さようなら水島晴之さん 日刊スポーツの戦友を悼む

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 日刊スポーツの中央競馬面で本紙予想を担当していた水島晴之さんが8月25日に亡くなった。63歳だった。90年代に競馬担当としてともに取材をしていた同世代の記者の思い出を記すことで追悼としたい。

◾️水島氏との出会い

ありし日の水島晴之氏(日刊スポーツ電子版から)

 水島氏は2024年8月25日に急逝、同27日に同社の電子版で訃報が伝えられた(日刊スポーツ電子版・「匠の極意」水島晴之記者が死去 「攻めの本紙」のスタイル貫いた東京4代目本紙予想)。記事などによると1983年に日刊スポーツ新聞社に入社し、編集局整理部から1992年5月にレース部に異動して中央競馬担当となった。2002年から堀内泰夫氏の跡を継ぐ形で本紙予想となっている。

 筆者は1985年から中央競馬を担当、1992年から筆者が異動する1998年秋まで満6年ほど現場でともに過ごした。

 水島氏との出会いは、同氏がまだ整理部在籍のころ、1980年代後半であった。筆者が東京競馬場のイベントを取材した際、参加していたキャンペーンガールが魅力的だったのでそちらも取材し写真を撮った。その中に1人、飛び抜けて可愛く、目立つ女性がいたため、その女性の写真を大きく扱えば読者の注目を集めると思い、会社にはその旨を伝えた。

 ところが、会社に上がってゲラ(新聞になる前の試し刷り)を見ると、数人が均等に扱われ、目立つ女性も数人の中の1人という扱いだった。(大きく扱うように言ったのに…)と思って整理部に交渉に行くと、デスク(次長)が「ああ、その面は水島が組んでるから、ヤツと話して」と言われた。その時に初めて話をすることになった。

松田:すみませんが、この女性、大きめに扱っていただけませんか?

水島:何で?

松田:見てのとおり非常に目立つので、読者にアピールできると思います。

水島:それってさあ、君の趣味なんじゃない?

松田:いやいや、そういうことじゃありません。

水島:1人だけ特別っていうのはダメだよ、それは。

 出会いがこれだったので、当初は水島氏にはいい印象を持っていなかった。その3、4年後に水島氏がレース部に異動してくると聞いた時、すぐに(ああ、あの時のヤツか…嫌だなぁ)と思ったのが正直な感想であった。

◾️ビワハヤヒデ担当として

 筆者にとって水島氏は社歴では先輩であるが、レース部では筆者の方がキャリアが長く、その上で同学年という、何とも微妙な関係であった。筆者は社歴が上の水島氏を「水島さん」と呼んでいたが、水島氏はレース部でのキャリアを考え、しかも同学年ということもあってか、筆者を呼び捨てにして後輩扱いすることはなく、「マッちゃん」と愛称で呼んでくれた。最初の印象は良くなかったが(おそらく水島氏もいい印象は持っていなかったと思う)、ともに仕事をするうちにすっかり打ち解けて、現場で力を合わせて紙面作りに励むようになった。

 1993年の菊花賞では筆者と水島氏で栗東トレセンに取材に行くことになった。この年はウイニングチケット、ビワハヤヒデが注目を集めており、筆者がウイニングチケットを、水島氏がビワハヤヒデを担当するということで取材前から決めていた。水島氏は春のクラシックの頃からビワハヤヒデを取材し、濱田光正調教師にかなり食い込んでいただけでなく、担当のA厩務員とも仲が良くなり、仕事が終わると自宅を訪れて食事をするほど親しくなっていた。

 ビワハヤヒデは最初、別のB厩務員が担当していたことは当時あまり知られていなかった。そのB厩務員が病気で亡くなり、担当馬を引き継いだという経緯があった。そうなると周囲から「AはBが死んで、うまく走る馬を手に入れたな」などと陰口を言われることもある。厩務員は賞金の5%を手にできるから、菊花賞を勝てば1着賞金(当時1億1100万円)の5%、550万円以上が入る計算。やっかみの少なくない世界であるから、そういう心無いことを言う人間もいる。

 A厩務員は亡くなったB厩務員とはとても親しく、Bさんが(この馬で大きいところを獲る)という夢を自分が実現させてやるのが供養になるという思いがあったと聞く。水島氏はそうしたことを記事にして、普通の競馬面ではあまり読めない記事を読者に提供した。

 そうしたことがあった栗東滞在中、水島氏が筆者のところにやってきて、その件について意見を求めてきた。

水島:Aさんがレース前にBさんのお墓参りに行くんだけど、記事にした方がいいよね?

