埼玉・川口駅停車に潜む”県北の愛憎”

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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上野東京ラインの川口駅停車に関する基本協定が24日、川口市とJR東日本の間で締結された。停車が始まるのは2037年度以降になるが、これにより京浜東北線を利用しての川口ー東京間より、約10分短縮となるという。川口駅利用者の利便性が高まるのはいいことだが、このニュースの裏には、沿線に住む県民でなければ分からない複雑な思いがあるように感じられる。埼玉県北部で生まれ育った筆者がその事情を分析・推理する。
◾️県北在住者には負の効果大
川口駅は京浜東北線だけが停車しているが、長年、上野東京ラインの停車をJR東日本に働きかけていた。今回の基本協定締結で、約431億円をかけて新たに停車ホームや駅舎などを整備する。
同駅の1日あたりの乗客数(2023年度)は約7万4000人で、それら全てが京浜東北線に集中するため、混雑の要因になっていた。それが上野東京ラインの停車で多少なりとも解消が期待できる上、東京駅までの所要時間が現在の約40分から約30分に、10分程度短縮が見込まれる(以上、讀賣新聞オンライン・川口駅に「悲願」の上野東京ライン停車へ、市とJRが協定…東京や品川まで10分短縮)。
さらに、「JR東日本が2031年度を目標に整備を進める羽田空港アクセス線(仮称)東山手ルートを通じて羽田空港に乗り換えなしで結ばれることが期待されます。」(日テレNEWS・JR川口駅に「上野東京ライン」停車決定 ホーム新設などJR東と川口市が合意)と、川口駅を利用する人々にとっては利便性の上では非常に大きな協定締結と言える。
多くのメディアで報じられたこのニュースではあるが、上野東京ラインの川口以北、特に大宮より北に住む人々の反応は伝えられていない。筆者はその大宮より北の熊谷市で生まれ育ったが(参照・昭和深イイ話 背筋伸ばした駄菓子屋のジイさん、相島一之さんを応援する理由『べらぼう』出演中)、その経験からして、県北部に住む人々はこのニュースに対し、「川口に停まる必要なんてない」という思いを抱く人が多いのではないか。
現在、熊谷ー東京間は在来線で75分かかる。これに川口駅が停車するようになると2、3分のロスが見込まれ78分程度になる。川口駅から大量に乗客が乗り込んでくれば、混雑がさらに激しくなり、通勤・通学の負担が増加すると予想される。一方で、職場や学校は都内の人が多く、川口駅で降りる通勤・通学客はそれほどいないと思われる。
大宮より北の通勤・通学客にすれば、川口駅停車は東京まで時間がかかるようになり、しかも混雑が増すという負の効果しか生み出さない。口には出さないまでも(上野東京ラインを使いたければ、京浜東北線で赤羽まで出ろよ。1駅3分だろうが!)と思っている人は少なくないのではないか。
一方、川口駅利用者が上野東京ラインに乗る時には(田舎の方から来る電車に乗るのはカッコ悪いけど、便利になるから急ぐ時は乗っていくか)程度に思うかもしれない。
◾️埼玉県の”南北問題”
上記の埼玉県民の思いは筆者の想像に過ぎないが、そういった発想が浮かぶのは県北と県南の人々の意識の乖離に原因が求められるように思う。
高崎線沿線の大宮より北と大宮以南の人々は基本的に仲が良くないように思う。両者の意識の構図は、理解を助けるために極端な表現をすると、大宮以南の人々が北部の人間を(東京から離れた文化的に低い地域の人々)と見下し、北部の人間は(県南も同じ埼玉だろ)というもの。
今はどうか分からないが、筆者が東京の大学に通っていた1980年代、松田聖子さんがアイドルとして活躍していた時期(参照・気がつけば松田聖子がそこにいた)、埼玉県民は都内や横浜在住の学生から「ダさいたま」のように”イジられる”ことが少なくなかった。筆者は笑って受け流していたが、中には我慢できない人もいる。
大宮・浦和近辺から通う学生の中から「埼玉でも熊谷あたりになると、もう地の果て。俺たち、東京に近いから埼玉都民」といった感じで埼玉県民同士の内ゲバのようなものを仕掛けてくる者が出てくる。これに群馬県高崎市あたりの出身者が都内に住んで通学していることを背景に都民と同じ位置に立って「ダさいたま」とマウントを取ってくることもあった。そのあたりの構図はイラストで示したので参考にしていただきたい。
