無理筋か 旧ジャニーズ事務所に3億ドル請求

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 スマイルアップ社(旧ジャニーズ事務所)幹部らに対し、所属していた2人のタレントが性加害問題で3億ドル(約460億円)の損害賠償を求める訴えを米ネバダ州クラーク郡の裁判所に提起した。19日に共同通信が報じた。報道によると同社の代表取締役だったジャニー喜多川氏(2019年死去)による性被害の賠償を求めるものであるが、米国での提訴だけに勝訴しても様々な問題が考えられ、実際にそれらの金員を手にするのは難しいと思われる。

◾️ラスベガスのホテルで性被害

写真はイメージ

 報道によると提訴したのは過去にジャニーズ事務所に所属していた田中純弥氏(43)と飯田恭平氏(37)の2人。「田中さんは15歳だった1997年3月、飯田さんは14歳だった2002年8月に、ラスベガスのホテルで喜多川氏から性被害を受けたとしている。田中さんは1997~98年、飯田さんは2002~06年にかけ、定期的に性被害に遭ったとも言及している。」と報じられている。

 天文学的な数字の賠償額については「補償的賠償が5千万ドル、懲罰的賠償が1億ドルの計1億5千万ドル以上。」とされている(以上、47NEWS・ジャニーズに460億円求め提訴 元タレント2人、米裁判所に から)。

 これに対してスマイルアップ社は、NHKの取材に対して米国の裁判所には事件の管轄は認められず、米国の弁護士と相談しながら対応するとしている(NHK・旧ジャニーズ 元所属タレント“米で性被害” 米裁判所に提訴)。

 田中・飯田の両氏がスマイルアップ社から3億ドルの賠償金を得られるかと言われると、これはまずあり得ない話と言っていい。

 この問題を考える場合、いくつかの段階を踏んで検討する必要がある。

(1)米国の裁判所に事件の管轄が認められるか

(2)仮に管轄が認められた場合、原告の請求が認められるか

(3)仮に原告の請求が認められた場合、実際に認められた金額を手にできるか

◾️米国で訴訟係属前提の原告サイド

 まず、(1)については、ネバダ州法の詳細はわからないが、常識的に考えて不法行為に基づく損害賠償請求であるなら、米国内で行われた性加害(不法行為)であることから米国の裁判所に管轄が認められるものと思われる。それゆえ、原告側の米国での提訴となったのであろう。原告の代理人弁護士は「ネバダ州では今回のケースは時効の対象にならないため、訴訟を継続(ママ)することができる。2人にはアメリカで起きた犯罪と同じ水準の補償を受ける権利がある」と答えている(前出・旧ジャニーズ 元所属タレント“米で性被害” 米裁判所に提訴)。

写真はイメージ

 「訴訟を”継続”」は「訴訟を係属」の誤りと思われるが、代理人は管轄があることを前提に、時効にもかからず訴訟係属が可能と答えていることには注目すべき。日本でも財産権上の訴え等についての管轄で、不法行為があった場所を管轄する裁判所で訴えを提起できると定めている(民事訴訟法5条9号)。

 そうすると、(1)については原告側はクリアできると思われる。(2)については、スマイルアップ社が訴訟の開始に必要な呼出しか命令の送達を受けたとしても、応訴しない可能性は十分あるように思う。仮に応訴した場合でも、NHKに対するコメントから管轄の問題を取り出して訴えを却下するように求めるのは間違いない。却下されなければ実質審理に入ることとなるが、そこで訴訟から離脱する可能性はあると思う。

 仮に離脱しなかった場合、喜多川氏による性加害の事実はスマイルアップ社は認めており、また補償することも明らかにしているため基本的な事実関係に争いはないのかもしれないが、ラスベガスでそのような行為があったことまでも認めるかは分からない。その場合は原告に立証責任が生ずるが、果たして20年以上前のことを立証できるか、ハードルは高いように思われる。

