、自分が一時的とはいえ教職から離れた時に仕事で手を抜いていたら生徒に顔向けができません。
ーー復職するとしても、定年になっていませんか
鈴木:61歳で定年なので、定年退職は2026年3月末となります。復職して定年退職を迎えたいと思っています。
ーー免職された当時(2021年1月)と、現在(2024年末)の「教壇に再び立つ」という思いには何か変化はありましたか
鈴木:教壇に再び立つという思いは今も強く持っています。無実の私が教員免許を取り上げられるのはおかしな話ですから。応援してくれた人に教壇に戻る姿を見せて「ありがとうございました」と言いたい気持ちも強く持っています。
ーーもし、復職すれば、他の先生では経験できないことを経験しているわけですから、生徒に教えられること、伝えられることも多くなりそうですね
鈴木:それはそうかもしれません。真実を追求する姿を見せて、本当のことを言い続けることの大事さは伝えられると思います。「君たちは何も恐れずに、真っ直ぐに生きなさい」「自分が正しいと思ったら、とことん追求しなさい」と経験に基づいて語れると思います。
◾️言いたいことは山ほどあれど…
現在、札幌地裁で係属中の裁判は、準備書面のやり取りが行われている状況のようである。当サイトもオコタンペ湖の写真に関する調査報告書2通を提出しているため、それなりに裁判の進行は把握している部分はあるが、係争中の事案のため、知り得た情報を明らかにするのは難しい。
その点、原告として語れる部分はないか聞くと「裁判については、全て弁護士の先生にお任せしていて、先生方は僕の冤罪を晴らすために一生懸命やってくださっています。僕自身がお話しできる時がくればお話ししますが、今の段階で裁判の内容に言及することは控えたいと思います」とのことであった。
続いて周囲との関係を中心に聞いた。
ーーこの事案を扱っているのも当サイトぐらいですが、周囲の方は当サイトから情報を得ているのでしょうか
鈴木:僕を支えてくれる友人には記事が出れば言います。逆にサイトをチェックしてくれている友人もいて、記事を見てメールをくれるということもあります。「記事が感情的ではなく、冷静に書いているね」と評価する友人もいました。それから、僕自身は記事につくコメントは古い記事のものでも読んでいます。Xなどで記事のviewの数が多くなると「ありがたいな」と感じます。
ーー石田郁子さんは今でも被害者としてのポジションでメディアに登場することが多いのですが、そういった姿を見てどう感じますか
鈴木:言いたいことは山ほどあります。腹が立つことばかりです。ただ、係属中の裁判に関しては石田氏は訴外人ですから、訴外人の現在の行動をあれこれ言っても仕方がありません。今は裁判に集中しなければいけない時期なので、特に言うべきことはありません。
◾️2025年は勝負の年
免職された後も教員の頃からの友人といい関係を保っているのは、鈴木氏の人柄によるものだけでなく、”冤罪”を晴らすために戦い続ける姿から、その”無実”を信じているというベースがあるものと思われる。もっとも、去っていった同僚の教師もいるという。
ーー離れていった人もいるのでしょうか
鈴木:います。「(裁判で)負けたら終わりじゃないか。何が真実だ。負ければあなたの言っていることは真実じゃないんだ」と言って離れていった人がいました。「どうせ負けるんだから」と言った人もいます。
ーー裁判所は真実を追求し、発見するところであって真実がどうであるかを事後的に決める、決められる場ではありません。その認識で生徒に教えているというのには驚かされます
鈴木:(これから頑張ろう)と思っている時に「負ければ真実じゃない」とか「どうせ負ける」と言われた時には、さすがにカチンときました。そういう人は僕の話を聞こうとしません。ただ、もう縁の切れた人ですから、言われたことをいつまでもクヨクヨしていても仕方がないので、どうでもいい話です。今の私を支えてくれている皆さんを大切にして生きていきたいと思います。
最後に2025年にどんな思いをかけるのかを聞いた。
ーーこれから始まる1年に向けての思いはどのようなものですか
鈴木:皆さんに支えられてここまで来られました。正しいことを言って、それを裁判所に認めてもらえるように努力したいと思っています。それに向けて、2025年が勝負の年だと認識しています。
免職から間もなく4年。一時はネット上でも激しいバッシングに遭い、精神的にも疲弊した時期もあったが、今は復職に向けて気力も体力も充実しているように見える。元教師の肩書きから「元」が取れる2025年になることを目指し、戦い続ける1年となりそうである。