産婦人科医が不安吐露 出産費用の保険適用

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 政府が2026年度を目処に導入を進める出産費用の保険適用に対し、現場から不安の声が出ている。12日に都内で開催された日本産婦人科医会の記者懇談会で、産婦人科医らが出産に関する現状について語り、その中で保険適用が進めば病院経営に直結しかねない現実が指摘された。

◾️現場の医師が出産の現状を説明

善方裕美氏(撮影・松田隆)

  12日の懇談会では3人の医師が現場からの状況の説明が行われた。横浜市港北区の医療法人よしかた産婦人科院長で、横浜市大客員准教授の善方裕美氏は「妊産婦・ご家族と共にプロデュースするお産~もう一度、産み育てたい!と言われる秘訣~」と題して報告を行った。

 同医院のモットーは安全性と快適性を備える、妊娠、出産、産褥(母乳育児)の生理を理解してもらい妊産婦が主体的に向き合うことができる、本来、女性が持つ産む力を、最大限引き出すお産の実現、”産んだら終わり”ではない、育てることが幸せだと感じてもらえる産後ケアを、の4つ。それらは以下のようなものとして具体化されている。

 スタッフの医療技術の向上に努め、NCPR(新生児蘇生法)、JCIMELS(日本母体救命システム普及協議会=母体救命インストラクター等)の取得率は100%で、高次施設との連携も行なっている。端的に表現すれば「保険が適用されないような安全かつ快適なお産の実現」への医院としての努力と考えられる。

 妊婦健診、助産師外来バースプラン、両親学級の充実、産み待ちクラス、パパ道場、マタニティヨガ、産前産後リハビリ外来などを実施。

 妊産婦が自由に動け、分娩台でのフリースタイル、アタッチメントで良いオキシトシン(分娩時に子宮の収縮を促すことで陣痛を誘発したり、出産後に子宮の回復を促したりする効果がある)分泌を促すフリースタイル・アクティブバースを採用し、さらにガイドラインに基づいたカンガルーケア(出産直後に新生児を母の胸で抱っこする)を実施し、家族立ち会い分娩も行なっている。

 母乳育児支援、メンタルヘルスケアはもちろん、医院から地域子育て支援への連携、いつでも医院に戻ってこられるように電話番号が書かれた手作りカードを1か月健診で渡すなど、切れ目のないケアを実施している。

◾️産婦人科医が考える一番の使命

 出産費用の費目は入院料、分娩料、新生児管理保育料、検査・薬剤料、処置・手当料、室料差額、産科医療補償制度、その他の8項目。2022年度で妊産婦の合計負担額は平均で54万5797円であった(厚生労働省・お産の施設、どう選ぶ? 分娩施設の情報提供Webサイト誕生! 「出産費用の見える化」が始まります)。

 同院のモットーとその実現のための施策は、上記の出産費用が保険適用された場合にはほとんど対象とならないと思われる。こうしたことは同院特有のことではなく、多くの産婦人科医は保険の対象とならない部分にコストをかけて安全で快適な出産を実現しているのが現状と言っていい。

 この点を善方氏は「妊娠・出産を安全かつ快適に、産み育てるることが楽しくて慈しみ深いことと感じていただく。これが私たち産科医療を担う者の使命と思っています。1か月健診の時には両親に赤ちゃん、おばあちゃんもいらっしゃる時もありますが、みんなでハグするぐらい『がんばれよ』という感じで、育児が楽しくて、赤ちゃんが可愛くて、すごくいい時間を過ごしていると感じていただきたいと思います。それが私たちの一番の使命なのではないかと考えています」と話す。こうした産婦人科医が考える使命と疾病時等の救済システムとしての保険とは、理念とするところが大きく乖離しているように感じられる。

 現行制度では妊娠・出産は疾病ではないから保険の対象とならず、各医院は保険の対象となる出産(異常分娩)とならないように尽力している。それがいきなり2026年度を目処に出産費用の保険適用化と言われた場合、①から④も保険適用するのならともかく、おそらくその部分の多くは適用されないことが予想されるため、多くの産婦人科医が反対に回ることが予想される。出産費用が保険適用された場合には、適用されない部分にかけたコストを回収できなくなるおそれがあるから、当然のことである。