 スマイルアップ社としては、ノン・リケット(真偽不明)に持ち込んで訴えの棄却を求めるのではないか。仮に原告の主張が認められても、請求額満額が認められることは民事訴訟ではあまり聞かない話ではある。

◾️民事訴訟法118条3号

 米国での訴訟が判決までいくか可能性は高くないと思われる。米国で巨額の支払いを命ずる判決が出れば、また、スマイルアップ社への風当たりは強くなることが予想され、審理の状況を見て和解という”手打ち”が図られるのではないか。原告としても仮に勝訴しても、後述するが、実際に賠償金を手にできる可能性は低いので、どこかで矛を収めても不思議はない。

 このように考えると(2)については、実質審理に入れば原告の請求が一部認められる可能性はあると言うべき。

 問題は(3)両者が和解せず、米国で一部でも請求が認容された場合である。当然、原告は確定判決をもとにスマイルアップ社に損害賠償請求の履行を求めるであろう(米国に同社の財産があれば、まず、そちらに対して強制執行することが考えられる)。同社が支払いに応じない場合、日本国内で有する財産に対して強制執行をかける(民事執行法22条6号)。その場合、外国裁判所の確定判決の効力が問題となる。

【民事訴訟法118条】

外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。

3 判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。

 原告の訴えの内容を見ると、前述のように「補償的賠償が5千万ドル、懲罰的賠償が1億ドルの計1億5千万ドル以上。」となっている。この懲罰的賠償が問題。日本の民事訴訟には懲罰的な損害賠償という概念は存在しない。以前、米国の裁判所で日本人に対して懲罰的損害賠償が認められ、その執行を日本で求めた事件があった(いわゆる萬世工業事件)。ここで懲罰的損害賠償について以下のように判示した。

 「カリフォルニア州民法典の定める懲罰的損害賠償…の制度は、悪性の強い行為をした加害者に対し、実際に生じた損害の賠償に加えて、さらに賠償金の支払を命ずることにより、加害者に制裁を加え、かつ、将来における同様の行為を抑止しようとするものであることが明らかであって、その目的からすると、むしろ我が国における罰金等の刑罰とほぼ同様の意義を有するものということができる。」

 このように懲罰的損害賠償の性質を論じた上で、「不法行為の当事者間において、被害者が加害者から、実際に生じた損害の賠償に加えて、制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払いを受け得るとすることは、右に見た我が国における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであると認められる。」とした。

 そして、最終的に「本件外国判決のうち…見せしめと制裁のために被上告会社に対し懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分は、我が国の公の秩序に反するから、その効力を有しない。」として、その部分の訴えを棄却した(最高裁判決平成9.7.11)。

 また、補償的賠償の部分も、原告は日本国内に居住し、主たる不法行為地も日本であり、被告も賠償に応じる旨を明らかにしているのに、わざわざ応訴に手間がかかる米国で提訴するような行為は、民訴118条3号の公序良俗に反するとして執行が認められない可能性は十分にある。

◾️策士策に溺れる

写真はイメージ

 このように、仮に原告が米国の裁判所で勝訴したとしても、懲罰的損害賠償の1億ドル(約153億円)の部分は日本で執行できる余地はなく、それ以外の部分も民訴118条3号に抵触して執行できない可能性はある。

 なお、2009年に沢尻エリカさんの配偶者だった人が、日本のメディアに対して、スペインの裁判所で訴えを提起しようとした例がある。その場合、前述の民訴118条3号で判決の効力は日本国内では認められないと考えられた(参照・沢尻エリカ容疑者を麻薬取締法違反で逮捕 ほんの少しだけ関わった過去)。

 今回は原告が主張する不法行為地が米国であることから沢尻エリカさんの事件よりは筋がいいと思うが、原告が勝訴し、その確定判決を債務名義にして日本国内で執行するにはいくつのもハードルがある。訴訟の手段、方法としては面白いところに目をつけたように感じるものの、策士策に溺れるの類になるリスクは十分にあるように思う。

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