代理懐胎より子宮移植が先に進む理由
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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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慶應義塾大学病院は2月27日、子宮移植について臨床研究計画が学内の審査委員会で承認されたことをホームページ上で発表した。手術の実施は今後、病院で検討するとしているが、生まれつき子宮がない女性などが自ら出産することが可能となるため期待が高まる。一方で代理懐胎は特定生殖補助医療法案の中で規定されておらず、事実上「子宮移植OK、代理懐胎NG」となっている背景を探った。
◾️子宮移植の先行事例
慶應義塾大学病院は2月27日に松本守雄病院長の名でお知らせを発表した。「子宮性不妊女性に対する生体間子宮移植の有効性・安全性に関する探索的臨床試験」について、慶應義塾臨床研究審査委員会が「臨床研究法および同法施行規則に定められた『臨床研究の実施に関する基準』に適合している旨の意見(承認)を示しました。」という内容。
2022年11月24日に同大のチームが「生まれつき子宮がない女性や病気で摘出した女性など3人を対象に親族から提供された子宮を移植する臨床計画」(NHK・「子宮移植」の臨床研究計画 審査委で承認 慶応大学病院)を倫理委員会に申請して審査が始められていたもので、およそ2年3か月かけて承認された。これを受けて、同院では実施の可否について検討を始めるとした(以上、慶應義塾大学病院・「子宮性不妊女性に対する生体間子宮移植の有効性・安全性に関する探索的臨床試験」について)。
一般的に子宮移植は生体間と、遺体から移植する2パターンあるとされるが、今回は生体間に限定されている。
子宮性不妊症は「子宮自体の何らかの異常による不妊や子宮が存在しない、もしくは存在しても子宮が機能しないことによる不妊」であり、わが国では「生殖年齢(20~40 歳)における子宮性不妊患者は約6~7 万人存在すると推計される」(日本産婦人科医会・子宮移植 概要 VS 倫理的問題点)。子宮と膣の全部もしくは一部が欠損するロキタンスキー症候群がその典型例である。ロキタンスキー症候群では「卵巣は正常なためホルモンは正常に分泌」されるという(東大病院女性診療科・産科/女性外科・生殖器の先天性異常)。
子宮移植の方法は、「まず夫婦の受精卵を事前に凍結保存しておき、レシピエントにドナーの子宮を移植する(卵巣の移植は行わない)。次に移植された子宮がレシピエントに生着したのを確認し、夫婦の受精卵を子宮に戻す(胚移植)。その後,妊娠した場合は厳重な妊娠管理のもと、児を帝王切開で出産する。出産後は移植された子宮を摘出することも考慮される。出産後に子宮を摘出した場合は、レシピエントは免疫抑制剤の服用を中止することができ、一時的な移植ともなり得る。」(前出の日本産婦人科医会のHP)というもの。
これまでに2014年にスウェーデンで子宮移植による出産が初めて報告され、2022年10月時点で、海外では98例の手術で52人が生まれている(朝日新聞DIGITAL・子宮移植、海外で広がる 当事者は期待、提供者への負担など課題)。
◾️参院自民党・古川俊治氏に聞いた
ロキタンスキー症候群の女性が自身と血縁関係を有する子を得ようとした場合、一般的な方法としては代理懐胎がある。2003年にタレントの向井亜紀さんが米国で代理出産により2児を得たことで知られるようになった。向井さんは同症候群ではなかったが、ガンによる子宮摘出という事情があった。
2月5日に参議院に提出された特定生殖補助医療法案では代理懐胎に関する規定はなく、卵子提供など3通りの生殖補助医療が規定されたにとどまった(参照・卵子提供など特定生殖補助医療法案提出)。
子宮移植と代理懐胎で共通するのは、女性が血縁関係を有する子を得られるということである。大きな違いは、①生まれた子と卵子提供者の間に法的な親子関係が発生するか否か(子宮移植では発生するが、代理出産では発生しない)、②大掛かりな外科手術が必要か否か(子宮移植では必要、代理出産では不要)、ということである。
一般的に考えると、健康な人から子宮を摘出して子宮がない女性に移植し、妊娠、出産した後に再び戻す子宮移植に比べて、夫婦の胚を代理母の子宮に受胎させる代理懐胎の方がリスクが少ないように思えるが、ここまでの状況からすれば、わが国では子宮移植の方が先行しているのが現状と言える。代理懐胎は日本では事実上禁止されているため、米国、ウクライナ、ロシア等、海外に出向いて行われている。
この点を、当サイトでは過去に特定生殖補助医療法案をまとめた生殖補助医療の在り方を考える議員連盟(野田聖子会長)の古川俊治副会長(参院自民党)に話を聞いている。同副会長は代理懐胎の問題点について「よく言われるのは、産む負担を他人に押し付けることの非倫理性です。」とし、その具体的に懸念される例として「『私は仕事をしていて忙しいから、私が産むのではなく、あなたが産みなさい』ということも起こり得るわけです。」と説明する。
さらに医療的な側面から「今まで女性は必ず自分の遺伝子を半分持った子を妊娠してきました。それは自然摂理です。それが(代理懐胎では)完全に自分と遺伝子が異なる子を妊娠することになるわけで、本当に安全なのかということです。」という点を問題とする。
さらに子宮移植という方法が出てきていることも、法案の中に代理懐胎が入らなかった理由とした。
◾️子宮移植のリスク
子宮移植については一般の人が最も懸念するのが外科手術のリスクであろう。その点については「子宮を持ってくること自体にそれほどリスクはありません。がんの時に子宮の摘出はよく行われます。全部取るのは簡単で、中を一部取ってくる方が難しいと言えます。」と、リスクは我々が思っているほどではないことを説明する。
さらに「子宮は人間が生きていくためには必ず必要な臓器ではないので、今の臓器移植法との考えとは若干ズレます。そこは議論しなければいけません。ただ、海外でかなりの数やっていますから、使えるものは使おうということです。」と話した。
(以上、代理出産より子宮移植 生殖補助医療の行方(前)(後)を参照)
このように代理懐胎より子宮移植が先行するのは倫理的な側面、医療的なリスクを考えた際に、よりハードルが低いのは子宮移植であったということである。
今回、慶應義塾大学病院がどのような結論を出すのか見通せない部分はある。子宮性不妊症に悩む女性からの期待がある一方で、生命の在り方にここまで人間が介入してよいのかという倫理的な立場に立っての反発も予想される。今後の行方次第で、日本の生殖医療の未来が大きく変わる可能性がある。