不妊治療の保険適用 少子化対策に有効?

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 2022年4月に不妊治療に健康保険が適用されるようになってから、まもなく2年を迎える。日本産婦人科医会(石渡勇会長)は8日、保険化後の現状について記者懇談会の場で現場からの報告を行った。少子化対策として期待されての制度導入であったが、報告は、その効果を見極めるのにはまだ時間がかかると慎重な姿勢を示した。

◾️クラスの10人に1人は体外受精で誕生の時代

年別の体外受精による出生児数(日本産科婦人科学会・2022年体外受精・胚移植等の臨床実施成績から)

 不妊治療の保険化は「人工授精等の『一般不妊治療』、体外受精・顕微授精等の『生殖補助医療』について保険適用」(こども家庭庁・不妊治療に関する取組)するもの。

 2022年4月より前は特定治療支援事業で給付金による助成が行われていた。保険が適用されないために自由診療で行われ、上記の生殖補助医療は地域による格差はあるものの1回につき30万円程度であったとされる。それが保険適用により本人は3割負担となり(厚生労働省・令和4年4月から、不妊治療が保険適用されています。)、大幅な負担減となった。

 このことで子供を望みながら思うようにいかない女性、カップルの不妊治療へのハードルを下げ、その結果、少子化が解消される方向へ進むことが期待された。

 保険適用化された生殖補助医療は厚労省の発行した前述のパンフレットによると体外受精・顕微授精・男性不妊の手術の3種。日本産科婦人科学会が公表している不妊治療の実績は男性不妊を除く体外受精(IVFとFET)・顕微授精(ICSI)。

★IVF(In Vitro Fertilization):採取した卵子に、運動精子を振りかけ自然に受精させて、子宮腔内に戻す。IVF-ET(In Vitro Fertilization and Embryo Transfer=体外受精・胚移植法)とも呼ばれる。

★FET(Frozen-thawed Embryo Transfer):採卵・受精した胚を一旦凍結し、次以降の周期で胚を融解し子宮腔内に戻す。

★ICSI(Intracytoplasmic Sperm Injection):顕微鏡を使って採取した卵子の細胞質内に直接精子を注入して授精を促し、受精した卵子(胚)を子宮腔内に戻す。

 2022年に行われた不妊治療による出生は7万7206件である。2022年の治療で誕生ということは、実際に生まれるのは2022年後半から2023年にかけて。2023年の出生数は厚労省の発表では72万7277人であり、時期がズレてしまうので参考程度に考えていただきたいが、2023年生まれの10.6%が不妊治療、すなわち体外受精によって誕生したと見ることができる。

 10人に1人が体外受精で生まれているということは、2023年生まれの児童の多くが小学校に入学する2030年には、1クラス30人なら3人は不妊治療で誕生している計算になる。このように不妊治療による出生が国全体の出生数の1割に達している現状からすれば、不妊治療の費用の負担を軽減することで治療する人の数を増やし、その結果、出生数の増加に繋がるという考えは一定の合理性を有するように思える。

◾️保険適用化で出生数は増えたが…

写真はイメージ

 実際に不妊治療の保険適用化で治療を受けた人の数は増加している。保険適用化前の2021年には49万8140件だったものが、保険適用化となった2022年は54万3630件と4万5490件増加している。出生数は6万9797から7万7206と増えた(上記のを参照)。

 これだけを見ると目に見えた保険適用化の効果はあるように思える。しかし、事はそう単純ではない。治療した件数も、出生数もコロナ禍の2020年に停滞したのを除けば、2000年以降、右肩上がりになっている。保険適用化となる2022年の10年前、2012年の数値を見ると治療は32万6426件、出生数は3万7953であった(以上、日本産科婦人科学会・2022年体外受精・胚移植等の臨床実施成績)。

 10年で治療数は1.67倍、出生数は2.03倍と、ほぼ右肩上がりで数値が増えている。2022年の前年からの増加もそのトレンド上にあるのは疑いなく、保険適用化も増えた要因の1つかもしれないが、それだけが原因とは断定できない。

 保険適用化によって不妊治療を開始する時期についての考えを聞くアンケート調査が行われているが、「あなたとパートナーは、不妊治療をいつ開始することを検討してますか?」という問いに2022年の保険適用化前の調査では「6か月以内」とした回答が40%だったのに対して、保険適用化後の2024年には79%と急増している(不妊治療保険化後の現状、日本産婦人科医会監事 栗林靖 フェリング・ファーマ株式会社調査から引用)。

 このデータを見ると、それまで高額だった不妊治療が保険適用で経済的負担が減少したために、早期に治療を受けようという層が存在することを思わせる。たとえば、資金を貯めて1年後、2年後に不妊治療に踏み切ろうと思っていた人たちが、3割負担ならすぐに治療に入れると考えた場合。その場合であれば目先の治療数やそれに伴う出生数が増えるものの、それは1、2年後に生まれる予定であった分の先取りに過ぎず、最終的に出生数の総数に変化はない。

◾️赤ちゃんの”先取り”

 不妊治療の保険化によって出生数を増やすには、経済的な理由から不妊治療ができなかった層を新たに取り込む、あるいは既に子供がいる夫婦の中から「この金額ならもう1人産みたい」と考えるなど、新たな「出産マーケットへの参入層」とも呼ぶべき層が発生しない限り長いスパンでの出生数は増えず、有効な少子化対策とはなり得ない。その点を無視して保険適用化が少子化への有効な対策となったと結論付けるとすれば、言葉は悪いが朝三暮四の類。先取りした赤ちゃんの数を加えて「子供が増えた」と喜ぶようなものである。

日本産婦人科医会・栗林靖監事

 日本産婦人科医会の栗林靖監事は「今回のデータは2024年3月までで、(保険適用化が)始まってから時間が経っていません。5年ぐらいを見ないと、というのはあります。子供がほしいけど、お金がなくて(治療が)出来なかったという人が恩恵を受けていることは実際にあると思います。そういう方がどんどん増えていくことによって2人目、3人目を産んでくれれば少子化対策にはなると思います。(保険適用化で少子化対策になるかは)まだ分からないと思います」と話した。

 同医会の谷川原真吾常務理事は上記の発言を受けて「その通りだと思います。結婚、子育てができる環境(が大事)ですかね。日本社会は結婚して子供を産むという感じで、婚外子はパーセンテージが低いので、そういう(子供を産み育てるための)環境が変わっていかないと、不妊の治療だけを保険化していても子供は増えないのかなと思います」と加えた。

◾️菅内閣の閣議決定の評価

日本産婦人科医会・谷川原真吾常務理事

 不妊治療の保険適用化は2020年9月16日、菅義偉内閣発足時に基本方針として閣議決定された。「喫緊の課題である少子化に対処し、誰もが安心できる社会保障制度を構築するため改革に取り組む。そのため、不妊治療への保険適用を実現し…」とあることに基づき、その2年後の2022年に実施された(首相官邸・基本方針)。

 今回の日本産婦人科医会による報告は菅内閣が決めた不妊治療への保険適用の実現によって少子化対策となるかどうかは、未だ不透明であることを示したことになる。

 実はそのことが現在、問題になっている分娩費用の保険適用化と微妙にリンクするが、それはまた、別の機会に。

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