 善方氏は「一番(の問題となるの)は人件費です。助産師がモチベーションを持って時間をかけ、しっかりと見ていくということになると、保険適用になった時に人件費を賄えなくなる可能性は高いだろうと考えています。…理事長の主人(善方菊夫氏)とはよく話していますが、保険適用となった時には私や主人に支払われる額を減らしていくしかないだろうということです。今後、自分たちのために収益をあげるということは考えておりません。そして4つのモットーは守りたいと思っていますから、厳しい現状が待っていると思います」と説明した。

 この点は前回の記者懇談会(5月8日)で木下勝之名誉会長が強調した部分である。

 「皆さんの願いである安全な出産のためには、助産師さんを何人も雇わないといけない、医師も2人、3人雇わないといけない。そして、ずっと監視しなければなりません。ただ見ているだけではなく、胎児の心拍、心電図を測る機械をつけてモニターで監視しています。分娩というものを赤ちゃんが出る、胎盤が出るだけと思ってはいけません。分娩の1期から4期に至るまでの全てを通した結果が出産です。時間も状況も違いがあるものを保険でどう評価するというのでしょうか。」

◾️保険適用の”直撃弾”を受けるのは…

 出産費用の保険適用は、2023年3月に政府が検討を開始と報じられ、同年6月13日に発表された「こども未来戦略方針」で導入への検討を進めると明記された(参考・出産費用の保険適用化 危機感抱く産婦人科医会)。これを受けて2024年5月15日には厚労省とこども家庭庁が検討会を設置して具体的な議論を始めることとした(NHK・“出産費用の保険適用” 検討会で議論へ 厚労省とこども家庭庁)。

 2024年6月現在、出産費用は保険適用されず、出産育児一時金という形で50万円が健康保険を通じて支給されている。超過分は被保険者(妊産婦)の自己負担となるが、逆に余った場合はその差額が被保険者に支給される。そして、都道府県により実際にかかる出産費用はバラつきがある。公的病院の平均値を見ると、2020年度で最も高いのが東京都の55万3000円で、医療法人よしかた産婦人科のある神奈川県は49万9000円で全国3位である。

 逆に最も安いのが佐賀県の35万2000円、続いて沖縄県の35万3000円、鳥取県の35万4000円。概ね「都会が高く、地方が安い」という構図になっている(厚生労働省・第152回社会保障審議会医療保険部会資料5 出産費用の実態把握に関する調査研究(令和3年度)の結果等について、2020年度、室料差額を除く、東京財団政策研究所が引用する「出産育児一時金の引き上げを巡る論点」から)。

 この状況で保険適用した場合、多くの地方ではこれまで被保険者に支払われていた出産育児一時金の差額はカットできる。もちろん、保険適用されない部分は病院側の収益減となる可能性はある。東京や神奈川など、出産育児一時金を上回る費用を請求する施設が多い都市部では、保険適用されない部分は実費負担となることから、一般の妊産婦はその部分を必要ないと考え、極力保険でカバーできる出産を選択することが考えられる。

 都内には有名人が出産をする際に利用されることが多い山王病院のような例もある。同病院の平均的な出産費用は131万8000円~151万5000円と、まさにケタ違いの高額となっている(出産なび・医療法人財団順和会 山王病院)。こうした病院は保険適用化された場合でも、「費用がかかっても山王病院で」と考える”セレブ”が引き続き利用することが見込まれる。

 そうなると保険適用の”直撃弾”を受けるのは「よしかた産婦人科」のような都会にあって、地域の産科医療を担ってきた施設である。もちろん、地方の産婦人科医も収益の減少は考えられる。これが進めば地域医療そのものが危機に瀕する可能性がないとは言えない。

◾️患者さんは求めている

写真はイメージ

 懇談会終了後、善方氏はあらためて保険適用への不安を口にした。

 「どこからが自由診療、どこからが保険適用という線引きが難しく、それを誰が決めるのでしょうか。医院としては『あれもできない』『これもできない』と値引きしていくしかなく、患者さん側からすれば『それがしてもらえないんだ』となるかもしれません。産後に至ってはもう関係ないという話になってしまうでしょう。(同院が実施している前述の保険適用が期待できないケアについて)患者さんが求めているのを肌で感じています。」

 今後、厚労省とこども家庭庁が設置した専門家や当事者らによる検討会で保険適用の検討が始まる。そこでどのような結論が出されるのか、現場からの反発が予想されるだけに一筋縄ではいきそうにない。

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