この辺りの都民を頂点とするヒエラルキーのようなものが、1980年代には形成されていたのを肌で感じていた。ピラミッドの頂点に立つ都民は埼玉も群馬も「東京以外の田舎」とひとまとめで見下し、「横浜には一目置く」という意識。もっとも都民でも23区と多摩地区では上下関係が存在し、23区内でも港・千代田・世田谷・新宿などと、北部や下町の方では明確な差異が存在した。そうした事情は概ね、現在の地価に反映されているように思う。
◾️歴史的な南北対立の構図
こうした埼玉県内の県南と県北の意識の差は、歴史的に存在した。そもそも埼玉県が誕生した1871年(明治4)には埼玉県庁を浦和(現さいたま市)に置くか、熊谷に置くかで争いがあり、最終的に浦和に落ち着いた。
さらに鉄道でも東北線と高崎線の分岐を大宮駅にするか、熊谷駅にするかで議論があったが、現在の大宮駅で落ち着いたという経緯がある。明治の頃から、政治的、経済的にも県南部と北部で対立していたのは間違いない。
その後、浦和・大宮の県南部は東京に近いという点もあって発展を続け、熊谷の現在を見ると、その発展から完全に取り残されている。筆者は月に1度は熊谷に帰るが、街全体は1980年代とほとんど変わっていない。それどころか、かつては賑やかだった鎌倉町商店街などは令和の今はほぼシャッター街になっており、1980年代より寂れているのではないかと感じるほどである。
県南部に対する忸怩たる思いが、熊谷を中心とした県北部にはあるように思う。そうした中での川口駅停車決定であるから、大宮より北の沿線に住む人にとっては「余計な事しやがって」と感じる人が少なくないように、あくまでも筆者の勝手な想像にすぎないが、考えている。
◾️熊谷から新幹線通勤のススメ
東京に移り住んで40年の筆者にすれば、川口駅停車決定は他人事でしかない。とはいえ、生まれ育った埼玉県への思いは決して弱くないのも事実(参照・蘇る上尾高校4強の感激、昭和50年夏の甲子園 今太vs原辰徳)。
上野東京ラインが川口駅停車で時間がかかるようになるのは軽い話ではないが、川口駅利用者のことを思えば仕方のないことではある。それによって負担が増える分、熊谷から都内に通うために新幹線通勤・通学を促進すればいいのではないか。新幹線であれば熊谷ー東京間は38分。6年前のデータであるが、新幹線通勤をしている者は約2000人いるという(テレ東プラス・ナゼ? 埼玉県・熊谷人がこぞって新幹線通勤を選ぶ理由)。
熊谷ー東京間の通勤定期は1か月で3万1180円、新幹線通勤定期(FREX・自由席)では7万1260円。これに対して熊谷市では30歳までの新幹線通勤定期利用者に対し、月額で約1万9000円(見込み)を補助している(熊谷市・大好き熊谷!新幹線らく賃通勤補助金(令和7年度))。こうした制度を利用し、さらに行政が新幹線の停車本数を増やすよう、JRに働きかけをすべき。県北部も住みやすく通勤しやすい環境を整えるように官民挙げて環境作りをすべきと思う。
少子高齢化が進む一方で、東京一極集中化も進む社会で、この先、埼玉県の立ち位置がどのようになるかを想像するのは簡単ではない。ただ、リモートワークの発展、一般化などで県北部が住む場所として見直される時代が来るかもしれない。川口駅に停まる、停まらないを論ずるより、さらに高いレベルの議論、住みやすさ・暮らしやすさを追求していくことが重要なのかもしれない。
蛇足ですが、高崎線特急も観光需要を見込んだ「草津・四万」と、通勤特急と言っても良い「あかぎ」だけですからね。
一般型車両の15両編成に及ばないものの、嘗ては185系で12両編成、651系で11両編成という長大編成だったのですが、今や元房総特急のE257系の5両編成(グリーン車なし)ですからね。
昨年末に熊谷駅で高崎行きの電車を待っていた際に丁度上野行きの特急(恐らくはあかぎ号)を見ましたが、見ていて寂しく思いました。
快速も湘南新宿ライン経由の特別快速や快速は健在ですが、上野東京ライン経由または上野駅始発の快速アーバンは、上りが全廃され、下り4本のみの設定になっています。
因みにさいたま新都心駅と同様、湘南新宿ラインにはホームの設置はされず、今後も通過するとのことです。
熊谷のことばっかりで…。同じ埼玉で大宮分岐する宇都宮線ユーザーは高崎線ばっかりいっつも優遇で腹立ってますけどね。大宮からは同じところ通るのに…