山田五郎さん安らかに『お尻』が縁で誕生した紙面

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

松田隆の追悼録 評論家の山田五郎さん(本名・武田正彦)が14日に亡くなった。67歳。所属事務所が22日に「山田五郎・YouTubeチャンネル」で発表した。山田氏は2024年にがんと診断され、抗がん剤治療を行なっていることを明らかにしており、約2年間の闘病生活の末、天国へ旅立った。

◾️14日死去、18日に葬儀

山田五郎氏(AIで生成)

 山田氏の死去は、20年以上にわたってマネージャーとして同氏を支えてきたという男性が、YouTubeチャンネル「山田五郎 オトナの教養講座」に出演して明らかにした。男性は、所属事務所からの公式発表であるとして、山田氏が14日夕方に亡くなったことを伝えた。

 男性はピンクのストライプのシャツにピンクのネクタイという、訃報を伝える場としては異例の姿で登場した。明るいことが好きで、湿っぽいことを嫌っていた山田氏を思い、同氏のスーツを着用して発表に臨んだという(山田五郎オトナの教養講座・山田五郎 所属事務所からのご報告【公式発表】)。

 本人は闘病中も「がんに勝って、まだまだ仕事をしたい」と話していたという。

 山田氏は7月17日に公開された自身のチャンネルの動画にも、鼻に酸素吸入用のチューブをつけた姿で出演していた。

「人間、立って歩いて飯食えてるうちは死なないと思ったけど、もう死ぬよ。立って歩くことも飯食うこともできない。そんな状態です」

 自身の病状を率直に明かしながら、闘病中に執筆した著書と西洋の宗教画について解説していた(山田五郎オトナの教養講座・【闘病中に執筆】画題の意味を知れば西洋の宗教画は面白い!『聖書』をテーマに画家の個性が光る!ゴッホ、フェルメール、レオナルド・ダ・ヴィンチ…有名画家の美麗な絵をご紹介)。

 しかし、動画が公開された時点で、山田氏が亡くなってから既に3日が経過していた。所属事務所によると、葬儀は18日に親族や友人、仕事関係者らによって執り行われたという。

◾️お尻をテーマに紙面化

 実は筆者(松田隆)は、山田氏と1度だけ仕事をしたことがある。1993年5月、筆者が日刊スポーツ新聞社で中央競馬を担当していた時のことである。

 当時、山田氏はテレビ朝日系の深夜番組「タモリ倶楽部」に出演し、「今週の五ツ星り」というコーナーに登場していた。当時の肩書は「お尻評論家」であった。同コーナーでは、次々と登場する女性が画面の前でお尻を振り、その形や動きを山田氏が評論していた。いかにも深夜番組らしい企画である。

 その「お尻評論家」に、G1優駿牝馬(オークス)に出走する競走馬のお尻を評論してもらおうという企画を考え、山田氏側に連絡を取ったところ、本人も面白いと思ってくれたのであろう、あっさりと承諾を得られた。

G1優駿牝馬の舞台・東京競馬場(撮影・松田隆)

 こちらでは写真部に依頼し、出走予定馬全頭のお尻を真後ろから撮影してもらうことにした。写真部からは(レース部は何を考えているんだ?)(また、松田がバカなことを考えだしたよ)などと思われたかもしれない。当時の筆者には、ふざけたように見える内容に大真面目に取り組むからこそ面白い、という信念のようなものがあり、そうした思いに突き動かされて考えた企画であった。

 おそらくレースの2日前だったと記憶している。都内のホテルのラウンジで待ち合わせ、山田氏と当時の女性マネージャーに、オークス出走馬18頭の写真を見てもらった。山田氏は講談社で雑誌編集に携わった経験があっただけに、この企画が本格的な競馬予想ではなく、華やかなG1レースに彩りを添えるための読み物であることを、すぐに理解してくれたようであった。

「これはナスビ型ですね」「私が美しいと思うのは桃型です」「この馬のお尻が、その典型的な桃型です」

 このような調子で18頭のお尻を分類しながら、スポーツ新聞の記事にしやすい、遊び心のあるコメントを次々と出してくれた。

 最初の1頭を分析したところで「こんな感じでどうですか?」と聞いてきたので、筆者は「そんな感じでお願いします」と答えたことを、今でもよく覚えている。企画の趣旨を素早く理解し、こちらが求めているコメントを的確に返す。スポーツ新聞が何を欲しがっているのかが分かっている、実に仕事のできる人であると感心させられた。

 取材を終えた後には、「タモリ倶楽部」の撮影の裏話を聞かせてもらった。山田氏は笑いながら、次のようなエピソードを話してくれた。

 「Tバックを着用した女性のお尻がアップになるでしょ。この前、すごく毛深い方が来て、Tバックでは隠れないんですよ。どうしてもはみ出て、映ってしまうんですね。スタッフもいろいろと手を尽くしたけど、結局、アップにしたら危険ということで、その女性は映さなかったんです」

 「ぜひ記事にしたいけど、新聞では無理です」と筆者が言うと、山田氏も「そうですよねえ」と応じ、2人で笑ったのはいい思い出である。

 博識で仕事のできる人であると同時に、気取ったところのない、実に気さくな文化人であった。

◾️ただただ感謝の思い

 記事はカラーで、かなり大きく紙面に掲載された。山田氏にお尻を褒められた馬は勝利を飾ることができなかったが、もともと的中を目指した企画ではない。読み物として十分に面白く、企画は成功であったと筆者は考えていた。

 ところが後日、女性マネージャーから「的中しませんでしたね。残念でした。お尻でレースを当てようという企画に無理があったのでしょうか」と連絡が入った。

 これには驚かされた。すぐに、的中するかどうかは二の次、三の次であり、山田先生のユニークな見立てを紙面に掲載できたことで、とてもよい企画になったと思っている、このような記事は過去に例がなく、本当に感謝している、という趣旨の返事をした。

 当時の山田氏はテレビに出始めたばかりであり、さまざまな分野の仕事に挑戦しようという思いもあって、この企画に乗ってくれたのであろう。もしかすると山田氏は、こちらが何よりも予想の的中を望んでいたと受け止め、的中できず申し訳ないという気持ちをマネージャーを通じて伝えようとしたのかもしれない。今となっては真相は分からない。

 筆者としては、このようなお遊び企画に真剣に付き合っていただき、期待以上のコメントで、ユニークな記事作成に協力してくれたことに、ただただ感謝するばかりである。ちなみに、ギャラは3万円程度だったように記憶している。

◾️筆者にもお礼の言葉?

 山田氏の死去を告げる動画の後半には、次のような言葉があった。

「ここで皆様に感謝を申し上げます。生前、山田とお仕事の関わりがあった皆様……山田に代わり、伏してお礼を申し上げます」

画像はイメージ(AIで生成)

 山田氏の67年の人生の中で、筆者が仕事で関わったのは、わずか1度にすぎない。それでも筆者もまた、山田氏からお礼を言ってもらえた1人ということであろうか。それが山田氏本人の遺志による言葉なのかは分からない。それでも、ほんのわずかな接点しか持たなかった筆者にまで、その言葉が向けられているように感じられた。

 山田氏が亡くなる前に「そういえば、昔、日刊スポーツで馬のお尻の評論をさせてもらったな。バカな企画だけど、面白かったな」などと覚えてくれていれば、光栄の至りである。

 取材後、若い記者に受けそうな裏話を披露し、テレビで見せるのと同じ表情で笑ってくれた山田氏の姿は、たった1度だけの接点でありながら、忘れられない記憶となっている。

 どうぞ安らかに。

 合掌

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