松田:もちろんですよ。菊花賞にかける意気込みが伝わるし、泣ける記事ですよ、それは。

水島:そうだよねえ。…で、やっぱり写真はいるよね?

松田:もちろん、ほしいですね。

水島:それがAさんが『写真は撮るな、取材には応じない』って言うんだよね。

松田:お墓の前で手を合わせる写真…何とかなりませんかねえ。

水島:やっかみが多い世界だからさ、レース前に前の厩務員のお墓の前で手を合わせるのをスタンドプレーみたいに見る人もいるから、Aさんもそういうのを気にしてるんだよね。

松田:そうでしょうねぇ…そういう人もいるから。ただ、泣ける話ですよねえ…。

◾️水島氏の記者魂

写真はイメージ

 その直後、新聞にはAさんがBさんのお墓の前で手を合わせる写真と記事が掲載された。手前に墓石が並び、その先にAさんが手を合わせて首を垂れている様子が写されていた。望遠レンズで撮影したのは明らかで、一言で言えば「いい写真」であった。

 お墓参りをしているところにズカズカと乗り込み、当事者と話を合わせて手を合わせるポーズを撮影させましたという感じではなく、故人を偲び、静かに手を合わせるところを、邪魔にならないように遠くから撮影しましたという、墓参する人の思いと、それを尊重する報道する側の節度を示す、どこか厳かさを感じさせるショットであった。

 筆者は記事を見て水島氏に声をかけた。

松田:水島さん、写真撮れたんですね。

水島:何とかね。

松田:Aさん、よく了解してくれましたね。

水島:最初は『取材に来たら、もうお前とは付き合わないからな』と言われてたんだけどさ。

松田:そう言ってましたね。

水島:それでもお願いしたら『ダメだ。取材には来るな。…お前が勝手に来て墓地の写真を撮っているのを、俺がヤメろとまでは言えないけどな』って言うんだよな。

松田:へぇ…

水島:それでカメラマン連れて、遠くから撮ってもらったんだ。

松田:Aさん、粋ですね。

 後に本紙予想を担当する水島氏だが、予想だけでなく取材力、取材対象に信頼してもらう記者としての能力もずば抜けていた。

◾️昭和35年組の青春だった

 菊花賞はビワハヤヒデがステージチャンプに5馬身差をつけて圧勝。ハイライト原稿は当然、水島氏が書いた。レース部に異動してから1年半で、これだけの仕事をしたのはさすがと言うしかない。

 筆者はウイニングチケットの負け原稿などの”敗戦処理”に徹し、レース部長からの指示で、この日、京都競馬場に来ていた、当時ニュースキャスターをしていた浜尾朱美さんに観戦記を書いていただくためにVIP席を歩き回って浜尾さんを見つけ、原稿をお願いした(今でもふっと思い出す浜尾朱美さん 旅立たれて9か月)。

 思えば浜尾朱美さんも水島氏と筆者と同じ、昭和35年組(同年4月2日ー36年4月1日)。同学年の3人がそれぞれの思いを描いた遅めの青春、それが1993年11月7日の京都競馬場であったのかもしれない。

 その水島氏が亡くなり、浜尾朱美さんも2018年にこの世を去っている。2人が亡くなったのは何故なのかというよりも、3人のうち筆者だけが生き残っているのは何故なのかという気分になっている。日刊スポーツ中央競馬担当、もう一人の昭和35年組・かつての同僚である多田薫記者とも長く会っていないのも寂しい。

◾️最後に会ったのは2015年

堀内泰夫さん(日刊スポーツ電子版から)

 水島氏と最後に会ったのは2015年であったと思う。筆者は既に退職して青学大の大学院の研修生となっており、たまたま同じ路線に住まいがあるため、駅でバッタリ会ったというものである。「元気そうだね」「お陰様で」「今度飲みましょう」「そうだね」、そんな型通りのやりとりが最後になるとは思いもしなかった。

 年賀状のやり取りは続いていたが、2022年にいただいたのが最後で2023年、2024年に出したものには返事はなかった。

 2020年にこの世を去った堀内氏とは「飲みましょう」という約束を果たせずにお別れとなった(ありがとう堀内泰夫さん 日刊スポーツ本紙予想)。そして水島氏とも同様である。それが残念でならない。亡くなったのを2か月も知らなかったことを申し訳ないという気持ちも強い。

 人はいつかお別れの時がくる。それは仕方のないこと、残された者はその事実を受け止めて今を懸命に生きていくしかない。それが供養になると信じたい。

 水島さんと出会えてとても幸せな記者生活でした。色々とお世話になりました。さまざまなこと、心より感謝申し上げます。

 どうか安らかにおやすみください。

合掌

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